二次創作小説(紙ほか)
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.54 )
- 日時: 2016/12/08 16:35
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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粉々に砕け散った硝子と、辺り一面に舞い上がる鮮やかな胞子を目前に、私は涙を流していた。『ガッケソ 大学の物理学』に足を取られ、天井目がけて脆いアンティーク・ビーカーを放り投げてしまったのである。只、私は呆然としていた。貴重なサンプルを失ってしまった事と、現実を変える事の出来ぬ自分の無力さを嘆き、白黒の一松模様のタイルの上で、読みかけの散乱した書物に囲まれて、寝そべる事にした。
とうの昔に錆び切った、金属製の非常扉を叩く音が、狭い部室に響き渡る。重く、硬い鉄の扉に与えられた衝撃は、朽ちた扉に、自分の本来の価値を再び見出させた。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.55 )
- 日時: 2016/12/08 16:36
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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ノックされる為に居たのだ、と言いたげに、鉄の扉は、とことん高い音色を規則正しく、部室中に響かせてくれた。何か地球が引っ繰り返るような珍しい話でも耳にし無い限り、開く事の無い重しを瞼から退かして貰ったような気分だったわね。
快眠と懺悔の時間を邪魔されて、まぁ憤りの感情も無かったと言ったら嘘になる。少しばかり好奇心もあったものだ。
この甲高い音を部室に響き渡らせたデカブツは、趣味のフィールドワークと地質調査の最中、ふと出土した旧時代の産物である、古い扉だ。半分部室の扉として用いられているのだが、普段はこのドアーを引く事は無いので(基本、壁の下の扉から出入りしている)安置されているのか、部屋の扉として拵えているのか微妙なところだ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.56 )
- 日時: 2016/12/08 16:38
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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私は旧時代のアイテムを蒐集するのが昔っから好きで、これもそのひとつである。他にも水を飲む硝子細工の鳥だとか、小さなタブレット端末だとか、手を翳しただけで音を鳴らす霊気琴とか、色々此処には在る。
卯東京にある実家に帰れば、もっともっと珍しい彫刻とかも、いっぱいあったんだけどね。まぁ、こんな状況にもなってしまったら、帰ろうにも帰れないんだが。
少しでも力を加えられれば、扉全体に塗装されているもの、ガタが来て固形と化したペンキが削げ落ち、凹凸の激しい扉を痛めつける事となる。
現に、さっきの衝撃で精巧な鉄の細工が崩れ落ちてしまった。あいつも少しくらい力加減って物を考えられないのか、と今なら思えるものだ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.57 )
- 日時: 2017/01/13 21:29
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: IGUMQS4O)
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「立ち入り禁止」の文字のレリーフのうちの、「入」が崩れ落ちた所で、激しいノックの音は収まり、
カクタスサカサウオとスイセイシュウソウサボテンを飼育する水槽の立てるモーター音とアメリカン・」クラッカァの規則性のある甲高い音以外は無音の環境へと戻った。
直ぐさま私は半壊の金属の扉に駆け寄ると、恐る恐る、重い扉を左にスライドした。
私の目に真っ先に飛び込んできたのは、まるで仏蘭西人形のような透き通った瞳を持ち、生絹の糸であしらえた様なブロンドの髪を携え、鉋で削った白樺の木目のような、美しい肌を誇った、異国の少女であった。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.58 )
- 日時: 2016/12/08 16:40
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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古代の蚊を封じ込めた琥珀、撫でると記憶を引き出す石に、近寄ると被写体が揺らめく写真。キマイラを模した人工のミイラ、巨大なツボの中に有毒の毒液を湛えた巨大靭蔓、万華鏡のように絵柄が推移していく額縁。
数平米の部室の中に。様々なジャンルの私物が雑に設置されている。どれも、奇妙な事に変わりは無い。決して相容れる事の無い存在が、そこには並んでいる。
決して相容れる事のない筈の者達が肩を並べる事で、一つの絵になっている。不可解な物が不可解な物に価値を与えているこの光景を何か四字熟語で喩えられるのならば、「和洋折衷」って言葉を授けてやりたい。混在は混沌に在らず、調和に在る。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.59 )
- 日時: 2016/12/08 16:41
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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多種多様な幻想で満たされたこの数坪の部屋は、まるで宇宙の縮図とも形容できよう。
しかしながらそんなグッズでありながらも、その時、その瞬間の私にとってはどうでもいい対象物でしか無かった。
〜〜〜〜〜〜
秘封倶楽部、いや、私という人間にとって、初めての客人であった彼女は、超然とした部室の中で、最も輝く要素に成り果てていたのだ。私は物ではない、一人の人間に初めて恋をした。
恋と言っても、贈り物をして親交を深めるだとか、性的欲求を擦り付ける対象だとか、そういう対象物として観ているのではない。ただ、彼女と感情を分かち合いたい。彼女の考えを理解したい。彼女の観る世界を私も観てみたい。
今までずっとずっと、一人で生きてきた私にとって、彼女は研究の対象としてうってつけの存在だった。故に、物以外を、「希望を持てる存在」リストに追加する事としたのである。
恋ってのは没頭する程、何かを解析して、研究してみたくなること…って訳ではないのかしら?何はともあれ、急に人形みたいな客人が来たんだもの。吃驚ね。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.60 )
- 日時: 2016/12/08 16:43
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「へぇ。それで?」 私にとっての初めての客人は、その日を機に部室に居座り、私たちは半分がホラの武勇伝だとか飾られたサンプルに関する逸話だとか、他愛も無い雑談をするようになった。
私にとって、他人とのコミュニケーションをは常に新鮮味を浴びていて面白い。疑念を抱かれ、罵詈讒謗を叩き付けられる事もしばしばあった。
私が懸念していたのはこれなのだ。深秘を暴く事が、社会にとって何の悪徳になるのか?疑問でしかなかった。先祖代々、数百年、千幾年もの間、今までずっと一人で活動してきた私達は、社会から疎まれ続けていた。
超常現象や、オカルティックな思想は、常に社会から排斥され続け、時に旧時代で言うところの『中世の魔女狩りヘクセンフェアフォルグン)』のような不当な手段で裁かれたりしたという。私が公の場に再びその名を露見させたせいで、命を狙われる様な事態に直面したのかと頭を抱えていたのだが、彼女が単なる客人だったと知り、拍子抜けしたが、少しばかりの困惑もあった。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.61 )
- 日時: 2016/12/08 16:44
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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が、その僅かな困惑も、孤独だった私を満足させるには十分過ぎた。
1人じゃない。それだけで私は安堵していた、私を必要とする者がまだ居るなんて。
私の活動が阻害されてもいいから、彼女を引き込まなければといった使命感と、彼女の志が私の求める未来と同じだった。
それだけの理由で、私は秘封倶楽部に彼女を招き入れた。彼女の対応や、私達への偏見なんか気にしなくていい、と初めて思えたんだ。
秘封倶楽部にとっても、私にとっても、前代未聞の異例の出来事だ。
「世の中の解決された謎が増えるなら、それでいい」
私は、その日からの毎日の出来事を、初代の遺した一冊の分厚い紙束に綴ることにした。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.62 )
- 日時: 2016/12/08 16:54
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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厚い紙束は長い時を経てきた事を物語るように、激しく傷んでいる。経年の劣化で黄土の染みと砂埃、黴で覆われ、玩具を突き立てなくても、親指の先を強く押し付けただけで、敗れ去ってしまいそうな、見るからに脆弱そうな、ボロ・ノートだ。
情けない姿を私の眼に映していながら、決して破れず、身に染みたインクを長い間焼き付けておくので、見た目に反して逞しい奴と言わざるを得ないのだが。ノートの最後尾に私は意味もなく、Dr.latency's Freak Report.と筆を走らせた。
最新の科学技術で現世に蘇った瑙曼象の牙を彫り、遺伝子操作で生み出された、信州白馬の体毛を筆先に用いた、筆先がインクで固まることのない、特注品の筆と、染みだらけの古い紙束。何の関係も無い筈なのに、古い物と新しい物で、妙な親和性がある。
今尚、この筆と古紙達は、私の生産活動を担う重要な働き手であり続けている。
彼ら魂を秘めた道具達の死は、私にとっての創作活動の終わりであり、物語の終わりを意味するものとも言いたい。道具とて、私達の持ち合わせている命と似通った、道具魂を秘めていることを願っている。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.63 )
- 日時: 2016/12/08 16:55
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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重々しい音を背に、機械仕掛けの宙を駆ける船が影を落とし、大地から光を奪っていく。
シェルターの中を縦横無尽に駆け巡る鉄屑の船も、此処から見れば只の扁平仙人掌だ。
巨大な穴の上に、高架の街が築かれている。街の上に街が生まれ、幾層ものエリアがこの酉京都の中心部だけにでも在る。下の層に下って行くにつれ、上層部と比べて人が少ない。恩恵を受けられるのは上層部か、偽りのお天道様の輝きが届く範囲の連中くらいだ。
普段私達が散策しているのは、そんな素敵な空間では無い。深い穴の遥か底、鉄骨がむき出しになり、崩れ落ちて格子状に姿を変えた旧時代の街の残骸に、只でさえ殆ど届かない光を遮られた秘密の楽園が在る。楽園と云っても私達だけの楽園だ。大抵の頭のお高い連中は此処を最底辺と蔑む事だろうが、私達の知った事では無い。
私達が「楽園」と呼ぶ、鬱蒼とした血の気の無い旧市街は、歴史の流れから置き去りにされて、ただ、時を忘れて在り続ける。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.64 )
- 日時: 2016/12/08 16:56
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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ここは死界、世界に見捨てられた地だ。腐臭と、憎悪と、悲しみと、僅かばかりの衝動と怒りに満ちた世界にも、奇跡の花の芽は、しっかりと芽生えていた。
死界の裏路地の、取り分け目立たない場所に、荒れ果てた旧時代人の墓所がある。
墓地の一つに、東深見の文字の刻まれた標識と、文字の消えかかった木製の看板が、無造作に立て掛けられている。それだけなら誰の墓かも分からぬ、単なる無縁仏に過ぎない。
だが、いつも墓には、百合の一花が手向けられている。誰が置いた物かは知らない。
知ろうとも思わない。純白の百合は、決して枯れる事なく、いつもそこにある。
誰かに取り替えられたのなら、頻繁に墓を訪れる私が見ていても可笑しくはないが、こんな街の裂け目の窪地に、巣食っている物好きは、借金取りから逃れようと穴に身を投げた多重債務者か、上層部の怒りに触れて市民権を剥奪された者か、それとも何か妙な事を企てている者くらいか。余り、私達以外の物好きは近付きたがらない、正に「死界」で或る。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.65 )
- 日時: 2016/12/08 16:56
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
- プロフ: http://www.pixiv.net/member_illust.php
墓標に刻まれた銘の刻印は、千年の長い契約を見事に完遂し、仕事なき今、この世から消え去ってしまいそうな、強い儚さを醸し出している。
でも、今なら百合を誰が手向けたのか、分かる気がする。彼女が、何で私の世界に足を踏み入れたかも分かる気がする。
全てはいにしえの盟約に基いて。不確かな約定と淡い歴史の笛の音に導かれて、私達二人は、
顔を合わせる事はなくても、話を掛ける事がなかれど、既に古い墓所で、『花』を通じて邂逅していたんだと思う。宇佐見の名前は、時代を超えて二人の家系の記憶に焼き付いていたのかもしれない。