二次創作小説(紙ほか)

Re: 【DQ短編集】世界から勇者が消えた日 ( No.12 )
日時: 2017/04/21 20:49
名前: 夏目 織 ◆wXeoWvpbbM (ID: AwUzQTp7)

DQ9
【天使と呼ばれて】


 ーーボクたちは、天使と呼ばれていた。


          *

 いつからだろう。僕たちが天使と呼ばれていたのは。
 人間界ではなく天使界で暮らし、人とは違い背中に白い翼があり、光の輪がついている者。それを人は天使と呼ぶのだろうか。僕たち天使は、人間とは大きくかけ離れているのだろうか。


 ーーだけど、僕なんかを天使と呼んでも良いのだろうか。
 一時はとある村の守護天使だった。村人に慕われて、天使であることを誇りに思った。ーーだけど、今は違う。
 前までの人間界を守ると言う気持ちはこれっぽっちもない。今の僕は人間を妬んでいる。僕が人間になってまで守る価値がこの世界にはあったのだろうか?


「ナイン」
「……リン」


 彼女の桃色の髪が風になびいた。
 リンはゆっくりと僕の隣に腰を下ろす。魔法の練習をしていたのか、重ねてきた手のひらは少し汗ばんでいた。どうしてこんな世界のために戦わなければいけないのか、僕には理解できない。


「私はこの世界素敵だと思うよ」


 まるで僕の心を見透かしたようにリンが言う。
 さらさらと風に揺れる桃色の髪に指を絡ませながら彼女は微笑んだ。一体この世界のどこが素敵なのだろうか。微笑むことすらできない。僕は仏頂面のまま、口を開いた。


「……こんな世界に救う価値なんてないよ」


 ーーそれは違う。と、リンがすかさず口を開く。僕の言葉を遮るようにしてでた少し冷たい声に、リンは慌ててごめん、と言った。謝るところ何てどこにもない。君はこの世界が好きで、僕はこの世界が嫌いなだけだ。


「見方を変えてみなよ。そしたら好きになるよ」


 私だって、全部が好きなわけじゃないけどね。
 リンはそう言いながら笑うけど、やっぱり僕には理解できなかった。一つが嫌いなら全てが嫌いになってしまう僕は、見方を変えても無理だろう。ーーこうやって直ぐに否定してしまうのも僕の悪い癖だ。天使だった頃も、殆ど悪い方向に考えてしまっていた。


「それじゃあ、私は練習に戻るね」


 もう少ししたらお城に戻ろう、リンはそう言って立ち上がった。
 僕は彼女を見送ることもせず、青く澄んだ空を見上げる。この空の向こうには、どんな世界が待っているのだろうか。希望に溢れた天使界? それとも絶望と憎悪の世界?

 どんな世界にせよ、この世界よりは守る価値がありそうだ。例え絶望と憎悪に溢れていても、見かけだけの人間界とは違うだろう。見かけだけ良い顔をする。人間なんてそんなものだ。僕はこの世界に憎しみしかない。


           *

「おかえりなさい! 今ご飯用意するね」


 辺りが暗くなってきた頃、リンと仲間と共に酒場に戻ると笑顔でリッカが迎えてくれた。彼女は人間だけど、いつも明るく笑顔で僕の旅の疲れを癒してくれる。


「いつもありがとう」


 僕は小さな声でお礼を言うと、自分の部屋に向かい始めた。あとでご飯渡しに行くね、とリッカが言っていたので少し荷物を整理しておこう。


「お待たせ〜」


 思ったより早く、部屋の扉が開いた。
 リッカが持ったお盆には暖かそうなご飯が乗っている。メニューは毎日変わるが、いつも僕らの健康を考えてバランスの良い食事にしてくれている。


「ありがとう」


 お礼を良いお盆を受け取り、机の上に置いた。リッカの後ろには台車があるので、どうやら今からリンたちのもとに食事を届けるのだろう。歳はあまり僕と変わらないはずだが、彼女はとても働き者だ。いつも僕たちの旅の支えになっている。


「食べ終わったらいつも通り廊下に置いておいてね。それじゃあ、おやすみなさい」


 いつものように手をヒラヒラと振りながらリッカは部屋の扉を閉めた。
 青色のワンピースが見えなくなると、部屋はいっきに静かになる。食事が冷めてしまうといけないので、僕はスプーンを手に取りスープを口に運ぶ。温かく優しい味が口の中に広がった。


「……美味しい」


 僕は思わず呟いた。先程までの重い気持ちが、嘘みたいに軽くなる。
 あっという間に完食してしまい、言われた通りに空のお皿を廊下に置きに行く。ふと窓に目をやると、外はすっかり暗くなっていた。闇のように真っ暗な外は、まるでさっきまでの僕の心のようだ。

 部屋に入り、服を着替えるとシワが整えられたベッドに寝転び地図を眺める。行った先々にチェックをつけているので、もうこの地図はボロボロだ。いつか天使界に戻れたら、この地図も使うことがなくなるのだろう。

 地図をしまい、電気を消して布団を被る。ふかふかの暖かい布団で、今日もよく眠れそうだ。ーー本当に、旅の疲れを癒してくれるリッカには感謝しかない。

 ーー僕らはこの世界を救うために、また明日も旅に出る。この世界を救う価値なんてないけれど、これが僕らの宿命なのだ。

 僕らは天使と呼ばれていた。それは、ずっと、この先も。世界が平和になるまでーー。