二次創作小説(紙ほか)

Re: ろくきせ恋愛手帖 【亀更新です】 ( No.82 )
日時: 2021/01/02 12:28
名前: むう (ID: mkn9uRs/)


 そんな夏のある日のこと。
 十郎お兄ちゃんは急に遠い場所へ任務に赴くことになった。
 
 なんでも、ご先祖さまが封じたとされる六新鬼月ろくしんきづきという鬼。
 そのの封印が解け始めているらしい。
 茂吉お兄ちゃんはボクの世話のため、家に残ることになった。

 十郎「じゃあ、行ってくるけど戸締りよろしくね」
 茂吉「OK。十兄もケガしないようにね」
 十郎「大丈夫だって。怪我したところにヨモギを添えるくらい早く終わらせてくるから」

 有為「じゅうろうお兄ちゃん…どっか行くの?」
 十郎「うん、ちょっと厄介な任務に行くことになったから。有為は茂吉と待っててな」
 有為「わたしも一緒に行く!」

 十郎「ダメだよ、有為は女の子なんだから。それに、一緒に行ったらまた何か言われちゃうよ」
 有為「でも、でも……」
 茂吉「お兄ちゃんなら大丈夫だ。絶対戻ってくる」

 十郎「んじゃ、二週間くらい戻れないから、後頼むよ」
 有・茂「行ってらっしゃーい!」

 いつかは戻ってくると思っていた。
 本人が絶対戻ってくるって言ったんだから。


 でも、二週間経っても、
 五週間経っても、
 一カ月経っても、


 十郎お兄ちゃんは戻って来なかった。

 


 ***


 有為「……じゅうろうお兄ちゃん、もうずっと戻って来ないね」
 茂吉「……そうだね(米を研ぎながら)」
 有為「いつか、かえってくるよね?」
 茂吉「……うん」


 お兄ちゃんがもう戻って来ないことは、うすうす感づいていた。
 いつも明るい茂吉お兄ちゃんが、ずっと暗い表情をしていたから。

 それでもボクに心配かけまいと笑ってくれる。
 ボクはそんなお兄ちゃんに、何も言えなかった。
 
 生まれた時から、死んだお父さんやお母さんの代わりに世話をしてくれたお兄ちゃん。
 自分の妹を、忌子だとののしられても絶対見捨てたりしなかった。
 
 十郎お兄ちゃんも、茂吉お兄ちゃんもずっと優しかった。
 だからボクも、お兄ちゃんに何かしてあげたいと思った。


 有為「……もきちお兄ちゃん、ういと将棋しよ?」
 茂吉「ルール分かる?」
 有為「うん。わたしね、じゅうろうお兄ちゃんに三回も勝ったの」
 茂吉「そっか。有為は頭いいもんな。やるか」


 本当は茂吉お兄ちゃんは、今すぐにでも十郎お兄ちゃんを助けに行きたかったんだと思う。
 でも小さいボクを置いては行けないから、ずっと家で家事をしてるしかなかった。

 有為「(行きたいなら行けばいいのに)」


 ボクは別に一人でも構わない。
 お兄ちゃんたちがいても、心の中ではずっと独りだったし。
 でもそんな失礼なことを言う勇気は、その時の自分にはなかった。


 有為「……三六銀(パチッ)」
 茂吉「へえ、動かし方もちゃんとできてるな。じゃあ…ほれ、飛車王手」
 有為「いいの? と金で…(飛車ゲット)」
 茂吉「あ」
 有為「ふふふ」


 大丈夫だよ。
 じゅうろうお兄ちゃんは絶対、鬼なんかに負けないから。
 だからこんな遊びも、きっとすぐに終わる。



 そう願ってたけど。


 ****



 ある日、家に鬼殺隊のかくしの人がやってきて、お兄ちゃんとこそこそ玄関で話をした。
 ボクは運悪く、玄関に比較的近い部屋にいたので、バッチリ二人の話を聞いてしまった。


 隠「東京都浅草で…」
 茂吉「……そうですか……」
 隠「……当主様は、立派な最期を遂げられました…」
 茂吉「…………そう、ですか……」


 瞬間、目の前が真っ黒になって、くらりとめまいがした。
 うんと小さい時、十郎お兄ちゃんからもらったお守りの鈴がついた紐を、じっと見つめる。

 その紐が視界の中で揺れて、次第にぼやけた。
 顎を伝う涙を何度も何度も拭って。


 でも。
 これで終わりではなかった。


 当主である十郎お兄ちゃんが例の六新鬼月に取り込まれた。
 それを聞いて、敵討ちのために茂吉お兄ちゃんは家宝の錫杖を掲げて出陣することになった。

 他の御三家の陰陽師たちを従えて、ボクの制止も振り切って、お兄ちゃんは行ってしまった。

 本当に、何度も泣き叫びながら止めたんだ。
 でも、忌子の言葉なんて、誰も聞いてはくれなかった。


 有為『行かないで! このままじゃお兄ちゃんまで死んじゃう!』
 他の陰陽師『このっ、黙れ!(ガツッ)』
 有為『ギャッ』

 茂吉『有為――ッ』

 他の陰陽師『さあ行きましょう茂吉様。こんな忌子の戯言など必要ありません』
 茂吉『でも、』
 有為『お兄ちゃん――!』
 他の陰陽師『この忌々しい忌子め! お前がいるから鬼が寄ってくるのだ! はよ去らんか!』


 分かってたつもりだった。
 なんで…なんでみんな、間違ってるって思わないんだろう。
 
 同情なんてしてくれなくていい。
「分かるよ」「辛かったね」なんて死んでも言われたくない。
 でも、少しはボクのことを、普通の人間だと見てほしかった。


 ただ、それだけなのに。



 ****


 茂吉お兄ちゃんも、十郎お兄ちゃんと同じく、鬼に取り込まれたと知った。
 ボクは心底腹の底が煮えくり返るくらいに怒り、そして悔しさに潰されそうな日々だった。

 鬼殺隊の隠の人が、十郎お兄ちゃんの時のように家を訪ねて来た。
 

 隠「…すみません。茂吉様は、立派な最期を遂げられました」
 有為「………」
 隠「有為様、気持ちを強く持っていてくださいね。色々苦労されてるみたいですが」
 有為「………帰ってください」

 隠「う、有為様―」
 有為「もう帰ってください! 同情するくらいなら、―――ください」
 隠「…?」
 有為「同情なんてするくらいなら、忌子のせいだって責めろよ!」

 有為「全部わたしが悪いんでしょ!? わたしがいるから、茂吉様は死んだって皆言う!」
 隠「落ち着いてくださいませ有為様。わたくしはそのようなことなど……」
 有為「忌子は陰陽師になれないって、女のくせにって、そう言えよ!!」


 陰陽師なんて大嫌いだ。
 その下らない制度で、その下らない階級で、なんの罪のない人を殺し責め、糾弾する。

 自分なんか、結局何の価値もなくて。
 あるのは、「忌子」というレッテルだけで。


 有為「もう、帰ってください!!」
 隠「……」

 怒り任せに引き戸をしめる直前、隠の人の、寂しそうな笑顔を見た。
 同情なんてしてほしくない。
 でもその笑顔は、なぜだか怒る気になれなくて。


 隠の人は扉をしめようとするボクに、着物の懐から一枚の封筒を取り出した。
 当主様からの言伝ですとボクに渡し、それ以上の説明はせずに帰っていった。


 有為「……『遺書』? 裏に差出人の名前が――」


 封筒をひっくり返し、僕は目を見開いた。
 そこに書かれてあったのは。




 有為「『宵宮十郎・茂吉』……」