二次創作小説(紙ほか)

Act8:揺らぐ言の葉 ( No.335 )
日時: 2016/08/21 07:54
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)

 ガリッ



 何かが砕けるような音がした。
 これは——ニャンクスが、自分の丸薬を噛み砕いた時の音だ。
 次の瞬間、彼女の身体が、光る。部屋が照らされる程に。
 気付けば——そこには、少女の姿があった。
 人間体だ。以前にも披露されたことがある。本来ならば武装形態のみでしか、この姿を見ることはできないと思われていたが、人間の姿になるだけならば、丸薬で何とかなると以前の文化祭の時に証明されている。記憶の通り、とても可憐で、妖艶で、そして愛らしい少女だ。
 しかし、今は瞳が怒りで揺れていた。

「思いを……伝えることが、そんなに怖い事なんですか?」
「……ニャンクス?」

 眉間には皺が寄っていた。
 低く、唸るような声だった。
 自分よりも声色が高いニャンクスだが、この時ばかりは虎が唸る光景を連想させた。
 これほどまでに、精神に強く干渉してくるとは。

「相手に好きだって伝えることは、いけないことなんですか? 自分の気持ちを伝えることが、そんなに忌まれることなんですか? 誰が、いつ、そんなことを決めたんですかっ!!」
「やめてよっ!! あたしは——」

 怖い。
 今までで初めて、彼女が怖く思えた。
 怒っている。ニャンクスは——確かに怒りを表している。
 不甲斐無い主人である、自分自身に——煌く眼差しを突き刺している。
 実際はそうでないとしても、相当の迫力だ。人間の少女が放てるものではない。
 人に睨まれるのと、クリーチャーに睨まれるのとでは、此処まで違うのか。
 殺されるのではないか、という思いさえも刷り込まれる彼女の瞳がコトハに恐れを抱かせた。
 姿かたちが似ていても、魔力を持ち、人間とは全く別の理の中で生きる異なる存在であることが嫌と言う程分かった。
 ——次に彼女は何というだろう。
 自分は、自分は——どうすれば良いのだろう。
 答えは出ない。
 それを待たずにニャンクスが言葉を発したからだ。



「——コトハ様。僕は、コトハ様のことが、世界で一番好きです」



 それは、とても柔らかく、優しい声だった。
 いつの間にか、ニャンクスの瞳も穏やかな色に変わっていた。
 ぎゅうっ、と自分よりも一回り大きくなった彼女の腕が、自分を包む。そのまま——ベッドに押し倒した。
 艶やかな肢体で抱きしめられ、宝石のような瞳に見つめられ——相手は同性なのに、余りにも現実離れした美少女を前にしてコトハは赤面していた。
 ——ああ、そうか。
 自分に似た姿、人間になるべく近い姿に彼女が成ったのは——同じ目線で彼女に思いを伝えるためだったのだ。

「素直じゃなくても、不器用でも、優しくて、困った人がいたら見過ごせなくて、全力で人のために頑張れる、そんなあなたが主人になってくださって、僕は幸せなんです」
「ニャン……クス……」
「でも、残念な事に僕は”クリーチャー”で貴方は人間——性別以前にこの2つの存在は決して相容れないんです。例え、どんな種族でも。これはもう、決まっていることなんです。残念な事に」

 ぎゅうっ、と再び彼女は強く、強くコトハを抱きしめた。

「さっき、コトハ様は僕が睨んだ時、怖がっていました。僕には確かに分かりました。そう、それなんです。僕と貴方は、今こうして姿形が同じでも、桁違いに力が違うんです。魔法力も、腕力も、この世界の生き物とはケタが違うんです。それほど、クリーチャーから見た貴方たち人間の差は歴然なんです。悲しいけど、僕の世界は人間とクリーチャーが共存する世界だったから、よく分かるんです。明確に違うモノだと分かっているんです」

 それに、と彼女は続けた。

「——変ですよね。人間の間でも、クリーチャーの間でも同性愛ってイレギュラーらしくって。僕も正直、そう思ってました。でも——一目惚れでした。貴方が、僕の迷いを断ち切ってくれたから。貴方が、僕の呪縛を断ち切ってくれたから。僕は、貴方に仕えるだけで十分で、何も要らないって思ってました。でも——僕は、いけない従者です。従者の最大の禁忌(タブー)を犯してしまいました」
「それって——」
「欲しくなっちゃったんです。コトハ様の事が。出来ることなら、性別なんて、種族なんて関係ない。貴方が欲しい。貴方ともっと一緒に居たい。出来る事なら、ずっと——心も体も交わりたいって」

 欲しい。ただただほしい。欲望のままに。身体を震わせる渇きのままに。
 それは、表には決して出さなくともニャンクスの枷となっていた。
 今まで抑え込めていたのは、間違いなく彼女が従者としては完璧な存在だからだろう。
 こんなことが無ければ、いつまでも抑え込めていたはずだ。
 心の中でどんなに辛い苦しみを抱えていても。

「……叶う訳のない恋っていうのは、それだけ苦しいモノなんです。貴方が抱えているものよりも、ずっと凄惨で、悲惨な恋は、歴史がそうだったように時に悲劇さえ生むんです……この世界でもそうだったし、僕がいた世界でもそうでした。でも、それは思いもため込んでしまったから起きた事が殆どなんです。隠していたが故に、起こってしまった悲劇が占めているんです!」
「想いを隠す……」
「答えてください。コトハ様」

 ひくっ、ひくっ、という溜飲が聞こえる。
 それを聞いていて、コトハは胸が詰まり、何も言えなくなった。
 それでも——ニャンクスは口を開き、精一杯に応えた。自分が今、主人に問いたいことを。

「コトハ様は、嫌でしたか? 僕にこんなことを言われて——僕に、僕なんかに好きだって言われて」
「……!」
「想いに応えるか、否か——それ以前に、コトハ様は僕に好かれるのが、嫌でしたか? 迷惑でしたか? 例えそうだったとしても——僕は、貴方の傍に居ます。それも駄目なら、貴方にカードのまま破り捨てられることを僕は選びます」

 ニャンクスも、自分と同じだったことに気付く。
 怖いのだ。
 相手に嫌われるかもしれない。
 そういった恐れが、気持ちを留まらせる。
 しかし——伝えなければずっと苦しいままなのだ。
 真実から出た言の葉は——絶対に自分を裏切らないということ。
 そして、彼女の台詞は——彼女がコトハを心の底から好いており信じているからこそ、出て来た言葉だということ。
 これだけは絶対に揺るがない事であった。

「——嫌な訳、ないよ……」
「コトハ……様」

 一言置いて、コトハは続けた。
 照れ隠しも、何もない。生のままの自分の言葉だった。

「ありがとう。ニャンクス。あたしは嬉しい。あんたがあたしのことを好きでいてくれるのが」
「う、ううう……ことはしゃま」

 一旦コトハから離れたニャンクスの顔は——涙で濡れていた。
 気付けば、自分の頬も濡れている。
 胸が熱い。込み上げてくるようだ。

「でも、あたしには——好きな人が居るから、あんたの思いに本当の意味で応えることが出来ないの……本当に、ごめん」
「それで良いんです。コトハ様。ニャンクスは大丈夫です」
「でも、迷惑なんかじゃなかった。嬉しかったわ。こうやって告げられるのは、初めてだったからかもだけど——」

 ——そっか。
 やっと彼女は気付いた。
 
「——誰かを好きになることって、そしてそれを伝えることって、こんなにも素敵なことなのね」
「う、ううう……コトハ様ぁ!」
「ひゃっ」
「ニャンクスは、お傍にいてもいいですよね!? これからも、ずっと!」
「勿論よ。あたしも、あんたが傍にいて欲しい。こんな主人だけど、ずっと傍にいて欲しい」
「はいっ!! 勿論です!!」

 少しだけ、気が楽になった。
 そして見えて来た。自分がどうすれば良いのかも分かってくる。
 ——そうね。まずはやってみなきゃ、何も分からないわ。デュエマと、同じ、カードは引かなきゃ何が来るか分からない! 例え、あいつにあたしの思いが通じなかったとしても、ね。

「そ、それとコトハ様……」
「? どうしたの。ニャンクス」

 そう思った矢先だった。もじもじと恥ずかしそうに彼女は股をすり合わせると言う。

「——どうしよう。好きな人の前だから、ムラ——じゃなかったドキドキしちゃって……もう1つついでに我儘聞いて貰えたら嬉しいなぁ、と」
「ちょっと待て」

 妖艶な姿で迫るニャンクス。
 気付けば、彼女は何も服を纏っていない。
 そしてコトハをベッドに押し倒したままなのだ。

「実は僕……というかワービースト・コマンドというのは元より子供の間は獣型、そして成熟すると人間に似た姿になるみたいなんです……これ、僕もこないだまで知らなかったんですけど、前から持ってたこの薬、変身薬じゃなくて、いわば一種の成長促進剤だということが、やっとわかって」
「ちょおっ!? 聞いてない!! そんなこと聞いてない!!」
「だ、だって! アスクレピオスの魔法陣での製薬なんてそんなもんですよ! こういうちょっとしたことなら、先に式の答えを埋めてから穴だらけのもう片方の辺を埋める感じで」
「うん、分かった……要するに、薬でどうしたいのかを先に入力して、って感じなのね……」
「正解です! だから、どういう効果で体に作用するのかは、後々から解析しないと分からないことが多いんですよねぇ」
「何その好い加減な製薬方法」
「だから今の僕、ちょっとサカっちゃってます。ご留意を」
「ねぇ、待とう? どういう理屈なの、それ。取り敢えず、話し合えば解決できるよ? あれ? そういう問題じゃない? ねぇ? ねぇ!?」

 真っ青になりながら、コトハは言った。
 
「こ、コトハ様がいけないんですよ!! コトハ様が可愛いから……」
「冗談じゃないわよ!! カードに戻れ、ニャンクス!!」
「ふにゃあああ、コトハ様に嫌われてしまいましたぁぁぁ……」
「あ、いや、えーっと……ごめん」
「なら、お願いの1つや2つ——」
「一瞬でも躊躇したあたしがバカだったわ!! 図々しいわね、あんた!! 良いから、さっさとカードに戻れぇぇぇぇぇーっ!!」
「ひゃいっ!!」
 
 画して。
 流石に持ち主の権限には逆らえず、ニャンクスはそのままカードに封じられることになったのである。



 
 ***



『ご、ごめんなさいコトハ様……さっきはつい、興奮しちゃって……その』
「別に良いわよ。あれくらい気にしてないわ」

 ——もうちょっとでヤバかったけどね……。
 元の子猫の姿に戻ったニャンクスを胸に抱き、コトハは続けた。
 やっと落ち着いたようだ。さっき、どういう原因でああなったのかは分からないが。

「ありがとう。ニャンクス。少し気が楽になったわ。あんたが活路を見せてくれたおかげでね」
『……光栄ですにゃ』
「それじゃあ、そろそろ寝ましょう? ……寝てる間に悪戯しちゃダメよ?」
『ふにゃあ! しません、しませんにゃ!』
「……ふふっ」

 微笑み、彼女は眠りにつく。
 もう残り少ない零央戦までの期間——彼に何時思いを告げるかは、もう決めていた。
 ——あたしはもう、迷わないわ。

「——ねえ。大好きよ、ニャンクス。あたしの可愛くて賢くて強い、最高のパートナー」
『……ニャンクスには、勿体ない言葉ですにゃ』