二次創作小説(紙ほか)

Re: HoneyWorks〜告白実行委員会〜 ( No.11 )
日時: 2015/08/04 22:18
名前: cinnamon (ID: 76LSjzh0)

(あぁ…夏って、なんで暑いんだろう…)

これでもう何十回目になる問いを、また自分に問いかける。
蒼太は、窓から射し込む日光を、恨めしそうに見上げた。

蒼太たち映画研究部は、今日もまた、冬休み前に公開する映画の編集作業に明け暮れていた。
クーラーの無い、蒸し風呂のような部室に閉じこもって、もう三時間が経つ。

部長である瀬戸口優は、こまめに水分補給をしながら、ずっと原稿と睨み合っているが、目が正気を失い、明らかに集中力が切れているのが分かる。
監督の芹沢春樹は、その手に原稿も持っておらず、ただただ部室の回転椅子で回っている。映画の事なんて、流石の春樹でも、今は考えられないだろう。

(これ、僕が言い出すまで外出れないパターンだね)

幼馴染の勘で分かる。
いつも優と春樹は、自分から休憩を取ろうと言わない。
いや、言えないのだ。

(そこら辺、優も春樹も、プライド高いよなぁ)

プライドが無い自分もどうかと思うが、適度にリフレッシュしてこそ、良いものが出来る。
休憩を取るのがいけない、と言う謎のプライドの元で生きている二人に、休憩を与えるのは、いつも蒼太だった。

蒼太がため息混じりに、休憩の言葉を口にしようとした瞬間。

コンコン

軽やかに部室のドアのノックが響いた。

「どうぞー入って来て下さい」

(優、いつもは他の人に、こんな声しないのにな…)

完全にやる気を失った優の声がした後、遠慮がちに建て付けの悪いドアが開く。
そこにいたのは___

「し、失礼します…」
(あぁあ、あかりんーーーーー!?)

少し汗ばんだ顔、日光に照らされて輝きを放つような綺麗な黒髪。
そしてキラキラとした大きな瞳に、蒼太の心は、一気に爆発五秒前状態だ。

(あかりん、走ってたのかな)

何処か少し、顔が火照っているように見える。
あかりはドアを開け中に入ると、遠慮がちに目線を下に下げる。

(あぁぁぁぁ、あかりん、可愛すぎでしょ…)

蒼太の心の中は、とてもあかりには聞かせられない言葉ばかりで渦巻いていた。
優はそんな蒼太を横目で見ながら、あかりに話しかける。

「早坂が一人で来るなんて、珍しいな」
「い、いえ、あの…えっと…」

あかりは、人見知りモード全開で、優に答えるのも必死な状態だった。
春樹は、そんなあかりを見兼ねて椅子の回転を止める。

「俺たちの誰かに用アリってことか」
「そ、そうです…」

(えぇ!?誰かって誰!?)

蒼太は、少しの期待と大きな不安や絶望の目で、あかりを見る。
春樹と優は、平然極まりない、いつも通りの目であかりを見ている。

しばらくの沈黙の後、ついにあかりが口を開く。

「ケーキ、食べに行きませんか?」

(ケーキか…懐かしいな)

蒼太があかりに想いを伝えたあの日、あかりは告白の返事の前に、蒼太をケーキ屋へ誘ったのだった。

(ほんと、あの時の時間は幸せだったなぁ)


あかりのケーキは何だっただろうか。
自分の選んだモンブランの話をした事や、他のケーキの話をした事は、蒼太にとって、今までのあかりとの出来事で、何よりも嬉しかった事だった。

(まぁ、それだけじゃなかったんだけどさ)


ケーキ屋に行く途中、春樹が、蒼太の幼馴染である榎本夏樹に告白していた現場に遭遇した。
それまでは何ともなかったのだが、その現場を見た後の、ケーキ屋でのあかりは…

____今まで、誰も見たことの無いような、暗い顔をしていた。

あかりのその表情で、蒼太は気づいてしまった。
あかりが、春樹に寄せている想いに。

(まぁ、春樹の告白事件は違ったけど…)

その後蒼太は、春樹に質問した結果、あの夏樹への告白は、予行練習だったと知ったのだ。

(僕って、最低だよね)

告白して、あかりは良いとも悪いとも言わなかった。
が、あかりがあの時見せた顔は、明らかに誰かを想って傷付いた顔だった。

(あかりんの恋が叶わない事を、喜んでいる自分がいて…さらには、その前から、あかりんの恋が叶わない事を、願っていた自分がいて…)

本当に酷い。
こんな自分が悪魔のように思えることもあった。

(実際、今でもそう思わない事はないけど…)

好きな人の為に、自分の想いを犠牲にしていた彼や、好きな人と結ばれた友人達。
蒼太は、そんな人に憧れるだけでなく、自分なりに頑張ろうと決意した。

(僕は、僕のペースで、少しずつ、少しずつ…)

あの時と同じ言葉を、心の中で繰り返す。
あかりの気持ちを知ったところで、蒼太の想いは消えない。
蒼太は、あかりの為に、自分の想いを犠牲にするような、カッコ良い事は、決して出来ない。

(それでも良い。僕は、僕の想いは、もう自分でも、止められないんだ)

「俺はパス」
「って、優ー分かってんだろ?」

優と春樹の声で、蒼太は現実に引き戻される。
相変わらず、胸の高まりは止まりそうに無いが、蒼太には、もうこれまでのように慌てない自信があった。

「あ、あの…」
「分かってるよ、早坂」

優は、軽く微笑み、蒼太を見る。
春樹も、優と同じように、蒼太を見る。

(この展開…まさか…)

優と春樹が、蒼太の為に、セッティングしているのだろうか。
でも、まだあかりの口から、誰と行きたい、という言葉は出ていない。

(あかりんは、春樹と行きたいんだろうなぁ…)

そう考えると、涙が込み上げてくる。
だが、その涙は、あかりの言葉で、ぴたっと止まった。

「望月君、早く行きましょう?限定メニューのタルトタタン、なくなっちゃうよ?」

そう言って、あかりは悪戯っぽく微笑む。
蒼太にはただ、喜びしか無かった。


「はい!」