二次創作小説(紙ほか)

Re: HoneyWorks〜告白実行委員会〜【復活宣言!】 ( No.183 )
日時: 2016/03/19 18:25
名前: cinnamon (ID: VQ5Z3lvG)




草を踏みしめる足の動きが、いつになくぎこちない。
今までの人生の中で、これほどまでに緊張したことがあっただろうか。
出だしは好調で力強い歩みだったが、彼女の後ろ姿が目前となった今、そんな様子はまるで無くなっていて、緊張で堅い足取りはもはや別人のようだ。

心臓を落ち着けようと深呼吸をしても、見事に逆効果。
目の前の彼女に聞こえそうなほどに高鳴る鼓動と、止まらないと分かっているそれを必死に宥めている気弱な自分。
全てが格好悪く思えてきて、気づけば春輝は、大きな一歩を踏み出していた。


瞬間、春輝の思考と身体は固まり完全に停止したが、向こうはゆっくりと頭を動かす。そしていつもいつも見てきた穏やかで優しい顔が浮かび上がり、くりっとした無防備な瞳に見つめられる。
ほんわかと彼女の辺りを包む陽の光が、柔らかそうな茶髪や繊細な柄が描かれたレース生地の衣服の、円い可愛らしさを全面に引き出している。人形のようなその姿を見た時には既に、春輝の頭から今後の対応なんてものは消えていた。



「……お、狼、さん………?」



小さくて今にも消えそうに儚く、また、それほどに可愛くて優しい声が、穏やかな空気を揺らす。
声の余韻に浸った後、春輝はようやく自分の失態に気づいた。

(ま、待て………今、絶対狼って言ったよな………!)


不気味な冷や汗をかきながら、緊張で停止していた脳を何とか動かす。
春輝の記憶に間違いがなければ、ちゃんと自分は狼の姿を消してきたはずだ。さらに来た時の道中も、狼になるような緊急事態は一切無かった。と言うことは、考えられるのはただ一つ。


(無意識のうちに、姿が戻ったんだよな……?)


事態は何とか飲み込めたものの、この状況の打開策はまるで浮かばない。
止まらない冷や汗を背中に感じながら、ただただ立ち尽くすことしか出来ない。
向こうを見ると、彼女の視線は何故か春輝とは違うところに向けられていた。
その視線の先を追えば、そこには、春輝の手と、色とりどりの花が……

(そうだ、これ、俺が作ったんだっけ……)

今の今まで忘れていた、自分の手の中のそれを見つめ、春輝は自分の想いを振り返る。



会話どころか、関わる接点も何もない、ゼロの状態からの一目惚れ。
それからは、彼女の姿を見に行くことが当たり前になるくらい、いつもいつもその姿を見て、それで満足していた。

いつからだろう。こんな平和すぎる日々に、耐えられなくなったのは。
自分の想いの大きさに目を伏せ続け、見て見ぬ振りを続けることに限界を感じた。そしてついに自分の想いを受け入れた時、平和で過ごしやすい日々から一転し、未来を変える決意を固めた。

想いの丈を詰め込んだ、希望の花の冠を手にして、自分は今、やっとここまで来たのだ。
獣の血を引いている自分が、これからの未来を共に歩みたいと、心から思える人に出逢えたことの奇跡を、春輝は壮大に感じた。


「俺は、確かに狼の血を引いてはいるけど、」

彼女への想いを受け入れた時、獣の血の混じった自分が嫌になったこともあった。

(でも、自分を捨てたら、想いを伝えることなんて出来る訳ねぇから)

「中は人間だから。ちょっと話、いいか?」

重く感じ取られないように、少し苦笑しながら言ったのが良かったのか、躊躇いながらも、彼女は小首を縦に振ってくれた。
春輝は軽く会釈を返して、もう何分も動かしていなかった足を、ゆっくりと進めた。

彼女の横を通り過ぎ、その時に自然な流れで花かんむりを彼女の頭に乗せる。
不思議そうにかんむりを見る彼女を横目に見ながら、春輝はその数歩先で足を止めた。


「いつも見てた」
「えっ!」
「で、似合いそうだなーって感じの色の花で、作ったやつなんだけど。変か?」
「ううん、そんな、全然だよ!器用なんだね」
「なら良かった。まぁ、俺の名前が春っぽいし、花も好きだしな」
「あ、名前………」

聞いてなかった、という風な沈黙が流れる。
そこで春輝は振り返り、彼女を見て、ありのままの自分で答える。

「『春』に『輝』く花のように、人に幸せと笑顔を届ける人。で、『春輝』」

言ったことは祖母から聞いた由来そのまんまだが、春輝は気にすることもなく、笑顔で言った。

(名前の通り、いつも貰ってた幸せと笑顔を、今度はこっちが返すから)

そう言おうかと思ったけれど、流石に思い切りすぎだ、という冷静な自分に大人しく従った。果たしてどんな反応が返ってくるか、と期待と不安の眼差しを向ければ、その中の不安をかき消すように、円い可愛らしさが溢れる笑顔を向けられた。

「……素敵な名前だね。私は、『美』しい『桜』みたいに……って感じで、『美桜』って言うの。………春輝くんと似てるような気がする」

そんなことないかな、と笑う彼女_____美桜に、春輝ははやる鼓動を抑えながらも、笑顔を見せる。

「確かに、似てるな。桜も幸せと笑顔を届ける、一つの花だし」

一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにまた笑顔を見せて、「そうだね」と言う。




穏やかな太陽に輝く花が、風に吹かれて花びらを周囲に散りばめる。
その花びらは、二人の新たな出会いを、祝福しているようだった。


【赤ずきんストーリー 完結】