二次創作小説(紙ほか)
- Re: 【DQ短編集】世界から勇者が消えた日 ( No.16 )
- 日時: 2017/05/08 00:00
- 名前: 夏目 織 ◆wXeoWvpbbM (ID: MBdLXTlT)
DQ1.3
【 ハッピーエンドで終わらない 】
「よく来たアレフよ。わしはそなたのような若者が現れるのを待っておった」
竜王の不気味な声が、城内に響き渡った。
——かつて聞いた話では、竜王のその爪は鉄を引き裂き、吐き出す炎は岩をも溶かす、不可能なことを可能にするほどの強さを持っていると言う。いくつもの街を滅ぼし、しまいにはラダトーム城の美しき姫君をも拐ってしまった。
そんな彼を倒すために俺は旅をして来た“はず”だった。
光の玉を取り戻し、姫を救い、そうして世界の平和を取り戻すため。ようやくここまで来たのに。——自分はこれで良いのだろうか。思いもしなかった不安が、脳内を埋め尽くす。
「もしわしの味方になれば世界の半分をアレフにやろう。どうじゃ? わしの味方になるか?」
——普通の勇者、いや、“今まで”の俺だったならこんな話、聞く耳も持たなかっただろう。それなのに、どうして……この話に乗りたいと思うのだろうか。
竜王の味方になる、それはすなわち世界を裏切ることになる。姫を救うどころか世界も救えない。そんな俺を世界はどんな目で見るだろうか?
しかし、半分もらってしまえばそれで終わりなのかもしれない。アレフガルドを恐怖のどん底に陥れたまま、俺は竜王の味方になれば良い。
「……それは本当か?」
「勿論だ。……そうか、わしの仲間になるか」
持っていたロトの剣が軽快な音を立てて床に落ちる。だけどもうこの剣は必要ない。かつて世界を救った伝説の勇者ロトが装備していたと言われているこの剣は、もう輝きを失ってしまった。
「——まさか誘いに乗るとはな。勇者といえ所詮は人間、欲望には勝てぬものか……」
ククク、と竜王の笑い声が再び城内に響き渡った。
その不気味さに、思わず背筋が冷たくなり、冷や汗が垂れ身震いをする。——でももう遅い。俺は世界を見捨て、竜王の味方になったのだ。
**
あれから数日。俺は時々城を出て、向かいの大陸にあるラダトームの城を見ている。勇者も姫君も未だに帰ってこない、そして更に闇に染まった世界を人々はどう感じているのだろうか。
まさか勇者が竜王の味方になるとは思いもしないだろう。だが実際そうなのだ。勇者も姫君も帰ってこない。世界の光は取り戻されない。
「やぁ勇者」
「…………ご先祖」
俺のことを呼ぶ声が聞こえ、思わず振り返る。そこには肖像画や本で見た“勇者ロト”と同じ格好の青年が立っていた。俺の先祖で間違いないだろう。
しかし、どうしてここに、という疑問の前に俺は不安を抱いた。この勇者は、俺が世界を見棄てたことに文句を言うのだろうか。歴史と同じくアレフガルドを救えと言うのだろうか。
「こんなところで何してるんだよ、アレフ。世界を救うんじゃなかったのか?」
——思っていた通りだ。案の定、彼は世界のことについて口を開く。
「……この世界の半分はもう俺の物だ」
「それは、竜王が勝手に決めたことだろ。お前は世界を救うためにここまで来たんじゃないか」
俺のことを何も知らないくせに。勝手なことを言うな。
世界を救うためにここまで来た、その言葉に苛立ち、俺は思わず勇者を睨み付ける。勇者の瞳は清んだ青色で、希望に満ち溢れていた。
「おいおい、そんな顔するなって。どうしたんだよ、悩みがあるなら相談に乗るぞ?」
先祖とはいえ、もちろん時代が違うので初対面だ。しかしそんなことも気にせず勇者は俺の隣で腰を下ろした。正義の色をした真っ赤なマントが風に揺れる。戦いの末、ボロボロになったであろうそのマントも今や輝きを取り戻していた。
「ほら、これ」
手のひらの中に、急に何かを入れられた。冷たい感触のそれはどうやら赤い宝石——あのロトの剣についていた物だ。俺が棄てたあの剣に。
「お前の意見は否定しない。けど、頼むからもう一度考え直してくれよ」
勇者さんよ、それじゃあな。
彼はそう言ってすぐにこの場を後にした。自分の意見だけを言って帰られて、俺も何かを言うべきだったのだろうか。それでも、世界のことについて考え直すことはないが。世界の半分は既に我が手に。俺は竜王の味方になったのだ。
拐われた姫君も、彼女を救いにいった勇者も、もう二度とあの場所へは帰らないだろう。今ごろ人々は嘆き悲しんでいるのだろうか。それともまだ世界の平和を願っているのだろうか。
どっちにしろ、もう俺には関係ない。何処かの勇者のように、最後までやり遂げる気持ちはない。そして何処かの伝説のように、世界中が幸せになれる最後では終わらない。
残念だったなご先祖様。俺は世界を救わない。真っ赤な宝石を海へ投げ棄てると、竜王の城に再び足を踏み入れた。