二次創作小説(紙ほか)

Act10:伝える言の葉 ( No.351 )
日時: 2016/08/25 08:27
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)

 言ってしまった。
 もう、後戻りはできなかった。
 じっ、と彼の瞳を見据える。いつもの自分なら、此処で照れ隠しの1つでも言ったかもしれない。
 しかし。もう逃げないと決めたのだ。
 ありのままの自分を、彼に伝えた。

「今日、あたしは、またあなたに助けられた。無理して1人で立ち上がろうとしたあたしに、ヒナタは肩を貸してくれた。それで、魔力が切れても最後まで戦えたのかもしれない。あなたといたら、不思議と力が沸いてきて、もっと頑張ろう、って思える。いや——そんなこと、もう当の昔に気付いていたのかもしれない」

 なのに、と彼女は続ける。

「あたしは何度も逃げた。照れ隠しにキツいこと言ったり、素っ気ない態度をとったり——だから、逃げた分だけ自分にツケが帰って来た。男の子に、こんな気持ちを抱くってことが分からなかったのかもしれない。自分の気持ちに気付くのに時間が掛かって——気付いてからは、もっと焦った——もっと苦しんだ。あんたのことを知るうちに、もっと——」

 胸を抑えた。
 それは、今までの彼女自身の苦しみを意味しているようだった。

「だから、もう逃げたくないって思ったの。あんたが逃げずに困難に立ち向かってきた姿が——あたしを変えたんだと思ってる」

 一息置くと、彼女は告げる。

「あたしと、付き合ってほしい。今までの関係から、一歩進んだ関係で——」

 しばらく、沈黙が続いた。
 ヒナタの方も、無意識のうちに察していたものの、それでもいざ言われるとどう返せばいいのかさっぱり分からなかった。
 しかし。ヒナタとしては彼女が意を決して自分の気持ちを伝えてくれたのに、それを無下には出来なかった。
 逃げるわけには、いかない。

「ごめん、コトハ」

 そう、告げる。
 ふぅ、と溜息をつくとコトハは言った。
 頬が熱い滴で濡れる。
 この返事は——フられたのだろうか。

「……うん。分かってたわ。あたしは——」
「ちげーよ、そういうことじゃねえ。俺も、お前に伝えたいこと、謝っておかなきゃいけないことがあるんだよ」
「えっ……?」

 意外そうな顔で、コトハは立ち尽す。
 ヒナタはぽりぽり、と頭を掻くと続けた。

「俺も、さ。ずっと考えてたことがあるんだ。何故かお前を見ると、ナナカの顔と重なるのか——実はそんなことが何度もあって、苦しかった」

 彼女も聞いたから知っている。
 死別した幼馴染のことだ。
 それと似ている、と前にも言われた。しかし、面影が重なって見えるとまでは知らなかった。

「……だけど。やっと、分かったんだ。俺は、俺のことをいつも引っ張ってくれるお前のことが——気になってたんだ。あいつと同じで、俺の支えになってくれたんだってよ、やっと気づいた」
「!」
「……でも、俺はやっぱ臆病だった。気持ちを伝えるなんて、もってのほかだ。今の生温い関係を望んだ。これでいい、これでいい。気の迷いだ。ナナカと重なって見えてるだけだ——そんな最低な考え方をしてたんだ」

 彼も、一歩を踏み出すのが怖かったのだろう。
 だから気付いていないふりをした。
 今のまま、現状維持をしようとして逃げていた。

「だけど、こないだずっと考えたんだ。お前の事を。そして俺自身のことを」

 弱くて。泣き虫で。臆病な暁ヒナタは、やはり彼の中にまだ居た。
 成長しても、自分は自分。
 過去、そういった経験がある限り、それは彼の中の一面として蝕んでいたのだ。

「俺はお前の思ってる程かっこいい人間じゃない。強い人間じゃない。でも——そんな俺でも、あんな戦いを勝ち抜いて来れたのは、仲間達のおかげだ。特に、お前には俺のケツを何度も引っ叩いて貰ったからな」

 今日の試合も、そうだった。
 コトハの諦めない、という信念に何度突き動かされたことか。

「逃げてたのは、俺も同じだ。コトハ——ごめん」
「そんな、あたしは——」
「俺の気持ちはまだ、好きって言えるほど固まっちゃいないけど——お前に、興味がある。お前がどういう奴で、お前がどういう女の子なのか——もっと知りたいと思ってる。だから——こっちからもよろしく頼む。お前のおかげで、俺もお前から正面から向き合いたいって思えたんだ」

 しばらく、沈黙が続いた。
 そして——再びコトハの目から滴が零れる。

「ひ、ひ、ひなたぁ……」
「うわあ!? 何で泣くんだよ!?」
「バカぁ! 紛らわしい言い方して! こっちはフられたかと思ったんだよ!? あたしは、あたしは——」
「もう泣くんじゃねえよ。可愛い顔が台無しだ」
「普段、可愛くないとか言ってるくせに!! ばかー!!」
「あれはお前がツンケンしてるからだろ!? お前、男子から大人気なんだぞ……かく言う俺も……実は」
「ううう……」

 ぎゅうう、とコトハはヒナタにしがみ付くように詰め寄った。

「……ねえ。悪いって思ってるならさ、1つだけ言う事聞いてよね」
「何だよ」
「ヒナタ、そのままね」

 彼女は、ヒナタに近寄ると、顔を素早く抱き寄せる。
 そして——そのまま、顔を自分の方に寄せると、ヒナタの唇に自分のそれを押し当てた。
 余りにも唐突だったので、ヒナタは固まってしまう。

「……今のは上書きだから」
「えっ……?」
「お互いにファーストキスじゃなくなっちゃったけど——あなたのを上書きしてもらったほうが良いって思ったから」
「あ、あのだなぁ、コトハ。流石にちょっと恥ずかしいっていうか、大胆過ぎるっていうか——」
「バカ!! 仕方ないじゃない!! これがあたしの気持ちなの!! 大体、あんな奴にキスなんかされなきゃ、こんなこと、もっと……その……雰囲気とか、そういうのがえーっと……とにかく。いずれやることが今に繰り上がっただけなんだから。……それとも、嫌だった?」
「あ、いや、その、確かにびっくりしたけど……」

 戸惑うヒナタ。
 しかし、拗ねたような彼女の顔が、とても愛らしく思えたので答えてやることにする。

「——ちょっと、可愛すぎて……心臓に悪かったっていうか」
「ああ、うっ……かわっ……勘違いしないでよね! あんな奴みたいに、誰かれ構わずこういうことをするんじゃないんだから! あたしは本当に好きな人としか、こういうことはしないの!」

 あんな奴が誰を指しているのかは、もうヒナタは聞くまでもなかった。
 相当ライバル視しているのだろう。

「分かってるよ」
「……ううう、馬鹿にして……いつか、絶対にあなたにも同じことを言わせてやるんだから! あたしのことが好きだ、って!」

 取り敢えず想いをため込んだ分、吹っ切れると、色々大胆になるタイプなのは分かった。

「だから……その。何ていうの。これからもよろしくね、ヒナタ」

 身をひるがえすコトハ。
 見れば、もうバスが来ていた。

「じゃあ——D・ステラ、絶対に優勝しよ! そっちも、気を付けて帰ってね!」
「あ……ああ」

 そのまま、彼女はバスの中へと消えてしまう。最後は曖昧な返事で返したことを直後、彼は猛烈に後悔した。
 焼けつくような、熱い唇の感覚を忘れられずに——ヒナタは未だに高鳴る胸を抑える。
 ——やべぇよ……理性で煩悩を抑えるので精一杯だったんだけど俺……。
 彼女の、また新たな一面が見えてくる。何であれ、これからが楽しみだ。
 共につかみ取った勝利。
 そして、新たな関係。
 この日を境に——ヒナタの運命は、更に加速していったのだった。