二次創作小説(紙ほか)
- Re: 東京喰種:re 黒山羊とアゲハ蝶 ( No.3 )
- 日時: 2015/10/14 00:35
- 名前: Viridis ◆8Wa6OGPmD2 (ID: AurL0C96)
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『黒山羊の卵』とは、新進気鋭のミステリー作家・高槻泉の第7作目にあたる小説だ。
黒山羊と呼ばれるシリアルキラー(快楽殺人犯)の女と、黒山羊の一人息子が主人公。黒山羊の息子は母親の異常性に嫌悪しながら、自分もまた同じ残虐性が眠っていることに気付き、葛藤していく——という、複雑で繊細な心理描写を、過激で残酷な表現によって彩った名作である。
宇佐美が高槻泉の小説に興味を持ったらしいので、試しに貸してみたところ——彼女はあっという間に読破して、早く次の作品を読ませろと無言のうちにせがんできた。高槻泉のデビュー作である『拝啓カフカ』に始まり『虹のモノクロ』『なつにっき』と次々に読み……今はこの『黒山羊の卵』を読み進めている。
「流石に一番好きだと言っていただけあって、面白いわね」
「まあね」
下駄箱の靴を取り出しながら会話する。ラブレターは……残念ながら今日も、僕の靴箱にそんなものは添えられておらず、大げさに落胆する。
「あら……二人とも今から帰り?」
不意に声がしたので廊下の方を見てみると、そこには栗色の髪を腰まで伸ばした女性が立っていた。秋山早美(あきやまハヤミ)——僕たちが居る2−Bの担任だ。もうとっくに帰りのHRが終わったのに、今帰る僕たちを見て不思議に思ったのだろう。
ぱたぱたと職員用のスリッパを鳴らしながらこちらへ向かってくる。
「はい、先生。宇佐美に本を貸したら、彼女が読み耽っちゃって。暗く前に帰ろう、ってさっき声をかけたんです」
「あらあら、仲が良いのね」
宇佐美は「なんで私のせいみたいな言い方をするんだ」とばかりに抗議の視線を向けてくるが、気付いていないふりをする。そもそも実際そうでしょうに——いや違う、これは仲が良いと言われたことに対する、露骨な否定と嫌悪の視線だ。流石にちょっと傷つく。
「出来るだけ早く帰るようにするのよ。最近はこの辺りでも喰種が出るって話だから」
「気を付けます」
先生はその喰種が、まさかいま目の前にいるとは予想もせず言っているのだと考えたら、思わず吹き出しそうになる。意図して浮かべている微笑みの、頬が吊り上がらないように必死でこらえる。
しかし宇佐美は、いきなりかかとで勢いよく僕のつま先を踏みつけた。痛い。
激痛の左足を押さえようとしゃがんだら、今度は襟首を掴まれる。カエルが轢き潰されたような声を洩らす。
「では失礼します、先生」
「え、ええ。気を付けるのよ」
ずるずると宇佐美に引きずられるまま、僕は昇降口を後にした。
「いきなり踏みつけた挙句に引きずり回すなんて酷いなあ。そういうの嫌いじゃないけど」
パッと手を離された上に汚物を見るような視線を差し向けられた。やめてくれ宇佐美、ゾクゾクしちゃうじゃないか。
学校へ通わず、人間社会とのコミュニティを持たず、日陰で暮らす喰種も多い。宇佐美もこの高校へ入る前まではそうだった。宇佐美が保護者である喰種を——兄を失ったのは、5年前の話になる。
彼の兄は残虐な喰種だったという。ヒトも喰種も無差別に殺しては、ヒトを殺すことを躊躇う宇佐美に——もとい、オルハに無理やり喰わせていたらしい。それでもオルハは、何とか兄のお陰で生き永らえ、食い繋いでいた。
しかし、周りの喰種から『厄介者とヒトを狩れない出来損ない』として疎まれ、流れるまま13区へたどり着いた彼らに、目を付けた更なる厄介者がいた。
——『金曜日の死神』または『13区のジェイソン』。
趣味は拷問。喰種の中でも禁忌とされる『共喰い』までをも犯し、更には巨大な喰種の組織とも繋がりをもっていると噂される——13区きっての厄災らしい。通り名の由来は正体を隠す為のホッケーマスクと、13区出身であるということから。
宇佐美の兄もまた共喰いを繰り返しており、特殊な力を身に付けた喰種だった。しかし、13区のジェイソンの前には及ばず、兄は自らの身体を張って、オルハを逃がした。
その後オルハは一度も兄と出会っていない。その場で殺されたか、拷問の末喰われたか。いずれにしても生きてはいないだろうと、オルハはなんとなく分かっていた。
兄という居場所を失い、行く当てもなくさまよった彼女は20区の喫茶『あんていく』へと辿りついた。そこは喰種が集い、喰種が営む喫茶店だったという。店長自身が喰種の中でもかなりの変わり者で、自らヒトを狩れない者たちのために、ヒトの死肉を提供していたりしたらしい。
あんていくは、身寄りのない『厄介者の妹』をごく自然に受け入れた。
高校へ行くという話も、そこで考えたようだ。店員の一人に、あんていくで働きながら高校へ通っている喰種の少女がおり、相談に乗ってもらったりもしていたらしい。他にもいつも眼帯をしていた喰種の青年や、メガネをかけてた茶髪の喰種も大学に通っており、高校を受験するにあたってかなりの恩を受けたようだ。
食事の問題は改善され、学費の為バイトに励みながら(あんていくで働いていた訳でもない彼女が、当時の年齢で雇って貰えるのかと疑問はあったが、そこにはいわゆる普通のヒトが知り得ない喰種の裏事情があるとかいう話だ……)、勉学に励む日々。
その時点で彼女の生活は充分に満たされていた、ハズだった。