二次創作小説(紙ほか)
- 第39話「刻羽睦彦」(2) ( No.186 )
- 日時: 2020/05/26 16:43
- 名前: 夢兎 (ID: 9Yth0wr6)
〈翌々日〉
【朝食】
料理は、俺と兄ちゃんが三食全て作っていた。
ただ、手先の不器用さは五年前から変わっておらず。
父・光「…………」
睦彦「えーっと、その、早く、食べようぜ?」
光彦「あのさぁ睦彦。一つだけ聞いてもよろしい?」
睦彦「………どうぞ」
光彦「お前が作ったっていう、この黄色いカスの塊は何だ」
睦彦「………卵焼き、だけど」
光彦「ぶはははははっ。お前また失敗したのか!w」
父「睦彦、ふざけるな。どこをどう見ても卵焼きに見えんぞ」
睦彦「失敗したって言っただろうが!! あと笑うな!」
光彦「あはははっ、腹、腹が痛いww」
睦彦「もう、俺ご飯食べるっ。頂きます!(パクパク)」
父・光「頂きまーす」
睦彦「(無言で食べ物を口に運んでいく)」
光彦「悪かったってば。許してくれよ、な?」
睦彦「………不器用なんだからしょうがないじゃんか…」
ヒョイ ヒョイ ヒョイ ヒョイ
睦彦「あーっ! 兄ちゃん、しれっと俺の皿にニンジン移してんじゃねえよ!」
父「こらぁ光彦! 好き嫌いするな馬鹿者!」
光彦「それを言うなら、睦彦だって俺の皿にキュウリ入れてんじゃん」
父「お前ら、食べ物を粗末にするな!」
睦彦「キュウリが俺を拒んでるんだ。俺は悪くないです」
光彦「同じく。ニンジンの方が俺を嫌っているので、俺は潔白でーす」
父「馬鹿なこと言うな————!!」
ボカッ ボカスカッ
・・・・・・・・
【朝食後】
睦彦「何も殴らなくたっていいじゃんか…」
光彦「頭にコブできた。痛い」
父「あ、そうそう。睦彦、お前に渡したいものがあったんだ」
睦彦「何?」
急に思い出したように親父が呟き、奥のタンスの中から一着の巫女装束を取り出してきた。
白い小袖。青緑色の袴、黒い足袋。
どれもパリッと糊がきいてて、シワ一つない。
睦彦「…これは?」
父「お前の母親が、お前の為に作ったものだ。お前にやる」
光彦「へー。母さん、そんなのつくってたんだ」
父「だがな睦彦。お前が神社を継ぐ日まで、それは着させんぞ。いいな」
睦彦「え、じゃ俺、一生これを着ることできないじゃん」
父「なぜそう思う?」
睦彦「だって、店を継ぐのは大体長男だろ。親父がもし死んでも、継ぐのは兄ちゃんだ」
父「そうとも限らん。急に光彦が死んだら? 継ぐのはお前になるだろう」
睦彦「…………」
言いたいことは山ほどあった。
何でそんなこと言うんだよ、とか。
まだまだ先の話だ、とか。
なのに、口は動かなくて、何も言えなかった。
父「取りあえず、必要になるその時までは、それはお前が保管しとけ」
光彦「良かったな睦彦。大切にしろよ」
兄ちゃんと一緒にいられる日々は、あと数時間しかなかったのに。
【夕方】
〈寝室〉
父「う……グー…フガー」
睦彦「親父…寝言うるさいんだよバカ…」
真夏なのもあり、父親のいびきがうるさかったのもあり、俺はその日なかなか寝付けなかった。
仕方ないので布団を引っぺがして起き上がる。
ふと、兄の姿がないことに気づいた。
睦彦「兄ちゃん?」
隣の布団は空っぽになっていた。
慌てて家中を探してみたがどこにもおらず、庭にも兄の姿はない。
睦彦「もしかして、神社の方か? (駆け出して)」
神社の階段を息を切らしながら駆け上がり、周囲を見回した。
暗闇がずっと奥まで続いている。
睦彦「にいちゃーん!!」
光彦「どうした。そんなに焦って」
睦彦「兄ちゃん、どこ行ってたんだよ、心配したんだぞ」
光彦「神社の見回りだよ。最近、クマが出るっていうから、木に鈴つけてきた」
睦彦「明日にすればいいのに…」
光彦「何か眼が冴えちゃってな。一緒に戻ろうか」
その時。
??「グル……グルルルル」
睦彦「何、今の…」
光彦「しっ。動くな」
??「稀血……稀血の気配だ…食べたい…すぐに捕まえてやる…」
睦彦「ヒッッ」
光彦「静かにしていろっ」
ガサッッ
一瞬のことだった。
すぐ横の茂みの中から、バケモノが出て来たのは。
血走った目、額の上には角が生えていて、鋭利な爪が伸びている。
鬼、だ。
鬼「みーつけーたーぁぁぁ」
睦彦「…………え」
動けなかった。
これほど体が逃げろと訴えかけているのに。
足がこわばって、逃げ出すことが出来なかった。
ドンッッ
誰かに背中を押され、俺は前へつんのめった。
光彦「逃げろ睦彦————! 父さんを守れ———!」
睦彦「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
兄ちゃんの声に押されて、俺は走り出した。
走って走って走って、走って走って走って走って。
横腹が痛くてたまらなかった。泣き出したかった。息が切れて来た。
後ろから誰かの悲鳴がする。鉄の匂い…血の匂いがする。
何かがえぐるような音がする。何かが誰かをひっかいた音がする。音が響く。
振り向きたかった。
兄ちゃんは無事なのか、確かめたかった。
でもあの時、俺の背中を押した時の兄ちゃんの真剣な目を思い出す。
光彦『父さんを守れ!』
睦彦「絶対に、生きてる! 生きてる! 大丈夫だ、絶対に…っ」
走って走って。息が切れる。でもあと少し。
家に辿り着く。もどかしさをこらえて玄関の扉を開ける。
大切な人は、明日も明後日も生きている気がする。
絶対だと約束された物ではないのに、どうしてか人は、そう思い込んでしまうんだ。
ガラッッ
睦彦「父ちゃん!!」
返事はなかった。
玄関に、親父が倒れていた。息をしていない。
目の光が消え去っていた。
睦彦「………!!」
母さんが俺の為に作ったという巫女装束を抱えて、親父は死んでいた。