二次創作小説(紙ほか)

Re: ろくきせ恋愛手帖【短編集】 ( No.17 )
日時: 2020/09/01 18:45
名前: むう (ID: 9Yth0wr6)

 亜門が死んだ。
 そう書かれた手紙を鴉から受け取った俺は、手紙をぐちゃぐちゃに破いて捨てた。
 そして、地面を思いっきり右足で踏んづけた。

 そうでもしないと気持ちが整理できそうもなくて、だからと言って何かできるわけでもなく。
 ただ、胸の中に大きな黒い靄が、ずっと巣食って一向に出てこなかった。


 また明日なんて、来なかった。
 彼と一緒に笑って話せる未来は、来なかった。
 望んでいた未来は、もうない。
 
 俺は甘えていた。俺は間違えてしまった。
 昨日生きていた人は、今日も生きているのだと勝手に思い込んでしまっていた。
 また、会えるんだと、そう信じ込んでしまっていた。


 睦彦「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!」


 何が友達だ、何がありがとうだ。何がヤワじゃないだ。
 結局こうなった。結局お前は俺の前から居なくなった。何が心配するなだ馬鹿。
 お前が死んでしまったら、残された俺はどうしろって言うんだ。


 葬式に行く前に食べた朝食も八割ほど戻してしまった。
 俺が今こうやって苦しんでるのも、泣きたいのも、後悔してるのも全部お前のせい。
 全部全部お前のせい。お前のせい。


 お前なんか、大っ嫌いだ。


 ****************************


 葬式会場の亜門の家で、お坊さんと一緒にお経を読み上げる。
 俺の隣に座る胡桃沢は終始泣いていて、俺は余計に自分が泣けないことが悪いと思った。

 納骨する時に、棺に入れられた亜門を見た。
 沢山の花に囲まれて、胸の前で手を組んだ彼はとてもきれいで。
 墓の中に入れられる場面でも、涙は一滴も流れなかった。


 仁乃「我慢してるの?」
 睦彦「別に」


 震える声で胡桃沢が問いかけて来たが、俺はなんてこともないような調子で言った。
 本当は、辛いし苦しいという言葉では到底表せないような複雑な気持ちだった。
 今すぐに心の中身を全部吐き出したかった。


 でも、出来なかった。
 代わりに、線香をあげるときに感極まって手が止まってしまう胡桃沢の右手を、そっと握った。
 

 亜門は今、空で俺のことを憶病だと思っているのだろうか。
 そう思われても別にしょうがない。
 泣けることなら全てを洗いざらいに流したいのに、なぜ。


 こんなことになるなら、お前になんか合わなければよかった。
 こんなことになるなら、永遠に嫌われたままで良かった。
 

 でも、あの時お前に抱き着かれて嬉しかった。
 お前と一緒に任務に行けてよかった。お前に殴られてよかった。
 お前の同期が俺で良かった。お前にとって大きな存在になれてよかった。

 
 ——お前の友達になれて、よかった。



 ……そう思うのに、なんで。
 いつもそうだ。俺は肝心な時に、本音を言えない。


 ただ、汗ばかりが体中から流れるばかりで。
 それでも葬式に参列した人たちは、そんな俺を見て何も言わなかった。
 

 
 ****************************


 全てのスケジュールが終わって、放心しながら瀬戸山家を胡桃沢と一緒に出る。
 正門の前で、人々を見送っている男の人と目が合う。
 確か彼は、亜門の育手だったはずだ。


 先生「君が、刻羽睦彦くんだね。ご参列頂きありがとう」
 睦彦「………どうも」


 一番苦しいだろうに、先生が俺に向けた笑顔はとっても優しかった。
 そんな彼にどんな態度を取ればいいのか分からず、俺はゆるゆると下を向く。

 彼女なりの励ましだろう。
 胡桃沢が、さっき俺がしたように、そっと俺の右手を握った。


 先生「あの子はもともと体が弱くてね。鬼殺隊に入隊するのは諦めなさいと言ったんだけどね」
 仁乃「……なんで、入隊を?」
 先生「頑張り屋さんだったし、負けん気も強かったからね」

 確かにと俺は思った。


 先生「選別の後、家に帰ってくるなり神妙な顔をするもんだから、どうしたのか聞いてみたら」
 睦彦「……すみません」
 先生「いいや、君は何も悪くない。ただ、亜門も悪いことをしたと思ったんだろう」

 先生「『どうしたら仲良くなれると思う?』って、私に何回も聞いて来たんだよ」
 睦彦「そんな、バカな」

 先生「本当だ。答えを教えなかったから、自分で模索して。そしたらある日、『やった!』って」
 睦彦「……喜んでました?」
 先生「うん。『友達になれた』って」


 ………友達になれた。
 やばい、ダメだ。抑えて来たものが零れそうになる。


 先生「あれからずっと、夕食のたんびに『刻羽が』『刻羽が』ってうるさくてね」
 仁乃「良かった……」
 先生「だから、刻羽くん。亜門と仲良くしてくれて、本当にありがとう」


 ………もう、ダメだった。抑えきれなかった。
 握られていない左手が震える。両目から熱い水滴が零れだす。


 亜門と、友達になることができたのに。
 友達だって、そんなに喜んでくれたというのに。
 昨日、やっと本音を言えたというのに。



 彼には、もう会えない。




 睦彦「…………うあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 仁乃「………ふっ。ふ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 
 涙が溢れて溢れて、一向に止まらない。視界がぼやけて、目の奥がちらつく。
 でも、心の中にいた黒い靄は、もういなかった。

 俺は亜門が好きだ。ずっとずっと、ずっと好きだ。大好きだ。
 また一緒に会いたかった。また一緒に笑いたかった。 
 また一緒に仕事して、また一緒に馬鹿話をして、また「刻羽」って呼んでほしかった。

 

 でも、もう「また」はない。



 だから、しっかりと、自分の記憶に焼き付けて置こう。
 そして彼の話を語るときのために、また彼のことを思い出そう。
 
 瀬戸山亜門って言う、バカで不愛想で自分勝手で直情径行な奴がいたって。
 そいつは、俺のことをずっと嫌いだったって。
 そう、笑って彼の話をしよう。


 だから今は、思いっきり泣かせてくれ。
 瀬戸山亜門、お前は俺にとって、大切な同期で、ライバルで、友達で、大っ嫌いな人間だよ。
 

 ☆第1話 END☆