二次創作小説(紙ほか)

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.143 )
日時: 2016/12/22 00:26
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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新幹線、ヒロシゲ36号は二人を乗せて東へ走る。音もなく、揺れもなく、ただひたすらに、東に向けて走り続ける。

この新幹線は、日本列島の中の、主要都市を結ぶ七道鉄道の中でも、もっとも新しく作られた鉄道だ。それでも、卯酉東海道が出来たのは、二人が生まれる前の事である。

嘗ての首都である東京は、一瞬のうちに焦土と化した。この出来事無くして、旧時代の文明の衰退は無いと考える学者も居る。
私は勿論この大災害が旧時代の終焉と直結していると思うし、新時代の幕開けにもなったと思っているわ。

人々の心は日に日に貧しくなっていった、生き残った権力者が威張り散らして絶対王政を敷いて国民を弾圧するようになった・・・とか聞くと胸が痛くなるけども。はぁ、いつの時代も怒号を飛ばせば注意に為るって魂胆なのね、力がある奴らは。はぁーあ、今よりも楽ならば、平成や昭和の時代を生きてみたいと思うわよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.144 )
日時: 2016/12/22 22:36
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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神の代弁者の鉄槌か、科学では証明出来ない超常現象か。真相は冷たく賤しい風が吹き荒ぶ、奈落の底よ。誰も瘴気に気を狂わされるのを怖れて、掴もうとしないわ。

神亀の大災害を経て間も無く、日本は、急速にその国の間の強靭な繋がりを失い、多くの都道府県が消滅し、最盛期には47あった県は、えーっと、十数個程までに減少してしまった。行政機関の痲痺と、首都の消滅に動揺して混乱した情勢に乗じた騒動が頻発し、情報や物資が十分に行き届かなかったせいもあると思う。気付いた時には遅すぎた、って訳ね。千年王国で理想主義が渦巻く訳も、結局は管理職の上層部の怠慢が切欠って訳か。

東京都を失い、絶望に包まれた日本の今後を懸念したのか、東京の名を後世に伝えるためかは伝えられていないけど、臨時政府は旧・千葉県を卯東京と名を改め、京都に首都機能を移動したわ。神亀って聞くと私はパニッシュメントより、この「神亀の遷都」の方をイメージするわね。何故に神亀なのかしら?

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.145 )
日時: 2016/12/22 23:06
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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年号が神亀って訳でも無いだろうし、アッラーアクバルとアクパーラーを掛けた上手い洒落にしても、そんな信教の自由の上に特定の宗教を疎んじるとは些か思えないのよね。後世に伝えるべき大事件で、言葉遊びをするなんて考えられないもの。

本当に言葉遊びをしていたのだとすれば、当時の役員共はどうせ、安全地帯から作業員達に野次を飛ばして偉そうに説教をするだけの人間だったってのね。もし、そうだとするなら只、呆れるわ。

しかしなんで京都だったのだろうか?鎌倉だろうが、名古屋だろうが、大阪だろうが、愛知だろうが良かったと思うかも知れない。しかしながら当時の京都が外国から見た日本全体のイメージである「華やかで煌びやかな「和」の体現」であった事と、日本人のイメージする、「不滅の華の都」と云うイメージから、首都としてに打って付けだったからだった、って聞く。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.146 )
日時: 2016/12/22 23:09
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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ところが、京都に遷都してすぐに、日本はまた別の姿に生まれ変わる事となった。
  オカルトに特化した国か?ESPとPKが蔓延る異郷か?と勘繰ってしまうやも知れないが、メタモルフォーゼ的な意味合いでは無い。日本人としての性質の劇的な変化だ。

簡単な話、何処の国に護られる事も無く、そして啀み合う事も無く、「ひとつの麗しき国家」として生きる事を決めたのである。余りにも楽観的な戦争や動乱への態勢を愁いたのか、諸国の盾に護られながらも、首都を失ってしまった反省か。

しかし、それは幼き御子が堅い殻を内側から破り、自立すべく、懸命に成長していく瞬間だった。「旧」と云う言葉は此の科学世紀に相応しく無い。常に革新を繰り返し、より良い、懐かしめる時代を導き出そうとする「新たな」世界の姿が在った。手始めに新時代の礎として、京都政府は分散した人々を、より発展した都市部に密集させる神都制度を制定した。過疎化や高齢化を防ぐ為にも、積極的に山間部や限界集落を新開発していった結果、行政区の数も十数個から、徐々に元に戻っていった。
 
新しい試みを重んじるスタイルは今でも守り抜かれているが、このスタイルを逆手に取った連中が居る事は、これとはまた別の話。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.147 )
日時: 2016/12/22 23:11
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「神都制度が制定されてからもう1000年近く経ってるのもあるし、インフラを再び整備する必要があるのと、30年くらい前に発生した資源抗争で再び繋がりが絶たれてしまったのもあるから、大量の人間が西の東を行き来する必要が生まれたのよ。」

旧東海道は長い長い線路の至る所が破壊され、それでもって崩壊を免れた部分も痛んでいたから、復旧するとなっても時間が掛かるし、交通インフラにも限界が近付いてたの。

「でさ、七道鉄道も、まだ関西と関東を繋ぐラインが存在しなかったし、これを機に政府は急ピッチに、荒廃した地上ではなく、地下に新しい新幹線の開発に取りかかることにしたって訳。」

そして完成したのが、この酉京都と卯東京を53分で繋ぐ、卯酉東海道。

「この新幹線は、酉京都と卯東京を繋いで、日本の物資人材を運輸する、無くてはならない血管の一つとなったんだとさ、マル。」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.148 )
日時: 2016/12/22 23:12
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「へぇ。やっぱりあの旧時代の大惨事が、この鉄道の開発に繋がってきていたと。じゃあたぶん資源抗争も、あれに誘発されて行われたのかしら?第二のジハーディ?」

ムスリムのジハーディによるものかは判らない。何故なら、東京を崩壊に導いた原因は、誰も知らないからだ。誰にも教えられていないし、その原因を調べるべく、陸路で東京に至った者は居ないという。
東京へ向かった人間は、誰一人として情報を持って、帰還したという例がないのだ。

ワールドビューワーでもこの地を眺める事は許されず、いつからか旧・東京は、陸のバミューダ・トライアングルだとか、ブラックホールであるだとか、謎が謎を呼んで、恐れられるようになった。
**
卯酉東海道への乗車口である、長いトンネルスロープを下っていく二人。神亀の大災害だとか、この鉄道に関する概要を説明する蓮子。私たち以外に、周りには誰も居ない、が、こんな公然の場所でタブーとされる話なんかして大丈夫なのかしら?

「…それでね。驚くべき事に、卯酉新幹線の線路全てが地下に、直線的に伸びているのよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.149 )
日時: 2016/12/22 23:16
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「始点の酉京都から終点の卯東京まで、空も、海も、山も森も、太陽も月も、何も見ることは出来ないの。地下を通る窓の無いエレベーターのようね。」

「でも、それじゃ飽きさせちゃうんじゃなくて、ある設備が為されたんだけど…それは、乗ってみてからのお楽しみね。」

蓮子が言うには、ヒロシゲには、いくつかのガラス張りの個室があるんだって。とはいえ、卯東京と酉京都を結ぶ為だけにある列車で、その運行時間も長い訳ではない為、子午東山道のような、ベッドが置かれているわけではないらしい。はあ、長い旅になりそうね。

さらに、個室に入室する際に、特に許可が要る訳でもないし、グリーン席の購入代のようなプラス料金が掛かるわけでもないので、誰でも入れるし、誰でも座れる。

プライバシーを保護する空間というよりかは、専ら一人で、映像を楽しむ空間となっている。凶悪犯と鉢合わせしたらどうしましょう…

私たちは、今、個室ではなく、四人まで座れる、ごく一般的なボックス席に座って、休養を取っている。

他の席を見る限り、空きも多く見られる。よって、相席を求められる事は無かった。
 列車を満たす、空調から発せられる冷たい風。誰かのイヤーフォンから漏れる、ギターに合わせてシンガーが謡う激しく、奇妙な詩。私達は、既に退屈だった。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.150 )
日時: 2016/12/22 23:19
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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**

朝の酉京都行きの列車は、芋洗いの様に通勤する人々でごった返すが、卯東京行きの列車は、恐ろしい具合に空いている。

本当は個室を取っても良いのが、別にそこまでしなくても、二人きりの世界を、十分一般席で堪能できる。私たちにとっては、どこまでも好都合な訳ね。

最新型のこの新幹線は全車両、半パノラマビューが一つの売りとなっている。半パノラマビューとは、天蓋と床を除いた全てが窓。

つまりこの新幹線、ヒロシゲ36号の壁は全て窓で出来ているのだ。旧時代の人間がこの新幹線を見たならば、大きな透明な硝子の試験管が、線路の上を走っている様だと形容したことだろう。

悲しいことに、この新幹線の全貌を眺めることが出来るのは、始点と終点の駅に到着した時だけだ。

さらに、驚くことにこの卯東京と酉京都を繋ぐ新幹線には、待ち時間がほとんどない。更に、この新幹線はコンピューターによって、全ての機能を制御されている為、係員を必要としない。
時間通りに出発し、時間通りに到着する、どこまでも機械的であり、どこまでも夢のような乗り物だ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.151 )
日時: 2016/12/22 23:20
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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進行方向と反対に座っているブロンドの少女の左手には、見渡す限りの美しい青の海岸が、
右手には建物一つ無い美しい平原と松林が広がっていた。旧時代、伊豆の国にあったという、三保の松原の海岸の風景だ。最先端の精巧な技術で作られた映像が、二人の眼に飛び込んでくるが、互いに、特に何か変わったコメントをすることもない。

異世界の美しい風景を見てきた蓮子とメリーは、これらが善光寺でシェルターに映された夕焼けのような、人為的に生み出された映像であることなど、とっくに判りきっている。

出発から25分程の時間が経っただろうか、遥か遠くにおかっぱ雲の傘を乗せた、赤色の富士の山が見える。この富士山は、今の滑らかに表面をコーティングされた富士とはうって変わって、どこかまるで仙人でも住んでいそうな堅牢強固な岩山でありながら、厳かに佇んでいるのである。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.152 )
日時: 2016/12/22 23:21
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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資源戦争から僅かな時が経ち、戦争の爪痕の合間に、歯磨き後の歯に付着した食べ粕のように、僅かながら残された自然を保護しようとする慈善活動家達が台頭してきた。

彼らの生命を賭した懸命な努力によって、新・世界遺産に認定された富士なのだが、ヒロシゲから見えている、この富士の映像の方が何倍も荘厳に見える。

勿論この姿すらも現実ではなく、虚構である事は判っているが、どこか強いインパクトを感じた。

というのも、ヒロシゲのパノラマビューから見ると、視界を遮る摩天楼も、送電線も高架線も、何一つとして見受けられないのも、一つの理由だろう。

旧時代に名を馳せたレジャーランド、夢の国も、都市的要素をランド内に居る際は決して目に入れる事の無いよう、徹底した管理と設計が成されている。

この映像も、根本は旧時代のランドの設計と似通っているのかもしれない。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.153 )
日時: 2016/12/22 23:21
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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もっとも、この映像においては、富士どころか、左手に見える海岸だって、世界遺産に壱ダースほど認定されてもまだまだ、足りないくらい華麗だ。

卯酉東海道から見えている、日本の美的イメージの集合体で、どこまでも絵画的で美しい情景も、ふたりにとっては極めて退屈で、人工海の潮の満ち引きを眺めているのと同じ程の価値しか見合わせてはいなかった。

失われた表土の東海道は、こんなにも美しかったのだろう。専ら二人は、映像よりも、映像が伝える嘗ての姿の夢を共有することに専念していた。

「ヒロシゲは、席は広いし、やったら短いし、すごく便利だけど、子午東山道みたいに寝心地のいいベッドがある訳でもないし、地下に築かれた自然を眺められる訳でもないし、
その代替案と言ってもいい、車窓のカレイドスクリーンが映し出すのが『偽物の景色』だけってのも、退屈ねぇ。」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.154 )
日時: 2016/12/22 23:22
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「いっそのこと戦争映画でも映し出してれば腹の足しにでもなったんだけど。」

メリーは、何か月か前に拾った例の鉤の石を相変わらずブンブン振り回している。
いくらなんでも、霊力を秘めた石にドリルで穴を開けて、紐を通すだなんてことは出来ない。

其処ら辺に適当に佇んでいる祠を蹴飛ばして壊しただけで、祠で封じている悪霊が解き放たれて、悪霊の力で体が液体金属になってしまう、恐ろしい映画を見たばかりだし。

メリーは私に出来ない事を、当たり前のように仕出かしてしまう。

ある意味、彼女の行いは超人的だと思う。伊弉諾物質に封じられた邪神に身をバラバラにされても知らないわよ?

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.155 )
日時: 2016/12/22 23:23
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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**

「地下やトンネル内でも映像が絶え間なく流れてる訳だし、結果的に車内がとても明るくなった訳じゃない。、旧時代の新幹線よりもずっとマシになったのよ。この明るさ、まるで地上に居るときみたいでしょ?」

地上の町中の光景も無骨な金属と石の塊でどこもかしこも統一されているし、

だからと行って一度シェルターを抜け出せば、中が恋しくなるような、荒廃とした生命の無い世界なので、文句は言っていられないと思うのだが。

「地上の富士はここまで綺麗じゃないかも知れないけど、それでも古来の本物の風景の方が見たかったなぁ。旧東海道新幹線の方が良かったとも言えるわ」

重い金属と階級社会の国とこのガラス管の映像、どちらとも同じくらいの重さしか兼ね備えていないのね。作られた映像には、何の価値もないの。

本なんかそうでしょ?情報だけじゃ、何も意味がない。昔の時代の本は全部情報化されて、都合の悪い部分は全て添削されている。最悪、検閲の炎で焼き焦がされているってのよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.156 )
日時: 2016/12/22 23:29
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「地下やトンネル内でも映像が絶え間なく流れてる訳だし、結果的に車内がとても明るくなった訳じゃない。、旧時代の新幹線よりもずっとマシになったのよ。この明るさ、まるで地上に居るときみたいでしょ?」

地上の町中の光景も無骨な金属と石の塊でどこもかしこも統一されているし、

だからと行って一度シェルターを抜け出せば、中が恋しくなるような、荒廃とした生命の無い世界なので、文句は言っていられないと思うのだが。

「地上の富士はここまで綺麗じゃないかも知れないけど、それでも古来の本物の風景の方が見たかったなぁ。旧東海道新幹線の方が良かったとも言えるわ」

重い金属と階級社会の国とこのガラス管の映像、どちらとも同じくらいの重さしか兼ね備えていないのね。作られた映像には、何の価値もないの。

本なんかそうでしょ?情報だけじゃ、何も意味がない。昔の時代の本は全部情報化されて、都合の悪い部分は全て添削されている。最悪、検閲の炎で焼き焦がされているってのよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.157 )
日時: 2016/12/22 23:30
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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本来、紙っていうのは一度墨を落とせば二度と書き換えられないの。塗り潰すことはできてもね。
その、塗り潰されていない、元の姿の幻想だけを大事にする必要があるんじゃない?紙やデータは長持ちしないから、そのままの形をまた複製する必要があるんだけどね…。

「なーにを贅沢言ってるのよ。旧東海道は、戦争で多くが焼き尽くされて、部分的に残されてるとはいえ、大部分が改修されているわ。

そんでもって、卯酉東海道よりも、ずっとコスト的に負担が大きいし、もう胡散臭いインド人や金持ちくらいしか利用していないわよ。」

「ま、メリーはインド人並にのんびりしているだけなのも知れないけどね。ナマステ〜」
 何を言うのかと思えば、印度人に対する根も葉もない差別である。私もそんな旧東海道に思いを馳せてはいるけど、別に乗りたいとは思わない。

「パオ〜ン…」 どこからともなく、インドゾウの鳴き声が聞こえる。随分後ろの方で、子連れの家族が持参した映像機器で動物園の映像を愉しんでいる。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.158 )
日時: 2016/12/22 23:30
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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まぁ、ゾウさんが貴女の品の無い言葉に罵声を浴びせ掛けてるわよ。

こんな中身の無い煽りも、蓮子らしいといえば蓮子らしいともいえるわ。蓮子だけにしょうもない事を“”連呼””しているのね。

「ま、どこまでも私はセレブリティだってのよ。でもまぁ。あっという間に卯東京に着くのは良いけど、こんな偽物の景色を見てるだけじゃ、蓮子は退屈じゃないの?
今は昼だってのに夜にシーンが移行して、天井の空に浮かぶのは偽物の満月が浮かぶ、ってのもなんかねぇ。時間間隔が狂っちゃうわよ。」

映像を限られた時間で、光の無い世界で放送する以上、時間間隔を乱すような、飽きを来させないような細工を必要とする。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.159 )
日時: 2016/12/22 23:31
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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それは、乗り物に乗っていると言うよりかは、嘗てのレジャーランドが持っていた、アトラクション的な臨場感の演出へと繋がったのかもしれない。

「それに、東海道は広重の時代には53も宿場町があったというのに、今は宿場町の数の53分で着いちゃうのよ? 
本来の東海道よりも道のりも長いってのに、一つの宿場町の間を移動する時間よりも時間が掛からないなんてね。こうなっちゃうと、もう旅行とは呼べないわよねぇ。」

「道中が短くなっただけで、旅行は旅行よ。東京の観光巡りは面白いわよ?

京都と違って、旧時代の街並みを今でもわざと残している、新・新宿とか新・渋谷とかには歴史を感じる建物も多いしね。

そういう観光の時間が増えたと思えば良いじゃない。これはただのトンネルよ。トンネル。トンネルの向こうにはきっと素敵な雪国が待ち構えているに違いないわ。」

東京は失われたが、代わりに千葉の中に新しく東京が作られた。

結果、“かつて”東京にあった地名が、千葉の各地に与えられ、其れに伴って、似通った建造物が建てられた。そこまでして東京に固執した、旧時代人。そんなに東京が大事だったのね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.160 )
日時: 2016/12/22 23:32
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「はいはい、そうですね。そんな旧時代の産物を見ても、温かみなんか感じるのかしらね?あーあ。カレイドが見せる偽物の満月には、玉兎が嫦娥の代わりに、贖罪として薬を搗いている光景が見えるのかなぁ」

メリーはいい加減、不満のゲージが限界近くまで溜まっているようだ。何もない地下で、面白味のない映像を延々と見せられれば、たまったものではない。

彼女も私も、求めているのは偽りの幻想ではない。広重が見た、美しい日本の平原なのだ。CG技術で作られた、妄想の産物ではないのだ。

「そうそう、こんな話知ってる?実は、こいつは最高速を出せば53分も掛からないらしいんだけど、わざわざ東海道五十三次になぞらえて、運行時間を53分になる様に調整したらしいよ?」

妙な話である。企業も、世間も、ユーザーを支配して、楽しみをじわじわと奪い取ろうとしているのにも関わらず、こういった点で無駄な拘りを見せるのが、旧時代の中高教育機関の執拗に校則を投げつけてくる、ルールブックの擬人化のような、強情で完璧主義な職員を思わせてきて、どこまでも不快だ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.161 )
日時: 2016/12/22 23:33
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「一分一泊のペースなら、三週間で老衰を迎えてご臨終だっての。短い人生の旅ねぇ。此岸と、彼岸の映像も用意してくれてるのかしらん」


宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの秘封倶楽部二人は、大学の休暇を利用して、蓮子の実家のある、卯東京へ里帰りする事になった。

里帰りと言っても、メリーは蓮子の彼岸参りに便乗するだけだが、まだ、卯東京を訪れたこと事が無いメリーは、今回の卯東京旅行を非常に楽しみにしていた。

道中の景色も楽しみだったのだが、あいにくさん、卯酉東海道は、全線完全地下、しかも人工の映像が延々と見せられる新幹線である。

それでも、昼間の表と同じくらいの眩しい光が窓から射し、そして外には美しい富士と、かつて青い水を湛えていた、太平洋の光景が映し出されている。

それこそが、卯酉東海道最大の売りと、膨大な予算を使って作り上げられた、『1677(カレ)万色イドの(・)万華鏡スクリーン』だった。カレイドスクリーンには、作られた映像しか流されない。
人類は、いつからか、自分たちが作った虚構のほうが、本来の自然よりも美しいものであると豪語しだすようになったのだ。

「メリーメリー。卯東京の彼岸には、変わった風習があるのよ。知ってた?お墓参りと一緒にね、お墓の周りの結界の解れを見つけて、墓石をぶち壊して冥界参りもするのよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.162 )
日時: 2016/12/22 23:33
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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去年、冥界に行った様にね。お盆が冥界からナスチョコボに乗ってね。ご先祖様が帰ってくるでしょう?だからお返しに彼岸には、キュウリチョコボに乗ってこっちから挨拶に行くの」

どこまでも荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいジョークだ。

それでも、退屈に退屈を重ねて、カレイドを割りそうな勢いで立て掛けたノートに鉛筆を突き立てて濃い線を引くメリーの満足度を上げて、薄くするだけの面白さはあったみたいでよかったわ。

「そうなの? あらいやだ、何の準備もしていないわよ。何で言ってくれなかったのよ〜」

私の面白くないジョークに付き従ってくれるメリーにはいつも感謝しかないわ。もちろんそんな風習はない。大嘘だ。でも折角だから、冥界には久々に赴いて、桃狩りでもして、今度こそ寺院の内部にでも赴いておきたいところだ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.163 )
日時: 2016/12/22 23:35
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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卯酉東海道は、最も効率よく卯東京の資材と人間を京都に運ぶ為だけに作られた。だから、卯東京駅と酉京都駅の二箇所しか駅が作られておらず、始点と終点以外は駅が無い。

二人が酉京都を出発して、既に36分ほどが経過している。外の景色は、歌川広重が見て歩いただろう、過去の世界の東海道その物だった。

どこまでもどこまでも美しい。透き通った空と深い蒼の海と、雪のフードを被った富士の山。五十三の宿場町。二人にはこの映像も、ただの虚構に過ぎなかった。

新しい映像が再生されると共に。鉤石がカレイドの映像から引き出した“本物”の映像をメリーに見せると共に蓮子の両目を優しく触ってやる。

二人が目を開ければ、そこには精巧だけども、魂の欠けた東海道が在る。
私は、「この本物の東海道にいつか、貴方のその無垢な純白の足を踏み入れさせてあげるんだ」、と静かに囁いた。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.164 )
日時: 2016/12/22 23:36
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「あ、今……何かしら、これ…」
メリーの顔が、急に青白くなった。何か、恐ろしい風景を眺めたかのようだった。私も、何だか体全体の調子が悪い。体が痛いというよりかは、電磁場が広まっているような、何だか、肩から首に掛けて、石を置かれたような重さを感じるのだ。旧時代でいうところの、スマホ依存症的な感じだろうか。

「どうしたの? メリー、急に怖い顔をして。私もさっきからなんか変な感じはするんだけど…」

「急に頭が重くなった気がしたの。蓮子は感じない? ここら辺の空間は少し、他の場所にいた時と感覚が違うのよ。それに、鈍い結界の裂け目も見える。スクリーンを制御しているプログラムがバグでも引き起こしたのかしら。  

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.165 )
日時: 2016/12/22 23:36
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「確かに、ここで、大勢の人たちが死んでいる。」

メリーが急に身震いしだしたので、咄嗟に私は彼女を安心させる為に、適当な言い訳を考えた。死人が多い場所…?まさか大災害で滅んだ東京の下に…なんてことはないわよね?そう信じたいけど…

「死人…?トンネル開発の際にダイナマイトでも使ったのかしら?多くの人達が死んでいる場所…?うーん…」

二人の話を遮って、喜寿を迎えた老人の声が、スピーカーを通じて車内に響き渡った。


「「 間もなく、富士山の脇を通過します。かの有名な霊峰・富士ですが、我々の絶え間ない努力の成果で、世界遺産に認定されました。これを記念しまして…… 」」

慈善団体が、世界遺産に登録された事よりも、自分たちの労力を認めてほしいとでも思わせぶりな口調で、車内販売で記念グッズを取り扱っているだとか、我々の団体に加入しないかだとかと慈善行為へのプロパガンダを行っている。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.166 )
日時: 2016/12/22 23:37
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「うーん、きっとここが、あの富士山の傍に建設されたからよ。富士山って名前が、不死の山ってのから来ていると聞いたことがあるもの。不老不死を求めて大勢の命がこの地へと赴いて、死んだのかも…ね」

流石霊峰を傍に構えているとなれば、少しは空気も違う、いや、時空すらも越えてしまっているのかも知れないわ。異空間に過敏なメリーには、ちょっとばかり富士の空間は応えるんじゃないかしら?

「なるほど、富士山の地下となるなら判らないでもないねぇ。昔から、富士の地下は、異世界との接点になっていると言うし。」
「でもさ、富士山って一応火山でしょ?阿蘇みたいに制御はされてるだろうけど、地下にトンネルなんて掘って大丈夫なのかなぁ。この鉄道がさ、マグマから逃れるアトラクションにでもなっていたら怖いわ。」

でもさ、メリーはどこまでも心配性ねぇ。流石にそれはないわ。
「富士山の地下で爆薬を爆発させて、日本列島を吹き飛ばしちゃうわよ?

私は魔界の大公爵、ルキフグスよ!なんてね!そういう感情が定まらない時は、お酒でも飲んで、考えるのをやめましょう?」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.167 )
日時: 2016/12/22 23:37
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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富士が再び自然遺産に認定された時、休火山から死火山になったと断定された。 1300年もの間、噴火することなく、未だ静止したままの富士とはいえ、元はと言えば日本の象徴である。

世界政府は霊峰富士の真下に穴を開けるという、畏れ多き事態だけは避けることとした。科学と権力者が支配する時代とはいえ、こんな所で霊的な現象を畏怖するだなんて、どこまでも滑稽だわ。

とにかく東京と京都を結ぶ事だけを考えて設計した卯酉東海道だったが、卯酉東海道は、富士を避け、冥界との接点であり、自殺の名所として囁かれることもあった、旧時代から生き続けている原生林、青木ヶ原の地下を走っている。

ただ、この樹海には古くから良くない言い伝えが多く、数多くの都市伝説に、名が上げられる程、この地には悪い噂が絶えないのだ。

樹海の真下を走る事が明るみに出れば、新幹線の運行や、新幹線の乗客数に影響が出てしまうかも知れない。そう考え、樹海の真下を走っているという事は一般には明かされなかった。メリーと蓮子も、最後までこの事を知ることはなかった。

「あははは。朝からお酒が美味しいわね。旧型酒にも匹敵するこのホップのコクと香り、たまらないわ。

あのさ、実はこの新幹線、最初は京都と東京だけじゃなくて、この前行った、鎌倉にも駅を作る予定だったらしいよ?」

蓮子はどこまでも物知りだってのねぇ、とメリーは関心無さそうに、それどころか映像を共有するのにも飽きて、疲れてソファーに五体投地してくれている。衛生面も少しは考えたらどうなのかしら。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.168 )
日時: 2016/12/22 23:39
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「そりゃ、物知りだもの。パンフレットを読めば誰でも饒舌になるし、理解するわよ。なんでも、三つの都を繋いで名前も繋都東海道にしたかったんだってー。」

やっぱりメリーは関心がなくなっている。そりゃ、眩しい映像を只管、嫌と言ってもこのモニターは見せてくるのだもの。

愈々見せられてれば、疲れてくるわよ。あーあ、非表示と表示くらい決めさせてほしいわ。瞳孔が疲れたの。

「毛糸…暖かそうな新幹線ね。どこまでももふもふしてそうねー。

でも、鎌倉は都じゃないでしょ?都的な要素と言っても、源頼朝の都があったくらいで、そこまで霊的センスはないと思うんだけども。大仏観光客くらいしか行かないんじゃない?」

「それに鎌倉って、京都と東京の間にしては東京寄り過ぎじゃないのかしら〜?大阪にも繫都新幹線を実現するなら、駅を置いて欲しかったけどね。食い倒れ人形でも飾ってさ。」

大阪と言えば、京都以上に古臭くって、あんまり私は好きじゃないわ。旧時代の都の一つとして名を馳せていた気がするけど、今は嘗て程の賑わいは見せていないしね、行きたくないなぁ、人情に関してはあそこがナンバーワンなんだけどね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.169 )
日時: 2016/12/22 23:39
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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**

「ま、そういう理由でお蔵入りになったらしいんだけどね。都だけを結ぶ鉄道のがどこか苦行じゃなくっていい感じだけど。今のままでも十分苦行だけどさ…」

「都じゃないとこを繋ぐだなんて、在り得ないって最初から判りそうなものなのに。蓮子は誰かに嘘情報吹き込まれたんじゃないの? 八幡様が好きな誰かにさー。」

八幡様を崇めるくらいなら、私は大国主でも崇拝しているけどねぇ?

「そういえば、『お蔵入り』の蔵って、何の蔵なのか知ってる?お地蔵様じゃないわよ。道祖神でも眺めてる暇があるなら、もっと大きな区域を見なさい。」

富士山のイラストと言えば葛飾北斎の『富嶽三十六景』が有名であるが、北斎は富士をどんなに描こうとも満足することはなかった。

富嶽三十六景は、実際には四十六枚ある事からも判る。僅か36枚の富士では十分に美が伝えられないと心得たのだ。各地から見た富士の風景、それだけでも趣があるのにね。

自分の年齢を横棒で分割したくらいの年しか無い、広重が『東海道五十三次』を出版し、大ヒットすると同時に、嫉妬に駆られてか、過去に三十六景を出していたというのに、

負けじと北斎は『富嶽百景』を出版した。富士に魅入られ、心を奪われていたんだ。ド派手さでは北斎のが上を逝っていると思うんだけどね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.170 )
日時: 2016/12/22 23:40
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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しかし、広重もまた、富士に魅入られた者で、何にしても現代の日本は広重を選んだ。

**
卯酉東海道地下を東に滑り続ける。今はちょうど、駅を置く予定だった、鎌倉辺りだろうか。東海道の概要に関するアナウンスが頻りに長されるが、私たちは疲れて目を綴じていた。

「ねぇ蓮子。今の映像でスクリーンに映ってる富士山って、ちょっとばかし迫力満載だと思わない?いくらなんでも誇張が過ぎると思うわよ。」

まじまじと実物を見た事がないから何とも言えないけど、富士のインパクトは、こんな感じだと思うわ。
きっと、周りに人工物が殆ど映っていないから、こんな感じに見えるんだけど、この映像の富士は、広重のイラストと言うよりは北斎をベースにしている感じがするなぁ。

スケールだって、オートマチックビデオリターゲッティングの処理された様な感じがするわねぇ。現実味よりド派手さや華美さを重視した様な気がするわ」

小難しげな事を語りながら、何だかよく分からない素振りを見せる蓮子の声を聞き流してやった。 オートマチカリィだろうが、情報処理技術なんて全部同じよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.171 )
日時: 2016/12/22 23:40
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「メリー、その日本に認められた広重様も、年上の画才の北斎に対抗して、富士の三十六景を描いていたってのは知っている?羨望を寄せていた北斎を横目に、ネタをパクってただなんて滑稽よね」

「それも、『富士三十六景』というの。しかも北斎が死んだ後に出版したのよ。対抗意識を超えた何かを感じ取れると思えるの。これを媒体に北斎が亡霊として降臨して一家が呪い殺されても文句は言えないわ」

油絵の具を鑿でも使うように、メリーは乱雑に分厚い板に敲き付けている。板に浮かぶ電脳都市を叩き潰してやるかのように、ビル群の合間に堂々と聳え立つ、炎を帯て紅蓮に染まった霊山。

幻想を失った日本に相応しいその雄姿は、偽りのヴィジョンの前で、得とも言われぬ雰囲気を醸し出している。

この氷と炎のミックスされた岩山は、驚くことに、たった一人の少女の手によって、何の変哲もない、樺の木の板から絵具と筆だけを使って掘り出されたのです。

「インスパイアって奴ね。死んだ後にコソコソと発行するだなんてどこまでも勝手なのねえ。世の中に認められたからって自分ほど認められなかった北斎を愚弄してるのかしら?

企業と掲示板、双方のファンが噛みつき合ってたって言う旧時代のアスキーアートのノマ猫もビックリよ。」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.172 )
日時: 2016/12/22 23:41
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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建物の少ない、人工のカレイドスクリーンの景色では、無駄に富士山は霊験新かで、本物の富士以上に迫力のある姿を見せていたが、海や雲の映像は、別に見る時時で姿を変える訳では無い。

只、いつもいつも同じ映像を上のレイヤーに重ねてスクロールしているだけだ。ダイナミックなCG映像なんて、今時中高の教育機関で普通に作れてしまう事だし、平凡と言えば平凡なのだけど。

人の手で作られた青い空と海に、決して偽り、現実と問わず生き物は住んではゆけぬ。其処には、製作者の求める限りの完全無欠さがよそられているのだ。

背景を楽しむ映像に、何の障害物も在ってはならない。
街道を行き交う人々も、木造のフェンスも、画面を横切る子鹿や猪の一家の姿も無い。

プランクレーザーの直撃を受けて、一瞬の内に人だけが原子の粒へと帰化してしまったかのように、街道には雲と木々の影程しか降りることのない、半死の世界が広がる。

浄める事の出来ぬ程、深い穢れに満ちた人類は、自分達を崇高な存在と錯覚する一方、更なる穢れを清き物と崇める事となるのだろうか。ねえ、貴方はどう思う?

それはさておき、本物の富士山も、富士山復興会を名乗る慈善カルト団体の献身的な努力により、旧時代ほどは汚くはないのである。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.173 )
日時: 2016/12/22 23:41
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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見かけばかりが美人のフォトショップ効果、と言われた旧富士。入山者の小さなポリ袋サイズのゴミから、持ち込まれた家庭ゴミ。果ては自動車のスクラップや、産業廃棄物等。

不法投棄が目立ち、入山料金を取って、環境整備に費用を投げ出すという本末転倒な結果に終わったそうだ。

努力によって取り戻された、本来の富士の姿の持つ余りの迫力に圧倒されたか、復興会が規定した、入山者や集会内での厳しい掟に嫌気がさしたのかは知らないけども、

シェルター内にあると言えど、山を登る人の姿も殆どなくなり、富士を守る観光協会が大打撃を受けたというのは凄まじい皮肉だわ。

日本の世論は、何故広重を選択したのか。それは、葛飾北斎の備え持っていたシュルレアリスム溢れる、類い希な芸術性を認める事が出来なかったからである。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.174 )
日時: 2016/12/22 23:42
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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其れに、彼は西洋でジャポニスムが流行した頃に、イウロピアンスタイルに染まりつつあったからである。銅板画、硝子アート…日本画の優れた要素の中に、彼は積極的に異国の新たな要素を練り込もうとしたのだ。

日本は、不気味の谷に潜む、人を惑わす狂気の獣を嫌い、徹底的に排除しようとした。何時の時代も、独創性と云う魔物が高く評価される事は少ない、って寸法である。

鳳凰図屏風の見せる、まるで屏風から解き放たとうとするような力強さも、大地が涙の代わりに流す血か、はたまた人間社会への怒りを表す視線か…

怒り狂う世界をその筆と、朱色で表現しようとした北斎。絵描きとして、様々な方向性を見出していた北斎。私は、厭世観に満ちていたあの時代を懸命に生きた彼を、芸術を超えた領域で、高く評価しているわ。単なる絵描きに、こんな事出来やしないもの。

ホクサイを色で表す事が出来るのならば、広く知られているヒロシゲブルーと対照的に、私はホクサイクリムゾンと呼び、彼の異彩を、思いつく限りのワードを用いて、どこまでもどこまでも、賞賛し尽くしたいわ。

もしも、この新幹線がヒロシゲではなく、ホクサイだったとしたら、カレイドスクリーンにはどういう情景が映し出されていただろうか。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.175 )
日時: 2016/12/22 23:43
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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七道鉄道は、どれも江戸時代から明治時代に掛けての画才の名前を取っている。子午東山道のうちの、葛飾21号には窓も、北斎の作品も乗っていない。

北斎の見せる憤怒の風景は、旅の疲れを癒そうとする客人には不適切だと騒ぎ立てて、載せなかったのかしら?

まぁ、そんな事はどうでもよくって、葛飾36号は、21号よりももっともっと、きっときっと、酉京都に早く着く鉄道として降臨したことだろうし、36分間のスピーディな狂気の幻想を愉しめたことだろう。

まず万物を焦がす、紅蓮の炎の映像が新幹線を包むわ。関東大震災で江戸の街を襲った火炎竜を想像してみて。其処に降り立った1羽の鳳凰が、炎から逃げ惑う人々を護ろうと旋風を炎の龍に向けて引き起き起こすの。

暴風は見る見る内に、炎の龍を討ち滅ぼして、目出度し、目出度し。新幹線は視界を遮る炎の霧を切り開きながら進むの。ねえねえ、臨場感溢れる演出だと思わない?私が石の魔力を受けながら、即興で考えたのよ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.176 )
日時: 2016/12/22 23:43
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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それでね。深い霧から解放された先には鮮血を纏った赤富士が、火星のオリュンポス山よりもずっとずっと巨大で恐ろしい山が、溶岩で形成された大地の上に、鎮座しているのよ。

詰まらない女の妄想だとしても、それはそれは、荘厳で素敵な映像になりそうね。

でも、伊弉諾物質が私に見せる神の世界を、北斎も見ていたのかしらね。だとすれば北斎の絵も伊弉諾物質をモデルに作られていたのかしら。

魅力溢れるセピア調の神々の世界のヴィジョンと暫くの間わたしは向き合っていたのだけど、
『間も無く、間も無く卯東京 53分間の華麗なダイナミック・3Dムービーをお楽しみ頂けましたでしょうか。お荷物のお忘れ物が相次いでおります。お忘れ物が無いか、今一度、座席やケースのチェックにご協力下さいませ』

の注意喚起のアナウンスと共に、美しくも恐れ多き神の世界の映像は、掻き乱されるように暗黒の闇へと吸い込まれていった。もう少し堪能させてくれてもいいのに、ケチな石ね。それに耳障りな人工音声だこと。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.177 )
日時: 2016/12/22 23:44
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「もうすぐ卯東京に着くようね。やっぱりどこまでもこの映像は物足りないわね。エキサイティングな体感アトラクションでも催してくれればよかったのに。」

メリーは、53分の退屈な時間の大半を費やし、富士の山麓に私達二人が佇んでいる絵を完成させた疲れもあるのか、なんだかさっきから少しばかり愛想が悪い。少しくらい気晴らしになるような話をしてあげればよかったかしら。

「確かにね。でも着く前に疲れなくて良いじゃない」

「ま、東京の見物出来る時間が増えたから良いか。今日はどんなところを案内してくれるの?第二六本木ヒルズで大人のディナータイムでも満喫させて貰えるのなら本望よ。

人口の月でも眺めながら、数年物のワインでも楽しみませんこと?安価な合成卵で拵えたオムレツを突いてたんでしょう?今日の旅行の為に。」

「そう期待を募らせないの。まずは私の実家に着いてから、彼岸の墓参りを済ませて、荷物を置いてから見学に行きましょうよ。

このあたりの結界はどうも歪みに歪んでどこもかしこも異世界との接点だらけよ。八丁締めでも置いておけばいいのに。」

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.178 )
日時: 2016/12/22 23:46
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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確かに、シェルターで覆われた都市の中でもここ、新東京はどこか歴史から隔絶された、秘境の中の秘境と言う感じがしてならない。どこもかしこも、何もかもが異質なのだ。

都市間の繋がりを失っていつ崩れ落ちるかも分からない、分断された旧時代の環状線の跡も、あらかた草原と化してしまっている。

旧時代を再現した鉄の街並みの合間に点在する、本物の古き時代を今に伝える灰色の煉瓦や小さな建造物にはジャンキー共が付けたと思しき落書きが幾重にも積み重ねられ、悪戯の範疇を超えて、最早これ自体が一種のアートとなっている。

そんな小さなビルも、千年の時を経て尚生き長らえている物は数少ない。誰かの手を借りて生き長らえる事なく、崩れ落ちた旧時代のビル群は、片付けられる事も無く野晒しに遭う。


挙句の果てに砂埃を撒き散らす瓦礫の中に屋台や集落までもが築かれている始末である。人の生み出した洞窟集落の先には、蛇行しながら遥か地平線の彼方へと伸びる窪地がある。ここもまた、人々を釘付けにするスポットとして知られている。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.179 )
日時: 2016/12/22 23:46
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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旧時代には河があったであろう、深い砂と土の窪地には多くの人達が集い、鮮やかな刺繍を広げて、上に壺だとか古雑誌だとか、形容しがたい何かだとか…


その日暮らしの商人たちが、思い思いの品を陳列させている。この窪地にもまだまだ大きな穴が開いている場所がある。そこから糸を垂らして、大物を狙わんとする、太公望も数知れず。

シェルターの地下に在る、管理された鉄の水脈には海底に生きる生き物のような、独自の進化を遂げた魚や小動物が多く生きている。
味の善し悪しはまた別として、彼らの釣り上げる奇妙な形の生き物も、このバザーを訪れる冒険心を抱く者共の鉄の胃袋を唸し、バザーを少しでも延命させる要素の一つになっているそうだ。

私?私は遠慮しておくわよ。誰がこんなUMAなんか食べるものですか。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.180 )
日時: 2016/12/22 23:47
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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それを証明するかのように、一つの料亭が漂わせる、窪地で取れた魚介類を詰め込んだ、ブイヤベースのスープのスパイシーな香りが鼻腔を突き、多くの客を引き寄せている。

このバザーを訪れる客の多くが、この料亭に釣られて来たバックパッカーか、バザーで生計を立てているその日暮らしの連中だ。

ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン  

「おうおう、もうこんな時間かえ。いよいよ品替えとすっか。」

どこからか、重い金属の音が響き渡ってくる。黄金を叩いて作られた鐘の音だ。この鐘の響き渡らせる重い音は、バザーの人々に時を告げる指標として、愛され続けている。
鐘を鳴らした数で、今の時間を判断しているらしいけど、とても前時代的だと思うわ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.181 )
日時: 2016/12/22 23:47
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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デジタル時計だとか、携帯通信機でも使えば一目で時間が分かるのに。きっと仕事に精を入れ過ぎて、時間の経過なんか気にしていられないのね

「申し訳ねぇなぁ、うちは絵ぇー、は午前で終わりなんだ。午後の部はよ、骨とう品を売るって決めてるんでな、申し訳ねえなぁ。とりやーずよ、他の品も見てかねえか?」

愛想が良い老店主が、古い絵画を眺めていた私を引き留めようと色々と熱弁しているけど、何だか要件も無いのに長々と居座っているのも申し訳ないので、一礼をするとそそくさと立ち退いた。

そんな事より蓮子はどこに行ったのかしら?せっかく北斎の絵を落札する事が出来たろいうのに…。またあの屋台で何かお惣菜(ケバブ)でも買って齧り付いてるのかしら?

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.182 )
日時: 2016/12/22 23:49
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

どことも接点を持たなくなった、巨大な架橋は、地上にその巨大な影を落としている。切断された幾本ものケーブルを、頻りに真っ直ぐに伸びる、スリムな足に打ち付けている。

スリムってのは細さの問題で、ペンキも剥がれ落ちて、この橋もいつ倒壊するか分からないんだけどね。建前と本音を区切る罫線は果てしなく細いのよ。

かつてこの橋は東京のシンボルで、レインボーブリッジと呼ばれていたそうだ。旧東京の崩壊の後に、全く同じものがここ、新東京にも置かれたという。此処まで来たら執念ね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.183 )
日時: 2016/12/22 23:49
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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さっきから響いてくる鐘の正体が判ったわ。架橋の上に築かれた見張り台で、時報係がデジタル時計を眺めながら、ゴーン、ゴーンと黄金色の鐘を衝いているの。

でも、時間を伝えるのに、何か時間を知る手段を用いているなんて、とても滑稽ね。

「蓮子!北斎の描いた絵を市場で見つけたのよ、これは紛れも無く本物の神々の映像よ!」

蓮子は私の買ってきた「神々の世界の映像の写し」をまじまじを見ている。呆れ果てているような表情。馬鹿にしているかのような口元。 

その後、この場に残ったものは、深い溜息と、後悔だけである事は言うまでもないだろう。

「偽物に決まってるじゃない!冷静になりなさいよ。大法螺を吹いているのよ。こんな物にはした金を投げ出すくらいなら、私に美味しくもない合成ケーキを奢るなりなんなりでいいんじゃないかしら?」

しかしながら、一杯喰わされたわ。水を得た魚どころか、水を得た人魚ね。ここだからこそ法の目を逃れて好き勝手出来るのは分かっているわ。現存していたなら国宝レベルだってのに…。 

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.184 )
日時: 2016/12/22 23:51
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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行き場のない怒りをぶつけるべくして、私は騒がしい昼の青空市場に舞い戻ったが、残念なことにその「愛想のいい老店主」を発見する事は出来なかった。

**
土瀝青アスファルトで固められた、地霊の罪も、疾うの昔に時効を迎え、気の遠くなる程に長い年月の経過を物語らせるかの如く、亀裂の稲妻が狭い石の道の中を縦横無尽に迸っている。

誰かがハンマーを振り下ろしたかのように抉れていたり、丁寧に細工された道が一部だけ、崩潰している箇所も屡々見受けられるが、旧時代の凝られた外装に、目を留める者は居ない。

この大地に付けられた傷を修復しようとする者は、一人たりとも居やしないのだ。アスファルトだけに、Ass&Falt(糞みたいな価値しか持ち合わせていない)とでも言いたげだ。どっちがアスホールなのよ。自分の街を守る事も出来ない人間に、世界を任せてはいられないわ。と蓮子はなんだか太太しく呟いている。

道を修復しない事に美的センスを求めているのかは分からないけど、卑陋な価値観しか持ち合わせていないのだとしたら、なんだか納得だわ。どこかこの都に生きる人々って、田舎っぽいのよね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.185 )
日時: 2016/12/22 23:58
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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**
私達は、爺臭い市場を離れ、全面ガラス張りの高級ショッピングモールの中を散策しながら、表の風景を眺めていた。葉っぱもなく、茎と赤い花弁だけの奇妙な花が、道を覆っている。
ここは新・東京の中心、卯東京の筈だ。房総半島に築かれた、若人共が騒ぎ立て、夜も眠らぬ街の筈なのだ。だが、嘗ての東京も、こんなにも気味の悪い植物が生い茂る程に荒れ果てていたというのかしら?

私は何時も言うけども、このヒガンバナって不気味な植物を見てると、気持ちが悪くなるのよね。何と言うか、平常心を保てなくなるというか、恐ろしいと言うか・・・

でも、季節外れだって言うのになんでこんな街の中心に咲き乱れているのかしら?

シェルター専属の環境整備士の怠慢?それとも計器の故障?湿度も温度も気候もこんなんじゃ、真夏じゃないの。もう季節は秋だというのに、誰もこれを可笑しいと思わないのかしら?

あッ、若しかしてこれが鍵なのかしら?彼岸花は境界の狂いと共に零れ落ちる華って私は推測したわ。死の世界との接点が近くに或る場所に咲くって聞くしね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.186 )
日時: 2016/12/22 23:59
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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でも、蓮台野の時とは違う。異世界との接点がこの都市を覆っていると言うよりかは、東京って単語が、この罅割れた街並みが異世界とのゲートになっている気がするのよね。

「瓦礫や罅割れは直ぐに考えれば判る事よ。単に旧市街の回収に手を回すくらいなら、首都の京都の開発に勤しんだ方が良いってことでしょうね。まぁそれどころか、彼岸花が咲き乱れるまで結界まで杜撰に扱って…東京の氏神様が大激怒していらっしゃるわ」

これでも、旧時代の東京程、騒音に悩まされると言う事はない。

何故なら、この街を今時、自動車やモーターバイクなんて古風な乗り物で散策する者は居ないからだ。あんな環境にも、身体にも悪影響を及ぼすような乗り物に、この時代お厄介になる者は少ない。
居たとしても大金持ちのVIP様の観賞用だとか、旧時代博物館の展示品くらいでしか無いわ。そんな大層な価値も持ち合わせていないわ。維持費の方がコストが掛かる事だし。

この国から、人口の減少と共に、自動車という前時代的な乗り物も減り、代わりに空中を移動する乗り物や徒歩が移動手段として注目され出した。

どんなにも道が悪路へと姿を変えようと、ここは首都ほど栄えていない以上、不便な事は特に無かったのだ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.187 )
日時: 2016/12/22 23:59
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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***
「そういえばさ、 冥界参りに行くのよね?」
メリーは私に頻りに冥界の話を持ち掛ける。またもう一度冥界にダイヴしようと考えていたのなら、どこまでも嬉しい限りよ。あそこは衛星よりも、神々の世界よりも危険な分子は少なそうだからね。自然と爽快な気分になってくるし、私も賛成。

「卯東京は、京都に負けず劣らずの霊都だから、メリーと一緒に観光するとなればきっと楽しくなるだろうね。結界を暴き放題よ・・。あんまり暴いたら将門公とかが目覚めたりするかもしれないけど…」

「あはははは、私は平清盛派だから毘沙門天でも召喚してその異変を食い止めるわよ」

蓮子とメリーは互いに、東京が封じている悪魔だとか、怪異に関しての妄想を交し合っている。ここが本当の東京なら、もっともっと二人を熱狂させる恐怖が根底に埋まっていたというのにね。

時代に取り残されたかのように、無駄に派手な衣装で身を包む若者達が街を行き交い、グループを為している。

その派閥毎に独自のルールを形成して、粋がっている姿が観光の対象として発展し、この東京と言う古き都の長所として確立しつつあるのだ。東京は、町奴や旗本奴、火消しが暴れる江戸の町の様な、遥か昔の幻想的な姿を取り戻しつつある。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.188 )
日時: 2016/12/23 00:00
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「京都と違って、東京は新と名前に付いてはいるけど、どこまでも田舎だから、懐かしい物が沢山あるのよ。」

「例えば閉塞感に満ちた、狭くて高いビルの中にあるテーマパークだとか、超大型の空を貫くように聳え立つショッピングモールだとか。首都の京都にもこんな娯楽施設はまず無いわよ」
どこまでも良いわねぇ。私の港町には、そんな賑やかな建物も、アミューズメントもありはしなかったわ。カモメの歌声と、近くのお店のお婆ちゃんの掛け声が、私を、アテラン(傭兵学校)の同僚達を支えていたようなもんだし。

あーあ、あのパン屋さんのほかほかに焼けたパンの匂い。漂ってくる磯の香り。そして過酷な闘いを経験してきたという、ゲイツ先生の校舎全体に響き渡るような怒号も全てが懐かしいわ。機械都市に囚わせているのも何だし、蓮子をアルティハイトの港町に連れて行ってあげたいなぁ。

祖母が行方不明になって、それっきりあの街には帰っていないわ。ゲイツ先生もどうか元気にしていて欲しいものだ。

「洗練されていない、それでも私の故郷に比べたらどこまでも賑やかね。娯楽がまだ残っているのね」

「まぁ、その辺、京都は厳しいって言うか、職務に特化しているからねぇ。娯楽と言えば新茶道や旧市街くらいとかしかないしねぇ」

でも、お茶は好きねえ。茶室の密室さ加減も、煎茶特有の茶葉の味を引き立ててくれる、妙な渋さも、私を十分満足させてくれると思うわ。私は狭い部屋が好きだから。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.189 )
日時: 2016/12/23 00:00
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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卯東京にはその昔、食に関するアトラクションが流行った時代があってね、その歴史を準えて、食を題材とした巨大テーマパーク「黄昏酒場」が近年になって建設されたのよ。このテーマパークの発案者は一人の胡散臭い老人だったそうだけども、その規模は、大都市卯東京の4割程を締める、本格的なレジャー施設なのよ。いくらなんでも大規模すぎない?とは思うんだけど。

この経営者の爺さん曰く、30年に渡る資源抗争の最中、この施設を発案したそうだけど、その理由は… えーっと、なんだっけ。黄昏酒場のパーフェクトガイド、隅から隅まで読んだのにね。うろ覚えなのよね。殆ど。

戦争の惨禍から世界を立ち直らせ、人々に再び笑顔を届ける為に…だったかしら。まぁ、旧時代でいうところのミシュランシステムの再現か、世界中で美味しいと評判が絶えないお店を集結させて、施設の中に店を設けただけという、何とも風情の無いテーマパークなんだけど、それでも卯東京の人間や日本中の人々にとっては景気付けになったみたい。

一時は卯東京行きの列車に無数の列が出来る程の大好評だったそうよ。そんでもって合成食品や本当に美味しくない料理は提供しないっていうんだから、見ものよね。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.190 )
日時: 2016/12/23 00:01
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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そういえば、東京には、江戸時代ぐらいから、闘食会…呼ばれた死をも恐れない食の大会があったわ。飯を食らう事を、もう一つの闘いと形容しているの。

日本人は食への探求心が深くてね、ナマコだとかタコだとか、ウニだとか、他の国々の人が食べそうにない物まで好んで食べてるのよ。

このことを考えると、現代の東京で食のテーマパークが流行るのも当然の事よね。

まぁ、流石にプリン状のミュータントのホワイトムースや、鋼鉄魚の肝なんか変なものも提供されるらしいけど、そんなとても食べられそうにないものを食べようとする鉄の胃袋を持つチャレンジャーの存在も、やっぱり大きいんじゃないかしら。

江戸の血を、断片的にも引いている、新しい房総半島の街。其処には、嘗ての江戸以上の活気が取り戻されつつあった。少なくとも、此処は形ばかりの東京では無いと願いたい。

古い情報や映像でしか見た事の無い、大災害を乗り越えて、人々の絆と悲しみによって栄え、生まれた歓喜の街、卯東京に近付くにつれて、メリーの落ち込んでいた気持ちは、ますます高揚していった。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.191 )
日時: 2016/12/23 00:01
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「蓮子の話を聞いていたら、なんだか楽しみになってきたわ。東京が…東京もなんだか、旧時代のイカれた都市って感じじゃないみたいで、楽しみね」

東京に関してありもしないことを考えているみたいだけど、そこまで狂ってはいないし、皆憂さ晴らしに騒ぎを起こしているだけで、根はいい人しかいないわ。

「そりゃ私の弁だもの。でもね、京都に比べると、どこかやっぱり、精神的にも、技術的にも未熟で未発展な都市って感じは否めないわよね。
ま。たまには自棄になるのも良いじゃない、ちょうど東京ってのは結界の切れ目もほったらかしのままで荒れ放題だしね。旧時代から、千年以上も霊的研究を続けてきた京都とは大違いだから」

京都と東京の差は、この千年近くで再び大きく開いてしまった。神亀の大災害を経てしなければ、東京は未だに優位のままだった事だろう。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.192 )
日時: 2016/12/23 00:02
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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しかし、ここまでにも大規模な改修が行われる事も、文明の進歩が著しく進む事もなかっただろうに。奇しくも、東京の消滅は、世界の進展へと直結していたのだ。

「ま、まぁ。確かに由緒ある名前なんだもの。東京の名前を大事にして欲しいわよね。本当の東京では無くても、こんな形で生かすのはどうかと思うわ。」

「そういえばもう、このつまらない映像もスタッフロールを迎えたようよ。こんな風情を感じないものにまで作者の権利を主張しようとするのねぇ。歌川広重の風景の模倣に過ぎないのに。」

カレイドスクリーンに、イタリック文字で製作者や企業の名前が次々と浮かび上がってくる。

53分間、カレイドスクリーンの上を頻りに流された、最新のCG技術で作られた映像が、終わりを迎えようとしていた。

本来、景色には誰の著作物である、だれが撮影した、なんていう野暮な考え方は無いはずだ。更に言うと、この映像は彼らが見たものでも、想像しているものとは違って、広重が見たであろう東海道をモデルにしている。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.193 )
日時: 2016/12/23 00:03
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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確かに、制作者の好みに合わせてアレンジはされているだろうけど…

それでも、加工をした、CGを作った、モデルにした、ただのだけで、すべてを未来人であり崇高たる自分が作ったのだ、この世界はすべてが自分の物だと主張している。

乗客の多くが皆、本物の景色ではないかと思って見ていた立体的で精巧に作られた風景に、映像の製作者の名前が浮かんでは消え、消えては浮かんでいる。

風景の真ん中に
『Designed by Utagawa Hiroshige
  Presented by EVAC Industry, Cactus company 』 と言う文章が浮かんだのを最後に、世界は闇に閉ざされた。

ハイダイナミックレンジの美しい映像も、極めて日本的な情景も、本物の空の色には敵わないと思うわ。

でも、こんな現実よりも非現実の方が劣っている、だなんていう前時代的な認識を持つ人間は、もはや私たち以外に、ひとりたりとも居やしないだろう。

ヴァーチャルの感覚は、リアルより人間の感覚を刺激する。本物の幻想を知らない人々は本物の幻想よりも、手にとれる幻想を優先して、本物の幻想であると自己完結し出したのだ。

Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.194 )
日時: 2016/12/23 00:03
名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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夢と現は区別出来ない様に、人間と胡蝶は区別出来ない様に、そして、幽霊と亡霊の区別ができないように。言うまでもなく、ヴァーチャルこそが人間の本質なのだ。じきに、人間は本物の幻想と、偽りの幻想を区別する事すら出来なくなることだろう。

そんな、嘘と本当のボーダーが無くなってしまった世界に私達は、何を見る事だろう。嘘は、現実以上に誰かを果たして、本当に満足させられるのだろうか。


槐安の夢から、いざ、解き放たれた時、目の前に魂で構成された幻惑の蝶が舞っていれば、それを貴方は夢の続きと見るだろうか。


私はそんなボーダーの取り払われた、人々がもっと貧しい心を持ち合わせるようになった未来に警鐘を鳴らしている。








  身は華と与に落ちぬれども

         

            心は香と将に飛ぶ



  空海  ( 774 - 834 )





53分間の他愛の無い会話の続きをする為に、二人は重い腰を上げて、卯酉東海道を後にした。


ガラス張りのチューブに、二人の笑い声と自慢話が木霊する。当分、彼女らの世界の果てを掴むような雑談は止むことはないだろう。