二次創作小説(紙ほか)

Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.4 )
日時: 2020/04/13 20:32
名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
プロフ: プロローグ

「さあ、あがってくれ」
「お邪魔します」

 チカは挨拶をしてからスリッパを脱いで、裸足で室内に上がる。フローリングの冷たさを感じながら、ことはは室内を見渡した。
 男に案内された部屋に並ぶのは見たことがない機械たち、机の上には資料の山。本棚に並ぶのは『ポケモン』に関する本の数々。いかにも、ポケモンの研究をする研究所らしい。

「いやあ助手はみんな出払っていてね、あーとりあえずここに座って」

 入口近くにあるテーブルの上に乗っていた資料を端に寄せ、男はことはに座るように促してくる。言われるがまま座る。

「その格好だと寒いだろう。娘が買って放置している服から、適当なのを見繕ってくるよ」

 しばらくしてチカは白いシャツに茶色のパーカー、長めの茶色いズボンに白のソックスと言う格好になった。気にはなるが貰い物なので、わがままは言えない。

「さてまずは自己紹介といこうか。私はアオキ、このハクサンタウンでポケモンの分布について研究している」
「チカと言います」

 アオキが名字を名乗らないのに習い、チカも名前だけ名乗った。思い返すと、ポケモン世界の人々にはほとんど名字がなかった気がする。

「チカちゃんか。さっきは助けてくれてありがとうな」
「は、はあ……」

 笑顔でアオキに礼を言われ、ことはは戸惑った。助けることになったのは、ほんの偶然。お礼を言われてもしっくり来なかった。チカは、曖昧に返事を返す。

「けれどことはちゃん、キミはどうして寝間着姿で一番道路にいたんだい?」

 最もな質問をされチカは返答に困った。異世界から来た、と言われ信じてもらえるのか。
 自分がアオキの立場なら、信じないだろう。かと言って上手い嘘も思いつけない。悩んだ末にチカは正直なところを答えることにする。

「あ、えっと……気がついたらあそこにいたんです。よく分からなくて」
「うん、無理に言わなくていい」

 アオキは、チカを安心させるように笑いかけた。

「チカちゃんみたいな子、よくいるんだよ。大まか、親御さんに旅に出るの反対されたのかな? 危ないからって、旅を反対する親御さんもそれなりにいるからね」
「はぁ……」

 話を合わせるため、ことはは頷く。が、嘘であるためそれ以上は何も言えない。
 口を閉ざしたことはを見て、アオキは言いたくないのだと勘違いしたのだろう。優しく微笑みかけた。

「チカちゃんが話したくないなら、無理に話す必要はないよ。ただ、旅に出たいならそれなりに準備してから来てほしかったな。イーブイのことも、イワークとかイシツブテとか言ってたし。チカちゃん、ポケモンのこともあまり詳しくないだろ」
「そうですね」

 チカは赤面する。ピカチュウ以外のポケモンは名前と姿が一致しないし、ポケモンバトルの基本も忘れた。

「まあ、旅やポケモンの知識は旅をしていく内に分かるだろうし何とかなるか。トレーナーカードを作れば、お金も引き出せるからそれで服や旅の荷物を買えばいい。僕はね、子供の夢は応援してあげたいんだ」
(……何か旅する前提になってるんだけど)

 旅に出たいとは一言も言ってないのだが、アオキはチカが旅に出たいと思っている前提で話を進めている。
 否定しようと思えばできるが、チカには行く宛がない。
 お金もないし、身寄りもない。しかしアオキの口ぶりだと、旅に出ればお金は貰えるらしい。無一文で放り出されるより遥かにマシ、とチカは判断し口を出さないことにした。

「さて、まずはトレーナーカードを作ろうか。うーん首から上の写真しか使わないからそこの鏡見て髪の毛、整えておいで」

 そう言いながらアオキは、安物の黒いヘアゴム、プラ製のクシをことはに手渡してくる。少し離れた壁に鏡がかかっていた。
 チカはそこの前に立って、手早く髪を梳かし、後ろで一つに纏める。
 鏡を見れば写真に写っても大丈夫なくらいに髪は整った。いつもなら編み込みにするが、今日は時間がないので諦める。
 髪を整え振り向くと、アオキがスマホを構えて待っていた。

「はい、じゃあ撮るよ」

 シャッター音が流れ、写真の撮影は終わった。アオキはスマホを片手にどこかの部屋へ消えていった。
 それから約三十分後。色々と荷物を抱えたアオキが部屋に戻ってくる。

「すごい荷物ですね」
「いやあ、初心者トレーナーには渡すものが多くてね」

 持ってきた荷物をアオキはテーブルの上に置いた。
 テーブルの上には色々な荷物が並んでいた。モンスターボール、四角い機械、丸い機械。モンスターボール以外はことはが見たことがない機械だ。

「渡すモノ、色々とあるからねぇ。えーと、まずこれ! トレーナーカード。生活費を毎月一定額下ろせるし、ジムに挑むのにも使うから無くさないでね」
「ありがとうございます」
 
 手渡されたのは、掌に収まる程の小さなカードだった。左端にチカの顔写真が貼られ、名前、それから何かの番号らしき数字が書かれている。学校の生徒手帳のカードを思わせた。身分証明書の類であろうことは分かった。

「次はこれ! ポケモン図鑑。ポケモンに向けると、そのポケモンの情報を教えてくれる便利な機械さ。トレーナーカードと図鑑の説明はこの冊子に書いてあるから後で読んでねー。でこれはポケモンギア、縮めてポケギア。カードを読ませることで色々とアプリが増える便利な機械だよ。色は何色がいいかな?」
「えっとオレンジ色で……」
「じゃあこれで説明書はこれ。全部、この手提げ袋に入れておくよ」
「あ、ありがとうございます」

 四角い機械——ポケモン図鑑、丸い機械——ポケギアを布製の袋に入れ、アオキはチカに手渡してくる。
 無くすといけないと思い、ことははトレーナーカードも入れておいた。

「で、これが一番重要だね。キミの最初のポケモンになる子が、この中にいるんだ」

 アオキは、チカの手にしっかりとモンスターボールを握らせた。
 中にいるポケモンがチカの存在を感じたのか、モンスターボールが微かに揺れる。

「三匹から選ばないんですか?」

 ゲーム開始後すぐ、オーキド博士は三匹のポケモンの中から最初のパートナーとなるポケモンを選ばせてくれた記憶があった。

「初心者用ポケモンのことか。まあ、普通初めてポケモンを持つ子はその三匹から選ぶものだから、そう言いたい気持ちは分かるよ。ここの初心者用ポケモン、チコリータとヒノアラシとワニノコがいると言えばいるけど、チカちゃんにはこの子が一番いい」

 アオキがボールのボタンを押すと、ボールが開き光が溢れる。その光が晴れると見覚えのある白銀のイーブイがいた。
 イーブイはチカを見つけるなり笑顔になり、彼女の左肩にまた飛び乗ってきた。勢いよく飛び乗られたせいでチカはバランスを崩し、咄嗟に近くの机に手を着く。

「あ、さっきのイーブイ?」
「早速図鑑を使ってみたらどうかな」

 アオキの言葉通り、チカは鞄から図鑑を取り出し、イーブイに近づける。すると黒い画面に写真が現れ、女性の声が淡々と流れた。

『イーブイ しんかポケモン 進化のとき 姿と 能力が 変わることで きびしい 環境に 対応する 珍しい ポケモン』
「イーブイは、何種類のポケモンに進化するんでしだっけ?」

 ゲームでポケモンには、進化と言って姿形が変わる現象が起きていた。
 進化するとゲームではポケモンの能力値が上がっており、強くなっていた。その進化だが、普通ポケモンが進化する姿は一つだけである。
 が、このイーブイは使う道具によって進化する姿が複数あった覚えがある。図鑑の説明通り、珍しいポケモンなのだ。

「今は八種類の進化系が確認されているよ」
「そ、そんなに……」

 イーブイを見つめ、チカは絶句する。
 子供心に数種類だけでもすごいと思っていたのに、ことはがプレイしていない間に八種類にまで増えたと言う。時の流れを感じると共に、言葉が出てこなかった。

「ところで、このイーブイ、図鑑と体色が違うだろ?」
「確かに……」

 図鑑のイーブイは茶色だが、ことはの肩に乗るイーブイは白銀。明らかに色が違う。

「色違いと言って、体色が違う珍しいポケモンなんだ」
「こんな珍しい子を頂いて、大丈夫なんですか?」

 このイーブイは、アオキの鞄に入っていた。間違いなく彼のポケモンであろう。珍しいポケモンを、簡単に貰ってしまうのも気が引ける。遠慮するチカに対し、アオキは大らかに笑ってみせた。

「大丈夫。さっきのバトルで、イーブイもキミを気に入ったみたいだし、どうかな?」

 チカは本当にいいのか確認するように、肩のイーブイを見つめる。
 イーブイは可愛い瞳で翡翠色の瞳をじっと見つめ返してきた。あなたがいい、と言いたげな意思の宿った瞳。慕われることを嬉しく思いながら、チカはイーブイに言った。

「そうですね、イーブイと一緒に頑張ってみたいと思います」
「ブイっ」

 そう告げると、イーブイは嬉しそうに鳴いた。一緒に頑張ってくれるらしい。

「そのことが分かったなら、チカちゃんはトレーナーとして大丈夫だろうね。さあ、行っておいで」
「はい」

 その言葉でチカは手提げ袋を持ち、アオキよりプレゼントされた赤のランニングシューズを履いた。そして、アオキ博士の研究所を出た。
 これが、チカの長い旅の始まりである。