二次創作小説(紙ほか)
- 第39話「刻羽睦彦」(3) ( No.187 )
- 日時: 2020/05/26 16:44
- 名前: 夢兎 (ID: 9Yth0wr6)
睦彦「……これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ」
夢じゃないことくらい、とっくに分かっていた。
親父は死んだ。その事実がすぐそこにあった。
でも、さっきまで一緒に寝室で寝ていた父がもう息をしていないという事から逃れたかった。
父「…………」
睦彦「………これは夢だ、これは夢だ、夢だ、夢だよな?」
父「………」
睦彦「夢なら、覚めろよ。なんだよ、覚めねえじゃんかバカヤロウ…っ」
母さんが死んで、父さんもいなくなったら、俺どうすればいい?
何で死んだ、誰にやられた、何で何で何で何で。
何で大人は皆、俺を置いていくんだ。
親戚はいない。全員死んだ。
叔父も叔母も、俺が生まれる前に事故で亡くなった。
身寄りはいない。男三人で今まで暮らしてきた。
睦彦「責任とれよ、父ちゃん……っ」
ガサッッ
睦彦「ヒッッ」
鬼「………まだ獲物がある…うまそうだ…」
睦彦「…………く、来るな、俺を食べてもまずいだけだっ」
鬼「食わねえと分からないだろ?」
睦彦「父ちゃんを喰ったのはお前だな」
鬼「そうだ…うまかった…お前は息子か? ならうまいはずだ」
睦彦「うまくねえし、離れろよ。ひ、人の死体みて何とも思わねえのかよっ」
鬼「思わないね。だって俺が殺したもん」
睦彦「…………このっっ」
鬼「いただきまーーーーーす」
鬼の爪が、眼前にせまった。
くるっ。
「雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃!」
ビシャッッ
鬼「ギャァァァァァッ」
睦彦「…………え?」
気づけば、鬼の頸が斬られていた。
振り向いて、俺は見た。
刀を鞘にしまっている一人の男性を。
あとから知ったことだが、彼の名前は沢井さんという。
雷の呼吸の、鬼殺隊の隊士だ。
沢井「大丈夫か」
睦彦「え、えっと、はい。ありがとうございます」
沢井「親を助けられなくてごめんな。もっと早く来ていれば」
睦彦「………」
俺は、親父が抱えている巫女装束を親父の手から抜き取った。
父ちゃん、バカな息子でごめんな。
掃除はサボるわ、口答えするわでどうしようもない息子だったけど。
俺は父ちゃんが好きだった。
ごめん。
睦彦「………! 兄ちゃん!」
沢井「どうした?」
睦彦「兄が、俺をかばって…鬼の囮役になって、ぶ、無事か分かんなくて…っ」
沢井「分かった、すぐに見つける」
俺も沢井さんのあとを追って駆けだした。
兄ちゃん、無事でいてくれ。
俺を守ってくれてありがとう。俺は兄ちゃんが好きだ。
どうか、無事でいて。
これからは二人で過ごすことになるけど、きっとうまくやっていける。
きっと。
睦彦「……………え」
兄ちゃんがいたと思われる場所。
そこに兄ちゃんはいなかった。
あったのは兄ちゃんが持っていた提灯と、彼の下駄。それだけだった。
睦彦「さては、隠れてるな! 俺の方がカクレンボ上手いってことを忘れたんだな!」
声が震えた。
沢井「何をしている」
睦彦「カクレンボです。兄ちゃん、きっと隠れてるんです。俺を脅かすのが楽しいんだ」
沢井「お前の兄は死んだ」
睦彦「死んでない。カクレンボ、ただのカクレンボだ」
沢井「死んだ。助けられなかった」
睦彦「はは、んな馬鹿な」
…………今なんて言った。
兄ちゃんが、死ぬわけないだろ。
生まれてから今まで風邪もひいたことないって言ってたんだから。
でも。落ちていた提灯。兄ちゃんの下駄。
鬼は彼のことを、マレチと呼んだ。
睦彦「……………助けられなかったのか?」
沢井「……そうだ」
睦彦「お前剣士だろ!?」
沢井「………」
睦彦「剣士なのに、助けられなくてごめんなさい!? もっと速く来ていれば?
ふざけんなよ、剣士なら人を守るのが当たり前だろうが!!
お前が早く来てれば父ちゃんも生きてた!
お前のせいだ!! アンタのせいで俺の家族は死んだんだ!
この人殺しっ。人殺しっっ! ろくでなし!!」
本当は、子供の俺にも分かっていた。
いくら強い剣士でも、守れない命があるということを。
命を守るために戦っても、守れるものには限界があるということを。
大人でも、沢山失敗をするんだってことを。
完璧な人間なんて、この世には一人もいないってことを。
分かってた。
親父と兄ちゃんが死んだのは、沢井さんのせいではないってこと。
俺のせいでも、もちろんないってことを。
悪いのは、鬼だってことを。
でも、誰かのせいにしなきゃ、悲しみでおぼれそうだったから。
睦彦「許さない! 絶対に許さない!!」
沢井さんは、暴言を浴びせられても何も言い返したりはしてこなかった。
ただ、「ごめんね」と一言、泣き笑いをしながら呟いた。
・・・・・・・・・
沢井「落ち着いた?」
睦彦「……悪口言ってすみませんでした。本当はあなたのせいじゃないってわかってたのに」
沢井「いいんだ。別に気にしてない。君の年頃なら、ああなるのが普通だと思う」
睦彦「あと、埋葬、手伝ってくれてありがとうございます」
沢井「お礼なんていらないよ」
沢井「ところで君、行く当てはあるのか?」
睦彦「……ないです。親戚も叔父も死にました」
沢井「そっか」
そう呟いて、沢井さんは着物の懐から一枚の紙を取り出して、俺に渡した。
それには、とある家の住所が記されてあった。
沢井「もし君が俺と同じ道に行きたいなら、そこを訪ねてみるといい」
睦彦「ありがとうございます」
沢井「じゃ、そろそろ俺は行くよ。気をしっかり持てよ」
沢井さんがウチを後にしてから、俺は初めて自分の意志で掃除をした。
めんどくさいから掃除は嫌いだ。
それでも、境内を時間をかけて掃除をした。
兄ちゃんが言っていた。「いい意味で目立つのは悪い事じゃない」って。
これも、その一歩だ。
・・・・・・・
睦彦「よし、行くか」
ふろしきを首にかけて、親父が俺の為に残してくれていた、お金の入った封筒を懐に入れて。
母さんが作ってくれた袴を着て、神社を出発する。
神社を継げなくてごめん。
でも俺は、神主とは別の職業で頑張ってみる。
睦彦「行ってきます!」
回れ右をして、うちの神社の鳥居に向かって挨拶をする。
この後に、二年間の修行が待ち構えていることを、この時の俺はまだ知らない。
ネクスト→雷の呼吸の育手の家に着いた睦彦。
次回もお楽しみに!