二次創作小説(紙ほか)
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.93 )
- 日時: 2016/12/08 17:34
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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***
「ねぇ、トリフネが…もしかしたら、まだ生きているかも知れないの。あそこを奪還することが出来たなら、人類にとって大きな進歩になるでしょう」
「メリー、何言ってるの? いくら完璧な生態系が準備されていたとしても、政府の監視下から離れたアルカディアが、今なお生き長らえてるだなんて……」蓮子は幾らなんでも、人間の管轄下にない建造物が、そんな長期間生存していることが信じられないようである。
「……メリーがそういうって事は、何かあるんでしょ?まさか正体不明の異星人に支配されて、生き残りの作業員が人体改造にでも遭ってたりするのかしら?」
「さすがに、プロパゲーターは居ないけど、最近何かにつけて、”中”の様子が見えてくる。そして今にも息絶えてしまいそうな、掠れた幼い鳥の声が聞こえて、私を誘うの。あの地へ…」
トリフネは人類の制御を離れ、宇宙の遺跡となったと言われていたが、研究員が帰還したことや、最新のワールドエンジンの情報解析の結果、実は地球と月の星の海のど真ん中に築かれた、ラグランジュポイントにぽつんと浮かんでいると分かった。
万が一の事態を考え、何らかの事故が起き、制御不能になった場合でも、推進装置に異常がない場合、地球への落下防止と未来の回収を考えて、ラグランジュポイントに自動移動して制止する機構を備えていたのだ。
スペースコロニーの軍事利用だなんて、旧時代の漫画の演出的だけど、十分、人々が軍事力に抑圧されたこの時代だからこそ妙に説得力があった。
私達は、欲望の国の底、宇佐見の墓所の近辺にひっそりと佇む、苔生した小さな祠へと赴いた。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.94 )
- 日時: 2016/12/08 17:45
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「ここが鳥船神社?宙に浮かぶ大それた機械仕掛けの城とは似ても似つかない姿だけど」蓮子が何か戯言を抜かしているけど、そんな低俗な術は、私には届かないわ。
私は人差し指を左右に揺らして、右手で私の目をゆっくり塞ぐと、私の右手をとってこう囁いた。
「いい?今から私が貴方に見せるのは、本物のパラダイスよ。この前行った冥界の仏閣に引けを取らない、素敵な場所だから。きっと貴方も気に入ると思うわ・・・。」
胸の内に広がる闇の世界に、メリーの言葉は無数の鈍く輝く宝石を鏤めさせる。
気付けば二人の思い描く、ありったけの欲望が、銀河を織り成していた。 所々に人々の希望の副産物から生まれたデブリが舞う、物言わぬ星々の道を、私達は好き勝手に滑走する。
暫くすると、宇宙空間には相応しくない意匠を見受けられた。地上の部室のドアーだ。
心の昊に浮かぶ、重い部室の朽ちた扉は音も無く、一人でに開くと、現生から隔離され、人の柱を失いながらも存続し続ける、鉄の塊から幻想に溢れ返った緑と青の新星へと転生を遂げた、鳥の船へと、ゆっくりと私達を誘ってくれた。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.95 )
- 日時: 2016/12/08 17:50
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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美しくも、無秩序な緑の森。むせ返るような蒸気。遥か数百メートル上の天井には、CG技術で作られた、人工の空が映し出されている。
しかしこの異常な熱気は、何だろう。メインコンピューターの手から逃れ、空調システムが調子に乗っているとでもいうのか。彼方此方から湿った煙が立ち込める。
「わあ、これが衛星トリフネの内部なの?やけに蒸し暑いけど…白亜紀の世界にダイヴしちゃったみたいね」素敵でしょ?地上じゃこんな世界、映像くらいでしか見られないわ。冥界のヴィジョンと比べても劣らない、絢爛たる色彩に包まれた世界だわ。
「どこまでも、幻想的ね。隔離された楽園、かー」
蓮子とメリーは地上から38万km離れた楽園、衛星トリフネの中にいる。……とは言っても、勿論メリーの見せる、夢の中である。彼女の見せる異世界図は、どこまでも鮮明なのだ。彼女がたった一人で考えている世界とは思えず、見事に現と夢のボーダー感覚を鈍らせてくれる。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.96 )
- 日時: 2016/12/08 17:50
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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人工的な重力空間を優雅に、幻想的に舞うツノゼミの一種。構造色なのか、擬態色なのか。鮮やかで、毒々しい色をしたモルフォチョウの一種。
二人の足の間を走り抜ける小型の二足歩行爬虫類の群れ。異質だ。人の手の介入なく、放置された事によって生まれた奇跡だ。
辺り一面にシダ植物とソテツの森が広がっている。木々の間を、人の両手程の大きさがある巨大な蜻蛉が鈍い羽音を響かせながら、美しく滑空している。
中央部にある、亀甲状の細工の成されたドーム状の天蓋からは、輝きを失った故郷の星が見受けられる。淡いオレンジ色の大気が立ち込めている。金属の衛星の中に、三畳紀の地球が確かに存在していた。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.97 )
- 日時: 2016/12/08 17:52
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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絶えず水の流れる音はするが、川は見えない。縦横無尽に張り巡らされた、植物の根が川を覆ってしまったのだろう。
ジャングルとはこういう物だったのだろうか。 マエリベリー・ハーンの探検心をくすぐる。
目に映る光景は、余りに荘厳かつ、幻想的だった。「蓮子、やったわね!これが死の世界に生まれ落ちたオアシスよ!」
メリーは私に、奇跡を説き続ける。モーセが海を割ろうが、生存率0%のアスモデウス菌からワクチンなしで復帰しようが、奇跡なんてものは無い。
体内で自動生成される気まぐれの人生乱数分岐で、良いくじを引き当てただけだろう。何かが意図してあなたの運勢を好機に導いただなんて、非現実的だわ。
「まぁ、冥界に足を運んだり、衛星に問びこんだり、十分私達も科学のサークルから逸脱してるんじゃない?」私の思考はそんなに単純なのかしら?
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.98 )
- 日時: 2016/12/08 17:53
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「まぁ、冥界に足を運んだり、衛星に問びこんだり、十分私達も科学のサークルから逸脱してるんじゃない?」
私の思考はそんなに単純なのかしら?
生命力の高い個体ばかり積んだからだろうか、人為的に遺伝子組み換えやプログラムをされた結果だろうか、人類の管理から解放された動植物は枯れること無く成長を続けていた。
天蓋の外は有害な太陽風吹き荒れる無の世界。そこに漂う宇宙船の中は、緑の閉鎖楽園。
余りの異様な光景にマエリベリーは瘋癲病にかかったかの様に辺りを探索した。彼女は楽園と言う言葉を耳にしたときと、情報を蒐集している際には、やけに落ち着きがなくなるのだ。
だが、そんないつもの彼女なんか、比較の対象にならないくらい、落ち着きが無い。地上とは異なる安定しない重力感覚がそうさせたのかも知れない。
死の世界から逃れたことが、彼女のバッテリーを充填したのやも知れない。全ては彼女しか知らない。
私はボロ・ノートに衛星内に生まれた偽りの奇跡を、不貞腐れながらも刻み込んだ。「はいはい、奇跡奇跡…奇跡の衛星ですよ。」
暫く探索していると、白い焼き石のタイルが、森の中の蔦が密集した場所へとカーブを描くように伸びているのを発見した。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.99 )
- 日時: 2016/12/08 17:55
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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タイルの街道だけが、根と赤土に覆われずに地面から露出しているのだ。死に行く者どもの夢を運び、死の海を我が物顔で漂流する瓢箪島は、現世と隔絶されながらも、欲望に溢れ返った冒険者を求め続けている。
その血で金属の星を潤そうと、大きな口を、誰にも見られることなく、開きながら…
注意深く、白いタイルの敷き詰められた大地を踏みしめ、異形の森へとその足を向ける。
シダとソテツ、垂れ下がった蛇の蔓の織り成すパラダイスの一角に、一際違和感のある意匠を発見した。二本の柱に木を渡したもの…鳥居である。
朽ち果て横たわった鳥居は、嘗ては鮮やかな紅色の塗料でコーティングされていたことだろう。今は見る影もなく、無残にも菌類と植物の温床に成り果てていた。
「私、この鳥居、好きよ。夢を視るたびに、何度もこの鳥居の元に足を運ぶんだけど…所詮科学も科学と宗教の発展で産み落とされたものに過ぎないのかしら。いくら科学が進展しようとも、最後は神頼みだなんて、滑稽だわ」
得意げに語るメリーを嘲笑してか、制止させる為か、蓮子は答えようのない質問を挟み入れる。
「ところで、何で宇宙ステーションに鳥居があるのかしら?」
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.100 )
- 日時: 2016/12/08 17:56
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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ところで、何で宇宙ステーションに鳥居があるのかしら?」
衛星トリフネには天鳥船神社が建てられていた。
衛星の運営が好転する為だとか、無事故の為に祀られているとされている。もしかしたら、ヘブライ創世記における大洪水の際に、地球上のありとあらゆる生物を乗せて飛んだという、ノアの方舟のイメージもあるのかも知れない。
この衛星が再び権力者に回収されようものなら、地上は力を持つ者が引き起こした波に打樋しがられ、血の気のない死の星へと浄化されることだろう。
エデンの園のプロトタイプとして建設された不可侵の要塞は、力の渇望に襲われる権力者を嘲笑うように、そして人類を見離すかのように、暴走を引き起こして流れていった。
この楽園に足を踏み入れたのは私達が最初で最後になることを願って、銀色の天蓋に映る黒い星に、二人は祈りを捧げた。
二人は結界の向こう側を見つけては遊んでいる。冥界へのゲートを暴いたときから、蓮子はメリーには妙な力があると信じてならなかった。これはほんとに、一人の夢なのかしら?
「ここに在る動植物は恐らく殆ど、宇宙の環境に作用されて生み出された亜種ね。研究員の自己満足の実験で生まれた産物かもしれないけど(笑)
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.101 )
- 日時: 2016/12/08 17:57
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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地上で売り捌いたりすればとんでもない額で売れるかも、かしらねぇ…」私はすかさず何の意味もない突っ込みを叩き込んだ。「でもでも、このぐらい適応力が高いと、逆に地上には持って行けないかも知れないわよ」研究者的な視点で何を私を見ているのか、と蓮子があーだこーだと述べているけど、私の関心を揺らす訳でも無い。
「理系の人間ってのはみんなそうよ。傲慢なの…ん? 何の音?」
何処からか低いうなり声が聞こえてくる。横たわる鳥居を前足の爪で叩き割り、木々を薙ぎ倒して進む。衛星中で生き物達の悲鳴と、機械のエラー音が響き渡った。目の前に立ちはだかる、巨大な未知の生物。
尾は仕切りに襟巻を揺り動かし、舌をむき出しにして威嚇する。山羊の頭、獅子の頭、鷲の頭を抱え、四本の強靭な足は、爬虫類的な要素も、哺乳類的な要素も、両生類的な要素も持ち合わせている。おまけに、小さくも強く揺れ動く、蝙蝠のような翼をも持ち併せている。どこまでも完璧な生き物だ。
三つの頭は鋭い眼差しで私達を睨み付け、咆哮を上げる。地球のどこでも見たこともない、異形の獣が私達の前に姿を現した。
地球に存在する物に例えるのなら、マンティコアだとか、鵺だとか、キマイラだとかって呼ばれている生き物だ。
「ちょっと、アレって!?まさか衛星に隔離されていた怪物…!?」
「うーん、一見何かのハイブリット生物かしら。でも身体の大きさに比べて翼が小さすぎて、アレでは飛べないわ。ここは閉鎖空間だから遺伝子異常が起きやすいし、それにこの施設では幾度となく生体実験が繰り返された。言うところのミュータントみたいな物かもね。旧時代の映像作品のジュラシックパークの再現になっているのかしら。」
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.102 )
- 日時: 2016/12/08 17:57
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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三つ首の怪物は頻りに毒々しい色の液体を吐き掛けてくる。飛散した液体が付着した羊歯の葉は、付着した部分から瞬時に溶解していく。
この森の食物連鎖の頂点に君臨しているのは、紛れもなく私達などではなく、この怪物である事を理解させてくれた。
「じゃ、なくて!蓮子!何でそんなに冷静なのよ!明らかにアレは危険でしょ?あなたはあれを恐れないの?」メリーは自分の見せた夢の世界だというのに、焦燥に囚われている。
天敵を失った、この時代の人間にとって、最大の敵は人間である。幻想を失った我々の目の前に降り立ったのは、天使でも悪魔でも無く、一つの機会だったのかもしれない。
「だって、これは夢でしょ? メリーが見せた。貴方があれを生み出したんじゃないの?」
そんな返答も虚しく、獰猛な怪物は二人の眉間目掛けて飛びかかってきた。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.103 )
- 日時: 2016/12/08 18:16
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「ふう、危ない危ない。危うく海の藻屑になるところだったわ」
ふと、息を漏らしてしまった。あんな生命体を隔離している衛星だもの。人為的に消されたとしか思えないわ。それとも、人目に付かない所に隔離されて、成長を積み重ねられる。その身を解放される時を待ち続けているのかしら?いつ解放されるかは私の知ったことではないけど。
「あれ?もう終わり?セ・ガの体感アトラクションを髣髴とさせるスリリング感を味わえたけども。」
気が付くと死界の天鳥船神社に在る。蓮子も隣で汗だくになっている。土埃の舞う大鋸屑の森と、金属の塔に幽閉された、原生林。対照的とも言えるわね。しかしながら。
「蓮子は怖くないの?私一人の時は小型のメガニューラかコンピーぐらいしか見かけなかったのに。
あんなの居るなんて驚きだわ!鳥船で秘密裏にこんな実験が執り行われていただなんて!バイオニクスの研究施設が築かれた、宇宙の要塞の探索アトラクションを売りに出せばもしかしたら大ヒットするかもしれないわ!」
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.104 )
- 日時: 2016/12/08 18:17
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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恐怖と好奇心は紙一重だ。それに、虎穴に入らずんば虎児を得ず、だなんてよく言われている話だしね。まだあの遺跡には何かが隠されている。そんな気がしてならなかったわ。
「だって、貴方の見せる夢の中でしょう?……それに未知の生物を見て怖いだなんてお粗末な感想を漏らすだなんて、勿体ないじゃない。死と生の狭間に在る神秘の世界を楽しみましょう。私達だけのバーチャル空間で。」
「夢の中……って言ったって怖い物は怖いわよ。いつアレに喰らわれるかも分からない恐怖の中で、楽しむだなんて…油断していたわ。」
「またサンプルを採りに行きましょう。怖いけども。貴女と私になら出来るわ。ただの偶然よ。あんなの二度と出ては来ないでしょう。ウルトラレアの奇跡を引いただけと信じて」
「はぁ、恐怖にウルトラレアもアルティメットレアもありませんこと。私はミディアム派だわ。」
呆れながらも、祠に凭れ掛かって再び目を瞑ると、鋼鉄の鎖に縛られた楽園への錠前に手をかけた。スラムの金色の風が、頬を伝う。ススキの穂の音と、嬌声に満ちた、地上の地獄から、宇宙に眠る極楽浄土へと私達の感情は、再び解き放たれた。
メリーはこの夢がただの夢なんか、でない事を知っている。
あの情景は紛れもない、衛星トリフネの中に収められた真実なのだ。虚構で塗り潰された鳥船の中を私が想起したのではない。
夢と現実の境界を暴き、再び現実に辿り着いたのだ。それを見ている自分は、真実では無いのだろうか。夢と現の合間のボーダーに、私は確かに居る。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.105 )
- 日時: 2016/12/08 18:18
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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リアルとヴァーチャル、どちらの方が人間に与える影響が大きいのか、彼女たちに判らぬ訳も無いのに。夢の世界にしては、意識が濃すぎる。現実の世界にしては、スケールが大きすぎる。未知の空間に投げ出された、少女達の命運は、まるでシュレーディンガーの匣に投げ込まれた猫の生命の様に不安定であるとも思えよう。
空想と欲望の銀河に沈んだ城の庭園を漂うメリーは、幼児退行に耽っていた。いつ死ぬかもわからない。いつ衛星の状態が不安定になるかも分からない。キマイラの襲撃で全てを悟った様子であった。
「……やっぱり、辞めようよ。危ないってば。ここに在るのは死の(ル)国。私達の住む世界とは違うのよ」
「だってさ、いつでも逃げられるんでしょ?どうせ夢よ。それに知っている?夢の中なら人間は何にでもなれるんだわ。世界から私は抑圧されていたけど、貴女が解放してくれた。凶悪なキマイラだって、簡単に禁忌のESPの超・電磁砲で屠れてしまうわ」
ーー不安定な重力を乗りこなし、飄々と跳ねる蓮子。衛星内に築かれた、希臘の彫刻の浮かぶ巨大な池を跳ね回る蓮子を追いかけるように、水紋が形成される。急な水の変化に吃驚してか、藻に覆われたカワイルカの群れが其々の独自に考案した唄と水鉄砲を蓮子にプレゼントする。
「イルカが攻めてくるぞー!って?あんな怪物、所詮一部の区域で粋がってるだけなのよ!本当は温和な生き物の暮らす、パラダイスなのよ!そのうち暴れ者は排斥されて、元の平和が取り返されるわ!」
ローラースケートを履いた子供のような、身軽な動きをこなし、池と彫刻の間を駆け抜ける蓮子。
「おもしろーい!これだけ身軽なら、キマイラが出てきても余裕に決まっているわ!」黒い帽子を被った子供の殻を被った少女を眺め、溜息を付き、優しく諭すメリー。
「不吉なことを言わないの…」
二人の間に、信頼関係を超えた、親子関係のような物が着実に芽生え始めている。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.106 )
- 日時: 2016/12/08 18:19
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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「大丈夫だって。今の私はさながらシューティングゲームの主人公だってのよ!何物にも負ける気はしないわ!」
蓮子はレーザーガンを構えたポーズで、オリュンポスの神々を象った彫像に向けて撃つ真似をした。
「アステロイドベルトに輝く石の神々は、みんなみんな私の手によって暴かれる対象なのよ!」カワイルカの背に跨って、アニミズム的な事を大声で抜かしている彼女を見て、少しは微笑ましい気分になったし、悪乗りをしてやろうと思った。
「いくら夢だとしても、フォトンレーザーをぶっ放つなんて大それた真似は出来ないと思うわ。これは”私の夢の世界”なんだからねぇ。」
蓮子は、華麗なジャンプを決めるカワイルカの背びれから手を放すと、川辺にゆっくりと着地した。
「判ってるって。ここは夢の世界なんかじゃない。本当の衛星トリフネ…”鳥船遺跡”だって事もね。」
彼女は地球の運動選手が決めるようなポーズを意気揚々と決めて、得意気に言い放った。私の心配も杞憂だった。彼女はここが本当に鳥船の内部だと信じてくれていたのだ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.107 )
- 日時: 2016/12/08 18:20
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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衛星トリフネの事故の原因は通説では、「コンピュータのバグ」だと言われている。
国民にもそう説明された。しかしデータのバックアップからは原因を特定する事は出来なかった。
どうせ、脆弱なプログラムの隙を突かれて、国際テロ組織か何かが通信を切ったか、この船に搭載されていた、通称「アインシュタイン」って人工知能が地球とのコンタクトを拒んだか、知能生命体だとか、何かこの衛星の存在を良しとしない者達がこの衛星をジャックしたかだ。理由までは知らない。
勝手にラグランジュポイントに流れ出した、この衛星トリフネを止める手段など、無かった。
巨大衛星を止めるべく、宇宙艇が何度かアクションを行ったようだけど、総てが無駄に終わった。
この船には制御機構のみならず、外部からの都合の悪いアクションをシャットアウトできるよう、攻撃機構まで仕組まれていたという。
緑の楽園を守るのは、血塗られた槍と冷徹な頭脳って訳だ。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.108 )
- 日時: 2016/12/08 18:21
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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頭のお堅い専門家達が、「技術者共は、湯水の如く多額の金を擲ち、宇宙に遺跡を作った」とだのと、揶揄した事を切っ掛けに、この試作型・スペースコロニーは「鳥船遺跡」という蔑称を付けられ、玩ばれるようになった。
試験運用中とはいえ、何年も稼働していた衛星だ。
この衛星には大勢のエリート研究者が集まっていた訳だし、内部抗争の末に衛星の中で巨大な複数の派閥が誕生して、主権争いをしていた…なんて妄想までされてしまう始末だ。
「とすると、怪物は鳥船遺跡に実在するのよ。ワクワクするわねぇ。だって、この衛星の貨物を抹消してしまおうとしたんでしょう?
そう、伝えられていないだけで」蓮子は相変わらず、透き通った旧時代の南国の海のような川で、服を脱いで水遊びをしている。
昆布のような植物が、川底で思い思いに踊り、照り付けるような人工太陽が眩しい。ここがもう一つの地球だと称されたなら、最初は信じ切ってもいいと思う。
- Re: 鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower ( No.109 )
- 日時: 2016/12/08 18:22
- 名前: プチシュークリーム ◆IVDmJcZSj6 (ID: fgYvAUM4)
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天敵さえ抱えていなければ、まさに楽園だ。「んもー。いくらこれが夢だとしても、怪我でもしたらどうなるか判らないわよ?」
私達は、ひと時の安らぎに専念していたせいで、敵の襲来に気付かなかった。あれだけ警戒していたのに。すぐ傍まで近付いていたキマイラがメリー目掛けて、鋭い爪を振り翳してきたのである。
メリーは蓮子の元に駆け寄ると、すぐさま、衛星トリフネ(うみのそこ)から引き上げた。
**
衛星トリフネの回収の予算は下りそうに無い。何故なら、人間の監視下から離れた、その時から、もう中の生物は全滅し、わざわざ回収する程の価値はこの衛星には無いと思われていたからだ。
まさか地球と月の狭間にある、デブリのトロヤ群に、世界から隔絶されたエデンの園が築かれている等、誰が考えたことだろう。数日後、暴徒か何かによって、鳥船神社(楽園へのゲート)は、無残にも崩され、新しく何かが建設され始めた。夜店か何かだろう。罰当たりだけど、何となく蓮子はほっとした気がする。あの後、キマイラは、メリーの血を舐めて人の味に目覚めたのだろうか、あれから私達以外にあの楽園に辿り着いた者はいるのか、あの楽園は今、どうなっているのか。考えようとも思わない。
私は死界の病院の前で、メリーを待っていた。「大丈夫だった?腕の一本を切り落とされたりしたら、こちとら迷惑よ。」メリーは嫌そうに、私の声を聞き入れた。
「何て事も無い、只のかすり傷程度よ。綺麗な傷で、別にバイ菌も毒も入ってる訳じゃない。壊死もしない。私達の今後の活動に何の差支えもなし。セーフの中のセーフって訳ね」
「良かったぁ。心配したわ、トリフネから帰還したら、貴女、腕を怪我しているんだもん…」
メリーはなんだか不満そうに、私に愚痴を放った。
「不公平な話ねぇ。蓮子はキマイラに襲われた時、無傷だったのに……。まぁいいわ。少し安静にしていましょう」