二次創作小説(紙ほか)

Re: ろくきせ恋愛手帖【短編集】 ( No.37 )
日時: 2020/11/04 07:26
名前: むう (ID: 9Yth0wr6)

 遅くなりました! 続き行きます!
 え、あの件は大丈夫ですかって? んーまぁ何とかなります! 行きます!

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 〈つか花side〉



 
 ———やばい、息が出来ない。


 七不思議8番・八雲の体から発生した謎の黒い靄は、足元からじりじりと這い上がって来ていた。
 そしてついに靄が顔を侵食しはじめ、口を塞がれて俺こと花子は慌てて両足をばたつかせる。


 花子「ん゛ッ! ん゛ん゛ん゛ッ!!」
 つかさ「普っ! 捕まって!!」

 まだかろうじて、靄が胸のあたりまでしか来ていないつかさが必死で俺に手を伸ばす。
 その腕を掴もうとしたが、靄が手にまとわりついて掴むのを拒んだ。


 花子「ん゛……!! (やばい、息が持たない……!)」
 つかさ「普!!」

 八雲「…………さよなら」
 

 さっきからずっと階段の壁にもたれかかっていた八雲が、短く呟き振り返る。
 その顔は、なぜか泣いているように見えた。


 花子「待って8番! なんで、キミはこんな……っ!」
 八雲「————8番じゃない」


 花・つ「?」
 八雲「———私は『8番』なんて言う名前じゃない」


 ゆっくりと、噛んで含めるように彼女が呟き、俺たちをじっと見つめ返す。
 何かを、伝えたがっているようだが、それが何なのか分からず俺は首をかしげる。


 花子「それは、俺も知ってるよ。俺だって、花子って名前じゃないし——」
 八雲「———月原八雲よ、柚木くん」


 ………………一瞬、視界が真っ暗に染まって、自分だけ違う場所にいるかのような錯覚に陥った。
 柚木くんって、確かに彼女はそう言った。
 なぜ? なんでその苗字を、キミが知ってる?

 花子「———どこかで、会った?」
 つかさ「…………月原………」

 八雲「そう。忘れちゃったんだ。———そっちが先に一人にしたのが悪いんだ」
 花子「え?」


 どういう意味?
 そしてなんで、そんなにキミは泣きそうな顔をしているの?
 


 八雲「あなたたちが、私を置いてったんじゃないの」
 つかさ「いつ?」
 八雲「60年前! あなたたちが、私の前からいなくなった!!」


 急に声を荒げた八雲の言葉に、俺たちは揃って目を丸くした。
 出会った時からずっと、冷静な態度をとっていた彼女の、初めての感情的な行動だった。


 八雲「全部全部、あんたのせいよ柚木くん! 何で死んだのよ!?」
 花子「え、えっ、と」
 八雲「あなたが私のたった一人の友達で! 理解者で! それなのに!」


 俺はこの子の友達だったことが、ある———。
 俺の死を、この子は知っている———。
 

 八雲「突然!! 弟と一緒にこの世界からいなくなって! 私は一人取り残されて!!」
 花子「——月原さん………」
 八雲「私は! この階段から落ちて死んだのよ!!」


 思い出した。
 月原八雲は、昔、俺の元クラスメートで、俺の前の席だった。
 
 いつもおかっぱ髪を揺らして明るく笑う子で、友達も少なからずいるような子だった。
 しかしいつからか、彼女の周りからは友達が一人もいなくなった。
 理由は分からない。あぶれた、って言うのだろうか。
 グループのリーダ格の子が、彼女の悪口を言うそぶりもなかったのに、八雲は一人になった。



 『………いじめられたの?』
 『違うの。あの子達と私の価値観が違いすぎて、話がかみ合わないの』

 『価値観?』
 『ええ』


 八雲は少し不思議なところがあった。急に、何もない所を見てニコっと笑うことがあった。
 なぜ、そんなことをするのかと聞いたら、八雲は至極当然のような口調で言うのだった。


 『——何もない空間に、一から物体を作り上げるのが、妄想のだいご味でしょ?』と。


 
 お互い一人ぼっちの俺と八雲は、少しずつ仲良くなった。しかしそれは秘密裏のことだった。
 どういうことかというと、彼女は俺と仲良しなことを周りに隠していたのだ。
 俺は別にそんなことどうでもよかった。何故そんなことをするのかと聞くつもりもなかった。
 答えは、とっくに分かりきっていたから。


 
 八雲「あなたのせいよ7番!! 全部あなたが悪いんだわ!!」
 花子「………そ、それは、その、……ごめん」
 八雲「謝ってほしいとか、そう言うことじゃないのよ。………何でなの」

 
 それは、本当に答えが知りたい「なんで」だった。
 この質問に答えるには、相当長い時間が必要になる。
 正直言うと、答えたくなかった。


 つかさ「………なんでキミは死んだの?」
 八雲「全てに、疲れ切ったからよ。学校も、人間関係も、この世の不条理も、全部嫌だった」


 だから、階段で私は死んだの、と告げる彼女の声の温度は冷たい。
 でも、と彼女は言葉を続ける。


 八雲「———どうせなら、柚木くんと同じ時間に、同じ場所で、………死にたかったな…」

 
 寂しそうに目を伏せる八雲——いや月原さんに、何という言葉をかけていいのか、俺は迷う。
 本当に、彼女の依り代を壊せば、この事件は解決するのだろうか。
 だって、この少女が死んだ理由は、少なくとも俺のせいで、だから……。


 八雲「———だから、あなたたちには、ここで死んでね」



 …………彼女の心の穴は、深く深く、それを塞ぐだけのものが、まだ……ない。