二次創作小説(紙ほか)

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.110 )
日時: 2016/12/08 18:38
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
プロフ: http://www.pixiv.net/member_illust.php

****
2か月の時間を、私はメリーというスパイスなしで過ごした。調整酒も、合成ケーキも、喉を通らなかった。余りにも虚しかった。

冬休みの間、仙都・子信州に下宿して、信州白馬カクタテリウムの世話に耽っていた。ここには、卯東京にある私の実家よりも、頻繁に訪れるし、第二の故郷である。

建物と人ごみから離れて、小さな牧場、「ローゼ」で馬の世話や植物を栽培するのが、何よりも楽しみなのだ。

メリーの居ない毎日が、ただ、寂しかったのだ。信州白馬は、木曽馬をベースに、西班牙のムスタングだとか縞馬だとかを掛け合わせた、屈強な馬だ。

そこらに居る駄馬なんかとは一味違う、ブランド品とでも呼んでやるべき逸材だ。野生に一度離してやると、順応性が高いのか、生物として性質が高いのかは知らないが、恐ろしいペースで繁殖する。

その上、成長も早い。彼らは、子信州にある、霊峰・白馬に住んでいる我々の生活にとって欠かせないものとなりつつある。この信州白馬カクタテリウムを生み出したのは、巨大企業カクタスカンパニーに所属している研究者であり、遺伝子学の最高権威である、モーガン博士だ。

彼女はクローンや生物の遺伝子組み換えに深い関わりがあって、中等教育課程において、絶滅したハツカネズミや三葉虫を既存の生物の遺伝子から作製する事に成功したというわ。何とも胡散臭いし、倫理を玩んでる感じがするわ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.111 )
日時: 2016/12/08 18:37
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
プロフ: http://www.pixiv.net/member_illust.php

何はともあれ、私達大学に通って勉学に励む学生にとって、彼女は雲の上の存在であり、目標でもある。試用段階である、脳髄テープ学習を用いて知識をインプリンティングしたというけど、一家が貧しく、日々の食にも有り付けなかったと聞くわ。資金や今の地位はどうやって手に入れたのかしらねぇ?

私はメリーが山地の奥深くに在る、療養所の名目の隔離施設、通称:緑のサナトリウムに収容されたと聞いて、胸騒ぎがした。それから2か月の間、彼女の情報は一切耳に入って来なかったので、まさか…、トリフネに入り込んだのがバレてしまったのか、と思ってしまったんだ。

私は二ヶ月経っても彼女が旧時代でいうところの、癩病患者を閉じ込めていたような檻から出てこないのを訝しく思い、信州白馬カクタテリウムの整備を進めていたのだ。

いつでも、政府の管轄下にある要塞に突入して、闇を暴くことが出来てもいいように。

そもそも、緑のサナトリウムには謎が多かったのだ。病状によって、5つのケースが存在していることまでは知っている。でも、そのケースでどんな処置が行われているのかに関する情報が一切表に公表されることがないのだ。
おまけに、施設も白いキューブを模した構造で、施設の中と、表の世界で、完全に分断されている。

外壁も厚く、施設の中に施設が築かれている、といった感じだ。鉄格子や有刺鉄線が敷かれている訳ではないのだけど、見ていて気分がいいものではないわ。

サナトリウムに関しては悪い噂が絶えない。政府に関して都合の悪い情報を吹聴した男がゴミ収集車のような車で回収され、この施設に送られた。精神疾患を患っている女性が、労働中にパニックを引き起こしたと思ったら、数人のメン・イン・ブラックに両手両足を掴まれ、護送車で連れ去られた…だとか、例を挙げたらキリがないのだが…、

正体不明の施設に対する偏見や恐怖も、そんな都市伝説に直結していっているんじゃないかと、私は思う。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.112 )
日時: 2016/12/08 18:38
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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旧時代のSF映画で言うところの、ソイレント・グリーンみたいな風刺や皮肉もそんな都市伝説には込められているんじゃないかしら?確かに、急激に資源抗争や、旧時代からの少子高齢化の波の恐怖も、そんな妄想の糧になっているんじゃないかしら?

それにしても、一切の情報を漏らさないのはおかしい。

メリーが、分解されて合成食品として加工されていたなら、それこそこの施設を運営しているカクタスカンパニーに殴り込みに行ったっていいわ。

私は信州白馬の背に跨り、旧時代の街並みの跡を、巨大仙人掌の合間を、有毒ガスの立ち込める平野を駆け抜ける。

今日一日の為に、念には念を入れたつもりだ。

「メリー…必ず私は貴女をその忌々しい牢獄から解放してあげるからね。必ず…必ず」 

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.113 )
日時: 2016/12/08 18:39
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
プロフ: http://www.pixiv.net/member_illust.php

私は、決意に満ち溢れていた。放射線の海に浮かぶ衛星トリフネ、夢幻回廊の果てに佇む冥界の館。そんな幻想と恐怖の楽園に生きた私にとって、最早政府の圧力など、何の効力も持たない,只の虚仮威しにしか過ぎないのだ。

私は、数時間馬を走らせ、ようやく監獄へと辿り着いた。白い匣を目前にして、息を飲んだ。ここに敵がいる。私達の人生を狂わす匣はこれ?これこそが、シュレーディンガーの遺したパンドラボックスだっていうの?

そんな心配も、一瞬にして水泡と化した。あーあ、なんでこんな事考えていたのよ。

**

「退屈しなかった? ・・・私は貴女一人の為に、わざわざ自慢の愛馬の命を晒すような真似をしたのよ。」憤怒か、自責の念かは知らないけど、蓮子は妙に変な気に満ち溢れかえっているわ。

「退屈しない訳が無いわ。こんな電波すら入らない山奥のビックリ匣の中に隔離するだなんて!」

私の返答に対して、やっぱり蓮子は苦い返答を返した。いったい何を考えているのかしらね?

 「隔離って……、療養よ、療養って奴…。一、一応…あははは…ごめんなさい…」

資源抗争の果てに生まれた殺戮と環境破壊のスパイラルの狭間で生まれた、行き過ぎた環境保護に注力した思想は、この隔離された施設の中を、見かけだけの森林へと飾り立てた。

天然の植物の無い、人工的に作り上げた森は、まさに絵に描いたジャングルだ。患者と資材の行き交う匣の中の森は、どこか大雑把で、本来の閑散とした森らしさはどこにもありはしない。雑踏とアラートの音は、ここが本当に療養所であるかを疑わせてくれる。

旧時代に生きる人間は、物を創造し、その全てを管理したつもりでいた。自然を切り開いても、また杜撰な管理をすればまた元の形に復興することを信じて。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.114 )
日時: 2016/12/08 18:59
名前: ぷちしゅ (ID: .uCwXdh9)
プロフ: http://test

そのうち、管理外の物の存在を否定し、排斥するようになるのも時間の問題だった。未来世紀になって、病気も、あらかた治療法が確立していた。本来なら、絶対に治せない先天性の物等は病気では無く個性として認められ、社会が適合できるように変化していく、はずだった。

でも、この働きアリの社会にとって、個性は不要なものだ。社会に適合出来ない、治せない病気を持つ者は、社会の病巣として看做された。

彼らは政府の都合よく、“存在しない”ことにされ、この施設に次から次へと、送り込まれることとなっている。これが私、マエリベリー・ハーンの潜伏調査のレポートの一片である。

**

 マエリベリー・ハーンは、衛星トリフネでキマイラに上腕を切り裂かれてからというもの、原因不明の病に冒されていた。

どうやら地球上には存在しない、未知のウイルスに依って譫妄状態に陥っているのだと、医療機関の最高権威である、この緑のサナトリウムの診察過程で明らかになったそうだ。

管理下に置かれていない、正体不明の物を恐れる社会の性質により、メリーはこの、緑のサナトリウムで療養という名の隔離状態に置かれていた。

宇佐見蓮子は、もはや居ても経ってもいられなくなり、数か月の沈黙を破らんと、この純白の城へと迎えにやって来たってとこだ。

「行動の許可は自由に取れないし、日本に身寄りがいないし、本国に送還されたとしても、「私は元士官学校の所詮一生徒に過ぎなかった訳だし、私を引き取りに来る者は誰も現れることはなかったでしょう。」

「貴女が来なければ一生私は身元確認が十分に行えないまま、この無駄に強固なビックリ匣に不当に収容されていたかもしれないわねぇ。」

メリーは、科学でも精神学でも無い、もっと原始的な考えに翻弄されていただなんて意外だわ。兵器とバイオのこの時代に、献身的な戦術を取るだなんて、非効率的だわ。

 「まあまあ、ところでその未知のウイルスってのはどうせ方便なんでしょ?メリー的にはどんな病気に感じ取れたの?」

「キマイラに噛まれた所から草木が生えて、マンドレイクの精にでも生まれ変わってたのかしら?それとも眠り姫状態にあったとか?」

 「それは流石に無いわよ。何か、熱に浮かされて寝ながら歩いたり、別世界の幻覚を見たりしたわ。恐ろしい怪物の夢は流石に見なかったけど、体のほてりが収まらなかったわね」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.115 )
日時: 2016/12/08 19:02
名前: ぷちしゅ ◆SQ2Wyjdi7M (ID: .uCwXdh9)

ん? それってメリーにとってはいつもの事ではないのかしら?彼女の精神疾患は一時的なものではないと思う。そんな事を言い出したら、私の瞳や夢に流される性質も、只ならぬものではないので、控えておこう。

「ところでメリー、さっき亀甲シェルターに覆われた、大規模な寺院を見たのよ。あれが噂の善光寺ではないかと思っているのだけど…見に行かない?」

不幸中の細やかな幸せとは言えなくもないが、薙ぎ払われた建造物が不恰好に点在する死の平原、何かの衝撃を受けて不自然に削り飛ばされた山々の合間に、美しい緑を見た。

メリーの不思議な能力に、私も感化されたものかと思ったわ。でも確かに山の麓の灰色の荒野の一角にだけ、緑が広がっている。あそこに何か幻想が、確かにあるんだわ。メリーを連れて、必ずあそこに行ってやるんだ。

 日本列島の殆どが、資源抗争で焼け野原になりながらも、ごく僅かな区域は、絶え間ない鋼鉄と光弾の雨を免れ、生き長らえていた。子信州の白馬岳も、その一つである。人々は荒涼とした世界に佇む生命の山々を、霊峰と呼び、崇めた。

それはともかく、何時しか、兼ねてからこの山に住んでいる者達もまた、神格化の対象に置かれていった。この時代に於いて、宗教は数少ない救済の手段の一つとして、厳重に保護されている始末だ。

出所ついでに、子信州の楽園観光を行う事にした二人は、野を越え山を越え、日本最古の仏像を祀るという善光寺に立ち寄った。シェルターの外からの来訪者は滅多に無いという。

客の多くは地下を走る七道鉄道のひとつ、子午東山道、葛飾21号を使って、各地からこの地を訪れる。それも無理は無いことだ。この時代、大気、温度、天候を調整する機構を兼ね備え、都市の上空を覆うクールマの(・)護り(シェルター)を飛び出して、穢れ切った大地へと赴こうと考える冒険者は、確かに居ない。

外界に一歩足を踏み出せば、有毒なガスが迸る、死の世界が、物好きな人間たちを待っている。それどころか、コントロールを失った戦闘用マシンが跋扈し、皮膚を溶かす酸性雨が絶え間なく打ち付け、オゾン層の割れ目を通り抜けて、紫外線が命知らずな者の体を焼き尽くすことだろう。そんな恐怖も束の間、崩れ落ちた旧時代の廃ビル群の合間に巣食う突然変異したミュータント達の格好の餌食となるまでだ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.116 )
日時: 2016/12/08 19:03
名前: ぷちしゅ ◆SQ2Wyjdi7M (ID: .uCwXdh9)

それ故、私たち、子信州に生きる者達も、亀甲シェルターのお膝元を離れる事は、滅多に無い。シェルターに外部からの侵入者がある事もあり、もし侵入者がミュータントだとしたら、全力で排除に掛かるだろう。そんな死活問題に関わる事とも知らず、命令に動かされるのが、殆どの国民だ。

外国との接点は、専ら窓の無い小型船舶に限られる。そうでもしないと、大型のミュータントの強襲でも受けた時、甚大な対応に迫られる事だろうし。政府もこれを吉としないようで、空路はシェルター内の移動、及び宇宙開発以外はほぼ衰退したとも言って良い。

更に、国外の情勢は殆ど知らされていない。国外ではメリーの国のように、日本を誇大している姿勢を構えている国のようだけど、とっくの昔に、隣国の中国って大国は分裂して、滅亡に至ったとも聞く。

そんな事も関係ないように、世界中から何も知らない観光客が仲見世通りの旧時代的な街並みをごった返している。
この街並みには目新しさは無い。清潔感も伴って皆無に等しい。整備されていない、まさに旧時代的な風景だ。お土産屋は、無駄な伝統に縛られたまま、千年以上は時が止まっているように感じた。

繁華街の先に、巨大な寺院がある。善光寺だ。今は別に、宗教的な意味を持っている訳でもない。英吉利王国で言うところの、バッキンガムの宮殿だ。だがしかし、この寺を支配しているのは、王では無い。権力者だ。モンクでも、シャーマンでもなく、世界を統べているのは、結局国の代表であることを、この寺院は、身を以て証明してくれている。旧時代にとって、この寺がどうであれ、今はそうである。

仲見世通りは、善光寺を囲う、一つの城下町のような佇まいで、何千年も、只其処に在り続けている。文明が崩壊しても、時代が推移しても、不変で在り続けた、とも言ってやろうか。

寺院としての価値を失った、観光スポットと化した只の木造建築物を歩き回る二人。ふと、妙な柱に目を落とした。 「ほら、柱が、土台から随分とずれているでしょ?こんな回り方をするだなんて、どこまでも面白い限りだってね。」 土台の上で、柱が少しだけ回したような、変な置かれ方をしている。

「これが地震柱ってやつかしら?」メリーは、受付で貰ったパンフレットを眺めつつ、何か恐ろしい風景を目の当たりにしているかのように、震えている。 

「まぁ、これが善光寺地震の爪痕と言う事になっているわ。何百年も前に、善光寺地震が発生したらしいけど、それ以前、もっと昔からこの柱はあったそうよ。」

 ——善光寺地震。弘化四年、信州北部を襲った地震である。何かと日本は地震大国として名を馳せているが、この名は子信州に生きている人々にとっては、馴染み深いものだ。

 善光寺は、七年に一度だけ秘仏を公開する事で有名で、その時は全国から人が集まり、一か所に密集する。善光寺地震は、その御開帳の真っ最中に起きたため、死者数千人とも言われる甚大な被害をもたらした。

善光寺の御開帳に合わせて大きな騒動があったのは、これに限った話ではない。

千年だか百年だか、それくらい前、旧時代の出来事だが、一人の男子児童が、この寺院の御開帳の儀式を、小型偵察機を飛ばして、意図的に妨害したという。

その後のお咎めに関しては特に語られていないが、歴史的事実として、このニュースは善光寺を語る際に、よく引き合いに出される。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.117 )
日時: 2016/12/08 19:04
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

**

 「ま、まぁ。愚かな子供の事は、ともかく。地震で柱だけがずれたって言うの? そんな事あるのかしら?」 地震柱の前で、数分の雑談を楽しんでいたのだが、客人の目に留まって注目の的となっているのに気付いた私は、蓮子を連れて、そそくさと退散した。

 「ふ、ふう。熱くなっちゃったわ。本当はね、こいつはね、柱が、時間の経過によって乾燥して、
捻れた物だって判ったの。でも、それより、地震柱と呼んだ方が地震の恐怖を後生に伝えられる、いい教訓だと思って、正式名称になったのよ」 

性懲りもなく、熱く語る蓮子を気にも留めず、遠くの柱を眺めた。私には見えていたんだ。柱が歪むような、恐ろしい地震の光景が。

 「どうしたの? 何か見た感じ顔色が良くないみたいだけど…まだ病み上がりで調子が悪いの?それとも、さっき注目を浴びちゃったことで…?」 蓮子が心配そうに、私をしきりに心配するので、もう私もどういう調子で返答してやればいいか悩みこんじゃうし、少しばかり微妙な気持ちになるわ。

 「あ、ああ、そんな事ないわよ。むしろ、むしろ絶好調みたいで……最高よ!うふふ」
 妙なテンションに蓮子も呆れ果てている様子だったけど、こんな所で私の楽しい観光ライフを中断する訳にはいかないわ。だってこんな古い建築物、私の町でもそう沢山ある訳じゃない。それに、この柱…ちょっとそんな創作的って言うか、教訓にしてみては、少しばかり訳がありそうだしね」

**
メリーは最近、結界の切れ目だけで無く、異世界の情景を、何かを介して頻繁に眺めている。
さらに夢の中だけで無く、冥界に飛び込んだ時のように、実際に移動したり出来てしまうので、何かと期待を寄せる蓮子だ。

異世界の情景との接点が、こんなにも腐りきったパンプキンパイのような世界の上に、縦横無尽に敷き詰められていて、それらをバールでこじ開けるように、蹂躙することができるというのだから。

蓮子にとって彼女の存在は、妄想の世界を構築する材料と言うよりかは、工具になりつつある。と、同時に、自分を認めてくれる彼女を、欲求を満たす為の工具として見てしまったことに対して、心の中で静かに叱責した。

「私は、メリーが不思議な力を持っているのは身を以て判ったけども、その力って、いつも神社仏閣やら神聖な領域が関係しているのよね。貴方の出が基督圏なのもあるけど、そんなに聖域って暴きやすいものだったかしら?」

聖域とは、清いものである。それと同時に、人の手の加わっていない、本来の姿であるべきだと蓮子は思っている。聖なる領域に、穢れた人間の築いた何かを置いたならば、それは形だけの神聖さに落ちぶれてしまうのではないか、といった疑念が蓮子の胸の内に潜んでいたからである。

蓮子や宇佐見一家にとって、珍しいアイテムやロケーションとは、畏怖する対象にあらず、暴く対象でしかないのだ。だからといって、低俗なトレジャーハンターのように、破壊工作に出たり、暴動に至る衝動に翻弄されている訳でもないのが、なんとも彼女の性分と嗜好のシンクロとも形容し得るのだ。

メリーは米神を抑えて、何か聞き取れないことを物々と挟みつつも、蓮子の発言に返答した。
 「そうだったかしら?あはは、確かに神聖な場所を媒介にどこかにダイヴしているわね」

伊弉諾がなんだとか、古の時代がどうだとか。聖域を暴くことは、日本の創生に関わってくるだとか、蓮子の探求心を掻き乱す言葉が散見されるのだが、蓮子は彼女の、ここに来てからのなんとも混濁したような意識から放たれる、一点に焦点が定まらない発言や、ふら付く足取りにどうしても気が揺られた。

「ええ、偶然貴方を連れてきたいと思った地点がこんな巨大な仏閣だったから、きっと喜ぶんじゃないかなぁと思っていたんだけど、まだ体調が優れないのかしら?」
メリーは街路樹に凭れ掛かりながら、それでも無理に目を見開いている。

流石に隔離生活や、蓮子なしの生活に堪えたのだろうか。それとも、この地は何か良からぬ物を抱えていて、メリーにとって強いストレスになっているのだろうか。 「だから、平気だって。ただ、私、少し調子が良すぎてねぇ、なんだか、余計な気分の悪くなるような物まで見えて。だからここで一度休みましょう?」

蓮子はメリーを支えてやると、境内の隅にあるベンチに、彼女の肢体を横たわらせた。
吹き出す汗が、頭を、首を伝わって、シャツ全体を湿らせた。蓮子の両手は異常なまでに放たれたメリーの汗で濡れて、蓮子も事の重大さに気付きはじめている様子だ。

まるで、サウナの中に数十分間閉じ込めたかのように、少女の全身は赤く色を変えている。 

「余計な物って…まさかとは思うけども…」 蓮子は、メリーの容体を懸念しつつも、彼女の見た世界を体験したい、そんな好奇心に駆られた。

 「地獄とかね」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.118 )
日時: 2016/12/08 19:05
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

例え、自分の身が砕け散ったとしても、地獄とはいえ、その地に秘められた深秘を暴くのが私の務めだ。

鳥船遺跡で私達を強襲したキマイラを撃退できなかったとはいえ、メリーを守るのは私だけであるべきだもの。だって同じサークルの部員だものね。命の保証は私がしなければならないのだから。

**
二人は休息を終え、善光寺の閻魔像の前にいた。メリーの体調も良好なようだ。私は安堵したわ。一時は死んでしまうかと思ったもの。

でも、何事もなかったかのように、熱が引いて行って、なんだか訳が分からなくなっちゃうわ。私は人の体調や健康には余り強くない、堅い人間だから、その手の事には詳しくないんだけどもね。

その、閻魔像は顔を真っ赤にして怒りを表している様だが、ただの酔っ払いのオヤジにしか見えないわ。怒りを表現するのに、顔を赤くするって手法があるけど、私は怒るとき、決して表情を曲げないようにするわ。

物体ってのは常に変化し続けるものだもの。不動の表情ほど、恐ろしいものはないじゃない?この平和だって、いつ崩れ去るかわからないんだもの。

「ねえ、メリー。さっきの話だけど、地獄って本当にあるの?地獄で釜茹でにされるくらいなら、その窯に玉葱と人参とジャガイモでも入れて、カレーでも作ってやりたいところね。インド人も吐き出すような、激辛のグリーンカレーでいいんじゃないかしら」

痛恨のミスをした。グリーンカレーはタイのカレーだ。
せめてそこはキーマカレーだ、って突っ込みを入れてほしかったが、メリーは訳が分からなかったらしく、私の面白くもない、ギャグをスルーした。

 「地獄はね、地下4万由旬に存在すると言われているの。地獄とはまた違うけど、カトリックの経典に於いて、煉獄とは地獄にも天国にも行けなかった人達が、清めを受けるトンネルみたいなものだそうね。

地獄か天界か、三途の川の先にある冥界の考えと、どこか似通っているわね。でも、異世界のゲートが川の中に佇んでいるだなんて。地続きのように見えて、実は別の世界にいつの間にか移動しているだなんて、面白いわね」

 「そうね、付喪神の考えや、物の象徴の神が存在する考えも、どこか北欧神話を髣髴とさせて面白いわね。ところで、地獄への距離が4万だか、5万由旬って言ったでしょう?
ところで、その由旬ってのは、長さの単位なのかしら?」

 メリーは自分の所属している宗教では無いにも関わらず、いつにも増して達弁になっている。彼女が祖国で通っていた士官学校では、宗教に関する教育も執り行っていたのかしら?

 「そうね、サンスクリット語を語源にしているわ。サンスクリットって言うのは、ご存じの通り、古代アーリアの単語よ。

アーリアって言うのは、超古代、印度にあった都のことね。日本では梵語として知られているわね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.119 )
日時: 2016/12/08 19:06
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

ほら、般若心経なんかはサンスクリット語の経を日本語で訳したものとされているわ。おっと。話が逸れたわね…

由旬って言うのは、そのアーリアの言葉で、長さの単位を表すものなの。帝の進軍するペースの事を指しているとも聞くわ。1由旬はおよそ7キロ。7キロなんて、数時間も掛けずに、十分進める距離だと思わない?大層インドの王族も牛歩だったのね。」

「ふぅーん、つまり、4万由旬はおよそ28万キロくらいね。地球の直径は大体、1万2千キロとちょっとくらいだったし、地球を通り過ぎちゃうわ。イベント設置の座標ミスで箱庭状態にでもあるのかしら?」
私はよく分からない口ぶりで、メリーの言葉を受け流した。どこまでも私を乗り気にさせる雑談だが、孤島に地獄は存在するのかしら?と、素朴な疑問が立ち込めた。

 「28万キロって言ったら、地球を通り越して、月の方が近いくらいね。存在しないかと言われたら、まぁ、そうとも言えないんだけどもね。月までの距離は因みに38万キロ程あるとも言われているわ。私が物差し使って計測した訳じゃないんだけどね」

地下4万由旬に存在するのは地獄の底だ。実際には、地獄はそこから3万9千由旬ほど高いところにある。

つまり地獄の天井は、ずっと地表に近く、地上からそこまでの距離を測っても1千由旬しかない。キロに換算すると地下7000キロ。

これは地球の中心近くに地獄がある事を意味している。地球を突き抜けて、宇宙空間へと地獄が展開されている事を考えると、底無し沼的な発想ができてしまうのだが…。

 メリーには地球内部の事まではよく判らない。アガルタがあって、もう一つの空があって、太陽が浮かんでいるのかもしれないし、そこにはカンブリア紀の海が広がっていて、三葉虫が我が物顔で泳ぎ回っているかもしれない、

なんて空想科学に支配されてしまう始末である。

なんとも腐ったリンゴのパラダイスだ。こんな場所に来てまで、そんなメルヒェンな事を考える暇があるのなら、さっきのヴィジョンの正体を明らかにしてやりたいところだと、葛藤しているのだ。

それに、もし地獄が存在すると信ずるならら、必ず流される事になるのでは無いか、そんな不安が頭をよぎった。

 彼女は今、そう感じさせる物を持っているのだ。不安を誤魔化すべく、くだらない話を続ける。
鉤の石は、掌に深く食い込み、死後の世界で経験するであろう阿鼻叫喚の夢をまじまじと、見せつけ、彼女の胸の中に広がっているアッと(プル)希望パラの(ダ)楽園イスを、あっという間に食らい尽くしてくれた。
「それでも地獄は極楽のある座標なんかよりかは、ずっとずっと近いのよ?」

 メリーは鉤の石をポケットに投げ込むと、再び弁を走らせた。 「え? 極楽は雲の上にあるんじゃないのかしら?」 蓮子は不思議そうに、地獄と極楽の位置関係に関しての疑問を投げかけてきたのだ。

 「あのねぇ…極楽にすむ阿弥陀如来の身長は、6×10125由旬もあるのよ?雲の上は疎か、コンピューターの24ビットカラーの表示可能色数よりも、漢字文化圏最大の数字である無量大数よりも上の数よ。

阿弥陀如来の身長だけでビッグバン宇宙より遥かに大きいわ。
もうすぐグーゴルフレックスに到達してしまうくらいの身長でね、もう笑うしかないわよね。」
 
そんな阿呆らしい喩えは、逆に蓮子の失笑を勝ってしまった。「何そのインフレーション…、僕の作った最強最大のキャラクターって奴かしら?

地獄に比べて、極楽はどこまでも巨大で遠いっていうのね。私の功徳もそこまで届くかは不詳ってもんよ」

蓮子は落胆した様子にあるようだけど、こういう状態にあるレディを元気付ける事くらい、私には出来るんじゃないかしら。

「まぁ、そう諦めることはないでしょう。この世だって十分に地獄なんだもの。寧ろここよりかは楽かもしれないわ。同時に、地獄は極楽に比べるともの凄く身近で、現実的という事なのよ」

遥か昔から、人間がいる限り、地上にも地獄と呼ばれるようなエリアは存在した。大涌谷だとか、地獄谷温泉なんかがその、地獄である。

海外にも絶え間なく溶岩が口を開ける、地獄の入り口って呼ばれる場所があると聞いた。その地獄のコピーを劣化コピーと見て、遥かに大きい極楽を想像して、恐怖を緩和していたのかもね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.120 )
日時: 2016/12/08 19:07
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

でも、地底にある本物の地獄は、未だに沈黙を続けているんだものね。恐怖を伝える蜂の羽音はいまだ止まりはしない、どころか、寧ろ羽音のペースも、前より増して、音量も、徐々に巨大化していっているとでも言った方がいいのかもしれないわ。

世の中の歪みはここ千年、数百年で急速に広まっている。それも、厭世観に包まれて、希望を持とうと懸命に人々が努力していた頃よりも、ずっと、ずっと。
私たちに、何ができる?この鉤石は、何かを私に伝えてくれているのかもしれない。これが…未来?

 蓮子には黙っていたが、メリーはサナトリウムで療養中に、地底奥深くに封じられた不思議な世界のヴィジョンに囲まれていた。

恐ろしい死の匂いが充満した洞窟の入り口。岩盤から露出した濃淡様々な色彩の宝石が、不気味に光り輝き、亡者達が生の臭いを求めて、壁の中から体の一部を突き出している。

溶岩が絶え間なく噴出し、見たこともない植物が高温の大気、荒々しい表土を物ともせず自生している。無いにも等しい光を蓄えて、空間に光を与え続けている、蜘蛛のような昆虫もいる。

その風景は、何処だか古事記に出てくる黄泉比良坂を髣髴とさせる。異形すぎるんだもの。

彼女はそこで手に入れた不思議な鉤爪状の石片を現在も持っている。何故かこの石片を持っていると、いくつかの風景が頭に浮かんでは、水泡のように消えていくのだ。悪い映像も、良い映像も脳内に展開されては消える。

メリーは予感した。地底の世界にはまだ誰も知らない秘密がある。それも、この国の創世に関わる、とてつもない秘密だ。

「メリー、どうしたの?また何か考え込んじゃって。顔から伝わってくるってもんよ。相棒にもっと話しなさいっての」

相棒面してくる蓮子。頼もしいと言うよりかはまだ未熟で、かつ幼い、冒険心に支配された少女というイメージのあっただけに、少しだけ私の考えに影響したかもしれないわ。

「ねえ蓮子。私がサナトリウムに隔離されてたとき、何か妙な事が起きてなかった?例えば大勢が釘付けになるイベントとかさ」

蓮子は悩ましげに頭を捻った。私が居ないだけで、人生がつまらないと言うのなら、それはそれで私の存在や人格を認めてくれてるみたいで、すごく晴れがましいわね。

 「え? 何か、と言われてもねぇ。何もない、退屈な数か月だったってものよ」

まぁ、予想通りの返答だったけど。私の存在ってそんなに誰かを揺り動かせるのね。
 特に、地底に関わる事に関する情報を、とにかく知りたかった。地底の世界を隠蔽しているのか、何かこの鉤が記憶を思い起こさせる紺珠だとするのなら、私の生まれに、何か秘密があるのかもしれないわ。

 「うーん。サナトリウムの中には、外部の情報が届かないのは知っているわ。完全に情報は遮断されてるって、なんか不便ね。OK、OK、一ヶ月間くらいのニュースなら、大抵脳に焼き付けて明瞭に覚えているわ。地底に関わる……と言ったら、眉唾極理の胡散臭いニュースで良ければでいいわ」

胡散臭かろうが、眉唾だろうが、真偽が問えなかろうが、火中の栗はどうせ皮を剥かれることもなく、水を掛けられ処分されてしまう。

食べ物は、新鮮で焼け焦げないうちが一番美味しい。次は、腐りかけの状態がいいわね。
まあいいや、情報の全てを意中のままにして、ありったけの幻想を手に入れてくれるわ。

 「日本海…あるわね?穢れ切って動物はもう住めないって言ってたじゃない。メタンハイドレートの採掘場だか何かの跡地の発掘現場から、何やら不可思議な成分の鉱物が出たって……。」

それも、2500万年前に完全に消えた、イザナギプレートの名残で、地質学のアトランティスと言っても同然だ!って、一時世間を揺り動かす大騒ぎになったんだけど、どうもどうも、その情報が眉唾物でね。

「メタンハイドレートや石油石炭かぁ。残っていたらサボテンエネルギーに頼り切らなくてもよかったかもしれないのにね」

「そのさ。見つかった石片が、だれがどう見ても人の手が加わった人工の形を成していたのよ。それでさ、大勢の期待していた学者も、ギャラリーもみんな冷めちゃってさぁ」

 イザナギプレートとは、太平洋側に存在して、ユーラシアプレートにぶつかった事で日本列島を生みだしたと言う、太古のプレートだ。2500万年前に、ユーラシア大陸の下に潜り込んで、完全に消滅したという。その名前は、日本神話において、日本列島を生んだ二柱の神のうちの、伊弉諾尊に因んで名付けられたものである。

 「なんだって?遥か地底から人工物?それって本当?なんだか怪しい話もあるもんねぇ…」

腐敗した海の底、ヘドロと残骸の埋まる層からオーパーツが出土したなんて、
情報に疎い一般人が見たら、訳の分からないグレイ型のエイリアンの宇宙船の破片だとか、フェイクだとかって語りだすだろうね。

或いは、この不気味な形状の石を、自然が作り出した奇跡と形容するだろう。まぁ、何かの破片っぽいし、この不気味な形状の石でも、何個か並べれば、家紋にでも出来るかもしれないわ…。

縄文時代か何かの産物ならまだしも、2500万年前となると、まだまだ人間なんか出てきていないし、これが本物の神器である確証でもない限り、こいつの正体は掴めないんだけどね。

 「いやー、なんだかねぇ。これは70万年前の石器だ、って捏造して顰蹙を買った学者もいたみたいだけど、2500万年以前、となったら、最早嘘と分かりきってるわね」

 「嘘を捏ね合わせて、事実が生まれるのよ。逆説的に、捏造では無いともいえるわ」
突発的に、私の心の中に溜めていた記憶と確信が、蓮子目掛けて弾け飛んだ。

「本当に良いニュースだわ。その人工物は、本物だってのよ!私が保証する?嘘だと軽蔑していた学者連中もこれで地獄の針山に投げ付けてやれるわ!万物を貫く針山に飲み込まれながらも、肩の凝りとお堅い頭を解せるといいわね」

「へ?今日のメリー、何か変よ? 急に不安がったり、体調崩したり、急に意気揚々になったりさ」
蓮子は私の方を変な目でマジマジと見つめている。

一転に集中しない、どこか落ち着きのない視線は、どこぞのリメイクされた空想上の狸型ロボットが見せる、熱くも冷たくもない瞳のようだ。ああ、なんて滑稽な表情だろう。

こんなに単純だけども形容しがたい表情を見せるなんて、貴方はまるでメイドロイドみたい

「実はね、私、その貴方が言っていたイザナギプレートの名残だっていう石を持ち合わせているの。この勾玉みたいな鍵爪みたいな石がその一つよ。周期的に私に奇妙な夢を見せるこの石なら、日本創世の瞬間を眺められる気がしてならないのよ」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.121 )
日時: 2016/12/08 19:10
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

「な、何言ってるの? やっぱり善光寺の古めかしい大気とサナトリウムの不快になるような気に晒されて、おかしくなっちゃったのかしら?」 

蓮子の言葉もまぁ頷けると言ったら頷ける。如何せん、2500万年も前に、自然が人の手に掛かったように見える物質をどう構成したんだって話だ。

私は神の領域に再び身を投げ出す事が出来たのだ。廃衛星も、冥界も、直接神と対面できるチャンスでは無かった。飽く迄、神の御膝元へと至るステップであると私は考えていたんだ。

この鉤…伊弉諾イザナギの(・)断片オブジェクトは私達を、神の傍へと誘おうとしているのだとすれば、これ以上のチャンスは到来しないものと考えてよいのだ。

神に問う質問のリストだとか、様々な宗教に関する断片的なイメージを、蜘蛛が巣を尻から捻り出した糸で織り成すように、結び付けていくことにした。

蓮子は、なんだか私から距離を置いているような気がしてならない。私、何かしたのかしら?

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.122 )
日時: 2016/12/08 19:11
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

**
 そう言えば最近、メリーの能力が、何かの弾みに徐々に高まっている様に感じるわ。
最初の頃は、ただ不思議な世界が見られると言うだけでダイヴしていただけなのに、今では訪れた世界から、何か珍しい物を持ってくる事も自在という。

夢の世界だと言うのに、物を現世に持ち込めるというのだから、きっとその異世界は私にとっては夢なんだろうけど、世界にとっては現実で、もしかしたら同じ世界かも知れないのね。

不思議な世界では先日私達を食らおうとしたような、キマイラのような怪物に出くわす事もあるそうだ。私にとっては、それはただの幻像でヴィジョンに過ぎないのであるが、メリーにとっては現実で、命を脅かす事も有り得るのだ。

うん、異世界と呑み込まれつつ、と言うよりかは徐々に一体化しつつある、メリーがそのキマイラと同じレベルにいると思えてならないかな。

しかし現と夢の境目に生きる人間かぁ。異世界にとっては、彼女の存在はインベーダーかも知れないけど、彼女の欲求が高まれば彼女も異世界になってしまうのかしら?

心配でならないけど、まだ別れの日は、遠い気がした。私も彼女も、互いを必要としているのだからね。そう、違ったとしても信じてしまいたいわ。

「ふーん、メリーが持っているその石が……メタンハイドレート遺跡から出土した石とイコールであるって訳?」

異世界との接点は建造物であったり、据え置かれたオブジェだったりするんだけど、彼女はもっと小さい、この石を媒介に異世界を見ていたらしい。

それも、この善光寺を訪れてからというものの、石の放つ夢のエネルギー波がどうも強くなっているみたいね。

その形は、釣り針とも、鍵とも言いがたい形容しがたい形をしていた。報道されていたものに確かに似ているが、どう見ても人工物である。磨製石器か何かじゃないのかしら?本当は。
 「これがイザナギプレートから見つかった人工物、伊弉諾物質イザナギオブジェクトと何か関係あるんじゃないかと睨んだわ。」

「んー、なんでそう言い切れるのかしら?どう見てもなんか人が作った感じがするわよ」

まぁ、メリーが言うのだから、この石にはただならぬ妖気があるのだろう。持ち帰ってまた詳細に調べ上げてサンプルにでもしてやらなきゃいけないと思う。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.123 )
日時: 2016/12/08 19:12
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

「現にこれは神々の世界から持ち出したものよ。鳥船遺跡や冥界のような、異世界に実際にダイヴしたときに拾い上げた、紛れも無いマジックアイテムだもの。」

「でも、やっぱりそれって夢の世界の道具じゃあないの?」
 
だから私が異世界の幻影の話よ。さっきからそういってるじゃないの…、でも、夢の話なのに、何でその夢の中の物が現実に出てくるの?おかしくない?

なんで鳥船で猛獣に肉体にキズを付けられたのかしら?やはりこれも、現実の世界なんじゃ…行き場のない疑問は、単なる質問へと変遷した。

「だから、貴方に相談してるのよ。でも、私には見えてるの。2500万年前、伊弉諾が捏ね上げた日本の姿が、確かに」
メリーは伊弉諾物質を投げたり振ったりして陽気な様子だ。

何だか普段の落ち着きのあるメリーらしくないわ。不気味な石だけど、そんな不可思議な力を秘めているってのも、まぁ彼女の様子を見る限り、嘘臭くはない気がしてきた。

 「今日のメリーは、いつもにも増して妄想プロデュースしてくれるわね。デムパとでも呼んであげようかしら?旧時代風に。うふふ」

異世界を次から次へと思い浮かべられるメリーを羨ましく感じるわ。纏め上げる事は得意でも、イメージする事は苦手かもね。

 「何とでも言いなさいっての、今は新しい映像が次々と電波塔みたいに入り込んてきて、絶好調になっちゃったんだからねー。」

 サナトリウムから戻ってきて、メリーは一段と、その感性が先を削り上げた竹槍のように鋭利になった様に感じた。蓮子は異世界を独り占めするメリーを羨ましく思うと共に、
何とかして自分もその映像を眺め、我が物にするべきだと思った。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.124 )
日時: 2016/12/08 19:13
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

「ねえ、私にも見せてよー。その映像。焼け焦げた世界でさ、デミナンディのステーキでも作って口に運んでやりたいわ」

「えぇ、それは勘弁しておくわ。せめて飛騨牛のヒレでお願い」

善光寺を照らす人工の夕焼けは、修羅の住まう世界の様に変貌した世の中にも、まだまだ希望の光が、確かに存在せしめる事を伝えているかのように、私の眼に映ったわ。

それと、また私達の、善光寺で展開された小さな物語の終わりを告げるサインでもあったのかもね。

もしもこの、人の手に掛かって最適化され、光の向きや温度も的確に決められた、完璧な人工の夕焼けを、何の情報も無しに貴方の二つのまなこ(・・・)に向けて映写されたならば、きっと貴方は本物の夕焼けと判断することだろう。その時、いったい何が心の器の中で生み出され、そしてどのような思考や印象へと転じさせるだろうか。

少なくとも、私は判り切った、この偽物の映像を眺めても、感動するだなんてことはなかったけど、一つだけ思い浮かぶことがあったの。

「こんな眩しい偽りの光で大地を照らさなくても、日本中の不思議を集める私達にとっての光…、暴かれる事なく長らく眠り続けた、僅かな幻想が、もっともっと露顕して、人々の心を照らすことが出来たらいいのにね」

**

人類はいつから、世界中に溢れ返っている不思議や、妄想を受け入れなくなったのだろう。いつから、はっきりとした物に囚われ出すことになったのだろう。

古来は闇夜に小さな火球がぽかんと佇んでいれば、死者の無念が濃縮されて生まれた霊魂だとか、狐が人を騙す時に生ずるエネルギー体だとか言ったものだった。

そこには、多くの人達の、深い想像力があった。未知の何かを証明する為に、人々の思いだとか、知識が総動員されたのだ。

総動員された知識に、それを断定する証拠は必要とされず、人々の記憶に焼き付くだけのインパクト、だけが求められていたのだ。無論、科学が進歩したところで、発想やアイデアが重要なのは変わらなかった。科学の大半を構造しているのは、人々の想像だ。

哲学なんかは大半が客観的な事実によるもので、結果はまず優遇される事はなかったのだ。見えない未来を予測する為に、既存のデェタに囚われる必要はないからだ。

しかし、人々は逸話や神話を否定しだした。宗教的な建造物は、あくまで形だけの芸術や、政府の売名の道具として姿を変えてしまったのである。
科学こそが、人々の胸に生きる神に成り出した。人類は、支配される側ではなく、いつの間にか、支配する側のサイドに摩り替ってしまったといえようか。

地球環境は疎か、月のクレーターや、遥か数万光年離れた星にすら、名前を付けだすようになった今、人類に、自分ら以外の敵は無い。

文明の進展に伴って、研究者達は地球上に存在する、既知の不思議について、何かと理由を付け出した。理由がない、存在を立証できないものは全て虚構であると認識するようになった。

科学において、あくまで幻想に縛られるだけ、と言うことは決して認められなくなった。非科学的なままではこの大地に根付くことが出来ないのだ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.125 )
日時: 2016/12/08 19:13
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

例えば火の玉は狐の妖気などではなく、人体を構成しているリンが自然発火しただとか、メタンガスの燃える光だとか、プラズマだとか、挙句の果てには不安や恐怖といった脳の反射作用で起こる、錯覚だとかだと想像した。

証明できるものならば、まだ、幻想の名を失っても、「証明されたもの」として、人々の記憶の中で生き永らえる事が、確かにできた。

しかし、情報化社会が更に進むと想像力は死滅した。情報の海を潜りさえすれば、誰にでも、情報が平等に与えられる物になった時代に、個々の想像の余地など、無かった。

火の玉の正体は与えられた、立証された情報の海の中に必ず答えがある。

無ければ、何かの間違いや虚構であるで片付ければ良い、と。人は答えのある不思議を娯楽として楽しみ、答えの無い、誰の回答も得られなくなった不思議の一切を否定した。

挙句の果てにデマゴーグでさえも、客観的事実として認めるようになってしまったのだ。その瞬間、人々の心から、事実と虚構のボーダーラインである炎は消え、人々は完全に嘘の束縛から解き放たれたのだ。
それからだ。誰かが誰かを欺く事に、何の躊躇もなくなり、それが生活のスタンスとして認められるようになったのは。

忌まわしきスパイラルは、この国から、神様はおろか、幽霊も、河童もいなくなり、急速に偽りの生態系が蔓延ることになった理由といえる。今はもう、日本中が見捨てられた不思議と幻想の墓場と化している。

**

「メリー! この場所、見た事があるよ!何か大きな槍みたいなのが山に刺さってる光景!」

凹凸の激しい山々の岩の間に、巨大な石の槍が突き刺さっている。傍から見ればただのモニュメントに、無駄過ぎる警備が敷かれているようにしか見えないのだが。

「この逆さに刺さった鉾は、神子レイジングカンティネンにある高千穂峰って山々に突き刺さっているという、 天沼矛ってアーティファクトね。伊弉諾命と伊弉冉命イザナミノミコトが混沌とした海を掻き雑ぜて、日本列島を生み出したという鉾よ。基督を突き刺した、ロンギヌスの槍みたいな立ち位置にあるわ。」

神子レイジングカンティネンとは、本土から海を隔てて離れて存在する、日本列島を構成している島のひとつである。島の真下を四万十層が走っており、島の大半を険しい地形が覆っている。
神子島の中心に聳え立つ、阿蘇の霊峰は、古くから火を噴き大地を枯れさせる憤怒の山として恐れられてきた。

数百、数千年の時を経て、阿蘇の霊峰は爆発的噴火を引き起こすことがないように形を変えられ、制御された。その結果、旧時代にこの地に住んでいた人々以外にも、大勢の人々がこの地へと移り住んだ。

他にも四国フォースアイランドノースドライアイランド、劉球などの旧時代、日本国の主要都市が存在し、栄えた島々があるが、いずれも日本の各地に点在する要点を結ぶ、七道鉄道で結ばれていないので、今日、この地を訪れる者は殆ど居ない。

これらの三つの島々へと赴いて、歴史の闇の中に隠された謎を暴くことが、今の二人の目標だ。道中で多くのミュータントや改造生物が彼女の命を狙うだろうが、そんなことは二人にとって、無関係である。きっと宇佐見の一家の隠し持っているマジックアイテムが、私達の冒険を助けてくれるだろう。

メリーはヴィジョンを共有する際に、蓮子の目に手を当てる。こうする事で、不安定だが、メリーの見ているヴィジョンを他人に共有する事が出来るのだ。

近くに何か大きな、異世界との媒介となるものがあれば、衛星トリフネや冥界のような遠く離れた大地にも、飛び込むことができるようだ。

 「それもね、高千穂峰の山頂に実物が刺さっているのよ。もの凄く不思議で、謎めいているのに、誰もまともに研究しようとしないの。保護だけなぜか為されているけど・・・」

メリーを取り囲んでいた不安の雨は晴れ、そこには確信だけが残った。自分が見た地底の光景は地獄なんかじゃ無くて、現実に存在する、神々の領域の映像なんだ、という確信だ。

 「きっとその天沼矛も本物ね。この伊弉諾物質と同じ石で出来て居ると思うわ。確かめに行きましょう?神子西海道なら、確か酉京都駅から乗れたはずだし。」

「あと、鎌倉にでも日帰り旅行でも行かない?大仏でも観にさ」 

伊弉諾物質を蓮子の手に渡すと、私は帰りの葛飾21号の客室内で一人で神々の世界の映像を、小さなキャンバスに映写してやった。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.126 )
日時: 2016/12/08 19:14
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: .uCwXdh9)

「しかしその絵、凄く幻想的で良いわね。神々もこんな世界で生きているのだもの。私達も負けていられないわ。」

「よし。今度、メリーの快気祝いに神子島へ行こう。そうすれば、その神々の地の大本営にダイヴすることだって出来るかもしれないじゃない。」

神の招く手が、確かに私達に向けられているものだと、確信した。善光寺でメリーが見た光景も、あの傷も、紛れもない事実だ。

忘れ去られた物たちは、全て理由と名前を付けられて、その成長を止めてしまう。
私達は名前を付けられることなく、生き長らえている者たちを見つけ出さなければならない。

「あ、天逆鉾が本物だとすると……、もしかしたらここの近くにも神々の遺産が残されてるかも知れないわ!やるわね蓮子!貴女は本当に天才だわ!」

二人の想像力は留まるところを知らない。サナトリウムから出てきたばかりの病み上がりとはいえ、これほどまでに何かに対して没頭したり、熱狂したりするのは、土曜の夜くらいのものである。

メリーの異世界への探求心が深まったことで、異世界に対する好奇心もより機敏になっているのかもしれない。

「休憩したら次は戸隠に行ってみようよ。あの辺りはシェルターに覆われてて安全でしょ?それに天手力男命が投げ飛ばしたという天岩戸が、今でも残ってるんだって」
 
「天岩戸といえば高千穂にも天岩戸神社って神社があるわ。まさか天岩戸も!」

メリーは伊弉諾物質への関心が深まっているのか、キャンパスをあっという間に神々の世界の色に染め上げて、次の絵に取り掛かっていた。終点の酉京都が着々と近付いているが、そんな事もお構いなしにメリーはペンを進めている。

あっという間に無地だったキャンパスには、嘗て鉤石が取っていたであろう、本来の武器としての姿が映し出された。武器に姿を転じた鉤石は更に、光を放つ乙女を幽閉する、注連縄で護られた要石へとその姿を変えた。

「そう、きっと天の岩戸も伊弉諾物質だわ!これも天岩戸で作られたアーティファクトかもしれないのね!」

こんな小さな石ですらも、神の手に掛かればあっという間に力を秘めた法具へと姿を変える。
才能を秘めた人間がどれだけ努力を費やしたとしても、決して到達することの出来ない領域に、伊弉諾物質はある。わたしは人類で唯一、この奇妙極まりない鉤の石のルーツへと迫ることが出来ることを、誇りに思った。神々の遺した遺産、大切に取っておかなければね。

「そうと決まれば行こう、戸隠へ!ワクワクするわね。きっと誰も気に留めないだけで、日本のあちこちに伊弉諾物質が眠っているんだわ!

それに気が付いた、選ばれし者だけが、神の時代の風景を眺められるのよ!」
伊弉諾物質に揺り動かされ、これから私達は各地を巡ることになった。

各地で多くのサンプルを収集し、私の日課もそれに伴って充実したものとなることだろう。
充実した日課は、もっと多くの謎を切り開く為の剣と姿を変える。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.127 )
日時: 2016/12/22 00:16
名前: ぷちしゅ ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)




 



 

探求の剣は、暗雲に覆われた、侘びしい世界を、暗い雲から解き放つ希望の光になることだろう。その希望の光をもっともっと揃えることは、私にとっても、暗い雰囲気にある世界にとっても、確かに好都合であることでしょう。

人々の心に灯された、希望の光を生み出せるのは、私達二人のような、行き過ぎた好奇心に駆られた人間と、マリアナ海溝よりも深く、成層圏よりももっと高みに在る、崇高な好奇心によって価値を見出された「モノ」。

この二つの要素は、荒んだ人々の心を癒す唯一の手段に成り得るだろう。
「素敵だわ、私達で見つけ出しましょう!神々の遺した知恵を!」

希望の光のベースとなる、探求の剣を打つ切っ掛けになってくれたメリーと、探求の剣の素材となってくれた伊弉諾物質に、祝杯を捧げることとしよう。

私は、終点の酉京都に辿り着いても、暫くの間は寝台で鉤の石を握り締めて、目を瞑っていた。
暗黒のパレットに、虚構のチューブから生み出された、確かな現実の絵の具が捻り出され、鮮やかな色が割り振られていく。

すっかり色付いたパレットの上に、八つの首を持つ大蛇と、大蛇と対峙する、一人のちっぽけだけども、勇敢で強靭な肉体を持つ、戦士が投げ出された。

「貴方も、私だけの夢の中に、私の力無しで飛び込むことが出来たのね。
ありがとう。私を判ってくれて。そして、ようこそ。私だけの世界へ。」

幻想の墓場が、史実として動き出していた。それは秘封倶楽部…
不思議を、確かなものとして受け入れた者たちだけに見える、もう一つの日本の姿であった・・・