二次創作小説(紙ほか)
- 第一話『彼にとって退屈な場所』 ( No.1 )
- 日時: 2023/09/10 15:17
- 名前: アプー (ID: lQwcEz.G)
side -なし-
目を閉じていて、空の青さが感じられ、光で瞼がほんのりと熱を持ち、それが色を伝えてくれるのだ。
太陽が雲で翳った時なども瞼を通す光と熱の加減で分かっている。
フェンス越しに居るトウヤは深く息を吸い込んだ。
ここは、トウヤが入院しているイッシュ地方のヒウンシティにある総合病院の屋上。
トウヤは何時も不安になると高い所から町などを見下ろすことで心から不安を和らいでいた。
すると、階段を上ってくる足音が聞こえてきたため、トウヤは怠そうな目で上ってきた看護師を見る。
「はぁっ…はぁ……はぁ! 見つけました……よ、トウヤ君」
「はぁっ…、本当に……しつこいですね、あなた! もう、……いいんです。僕の体は日に日に弱くなっていって、最後には、…もう」
トウヤは己の中にあるー死への恐怖ーを抑えながら言い放つが、最後にその募っていた不安がこぼれ落ち、その不安から逃れようとしていた少年の瞳には生気を感じられなかった。
「……」
トウヤの今までに募ってきた弱っていく自分の体へのー不安ーと自分の寿命がもうもたないという真実を知っていることからできるー死への恐怖ー。この二つをぶつけられた看護師は、…ただ……ただ黙っているしか出来なかった。
トウヤは無表情で、でも低くまだ鋭さを残した声で、
「もう…、行きますんで」
そう、告げると左右の手に握っている自身の松葉杖を使って、病室へと戻っていた。
side -なし-
ここは診断室。
「あ…あの、すみませんでした。わ、私がトウヤ君に手術を受けるように説得しに行ったつもりが、……逆に私が…。途中で、どうしたらいいのか……本当に、わからなくて。ーーあの、私」
「……もう、いいよ」
アタフタしながら、謝って来る看護師にトウヤの担当である医師が苦笑しながら、「大丈夫だから」と看護師に言った後に座っていた椅子から立ち上がり、幾つものレントゲン写真が貼られているホワイトボードがある場所に歩み寄り、立ち止まると今度は考え始めた。
(……トウヤ君の病気は拡張型心筋症だね。……てことは、突然死もあるってわけだ。でも、トウヤ君は激しい運動をするはずがないから、急な心臓発作を起こす可能性は、ない。だが…、徐々に思うように動かなくなっていく体に焦りを感じて何か起こったら。)
と頭の中で幾つ物の病気の悪化の可能性やそれへの対策を考えていくがそれを一時中断し、アタフタしていた新人の看護師であるホシノを呼ぶと
「ホシノ君」
「…はい」
「トリート地方で受け入れしてくれる病院は見つかったのかい?」
「……いえ、まだです。やっぱり、いろんな病院に電話しても、世界一番の医療を誇るトリート地方ですから、『他の地方からの患者も受け入れているため、一杯だから、他をあたってくれ』って言うのがリピートしてまして」
その真実を言われても、医師の瞳には強い意志が残っていた。しかし、ホシノはそんな意志にもう一つ爆弾を放ってしまった。
「それにトウヤ君…、まだ手術を拒んでるんですね。ですから、その不安を取り除くために屋上に行ってたんですよ。だって……、トウヤ君は後…少ししか生きられないから…」
だが、医師はホシノを見て、不安な自分に言い聞かせるように言った。
「大丈夫…。トウヤ君なら…、きっと」
「先生」
ホシノはそんなヒコボシを見ていられなくなり、目を逸らした。
side -トウヤ-
僕は夢を見ていたーー自分の右足が使えなくなった日の夢。
ベッドの上から起き上がろうとしても、右足だけが動かず、人形のように倒れていき、最後に感じられるのは倒れた時の痛みと何故自分の右足が動かないのかという疑問。
「あれ……、どうなっているの…? 右足が可笑しいな…?」
嘘だ……、だって昨日まではちゃんと動いていたのにちゃんと歩くこと出来たのに。なんで…、なんでなんでなんで。こんなの、嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソダ。…ダレカタスケテ…。
僕はそう思うと自身の両手で無我夢中になりドアの所まで行き何とか立とうと藻掻くもその行為は無駄に終わる。
「だ、誰か助けてよぉぉぉぉっ!」
ー…ウヤ…ー
どこからか呼ぶ声がした。
「誰…?」
僕はキョロキョロと室内を見回すも誰もいなく、ただ床に這い蹲っている僕しかいない。
だが、また声がする。
ートウ…ヤ…ー
その声がした方に振り向くと眩しい光に包まれた。
ーto be continuedー
- 第二話『運命的な出会い』 ( No.2 )
- 日時: 2023/09/10 15:32
- 名前: アプー (ID: lQwcEz.G)
side―なし―
煌々とヒウンシティを照らしていた太陽が沈んでいき、空に浮かぶ無慈悲な笑顔を浮かべる女神のような満月が暗闇に包まれていたヒウンシティを照らしていく。
その空から月の光がヒウン総合病院のある一つの部屋へと降り注いでいた。
「失礼します、院長」
重厚なドアを開いて入って来たのはトウヤの担当医師―ヒコボシであった。
窓の外は暗く、夜のとばりが周囲を包み込んでいた。
「あぁ…、ヒコボシ君か。ちょうど良かったよ、君に聞きたいことがあったんだ」
ヒコボシを迎え入れたのは穏やかで優しそうな表情を浮かべた老人の男だった。
「はい、ゴダイ院長…」
ヒコボシは静かな声で院長の名を口にする。
そう、ゴダイは表向きではヒウン総合病院の院長を勤めている。実際はイッシュポケモン協会理事のダイの弟である。
「それじゃあ、トウヤ君の状態などのついて報告をお願いします」
ゴダイは十分すぎる程の立派な机に組んだ手を置き、ヒコボシに話すように促す。
その頭は白髪で顔にも皴が刻まれており、顎には白い髭を生やしている。
その温厚な性格は病院に入院している子供たちにもとても人気であった。
そして、子供を優しく見つめるような瞳でヒコボシを見つめる。
「まず、トウヤ君に関してですが、彼の体調も余り良くありません。後、持って一週間くらいかと…」
ヒコボシは少し陰りで曇った表情をして応える。
「そうか、なら…早くあの計画を進めなければな…」
「はい」
ゴダイは表情を崩さずにそう言うと
「ならばこれをトウヤ君に渡してくれ」
エメラルド色に輝く宝石みたいな石を机の上に置いた。
「今ですか…?」
生きているかのように輝いている石を見つめるヒコボシが驚きの声を上げる。
「そう、今しかないのだよ」
その光景にゴダイはにやりと口元を歪める。
「必要なんだ、彼―トウヤ君の協力が…」
side―???―
「ねぇ…、トウヤいつまでねてるの」
僕が尋ねると、逆にトウヤが疑問を返してくる。
―君は誰…と。僕を凝視しながら…。
「だれって、ひどいなぁー。ぼくだよ、ぼく」
今度は本当に分からないのだと頭を振って、否定してくる。
「ほんとうにわすれたの、ぼくのこと。あんなにいっしょにいたのに…」
僕が寂しげに言うとトウヤは罪悪感に苛まれたのか…頭を下げて、「ごめん」と謝ってきた。
「なんで、わすれるの。だって、ぼくときみは…たいせつな―」
side―トウヤ―
「僕たちは―って、あれ…?」
僕は謎の声と話していたはず…だったが、すぐに意識を覚醒させる。
あれ、夢からさめたのかな。でも、酷い夢みちゃったな…。でも、ここなんか違うな…。
僕は今自分がいる場所に違和感を感じると、起き上がって辺りを見回す。
すると、右、左、上と下と見る方向を変えていく。だが、視界に映るのは全てが白の色で統一された空間であった。物など何も見当たらない…。
「なんなんだ、この真っ白な空間は」
僕は自分がいるこの何もない空間に怪訝になり、まだ夢の世界ではないのか…と考えて頬を強く引っ張てみる。
「―イタッ!」
じんじんと痛む頬を擦りながら周囲を再度見渡していった。それでも、目前の光景には何も変わらなかったため、頭を抱え込んでしまう。
その時、
―ト…ヤ、…ウヤ―
僕の背後から微かだが謎の声が聞こえてきた。その声は高く、幼さを感じられる。
咄嗟に振り向いて叫んだ。
「誰なの、どこにいるのー!」
―こっ…だよ、ト…―
僕はその声に応じて、声が聞こえてくる方向に歩いていく。だが、信頼しきっているわけでもない。
でも、元の世界に帰れるなら…。
頭の中で都合のいいことを考えて促されるままに進んでいった。
―こっちだよ、こっち―
近づいているのか…、その幼い声が確りと聞くことができた。
そして、無窮に広がる白い空間を進んでいくと一つの白いドアが見つかった。
無窮に広がる白い空間に目立つこともなくひっそりと佇む一つのドア…。
「これは…?」
僕はそのドアを凝視する。そう、普通ドアは家などの民家などにつけられる建具の一種である。でも、目前で立っているのは一つのドアだけであって民家などは見当たらない。
―ここからかえれる―きみのせかいに―
「……わかったよ」
その真剣な声が聴覚に訴えてきた為、一瞬本当かと怪訝になるも頷づいて、ドアを開いた。
―その瞬間。
「うわぁぁー!」
視界が眩い光に奪われ、意識を徐々に失っていく。
―トウヤ…これでまたきみといっしょに…―
意識が朦朧とする中でその無邪気に喜ぶ幼い声を聞きながら…。
side―トウヤ―
カーテン越しに、明るい日差しが部屋に指し込んでくる。
灼熱の太陽が昇っていた。真昼の時間だった。
室内には吹き込んできた風が僕の前髪を乱し、窓のカーテンをはためかせる。
一瞬、カーテンで遮られていた日差しが完全に降り注いでくる。ふわりと翻ったカーテンが戻っていく。
「ふぁっ、まぶし…」
僕はその光に耐え切れずに目を覚まし、ぼんやりとする視界で天井を捕らえた。
何かふわふわな弾力を感じて、自分がベッドの上にいることに気がつく。
「あっ、もう起きたんだ」
「ピィーカ」
右側から二つの声が聞こえ、その声の主たちが視界に映る。と、まだ覚醒しきれていない頭でも誰かと認識することがしっかりとできる。
そう、自身のポケモンであるピカチュウと大切な友達である二つ年下の女の子―メイの存在を…。
ピカチュウは元々、カントー地方に住んでいたが、何か理由があったのか…波乗りと言う技を使ってこの離れた地方―イッシュ地方までやってきたのである。たぶん…、尻尾のあの悲惨な傷跡が関係していると思うが…。
メイは、彼女がこの病院に入院しだしてからの付き合いであり、二番目にできた友達。
そんなことをぼんやりと考えていると、
「ピッカ!」
「うわっ! ピカチュウ重いってば」
「もう、ピカチュウったら…」
僕が起きたのがそんなに嬉しかったのか…、ピカチュウは満面の笑みを浮かべて思いっきり抱きついてくる。
メイはそんな僕たちのじゃれ合いを目にして、クスクスと笑っていた。
「メイ、見てないで助けてよ…。ほら、ピカチュウも早く離れて…」
「フフッ、本当…トウヤたちってば楽しそうだね。なんだか、見てるこっちも楽しい気分になっちゃうよ」
冗談のように言ってくるメイ。
「笑ってないで、早く助けてくれぇ~。ピカチュウ、もうわかったから…ギブ、ギブ」
「ピッカチュ!」
ピカチュウとの格闘を続ける最中に、その彼女の整った顔立ちを視界に映してしまい、心の鼓動が高鳴り、頬は次第に熟れたトマトのようになっていく。しかし、視線をピカチュウに戻してそれを彼女にバレないようにする。
そんな僕の表情を見たピカチュウがニヤリと笑っていた。
「あっ、そうだ。そう言えばさっきヒコボシ先生が来てたよ、なんか少し急いでたかな…」
メイが急に話題を振ってきたため、一瞬困惑するが「ヒコボシ先生」と言う単語を聞いてもうちょっと早く起きていればな…と後悔するのであった。
そして、後悔の念を自分で振り解くと、
「で、ヒコボシ先生はどんな用件で来てたの…?」
静かな口調でメイに問う。
「うん、なんかとっても綺麗な宝石みたいな石を持ってきてね。トウヤが寝てるのを分かったら、「後でトウヤ君に渡しておいて」って言って棚の中に入れていったの。え~と…、そうだった! たしか、上から二段目の方に入れていったと思う」
メイは年相応の幼い笑顔を浮かべると、丁寧にその時の状況を教えてくれる。でも、最後の方は余り憶えていないため、人差し指を顎に当てながら脳裏の棚を探っていく。
そして、思い出したのか…僕のベットの左側にある棚を指した。
「そっか、分かったよメイ」
僕はメイに礼を言う。
「でさ、トウヤ…話し変わるけど、ヒウン総合病院で今年も七夕やるみたいなの。だから、一緒に行かない…?」
「七夕ね…、分かったいいよ。一緒に行こう。な、ピカチュウ」
「ピッカ」
僕は観念して僕の体から離れたピカチュウに確認を取り、あっさりとメイの誘いに頷く。 そう、ここ―ヒウン総合病院では院長であるゴダイ先生の案で毎年、七夕やクリスマスなどと言った伝統的なイベントを行っている。その理由としては医師や看護婦、様々な年層の患者たちが交流を深めて貰いたいと言うゴダイ先生の思いがあったからだ。
「やった、―じゃあ…、明日だから宜しくね」
明日かぁ~、…って明日!? 明日は確か七月三日じゃ…。
僕は可笑しいと思うと、すぐにメイに問う。
「ねぇ、なんで明日なの。明日は七月三日なんだよ…、普通七夕って…七月七日にやるもんじゃ…」
何か嬉しい表情をしているメイが否定する素振りも見せずにコクリッと頷く。
「うん、実際はそうなんだけどさ…。みんな、家族いるから七夕は七月七日にやるでしょ…。だから、ゴダイ先生は「―そうだよね、みんなは家族が居るもんね。僕とは違って」―えっ?」
メイの口から「家族」と言う単語が出てきたため、その言葉にコンプレックスを抱いていた僕はつい怒りで我を忘れてしまう。そして、怒号を上げてしまった。
「ピッ!?」
「―トウヤ…?」
頭に血が上っていた僕はその一人と一匹の驚愕した声を聞いて、ハッと我に返る。
暫しの静寂。
やばい、なんとかしないと。
自分が作り出してしまったこの重い空気を破壊するために脳裏で模索していく。
「あっ…、その「ごめんね、私が悪いんだよね」―えっ!?」
考えていると、突然メイが謝ってくるために困惑してしまう。彼女の声は微かながら、震えていた。
メイは顔を俯かせて前髪が遮蔽物となり、彼女の表情が良く見えなかった。
泣いてるのかな…。
ぽたっ…ぽたっと一粒、また一粒と床に落ちてくる透明水のしずくに頭が真っ白になっていく。
―ピカチュウからの視線が痛い…。
「じゃぁ、私行くね。ごめんね、本当にへんなこと言っちゃって」
メイはすぐに立ち上がるとドアへ向かい、ドアノブに手をかけた。
「待って」
僕は咄嗟にベットから起き上がろうとするもメイに睨まれ、一瞬硬直してしまう。と同時に、彼女が部屋から出て行った。
もう、ダメだ…。
僕は自身のやったことにやらかしたことに幻滅してしまう。
「ピィカ、ピカチュー?」
ピカチュウに追わなくていいのか…と聞かれる。
そうだ、メイに悪気がなかったのは知っていた。彼女が僕を思いやり、誘ってくれたことも…。でも、僕は彼女のその好意を最悪な形で踏みにじったんだ。―なら。
そう判断すると、今度こそベットから起き上がって松葉杖を両手に取った。
「行くよ、ピカチュウ。メイに謝らないと、それでもダメだったら…その時になんとかすればいい」
ピカチュウについて来るように促す。ピカチュウはそれに頷き、僕の差し出した左手からトコトコと昇っていき、左肩に乗る。
両手で持った松葉杖を交互に動かして進んでいく。
―ト…ヤ、トウ…ヤ―
その時、突然声が聞こえてくる。僕が向かおうとしていた反対方向から…。
「えっ、この声」
僕は一瞬耳を疑わせ、前に進もうとしていた足の動きが止まる。
「ピィーカ、ピカチュ?」
ピカチュウがそんな僕を見て、怪訝に思う。
―ここだよ、トウヤ―
その聞いたことのある幼い声に僕の頭からはメイに謝ると言うことが忘れ去られ、代わりにその声の主を探すために身を翻した。
―はやくきて、ここからだして―
「ピィーカ!」
必死に訴えるピカチュウをスルーして、棚から一つの石を取り出す。
「君は誰、僕の何…」
―ほんとうにぼくのことわすれたの、トウヤ―
「ピィーカチュ!」
忘れた…? だって、僕は今までずっとこの病院に居て…。外に出た事なんて、余り無いのに。
光を帯び始め、輝きを増していく謎の石を凝視すると心の中で警戒心が強くなっていく。でも、心の片隅ではどこか懐かしさを感じた。
―だって、きみとぼくはともだちなんだもん…トウヤ―
「友達…君と僕が…?」
―そう、ぼくたちはずっとともだち―
謎の石は言い終えると、宙へと浮かんで眩い光を放つ。
僕とピカチュウは反射的に瞼を閉じ、再度開く。
すると、頭上には三つの短冊を飾り、体には羽衣のような物がついているポケモンが宙をふわふわと浮かんでいた。
「君は…?」
「ピィーカ?」
僕たちは現在の状況を飲み込めずに呆然としていた。
「だから、ずっとまってたんだよ。トウヤ」
そのポケモンは無邪気な笑みを浮かべていた。
ーto be continuedー
- 第三話『彼の願い』 ( No.3 )
- 日時: 2023/09/12 16:23
- 名前: アプー (ID: lQwcEz.G)
side―トウヤ―
僕は夢を見ていた―とても酷く悲惨な夢を…。
緑と白銀に分けられた広大な大陸で、重くよどんだ空気が満ちていた。
吹きつける北風にポケモンたちはトレーナーの非道な指示に従って己の技を放ち合い、飛び散る血しぶきの中で殺し合いを行っていく。
そして、全身を恐怖に支配されて逃げ惑うポケモンやトレーナーたちは相手からの容赦のない攻撃を喰らい、その命を戦場と言う舞台で散らして行った。
「酷い…、こんな」
僕はその光景に言葉を失う。
どこを見ても広がるのは果てしなく凄惨な死の世界。腐肉が大陸の大地を腐らせ、断末魔が青い空を犯していく。
永遠と続くその戦乱が風景を地獄へと塗り替えていった。
戦争によって次第に覆われていく大地の真っ只中で一人の青年が悠然として立っていた。
「あっ…れ?」
僕はその人を見て、その容姿に目を疑う。何度も、何度も目を擦りながら確認した。
そう、僕はこの人を知っている―鋭利で物事を考えられる人物であるが、誰にでも優しく何時も笑顔を絶やさない人。
「えっ…、なんでヒコボシ先生がこんな所に…?」
だが、今…視界に映る彼は僕の知ってる先生とは姿は似ていても、その表情には死んでいく者たちへの悲哀の情などが感じられなかった。
代わりに逃げ惑うポケモンやトレーナーたちを見て楽しいのか…唇を歪ませていた。
「なんなんだよ、これ。こんなのって…」
僕がそう言いかけると、視界がブラックアウトしていく。
side―トウヤ―
「ハァ…ハァ…夢か。また、悪い夢見ちゃったな」
僕は勢いよく起き上がり、額から頬へと大量の汗が流れ落ちていく。
そして、汗でびしょびしょになった服を気にしながらも自身の両手が震えているのに気付き、拳を作ってぎゅっと力強く握り締める。
「大丈夫かい、トウヤ君」
「えっ…? ヒコボシ先生!?」
突然右側から相手を思いやる様な低い声が聞こえてきた為、振り向く。と、ヒコボシ先生が視界に映り、驚愕する。
「ちょっと、その反応は酷いんじゃないかな…? でも、よかったよ…元気そうで。僕が尋ねた時には床に倒れてたから吃驚したよ」
「倒れてた…床に、僕が…」
一瞬、先生が何を言っているのか…と疑問に思う。だが、
「あっ…」
思い当たる節があると大きな声を上げてしまう。そう、僕はあの謎のポケモンと出会うことが出来たが、いっこうにメイに謝りに行かなかったことに痺れを切らしたピカチュウの渾身の一撃を喰らったことが原因であった。
―そうだ、あのポケモンは…。
近くにポケモンがいないことに気付くとキョロキョロと周囲を見回すも姿が見えなかった。
しかし、棚の後ろから何かの頭が見えた。でも、今見つけたら…なんだかめんどくさいことになることが予想できたため、見なかった事にする。
「トウヤ君…?」
「えっ、あっ…はい」
僕は不意に名前を呼ばれ、視線を先生に戻す。先生が心配するように見つめてくる。
そして、
「ねぇ…、トウヤ君―君も今年の七夕には勿論参加するよね。その時に叶えて貰いたいと思っている願い事―まぁ、夢とかはないのかな?」
七夕の話題を振ってくる。
気を使わせたかな…。
先生に申し訳ないと言う思いを持ち、その質問に応答する。
「はい、そうですね。やっぱり、いろんな地方を旅できる様になることですかね。勿論、ただ旅するだけじゃなくて様々なポケモンと出会い友達になったり、一緒に遊んだり…時にはケンカしたり、笑ったり泣いたり…そんなことができたらなって思ってます。それに…」
「わ、分かったから…。もう、いいよ」
目を輝かせながら徐々に語ることに対して熱くなっていく。先生は若干引きながらも、苦笑して僕を制する。
「アッ、アハハ…」
ハッと正気を取り戻すと右手で頭を掻いて、苦笑して誤魔化そうとする。
「おっと、もうこんな時間だ。じゃあ、僕は他の患者さんの所にも行かないと…じゃあね、トウヤ君」
「あっ、はい。……で、何時までそこに隠れているの…」
先生を見送ると棚の後ろに隠れているポケモンに冷たい声で言葉を投げる。
「あれっ…バレちゃった。けっこうじしんあったんだけどなぁ~」
「そりゃー、バレるよ。だって、頭丸出しだったから…」
てへっと小さな舌を出しながら、ぽんっと自身の頭を叩くポケモン。
僕はその反省していない姿を見て、溜息をついた。そして、スヤスヤと寝息をたて、隣で寝ているピカチュウを起こすためにその小さな体を揺すっていく。
「ほら、ピカチュウも起きて…」
「ピィーガ」
ダメだ、まだ怒ってる…。
まだピカチュウが怒っていることを理解すると、
「今からメイに謝りに行くからさ…ね?」
その声にピンッと耳を立て、瞑っていた目を半開きにして僕を睨んでくる。
「本当だからね。行こう…」
その言葉に嘘がないことを確信したピカチュウがコクリッと頷き、左肩に飛び乗った。
そして、メイの病室へと向かっていく。
「とうやー、ボクをわすれないでよー」
その情けない幼い声をスルーして…。
side―メイ―
病室の中は棚、ベッド、カーテンなどの家具が置かれ、室内の色と同じ色―白で統一されていた。
私はその白で統一されている空間の中である一つの本を読んでいた。
本のタイトルには七夕物語と書かれ、今…私が入院しているヒウンシティがあるここ―イッシュ地方から遠く離れた地方であるホウエンで作られた童話だ。
「やっぱり、何度見ても面白いなー。特に最後のほうが泣けるよ…。それにこの本があったから…、私は―前を向いて生きていく決心ができたんだ…」
独り言を口にして、過去が頭の中で甦っていく。
そう、私は幼い頃に(正確に言えば六歳の頃に)故郷であるヒオウギシティで火事に遭い、両親と家を失ってこのヒウン総合病院にやって来た。
その時にある一人の少年と出会う―トウヤだ…。
最初、私は両親を亡くした時の受けたショックが大きく、友達を作ろうなどと言うプラスな考えが出来なかった。
ただ…ただ悲しみを纏い、自身の左足にできた火傷の痕に悔恨の念を抱き、日に日にその思いが次第に強くなっていくだけの負の悪循環を永遠に繰り返して生きてきた。
でも、私はある事が切っ掛けになり、その無窮に広がる闇から抜け出すことになる。それは去年のイベントである七夕が行われる当日の出来事だった。
一人の少年―トウヤが訪れ、心を閉ざしていた私にある本を読んで聞かせてくれた。
今…私が読んでいた七夕物語であり、それはトウヤから貰った大切な物…。
そして、読み終えると、
「彦星と織姫は一年に一度しか会えないけど…、でも君は一人じゃないと思うんだ…」
トウヤは言い終えると、にこりと笑って私の胸元につけている両親の遺骨で作られたカロートペンダントを指した。
「そうだよね、お父さんとお母さんは居てくれたんだね…私の近くに」
ぎゅっとカロートペンダントを握り締める。
トウヤは「今日は七夕だから、行こう」と私の手を引いて外へと飛び出していった。私自身でも抉じ開けることのできなかった心の鍵を代わりに彼が開いてくれた。
その彼の行動によって、部屋から出られずじまいだった私自身とも決別でき、トウヤとピカチュウと言う二人の友達ができた、元の明るい性格へと戻っていく。
そうだ…、私は何時もトウヤに助けて貰ってたんだ。
読み終えた本を棚に戻すと、トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰だろ…?」
疑問になりながら、ドアの方へと向かっていく。
もし、トウヤだったら謝らないと。トウヤが言われて嫌だったのを知っていたのに間違えて言っちゃたんだもん。
side―トウヤ―
「どうしよう…」
高鳴る鼓動を感じながら、恥ずかしい程に小さな声を出す。
「ピィーガ、ピカチュウ!」
そんな僕に痺れを切らすピカチュウ。
「わかってるよ…ピカチュウ、ちゃんと謝るから…」
「そうだよ、トウヤ。わるいことはわるいんだ。だから、ちゃんとあやまらないとね」
「それになんで君までいるんだーー!」
ピカチュウに向けていた視線を僕の頭上をふわふわと浮かんで偉そうに言ってくる奴に移し、抗議する。
そして、一つの病室を視界に映した。その病室の入り口の右側には病室プレートが貼られており、「302」と言う数字が刻まれていた。
この病室―302号室にメイが入院している。
「―行くよ」
僕は緊張が背筋に走るのを感じるも、覚悟を決めてドアをノックする。
『はーい』
中からメイの声が聞こえてきた。
がちゃっとドアが開き、僕と彼女が顔を合わせ、
「えっ…と」
「あっ、あの…」
同時に言葉を失った。
「そっちからでいいよ」
「トウヤから先でいいよ。大事な話があるんでしょ…」
互いに譲り合ってしまうため、時間が過ぎていく。
「じゃあさ…、一緒に言いたい事を同時に言うのはどうかな・・・?」
「うん、それでいいよ」
僕の意見に同意するメイ。
真剣な瞳で互いを見つめ合い、
「じゃぁ、行くよ」
「う、うん」
二人で相槌を取って…、
「「ごめん(なさい)」」
同時に謝ってしまう。まさか、相手からも謝罪の言葉が来るとは思わなかった僕は一瞬、驚愕するも次第に可笑しくなり、笑い出す。
「ア、アハハ」
「ふふっ」
それはメイも同じだったらしい…。
「じゃあ…、行こうか―七夕に」
「うん…!」
side―トウヤ―
僕たちは今、一階のロビーに来ていた。
そこは普段緊張した空気に包まれ、医師や看護婦たちが通る場所だった。
しかし、今回は普段と同じく多くの人達がいるものの、その周囲を流れる空気は何時もと違っていた。
そう、今…この場ではイベントである七夕が行われている。そこには様々な人達が訪れていた―医師、看護婦や広い年齢層の患者たちが…。
その自分の分である短冊を持って、どんな願い事を書こうかと考えていた。
僕たちもまた、その状況にあった…。
「ねぇ、メイはどんなお願いするの…」
「え…、別になんでもいいでしょ。そう言うトウヤはどうなのよ。ピカチュウ、行って!」
「ピッカ!」
メイは突然頬を赤くし、持っていた短冊を隠すとお返しとばっかりにピカチュウに指示を送る。
ピカチュウはその指示に素早く反応し、僕の短冊目掛けて跳びかかって来る。
「ちょっ!? トレーナーに向かって何するんだ、ピカチュウ」
僕は咄嗟に短冊を後ろに隠し、標的を見失ったピカチュウが地へと落ちていった。
だが、
「どれどれ、げんきになっていろんなポケモンとともだちになりたい…。なるほど、これがトウヤのねがいごとか…」
ふわりっと僕の背後に周りこむと大きな声を出して読み始めた。
「トウヤ…」
「ピカ…」
メイたちは僕の気持ちを察したのか、急に表情が暗くなる。
「やだなぁー、どうしたの…急に暗くなって。せっかくの七夕なんだから楽しもうよ」
それは本心であり、偽りなんてどこにもない…。
すると、二人はこくりっと頷き、楽しい一時の時間を一緒に過していく。そして、僕は表面では笑いながらも心の奥底ではこの時間が後少ししか過せないことを理解しているため、心の片隅で寂しいと言う感情と死にたくないと言う思いが混ざり合って大きくなっているのに気付いていた。
「これが…トウヤのねがい…」
背後で真剣な表情を浮かべて、小さな両手でぎゅっと短冊を握りしめていたその子に気付かずに…。
ーto be continuedー
- 第四話『願いを叶えるとき』 ( No.4 )
- 日時: 2023/09/12 16:28
- 名前: アプー (ID: lQwcEz.G)
side―ヒコボシ―
月が出ていた―凛々しくも、無慈悲な女神を思わせる冷たい満月が…。
時間帯も夜中になっており、ヒウンシティの民家やビルなどの照明が消えている。
その寝静まったイッシュの都市、ヒウンシティ。
僕はその風景をヒウン総合病院の屋上から見下ろしていた。
そして、右手に持っていたケータイでカントー地方で有名なポケモン研究家である一人の初老の男性に電話を掛けていた。
「もしもし、オーキド博士ですか……えっ!? 誰って…僕ですよ、ヒコボシです」
『おぉ…、ヒコボシか久し振りじゃの』と言うオーキドの悪びれのない声を聞いて、
オーキド博士、少しぼけてきたんじゃないのか…。
心の中でぼけを憂いつつあるオーキドに呆れるも、本題へと入っていく。
「それで今回、オーキド博士にお願いがあってお電話したんですけど…、ここで入院している子―トウヤ君がそろそろ退院するので、その子の分のポケモンもお願い出来ませんか…? そっちのお孫さんも今年で十歳になったと思うのでその子と一緒に…。えっ、なんでそっちで旅をしないのかって、それはこっちのイッシュポケモン協会の理事がポケモンと一緒に旅をするのを十四歳からと決めているからです。はい、お願いします。……どんどんぼけて行くんじゃないのか、あの爺さん」
電話を終えると、ケータイをポケットに仕舞い、オーキドへの悪態をつく。
そして、満月を見上げて、
「少ない時間だけど、良い夢を見させて上げるよトウヤ君」
冷たい口調で言い放ち、「フフッ」と不適な笑みを浮かべて踵を返して屋上から去っていく。
side―トウヤ―
僕たちは七夕のイベントを終え、一緒に行っていたメイとも別れて自室である402号室に戻っていた。
そして、僕はベッドの上で横になり、隣でスヤスヤと小さな寝息を立てるピカチュウを視界に入れていた。
「本当、良く寝てるな…ピカチュウ」
丸まって寝ている幸せそうな表情をしたピカチュウの背中を撫でながら、独り言を呟く。
先程の四人で過した七夕の時間が今でも頭の中に濃厚になって残っている僕にもそのピカチュウが笑顔を浮かべている理由が理解できる。
しかし、その気持ちが理解できると同時に一抹の寂しさを感じていた。
―トウヤ君、君は長く生きられて後、一週間位だ…―
ヒコボシ先生の真剣な声がふっと頭を過ぎる。そう、僕がこのヒウン総合病院の屋上からヒウンの町並みを見て、僕自身の心を大波のように飲み込もうとしていた不安を和らげようとしていたあの日―ヒコボシ先生から宣告された一言。
「なんで、こんな時に…。あぁ、もうっ! 思い出したくなんてないのに!」
いきなり脳裏を過ぎった言葉に対してイラつきを募らせ、そのやり場のない怒りをどこにぶつければいいか判断できずに頭をただ…簸たすら掻いていく。
だが、
「ねぇねぇ、トウヤ。ぼくがきみのねがいをかなえてあげるよ」
真上をふわふわと悠然に浮かぶ一つの浮遊物体が突然、視界に映ってくるとにたにたと不適な笑みを浮かべて自信ありげに言ってくる。
「ぼくのゆめをかなえる、…きみが」
一瞬唖然となり、オウム返しをする。
「おう、ぼくにまかせればどんなねがいごともかなうのさ―だから、ドンとおおぶねにのったつもりでまかせとけ!」
そんな僕の信じきっていない表情も気にせずにポンッと小さなお腹を叩き、その表情は自信に満ち溢れていた。
「フッ…、アハハ」
「えっ…、トウヤ…? どうしたの、なにかへんなものでもたべたとか…」
突然笑い出した僕を見て、なぜ笑い出したのかと本気で悩んでオロオロとし始める。
「有り難ね、なんだか君のおかげで…不安が大分和らいだ気がするよ。気を使ってくれたんだね。あぁー、なんだか不安が消えると眠くなってきちゃった。お休み…」
僕は笑いと同時に不安を外へ弾き飛ばすと布団を覆って、その僕を元気付けてくれた小さなポケモンが視界から消える。と、代わりに暗闇が視界に広がり、意識が闇へと誘われて行った。
有り難う、君のおかげで久々に良い夢が見れそうだ…。
僕の意識が完全に失われる。
「うそじゃないもん…。ほんとうなんだもん…」
その寂しげな呟きが小さな病室の中を響き渡った。そして、その小さな瞳にはある一つの強い意志が宿されていた。
side―なし―
すでに時間帯は夜中から深夜へと変わり、時計の針も一時を指していた。
ふわふわと浮かんでいるポケモンはそれを確認してトウヤたちが深い眠りについているベッドから離れ、部屋の中央にピタッと止まる。
―幸いトウヤは布団を被って寝ているから少しの光で照らされても起きないだろう…と小さきポケモンは思うと精神を集中するために目を瞑った。
すると、突然宙に浮かんでいたそれが光始め、お腹の大きな瞼が徐々に開いていく。と同時に、その小さな体が半透明になって透けていった…。
「トウヤ、いまかなえるよ…きみのねがい。だって、それはぼくのねがいでもあるんだもん―ふたりでいっしょにたびをするって…やくそくしたもんね。そう、ずっとむかしに…」
小さく今にも消えそうなその灯火は弱い声を放ち、頭上の左側に飾られた短冊には小さく汚くもどこか一生懸命さを感じられる文字で願い事が書かれていく。
―とうやがげんきになって、いろんなぽけもんとともだちになれますように…と平仮名で…。
「でも、なんかさびしいな…。だって、トウヤはぼくのことわすれてるから。でもそれはしかたないんだよね、ぼくたちがともだちになったのは――――」
―ずっとむかしなんだから…と言い終えることなく、小さきポケモンは涙を流し、光のちりとなり消えていく。願い事の書かれた短冊とエメラルドの色をした小さな石を残して…。
眩い光が消え、静寂に支配されたその空間に悲しみに満ち溢れた空気が漂っていた。
ーto be continuedー
- 第五話『旅立ちの日』 ( No.5 )
- 日時: 2023/09/12 17:56
- 名前: アプー (ID: lQwcEz.G)
side―トウヤ―
窓越しに聞こえてくる鳥ポケモンたちの囀りの声、一つの柱となって太陽の光が差し込んでくる。
「ふ、あぁ…よく寝た…。あれ、なんか妙に静かだな…」
僕はその光の眩しさに耐え切れず、起きてしまう。そして、病室が静寂に包まれているのに気付くと同時に違和感が心の中で生まれてくる。
たぶん、彼奴あたりが……あれ、いない。
一昨日に突然現れたあのポケモンの姿が脳裏を過ぎると苦笑してしまい、周りを見回すも姿が見えないことに一抹の不安を抱く。
しかし、視界を病室内を彷徨わせていると後姿の一匹の小さな体躯をした鼠ポケモン―ピカチュウが探し物の代わりに映った。
「ピピカ」
ピカチュウは背後からの視線を感じ取り、振り向く。擦れたような声で「トウヤ」とポケモン語で言ってくる。うん…、多分そうだ。
「ピカチュウ、どうしたの…?」
「ピィーカ、ピィカチュ…」
ピカチュウに気を使って、なるべく低い声音で問う。すると、ピカチュウは困惑した表情を浮かべる。
ピカチュウの奴、何困ってるんだ…。
そのピカチュウの表情に疑問を覚えるも、その小さな手に持たれたエメラルド色に輝く石と何か願い事が書かれてるみたいな感じで沢山の文字が記入された短冊が視界に入る。
「ピカチュウ、それ…ちょっと見せてくれないか…?」
僕は妙な胸騒ぎを感じ、ピカチュウに渡すように指示をする。
ピカチュウはこくりっと頷き、僕の右手に二つの物を渡してくる。
「ありがと、ピカチュウ。でも、なんでこの石がまた…、それにこの短冊って彼奴の頭についていた奴じゃ…」
ピカチュウの頭を撫でると「チャァー」と嬉しがる声を上げてくる。そして、エメラルドの石を怪訝そうに見つめ、緑色をした短冊があのポケモンの頭上についていた物だと気づいて妙な胸騒ぎが確信へと変わっていく。
「願い事って何書いてあるんだろう…」
相手の願い事を勝手に見ることに罪悪感に追われるも何かの手掛かりになるのではないのか…と考え、読み始める。
「字が汚いな…。えーと、とうやがげんきになって、いろんなぽけもんとともだちになれますように…って、これって僕の…」
不安を胸に抱き、再度周囲を見回すもポケモンの姿が見えない。
―探し出さないと…と心中で思ったのが原因か、衝動に駆られてしまい、無我夢中になってベッドから起き上がり床の上に立つ。
「―あ、松葉杖…って、あれ?」
「―ピカ…?」
僕は松葉杖を取るのを忘れていたことに気付き、焦るもちゃんと自力で立っていることに信じられずに唖然する。
ピカチュウも信じられないと言う目で見つめていた…。
そして、二人揃って驚きの声を上げてしまいそうになるも、グッと堪える。でも、僕は驚きがあるものの、その半分では歩けると言うことに歓喜極まっていた―普通の人にして見ればそれがどうしたと思うだろうがこれまで松葉杖を使って移動することしかできなかった僕にとって、それは大きなことであった。
感激に浸っていると、
「ピッカ、ピカチュ!」
ピカチュウに「あの子、探しに行かなくていいの」と聞かれて、ハッと我に帰りベッドの下などを覗き込む。だが、姿が見当たらなかった…。
「彼奴、本当…どこに行ったのかな…」
部屋の隅々まで調べ尽くして確認し終えると、徐々に心配になっていく。
「ピィーカ、ピカッチュ」
そんな僕の様子を見兼ねたピカチュウが小さな右手でドアを指す。
「通路とかにも探しに行けって言うのか…?」
予想したピカチュウの考えを口にすると、小さな頷きをしてトコトコとドアのある方へと向かって走っていく。
まぁ…、心配してるだけじゃ…ダメか。まずは行動を起こさないと…。
自身の頭の中で考えを整理していき、ピカチュウの後を追っていく。
すると、
「やあ…トウヤ君、お早う」
「えっ…、ヒコボシ先生…お早うございます」
通路に出るとヒコボシ先生と鉢合わせしたのであった。
「トウヤ君、松葉杖なしで何時から立てる様になったのかな…」
僕の両足が確りと地についている所を見たヒコボシ先生は表では冷静さを保っていたが、驚いたのか少し上擦った声を上げる。
僕は「アハハッ」と苦笑しながら、これまでの出来事―不思議なポケモンとの出会いのことなど詳細な部分までヒコボシ先生に説明していく。
「でも、なんでヒコボシ先生があの石を僕に…」
そして、何故僕にあの石を渡したのかと疑問になりヒコボシ先生に問うが、
「うん、唯…綺麗な石を見つけたから、トウヤ君にあげようかなって思って。まさか、ポケモンがその石の中で眠っていたなんて吃驚したよ」
唯、自分にプレゼントするために置いて行ったことを知ると深い意味は無さそうだと考えて追及することを止める。
だが、その僕の様子を視界に映したヒコボシ先生の口元が曲線を描いていたことに気付きもしなかった…。
side―メイ―
私は今、乾いた喉に潤いを与える為に自動販売機のある四階のロビーへと向かっていた。そう、三階のロビーにも自動販売機はあるが、私が何時も飲んでいるお気に入りのサイコソーダが売り切れであったので態々…ここ―四階まで来ていたのであった。
「にしても、階段きついなぁー、一段一段…結構高さがあるし、段は狭いし。エレベーターで来れば良かったよ…」
階段を昇り終えた時の疲れを感じて失敗したと項垂れる。だが、そのゴール地点にはサイコソーダと言う最高級の飲み物(私にとって)が待っている…。
そうよ、メイ…サイコソーダが待ってるのよ。―だから、…最後まで諦めないで行かないと。
自分の心にそう言い聞かせ、言葉の鞭で自分自身を叩きながらもトボトボと歩いていく。
だが、
「あれって…、トウヤとヒコボシ先生じゃ…?」
まだ時間帯が明け方だからか…人気が全く感じられない通路でトウヤとヒコボシ先生が向かい合っていた。
「何だろう…、何か気になるな…。それにトウヤ、自分の足で立ってるし…」
その二人の姿を見た私からはすでに怠惰な気持ちが消え、身を潜め息を殺して二人の会話を聞くことに集中する。
何か、私…悪い事してるけど…。
それが盗み聞きと言う余り良くない行為である事を理解していたが、私にとって大切な友であり、変えてくれた人物でもあるトウヤの事が心配になってしまう為に自然と耳を立ててしまう。
side―トウヤ―
「あのヒコボシ先生、僕…今そのポケモンを探してて…見ませんでしたか、ピカチュウと大体同じ位の大きさでふわふわと宙を浮かんでるんです。それに頭上には緑色の短冊がついて羽衣の様な物を羽織ったポケモンを…」
「う~ん、見てないね…」
僕が探しているポケモンの詳しい部分まで説明する。が、ヒコボシ先生は悩むもその導き出された答えに期待が裏切られる。
「はぁー、そうですか…じゃぁ、僕探しに行かないと…。行くぞ、ピカチュウ」
ショックの余りにがっかりするも気を取り戻してピカチュウと一緒に行こうとする。
しかし、その歩みはヒコボシ先生のある一言によって止められた。
「いないと思うよ、多分そのポケモンは…」
僕は突然のその一言で一瞬驚きを覚えるも、
「如何して、そんなこと言えるんですか」
ヒコボシ先生に体を振り向かせ、聞いてみる。
「多分ね…もしそのポケモンが病院の中をうろついているのなら、誰かに見つけられた場合はナースセンターに送られてその親である人物―詰まり君の元に届けられるんだ。でも、君の所にはまだ戻ってきていない」
と言うことは…このヒウン総合病院にはいないって事が確定する。
でも、
「だったら、どこに行ったって言うんですか…!」
僕はこのヒウン総合病院にいないと言う真実を突きつけられ、ならこれからどう行動すればいいのか…と判断できなくなり、その怒りの矛先をヒコボシ先生に向ける。
ヒコボシ先生は僕に睨まれるも全く動揺せず、
「簡単な話じゃないか。いろんな地方を旅をして探していけばいいじゃないか。そう、今の君になら'それ'ができる」
自身の考えを口に出し、僕の両足をその視界に捉えた。
「それって、無断でってことですか…」
「ピカ!?」
「まぁ…、そうなるね…」
僕の怪訝そうな声にすんなりと頷くヒコボシ先生。ピカチュウはその僕の言葉を聞いて、ヒコボシ先生の伝えようとしていた事を理解する。
「でも、もしここで君が仮にこの病院に残ったとしたら、後数日しか生きられないと医師である僕に宣告されたはずなのに今ここで何事もなかったように元気な姿で立っている所を見られたら…どうなるか想像できるよね…?」
「それは…」
「ピィーカ…」
ヒコボシ先生は何時も真実だけを伝えてくると頭の中で理解していたため、その後の自分の姿が手を取る様に想像できた。少なくとも、この病院に入院している人達や医師などからは注目されるかもしれない―奇異の目で…そして、その後は…。
「そうだよ、トウヤ君。だから、君はこの地方から出た方がいい。取り返しのつかないことになる前にね。だから、まずはここから旅をしてみてはどうだい…」
ヒコボシ先生が渡してきた一枚のカントー行きのチケットを貰う。
「これって…」
僕とピカチュウはその渡された一枚のチケットを凝視する。
「探したいんだろう、君の言うその大切なポケモンを…、そして君の夢を叶える為のチャンスじゃないのかい…。マサラタウンに僕の知人がいる尋ねてみるといいよ」
その僕の迷いを見抜いたのか、それを解き放つために言ってくる。
僕は決意を固めてこくりっと頷いて見せた。
「行かせて貰います、カントー地方に」
「ピッカ!」
「出航時間は十九時発のロイヤルイッシュ号だから…、この紙を渡しておくよ。後で見て、行き先とかちゃんと書いてあるからさ」
でも、この話を隠れて聞いていた一人の少女もまたある事に決意を固めていた事に、僕は気付きもしなかった…。
side―トウヤ―
水平線に没した太陽と入れかわるように満月が空に出てきていた。空もまた時間が経つにつれてその身に闇を纏っていき、海間を闇色に染め上げていった。
「いいんだよね、これで…ピカチュウ…」
「ピィーカチュ…」
僕とピカチュウは、現在ロイヤルイッシュ号の甲板にいた。そう、僕たちはヒウン総合病院から脱走を計り、見事成功に収めるのであった。
そして、手すり越しに少しずつ遠ざかっていくイッシュの都市であるヒウンシティの風惰のある町並みを眺めていた。そのビル群から放たれる無数の光が水面上に美しいイルミネーションを描いていく。
僕たちはその光景を目に焼き付けていく。
もしかしたら、当分はイッシュ地方ともお別れかな…。
そう思うと同時に寂しさがぼくの全身を包んで行き、悲しさで胸が一杯になるもグッと涙を堪える。
「ピィーカ、ピカチュウ…?」
ピカチュウが心配そうな表情を浮かべて僕の顔を覗いてくると、
「うん、何だか悲しくなってきちゃって、ごめんね…ピカチュウ。それにメイにもちゃんとお別れの言葉を「別に言わなくていいよ、だって、いるんだからトウヤたちの後ろにね」―えっ!?」
「ピカ!?」
背後から柔らかな声がかかり、反応して振り向く。すると、普段の患者服ではなく、Tシャツを着てスカート風のショートパンツと黒色のタイツを穿き、動きやすさを重視した服装を身に纏ったメイが視界に入った。
「本当、酷いよ。二人共…私の事置いて行こうとするなんて、それでも友達なの…」
波風が彼女の髪をさらっていく中でむぅーっと頬を膨らませて僕たちへの文句を言うメイ。
僕たちはまだ状況が理解できず、ただ…呆然とメイを見つめているしかできなかった。
その数分後に僕たちの驚きの声がロイヤルイッシュ号を揺らす事になる事も知らずに…。
―to be continued―