二次創作小説(紙ほか)

彼と彼女とある日の出来事〜明久と瑞希編〜後編 ( No.362 )
日時: 2016/03/25 21:15
名前: 糖分摂取魔 ◆YpycdMy5QU (ID: 4.tSAP96)

明久Side


瑞希と美波と葉月ちゃん、ついでに姉さんとの同棲生活一日目。その記念すべき一日目でまずは何やら買い物があると言う瑞希と一緒にショッピングモールにやって来た僕。ほんの数十分前くらいまでは瑞希とちょっとしたデートみたいにゲームをしたりととても楽しかった……ハズなのに。

「ハァ……ハァ……くそぅ、まだ追いかけてくる……」
『テメェ、待てやゴラァ!』

その数十分後には、綺麗で可憐な美少女瑞希とは似ても似つかない楽しい時間をぶち壊す殺意交じりのバカでブサイクな野郎に追われることとなってしまった。畜生……どうして、どうしてこんなことに……!?


〜遡ること10分前〜


クレーンゲームにクイズゲーム、そして内容はよくわかんなかったけど占いゲームで遊んだ後アミューズメントエリアを出ることにした僕と瑞希。さて、あんまりのんびりもしていられないしそろそろここに来た目的の場所に行くとしようかな。

「明久君はゲームを買いに行くんですよね?」
「うん、そのつもりだよ」
「もう……あんまり無駄遣いしちゃダメですからね?玲さんに怒られちゃいますし」
「はーい」

なんて言いつつ、こっそり「今日だけは見逃しますけどね」なんて言う瑞希はホントに優しいと思う。

「そういう瑞希は服屋さんに行くんだっけ?どこのお店に行くのかな?買い終わったらすぐに荷物持ちする予定なんだけど」
「えっ!?あ……その……あぅ……」
「???瑞希?」
「そ、その!ちょ、ちょっと適当に見て回る予定です!」
「……ふむ」

もしかして……この慌てている反応、瑞希も何か人には言い辛いものを買う予定なのかな?

「ねえ瑞希———」
「ななな、何でもないんです!少しだけフラフラしたいなーって思ってまして……そのぅ……」

何だか瑞希の挙動がおかしい。これはまるでさっきゲームを買いたいことを隠していた僕みたいじゃないか。やっぱり瑞希も何か隠れて買いたいものがあると言う事なんだろう。だったら……

「瑞希、携帯持ってる?」
「へ?け、携帯……ですか?え、ええ勿論」
「よしよし。ならさ、とりあえず僕はゲーム屋に行ってゲームを買ってくるよ。でもこの僕の事だし買い終わってからもしばらく他に面白そうなゲームがないかゲーム屋でウロウロしてると思うんだ」
「は、はあ……」
「それでうっかり時間も忘れてゲーム屋にいるかもしれないからさ、瑞希の用事が終わったら電話してくれないかな?すぐに荷物持ちに戻るから」
「あ……は、はいっ!」

うん、これでよし。こう言っておけば瑞希も気兼ねなく自分の買い物が出来るだろう。

「じゃあ、終わったら電話かメールをしますね」
「うんオッケー、ならまた後で」

そう言って途中の通路で一旦バラバラに行動することになった僕と瑞希。さて、このまま真っ直ぐゲーム屋に行っても良いんだけど……まずは“アレ”を先に取ってみますかねっと———

『よ、よかった……でも、あれって明久君が気遣ってくれたんですよね……やっぱり明久君って優しいな……えへへ♪』
『———ん?あら瑞希じゃない。こんにちは、お買い物かしら?』
『えっ?……あっ!優子ちゃん!』


〜明久寄り道中:五分後〜


「いやぁ、上手くやれて良かったなぁ」

新作ゲームの前のちょっと寄り道を終えた僕。多少の出費は覚悟していたけど、一発で成功出来て何よりだ。これでゲームを買うお金が無くなったら元も子もないし、ああいうのも偶に遊んでてよかったよ。

「さてと。んじゃゲームゲームっと」

もしかするとすぐに瑞希が用事を済ませちゃうかもしれないし、僕も急いで本来の目的であった新作ゲームの為にゲーム屋を目指す。と、その目的地であるゲーム屋のすぐ近くの曲がり角を曲がった次の瞬間。

「(———っ!)」

咄嗟に回れ右をして、物陰に隠れる僕。

『……あ?今何か……いや、また気のせいか』

あともう少しでゲーム屋だと言うのに、僕の前方に一人の男の姿が。

———ライオンのような鬣の髪型。
———野性味溢れる野蛮そうな顔立ち。
  ———頭悪そうなのに悪知恵だけは得意気な雰囲気。

ま、間違いない……あれは……!

「ゆ、雄二……!?」

見紛うことなどあり得ない、僕の大敵である坂本雄二だ。

「なんでアイツがここに……!?」

と、思わず小さく呟いてしまう僕。いや、別にヤツがここにいること自体は不自然ではない。休日のショッピングモールだし、この町の人間ならバッタリ出くわすことなんてそうおかしいことでもないだろう。ただ問題は……

「よりにもよって、なんでこのタイミングでアイツが……!」

問題は、瑞希とデートしているように見えてしまう状況で、あの男と出くわしてしまったと言う事だ……さては、さっきの敵(バカ)の気配はアイツのものか……!

さて、ここで瑞希と一緒だということがアイツにバレたらどうなるか考えてみよう。ヤツは他人の不幸は蜜の味がモットーのFクラス代表。他人の幸せを防ぐため、日夜努力を欠かさない。僕を一旦戦闘不能にした後で、異端審問会に連絡して僕を引き渡し、異端審問にかけるのはまず間違いない。最悪異端審問中に瑞希と美波と葉月ちゃんとの同棲生活の件もバレたらと思うと……

「同棲生活の件をちゃんと説明しても……多分FFF団は聞く耳持たずに死刑宣告するだろうからね……」

同棲生活一日目で僕の人生が終わりを告げることになるだろう。この状況で、出会ったのはあの男。こうなれば僕のやることはただ一つ———

「…………殺るしか、ない」

先手必勝、見敵必滅。殺られる前に殺るしかない。ここでぐずぐず迷ってしまい何もできずに見つかったら最後、仲間(FFF団)を呼ばれてしまう恐れもある。そう、方針を決めたからには迷っている時間は無い。息を殺しつつ物陰から物陰へと移動し、奴の背後へと忍び寄る。標的は———よし。僕に気が付いていない。これなら……殺れる!

狙うは奴の首、鍛えられているとは言え不意打ちで殺れば流石の雄二も一たまりも無いはず。アホ面であくびなんかしている今が絶好のチャンス。口封じついでに日々の恨みも込めて必殺の一撃を、気合いと共に解き放つ。

「クタバレ雄二ィイイイイイイイイイイ!」
「っとと、やれやれ靴紐が……」


ブゥン!


突然屈んだ雄二の頭上を、僕の渾身のハイキックが通過していった。

「「…………」」

ハイキックの姿勢の僕と、屈んでいる雄二で、ちょっとしたにらめっこ開始。……これ傍から見たら超シュールな光景だろね。

「……………………おい、テメ———」
「命拾いしたな雄二!だが次はないものと思えっ!」
「あっ!コラ!待ちやがれ!」

ちぃ……奇襲失敗。こうなれば即座に離脱。いくらなんでもアイツに正面から挑むのは分が悪いし、一旦仕切り直そう。捕まらないようにダッシュでその場を離れながら、同時にあることを考える僕。

「(奇襲されたとはいえ、アイツも驚きはしても追ってはこない……かな?)」

うん、きっとそうだ。ああ見えて雄二のヤツは結構合理主義者。休日の自由に過ごせる時間と僕に対する仕返しをする時間を天秤にかけて、前者を選択するのが普段のアイツの行動パターンだ。僕と瑞希が一緒にいるところを見たならともかく、そうじゃないならわざわざ公衆の面前で僕を追いかける必要はないし無駄な労力は使わないだろう。明日にでも学校で仕返しすれば済む話だからね。

そう思って、一応追いかけてこないか後ろを確認してみると———

『明久!待ちやがれ!』
「なんで!?」

僕の考えとは裏腹に、鬼気迫る形相で僕を追いかけてくる雄二。え、どういうこと!?なんでわざわざこっちに走ってきてるの!?なんでそんなに必死になってんのアイツ!?と、ともかく追いつかれたらマズい。急いで撒くしか……

『『…………』』

『ね、ねぇヒデさん……今のって……』
『う、うむ……明久に雄二、じゃったの。こんな場所で一体何をやっておるのじゃあやつらは……』
『やっぱりさっき見えたのはアキさんとゆーさんでしたか……と言うか良いのでしょうか?あんまり騒ぎ立てると警備員さんにまた———』


〜明久&雄二鬼ごっこ中:しばらくお待ちください〜

彼と彼女とある日の出来事〜明久と瑞希編〜中編 ( No.363 )
日時: 2016/03/25 21:16
名前: 糖分摂取魔 ◆YpycdMy5QU (ID: 4.tSAP96)

「ハァ……ハァ……くそぅ、まだ追いかけてくる……」
『テメェ、待てやゴラァ!』

背後から聞きなれた声が響き渡る。ちぃぃっ!全然引き離せないっ!

「このままじゃマジでマズい……」

これじゃあわよくば仕切り直して、ヤツが油断しているところをまた奇襲———なんて僕の作戦は通用しそうにない。と言うか、それ以前にこのままじゃ僕が殺られる……!今この時だって走っているうちにどんどん距離が縮まっている。一応僕と雄二の足の速さはほぼ互角。けれど向こうは僕の逃走に合わせてショートカットを駆使してくる分アドバンテージがある。

「くそ……追いつかれるのも時間の問題……こうなったら———」

そう、こうなったらイチかバチかだ!角を曲がった瞬間、そこにあるお店の中に間髪入れずに入る僕。このままここに隠れて、ヤツをやり過ごす……!

『っ!ヤロォ!どこだっ!』

その一瞬でアイツは僕を見失い、駆け込んだ店の前でキョロキョロと辺りを見回している。よし……上手くいった!とりあえず乱れた息を整えつつ、ヤツに気付かれないように気配を断つ。気を抜けば見つかるし何としてもここはこの店の客として溶け込まないと……

「(…………あれ?そういえばここは何のお店なんだろ)」

咄嗟に駆け込んだから何のお店かわからないや。雄二に気付かれぬように出来る限り不自然な仕草を取らないように注意しながら、ゆっくりと周囲を観察する。そんな僕の眼前に広がるのは———

白、水色、ピンクにベージュ。他にも何種類もの色が辺り一帯にちりばめられている。ふむ……なるほどね。ここは———

「(———女性用下着店、か)」

色彩鮮やかなブラやショーツがディスプレイされている女性用の下着売り場。さぁて、と。












「(どうやってここに溶け込めと……っ!?)」

あ、アカン……苦難多き僕の人生と言えど、ここまでの難題に直面したことは未だかつてない。女性用下着店に飛び込んできた男子高校生。なんて字面的にもアウトすぎる……そんなものどう取り繕っても浮いてしまうに決まってる。……これがさっきのように瑞希と一緒ならまだ色々と言い訳は出来たはず。けど残念ながら今は一人だし、このままじゃ変態街道まっしぐらなんだけど……!?

「(だ、ダメだ……ここはホントにダメだ……っ!?)」

流石にヤバイと判断し店を出ようとすると、前方には今まさにこちらに首を向けようとしている雄二の姿。こ、こっちもマズいっ!?咄嗟に首を引っ込めて、下着を付けたマネキンの陰に身を隠す。前門の虎後門の狼……クソ、どうすりゃいいのさ……!?

「あ、あの……お客様……?」
「っ……!」

と、そんな僕の様子を不審に思ったのか、店員さんの一人が意を決して僕に声をかけてくる。どどど、どうする……!?こ、こんな時僕はどうすれば……!?え、ええぃままよ!

「あ、あはは……す、すみません店員さん。かかか、彼女に連れられて……来たんですけど……ぼ、僕浮いちゃってますよねー!ははは……お、男の僕がここにいちゃ、マズい……ですよね?」
「あ、ああなるほど。いいえ、大丈夫ですよ。男子禁制というわけでもありませんし、彼氏連れのお客様なんて珍しくはありませんので」
「そ、そうですか?は、はは……なんだか、こういう場所は初めてですし無駄に緊張しちゃって……ま、まだ試着してるのかなー……」
「ふふっ、彼女さんきっと気合い入れて選んでいると思いますよ。ごゆっくり———できないかもしれませんが、私共の事はお気になさらずに彼女さんをお待ちくださいね」

そんな僕の決死の演技に納得してくれたのか、店員さんは僕に一礼してカウンターに戻っていく。『彼女さん待ちの彼氏さんだったみたい。彼氏さん初心な反応で可愛かったなー』『ああ、そう言えばちょうど今何人か彼と同い年くらいのお客様が試着してたっけー』なんて店員さんたちの声も聞こえるし、何とか信じてくれたようだ……た、助かった……

「(けど、このままここにいるのもマズいな……)」

思わず嘘ついて誤魔化しちゃったけど、店員さんに試着室にいる人が僕の彼女じゃないってバレたら大変なことになる。精神衛生的にも出来れば今すぐにでも出ていきたいけど……この店の入り口付近は未だに雄二のヤツが僕を探してウロウロしている。さて……考えろ吉井明久、この窮地を脱する方法は何かないか……?

少しの間考えて、一つの結論に達する。やはりヤツをこの場から排除するにはこれしかない。

「(霧島さんに連絡しよう)」

彼女に電話を掛けて『実はショッピングモールの二階で雄二を見かけたけど、何だか酷く取り乱していた。霧島さんとはぐれて霧島さん依存症の発作が出ている可能性が高いから急いで会いに行った方が良いかもしれない』なんて言えば雄二は霧島さんに二秒も経たず確保され、僕はその隙に脱出でき瑞希と一緒だってこともバレずに済むハズ。

「うむ、我ながら完璧な作戦だね。そうと決まれば———っと」

携帯を取り出して、電話帳から霧島さんの番号を呼び出す。すると———


Prrrrr! Prrrrr!


なぜか僕の呼び出し音に応じるかのように、近くの試着室から同時に着信音が聞こえてきた。……あれ?

「《……もしもし?》」

聞こえてきたのは霧島さんの声。ただし携帯のスピーカーからだけじゃなく、僕の真後ろにある試着室からも聞こえてくる……え、うそ……まさか……!?

「あ、あの……霧島さん?」
「《……うん。どうしたの吉井?》」

はっきりと霧島さんの肉声が試着室から聞こえてくる。そ、そう言えばさっき店員さんが僕と同い年くらいのお客様が試着してる、なんて言ってたような……そ、そっかー……霧島さんちょうどこのお店に来ていたんだー……

さて、ここでこのお店が何のお店だったのか再確認してみよう。ここは女性用下着店。そしてそのお店の試着室から霧島さんの声が聞こえるってことは———

「ご、ごめん霧島さんっ!ま、また後でかけ直すね!?」

その事実を再確認し慌ててしまい、思わずそう叫ぶように言ってしまう。そんな僕の声はどうやら思っていたよりも大きかったようで———

「《???……あ。ひょっとして吉井って、今ショッピングモールの二階にいるの?》」
「えっ!?い、いやその」
「《……それなら、直接話そう。ごめん吉井。電話は、ちょっと苦手》」
「…………は、い?」

そんな台詞と共にシャッ!と言う音が後ろで聞こえる。それはつまり霧島さんがカーテンを開けた音ってことで———まさか下着姿のまま出てきたの!?その瞬間見たいと思う気持ち以上に見たらダメだという自制心が強く働き咄嗟にその場から逃れるための行動に出る僕。具体的に言うと……手近な試着室に飛び込む、なんて行動をとる。

「……???吉井、どこ?」

間一髪、カーテンの向こうからはそんな霧島さんの声が聞こえてくる。なんとか覗き野郎にならずに済んだね。

彼と彼女とある日の出来事〜明久と瑞希編〜中編 ( No.364 )
日時: 2016/03/25 21:17
名前: 糖分摂取魔 ◆YpycdMy5QU (ID: 4.tSAP96)

「ふぅ……良かった」

手の甲で汗を拭い、ゆっくりと顔を上げると———

「「…………」」

肌を露わにした格好———つまりは下着姿の瑞希の姿がそこにはあった。思わず二人して目を合わせたまま固まる僕ら。

「あ……の……明久君……?」

脱いでいた服で随分大人っぽい下着を着ている艶めかしい身体を隠しながら、恐る恐るといった感じで僕に話しかけてくる瑞希。

「んー?何かな瑞希?」

それに対し、慌てず騒がずに返事をする僕。経験上こういう時こっちが慌てたら相手も不安になってしまう。心臓バクバク状態だったけど、何とか表面上は冷静に対処することに。

「え、えと……ここで、何をしているんです……?」
「あれ?僕がこの店にいちゃマズい?さっき店員さんはごゆっくりどうぞって言ってくれたんだけど」
「そ、そうです……か?で、でしたらマズくはないと思いますが……あれ、ですが……あれ?」

瑞希を不安にさせないように、ごく自然な態度で答える僕。当然だけど僕がこの店に———というか僕がこの“瑞希が着替えている試着室”にいるのはマズいに決まっている。けど騒ぎになったらマジでマズいからとりあえず可能な限り誤魔化そう。

「それより瑞希こそ、どうしてこのお店に?」
「え!?え、えっと……その。折角しばらく明久君のお家にお泊りしますし……気分的にも清潔感のある新しいの買っておいた方がいいかなって思いまして……」

ああ、なるほど。これでようやく納得がいった。妙に僕に荷物持ちさせたく無さ気だなって思ってたけどこういう事か。いくらなんでも“コレ”を男の僕に荷物持ちなんてさせたくないよね。恥ずかしいに決まっているもん。

「あ、あのっ!違うんです!今着けているのは、そのぅ……いつもの私の着ているものとは違うんですよ!?これはその……ちょっと冒険しようと思ったと言いますか、さっき偶々会った翔子ちゃんと優子ちゃんにこういうので勝負すべきと薦められたと言うか……あ、あわよくば今回の同棲生活でその……(ごにょごにょ)あ、明久君に見てもらって———た、食べてもらおうと企んでたというかその……ととと、とにかくいつもこんな大胆なのをしているわけじゃなくてですね!?」

混乱し始めたのだろう、早口でなにやらちょっぴり凄い弁明をし始める瑞希。そんな瑞希の肩を軽くポンポンと叩いて落ち着かせる。

「あはは、落ち着いて瑞希。何だか混乱しちゃって何を言っているかわかんなくなっちゃってるでしょ?」
「あ、えと……その……すみません」

よしよし。さて、そろそろ霧島さんも一旦試着室の中に戻ったかな?

「それじゃ、僕はそろそろ行くね。終わったら呼んでね」
「はい、また後で」

そのまま試着室のカーテンを開けて外に出て、再びカーテンを閉める僕。そしてその数秒後———

『って、明久君何をやってるんですかぁあああああああああああ!?』
「いかん、正気に戻られたッ!」

僕は必死に商品である下着を血で汚さぬよう鼻血の衝動を堪えながらも、下着店から逃げ出した。

『明久君待ちなさいっ!ああもう……後でお説教ですからね!』
『?どうしたのよ瑞希。吉井君がどうかしたの?』
『……瑞希、やっぱり近くに吉井いたんだ。もしかして、一緒に来てた?』
『えっ!?あー……はい』
『あら♪デートだったんだ。しかも彼を下着売り場にまで連れ込むなんてやるじゃないの。瑞希が吉井君誘ったの?』
『あ、いえ。誘ったと言いますかその……実を言うとですね———私と美波ちゃん、昨日から明久君のお家で“同棲”していまして』
『……………………同棲?』
『え、同棲しちゃうほど仲進展してたの?凄いじゃない瑞希』
『あ!そ、そうじゃなくてですね優子ちゃん!?その、昨日から私や美波ちゃんの両親がストに巻き込まれて———』
『(ガシッ!)……心の底からありがとう、瑞希。それに美波に吉井』
『え、え?な、何がですか翔子ちゃん?』
『代表?どうして瑞希の手を握りながらそんなに感激してるの?』
『……灯台下暗しだった。けど、やっと見つけた……!』


〜それから10分後〜


「全くもう……信じられませんっ!」
「ホント、ごめんなさい……」

こうして色々あったショッピングモールからの帰り道。僕は当然のことながら瑞希のお説教を受けていた。

「どうして……どうして明久君は、いつもいつもああいう———その、いやらしい系のトラブルばかり起こすんですかっ!」
「あ、いや。あれは下心があったわけじゃなくて、不幸が重なってしまったというか……」
「言い訳しないっ!」
「は、はいっ!」

ぴしゃりと一喝され、思わず背筋が伸びる。あ、ちなみに当初の予定通り雄二のヤツは霧島さんに連絡して彼女に確保してもらい、その隙にショッピングモールを出た僕ら。こんな事なら襲撃する前に霧島さんに頼んで雄二を確保してもらうべきだったなぁ……なんてちょっぴり反省。

「わかっていますか明久君。女性のいる試着室に———しかも下着のお店の試着室に飛び込むだなんて、大変な事なんですからね?」
「はい……」
「あの時、私じゃなくて他の女の人が中にいたらどうするつもりだったんですか……近くには翔子ちゃんも優子ちゃんもいましたのに……」

頬を膨らませて怒る瑞希。そういう怒り方も可愛いなぁ———じゃなくて、いやホント仰る通りです、はい。

「だいたい、私にだって心の準備と言うものが……いえ、他の人のを見てデレデレされるよりいいですけど……それに、どの道見てもらうつもりもあったりなかったり……いえ、でもだったらせめてご飯一食でもいいから抜いて少しでもスリムな姿を見てほしかったと言うか……もっとムードのある雰囲気の中で見てくれたなら文句なんてないと言うか———」

相当怒り心頭のようで、ブツブツと何か呟いている瑞希。ど、どうしよう……何かお詫びしないと……えっと、僕に出来ることと言えば———あ。

「あ、あのー……瑞希。こんなのでお詫びになるわけないのはわかっているけど……これ、どうぞ」

上着のポケットからあるものを取り出して恐る恐る瑞希に手渡す僕。

「え?……これって……」
「そのさ。さっき欲しがってた……よね?」

渡したものはアミューズメントエリアのクレーンゲームで瑞希が取ろうとしていたウサギのストラップ。後で今日の記念に瑞希にプレゼントして驚かせようと思って、瑞希と一度別れた後こっそり取っておいたんだけど……

「…………」
「あの、瑞希……?」

う、うぅ……この沈黙は何だろう。もしかしてこんなもので機嫌取ろうとするなんて失礼極まりないと言う事……?そ、そりゃそうか!?いくらなんでもこんなものと瑞希の下着姿を拝見してしまったことを天秤にかけようとすること自体間違っているっていうか……

「ご、ごめんなさいっ!こんなんじゃお詫びにならないのは重々承知してますっ!?土下座でも何でもするから———」
「……明久君のくれた……雪ウサギ……」

と、手渡したストラップをジッと見て、ポツリと呟く瑞希。雪ウサギ?これどっちかと言うと猫ウサギっぽくない?

「瑞希……?どうしたの?」
「…………明久君は、ズルイです」
「うっ……だよね」

あーうん。僕もそう思い始めたよ。これじゃ釣り合ってないのに許してもらう気満々とか虫が良すぎると言うか卑怯と言うか……

「(ボソッ)……こんなこと、されたら……あの時のこと、思い出しちゃうじゃないですか……簡単に許したくなっちゃうじゃないですか……」
「いや、ホントゴメンっ!罪滅ぼしじゃないけど、今日は瑞希の好きな料理作ったりするから!それでも駄目なら———」
「…………今回だけ、ですからね」
「へ?」
「今回だけは特別に許します。玲さん達にも今日の事は黙っておきます。けれど次にああいうことしたら許してあげませんから」

…………と、言う事はそれはつまり———

「肝に銘じておくよ!あ、ありがとう瑞希!」
「もう……明久君は本当に、ダメダメなんですから……」

彼と彼女とある日の出来事〜明久と瑞希編〜中編 ( No.365 )
日時: 2016/03/25 21:18
名前: 糖分摂取魔 ◆YpycdMy5QU (ID: 4.tSAP96)

何て言いながらも表情を和らげてくれる瑞希。本来なら平手打ちした後110番されてもおかしくないだろうけど優しいなぁ……だからこそ、ちゃんと反省しなきゃね……とにかく以後こういう事が無いように注意して、今日の夕食は瑞希が喜んでくれるように瑞希の好物中心にご飯を作ろう。そんなことを考えていると、改めて瑞希が僕の方を向き直して深々と頭を下げる。え、ど、どうしたの?

「それはそれとして……明久君。これ、ありがとうございます。私、こっちも大事にしますね」
「ああ、これ?いやいや、お礼を言われるほどの物じゃないよ。……あ、そう言えばこのクレーンゲームの賞品で思い出した。気になってたんだけどさ、瑞希」
「はい?何でしょうか明久君」
「ゲームコーナーでさ、勝負しようって瑞希が提案してきたじゃない。あれってどうしてだったの?」

ふと一緒に歩きながら、気になっていたことを瑞希に尋ねる僕。正直瑞希は勝負事とか興味なさそうと思っていたから意外だったんだよね。その僕の質問に、数秒考えてから瑞希はこう答える。

「……敢えて言うなら、明久君と坂本君の関係が羨ましかったから……でしょうかね」
「…………は?」

……わからない。わからないよ瑞希……何で急に雄二の話に?と言うか僕と雄二の関係なんて今日みたいに隙あらば命を狙い、お互いに利用できるなら最大限に利用して、いらないと判断すれば即使い捨てにする何というかすっごくアレな関係だろうに……どこが羨ましいんだろうか?

「ああいうちょっとしたゲームでも、明久君と坂本君ってすぐ楽しそうに勝負するじゃないですか。そんな関係がちょっぴり羨ましかったんです私」
「あ、ああなるほど。そう言うこと……」

確かに僕と雄二はいつも何かにつけて勝負事をする。傍から見たら友人同士楽しそうにワイワイ勝負事をしているように見えるのかもしれないね。……まあ、当の僕と雄二の場合は大抵は賭け事したり罰ゲーム準備したりしているから楽しいと言うより毎回死闘なんだけど。

「(ボソッ)それに……坂本君みたいに良い意味で遠慮なく明久君と肩並べられる人になる為にはこういう日々の積み重ねが大事、ですからね。坂本君には負けられません」
「……ん?」

あれ?今なんか瑞希が言ったような……?気のせいかな?

「さ、それは良いですから早く帰りましょう。美波ちゃんたちから連絡がもうあったかもしれませんよ!」
「それもそうだね。じゃあ———わわ!?み、瑞希!?」
「さあ急ぎましょうねー♪」

そう言いながらも、僕の腕を組んで楽しそうに引っ付いて歩く瑞希。わわ……ちょ、ちょっとこれは……み、瑞希の胸も当たっているし、何より何だか周りに仲の良さを見せつけているようで恥ずかしい。恥ずかしいけど……今日は瑞希に迷惑かけてしまった事だし———何よりめちゃくちゃ役得で僕だって楽しいわけで。そのままちょっとお互いに顔を赤くしたままで、腕を組んだまま家に帰ることになった。…………同棲生活一日目。色々あったけど、瑞希とちょっとしたデートっぽい事が出来て幸せな時間を過ごした僕であった。


———吉井家———


そうして、何だかイイ感じでようやく瑞希と一緒に戻ってきた僕はと言うと。帰って早々に———

「「「…………」」」

「は、ははは……ね、姉さん?お、お仕事で使う資料作りは終わったの?」
「……ええ、とっくの昔に」
「あ、あはは……み、美波も葉月ちゃんも早かったねー……荷物運ぶなら電話して呼んでくれてよかったのに」
「……荷物軽かったし良いわよ別に」
「……むー」
「そ、そっかー……と、ところで皆さま方……あ、あの———どうして僕は正座をさせられているのでしょうか……?」

般若を思わせる形相の姉さん。虚ろな目で自身の胸に手を当てている美波。ふくれっ面の葉月ちゃん。この三人に冷たい床の上で正座させられていた……一難去ってまた一難、なんて言葉もあるけど———な、なにごと……?

「身に覚えがないと言うつもりですかアキくん。姉さんは悲しいです」
「……アキ、アンタ……やっぱり胸なの……?胸が大きくないとダメだと言うの……?」
「バカなお兄ちゃん酷いですっ!最低です!」
「あ、あの玲さんに美波ちゃんに葉月ちゃん……?」

玄関を開けると問答無用で姉さんにアイアンクロー交じりに部屋に連れてこられ、座布団も無しに良く冷えた床の上で正座をさせられた。部屋には美波と葉月ちゃんもいて姉さんの隣で仁王立ち。瑞希も一応何が何だかわからないまま部屋の片隅にいるこの状況。ぼ、僕何かしたっけ……?

「いやその、全然身に覚えないんだけど……」
「……ほう、そうですか。ショッピングモール・下着売り場・瑞希さんのいる試着室に突貫。このキーワードにアキくんは全然身に覚えがないと」

「「っ!?」」

その姉さんの言葉に思わず息を呑んでしまう僕と瑞希。なぜ……なぜそれを……!?この事実は当事者以外はまだ誰も知らないハズじゃ……!?瑞希が姉さんたちに話してしまった———なんてことは絶対に無いはず。黙っていてくれるって言ってくれたし、そもそも姉さんたちにさっきの出来事を話す時間なんかなかったのに……なんで姉さんたちはこのことを知ってるの!?

「先ほど、坂本君から電話がありました。随分と良い思いをしていたようですねアキくん」
「ゆ、雄二のヤツが!?」

あ、アイツかっ!や、奴ならさっきの仕返しでこういう事をやりかねないっ!?な、なんてことしてくれたんだ畜生……!?あの野郎はやはりあの時仕留めておくべきだった……

「さぁてアキくん、わかっていますよね。これから何をされるのかを……」
「べ、弁明を!弁明の機会をくださいっ!?」
「アキ、ウチ哀しいわ……ちゃんとどういうわけか説明してくれるんでしょうね……?」
「バカなお兄ちゃんのバカっ!」
「あ、あわわ……その、皆さん落ち着いてください……誤解……でもないかもしれないんですけど、あれは事故みたいなもので……」

慌てて僕を庇うべく、姉さんたちにあたふたしながらも取り入ってくれる瑞希。

「瑞希良いのよ、アキを———いいえ、こんなケダモノを庇わなくても」
「そうですよ瑞希さん。うら若き乙女の着替えを覗きに行くような変態はこれ以上ないくらい拷問したうえで死刑にしますので」
「ですから弁明を!弁明の機会を姉さん!」
「……本当に納得のいく弁明をしてくれるのでしょうねアキ?」
「葉月ぷんぷんですよバカなお兄ちゃんっ!」
「ほ、ホント事故なんだっ!大体雄二が悪くてね!?とにかく僕の話を聞いてくださいっ!」
「……まあいいでしょう。納得のいく話であれば———拷問は無しの死刑で許してあげないことも無いですけど」
「死刑は確定しているの!?」

その後、約三時間姉さんによる物理交じりの説教と美波&葉月ちゃんの冷たい視線を浴びながら必死の弁明をしつつも正座をさせられ、とんでもない事をしたオシオキとして……その、メイド服を着て全員に美味しいパエリアを作らされることとなったのは、忘れさりたい記憶の一ページ……

「とりあえず雄二、キサマだけは許さん……いずれ決着を付けてやる……!この借りは、必ず返してやるからな……!」

そんな想いを胸に抱き、迷惑をかけた瑞希の為。そして美波たち三人を宥める為に必死で四人にご奉仕しながら同棲生活一日目を終えることになったのだった……