二次創作小説(紙ほか)

Re: HoneyWorks〜告白実行委員会〜【復活宣言!】 ( No.133 )
日時: 2015/12/27 12:30
名前: cinnamon (ID: A8fB1cHq)





「なんで、なんで、なんで…」

さっきから馬鹿の一つ覚えのように、なんで、とばかり口の中で繰り返す。
蒼太はあまりに予想外な展開に、目の前の出来事を脳内で理解するのにかなりの時間がかかった。それもあかりに出会って、自分の抱いている恋心に気づいてからまだ五日経ったばかりにも関わらず、あかりの美貌は既に周囲に広まってしまっていたのだから。

(そりゃ、早坂さんは可愛いし、いつかは僕以外の誰かの目にも留まることになるだろうって思ってたけど…)


だとしても早過ぎる。
全くもって塞翁が馬だ。
いろいろと文句が出てくる蒼太だったが、ずっとあかりを見ていてあることに気づく。


(早坂さん……全然笑っていない……)

あの時、初めて出会った蒼太には、もったいないくらいのとびきりの笑顔で応じてくれた。それなのに今は、たくさんの人に囲まれているにも関わらず、笑顔を見せようともしないのだ。それに白く細い手は拳が作られていて、自分の着物の裾を強く握っている。まるで大勢の狼に囲まれたうさぎのような彼女を見て、蒼太は直感的に足を動かしていた。
そして蒼太が何とか人混みの最前列に辿り着いた時、あかりの目線は蒼太に定まった。一瞬体がこわばるのを無視して、蒼太は何とか優しい笑顔を貼り付けてみせる。そしてあかりが、そんな蒼太に苦笑するかのように少し顔に笑みを浮かべた瞬間。


「かぐや、そろそろ行こうぞ」


あかりの後ろへと来た二つの人影が声をかける。
声は老人のようだが、果たして彼女の知り合いなのだろうか。

(ん?でも待てよ、知り合いがこの町にいるってことは…じゃあ早坂さんってもしかして、ここに初めて来た訳じゃないのか…?)

当のあかりは老人の声に反応して、綺麗な形の眉を寄せた。
そしてか細く、それでも美しい鈴のような声であかりは声を出した。





「……はい、お爺様」









Re: HoneyWorks〜告白実行委員会〜【復活宣言!】 ( No.134 )
日時: 2015/12/27 12:57
名前: cinnamon (ID: A8fB1cHq)




「……お爺様」
「おぉ、どうした?かぐや姫や」

山奥の竹やぶに近いあかりの家から、わし達も久しぶりに町に出てみようかの、と言われて馬車を走らせて町へやって来てから、まだ少ししか経っていない気がする。あかりは、先ほどの〈事故〉を思い出しては、はぁ、と小さな溜め息を漏らした。

「……いえ、やっぱり大丈夫です」
「そうか?ならええがのう」

そういうと爺(爺と言っても父親だが)は朗らかに笑ってまた前を向いた。
馬車の揺れに合わせて、町で新たに聞いてきたらしい、今までにあかりが聞いたことのない唄を唄い出している。婆もその様子に顔を綻ばせているが、あかりはそれらを横目で眺めながら、一人疲れ切っていた心を必死に癒そうとしていた。


町に着いて、商店の前で馬車から降りた瞬間、人__ほぼほぼが男性だったが__に囲まれ、いろいろと個人のことを聞き出そうとしてきた上に、その男達の騒ぎが周りにも知れ渡り、老若男女問わずに人が集まってきてしまい……


(駄目だなぁ…やっぱり、思い出すたびに何だか疲れてくるもの…)

「かぐや姫?どうなさったのです?」

そんなかぐや姫を見かねてか、絶妙な間合いで婆の声がかかる。

「あ、いや、何もありません、お婆様……」
「……何かあったらいつでも言いなさいな。貴女は、私たちのただ一人の、世界で一番大切な、娘なのだからね」
「お婆様……」


娘。
この言葉を聞く度に、嬉しさよりも、悲しみが湧き上がってきてしまうのは何故だろう。
爺や婆の、優しさに満ち溢れた笑顔を見る度に、幸せよりも、悲しみが湧き上がってきてしまうのは何故だろう。

(だって、それは……)

言う時は、いくらだってある。
今こうしている時も、口にしようと思えば容易に出来ることだ。

(それでも……)


「かぐや姫や、着いたぞ」
「…はい」


馬車から降り、広大な家をぼんやりと眺めながら、あかりはまた思う。

(本当の私は、どこに行ったんだろう……)

青空に浮かぶ雲は、あかりの心を映すように、だんだんと黒くなっていく____

Re: HoneyWorks〜告白実行委員会〜【復活宣言!】 ( No.135 )
日時: 2015/12/27 14:03
名前: cinnamon (ID: A8fB1cHq)



ぽつ、ぽつ、ぽつ……


蒼太の足元に、小さな水の跡が出来たと思った瞬間。


ザーーーーーーッ!!!


「うわっ!?な、何だこの大雨ぇぇぇ!?」


雨をしのぐ物を何一つ持っていない上に、蒼太の腕には今、命の次に大切な帝からの任務があった。その事が蒼太をさらに焦らせ、ひとまず偶然にも近くにあった竹やぶに逃げ込んだ。
竹やぶの中でも、流石に雨を完全に防ぐことは不可能だったが、普通の道よりはいくらかその勢いが和らげられて、蒼太は足の速度を落とした。

(いきなりこの雨は不幸だなぁ、僕……にしても、竹やぶだと目的地までの道、よく分かんないんだけど……)

その場に留まるにも、暗くじめじめとした竹やぶにいる気は起きない。
しかしながら、進もうとしたところで、竹やぶの中にいる以上、下手に動けば迷う可能性も出てくる。

(どうしようか……でも帝からの任務がある以上、しくじれないし)

とりあえず、近くにあった蒼太一人がやっと座れるほどの椅子に腰掛け、雨が上がるのを待つことにした。ゆっくりと腰掛けてみて初めて、自分がここ最近全く座っていなかったことに気づいた。

(早坂さんが帰った後、一気に人が散り散りになったから帰って、そしたらいきなり帝からの任務だーって上の方が怒鳴りつけてきて…)

それからの、この大雨だ。
思わぬ不幸の連続に、よくここまで不幸が重なるなぁ、といっそ笑えてきてしまう。一人苦笑を漏らしている蒼太には、周りが見えていなかった。

「おーい、お前さん」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!…ってあ、ああすみません!!」

盛大に驚きすぎて、声の主の方が逆に驚いていた。
蒼太は事態を飲み込んで急に恥ずかしくなり、気づけば大きな声で謝っていた。

「おぉおぉ、元気な方でよかったよかった。お前さん、この雨で行くあてがないのなら、どうじゃ。わしと一緒に来んか?」

引かれることもなく、朗らかな笑顔で言われた誘いの言葉に、蒼太は胸が温かくなっていくのを嬉しく感じた。

「はい!是非、お願いします!」

翁はまた、笑顔で頷くと蒼太に先立って歩き出した。
暗がりの中、翁の小さな背中を見失わないように、蒼太はなるべく翁にくっついて進む。そんな中でも、翁はいろいろと自身の名前やこの竹やぶのことを教えてくれた。
名を竹取の翁、と言い、この竹やぶでは随分前からずっと竹を取っては物を作っているらしい。

やがて竹やぶが終わってすぐの場所に、一軒のなかなかに大きな家が現れた。
大きな家だなぁと眺めながら、蒼太は翁に話しかける。

「翁さん」
「ん?なんじゃ?」
「翁さんのお家、すごく立派で綺麗ですね〜ご家族と一緒に住まれているのですか?」
「そうじゃな。…この雨も当分止みそうにないところじゃし、紹介しよう」


扉を開け、おーい、と翁が一声呼べば、すぐに一人の女性がやってきた。
その女性もまた、翁と同じ年齢くらいで、優しい笑顔をたたえながら蒼太たちを出迎えてくれた。

「おかえりなさい、随分と早い帰りですね…あら、そちらの方は?」
「いやはや、面白い者と会ってのう。悪いが婆さん、この雨が止むまで、ちとこの者も家に置いてやってくれんかのう」
「初めまして、望月蒼太と申します。この度はご迷惑をおかけします」
「あらあら、礼儀正しい素敵な方ねぇ。勿論、遠慮なくここで過ごしていって下さいな。爺様も、新しい話し相手が出来て、さぞかし嬉しいことでしょうから」

二人とも何とも優しい笑顔で、蒼太はここにいる違和感などが全部吹き飛び、ここが瞬く間に家のようにくつろげる、居心地の良い場所へとなっていくのを感じた。
家に上がらせてもらいながら、ふと思い出したように先を歩いていた翁が振り返った。

「そうじゃ婆さん。望月氏なら、かぐやと年が近いんじゃなかろうか」
「あら、言われてみればそうですねぇ。一度、かぐやに会っていただきましょうか」
「……あの……かぐやって言うのは一体……」
「かぐやはな、わしらの、ただ一人の娘じゃ」
「貴方なら、かぐやと年も近いはずですもの。きっと話が合いますよ」


そう言いながら、婆は目の前の襖に向かって、声をかけた。

「かぐや、貴女にお客様ですよ」
「えぇ!?あの、お客様、は、ちょっと…」
「あら、良いじゃありませんか。かぐや、貴女とはお年が近い方ですから、お話だけでもしなさい。きっと、楽しいひとときが過ごせますよ」


その婆の一言のあと、襖がスッと、音もなく開いた。
そして、その奥から、控えめに顔を出した彼女は………




「え……」
「あ……」




お互い目を見開き、体が硬直してしまう。
そんな様子を見かねて婆が「かぐや」と呼べば、明らかに動揺した面持ちで、蒼太から視線を外した。
少し襖を開け、中に入るように促された蒼太は、急に緊張で引きつる足を必死に動かして中へと踏み込んだ。

また襖が、音もなく閉まってから、蒼太はついにその彼女の名を口にした。




「かぐや姫…さん」
「……あかり、です」


蚊のようにか細くだが、はっきりと聞こえたその声に、嬉しさと幸せと疑問と、様々な感情が脳内に流れ込んでくる。
お互い目を合わせていないが、それでもあの時の出来事は、確かに二人の中に残っていた。


「……望月、蒼太、さん………」
「っ!!………覚えてくれていたんですね……ありがとう」

名前を呼ばれて思わず笑顔になり、そのまま自分も名を呼び返す。

「早坂あかりさん」
「……………はい」

あかりもようやく落ち着いたのか、蒼太に笑顔を見せた。
あの時と、同じ笑顔を。


雨は今尚激しく降り続け、二人だけの空間を形づくっている__