二次創作小説(紙ほか)

Act3:疾走・トラックチェイス ( No.66 )
日時: 2014/11/23 09:09
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: sPkhB5U0)

 ***

 切り出すのが辛い。言い出すのが辛い。だが、一度決めたことだった。途中で曲げるわけにはいかないのだ。
 だからこそ。ようやく、起き上がって話ができるまでに回復したクレセントの笑顔を見る度に余計に辛くなったのだった。

「なぁ、クレセント……」
「何? ノゾム」

 彼女が首をかしげて返した。手にはノゾムが切ったリンゴを刺したピックが握られている。
 そんな彼女の顔が歪むのが怖くて、言うのを躊躇った。しかし。意を決して口を開いた。


「お前が治ったら、お前を……ヒナタ先輩に譲渡することにした」


 カタン

 目の前の少女は、ピックを落とした。

「何……で?」
「白陽に、言われた。クレセントがこうなったのはオレの所為だって」

 ノゾムは続けた。

「最初は理不尽だって思った。だけど、今回お前がこうなったのは、やっぱり所有者のオレの責任だって気づいたんだ。お前だって-------白陽と居た方が幸せだろ?」

 彼女は黙ったままだった。
 いや、違う。
 体がわなわな、と震えているのが分かる。


「-----------ノゾムの馬鹿ッ!!」


 一瞬、ノゾムは自分が何と言われたのか分からなかった。いや、言われることとしては当然だとは思ったが、直後に彼女に突き飛ばされたことで何を言われたのかも理解できなかった。
 が、やっと分かった。
 ------------ああ、やっぱ嫌われたな。
 結局、ノゾムは後悔した。
 何度も何度も後悔した。
 もう、目の前に彼女が居なかったことに気づいたのは、何度後悔した後だろうか。
 窓から空を覗いた。
 いやに綺麗な三日月だった------------

「……でも、喧嘩別れだけはごめんだッ!!」

 すぐさま、ノゾムはそのままの格好で家を飛び出した。

 ***

 午後、10時半。流石にもう暗い。夜道を身内以外には見えないクリーチャーの姿で彼女は歩いていた。

「何で、何で自分から居なくなろうとするの?」

 ふと呟いた。

『すまない、クレセント。今の私にはお前の抱擁を受ける資格は無い』
『お前が治ったら、お前を……ヒナタ先輩に譲渡することにした』

 涙が溢れてくる。

「私が大好きな人は、何でいっつも居なくなっちゃうの!!」

 恋人なのに、友達なのに。白陽とノゾムへ行き場の無い怒りをぶつける。

『……辛いでしょう、寂しいでしょう』

 ふと、声が聞こえた。
 同時に、凍りつくような囁きが聞こえたのは言うまでも無く。
 頬を、何かが掠めた。
 生ぬるい、何かが。
 舌だ。
 何かの舌が自分の頬を舐めたのだ。
 そして、振り向きざまに声の主の名を呼ぶ。

「アヴィオール……!!」
『そんなに怖い顔をしないで下さい。貴方の体も、直に僕に取り込まれる』

 すいーっ、とアヴィオールは近づいた。

『それとも、自分の体は恋人以外には捧げたくない、とでも言いたげですね』
「べっ、別におかしくないでしょ!」
『僕だって、貴方の汚れた体なんか要りません。僕が必要なのはその欲望。貴方の体はその器に過ぎないのです。用済みになったら即ポイですね』

 彼は鎌を取り出す。同時にクレセントも手をかざし、どこからともなく鉄槌を呼び込んだ。

「あたしは白陽のモノ……そしてノゾムのモノ! あんたにこの体も心も渡さない!!」
『今の貴方は孤独を怖がっている。そのような心ほど、闇に付け込まれやすいモノはありません」

 アヴィオールの声がリアル感を増した。どうやら、今目の前にいるのは本体らしい。

「うるさい、消えろッ!」

 鉄槌を振り下ろした。空気が抉れて真空波が巻き起こる。 
 が、所詮は空振り。勢いあまってそのまま壁に激突してしまう。幸い、ハンマーは壁には向いていなかったため、壁が壊れるようなことは無かった。
 しかし、ゴミ捨て場に突っ込む結果に。

「く、臭い……!」

 誰かが勝手に捨てた生ゴミが体に付いたのが分かった。ノゾムに貰って履いていたジャージにもそれが付く。

「その体を培養に、その魂を我が養分に、全て頂きますよ!!」

 鎌が振り下ろされた。しかし、鉄槌で辛うじて受け止めた。そして、アヴィオールを跳ね除けると、通路を出て広い道路へ出た。トラックに軽やかかな足さばきで飛び乗って、その場を脱する。
 
「あ、危なかった----------!」

 息を切らしながら声を吐き出す。
 ケホ、と喉の置くから咳が出たのが分かった。
 まだ、体は完治してはいないのだ。

「ノゾム……白陽……助けて……!!」

 ***

『何ィ、クレセントが出て行った!?』
「すいません、ヒナタ先輩!」

 ヒナタは舌打ちしたのがスマホの奥で分かった。夜風が冷え込む中、クレセントがどこに行ったのか、ノゾムは探していた。

『どの道、譲渡の話はナシだ、ナシ!』
「い、いや、でも」
『てめーの下らん意地でこれ以上あいつを傷つけてやるな! 白陽だって反省している! あいつには後でローリング土下座させて靴の裏舐めさせてから謝らせる! 何ならあいつを1発ぶん殴っても構わないんだぞ』
「ちょ、そこまでしなくても」
『それよか、白陽にクレセントの動きを追わせてみたんだが、どうやらアレだ! すっげー速さで移動しているらしい! んでもってそれを少し遅れて追う闇の気配! アヴィオールと見て間違いねえ!』

 今度こそノゾムは心底後悔した。
 自分があんなことを言ったばかりに、彼女はアヴィオールに追われるハメになってしまったのだから。

「オレは……デュエリスト失格だ……!!」

 そのとき、『この大馬鹿野郎!!』とヒナタの怒声が響いた。

『何度言わせるんだテメェ!! クレセントには白陽だけじゃねえ、お前も必要なんだよ!! 恋人とは違う、戦友として共に戦場に立つ仲間が必要なんだよ!! それを責任云々を理由に逃げてるんじゃねえぞ!! 胸を張れよ、クレセントの相棒はお前しかいねえんだぞ!!』

 ビリビリ、と彼の言葉が体全身に電気のように伝わった。

「オレしか……いない?」
『そうだ、運命だか何だか知らないが、そうなっちまったもんは最後の最後まで筋通すのが漢(オトコ)ってもんだろうがよ!!』

 まだ、分からない。自分に何故、そんな運命が課されたのか。
 だが、ノゾムは気づいた。
 今まで自分が逃げていたことに。やっと気づいた。
 そして、クレセントと真正面から向き合った今だからこそ言える。
 彼女の相棒で居たい。彼女の友達で居続けたい。
 だから、彼女を救いたい!!

「オレ、やります!!」
『オーケー。だけど、困ったことにお前の家からどんどんクレセントは遠ざかっている。何でだか全く分からないが、あいつにしたってここまでのスピードが裸足で走って出るかって話だ----------』

 ノゾムは再び不安になった。今、彼女はどんな状況なのだろうか。
 とても、心配だ。