二次創作小説(紙ほか)
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.66 )
- 日時: 2016/12/08 16:57
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「弘川の史跡に行ってみない?」 大阪と言えば、旧時代の都の一つだった気がするけど、今は嘗て程の賑わいは見せていない。最近、巨大なレジャーランドが建設されて、注目を浴びている事を耳に挟んだけども、態々。旧都会のど真ん中にあるような、古ぼけた史跡なんか、今更訪れたところでどうだというのだろう。
卯東京のフードテーマパークのど真ん中に聳え立つバベルの塔(エテメンアンキ )にでも足を運んで、人が作り出した『ニセモノの幻想』でも嗜んでいたほうが、よっぽど秘密を暴いてる気になれるし、割に合ってるんじゃないの?と、私は彼女に悪態を付いた。
「旧河南町、中心部からは少し逸れている場所よ。少しはノスタルジックに浸れるんじゃないのかしら?それに、弘川の寺の跡地には歌人の西行法師を祀った蓮台野があるのよ」
数十年前の資源抗争で、世界中が死の炎で焼き尽くされ、世界は荒漠とした地で溢れ返っていた。
私達の住んでいた、酉京都の近郊も例外ではない。
絶え間ない攻撃に晒され、生き物の住んでいけない、死の砂漠が点在している。
多都道府県制度はとうの昔に撤廃され、神都制度が制定されたことによって、難民が次々となだれ込み、過密化が深刻な問題となっている。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.67 )
- 日時: 2016/12/08 16:58
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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一度は多くの動植物がこの不毛な戦争で絶滅に瀕し、人口も急速に減少していったのだが、巨大企業、カクタスカンパニーが原子力を凌駕する力、サボテンエネルギーを発見し、
科学技術は急速に発展を遂げた。
今となっては代表のエーリッヒ博士は、政治や経済にも介入を果たして、世界全体を掌握しているといっても同然である。
あの畜生め。美談ばかり語っておれど、目的の達成の為に仲間も、技術も、何もかもを闇に葬ってきている。顔の右全体を覆っている機械も、両手も、両足も、その血塗られた過去を物語っているんだと思う。
深緑の蔦が、人の影を落とすことがなくなった家々や、金属と人工石の残骸から垂れ下がり、風と共に靡いている。簾だとかカーテンだとか、或いは私のような変人は、柳と形容するか。人によりけりだ。
どこからともなく響いてくる蝙蝠の鳴き声や、蟲の音は、ここが人の住む世界で無い事を私達に感付かせようとしているのだろうが、寧ろオカルティズムに支配された、唯一無二の型破りな探究者からすりゃ、逆効果だと言ってやりたいところだ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.68 )
- 日時: 2016/12/08 16:58
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「メリー、蓮台野にある入り口を見に行かない?」気が変わった。私は検閲と規制のジャングルジムとなったインターネットのワールドビューワーで、暗黒の密林となった旧・河南町の墓所を眺めていると、奇妙な発光体を発見したのだ。懐中電灯の光か。
球電か、リンの炎か、UMAか、そんなことはどうでもいい。私を駆り立てたのは、墓でも豊かな自然でもなく、この光こそが死の世界から隔絶された、桃源郷のへのステップであると考えたのだ。私達の謎のひとつも、これが切っ掛けで解決されたなら、それはそれで好都合なんだ。
石灰のジャングルは、相当な年月の経過を物語っているかのように、本物の植物と妙なコンビネーションを果たし、ジャングルの合間の遺跡にその姿を変えている。ここは確かに、弘川寺があった地だ。嘗ては整備されていた路地も、人の影を落とす事なく、長い時を過ごしてきたからか、自然の気まぐれか、罅割れ、荒草の恰好の住処となっている。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.69 )
- 日時: 2016/12/08 16:59
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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古くに建てられた鉄の電燈も錆びて朽ち果て、小山の小川に掛かった枯木の橋の代わりと言ってはなんだが、自然が生み出した、非自然的な要素になっている。そんな擬似的な森の中に、蓮台野と、崩れ落ちた寺が佇んでいる。
墓はどれも苔蒸し、今にも自然体の石へと変わり果ててしまいそうだ。私たちは不自然に、自然と調和する事無く、在り続ける一つの墓に目を向けた。
「そう、間違いなくこれよ。」肌寒くなってきた秋の夜、凍えるような野山の中の一つの墓標に、私は目を向けた。現像した、霊魂を湛えた墓標と一致している。これこそ西行の墓だ。人々に忘れ去られた地で、西行は誰かの目に再び留まろうとしていたんだわ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.70 )
- 日時: 2016/12/08 16:59
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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***
「蓮台野の入り口って、何?蓮子。」
私は蓮台野に幻想への通用口があるだなんて聞いたこと無かったし、余りにも唐突だったから、それしか言えなかったって訳。
「まぁ、見てよ。」
蓮子は長い、長い關段の先に、桜に満ち溢れた建物が写った写真を差し出した。
まるで現生から隔離されたかのような佇まいの、巨大な寺院。冠雪と桜吹雪と、紅葉と、桃色の珍奇な文様の走る淡い青の土壌と、深い霧。ありとあらゆる季節が、写真の中に確かに納まっている。
ホログラム技術か何かで作られた精巧なCGか何かを映しているのかと思ったけども、予想を遥かに凌駕する、奇妙な回答が蓮子の口から発せられた。
「これが冥界よ。」 冥界?随分と仏教的な考えね。
私は士官学校に入るまで、基督の愚鈍な教えに従って長いこと生きてきたけども、煉獄も死後の世界も、まさか何かを媒体に記録できる時代がやってくるとはね。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.71 )
- 日時: 2016/12/08 17:01
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「蓮台野の入り口って、何?蓮子。」
私は蓮台野に幻想への通用口があるだなんて聞いたこと無かったし、余りにも唐突だったから、それしか言えなかったって訳。
「まぁ、見てよ。」
蓮子は長い、長い關段の先に、桜に満ち溢れた建物が写った写真を差し出した。
まるで現生から隔離されたかのような佇まいの、巨大な寺院。冠雪と桜吹雪と、紅葉と、桃色の珍奇な文様の走る淡い青の土壌と、深い霧。ありとあらゆる季節が、写真の中に確かに納まっている。
ホログラム技術か何かで作られた精巧なCGか何かを映しているのかと思ったけども、予想を遥かに凌駕する、奇妙な回答が蓮子の口から発せられた。
「これが冥界よ。」 冥界?随分と仏教的な考えね。私は士官学校に入るまで、基督の愚鈍な教えに従って長いこと生きてきたけども、煉獄も死後の世界も、まさか何かを媒体に記録できる時代がやってくるとはね。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.72 )
- 日時: 2016/12/08 17:02
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「なに、メリー。あんた士官学校の卒業生だったの?」
驚くのも無理はない。まぁカクカクシカジカ、マルマルウシウシ、トゲトゲチクチク、竹本うじゃうじゃな成り行きで、入学させられただけである。
それもたったの数年間だけだし、高等教育の代わりって感じね。しかしなんとも、未来世紀の技術の進化には驚かされる。私は正直、本心では受け取れずにいた。でも、冥界の写真かぁ。
「しかしなんで冥界の写真なんかあるのよ。冥界って言ったら死後の世界への通過点でしょ?黄泉平坂か何かの近くにある仏閣で映画の撮影でもあったのかしら?」
私は、生まれつき物事の境界が見える。
UMA、テレパシーだとか、ESP者だとか、よくオカルト番組で何かにつけて放送されていたというが、今の時代そんな反社会的なオカルティックな思想は常に抹殺の対象にあった。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.73 )
- 日時: 2016/12/08 17:03
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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言わずもがな、私はオカルティックな思考や作品、果ては映像までに敏感になる性質があを兼ね備えているのだ。どうだ。すごいだろう。
創作話として、刈られる対象として放置しておくのは余りにも勿体無いものだと思わざるを得なかった。私は元はといえば、旧時代で言うところのアメリカって大国が存在した西の大陸にある、小さな港町、アルティハイトで、祖母と小さな教会を切り盛りして暮らしていた、単なる宗教愛好家である。
私には何かと不思議な能力が付いて回る。出来事の真偽だとか、隠された秘密だとか、人の心の裏側にある世界だとかが、目に焼き付くのだ。
第三の目、って大勢の人々は呼んでいる。変化と欺瞞に富まない港町に飽きた私は、大型客船、クイーン・セドナの貨物室に忍び込み、世界最大の大国であり、豊かさと希望の象徴とされる、この大和の国の門戸を叩き、何事も無く足を踏み入れた。
私にとって羨望の対象であったこの国も、裏を返せば大勢の人々を壺の底に残したまま、重い蓋を閉め、手柄を立てて成り上がらなければ階級の螺旋階段を登ることすら儘ならない、腐り切った管理体制に支配された、負のチーズケーキでしかないのかもしれない。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.74 )
- 日時: 2016/12/08 17:17
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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この世界をどれだけ探究したところで、理想郷はないのだ、と痛感させられた私は、死界の果てで、ただ茫然と祖国に帰る事もまま、放浪し続けていたんだ。
私は宙飛ぶ珠に誘われ、一つの墓標に辿り着いた。この珠は私の事を励まそうとしてくれたのね。でも、私は珠の幻影にも、この墓もその時は知らなかったのよ。只、この墓の主は世の中の秘密を暴こうとして志半ばで死んだんだと思う。
其れもその筈、『誰かの墓標』は、古い旧時代の産物を身に纏い、朽ち果てて只の褐色の無機物と姿を変えたマジックアイテムを周りに散乱させているんだもの。
変人じゃなきゃぁ、周りの無縁仏みたく何も捧げられていない筈よ。誰かが無造作に棄てたゴミにも見えないし。でも、この人は何故死界に適当に埋められているのだろう。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.75 )
- 日時: 2016/12/08 17:18
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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私を助けてくれたのは、今にも墓としての役割を完遂して、本来の巨岩としての役割に逆戻りしてしまいそうな、「Usami」と彫られた旧時代の墓標。ウサミは彼か、彼女か。
そんな、初めて訪れた墓に誰が事は埋まっているのか等、知る由もない。
私は少なくとも、何度も言うけどこの時点では宇佐見の名を知らなかったわ。でも、その時の私の第三の目には、確かに映っていたの。この「宇佐見」の雄姿がね。
走馬灯のように、万華鏡を回転させるように、それも、鮮明に脳裏を駆け巡ったわ。
旧時代の摩天楼を駆け抜ける、黒い帽子とルーン文字の刻まれたマントを纏った姿は、私の小さい頃から、胸の内に思い描き続けていた、私にとってのヒーロー。
汚れた風と心で満たされた世界からは、既に失われてしまった、最後の幻想。
「私は、貴方の遺志を継いで見せるわ。」
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.76 )
- 日時: 2016/12/08 17:19
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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墓石に、遥か高層のケーブル群から、鉄骨や基盤の氷柱から落ちてきた雫が滴った。
初夏の夕方、西の砂地から黄砂の風が吹き、薄い砂の霧で死界を覆った日の出来事である。
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蓮子と初めて会った時は吃驚したわ。
まさか、あれが蓮子の先代の墓だとは思わなかったわ。あんな所に祀られて、可哀想。近いうちに彼女の実家の方に墓を建て直してあげないとね。うーん、死界から墓を移転させようとしたらまぁ他の人達に怪しまれるかなぁ??まぁ大丈夫と信じたい所よ。
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「私には裏表ルートがあるのよ。メリー。忘れたの?私達の血筋の者達は、初代董子の教えに忠実に従い、世の中の森羅万象を解き明かすために暗躍してきた。この写真もまた、詳細が解明される事なく残された、我々にとっての七不思議のひとつなのよ」
どういうルートで手に入れたものか、さっぱり分からなかったけど、どうせ死界中に転がってる腐り果てた死骸の夢の世界にでもダイヴして、盗撮でもしてくれたのだろう。
夢の世界にダイヴすると言うならば、人の心に掛けられたロックを外して、覗き見る私の方が適任で、彼女にそんな能力があるとも到底思えはしないけど、彼女の武勇伝だとか体験談は、聞いていて私を飽きさせない、とても魅力的な至宝とでも形容できる。優れた話術がほしい。
「で、こっちの写真。山門の奥を見て。門の向こう側。明らかに顕界でしょ?」
蓮子が指差した場所には、夜の森の一角にある、一つの墓石が写っていた。
空気の色が違う。薄紫色の空気の立ち込めた、蠱惑的な冥界のヴィジョンに対して、確かにその大気は、異質であった。
溝に投げ込んだ銭のような色をした大気。私たちの世界の色が、ここまで汚らしい色だなんて…。思っていたよりも、ずっとずっと、腐敗している確たる証拠だ。私は山門は三門って漢字が正しいのよ。と言おうか迷っていた。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.77 )
- 日時: 2016/12/08 17:19
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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秘封倶楽部の裏の顔は、二人で世界中に点在する、張り巡らされた結界を暴くサークルだ。干渉先の異世界との均衡を崩す恐れがあるから、私達は過剰なアクションを控えてるんだが。私には、先述した通り、様々なものに掛けられた、結界の堺目が見える。何もしてなくても見えてしまう。見えてしまうんだから不可抗力だ。
例え自分の意思でなくても、結界の向こうへと足を伸ばしてしまえば、結果オーライだ。私の能力が、愈々秘匿され続けてきた裏の世界への架橋になるんだ。それだけで浮き浮きが止まらない。今にもこの薄暗い森の中でホップ、ステップ、ジャンプ、カールルイスと躍動してしまいそうな解放感と期待を墓に寄せていた。そう言えば、蓮子は「蓮台野の入り口」って言ってたわ。この写真から入り口の場所が分かったのかしら?
「簡単よ。ここに月と星が写っているのが見えるじゃない。それに、貴方よ?弘川寺の話を持ち掛けてきたのは。だから貴方には感謝しなければいけないわね。ここに何かが眠っている。西行の願いに導かれて、私達はまた一つ闇を暴き、淀んだ世界に注ぐ、光に変えてみせる!」
蓮子は星の光で今の時間が分かり、月を見ただけで今いる場所が分かるらしい。
蓮子はいつも私の眼の事を気持ち悪いって言うけど、蓮子の眼の方が気持ち悪いと思うわ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.78 )
- 日時: 2016/12/08 17:20
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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そんな他愛も無い事を考え込みながら、私たちは弘川の夢の跡に在る。倒壊して長い事経つ、詩人の祀られた、夢の跡だ。冬だと言うのに、このジャングルはどうも真夏のような湿り気を誇っている。冥界から流れ出る気流なのか、それとも森自体が侵入者を押し殺そうとしているのかは分からない。
けど、この異質な森の一角に、不自然にヒガンバナが咲き乱れる場所があった。ところで、ヒガンバナを私は気味が悪い植物だと思って止まない。死の世界へと誘わんとす、その不気味なフォルムは、私を怯えさせる要素でしかないのだ。
よりにもよって、この国では至る所でこの花を目にする。夏の終わり、この花を見る度、嫌悪感に襲われるので、私は蓮子に都度都度この花がある所を通る際は、目を抑えて貰っている。
「蓮台野で一番ヒガンバナが多く生えているお墓が入り口よ。」何故か突然そう言ってしまった。「あの花は煉獄への入り口で、私達は今、この世から離れようとしているの」
蓮子は、私の言葉なら合点が付く、間違いのないものだ、と信じて疑わない様子でいる。
人魂、崩れた寺院とコンクリートジャングル、季節外れのヒガンバナ達。
冥界は確かに、ここから繋がっているんだ。勝手に目的地にめぼしが付けられた。気味悪さに苛まれながら、私は異世界への来訪を心待ちにしている。木々の合間から毀れる月の光は、私達の物語の開幕を告げる、ほんの細やかなエールになっていたのかもしれないと、今は楽観視できる。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.79 )
- 日時: 2016/12/08 17:20
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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蓮子の言う通り、目的の墓石はこれだろうけど、ヒガンバナが咲き乱れている以外は、特に何か変わったことはない。
一見、只の苔生した岩石だ。徒労で私達の最初の冒険は終わってしまうのか。
深夜に何事も無かったかのように荒れ果てた街並みを覆う森から出てくれば、公安警察共の格好の餌食になることだろう。
私は獄中でのディナーだとか、冥界の原風景だとか、考える物事が不安定であり続けた。心が一か所に集中していない。まるで冥界の口に、心を吸い込まれているかのようにだ。私の感情は一人でにコサックダンスを踊っている。
そんな中、蓮子は何かと私をせかす。私の情緒が不安定でも、理想を抱いていても、お構いなしだ。私は彼女の言うまま、墓を弄ってみたり、卒塔婆を抜いてみたり、色々とやってみた。居もしない墓守に警戒をしてみたり、墓石を叩いた所で、何の変化も見当たらない。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.80 )
- 日時: 2016/12/08 17:21
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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そんな中、蓮子は何かと私をせかす。私の情緒が不安定でも、理想を抱いていても、お構いなしだ。私は彼女の言うまま、墓を弄ってみたり、卒塔婆を抜いてみたり、色々とやってみた。居もしない墓守に警戒をしてみたり、墓石を叩いた所で、何の変化も見当たらない。蓮子は空を見ながら、2時27分41秒、42秒と頻りに呟いている。兎に角気味が悪い。
結局、墓荒しの素振りをしているのは、私だけなのか。墓石を押す腕が重く、鈍い痛みが上腕を襲う。彼女は何分経っても、空と写真を交互に見返しているだけだ。青空鑑賞サークルに入会したのでは無い。
「2時30分ジャスト!」
墓石を4分の1回転させたその時。秋だというのに一面桜の世界が広がった。
桃色の霧と、甘い香りが森全体を包み込むと、私達は瞬く間に冥界へと旅立ってしまったのだ。確かにここは、現世では無い。
空は黄金色に輝き、關段は地の底に向かって果てしなく続いている。冥界が天界にあろうが、地獄の底にあろうが、私にとってはどうでも良い事だが、一瞬だけでも異世界へと羽を伸ばしている事は、私の人生に於いて最大の誇りであり、此れからも糧であり続けることだろう。
「どうやら成功らしいわね、私もこれで一家の名誉メンバーリストに名を刻む事になるのね!」
蓮子が大声で独り言を呟く中、私は旧時代の少年野球団の真似事のように、土を小瓶に閉じ込めてみたり、敷地の木に綯った、熟れた桃を口に運んでみたり、本能的に動いている。
「食べ物は現世の物ほど管理され尽くした訳でもない。私達は人の作った檻から解放されたのね。それだけで幸せだわ」
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.81 )
- 日時: 2016/12/08 17:21
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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粗悪な合成食料が市場に出回り、新鮮な食料が高額で取引されるようになった時代、生のフルーツを食べれる人間と言うのも僅か、一握りも居ないぐらいなのだ。旧時代人は低栄養高カロリーのスナック菓子や糖分と添加物の塊である、炭酸飲料を子供でも嗜んでいたというが、私達の文明では、健康への影響を重視した、無骨で当たりはずれのない、何の工夫もされていない食品が多い。
健康でなくなれば、職を失う。職を失えば、給与も市民権も失う。健康を破壊してまで美味しい物を食べたいのなら、高いコストを払わなければいけない、本来の価値観からの逆転体制が敷かれた。それ故、子供は空腹なら天狗の麦飯モドキの菌叢の塊でも口に運んで噛み砕いていれば、満足するようになってしまった。
「ところで、お墓を弄ったら夢みたいな世界に出てきちゃったけど、帰れる保証はあるの?」
蓮子は散策しながら何かボソボソと言っているけど、少しばかり心配しすぎなんじゃない?異世界のヴィジョンなら、よくよく頻繁に見るし、見たい時に見ればいい。出口も出てきて欲しい時に出てくるに決まってるわよ。
「この世界が夢か現の世界かなんて考えるまでもないって、いっつもいっつも言ってるじゃない。私にしてみれば、今貴方と話しているこの瞬間こそが、夢の世界なのかもしれないしね。今まで居た世界も十分汚らしい世界なんだし、休暇を楽しみましょうよ。」
「まぁまぁ、夢の世界の話はいくらでも聴いてあげるから落ち着いてよ、メリー。」
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.82 )
- 日時: 2016/12/08 17:22
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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蓮子は笑いながら、砂利の敷き詰められた冥界の寺院を走り回っている。苦しみにも、悲しみにも支配されない理想の世界に、私達は生きた体で存在している。これに地獄の閻魔様がどういった表情を見せるかは、未だ判らない。不鮮明な未来なんて、眺めなくていいと思う。
それくらい人々の心は貧窮しきっているのだ。喜びや楽しみを共有できる場は次々と安全面や健康面での配慮で撤廃される。
私達の心は、まるで旧時代の裕福な子供達に、童心に還ったように、潤された。仏教学的には、善徳を積み重ねれば死後、極楽浄土へ導かれると言うが、私達は生きながら冥界に居る。
ここが冥界だろうが、単なる隔離された異世界であろうと、そんな事は別にその時の私達にとっては、何の価値も持ち合わせてはいなかった。幸せを満喫できる。それだけで私達は十分満たされていたのだから。