二次創作小説(紙ほか)

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.1 )
日時: 2020/04/10 01:06
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: プロローグ

【ポケモン】

 正式名称はポケットモンスター、縮めてポケモン。この世界に生きる不思議な生き物たちのこと。陸に、空に、海に住み。姿形も様々である。
 そして彼らポケモンは人間と力を合わせ、暮らしている。ポケモンを扱う人間をポケモントレーナーと呼ぶ。

出典 ポケモン辞典より

 例えば、ウサギを追いかけ穴に落ちたら。タンスを抜けたら。トンネルを抜けたら。
 そこに異世界がある、と言うのはよくある話。だから、目が覚めたら全く知らない世界にいることは普通だ。
 自室で寝ていたはずなのに、目の前に広がるのは見渡す限りの緑色。そして青い空に白い雲、よく晴れている。時折吹く風が草を揺らし、ざわざわと音を立てて通り過ぎる。
 だだっ広い草原の中、パジャマ姿の少女は一人で佇んでいた。

「ここ、どこ?」

 そんな疑問が少女の口から出る。
 少女の名はチカ。13歳の中学二年生である。
 背中まである明るい茶色の髪はボサボサで、翡翠色の瞳は寝ぼけ眼だった。服装は青地に白い水玉模様が散るパジャマ。そしてスリッパ。まるでこの草原で寝ていたかのような姿だった。
 自室で寝ていたはずなのに知らない場所にいる。チカは、大いに驚き戸惑う。
 が、パニックになってはいけないと思いまずは辺りの様子を伺う。すると草原の至るところに、見たことがない生物がいた。黒い犬に似た生き物は走っているし、全身がギザギザしている白い生き物はジグザグに歩いている。そして何気なく空を見上げると、ようやくチカが知る生物がいた。茶色の身体に、白い眉毛が特徴の鳥。——ことはが幼い頃に遊んだゲーム『ポケットモンスター』で、見た生き物がいた。

「あ、あれはポニスズメだっけ? なんで」

 ゲームで見た生物が空を我が物顔で飛び回る光景に、チカは呆然としながらそういえばあのポケモンの名前は何だったかな、と半ば現実逃避のように考える。
 あの鳥に見覚えはあるが、名前は出てこない。それもそのはず、チカが『ポケットモンスター』で最後に遊んだのはかれこれ七年近く前だ。ポケモンの名前などほとんど忘れたし、最近のポケモンの名前は知らない。
 自信を持って言えるのは、アニメにおける主人公の相棒『ピカチュウ』くらいなものだ。
 だが、ゲーム『ポケットモンスター』にでてくるはずの生き物がこうして目の前にいるのは紛れもない事実な訳で。夢かと思い、頬をつねったら痛かった。よく分からないが、ポケモンの世界に来てしまったらしい。それだけは間違いないなかった。

「ど、どうしよう……」

 知らない場所でひとりぼっち。頼れる人間はいない。途端に不安に襲われることは。不安に押しつぶされ精神がどうにかなりそうだが、深呼吸して己を落ち着かせる。避難訓練の時、「冷静さを失った人から死ぬわよ」と笑う担任の声が不意に蘇ったからだ。
 パニックになってはならない、深呼吸を何回もしてようやくことはは冷静さを取り戻す。と言っても、次に何をするべきか思いつくはずもなく。虚しく時間だけが過ぎていく。名前も知らないポケモンたちが遠くから、空からことはを不思議そうに見て、去っていく。
 そんな風景が何度か繰り返された時、突然人の叫び声が聞こえた。

「だ、誰かー!」
「え、な、何?」

 チカが声がした方に視線を向けると、壮年の男が一匹のポケモン——ジグザグした体毛が特徴的に追い回されていた。男は色々な方向に走り回るが、そのポケモンは唸り声を上げながらしつこく後を追っていた。ポケモンが怒りから男に襲いかかっているのが分かる。
 どうしたものかとチカがのんきに眺めていると、男がチカの存在に気がついた。必死な形相で走りながら、懇願してくる。

「そこのキミ、助けてくれ! キミの近くに私の鞄があるだろう、そこにモンスターボールがあるから、ポケモンを出して戦うんだ! 頼む!」
「モンスターボール?」

 男の言葉に従い、チカは周囲に視線を巡らす。すると少し離れたところに茶色の革製の鞄が落ちていた。
 足裏に草の感触を感じながら進み、チカは鞄を開けた。幸いモンスターボールがどのような物か知っていたので、すぐに見つけることができた。掌に収まる程の球体。上半分は赤、下半分は白に塗り分けられている。中央には白いボタンがあり、アニメではこれで入れたポケモンを出していた記憶がうっすらとあった。鞄の中にはモンスターボールが一つ。ことははそれを手にした。

「えっと……」

 ポケモンは、どういう理論かは知らないがこのモンスターボールに出し入れすることができる。巨大なものから小さなものまで。
 中にいるポケモンがチカの存在を感じ取ったのか、手にしたモンスターボールがひとりでに揺れる。微かな記憶を頼りにチカはモンスターボールの白いボタンを押した。すると、中から光が溢れ一匹のポケモンが現れた。

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.2 )
日時: 2020/04/10 16:13
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: プロローグ

「あ、あなたは……」

 モンスターボールを手にしたまま、チカはポケモンを呆然と見た。
 ウサギのような長い耳、首を覆う襟巻き、狐のような尾。小柄な体躯で、円な瞳が愛くるしいポケモンだった。
 しんかポケモンのイーブイである。

 その姿はチカの記憶の片隅を突くが、同時に違和感を感じさせる。
 このポケモン、全身が白を混ぜたような銀色をしているのだ。記憶だと茶色だったのだが。
 イーブイは両足を揃えて座り、チカをじっと見つめる。まるで値踏みするようにジロジロと上から下まで見てくるが、チカはそんなことを意に介さずポケモンを見つめて話しかける。追われている男は、相変わらず悲鳴を上げて走っていた。

「あれ、あなた全身茶色じゃなかった? 思い出したわ、タマムシシティのマンションの屋上に放置されてたポケモンね! えっと、い、い、イワーク? イシツブテ?」
「ブイ」

 チカはポケモンの名前を必死に思い出そうとし、ゲームの思い出と共にこのポケモンの名が『イ』で始まることを思い出した。
 そして、『イワーク』、『イシツブテ』と言う名前が浮かび白銀のポケモンに尋ねるが、白銀のポケモンは首を横に振った。違うらしい。

「……面倒くさいから、イワークでいいや」

 そこまで言いかけたところで、ことはから忘れ去られた男の悲鳴が割って入る。

「キミ、何をしているんだ、早く助けてくれ!」

 男は相変わらずジグザグに動くポケモンから逃げ回っていた。流石に体力が尽きてきたのか、男の走るスピードは明らかに落ちており、すぐそこまでポケモンが迫っている。
 不味いとは思い、ことはは幼い頃の記憶を懸命に引っ張り出す。
 危機が迫っているせいか、記憶はすぐに思い出せた。ポケモンを出すと、他ゲームで言う攻撃とか呪文に当たる表示が出て——

「そうだ、技! イワークが使える技は何ですか?」

 技はポケモンが保つ不思議な力。相手を攻撃したり、自分の能力を上げたりと様々な種類がある。ポケモンはこの技同士をぶつけ合い、戦う。これをポケモンバトルと呼ぶ。尚、ポケモンごとに使える技は決まっており、このイーブイが使える技をことはは知らない。あの男なら知っているだろうと、声を張り上げて尋ねると、男は息切れしながら答えてくれる。

「す、砂かけと体当たり、鳴き声……」

 男は息も絶え絶えに教えてくれた。

(技ってどうやって指示すればいいんだろう。コマンドやAボタンもないのに……)

 聞いたはいいが、チカは一瞬どうやってイーブイに指示を出せばいいか迷った。
 ゲームではボタンを押せばポケモンが動いてくれるが、ここは現実。そんなものはない。
 現にこのポケモンは両足をきちんと揃えて座り、チカの指示を待つように見上げている。自発的に動かない。
 コマンドがないなら、口で伝えるしかないだろう。そう思ったチカは、適当に技を指示する。

「えっと……イワーク、あのジグザグ動く奴に砂かけって技」

 男を襲うポケモンを指差して伝えると、イーブイは走っていった。そしてある程度距離が縮まったところで、後ろ足で力いっぱい砂をポケモンめがけて蹴りつける。 
 男に気を取られていたポケモンは砂を避けられず、もろにくらった。目に砂が入ったらしく、目をぎゅっと閉じ、オロオロしている。

「なら次は体当たりって技」

 技の効果なども分からないため、聞いた技を順に試すことにする。体当たりの指示を受けたイーブイは助走を付け、身体を力いっぱいポケモンにぶつけた。ポケモンの身体は吹っ飛び、地面に叩きつけられた。名前の通り、体当たりを行う攻撃技のようだ。
 叩きつけられたポケモンはフラフラしながら立ち上がるが、イーブイに背を向けて走り出した。逃げられたが、特に用もないためチカは追わないことにする。ポケモンが視界から消えたのを確認し、チカは深い息を吐く。

「な、何とか追い払えた……」

 あっさり終わった戦いであるが、緊張から解き放たれたことははため息をついた。ゲームの存在だけと思っていたポケモンに、こうして指示を出すなど夢にも思わなかった。
 ゲームと勝手が違って戸惑ったが、無事に終えてほっとする。
 そこへイーブイが走ってきたかと思うと、ジャンプしてチカの左肩に飛び乗ってきた。

「ブイっ!」
「な、なに?」

 イーブイは、満面の笑みでチカの肩に乗る。チカを気に入ったのか、身体を擦り寄せている。柔らかい体毛がことはの頬をくすぐり、くすぐったい。事情が飲み込めないチカは、イーブイにされるがままになっている。

「ハハハ、すっかり気に入られたようだね。彼女は人を選ぶんだけど、君は気に入られたらしいな」

 そこへ先程の男が笑いながら近寄ってきた。歳は三十代前半くらいか。柔和な顔立ちに、眼鏡をかけた優しそうな男だった。シャツとズボンの上には白衣を着ており、研究者のような出で立ちであった。

「そうなんですか?」
「ところでキミ、どうしてそんな格好をしているんだい?」
「あ……」

 男に指摘され、チカは自分が寝間着姿であることを思い出した。寝間着な上にしかも裸足、荷物はない。誰がどう見ても怪しいと思うだろう。

「寝間着でしかも裸足で。何も持たないでこうして、外にいるのは感心しないな。私のようにポケモンに襲われたらどうするんだ?」
「す、すみません……」

 家出をしたと思っているのか。男は子供を見るような顔でことはを眺め、注意してくる。あまりの迫力に反射的にことはが謝ると、男は肩からかけた鞄から緑のスリッパを取り出し、ことはに差し出した。

「スリッパで申し訳無いが、ないよりはマシだろう。これを履いてくれ」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、チカはスリッパを履かせてもらう。男物なのかブカブカであるが、裸足よりはマシだった。

「さて、お礼も兼ねて私の研究所に来て欲しいのだがどうかな?」

 知らない男からの誘い。
 普通なら断るところだが、この世界に知り合いはいない。せっかく人に合えたのだ縁を逃す訳にはいかない、とことはは迷わず頷いた。

「はい、お願いします」
「なら、こっちだよ」

 男に案内され、チカは歩き始めた。


チカが見つけた鳥ポケモン=ポッポ
男を襲ったポケモン=ジグザグマ

です。念の為。

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.3 )
日時: 2020/04/12 16:26
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: プロローグ

その後イーブイをモンスターボールに戻した男は、チカを連れて歩き始めた。あの草原から歩くこと、五分ほど。視界が開け、家々が見えてきた。町のあちこちでは風力発電用の風車が動き、爽やかな風がことはの乱れた髪を揺らしていく。

「さあ、ここが私の研究所がある町、ワカクサタウンだよ」

 町を見つめながら、ことはは記憶を探るが『ワカクサタウン』と言う地名に覚えはない。かろうじて研究所がある場所は、『マサラタウン』だと記憶しているが。

「マサラタウンではないんですか?」
「それはカントー地方の話だね」

 少し歩いた男は右側を指差す。ハクサンタウンの左側は海であった。青い水面が広がり、上空にはカモメのようなポケモンが旋回していた。
 ポケモンが初めて発売されたのは、チカが生まれる前のこと。それから新作が登場するたびに新しい地方とポケモンが増えた。ここ地方も、その新しい地方の一つなのだろう。
 ポケモンに詳しい友人に、聞いておくべきだったと軽く後悔する。

「さてカントー地方に思いを馳せるのもいいけど、まずは私の研究所に着いてきて欲しい」

 そう言って、男はワカクサタウンの中でも特に大きい建物を示したのであった。

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.4 )
日時: 2020/04/13 20:32
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: プロローグ

「さあ、あがってくれ」
「お邪魔します」

 チカは挨拶をしてからスリッパを脱いで、裸足で室内に上がる。フローリングの冷たさを感じながら、ことはは室内を見渡した。
 男に案内された部屋に並ぶのは見たことがない機械たち、机の上には資料の山。本棚に並ぶのは『ポケモン』に関する本の数々。いかにも、ポケモンの研究をする研究所らしい。

「いやあ助手はみんな出払っていてね、あーとりあえずここに座って」

 入口近くにあるテーブルの上に乗っていた資料を端に寄せ、男はことはに座るように促してくる。言われるがまま座る。

「その格好だと寒いだろう。娘が買って放置している服から、適当なのを見繕ってくるよ」

 しばらくしてチカは白いシャツに茶色のパーカー、長めの茶色いズボンに白のソックスと言う格好になった。気にはなるが貰い物なので、わがままは言えない。

「さてまずは自己紹介といこうか。私はアオキ、このハクサンタウンでポケモンの分布について研究している」
「チカと言います」

 アオキが名字を名乗らないのに習い、チカも名前だけ名乗った。思い返すと、ポケモン世界の人々にはほとんど名字がなかった気がする。

「チカちゃんか。さっきは助けてくれてありがとうな」
「は、はあ……」

 笑顔でアオキに礼を言われ、ことはは戸惑った。助けることになったのは、ほんの偶然。お礼を言われてもしっくり来なかった。チカは、曖昧に返事を返す。

「けれどことはちゃん、キミはどうして寝間着姿で一番道路にいたんだい?」

 最もな質問をされチカは返答に困った。異世界から来た、と言われ信じてもらえるのか。
 自分がアオキの立場なら、信じないだろう。かと言って上手い嘘も思いつけない。悩んだ末にチカは正直なところを答えることにする。

「あ、えっと……気がついたらあそこにいたんです。よく分からなくて」
「うん、無理に言わなくていい」

 アオキは、チカを安心させるように笑いかけた。

「チカちゃんみたいな子、よくいるんだよ。大まか、親御さんに旅に出るの反対されたのかな? 危ないからって、旅を反対する親御さんもそれなりにいるからね」
「はぁ……」

 話を合わせるため、ことはは頷く。が、嘘であるためそれ以上は何も言えない。
 口を閉ざしたことはを見て、アオキは言いたくないのだと勘違いしたのだろう。優しく微笑みかけた。

「チカちゃんが話したくないなら、無理に話す必要はないよ。ただ、旅に出たいならそれなりに準備してから来てほしかったな。イーブイのことも、イワークとかイシツブテとか言ってたし。チカちゃん、ポケモンのこともあまり詳しくないだろ」
「そうですね」

 チカは赤面する。ピカチュウ以外のポケモンは名前と姿が一致しないし、ポケモンバトルの基本も忘れた。

「まあ、旅やポケモンの知識は旅をしていく内に分かるだろうし何とかなるか。トレーナーカードを作れば、お金も引き出せるからそれで服や旅の荷物を買えばいい。僕はね、子供の夢は応援してあげたいんだ」
(……何か旅する前提になってるんだけど)

 旅に出たいとは一言も言ってないのだが、アオキはチカが旅に出たいと思っている前提で話を進めている。
 否定しようと思えばできるが、チカには行く宛がない。
 お金もないし、身寄りもない。しかしアオキの口ぶりだと、旅に出ればお金は貰えるらしい。無一文で放り出されるより遥かにマシ、とチカは判断し口を出さないことにした。

「さて、まずはトレーナーカードを作ろうか。うーん首から上の写真しか使わないからそこの鏡見て髪の毛、整えておいで」

 そう言いながらアオキは、安物の黒いヘアゴム、プラ製のクシをことはに手渡してくる。少し離れた壁に鏡がかかっていた。
 チカはそこの前に立って、手早く髪を梳かし、後ろで一つに纏める。
 鏡を見れば写真に写っても大丈夫なくらいに髪は整った。いつもなら編み込みにするが、今日は時間がないので諦める。
 髪を整え振り向くと、アオキがスマホを構えて待っていた。

「はい、じゃあ撮るよ」

 シャッター音が流れ、写真の撮影は終わった。アオキはスマホを片手にどこかの部屋へ消えていった。
 それから約三十分後。色々と荷物を抱えたアオキが部屋に戻ってくる。

「すごい荷物ですね」
「いやあ、初心者トレーナーには渡すものが多くてね」

 持ってきた荷物をアオキはテーブルの上に置いた。
 テーブルの上には色々な荷物が並んでいた。モンスターボール、四角い機械、丸い機械。モンスターボール以外はことはが見たことがない機械だ。

「渡すモノ、色々とあるからねぇ。えーと、まずこれ! トレーナーカード。生活費を毎月一定額下ろせるし、ジムに挑むのにも使うから無くさないでね」
「ありがとうございます」
 
 手渡されたのは、掌に収まる程の小さなカードだった。左端にチカの顔写真が貼られ、名前、それから何かの番号らしき数字が書かれている。学校の生徒手帳のカードを思わせた。身分証明書の類であろうことは分かった。

「次はこれ! ポケモン図鑑。ポケモンに向けると、そのポケモンの情報を教えてくれる便利な機械さ。トレーナーカードと図鑑の説明はこの冊子に書いてあるから後で読んでねー。でこれはポケモンギア、縮めてポケギア。カードを読ませることで色々とアプリが増える便利な機械だよ。色は何色がいいかな?」
「えっとオレンジ色で……」
「じゃあこれで説明書はこれ。全部、この手提げ袋に入れておくよ」
「あ、ありがとうございます」

 四角い機械——ポケモン図鑑、丸い機械——ポケギアを布製の袋に入れ、アオキはチカに手渡してくる。
 無くすといけないと思い、ことははトレーナーカードも入れておいた。

「で、これが一番重要だね。キミの最初のポケモンになる子が、この中にいるんだ」

 アオキは、チカの手にしっかりとモンスターボールを握らせた。
 中にいるポケモンがチカの存在を感じたのか、モンスターボールが微かに揺れる。

「三匹から選ばないんですか?」

 ゲーム開始後すぐ、オーキド博士は三匹のポケモンの中から最初のパートナーとなるポケモンを選ばせてくれた記憶があった。

「初心者用ポケモンのことか。まあ、普通初めてポケモンを持つ子はその三匹から選ぶものだから、そう言いたい気持ちは分かるよ。ここの初心者用ポケモン、チコリータとヒノアラシとワニノコがいると言えばいるけど、チカちゃんにはこの子が一番いい」

 アオキがボールのボタンを押すと、ボールが開き光が溢れる。その光が晴れると見覚えのある白銀のイーブイがいた。
 イーブイはチカを見つけるなり笑顔になり、彼女の左肩にまた飛び乗ってきた。勢いよく飛び乗られたせいでチカはバランスを崩し、咄嗟に近くの机に手を着く。

「あ、さっきのイーブイ?」
「早速図鑑を使ってみたらどうかな」

 アオキの言葉通り、チカは鞄から図鑑を取り出し、イーブイに近づける。すると黒い画面に写真が現れ、女性の声が淡々と流れた。

『イーブイ しんかポケモン 進化のとき 姿と 能力が 変わることで きびしい 環境に 対応する 珍しい ポケモン』
「イーブイは、何種類のポケモンに進化するんでしだっけ?」

 ゲームでポケモンには、進化と言って姿形が変わる現象が起きていた。
 進化するとゲームではポケモンの能力値が上がっており、強くなっていた。その進化だが、普通ポケモンが進化する姿は一つだけである。
 が、このイーブイは使う道具によって進化する姿が複数あった覚えがある。図鑑の説明通り、珍しいポケモンなのだ。

「今は八種類の進化系が確認されているよ」
「そ、そんなに……」

 イーブイを見つめ、チカは絶句する。
 子供心に数種類だけでもすごいと思っていたのに、ことはがプレイしていない間に八種類にまで増えたと言う。時の流れを感じると共に、言葉が出てこなかった。

「ところで、このイーブイ、図鑑と体色が違うだろ?」
「確かに……」

 図鑑のイーブイは茶色だが、ことはの肩に乗るイーブイは白銀。明らかに色が違う。

「色違いと言って、体色が違う珍しいポケモンなんだ」
「こんな珍しい子を頂いて、大丈夫なんですか?」

 このイーブイは、アオキの鞄に入っていた。間違いなく彼のポケモンであろう。珍しいポケモンを、簡単に貰ってしまうのも気が引ける。遠慮するチカに対し、アオキは大らかに笑ってみせた。

「大丈夫。さっきのバトルで、イーブイもキミを気に入ったみたいだし、どうかな?」

 チカは本当にいいのか確認するように、肩のイーブイを見つめる。
 イーブイは可愛い瞳で翡翠色の瞳をじっと見つめ返してきた。あなたがいい、と言いたげな意思の宿った瞳。慕われることを嬉しく思いながら、チカはイーブイに言った。

「そうですね、イーブイと一緒に頑張ってみたいと思います」
「ブイっ」

 そう告げると、イーブイは嬉しそうに鳴いた。一緒に頑張ってくれるらしい。

「そのことが分かったなら、チカちゃんはトレーナーとして大丈夫だろうね。さあ、行っておいで」
「はい」

 その言葉でチカは手提げ袋を持ち、アオキよりプレゼントされた赤のランニングシューズを履いた。そして、アオキ博士の研究所を出た。
 これが、チカの長い旅の始まりである。

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.5 )
日時: 2020/04/14 22:00
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

アオキ博士の研究所を出たチカの夢と希望に満ちた旅が今、

「今すぐに旅するのは無理ね」
「ブイ?」
 
 始まるはずがなかった。
 博士がある程度荷物を揃えてくれたとは言え、ことはの荷物は布製の手提げ袋のみ。誰がどう見ても、長い旅に出られる格好ではないだろう。
 次に取るべき行動を考え、チカは鞄から冊子——『初心者トレーナーガイドブック』と書かれている、を取り出してパラパラとページを捲る。

「まずは買い物が先ね。この冊子によると、トレーナーカード使えばコンビニでお金をおろせるらしいからおろしてお金を手に入れましょ、イーブイ」
「ブイ」

 イーブイは何故かボールに戻ろうとしないので、こうして出しっぱなしにしてある。イーブイはチカの左肩を定位置と決めたらしく、ずっと居座っていた。今は左肩を器用に掴み、身を乗り出して冊子を見ている。図鑑によるとイーブイは6キロあるらしいが、肩に負担はない。
 アニメの主人公だって、ピカチュウを肩や頭に乗せていたのだ。そんなに重いはずがない。いい加減か図鑑だ、とチカは思った。

(異世界に来ちゃったのかぁ……)

 肩に乗る重さは異世界に来て、自分がここにいると言う証。実感がようやく沸いてきて、チカは大きな不安を感じていた。
 お金はあるとは言え、旅は一人。つい昨日まで家族がいて、あれこれ支援してくれた生活とは訳が違う。上手くやっていけるか、不安は強い。
 でも、とチカは我が物顔で自身の左肩を占領するイーブイの頭を撫でた。博士にも言われたが、チカは一人ではない。このイーブイがいる。生身のポケモン、というものは触れたことがないが。こうして慕って、付いてきてくれるのは素直に嬉しい。手から感じる温もりは、チカの不安で揺れる心を不思議と癒やしてくれた。不安も大きいが、イーブイとなら何とかなりそうな。そんな気もしてくる。

「イーブイ、よろしくね。私たち、今日から友達よ」
「ブイっー!」

 正直なところを告げると、イーブイは嬉しそうに尻尾を振った。
 ポケモンのトレーナーになると言うことは、元の世界で言う動物のご主人様になることに近いものを感じることは。家でも犬を飼っていたが、チカはご主人様だとか上下関係を持ち出すのを嫌っていた。強いて言うなら友達のような、そんな気軽な存在でいたいと願う。故にイーブイとの仲も、「友達」と表現した。

「まあ何すればいいか分からないけど、何とかなるよね」

 不安を振り払うように、わざとチカは明るく言った。本当は不安で押し潰されそうだし、泣きたい気持ちである。しかし泣いたところで、何も変わらない。現に研究所前で突っ立っていても、何も変わっていない。行動するしかない。行動しなければ、何も変わらないのだ。

「さあ、行こうイーブイ!」

 肩に乗るイーブイに声をかけ、ことはが一歩を踏み出した。その時。

「チルーっ!」

 近くから鳴き声が聞こえた。明らかに人ではない。動物の鳴き声、ポケモンのモノだろうか。
 ふと肩に乗るイーブイに目をやればピンと両耳を立て、ピクピクと動かしていた。辺りの様子を窺っているらしい。鳴き声からして、そう距離は離れていない。チカは慎重に辺りの様子を探りながら、歩き始めた。
 ワカクサタウンは、何もない町だ。研究所の周りには原っぱが広がるばかりで、家や店の類はない。ポケモンの一匹や二匹、出てきそうな光景だ。

(あれは……)

 しばらく探していると、黒い犬のようなポケモンが三体、何かを取り囲んでいる光景が目に飛び込んできた。近くにはトレーナー——アオキ曰く、ポケモンのご主人様、なのか。柄の悪そうな男がニタニタと笑いながら、鳥ポケモンを見下ろしていた。

「へ、弱っちいポケモンだな。ポチエナたちの経験値にもならないぜ」
「チ……ル……」

 その黒いポケモンたちが取り囲んでいたのは、一匹の鳥ポケモンだ。小さめな体格、くちばし。雲のようなふわふわした翼が特徴だった。鳥ポケモンは瞳を潤ませ、身体をガタガタと震わせていた。あの犬のようなポケモンたちに襲われたのか、青い体や白い羽は汚れており、ところどころ傷もある。

「泣いても助けは来ないぞ」
「チルウゥ……」

 涙声で鳥ポケモンは後退る。が、その先にはあの犬のようなポケモンが待ち構えていた。前を見ても、横を見てもあの犬のようなポケモンたちがいる。彼らは前傾姿勢を取っており、いつでも襲いかかる準備は出来ているのが遠目でも分かる。

「三体一って数の暴力じゃない。ひどいことするわね……」

 言いながら、チカはまずポケモンたちの情報を知ろうとポケモン図鑑を取り出した。あの鳥ポケモンを助けに行きたい気持ちはあるが、どうすればよいか分からずことはは固まっていた。緊張でポケモン図鑑を持つ手が震える。

『チルット わたどりポケモン 自分も まわりも きれいでないと 落ち着かない 性格の ポケモン。汚れを見つけると 羽でふき取る』

 あの鳥ポケモンは、チルットと言うらしい。

「で、あの犬たちは……」
『ポチエナ かみつきポケモン しつこい 性格の ポケモン。 目をつけた 獲物が ヘトヘトに 疲れるまで 追いかけ回す』
(チルットがポチエナ三体に囲まれているのね。一体何なのかしら?)

 現状を把握したことはは、どうするべきか考えを巡らせる。
 チルットを助けたいが、チカはトレーナーとしてど素人。イーブイ一匹で、ポチエナ三匹とやりあえる自信など皆無だ。
 何があったかは分からないが、柄の悪そうな男の表情からチルットを追い詰めて楽しんでいるように見えた。——少なくとも、チルットがイジメられているのは間違いない。そのことを感じ取っているのか、肩のイーブイも牙を剥き出しにして怒りを顕にしていた。
 こうなったら、ポケモンに慣れていそうな人を呼ぶしかない。例えばアオキ博士。

「お前もここまでだな。トレーナーはここにいない! トレーナーがいないポケモンなんぞ、指示待ち症候群で使い物にならねえ。ここで終わりだ。やれ、ポチエナ!」

 アオキを呼ぼうとした時、三匹のポチエナの内、一匹がチルットに襲いかかる。抵抗する力はないのだろう、チルットはきつく目を閉じるだけでされるがままだ。
 反射的にことははイーブイに指示を出していた。

「イーブイ、た、体当たり!」

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.6 )
日時: 2020/04/16 22:01
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

チカの肩から飛び降りたイーブイは、ポチエナの一匹に向かい力いっぱい身体をぶつける。
 思い切りイーブイの攻撃を受けたポチエナは仰向けになるように地面に倒れ、ぐったりとしていた。
 突然の襲撃者にポチエナ二匹は牙を剥いてよってくるが、当のイーブイは涼しい顔でそれを受け止める。ポチエナたちを睨み返しながら、ゆっくりと後退しイーブイはチルットの前に立った。
 ポケモンたちが睨み合う中、トレーナー同士も鋭い視線を向け合っていた。

「なんだ、お前は?」
「あなた、ポケモン一匹を三匹で寄ってたかっていじめるなんて! ひどいわ!」

 邪魔された柄の悪そうな男は、心底不機嫌そうにチカを睨みつける。その眼力の鋭さにことははたじろぐが、勇気を振り絞り。男を怒鳴りつける。が、男は声を出して笑った。

「一匹で来るなんて良い度胸だな。ポチエナ! 二匹でイーブイに体当たりだ」

 身を低くしていた一匹が、イーブイに襲いかかる。

「イーブイ、前!」
「気をとられやがったな。ポチエナ、体当たりだ!」

 一匹のポチエナに気をとられているすきに、もう一匹のポチエナがイーブイに攻撃を仕掛けた。身体を力いっぱいぶつけてくる。気がつくのが遅れたイーブイは、もろに攻撃をくらった。

「イーブイ!」
「今度は横からの体当たりだ!」

 地面に叩きつけられる寸前、イーブイは受け身を取って態勢を整える。そこを狙いポチエナたちが追撃してきたが、イーブイはぎりぎりのところで身を翻して避けた。攻撃の対象を失った二匹は激突し、痛そうにうめく。
 二体の動きが止まっている間に、イーブイは二匹と距離をとる。そして、指示を仰ぐようにことはを振り返った。

(な、何をすれば……)

 頭の中が真っ白になり、イーブイへの指示が出てこないことは。
 相手のポチエナを倒すため、イーブイが攻撃しなければならない。
 そのために指示を出すのが必要だと、頭では分かっている。が、ポチエナが二匹いるせいで頭が混乱しているのだ。先程の戦いでも一匹ですら緊張していたのに、相手が倍となり余計に頭が回らなくなっていた。
 その様子を見ていた柄の悪そうな男はニヤリと笑った。

「ポチエナたち、そいつにトドメだ。一斉に攻撃しやがれ! 体当たり!」

 痛みが回復したポチエナたちが、二匹でイーブイを取り囲む。そして、体当たりをくらわせようと身を低くした。その時。

「チ、チルー!」

 いつの間にいたのか。
 チルットが、小さなくちばしで、イーブイの正面にいたポチエナを思い切りつつく。ポチエナは痛みで飛び上がり、もう一匹のポチエナも突然のことに戸惑う。

「チルット?」
「くそ、イーブイが来て元気になりやがったな」

 男が憎々しげに舌打ちをする。
 チルットはポチエナの尻尾を何回もくちばしでつつく。
 おかげでポチエナからイーブイの注意がそれ、倒すべき相手は一匹となった。今なら行ける、とチカはイーブイにようやく攻撃の命令を出す。

「イーブイ、真後ろのポチエナに思いっきり体当たり!」

 チカの命を受けたイーブイは助走をつけ、その勢いでポチエナにぶつかる。犬のような悲鳴を上げながら、ポチエナは地面に倒れた。

「な、ななっ! くそ、瀕死状態、戦闘不能かよ……」

 ポチエナは、目を回したまま動かない。瀕死状態、確かゲームだとポケモンの体力がゼロになり戦えない状態をさしていたはず。
 ふとチルットに目をやれば、ゼェゼェと息をするチルットと地面に倒れたもう一匹のポチエナ。決着はついたらしい。

「ポチエナは倒したわ」

 そうチカが告げると、男は三つのボールを無言で取り出す。
 スイッチを押すとボールからはそれぞれ三つの光線が伸び、ポチエナに触れると彼らを包み込んだ。その光はモンスターボールへと戻っていき、後には何もない。
 ポチエナたちを倒しチカは一安心、かと思いきや違った。
 柄の悪そうな男がニヤニヤと笑っていたからだ。愉快で仕方ない、と言いたげな気持ち悪い笑みにことはは嫌なものを感じる。

「はは、俺のポチエナたちをよく倒したと褒めてやるが真打は最後に登場するもんさ! 来い、グラエナ!」

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.7 )
日時: 2020/04/17 19:15
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

柄の悪そうな男がボールを投げると、光が弾け新たなポケモンが姿を見せた。
 チカの印象はポチエナが成長したような感じのポケモン、だった。
 大型犬程の大きさがあり灰色の身体。手足の先や尾は黒かった。されど、顔付きは厳つくなり牙もまた鋭くなっていた。
 名前こそポチエナによく似ているが、立派どころか凶悪さを増して成長した別のポケモンのようである。見た目からして強そうだ。
 イーブイとチルットもその強さを感じ取っているのだろうか。イーブイは全身の毛を逆立て、低く唸る。チルットもまた、おずおずとしながらも甲高く鳴いていた。
 グラエナの情報を知るため、ことはは素早く図鑑を手提げ袋から取り出した。

『グラエナ かみつきポケモン グループで 行動していた 野生の 血が 残っているので 優れた トレーナー だけを リーダーと 認めて 命令に 従う。ポチエナの進化系』
「進化……」

 ゲームでは一定のレベルとなったポケモンが、姿を変えることを指し示していた。姿が変わることで、ポケモンたちはより強くなる。進化とは上手い表現である。

「くく、グラエナの特性は威嚇。相手のポケモンの攻撃力を下げる特性さ。そこのチビたちのなけなしの攻撃力なんざ、ないも同然ってことさー!」
「特性?」
「そこのチビたちとタイプ相性がないのが残念だが、まあいいな。ひゃははは」
(うう、外国語話されてる気分。特性? タイプ相性? 何なの?)

 同じ日本語を話しているはずなのに、チカは柄の悪そうな男の言葉を理解できない。おかげで、言葉の通じない外国に来たかと思い頭が混乱しかかる。が、すぐに我に返った。グラエナがトレーナーの指示もないのに、イーブイへと突進してきていたから。慌てて、チカは叫ぶ。

「イーブイ、前!」

 チカの注意で、イーブイは身体を捻ってグラエナを避ける。目標を失ったグラエナは転び、頭から地面へと派手に激突した。

「命令してないのに攻撃ですって?」
「こいつは、俺の言うことを全く聞かない暴れポケモンさ。自分が戦いたいように戦う、どうしようもないポケモンだが強さはポチエナの比じゃねえ」
(言うこと聞かないなら……)

 自慢する男に対し、チカは心の中でツッコミを入れておく。そして、図鑑の説明を反芻する。
 優れたトレーナーだけをリーダーとして認め、命令に従う。早い話がこのグラエナ、柄の悪そうな男をトレーナーとして認めていないと言うこと。傍若無人に振る舞う、獣そのものなのだ。
 そのせいか、グラエナはスキが多い。バトルに慣れていないことはでも分かる。

「イーブイ、体当たり」

 派手に頭をぶつけ、怯んでいるグラエナにイーブイが思い切り身体をぶつけた。が、グラエナはふんばり、逆に前足でイーブイを薙ぎ払った。小さな白銀の身体が地面に叩きつけられ、砂埃が舞う。幸いイーブイは受け身を取ったが、負った傷は明らかにポチエナの攻撃時よりも深い。白い身体に無数の赤い切り傷ができていた。

「全然効いてない……」

 グラエナは、イーブイの攻撃がなかったかのようにすくっと立ち上がる。先程頭を激突した痛みがまだ残るのか、顔を顰めてはいるが。

「当たり前だろ。進化すれば攻撃力、防御力、素早さ。体力だって、格段に上がる。しかも、お前のポケモンはグラエナの威嚇で、攻撃力が下がってるんだ。そうそうダメージは受けないんだよ!」

 痛みが回復したらしいグラエナは、標的をチルットに変更。
 イーブイには目も向けず、チルットに向かっていく。先程の戦いからチルットは怪我を負っているせいか。その場から逃げられず、チルットは座り込んでいた。グラエナに襲われたら、ひとたまりもないだろう。

「イーブイ、砂かけ!」

 視界を奪えば、と考えたチカ。
 少し遅れ、イーブイは片目をつむりながら後ろ足で砂をグラエナに蹴りつけた。チルットに集中していたグラエナは、目に砂が入り立ち止まる。ぎゅっと目を閉じたまま、頭を左右に動かしている。チカの狙い通り視界を奪われ混乱しているらしい。
 グラエナの動きを封じたことに安堵する一方、チカはイーブイがかなり消耗していることに気づいていた。
 砂かけの時に、技を行うタイミングが遅れていたし身体もチルット程ではないが傷を負っている。長期戦は無理だろう。

(ゲームで言ったら、ピコピコ音が鳴ってるくらいなんだろうなぁ……)
「くそ、目をやられたか。嗅ぎ分けるでも覚えさせとくんだったな。まあ、そこの瀕死なりかけ二匹なんぞグラエナの敵じゃないがな」

 自身のグラエナに、よほど自信を持っているのだろう。
 柄の悪そうな男はイーブイとチルットを見下すような発言をした。バトルの知識がないとは言え、自身のポケモンであるイーブイを。仲間であるチルットを馬鹿にされたチカは、怒鳴りそうになるが怒りを飲み込んだ。
 馬鹿にされた本人——人間ではないが適切な表現が浮かばない、がじっとこらえていたからだ。
 負けないと言いたげに、イーブイとチルットはグラエナを睨む。少なくとも彼らはまだ諦めていない。ここでトレーナーが怒鳴っては、彼らに申し訳ないとチカは強く思いグラエナを見た。相変わらずグラエナは、視界を奪われて当惑している。

「ったく、抵抗する気になったか。ムカつく瞳だぜ」
「イーブイ、グラエナに体当たり!」
「チルルルー!」

 チルットも加勢し、困惑しているグラエナに攻撃を仕掛ける。
 イーブイは体当たり、チルットはグラエナの足下をつついて攻撃。しかし、グラエナが前足や後ろ足でイーブイたちを払い除け二匹は飛ばされてしまう。人間が身体についた汚れや虫を払うような仕草だった。
 グラエナは低く唸りながらイーブイたちを求めて動き回り、イーブイたちは距離を置くようにゆっくり逃げ回っていた。このままでは埒(らち)が明かない。

「攻撃力や命中率を下げても、グラエナにはダメージを与えられないぜ。そこのおチビ達にグラエナは倒せない」

 悔しいが柄の悪そうな男の言葉は、本当である。多分しつこく攻撃を繰り返していれば。いつかはグラエナを倒せるだろう。しかしイーブイたちは傷を負っており、長くは戦えないだろう。二匹とも息も上がっているし、動きがどんどん遅くなっている。

「ああ、ビートルズみたいに毒針の技でダメージを与えられたらいいのに。あのウザさがあれば……」

 今頃になって何故か。
 チカは子供の頃、トキワの森で虫ポケモンの毒針と言う技に苦しめられた記憶を思い出す。戦闘に出ているだけでじわじわと体力を削られ、歩くたびに体力が減っていく。ウザくて仕方なかった。これを用いればグラエナを倒す勝機になるかも、とチカは思うが。イーブイやチルットに、角らしきものはない。
 無理か、とことはは諦めかけたが。ことはの言葉を黙って聞いていたチルットが、イーブイに何やら話しかける。

「チル、チル、チルット!」
「ブイ?」

 イーブイはピンと耳を立てた。驚いたように目を丸くするが、ことはにはポケモンの言葉は分からない。

「チル、チルルー!」
「ブイ、イーブイっ」

 チルットの力強い鳴き声にイーブイは頷き、くるりと背を向ける。そのままグラエナやチルットがいるのとは逆方向に走り出した。

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.8 )
日時: 2020/04/18 18:22
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

「え、イーブイなんで逃亡してるの?」
「チルーッ!」

 チカの疑問の答えは、すぐに分かった。チルットは翼を力いっぱい羽ばたかせて、風を起こす。ただし、その風は辺りの風景が霞む程の温度を伴っており、色は炎のような色。灼熱が風となり、グラエナを襲う。
 吸う息も熱さに包まれる中。グラエナは、声にならない悲鳴をあげもがき苦しんでいた。なるほど、イーブイが逃亡するはずである。

「っ、こいつは熱風の技か! くそ、グラエナが火傷状態になりやがった」
「火傷は火傷じゃないの?」

 熱風を受けたグラエナの身体は、ところどころが熱を持ったように赤くなっていた。人間の火傷と似たようなもの。それに状態を付ける意味が、ことはにはよく分からない。

「おい、グラエナ。そのチビたちをさっさと倒しな!」
「イーブイ、砂かけ」

 グラエナはトレーナーの命令に逆らうように鳴く。
 そこへ戻ってきたイーブイが容赦なくグラエナの視界を奪う。火傷により、グラエナも徐々に動きが鈍っているのが分かった。また目が痛いことで、辛くてたまらないのだろう。苦しげにうめくグラエナの声は哀れだが、戦いなので仕方ないとことはは気持ちを切り替える。

「グラエナ、炎の牙! バカ、噛み付くじゃねえ。こんな時くらい命令を聞け! こんなチビポケモン二匹に何苦労してやがる」
「グルル……」
「お前は進化系なんだぞ、あんな進化前の雑魚に負けるくらい弱いポケモンなのか、お前は! 行け!」

 追い詰められた柄の悪そうな男は、苛立ち混じりに指示を出した。しかしグラエナは言うことを聞くことなく、何もない場所に噛み付いていた。もうやけになり、適当に攻撃をしているようだった。

「グラエナ、炎の牙! イーブイは左だよ。右じゃねえ!」

 グラエナが勢い良く突進してきた。が、その足が不意に止まる。金縛りにあったかのように全身が強張り、やがてグラエナの身体が地面に横になった。動かない。戦闘不能、と言う単語がことはの頭をよぎる。——イーブイとチルットが勝利したのだ。柄の悪そうな男は、グラエナをボールに戻し、悔しそうにこちらを睨む。

「ぐ、グラエナがこんなポケモンたちに負けるなんて……」
「もうチルットを虐めるのは、やめなさいよ」
「ち、分かったよ。こいつのゲットは諦めてやるよ」

 舌打ちを残し、柄の悪そうな男は逃げていった。彼の背が遠ざかるのを見送っていると、イーブイとチルットがチカの足下にやってきた。二匹とも足取りはしっかりしているが、顔は疲れている様子だ。特にポチエナからのダメージが溜まっているチルットは、特に疲労が見える。
 ポケモンの怪我を治療するには、どうすれば良いか分からない。まだ、アオキ博士の研究所が近いのでチカは一度戻ることにした。

「アオキ博士のとこに行って、怪我を治そうか。抱いてくよ」

 言って、チカは二匹を抱き上げる。チルットはイーブイよりも軽く、楽々と持ち上げられた。重いと言うわけではないが、イーブイは米袋を持ち上げた時のように腕に重さが食い込んできた。先程まで肩に乗っていたのが信じられない。
 チカに抱かれた二匹は、戦いの疲れからかぐったりしていた。早く治療してやろうと、チカはアオキ博士の研究所に逆戻りした。

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.9 )
日時: 2020/04/25 23:20
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

「アオキ博士っ!」

 チカは出てくれと祈りながら、インターホンを押す。ややあってから鍵を弄る音がし、ドアが開いた。

「チカちゃん、どうしたんだい?」

 不思議な顔をしているアオキだが、チカの腕の中でぐったりするチルットとイーブイを見ると顔つきが変わった。

「中に入ってくれ。すぐに治療をしよう」

 幸いなことに、チルットとイーブイの治療はすぐに済んだ。バトルによる疲れからか、今は二匹で寄り添うようにして台の上で眠っている。先程のバトルでイーブイとチルットは、すっかり打ち解けたらしい。
 その横で、チカとアオキはソファに座り色々と話し込んでいた。

「……そうか、せっかくの旅立ちの時に大変だったね。チカちゃん」

 チカは頷き、ティーカップに口をつける。紅茶の苦味が、疲れた口内にほんのりと広がった。

「グラエナが出てきた時は、負けると思いました。チルットのおかげで、何とか勝てましたけど」

 そういえば、とチカはチルットについて気になったことを思い出した。

「それにしても、あのチルットすごくバトルに慣れてるみたいでした。私の指示がなくても、上手く立ち回っていましたし」
「恐らくあのチルットには、トレーナーがいるだろう」

 トレーナー。聞き慣れない単語だ。そういえばゲームで聞いたか、とチカは知識を懸命に引っ張り出していた。

(トレーナー……ポケモンの飼い主ってことだよね。ポケモントレーナーってゲームで言ってたし)
「治療の時に見つけたのだけれど、チルットはこんな足輪をつけていた」

 アオキは白衣のポケットを弄ると、掌に小さな足輪を乗せ見せてくれる。金色の足輪には、花や蔦が浮かび上がるように掘られていた。
 素人であるチカが見ても、高そうなものだと分かる。

「す、すごく高そう」
「こんなものをつけられるんだ、チルットは名家のポケモンじゃないかな」
「……その、チルットは」

 トレーナーが助けに来ないと言う事実から、チカはよくない想像をしていた。口にしたくないので遠慮がちに尋ねると、アオキは悲しそうな顔をする。

「この世界にはね、様々な理由で捨てられるポケモンがたくさんいる。トレーナーの勝手な都合、不幸な理由、まあプライドが高いポケモンは自分からトレーナーを見限ることもあるよ」

 ただし、とアオキは続ける。

「そういう場合、ポケモンを逃がすのが普通なんだ。……ただ、このチルットは逃された様子がない」
「捨てられたんじゃないですか?」

 アオキは首を振る。

「その可能性はむしろ低いな。チカちゃんの話を聞く限り、チルットは何かトラブルがあってトレーナーとはぐれたんじゃないかな」
「トラブル、ですか」

 現実世界でも目を離したすきにペットがいなくなり、帰ってこない。そんなトラブルはたまに聞く。

「例えば飛行ポケモンは空を飛べるから、目を離したすきにどこかへ行って帰って来ないと言うのはよくある話だ」
「じゃあ、迷子ポケモンですか」

 台の上で眠るチルットは、突然トレーナーとはぐれてどれだけ不安だったのだろう。そう思うと、可哀想に思えてきた。
 そんなチカを安心させるように、アオキは微笑む。

「大丈夫だよ。警察に知り合いがいるから、チルットの捜索願いが出ていないか聞いてみるか
 
 その岩場の上に、一人の少女が横になっていた。両手と両足を後ろで縛られ、口には布のようなものを噛まされ声を奪われている。

(チルット……助けて……!)

 少女の背中は、ほとんど海水に浸かっていた。

Re: 【ポケモン】クリスタル・ウィング ( No.10 )
日時: 2020/04/26 00:11
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

しばらくすると、台の上で眠っていたチルットが目を覚ます。見慣れない場所に来たからか、不安そうに辺りを見渡していた。

「チルット、大丈夫?」

 チカが声をかけると、チルットはほっとした顔つきになる。
 そして、何かを訴えるように強く鳴いた。何度も繰り返す。

「チルットは、チカちゃんに何か言いたいようだね」
「チルット、どうしたの?」

 チルットは飛び上がったかと思うと、研究所の出入口の前まで来た。そして、近寄ってきたチカの顔をじっと見つめる。ここから出たいらしい。

「え、何? 外に行けばいいの?」
「ここにこもっていると退屈なのかもしれないな。チカちゃん、よければチルットと散歩してきたらどうだい?」
「あ、はい」

 返事をすると、アオキはチカに色々と手渡してきた。赤いリュックに、モンスターボールだ。

「娘のお古で申し訳ないが、リュックだ。それとモンスターボール。せっかくイーブイがいるんだ、気に入ったポケモンがいたらゲットするといい」
「ありがとうございます」

 身支度を整えたチカは、イーブイを肩に乗せチルットが進むがままにワカクサタウンの散策に出かけていた。
 ワカクサタウンは海にほど近い、田舎町と言った感じだった。家はちらほら点在しているが、店らしいものはない。ここらへんで一番大きな建物は、アオキの研究所だろう。ポケモンの研究所だけあり、遠くからでも目立つ。

 しばらく歩くと、チルットは何故か砂浜の方に飛んでいった。チカは海岸へと降りる階段を降り、海を眺めているチルットの後ろに立つ。
 チカの視線の先には、どこまでも広がる青い水面が陽光を受けて光輝いていた。時折、心地よい潮風がチカの後ろで一つにまとめた髪を揺らす。

「気持ちいい」

 伸びをしていると、チカは離れた場所に岩が顔を覗かせているのに気がついた。今は満潮が近いのか、ほとんど水没しかかっていたが。

「へー、岩があるんだ。潮が満ちたら沈むんだろうな」

 なんてことを言っていると、チルットは翼で岩を指し示して甲高い鳴き声を発する。まるで、岩に注意してほしいかのようだった。

「え、あの岩に行きたいの? チルット、飛べるよね?」

 チルットは首を振り、翼でチカを指さした。どうやら、チカに岩場まで行ってほしいようだ。
 しかしチカは水着を持っていないし、生憎水泳には自信がない。海の向こうにある岩場まで行くのは、難しかった。

「あー、そっか。泳げるポケモンを捕まえて、あそこに行けばいいんだ」

 ゲームでは泳げるポケモンに乗り、川や海を横断していたことを思い出した。この辺りは海なので、泳げるポケモンはたくさんいるはず。適当なのを捕まえて泳ごう、と思った矢先に。
 少し離れた水面から、一匹のポケモンが顔を出した。
 見た目は、青いアシカのようなポケモンだった。鼻の先にはピンクの丸がつき、首の周りはひらひらのようなもので覆われている。あしかポケモンのアシマリであった。

『アシマリ あしかポケモン
頑張り屋な性質で有名。 体液を、鼻で 膨らませたバルーンを敵にぶつける』
「へー、アシマリねぇ……知らないポケモンだわ」

 ポケモン図鑑を見ていたチカは、ボソリと呟いた。記憶にかすりもしないので、割と新しいポケモンなのかもしれない。
 そんなことを思っていると、チカと瞳があったアシマリはニコリと笑い一度海面の下に潜っていった。
 なんだろうと思い海を見ていると、チカのすぐ目の前にアシマリが顔を覗かせる。そして浜辺に上がってきた。

「あら、こんにちは。アシマリ」

 しゃがんで瞳を合わせ、挨拶をするとアシマリもまた元気に返事をしてくれた。チカが頭を撫でると機嫌がよくなり、ニコニコしている。非常に人懐っこい性格のようだ。

「よかったら、ゲットさせて? 一緒に旅をしてみない?」

 モンスターボールを出しながら軽い気持ちで誘うと、アシマリは前足でモンスターボールのボタンを押した。
 するとボールは勝手に開き、アシマリを赤い光に変えて飲み込む。何度か揺れた後、ボールは静止した。

「……呆気なくゲットね。でも、これで海の向こうに行けるからいいわね」

Re: 【ポケモン】クリスタル・ウィング ( No.11 )
日時: 2020/05/01 15:14
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: ワカクサタウン

ボールからアシマリを出すと、チカはリュックとイーブイを砂浜に下ろした。リュックやモンスターボールは防水機能があり、海や川に入っても大丈夫だとアオキは言っていた。
 そういえばゲームだと海や川にもトレーナーがいたが、あれの通りボールには防水機能があるらしい。

「イーブイ、荷物番お願いね」

 とは言え心配なので、荷物は一応地上に置いていく。イーブイも海に行きたくないのか、素直に従っていた。
 チカも服をなるべく脱ぎ、海の中に入っていく。
 生ぬるい海水で服が重くなる中、アシマリの小さな身体を掴み前に進んでいった。
 身体は小さいがポケモンの泳ぐ力は高く、波を掻き分けるように進むのが面白い。これで服が濡れなければ気分は最高だが、仕方ないだろう。ゴーグルもないので常に顔を上げていないといけないのも辛い。
 その上を、チルットが先導するように飛んでいた。

(え、誰かいる? 昼寝……?)

 岩に近づくにつれ、チカはその上に人影があるのに気がつく。
 その人影は、昼寝でもしているのか。沈みかかる岩の上で横になったまま全く動かない。危ないな、と他人事のように思っていたチカだが岩が間近に迫りぞっとした。

 沈みかかる岩の上にいたのは、チカより少し年上に見える少女だった。
 一本一本が糸にも思える長めの黒い髪、目鼻立ちの整った顔。美少女と言う単語は彼女のためにあるのだろう、と同性ながらチカは思う。
 その少女は手足を縄のようなもので拘束され、口には布を噛まされていた。また手を縛る縄の先端は岩の尖った部分に結ばれ、ご丁寧に逃げられないようになっている。

(岩に人が縛り付けられてる! って、殆ど身体が水に浸かってる! このままだと、溺れちゃうわ!)