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二次創作小説(紙ほか)
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.1 )
- 日時: 2023/09/13 18:07
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
出逢いは、突然だった。
平成二十二年(二〇一〇年)九月、一人の男の子は自分の家の自分の部屋で一つのゲームを楽しんでいた。
彼が世界で一番愛したゲーム、ポケットモンスター ブラックだ。
真新しさがまだまだ残っている制服をハンガーに掛け、ベッドに寝転ぶとお馴染みの携帯ゲーム機を開く。下校途中に家電量販店に立ち寄り、世界の何処かに存在するトレーナーとポケモン交換をしてきたので、その確認のためだ。
一つひとつの動作に興奮を覚える。
英字で埋まるポケモン図鑑、突然地図上に出現した「ユナイテッド・タワー」という施設。それは常に"新しいもの"だった。
「ブルンジって何処だろう……。そんな国あったんだな」
大きな大陸の中の、ちっぽけな点。それを眺めながら彼は小さく呟く。
ふと、彼は静かな部屋の中で自分以外の別のなにかの気配を感じた。視界の隅でもぞもぞと動く"なにか"がある。
恐る恐るそちらへと意識を傾け、注視してゆく。
突如として、絶叫が響いた。
†
一人の青年は突如としてそのような過去を思い出してはくすりと笑った。
口から漏れ出たその声が聞こえたのか、近くに佇む仲間が振り向く。
「どうかしたんですか? リーダー」
「いや、何でもねえよ」
リーダーと呼ばれたその青年は二人の仲間を従えて夜に紛れながらその時を待った。
今は任務中である。
「昔のことを、初めてポケモンに会った時のことを思い出したんだ」
「呑気ですねぇ。まぁリーダーにはその位の気楽さがあってこそですが」
「おいおい、リーダーだぞ? 深部集団最強の我らがリーダーだぞ? 今更敵なんかいるかよ」
筋骨隆々の仲間の一人が、もう一人の背が低い方の仲間の頭を強めに叩く。本人的には加減したつもりなのだろうが、叩かれた本人の表情を読み取るにそんな事は一切ないかのようであった。
「最強……ねぇ」
二人の仲間を従えた青年は下手な嘘に出くわしたときのような声を発する。自分自身がそのような立場にある自覚が、今ひとつ無かった。
深部集団のジェノサイド。
その名を知らない者は"この世界"において存在しなかった。
四年前にポケモンが姿を現して以来、世界の景色は一変してしまった。
時にそれは非力な人間に力を分け与え、日常世界に溶け込み、今となってはポケモンの存在無しに回らなくなってしまった。
工事現場では人間と共にかくとうタイプのポケモンがその力を発揮し、飲食店にはほのおタイプのポケモンが、空を見上げてみればひこうタイプのポケモンが人間を乗せつつ荷物を運んでいる。
災害が起きればみずタイプのポケモンが救助にあたり、テレビを付ければ手品師がエスパータイプのポケモンと共に手品を披露している。変電所にはでんきタイプのポケモンも居るという話も聞いたことがあった。
そうでなくとも、ポケモンは大事な友人、仲間として大切に育てている人も中にはいる。このように、現代を生きる人々にとっては無くてはならない存在となっていた。
しかし、ポケモンが与えた力はそれに留まることは無かった。
人間とは非力な生き物である。
ポケモンの持つ能力を悪用して犯罪に走る者や、秩序を脅かす者で溢れるようになってしまったのだ。
前提として、生身の人間はポケモンには勝てない。それまで平和とされていたこの国の治安は大いに乱れてしまった。
そんな人々を取り締まり、平和を取り戻さんとする動きが徐々に見られていくようになっていく。
ジェノサイドと呼ばれたその男はそんな取り締まる側の人間だった。
この世界には闇に堕ち、無法を働く人々がいる。そんな者達を暗部と呼び、自らをそんな暗部の更なる深い深い闇に位置する、光の届かない闇に生き、しかしそんな光に奉仕する者であるとして深部集団と呼んでは戦う日々を過ごしていた。
ジェノサイドは、そんな深部集団が跋扈する裏の世界では最強と呼ばれ、正に頂点に位置する存在であったのだ。
「まぁいいだろ。今回の標的は他の組織でも無い、ただの一人の人間だ。改造ツールを使用してポケモンを作成し、ミラクル交換に流したり、独自のネットワークを築いてデータそのものを売買している疑いがある。改造データがこの世に顕現してしまうと、予想だにしない悪影響を与えかねない。それを防ぐための今回の任務だ。特に過酷でも何でもない。俺が直接出向いて対応すればいいだけだ」
時刻は二十二時を過ぎようとしていた。
目当てらしい男が特に警戒もせずに歩いている。遠目からでしか確認出来ないが、その姿はリーダーのジェノサイドとは年齢が近そうであった。
「あの男でしょうか」
「あぁ、間違いない。情報の通りだ。駅のある方角からこちらに向かっているな。帰宅途中なんだろう」
行ってくる、とだけ簡単に告げてジェノサイドはその身を翻しては瞬く間に標的に近付き、一言二言会話を交わすと何かの力を使っては地に叩き伏せた。
終始涼しい顔をしながらジェノサイドは片手に標的の持ち物であるらしいゲーム機を持っては仲間の元へと戻って来る。
「さて、どうしようか? ゲーム内のポケモンをすべて逃がすか? それとも機械ごと破壊するか?」
「俺がこうしますよ!」
筋骨隆々で長身の仲間、ケンゾウが叫ぶとその手から奪い取っては地面に叩き落とした。
「……まぁいいや」
このような光景は今回が初めてではなかった。四年間常に見続けていた、彼の"日常"である。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.2 )
- 日時: 2023/09/13 18:15
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
東京都八王子市。都内の北西部に位置し、開拓前は山々が残っていたことを思わせる自然が微かに残る街。その中のとある林の中に、深部集団の組織「ジェノサイド」の基地がある。
天然の迷路の中にぽつんと立っている、既に使われなくなった廃工場がそれだ。傍から見れば、放置された文字通りの廃墟で人っ子一人見える気配が無い。
その実態は地下。建物の真下には、およそ百人近くの構成員と、二十人ほどの非戦闘員と、一人の頭が生活するに十分な空間が造られているのだ。
リーダーのジェノサイドは揺れる椅子に座りながら、小さなテーブルに置かれていた紅茶を手に取ってゆっくりと飲む。その目線の先には火が点いていない暖炉があった。ボイラーだか何だかを改造して作ったらしいというほぼ忘れかけている記憶が頭の中を駆け巡るが、結局思い出すことは出来ない。
「あっ、リーダー。ここに居たんですね」
「ハヤテか……」
ジェノサイドは部屋に入ってきた男を見た。先程共に行動していた、背が低い方の男だ。髪型は相変わらずボサボサで、そこは出会った頃と何ら変わりは無い。
「先程はお疲れ様でした」
「まぁ全然疲れてねぇけどな」
「部屋をノックしたのですが、反応が無かったのでこちらに来たのですが……結構の頻度で来ますよね、この部屋」
ジェノサイドは返事をしなかった。それは肯定するほど正しい事でもなければ、否定するほど間違っている事でもないからだ。
「暖炉がお好き……とか? それなら今度ケンゾウと一緒にお部屋まで行って取り付けましょうか?」
「そこまですることじゃねぇよ。この部屋にあるからこそ特別なんじゃねぇのか。それに、この部屋だけ雰囲気が違う。それがまた良い」
言われてハヤテは改めて今いる部屋を眺め回した。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、自分の背よりも高い本棚、そして暖炉。
まるで、昔の時代を扱う洋画の一幕に出てきそうな雰囲気だ。ここだけレイアウトの本気度が明らかに違う。
「確かにお洒落ですよね。アンティークっぽいと言うかビンテージ的というか……リーダーの趣味ですか?」
「この部屋を作ったのは俺じゃないが、まぁ俺も気に入ってるってところかな」
扉には談話室と札が掛けられている。要は、誰でも好きな時に利用していいフリーの空間だ。
「今後はどうしますか? しばらくは今日のように不正利用者を片っ端から取り締まります?」
「どうだろうな。最近は他の組織から名指しされて宣戦布告もされないし、かと言って一人のために時間を使って調査して待ち伏せして叩き潰すのも効率悪いしな。いいんじゃないか? 暫く休んでいても。それだけの蓄えは十分にある」
「宣戦布告……ですか」
ハヤテはなかなか紅茶に手をつけないジェノサイドを眺めながら呟く。はじめに声を掛けた時、まるで熱すぎて引っ込めたような仕草をしていたので、恐らく少し冷めるのを待っているのだろう。
四年前。ポケモンが世に出て世界が変わった時、同時に悪の心に染まる人間も増えていった。
ポケモンを使った不法行為が急増した結果、裏で国が動いたのだ。
ポケモンを使う自警団のような存在を半ばに容認。その結果が。
「深部集団……ですね」
「そうだ。俺たちは暗部の連中を根絶やしにする為に生まれた。ポケモンを使って悪事を働く人間に対しては如何なる手を使っても良い存在としてな」
「暗部は消滅したんですよね?」
「あぁ、一応その一年後にはな。今も居るっぽいが元々が個々の半グレ集団みたいな奴らだ。あの時と比べたら徹底されているから恐れるほどではない。問題はその後だ」
深部集団は自然発生的に生まれたものではない。一つの大きな組織の管理下に置かれた形で各々下部組織を名乗ってそれぞれ活動している。その下部組織の一つが彼ら「ジェノサイド」だ。
結社。正式な名称を"携帯獣保護協会"。
政府に半分容認されている、得体の知れない巨大な組織。そこの完全なる管理下に置かれた、無数の深部集団と呼ばれた人々、組織がある。
「結社に管理された俺らは当然ながら奴らの援助を受けて行動している。それも当然、暗部の殲滅のためだ。だが、それは予想以上に早く終わってしまった。ある意味当初の目論見が外れた訳だよな。だが、だからと言って簡単に深部集団は消えない。ゆえに、結社は援助を勝手に打ち切ることは出来ない。そうしている内に、新たな問題が生まれた」
「深部集団の人間が、その力を振りかざすようになったんですよね?」
「その通り」
ジェノサイドは紅茶に口をつける。望んだ通りの温かさになったようで、当初ティーカップに放っていた鋭い目つきは穏やかなものになってゆく。
「それを結社は見逃さなかった。暗部に取って変わってしまった一部の深部集団を面白おかしく喧伝するようになって、奴らへの駆除を命じるようになった。それが悪い意味で発展して、深部集団同士の抗争を奨励するようになったんだ」
組織間抗争。ジェノサイド含め深部集団の主な活動はそれに半分強制的に切り替えられた。それまで数多く存在していた組織は上の存在の勝手な都合によって大きく数を減らしていったのだ。
「このような抗争で失われた命も相当なものだろう。だが、結社は決して辞める事はしない。表向きには存在すらも認めていないが実際は半ば認めている国も決して動かない。何故だか分かるか?」
「お金……でしょうか」
「正解」
ハヤテが遠慮気味に答えるとジェノサイドは感情の籠っていない返事と共に指を二本立てる。
「理由の一つは金だ。変な話、結社そのものの活動も、俺たち深部集団の活動にも金がかかる。実際俺らはこの世界で金を得て生活している訳だしな。一つの深部集団に掛かる金も中々なものだ。それが一つでも減ってしまえば結社としても良いもんだろう。組織間抗争の結果相手組織を滅ぼせば賞金が出るのもそのためだ。まぁその内の四割は結社に持ってかれるけどな。更に俺ら深部集団は月に一度結社に金を払わなきゃいけない決まりになっている。それは組織の規模によって変わるのだが……極端な話、俺らの資金源は組織設立時に初めて貰える支援金と、組織間抗争によって手に出来る賞金のみって訳だ。だから抗争は無くならない」
「酷い世界ですね……。それで、もうひとつは?」
「もう一つの理由は単純に俺らが結社から生まれた存在って訳だ。抗争が酷いから、深部集団も結社の存在もそのシステム自体全部無くしましょうってなった場合、どうなると思う? 組織が消えてもポケモンの力や脅威は消えない。そうする事で生まれる騒乱をそもそも生み出さないために、俺たちは管理下に置かれてしまっているんだ。結社は、俺たちを自縄自縛させる為にも、深部集団は無くさない。だから、抗争も消えない。まぁ、奴らからすれば利権の塊であるこの世界このシステムをみすみす手放すとは考えられないがな」
「本当に……嫌な世界ですね……」
「そんな嫌な世界の頂点に立つのが俺らだって事を忘れんなよ」
深部集団世界最強の組織、ジェノサイド。
それは即ち、この世界に変貌した四年間もの間敗北を知らず、数える行為そのものが無意味だと思えてしまうほどの数の戦いを経て生き残った、正に猛者の集いなのである。
†
「なぁなぁ、"ジェノサイド"って知ってる?」
眩しく見えるほどの青空の下で、他愛もない会話をしていたはずの友人が突然物騒な単語を放ってくる。
聞き間違いかもしれないので、もう一度尋ねた。
「だから、"ジェノサイド"って知ってるか? って」
「大量殺戮のことか? それとも別の意味?」
「別のほう!」
「あー……」
気だるげに空を眺めた一人の大学生、隠 洋平は悩んだ。
「日本にある、ポケモンを使ったテロ組織……だっけか?」
「そう! それそれ! 物騒だよなぁ。今の日本に昭和時代にありそうなテロ組織があるなんてな」
「昭和にポケモンはねぇけどな……」
隠はその友人、樋端 駈と共に自分たちが在籍している大学の構内を歩いていた。
時刻を見ると今は十七時を過ぎていた。
二人にとって今は講義の空きコマである。こういう時二人は大学内の何処かで合流しては敷地内にあるコンビニでお菓子や軽食を買い、十八時から始まるサークル活動に赴く。今日は丁度そのサークル活動がある日である。これが無ければ樋端はさっさと帰っていたことだろう。彼はそういう性格なのだ。
「ポケモンを使って夜中に出没するらしいな」
「あぁ」
「俺もレンもポケモンやってるからその気になれば使う事も……出来るんだよなぁ? 実際たまに実体化させて遊んでるもんな俺たち」
「だからって一緒にして語るなよ?」
「しねぇよそんな事! それよりも、いつか狙われるんじゃねぇかって思うと少し不安でさ」
「何でだ? 狙われるようなことしなきゃいいんじゃないのか」
二人は買い物を済ませると、目的の教室に向かう。
サークル活動はまだであるが、二人のように暇している他のサークルメンバーも他には居る。そのため、あらかじめ教室へ向かい、彼らと雑談したり好きな事をするのがいつものルーティンのようなものなのだ。
隠は平気でスルーしたが、"レン"というのは彼のあだ名だった。名前とは一切の関係も捻りも無いのだが、一応理由が存在するのでそう呼ばれている。むしろ、本人がそのように呼べとまで言う程だ。
案の定教室は開いていた。明かりも点いている。見ると、数名の先輩と同学年のメンバーが居る。
「おっ、レンと樋端じゃーん」
「よう、御巫」
「こんちはっす先輩」
御巫 美咲。隠や樋端と同じ学年の女子生徒だ。彼女の反応をきっかけに、数名の先輩がそちらを見る。
「やぁ、こんにちは。二人とも」
御巫に続いて声をかけたのは今年で大学四年生となる、このサークルで副会長を務めている佐野 宏太だ。人の顔を忘れやすい隠も、彼の愛想の良く優しい声色は記憶に強く印象付けられる。そのお陰か、先輩の中でまずはじめに覚えられたのは彼だった。また、よく見るとその傍らにはゲーム機がある。
「好きっすね先輩」
「うん? そりゃ楽しいからね」
言いながら樋端は佐野の前の席に座る。席は決まったものでは無いので好きな所に座っていいことになっている。
そのやり取りを見ながら、隠は佐野の隣に座り、鞄から3DSを取り出した。
「おっ、今日も持ってきたねレン君」
「えぇ。今日もやりましょうよ。対戦!」
「ここ、ポケモンのサークルだったっけ?」
ポケモンをしない人間の御巫は二人を見て苦笑いしながら若干呆れた。
「いつもの光景じゃん。まぁいいでしょ。俺らも旅行サークル名乗ってるけど実際旅行するのは夏休みか冬休みだけだし」
「それはそうだけど、土曜の日程決めどうするのよー……。下手したら決まらないよー?」
「そんなの皆が集まってからでいいだろ。俺らだけで決めてもしょうがないって」
樋端と御巫は言いながら、誰かが用意したお菓子を食べる。
これが、日常だった。
時が経つにつれ、見知った顔がぽつぽつと現れるも、彼らは自由気ままに振る舞い、各々が好きな事をして好きなように時間を過ごす。
サークルと言えどあまりにも自由度が高すぎてまとまりが皆無だ。
だが、これが普段の光景、普段の姿なのだ。
そんな彼らはポケモンサークルの集まりではない。
纏まった休みに合宿やお出かけを楽しむ旅行サークル「Traveling!!!!」の集まりである。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.3 )
- 日時: 2023/09/13 18:20
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
サークル活動時間から二時間後。二十時。
時間になったのでこの日は解散となった。終始自由気ままに遊んでいた彼らではあったが、当初の予定であった週末の日程も無事に決められたことで御巫は一安心している様子であった。彼女は来年からこのサークルの会長になる事が決まっているらしく、今の段階である程度の責任感を背負っているように見える。
隠は机に無造作に置かれたゲーム機やお菓子の袋、ファイルを纏めながら黒板に書かれた文字を目で追った。
「今週の土曜に調布で飲み会かぁ……」
「どうかした? まさかレン、行けないとか?」
隠は隣から飛んできた声を耳で捉え、それが誰のものなのかを判断した上でゴミを捨てつつ自分の荷物を鞄にしまい、最後にスマートフォンで乗換案内のアプリを立ち上げて画面をなぞってはすぐに閉じる。そして最後にその声の主に答えた。
「いや、家から少し遠いな……と思って。まだ大学の最寄り駅とかが目的地なら行きやすかったかなって」
「んー。それも話し始めの頃の案にはあったんだけどね。でも仕方ないよ。皆の集まりやすさを考慮したものだしさ。それに土曜だし」
彼の名前は佐伯 慎司。
物静かで自分からはあまり提案も会話もしないタイプの性格だが、整った顔立ち、平均的な身長を持つ隠よりも高い身長を誇るという意味では外見的特徴が見られる、彼と同学年の男子生徒だ。
更にポケモンの腕も立つときている。今回の日程決めの最中も、隠と対戦しては軽くねじ伏せたばかりである。このサークルの中では一番の実力を持つ人間であるのは間違いないだろう。
隠は二重の意味で悔しさを表すかのように、
「まぁ、それもそうだな」
と呟いて教室を出た。
「なぁなぁ、それよりもさ。お前らこの後飯食いに行くよな?」
樋端が隠と佐伯の二人に声を掛けた。サークルが終わった後は近くで外食を済ますのがいつもの流れである。
「こっちは行くよ」
「佐伯が行くなら俺も行くかな。バトルのリベンジしてぇし!」
「頼むから飯食うのかポケモンするのかどっちかにしてくれ……」
隠の間抜けな言動に樋端は頭を抱えつつ笑う。佐伯はそんな二人を見て軽く微笑む。彼からは戦う意思は無かった。今日は既に満足だ、と言いたげに。
これが彼らの日常であった。毎日とまでは行かないまでも、よく見る光景、いつもの景色。
平和な日々が、確かにそこにあったのだ。
†
翌朝。講義のために大学に来ていた隠は、構内にあるバスロータリーを歩いていたところを聞き覚えのある声に呼び止められた。
「おはようレン。相変わらず眠そうな顔してんな」
「生まれつきこんな顔なんだよ。別に眠かねぇ」
一人だと思っていたら二人の男がこちらに走り寄ってくる。樋端と佐伯だ。
二人は途中の駅が一緒らしく、今日みたく時間が合った日はよく二人で来るそうだ。
大学に着くまで終始一人の隠からすると少し羨ましかった。
「レン、今日は講義のコマ幾つあるんだ?」
「俺か? 俺はー……。そうだなぁ……」
樋端にそう聞かれた隠はスマホに入れてある時間割のアプリを立ち上げるとそれを眺める。昼前にひとつと、昼休み後にひとつ、そしてその次のコマにひとつの計三つの講義だ。彼らの大学の講義はひとつ一時間半なので今日は四時間半の一日だ。
「なんだ、レンお前今日二つじゃねぇのか。バイトまで少し時間あるから遊びたかったんだけどな」
「仕方ないんだ。お前と違って俺は去年遊び過ぎたせいで少しだけ単位足りないんだよ。ここで取れるものは取っておきたくてな」
「レン……。一年生の時が一番取りやすいはずなんだけどなぁ……。一体何をしていたの?」
「まぁ色々だ」
彼らが所属しているのは"神東大学"という私立の大学である。
神奈川県と東京都の境に位置しているため、このような名前になってはいるのだが、実際の所在地は都内に収まっている。
もっとも、都内で括るには自然が多すぎる地域なため、地方からやって来る人はそのギャップに驚くというのが毎年恒例の光景である。
「今日はサークルも無いもんね」
「月曜と火曜と木曜だっけか。何で水曜の今日にねぇもんかなぁ?」
「あったとしてもお前バイトだから来れねぇだろ樋端」
「そしたら今日会えるとしたら昼休みだね」
「そうだな」
佐伯の発言は言い換えると「昼ご飯一緒に食べない?」であった。
この大学に入学して二年。つまり彼らとの交流も二年ともなると、自然とどのような性格であるのかが分かってくるものである。
「じゃあレン。いつまでも眠そうにしてんじゃねーぞ。講義中寝るなよ?」
「寝ねーよ! いつまでそのネタ引っ張る気だ」
そう言うと三人は別れた。
佐伯と樋端がとある校舎の棟に向かって行ったが、隠はそれらの反対方向にある九階建ての校舎棟へと足早に進んでいった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.4 )
- 日時: 2023/09/13 18:25
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
時間はそれより少し遡る。
朝七時。宮殿の中にでも居るかのように思わせるほどの広大な食堂の中、眩い明かりに時折目を細める"彼"がいた。
「地下にあるから陽の光を浴びられない。それは仕方ない。……が、その代わりか何かなのかもしれないが少し眩しすぎやしないか?」
深部集団最強と言われている組織にして、その名を自身に冠している男。即ちジェノサイド。
彼は、その名声に恥じぬ広々とした空間でゆっくりと朝食を食べていた。
「そう思うのならば……少し暗くしても良いが、単に寝起きでそう思うだけなのでは?」
「俺もそう思うよ。だからこのままでいい。……それで? 話って?」
この空間に居るのはジェノサイドだけでない。そこにはもう一人の、明らかに彼よりも年配の男が傍に立っていた。
「例の物品についてだ」
バルバロッサ。
いかにも偽名のようにしか聞こえない名だが、"この世界"においては本名を名乗る方が珍しいくらいだ。初対面の時は戸惑いこそしたが、今となってはそんな感情はとうの昔に失せている。
だが、異質なのは名前だけでなかった。
白く長く蓄えた髭、遥か西方の地域の土着民族が着ていそうなイメージの、摩訶不思議な柄で彩られたガウン。明らかに日本人離れした顔立ち。
その全てが、現実離れしている、そんな男だ。
「何だっけかな。写し鏡……か?」
「そうだ」
ジェノサイドはこの男と知り合ってもう四年になる。それだけでない。ジェノサイドという男がこの世界に踏み入ったきっかけそのものが、そこからあらゆる手引きを施しサポートしてくれたのも、今日までの間果てのない戦いを続け、常に勝ち続けてこれたのも、この男の存在あってだった。
まさに、右腕と評すべき人物だ。
「本来ゲーム内でしか存在し得なかった物品が、どういう訳かこの世界にも顕現しているようだ。その調査をした上で、可能であれば回収してもらいたい」
「意味が分からないな。ゲーム内のものと同じ道具? どうせどっかの物好きが時間をかけて作ったオモチャみたいなもんだろ。そんなの相手にするだけ意味無いって」
「見た目や名前が同じだけでない。性質も同一とされているのだよ」
語尾に微かに気迫が残っている老人のその言葉に、ジェノサイドは一瞬だけ思考を固めた。意味をしっかりと理解するために。
「性質……だと? いや、」
有り得ない。そう断言するしか無い。
「ゲームでの"うつしかがみ"の効果は伝説のポケモンのフォルムチェンジを可能とする道具。そうだよな?」
「そうだ。間違い無い。正確にはその伝説のポケモンとはトルネロス、ボルトロス、ランドロスの三体を指すのだが」
「だったら尚更有り得ねぇな。バルバロッサ、アンタなら俺の言いたい事が分かるよな?」
バルバロッサは優しく目を閉じると軽く頷く。
この世界には大きな制約がある。
ジェノサイドが今バルバロッサの隣でパンを齧り、コーヒーを飲んでいるこの間にも、世界のどこかではポケモンが人間と共に活動している。
だが、それは、持ち主となる人間のセーブデータがあってこそであり、現実に姿を見せるポケモンは持ち主が所持しているゲームのデータがそっくりそのまま反映されているのだ。
しかし、その中での制約。
「理由は分かってはいないが、この世に生きるすべての人間はどういう訳か"伝説のポケモンを呼び出す事が出来ない"でいる。どれだけゲーム内でそういう類のポケモンを集め、手持ちに含んでいたとしても、まるで大きな制限が掛かっているかのようにそのポケモン"だけ"操る事が出来ねぇんだ」
「そうだ。そのため、我々の世界はおろか、"表の世界"でも伝説のポケモンを拝む事は決してない」
「だからこそ、使える前提が必須なそんな道具がこの世にあること自体不可解だ」
「しかし、現にそういった報告がある」
ジェノサイドは反応に困った。
ただでさえこの世にポケモンの姿が確認されているだけでもおかしいのに、更にその理由も原理も分かっていないときているのに、それ以上に理解が追い付けない事柄を提示されても、理由なく首を縦に振ることなど出来る訳がないのだ。
「ジェノサイド。少し考えてみるんだ」
「考えてるよ」
「この世界には理由が不明なものが沢山ある。未確認の生物や物体、現象、体験、歴史、起源……。挙げたらキリが無いだろう」
ジェノサイドは内心、また始まったと心の中で舌打ちをした。彼も暇では無い。この後も用事が控えている。
「今はそれにポケモンが含まれてしまった。ただそれだけの事だ。しかしそのポケモンのみに焦点を当てるとまた更に違ったモノが見えてこないか?」
「すまん、バルバロッサ。俺あまり時間が無いんだ」
「まぁまぁ、最後まで聴いてくれ。ポケモンが現れた理由、その原理、それだけでない。何故我々は伝説のポケモンが使えないのか? 何故ゲーム上では存在するメガシンカが使えないのか?」
最後の単語を聞いてジェノサイドは初めて意識を彼に傾けた。メガシンカというシステムはジェノサイドも気に入っているものという単純な理由からだ。
「当然答えは分からない。しかし、お前さんは今その分からない問いに対する手がかりを得られるかもしれないのだよ」
「その手がかりが写し鏡って訳かよ……」
「逆に考えてみるんだ。今我々は特別なポケモンを使うことは出来ないが、この道具が実在していると仮定して、仮にだ。仮に三体の伝説のポケモンをお前さんが使いこなせるようになるとすると……」
今以上の最強を、より多くの、より強大な戦力を手にする事が出来る。
それは、常に最強という立場に置かれている彼からすると何よりも望んでいる存在だ。
「ったく……朝から憂鬱な気分になってくる」
「とにかくだ、その物体の詳細を調べてもらいたい。偽物なら偽物で良し、本物ならば持ち帰って良しだ」
「場所は? おおよその場所なんかは分かっているんだろうな?」
「勿論だとも。神東大学だ」
「なに?」
ジェノサイドは耳を疑った。ほんの少しの間だけ夢と現実を混同したのかと錯覚したと思い、反射的に聞き返す。
「写し鏡は神東大学にあるようだ。正しくは、考古学の教授が発掘した物品らしい。私の手元にある資料にはそうある」
「何でよりにもよって"表の世界"の人間が……」
「我々が思っているよりも、二つの世界は混ざり合っているという事なのだろう。そういった物は案外"表"にあるものさ。ちなみにこの情報に偽りは無いと断言しよう。"こっち側"に近しい者……いや、親しい者と共有した資料に拠るものであるからな」
「お前にとって親しい人間? 誰だそいつは」
「お前さんには関係の無い話さ。若い頃の戯れが由来でな」
白髭の老人は、かつての自分の記憶を洗ったのか優しく笑った。恥ずかしいエピソードでも思い出しているかのようだ。
「頼めるかな?」
「……仕方がねぇ」
最後まで気が進む事は無かったが、当初自分が思っていた以上に厄介な問題らしいようだ。
所在地にも心当たりがあるし、何より"表の"人間が触れかねない。そうなった場合、どういった結末を迎えてしまうのか、過去に悲劇を経験したことのあるジェノサイドだからこそ、その想像は容易だった。
「やってやるよ。ハッキリとダミーだったと知らしめてやるためにな」
一部のアンダーグラウンド的な都市伝説においては危険なテロリストだと噂されているジェノサイド。
だがその実態は、誰よりも平和を愛し、それに焦がれる一人の純粋な男でしかなかった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.5 )
- 日時: 2023/09/13 18:31
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
時間は進み、昼下がり。
夏はとうに過ぎた季節ではあるのに、油断をしていると汗をかきそうな陽射しであった。
今は午後一時から始まる三限目の時間帯だ。講義を受けていれば、今は中盤に差し掛かるところだろうか。
そのせいもあり、今この大学の敷地内に人はほとんど居なかった。
数千人の学生を抱えた学び舎であったとしても、講義中の時間に敷地を歩き回る人はごく少数であろう。あるとすれば、講義に遅刻して来た者や、空き時間が余りにも暇なのでフラフラしている者、前のコマの講義が終わってから復習なり友人との会話なりに熱くなった者が今になって遂に帰らんと移動しているかのそのどれかだろう。
ジェノサイドはそのどれにも含まれない。
裏の世界で通じる身分を隠し、服装も改め、いとも容易く潜入を果たすと行動を開始した。
「案外セキュリティは緩いのな、こうして見ると。部外者も簡単に入れるじゃん」
正門であっても裏門であっても警備員は立っている。しかし、声をかけることはしない。明らかな不審者であったり、あからさまな交通ルールの違反をしない限り目に留まることは無いからだ。
白のシンプルなシャツと青のデニムという格好のジェノサイドはふと過去の一片を振り返った。
彼がまだ高校生であった頃。ジェノサイドが最強と言われる前の話。
彼は通っていた高校から家という名の基地に帰ろうとまさに校門を抜けた直後に、深部集団の人間に絡まれた。
傍から見れば一般の男子高校生が見知らぬ男に学校前で声を掛けられた、そんな光景にしか見えなかったせいであろう。そのためか、周囲の注目も浴びたし、すぐさま教師が駆け寄って来る。
記憶の中の景色は、そこで突然消える。ジェノサイドがそれから先を思い出す事を止めたからだ。
彼本人にとっても、それは良い記憶では無かった。それよりも、高校は大学と比べてセキュリティが厳しかったという一部分だけが今にとっては重要だったのだ。
とは言え、大学というのは開放されているのが当たり前であり、そこが強みである。なので、違っていて当然なのかもしれない。
逆に。甘いからこそ。それ故にこの事態から引き下がることは出来ない。
ジェノサイドは、一歩一歩アスファルトの大地を強く踏み締める。
「ん? でも待てよ。此処にある事以外は何も知らないよな。考古学……の教授だっけか? 誰なんだそいつは。名前も聞いとけばよかったな」
緊張感が全身から抜ける。
ジェノサイドは迷わず携帯を取り出しては頼りの老人へと連絡を繋げた。
『どうかしたか? それとも、もう手に入れたところかな?』
バルバロッサは案外早くに電話に出てくれた。相手が組織の長だからだろうか、それとも目当ての宝が楽しみであるからだろうか。
ジェノサイドはそんな余計な考え事をしながら協力を求める。
「悪い、まだだ。って言うか誰が持ち主なのか聞きそびれていた。悪いが、持ち主の名前を教えてくれ」
『まだだったのか……。それにしては遅すぎるぞ。今まで何をやっていたんだ』
「いやぁ俺此処の大学の生徒だしなぁ……」
『いいか、これは重要な任務なんだ。下手をすればこの世界そのものが一変してしまう可能性さえも秘めているんだ。それを安全に保護、確保しようとしているものを……。それに、最近お前さんは気が抜け過ぎていないかな? 最強ランクの組織を束ねているとはいえ、お前さんが倒れた暁にはこの世から我々の組織が消えてしまうと言うのに……』
説教が始まった。
あまりの白熱ぶりにバルバロッサは目的を、受け流すのに精一杯のジェノサイドは現況を忘れてしまうほどに、長い戦いが始まってしまった。
「悪かったって。軽く見ていたかもしれない」
『ならば早く向かうことだ。教授が居ないなんてことが無いようにな。もしもそうなれば任務は失敗……』
「分かったって分かったって。それで、名前は?」
『まったく……。まぁ良い。対象者の名はシメダ トシキだ。くれぐれも、間違いが無いようにな』
「なぁ、それともう一つ。そいつ本人を写し鏡諸共組織が保護するってのはどうかな? やっぱりいきなりアイテムだけ奪うってのは何だかなぁ……って感じがするんだが」
『そこは勝手にしてよろしい。お前さんのやり方に任せる。だがまぁ、それでも相手が写し鏡を寄越さなかった場合は……』
「その場合は?」
『力づくで奪い取れ』
ジェノサイドはバルバロッサのその声、その指令を聴くことは出来なかった。
その直前にスマホはジェノサイドの手から滑り落ちてしまったからだ。
鈍い音と共にスマホが落ち、通話は途切れる。
理由は明白だった。
「ポケモン……だと?」
ジェノサイドの目の前に突然ポケモンが現れ、攻撃を発する。ジェノサイドはそれを避けた反動でスマホを落としてしまったに過ぎなかったからだ。
ジェノサイドは落ちたスマホを拾い、まずは安堵する。画面は割れていなかった。
そして、ゆっくりと前を見つめた。
今はとにかく、状況の整理が必要だった。
丸腰のジェノサイドに対し、前方には自身と同年代にしか見えない男と、その男が操っているであろうポケモン、コマタナ。
猛っているのか、その鋭い腕をぶんぶんと振り回している。
(知らない顔だ……。この学校の人間がどうか……も分からないよな)
素性を探るのはすぐに止めた。無意味な結果に終わるだけなのに時間がひたすら過ぎそうな気がしたからだ。
本当ならば相手は自分のことをどこまで知っているのか、それを知りたかったが下手に探ると墓穴を掘りそうにもなるのでそちらも諦めた。
今、ジェノサイドは"深部集団最強のジェノサイド"としてではなく、"どこの大学の生徒かは分からないが、少なくともこの世のどこかの学校には在籍しているであろう一般の大学生"としてこの場に居るからだ。間違えてしまえば表の世界の自分の生活すらも壊れかねない。
(情報が無さすぎる……。コイツは無差別に人を襲う暗部の人間なのか、写し鏡を知っていて狙ってきた奴なのか……)
そのようにして思案するジェノサイドと、様子を伺っている相手との間でしばらく見つめ合う無防備なさまを晒し続けてはいたものの、それは時間が許さない。
ジェノサイドがまず求めたのは安全であった。
身を隠せる遮蔽物を求め、ジェノサイドはなんの前触れも無く突如として走り始めた。
それを見たコマタナのトレーナーも彼を追う。
とにかく近くに立っている校舎棟を目指したジェノサイドは、まずは外周を沿うようにグルリと走り回る。
若干の距離が出てきただろうかと角を曲がったタイミングでチラリと首だけを動かして後方を確認した。
案の定、トレーナーよりも先にコマタナが躍り出てきた。
それを待っていたとばかりに、ジェノサイドは急ブレーキの如く足を止め、体を回転させるのと同時にひとつのモンスターボールを投げた。相手のトレーナーが角を曲がりきるまでに。
シンプルなモンスターボールから出たのはリザードン。
そのポケモンは、今現在プレイしている『ポケットモンスターY』その作品内で登場するヒトカゲを起源とした、この現実世界でも使えるよう改めて育て直したヒトカゲを進化させた個体だ。
そのリザードンは、ゲーム対戦においては必ずメガシンカさせるポケモンであるのだが、どういう訳か現実においてはその現象そのものが発現出来ずにいる。即ち、本来の力を発揮できない個体ゆえに行使することを躊躇う存在なのだが、今はそんな不安などが生まれる余地すらない。
コマタナ相手ならばこのままで十分すぎるからだ。
遂にトレーナーは角から姿を現す。息が少し乱れているようにも見えた。
その瞬間。
「"だいもんじ"」
ジェノサイドはリザードンに必殺技を命じる。
リザードンが吐いた炎の塊は小柄なコマタナを吹っ飛ばし、唐突な出来事に驚いているトレーナーをよそにとにかくジェノサイドはその場から離れた。
主人についてくるように羽ばたいているリザードンをボールに戻したジェノサイドはふと、その異様な光景に違和感を感じ、一息ついて周囲を見る。
(やけに……人が多いな……。まるでこの後何かイベントが起きるかのような……)
ほんの数分前までは自分以外の人間が居ないほどだった敷地内に、まるで文化祭の準備を彷彿とさせるほどの人だかりが、そこには出来ていた。
囲まれている訳では無さそうだった。あくまでも、彼らは出歩いているだけだ。
ある種の気まずさを催しつつあるジェノサイドは、更なる安全を求めてラウンジへ、つまりひとつの建物を目指してそろそろと歩き始めた時。
不覚にも、リュックを背負った一人の男と目が合ってしまった。
その人は、ひどくびっくりしているかのように目を丸くし、ひたすらにじっと見つめて来る。
ある種の気味悪さを感じたジェノサイドは無視せんと視線を外したその時。
その男が、モンスターボールを投げた。
それだけでなかった。その場にいる、"すべての人間が"同じようにボールを空に向かって投げている。
その数、軽く確認しただけでも二十数人。
(まさか……こいつら全員、深部集団の人間なのか!?)
ジェノサイドはその事実に驚愕した。
この大学内において、自分と同じ人間が"居すぎて"いることに。
埒が明かないと踏んだジェノサイドは再びリザードンを呼んではそれに飛び乗り、とある地点まで指差すと上昇するよう命じる。
対応が出来ずに呆気にとられている地上の人間たちを見下ろしながら、隣に立つ校舎棟と同じ高さに到達したジェノサイドは彼らを指しつつまたも命令した。
「あいつらに向かって"だいもんじ"だ」
直後にして怪物の口から灼熱の炎が発せられると、地上にいる全てを包まんと拡散し、爆発。
それによって生じた煙に紛れてジェノサイドはやや離れた位置に作られた空中廊下を見出すとそこに着地し、場が大人しくなるまで身を屈める形で隠れつつ様子を見ることにした。ついでにリザードンをボールに戻して。
「うまく撒いた……かな? とりあえず、連絡しないと……」
ジェノサイドが携帯を取り出しながら誰も聞いていないはずの一人言を発していると。
「あれあれ〜? 今あなたポケモン使ってたよねぇ?」
聞き慣れた声が向こう側の校舎から聞こえてきた。
顔見知りに見つかってしまったか。その事実、その状況にジェノサイドは背筋を震わせた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.6 )
- 日時: 2023/09/13 18:39
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
ジェノサイドは恐る恐る振り返った。
知り合いの声だと分かった以上、下手に追及されてしまうだろう。だからと言ってそのまま無視はしたくなかった。何も分からないままやり過ごすのは、あまり良い気分にはならない。
「先……生?」
その顔を見てまず安堵した。知っている顔ではあったが、友人ではなかったからだ。
「ん? あなた……見たことあるわね。いつも私の講義を真ん前で受けている生徒だよね」
堀田 莉佳子。この大学の講師であった。
「今しがた……変な爆発音? 破裂音? がした気がしたのだけど……もしかして原因はあなた?」
「すいません先生。今ちょっと立て込んでて……」
「まさか先生相手に言い訳? それとも何か別の主張があるのかなぁ?」
ジェノサイドは緊張していた。言葉には上手く表すことの出来ない変なやりづらさが心を満たしている。
相手が自分よりも大人であり、講師である事が一番の理由だったが、それだけではなかった。若かったからだ。
神東大学という場は、比較的老年に達する教授や講師が多い。そんな中で、三十代前半の女性講師というのは学生からすると珍しい存在だった。
そして、見た目がかなり若い。最近二十代に突入したジェノサイドたちからすると、生徒と先生と言うよりは、先輩と後輩の間柄に見えるほど年齢も近く思えてしまい、可愛げというものを名残に見せているように若く見えるのだった。
要するに、大人の綺麗な女性相手に緊張しているだけであった。状況も状況なために。
「大学構内でポケモンの利用は規則で禁止しているはずよ? はじめの一回だったら厳重注意で済むけれど……その一回目でも悪質な場合は処罰の対象になっちゃうよ?」
「でも先生! 俺は何もしていなかったんだ! 急に向こうからやって来て、それで……」
「正当防衛の主張かな? でも流石に相手が悪いというか運が悪いというか……。あなたも知っているだろうけど、先生の分野は刑法なのですよー? その主張が認められるまではちゃーんと取り調べもしないとねぇ」
「先生! 今俺それどころじゃなくて……とにかく急いでいるんだ! 誰も死んでいないし、軽い怪我程度に手加減しているはずだから、今だけは見逃してほしいんです。罰ならまた別の機会に必ず受けるんで」
「なぁにそれ……」
そそくさと早歩きで去ろうとするジェノサイドに、堀田は何かを思い出したかのように声を上げ、反射的に彼の足を止める。
「ねぇ待って。何か用事でもあるのかな? 講義中のこの時間に問題起こしつつ歩き回っているなんて怪しすぎるよ?」
「あー……それはー……」
ジェノサイドは内心悩んだ。今ここで話せる範囲で目的を話すかどうかを。
と言うのも、ジェノサイドは目当ての場所をよく分からずにいた。まだ大学二年というのもあるのかもしれないが、彼は教授らとの交流が極端に薄い生徒なのである。
「あの、先生……。シメダ先生をご存知ですか?」
「ん? あの、考古学の先生のこと? 文学部考古学科の〆田先生のことかな」
「考古学科なんてあるんだ……」
任務がバルバロッサからの御遣いとはいえ、ジェノサイドは必要とするはずの情報を一切持ち合わせていなかった。きっと本来ならば、こうして行動する前に色々と下調べするはずなのだろう。もしもジェノサイドがジェノサイドでなければ、そうしたかもしれない。
「こんなんが、最強……か」
「今なにか言ったかな?」
ジェノサイドはそこに表の世界の人間である堀田が居ることを忘れて、ついボソッと呟いてしまう。
だが、はっきりと聞かれなかったようで彼は慌てて取り消した。
「〆田先生に用があるんだね」
「えぇ、まぁ……」
「場所は分かるかしら?」
「いいえ、研究室もよく分からなくて……」
「案内してあげるよ。ついでに取り調べもしないとねぇ」
年齢に見合わず堀田は悪戯っぽく笑う。ジェノサイドが心の底から嫌そうな顔をするので冗談だと笑い、しかし半ば強引に隣を歩きだした。
「毎回気になっていたんだけど、どうしてあなたは講堂の一番前の席に座って、私の講義を聴いているのかしら?」
「えっと、それは……」
ジェノサイドは堀田の案内のもと、空中廊下に繋がる建物を抜けて外に出る。彼女は一際高い建物を指していた。
「俺が、と言うよりは俺の友達がきっかけなんですよ。ほら、隣にいつも同じ顔のヤツが居ると思うんですけど……」
「そういえば一緒に居るね」
きっかけはその友人の提案だった。
『講義の時間って眠くならね? つい寝ちまうことあるよな? でも、先生の真正面で講義受けたらプレッシャーかかりまくりで寝ることも無くなるんじゃねぇのかな?』
という、理論も体調の問題も一切考慮しない感情論のゴリ押しの結果、その友人と受ける講義は必ず一番前の席で、と決められたのだ。
「はい、ここよ。この建物の十階。」
堀田が立ち止まった先には、敷地内でも特別目立つ建物があった。
二十階以上はあるであろう超高層ビルの隣に、六階建ての高層建築物が立っている。
それは、この大学のシンボルでもあった。迫力のあるそのビルは、数km離れた駅からでも確認出来るほどだ。
「十階ってことは……高い方ですね」
「隣の建物は教室しか無いわよ」
「十階まで行けば分かりますかね?」
ジェノサイドは長い間見上げていることで首が痛くなりそうになるのを懸念しながら尋ねた。去年立てられた新築であるが故にほとんど来たことすら無かったためだ。
「分かると思うわよ? 入口に名前あるんだし。確かー……1010-D3だったはずよ」
「なんですかその呪文みたいな名前は」
ジェノサイドは望んではいなかったとはいえ、ここまで案内してくれたことに対して感謝を伝えると、早足で歩いていった。
†
目的地に着いてジェノサイドは納得した。
「なるほど、この建物が施設内にある十番目の建物で、その十階。Dがよく分からんけど三つめの部屋ってことね」
目当ての扉を眺める。
そこには、"〆田 俊樹"の表札代わりの刻印があった。
「こんな苗字あるのかよ……てかアレ漢字だったのかよ……」
本当に此処に写し鏡があるのだろうか。
疑念を抱きながら、ジェノサイドは扉を三度ノックする。
返事はすぐにやって来た。
そこに本人が居る。それを実感したジェノサイドは心の鼓動を少しだけ早めて、扉を開けた。
「失礼します」
「やぁ、君は……」
〆田は反応に困っているようだった。数多くの学生を抱えている大学とはいえ、ある程度講義に参加するなりすれば、自然と顔は覚えられるものだ。だが、今自分の前に立っている、アポ無しでやって来た学生の顔は知らない人間のものだった。
あまりにも馴染みが無いので、他学部の学生かもしれないが、それすらもはっきりできない。
「突然すみません。本当だったら事前に連絡すべきだったのでしょうが、アポ無しに訪問してしまって……」
「いや、いいんだよ。まぁ、連絡あった方が嬉しかったんだけどね」
小さい丸眼鏡をかけた白髪の男は、手元の資料を机に置き、手を組み直して真っ直ぐに彼を見つめる。
「それで、ご要件は?」
「えっと……それは……」
「ひとつ確認なんだけど、君は私の講義を受けたことがあるかな? どうも、見慣れないものでね」
「あ、えっとすいません。僕は先生の講義は受けた事はなかったんですけど、そもそも僕他学部の生徒でして……」
「ふむふむ。やっぱりね」
声色は一定して明るい。
警戒とか注意とか、そう言った姿勢が一切見当たらなかった。あくまでも、〆田はジェノサイドをこの大学の一人の生徒であるとある種のフィルターを掛けていることでオープンに接しているのだろう。
そのように察したジェノサイドはまたしてもやりづらさを覚えた。
どのようにして写し鏡を聞き出し、手に入れるのかを。
「うん?」
なかなか素性を表に出さないジェノサイドを少しばかり怪しんだのか、片方の眉が動く。ジェノサイドはそれを見逃さない。
そこから少しの間、沈黙が流れる。
「あの、先生……」
「えーっとねぇ?」
ふとしたタイミングで、二人の声が重なった。〆田は「どうぞ、君から」と手で合図をしたのでジェノサイドは遂に覚悟を決める。
「先生。写し鏡を……ご存知ですか?」
〆田の顔が変わった。
それまでのにこやかな表情から一転、敵意さえ含んでいるような顔に。
それはまるで、深部集団の人間が、同族を見る時のような目だ。
「見たところ……この部屋には無さそうですが……。先生が海外で発掘した代物だとお聞きしました。それは今、何処にありますか?」
「どうして君が、そんな事を知っているんだ」
当然の反応だった。
見ず知らずの人間が、秘匿事項に触れれば人によってはそう言うだろう。そこは、ジェノサイドの想定通りだった。
「どうか、その詳細についてお話くださいますか? 僕はどうしてもそれについて知りたいのです」
「ダメだ。話せない」
「何故ですか?」
「そんな物、私は持っていないからだ」
素人が見てもはっきりと分かるレベルの嘘だった。ジェノサイドはそれに気にする素振りを見せない。
「僕の知り合いが、教えてくれたんです。神東大学の〆田先生が、"うつしかがみ"を持っていると」
「だったら、そんな知り合いとは縁を切りなさい。根も葉もないデマで他人を振り回すもんじゃないよ……」
「先生……」
内心穏やかでなさそうだ。
目線も逸らし気味になり、机の上で両手を組んでは解いてを繰り返している。
「それは、危険な代物なんでしょう?」
「……」
「今、この世界ではポケモンが実体化している……そんな現象が見られています。もう四年も前からの話ですが。そんなポケモンと関わりの深い道具だとか。先生がどこまでポケモンをご存知かは分かりかねますが、どうやら普通でないポケモンに関係しているもののようなんですよ」
「君は……どこまでその事を知っているのかね……?」
流れが変わりつつあった。今この場で最も緊張しているのはジェノサイドよりも〆田のようである。
とはいえ、ジェノサイドも油断は出来ない。彼はその道具については何も知らないからだ。
バルバロッサから聞いた話を断片的に繋ぎ合わせ、その場しのぎをする。それを最後まで続けるのみだ。
「あれは……絶対に手放す事は出来ないんだ。危険な連中の手に渡るのを防ぐ為にも……」
「その危険な連中って、もしかして深部集団のことですか?」
その単語を口にした途端。
〆田は驚愕に満ちた顔をジェノサイドに向けた。
言ってはいけない名を聞いてしまったかの如く。
「なんで君はそんな事を……」
「先生、僕はある程度の内容ならばすべて知っています。だからこそ、尋ねているのです」
「君のその知り合いとは……何なんだい?」
「お察しの通りですよ、先生」
〆田は深いため息をついた。顔を伏せ、何か考えているような仕草をすると椅子から立ち上がり、部屋にあるクローゼットへ向けて歩くと無言で開く。
そこには金庫があった。ジェノサイドがつま先立ちをし、首だけ伸ばしてそちらを見るものの、ダイヤルの番号までは見えない。
「私は少し信じられないよ……この大学内にそっちの世界へ進んでしまった学生が居るなんてね」
「先程構内で小さな爆発を起こしました。まぁ、ただのポケモンバトルです。ここに来るまでに多くの学生と衝突しました。まるで、彼らも写し鏡を狙っている風に。ですがご安心ください。皆小さな怪我で済んでます」
「事後報告されてもねぇ……」
〆田のダイヤルを回す手が止まる。
そして、金属製の重い扉がゆっくりと開かれる。
〆田は再び、大きくため息吐くと言った。
「見なさい。これが君の求めている"うつしかがみ"だよ」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.7 )
- 日時: 2024/02/12 18:46
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: wUAwUAbM)
〆田はそれを手に持ってジェノサイドの目の前に持ってくる。まるで見せびらかすように。
「君のお望みの品は……これで合っているかな?」
「本当に……。現存しているなんて……」
ジェノサイドは顔に出ている以上の驚きをもってその鏡を出迎えた。
ゲーム内で見たドット絵と全く同じ姿かたちをしている。
「どうして……先生がそれを?」
「結論から言うと分からない。私の本来の目的とは大きく逸脱しているからねぇ」
「目的……ですか?」
〆田は"うつしかがみ"を自身の机の上に寝かせた。台座が無いため立たせる事ができないためだ。
「君は、大山という地名をご存知かね?」
「いいえ」
「……まぁ、私の講義受けたことが無ければ当然だよね」
〆田は机を中心にグルグルと歩き回り始めた。広い講堂でより多くの生徒に話を聞いてもらうための彼の一種の癖だ。
ジェノサイドに対する、講義が始まった。
「大山とは、神奈川県は伊勢原市に存在する大きな山なんだ。その標高は一二五二メートル。冬には当然雪も降る」
「高尾山の倍なんですね」
「ま、まぁ重要なのはそこじゃないんだ。大山そのものにも、そこに立てられた神社も相当歴史が古い。大山阿夫利神社の創建だけでも崇神天皇の治世、大山への信仰はそれ以前とも言われている」
「は、はぁ……」
ジェノサイドは〆田が何を言っているのかよく分からなかった。が、この教授の専門が考古学である事を思い出すとそれに類しているものと解して改めて聞きに徹する。
「私の研究テーマは『大山と古神道の関連性について』なんだ。その研究の過程で私はそこで発掘調査をしてきたんだ。勿論許可を得てね。元々大山からは縄文時代の遺物も出てきている。原始の神道に纏わる物が出てくるんじゃないかと踏んだんだがね。だが、出たのは……」
「その"うつしかがみ"だったと?」
〆田は無言で頷いた。
「私はこの遺物の本質を理解した訳では無いが、以前から君たちの存在は把握していた。ある折に、君たちのような存在から狙われるタイプの物だと連絡が入ったものでね」
「その連絡は……どちらから? それと、何故先生は我々の存在を知っていたのですか?」
「その二つの質問には答えないでおくよ。どうしても私には言えないことのひとつやふたつがあるものなんだ。……分かるだろう? 人生長く生きると、嫌でも"そういうもの"に触れてしまうものさ」
「先生」
ジェノサイドは一歩足を踏む。同時にポケットからポケモンの入ったボールであるダークボールをチラリと見せる。〆田に視せるためのわざとだ。
「先生は先程、絶対に手放す事は出来ないと言われました。ですが、僕からするとどうしても必要な道具なんです」
「……脅しのつもりかね?」
〆田は一度だけ視線を落とす。その先にあるのはポケットから取り出しかけているダークボールだ。
「僕だって本当はこんな事したくはないんです」
「だとしても、駄目なものは駄目だ。実際に地中から出たという事実がまずい。ある種のオーパーツかもしれないし、或いは誰かの悪戯かもしれない。ハッキリさせるまでは手元に置いておかないとダメなんだよ。……安全面も考慮したうえでね」
「安全面……。本当に安全なのですか? 先生は戦えますか? 僕や、僕みたいにそれを狙う深部集団から」
〆田は険しい顔をしつつ一歩だけ後ずさりをした。ジェノサイドがその分近付いたからだ。
「……」
「先生、こういうのはどうでしょうか? 僕と、僕の組織が先生と"うつしかがみ"の安全を保障します。僕が先生を保護しますよ」
「生徒の身分で一体何を……」
教授の言葉に内心ムッとする感情を心の奥底で抑えつつ、ジェノサイドはシャツの胸ポケットから新たに"なにかを"取り出しては掌に乗せ、彼に見せつけた。
「これは我々は"紋章"と呼んでいるものなのですが……軍隊で言うドッグタグみたいなものです。個人を識別するアイテムです。こちらの世界ではいつ誰が死んでもおかしくありませんからね」
「突然何を物騒なことを……。これは……?」
〆田も気付いたようだった。金属に刻まれた刻印、その意味に。
「僕は、ジェノサイドです。深部集団で最強と呼ばれ、実際にその地位に立っている組織の長……つまり、こちらの世界ではトップの人間であると」
「何が……言いたいんだい?」
「僕が深部集団の頂点に立つ"Sランク"という括りを得てから二年……。これまでに最強の座を欲しがる敵対組織とは数え切れないほど戦ってきました。それ故に対策も十分に取られているんです」
「君と居ると常に戦いに巻き込まれそうなんだが……」
「逆です。安全なんですよ。"基地"は」
「なるほど……。狙われるのは君だけという事か」
〆田はジェノサイドの提案の意味を理解し始めた。
最強であるがために戦い慣れたジェノサイドとその組織は、護りにも慣れている。
「私のような捕虜一人入れる分には何も問題はないということか……」
「捕虜なんてやめて下さい。保護です。馬鹿正直に深部集団最強の基地を攻撃する物好きは滅多に存在しない、ということですね」
〆田は考える素振りを見せ始める。時折口から唸り声を漏らしているのを見るに、ポーズでは無さそうであった。
「それならば……なぜ君はわざわざ危険を承知で出向いたんだい?」
「はい?」
「君たちの世界では、組織のトップは倒されてはいけないんでしょう?」
「あぁ……そこまでご存知であったか……」
「ある程度のことならば、ね」
「僕も説明しにくいのですが……と言うか自分でもよく分からないのですが、今回僕が直接来たのには幾つか理由があります。一つは仲間に頼まれたから。もう一つは僕が行けば確実であるから。最後に、余程の事が無い限り僕が死ぬ事は無いからです」
「自信満々だね」
くくっと低く笑う声がする。〆田のその反応は、まるでくだらないお笑いのネタを見た時のようなものだ。
「僕のこれまでの深部集団での人生が、そうさせたのかもしれません」
「よし、分かった。僕も決めたよ」
〆田は再び歩き出しては机の上に寝たままである"うつしかがみ"を手に取っては抱くと、ジェノサイドの前まで歩みを進める。
「これを君に託そう」
「いいんですか?」
「考古学的価値があるかどうか……分からないところだけど、これがある限り僕の安全が脅かされるのならば……こうするのが一番手っ取り早い気がしてね」
「と、言うことは我々の元には来ない……という事ですか?」
「当たり前だね」
にやにやと笑いながら〆田は答える。自ら進んで深部集団の世界に入る気は無いとキッパリと言い放った。
「その代わり、君にも頼みごとがある」
「なんでしょう?」
ジェノサイドは〆田から"うつしかがみ"を受け取りつつ返事をする。ズシリとした重みが腕に、全身に伝わる。予想の三倍は重く感じたせいで前のめりになりかけた。
「君はそちらの世界で影響力があるんだよね? それだったら、君の言葉として発信してほしい。"うつしかがみ"は己の手の中にあると」
「なるほど。そうすれば貴方に忍び寄るはずだった魔の手の一切が消える、と」
「慣れているんだろう?」
「当然です」
〆田は再びガラ空きになった机を見つめてはそこに備え付けてある椅子に座り直した。そして、のびのびとした調子で両手を組んでは解いてを繰り返す。
「それともうひとつ。君は仲間に頼まれて私の元まで来たんだよね?」
用事は済んだ。
ジェノサイドは背を向いて片手で扉を開けようと意識をそちらに向けかけた時だった。
微笑みながら、振り返る。
「えぇ。もう何年も馴染みのある仲間ですからね。断れなくて」
「その仲間とは……君にとって大切な存在かい?」
ジェノサイドはすぐには答えなかった。
バルバロッサの顔を思い浮かべては、同時にこれまでの経験、記憶、過去を思い出している。
常に、彼が居た。
「はい。とても大切な友人であり、仲間であり、家族でもあり……そして、僕の命の恩人です」
「そうか、そうか……」
〆田は満足そうに笑みを浮かべると右手で退出を促しつつ言った。
「大事にしてあげてね。大切な人というのは、かけがえのない存在だからね」
「失礼します」
ジェノサイドは軽い笑みをその言葉の返事とし、一礼して研究室を出た。
「これで解決……かな。先生を保護する事は出来なかったけど、まぁ目当ての物は手に入ったしいいかな。先生がなんで深部集団に詳しいのか理由聞けなかったのが残念だったけどな」
研究室のある十階建ての建物から出て外の空気に触れる。
ひと仕事終えたせいか、普段よりも清々しい。
そこへ、ひとつの影が見えた。
「堀田……先生?」
「それは何かな? 〆田先生との用事は済んだみたいね」
ここまでジェノサイドを導いた若き講師がまるで自分を待っているかのように佇んでいた。
だが、その表情はどこか暗い。
「ごめんね、先生全部聴いちゃった。耳をすませば中の会話聴けちゃうんだよね」
「後ろをついてたんですか……全然気が付かなかった」
「あなた、ジェノサイドなのね」
名指しされても黙るしか無かった。
特に困るほどでも無いからだ。
「私からみて、あなたは私の講義を聴きに来る生徒の一人よ」
「俺も似た感じです。この大学に居る先生の一人。その中でも分かりやすい講義をしてくれる人だと」
「でも、私はもうそうには見えなくなったわ。あなたはジェノサイド。深部集団で一番上の存在の人間なのね」
「ちょっと待ってくださいよ。〆田先生といい堀田先生といい、どうしてみんな深部集団のことを知り得ているんですか!?」
「……これで終わらないことね」
「先生?」
ジェノサイドは鏡を抱えながら身構えるフリをする。
空気に変化が生じたのを感じた。
「あなたが思っている以上に、"そちら"の世界を知る人は多いわ。あなたはこれまで、上手く誤魔化せてきたかもしれない。表向きは普通の生徒でありながら、裏でおぞましい戦いを繰り広げていた。でも、それでも問題は無かった。上手く立ち回れていた」
「先生、何を言っているのですか?」
「警告よ。もうここから先は、今までのようにはいけないわ。"こちら側"でいつまでも平穏でいられるとは思わないことね」
「先生、どうして深部集団を知っているんですか?」
「ほら、もう行って。いつまでもそれを持って出歩いているのは危険なんでしょう?」
ため息が意思に反して出た。
心の中で渦が巻いて仕方がない。モヤモヤがいつまでも付き纏って離れない。不必要なストレスを抱えて余計にストレスを感じているのに似ている感覚だった。
捨て台詞を吐くようにジェノサイドは言う。
「俺は四年前からこの世界に居ました。とにかく苦難の連続でしたよ。命の危機を何度も覚えた。俺の代わりに死んだ仲間も居ました。そんな人間が、今更平穏を望んでその通りに生きられると思うのでしょうか? 僕はそうは思いませんね」
ジェノサイドはひとつのボールを放り投げる。
規則で禁止されているはずのポケモンの行使を、講師の目の前で行っても彼は動じない。それは堀田も同様だった。
外に出されたリザードンは何度も翼を羽ばたかせて空中に留まる。
ジェノサイドはそれに乗った。
「俺は最初から覚悟のうえですよ。今更怖いものなどありません。さようなら、堀田先生」
言い終えると同時に、主を乗せたリザードンは飛び立つ。
地上に残された堀田は、みるみるうちに小さくなっていく彼らを呆然と見つめることしか出来なかった。
リザードンの背に乗って秋の風を浴びながら、ジェノサイドは手元を見つめる。そこには陽の光を反射して輝く"うつしかがみ"があった。
「はじめから覚悟のうえ……か。そんな覚悟、いつ抱いたっけか」
ジェノサイドの脳裏にはほんの数分前に交わした堀田とのやり取りが、その光景がこびり付いている。
堀田が最後にジェノサイドに見せた、優しさを含んだ睨みが彼には強烈だった。
彼女が何を伝えたかったのか、複雑に絡んでいるであろう本心を聞き出せなかった。
目的は果たせたが失敗もした。
相撲に勝って勝負に負ける。
そんな気分だった。
手に持った"うつしかがみ"が余計に重く感じた。
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