二次創作小説(紙ほか)

Act4:躙られた思い ( No.377 )
日時: 2016/09/17 21:00
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)

 ***



「あ、ぐっ……」

 地面に這いつくばりながら、ホタルは虚を睨んだ。
 ハーシェルも、気を失ったのか、もう何も言わなかった。
 手を動かそうとする。足を動かそうとする。
 しかし、ぴくりともしないのだ。

「良いですか。淡島ホタル——貴方では私を倒すことは出来ない」

 冷たく言い放った彼女。そして、冷淡な眼差しを向けるハーシェル——いや、ハーシェル・ブランデ。
 
「……させない……! 貴方達を好きにさせたら、先輩やほかの人達に——!」
「貴方はいつも誰かの為に戦っている——」

 ギリッ、とホタルの右手を踏み潰すと、”彼女”は続けた。



「——そう、思い込んでいる」
「っ……!!」



 踏み躙るようにして、足を動かす。
 ホタルは小さな悲鳴を上げた。
 
「うるさい」

 が、今度は彼女の顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
 眼鏡がひしゃげて、からんと音を立てて割れた。
 えほっ、えほっ、と砂を吐き出すも、手が動かないので痛む顔を抑えることもできない。
 
「……貴方はいつも自分のために戦っているの。いつだってそう。両親が居なくなったときだって、両親が居なければ都合の悪いことが多いから。アヴィオールへ、飛び出して無鉄砲に戦った時だってそう。自分を納得させる為に独りよがりに突っ走っていっただけに過ぎない」
「あ、あう……ひっく」

 溜飲を鳴らし、口から血を吐き散らしながら彼女は呻いた。
 しかし、それにも構わず影のように、それは告げていく。

「醜いわね、淡島ホタル。貴方は光の人間なんかじゃない。むしろ、闇(こっち)の人間だってことにまだ気づいてないの? 己の愉悦の為に生き、己が楽するために生き——いつだってそうしてきたじゃない。それを、いつまで綺麗事で固めて嘘をつき続けるつもりなのかしら。そんな貴方から生まれた私は——貴方のことが大嫌いなのよ」

 ホタルの脳裏に、今までの記憶が走っていく。
 両親を取り戻す為に奔走した日々。仲間に迷惑をかけさせまいと突っ走った日々。D・ステラで仲間と共に戦った日々——
 ——全部、全部、全部——自分の為——
 否定できない。まるで、全部胸の内を言い当てられてしまっているかのようだ。
 
「悪辣で醜悪で狡猾な自分だけじゃない。そういう他人の内面を全部暴きたいんでしょ? 曝け出したいんでしょう? 全部、全部、全部——それが貴方の本質よ——」




 ガリッ



 一陣の風が吹いた。

「……?」

 血が噴き出る。
 それも、”彼女”の喉元から。
 よろめくと共に、ぐわん、と彼女の輪郭が揺れた——触れる。
 感じたのは酷い痛みだ。
 喉を、食い破られている。声を出そうとしても、空気が吹き抜けるような音しか出ない。

「——やっと着いた——って思ったら! そこまでだよ!」
『やはりステラアームド・クリーチャーだったわね……! それも、相当悪どい部類の——』

 声がした。
 その方向には、ノアと、ペッと何かを吐き捨てるケルスの姿があった。恐ろしい速度だった。自身があの犬型に喉を食い破られたということに気付くまで時間がかかったほどだ。
 すぐさまハーシェル・ブランデを嗾けようとする彼女だったが——次の瞬間、その装甲に風穴が開く。そのまま、影となって崩れ落ちた。

『何処から——ノア、何か飛んできたみたいだけど!?』
「誰だかわからないけど、援護してくれたみたいだね!」

 傷を抑えながら呻いた偽ホタルは——喉を食い破られたからか、喋れないようだ。そのまま、形勢不利とみたのか、その場から消失した。恐らく逃げたとみて間違いないだろう。

「ねえ、大丈夫、君!?」
「あ、ううぅ……」
『相当さっきのに食らわされたみたいね——昼の奴らよりもよっぽど強かったようよ』

 疲労とダメージが蓄積して、もう声もまともに出なかった。すぐさま抱き起される。何とか安静にしておきたいが——

「ホタル!!」

 また、声がする。
 見れば、ノゾムの姿も見えた。クレセントも一緒だ。
 彼は、ホタルの惨状を目にしてすぐさま駆け寄ろうとするが——彼女を抱き起しているノアを見てさらに驚いたようだった。
 
「お、おい、ホタル!? どうしたんだよ!? ってか、あんたはさっきの——」
「ちょうど良かった、君! この子、どうやらステラアームド・クリーチャーにやられたみたいでね——取り敢えず病院に運ぶか、どうにかしないと」
「あ、ああ、分かってる!」




『その心配は……無い』




 呻き声が上がった。
 ハーシェルだ。よろよろ、とカードの姿のまま浮かび上がると——倒れているホタルの胸元へ、ぽとり、と落ちる。

『ちょっと、ダメだよハーシェル!! 相当あんたもひどくやられてるじゃん!!』
『ワシには、これしか——出来ぬのだ……!!』

 しゃがれた声を必死で絞り出し、彼は唸った。
 ハーシェルのカードから白いオーラが拡がっていく。
 すぐにホタルの身体は光に包まれた。
 間もなく、彼女を覆っていた無数の擦り傷は癒えていく。酷く擦れていた顔が嘘のようにもとに戻っていく。
 そこで、彼の光は消えた。
 
「すごい……これが一角獣の力……!!」
『後は——安静に……していれば、良い——』
「ってオイ!! お前は大丈夫なのかよ!?」
『心配いらん——ワシの角は薬にはならんが——このワシ自身に癒す力がある——ニャンクスのように病を治すことは出来んが、生物の再生を促す力——これが、ワシの、一角獣の本質じゃよ——だから、取り敢えず、大丈夫……じゃろう、多分』

 はぁ、はぁ、と息を切らすハーシェル。
 どうやら、何とかはなっているらしい。もっとも、彼の事だ。無理をしている可能性も否めないのだが。

『どっちにしたって、ニャンクスちゃんから薬くらいは貰った方が良いよ。相当疲れてるでしょ、あんた』
『医者の、不養生か……確かにそうだが……』
「ハーシェル、今日はもう休め。ホタルは、オレが家まで送っておいてやるよ。さっさとデッキに入れ」
『……むぅ、すまぬ』

 さて。ボロボロになった服はどう説明しようか。
 怪我と疲労はもう、回復しているはずらしいので、家の前に着いたらあとは彼女を起こすか、とノゾムは思案する。

「あ、それと——ノア、だっけ。ありがとな。ホタルを助けてくれて」
「えへへ、大したことはしてないよ。それに、私達だけじゃ、あの一角馬まで片づけることが出来なかったと思うし」
「一角……馬?」
「ああ、その子の持ってるハーシェル、だっけ。そのクリーチャーとよく似たのが居たんだけど——装甲に風穴開けてぶっ倒れちゃったのよ。貴方達がやった——んじゃないの?」
「オレ達じゃないぞ。ハーシェルの偽物、か。誰が倒したんだろ」
「……ま、いっか。一応、アメリカに帰る前に私達としてもこの件を解決しておきたいしね!」

 そう言って、彼女は駆け出した。

「それじゃーね、十六夜ノゾム君! 同い年の君がその子の力になってあげてよ!」
「あ、ああ……」

 そう言うと、ノアもまた姿を消してしまった。
 呪文か何かを使ったのだろうか。
 ……一旦、ノゾムはホタルを負ぶって、彼女の家まで行くことにしたのだった。



 ***



 彼女の家の前まで着いた。
 本当ならば起こしてやりたくはないのであるが……と思っている矢先に、彼女の呻き声が聞こえる。
 そして間もなく——

「ひゃいっ!? 誰!? ノゾムさん!?」

 と素っ頓狂な声が聞こえてきたのだった。

「……よーくオレって分かったな」
「あ、いや、その、髪と背中で……」
「……チビだって言いたいんだな?」
「と、とんでもないです! で、でも、なんで、私——」
「偽物にやられたんだろ? それで、あのアメリカチームのノアって人が助けてくれたんだ。オレは事後処理してお前を送ってきただけ。ハーシェルが気合い入れて回復してくれたみたいだけど、大丈夫か?」
「あ、はい……あれ視界がぼやけて……」
「眼鏡か……もうあれ使いものにならなくなっちまってたぞ」
「ふぇえ!? そんなぁ……蹴られたときに壊れたのか……うう」
「ま、眼鏡よりもオレはお前が助かってくれた方が良かったよ」

 彼女は黙りこくる。
 そして——ノゾムの背中から降りると、言った。

「……ごめんなさい、ノゾムさん。私、皆さんにこうやって迷惑かけてばかりで」
「何言ってんだよ。お前が助かっただけで、それで——」
「でも……私、いつも1人で突っ走って——そのたびに痛い目に遭って——弱いのに、無茶ばっかりして——」

 ごめんなさい、と告げると彼女は門を開ける。

「……何があったのかは……また明日話します」
「……そ、そうか」
「それじゃあ、ありがとうございました。ノゾムさん——」

 そういって、彼女は家の中に消えていった。 
 何処か、寂しそうな顔を浮かべながら。
 
『ノゾム……』
「……何が迷惑だ。何が一人で突っ走る、だ。あいつが人一倍頑張ってんの……皆知ってんだぞ。なのに——」
『多分、何かあったんだよ。デュエルで負けた以外に』
「そう、かもな……」

 ——画して。
 この夜の事件は、一旦収まる。
 しかし、彼女の受けた傷は——そう簡単に癒えるものではなかった。