二次創作小説(紙ほか)

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.11 )
日時: 2023/12/03 11:46
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)


「まぁ、こんなモンかな」

 変身を解いたゾロアークがこちらへと駆け寄って来る。ジェノサイドは椅子代わりにしていた階段から立つと尻をパンパンと軽くはたいた。

 バルバロッサの情報によると、自分を目当てに多くの深部ディープ集団サイドの人間がこちらに来ているらしい。今となってはやや離れた位置に少数の野次馬が居る以外に人影は無かった。講義も半ばに過ぎている。昨日と同じような、構内を出歩く人の数が最も少ない時間になっているようだ。

 そこへ、無人のバイクが構内に侵入し、そのままジェノサイド目掛けて突っ込んで来た。
ジェノサイドが命令する前にゾロアークが"ナイトバースト"で吹き飛ばす。
赤と黒の光を纏った鉄の塊はその瞬間にも爆発、炎上した。

「なんでキャンパス内にバイクが……? 直前に乗り捨てたようだな」

 ジェノサイドのその言葉を証明するかの如く、彼の前には一人の男が立っていた。

「オイ、今のはテメェか? 構内はバイクの侵入禁止だぞ。つーか事故るところだったじゃねぇか。まともに乗る事も出来ねぇようだから壊してやったぜ、感謝しろ」

「やるねぇ〜……。流石は天下のジェノサイド様だ。今までのバトル見させてもらったが、"イリュージョン"で敵を翻弄させつつ首を獲る。それが貴様の強さだな? ジェノサイド」

 ジェノサイドは身構えた。今自分と対峙している人間は新たな敵だと。
相手の挑発的な言動のせいもあったが、それとは別に戦いを強いられる他の要因が醸し出されていた。

 これまでとは違う、圧迫感。嫌悪感。
それがひしひしと、身体の奥深くへと突き刺さる。

「これは、なんだ……? 匂い?」

 ジェノサイドは己の嗅覚が強く刺激されていることに気が付いた。
臭いものではない。かと言って百パーセント不快なものでもない。これまでに嗅いだことのない、不思議な、そしてひとつの感情を揺さぶられる"匂い"だ。

「これで何人目だろうな……新手か?」

「じゃなかったらなんだ? 仲間か? 違うな」

 短髪の男が答える。その髪は薄茶色に染めているようだった。
男は深緑色のジャケットを上に着ているが、ボタンはひとつも留めていない。風が吹く度に裾が強く揺れている。

「お前が来てから妙な匂いがする。原因はそのポケモンか」

 ジェノサイドの感覚を刺激している香りの正体がその男の隣に居る。

 フレフワンだ。

「当ったり〜。いやぁやっぱりジェノサイドだな。こんなマイナーなポケモンの事もよく分かっている。お気に入りのポケモンだから嬉しいぞ俺は」

「長々とうるせぇな。何しに来た? 戦うってんなら相手になるぞ」

 ジェノサイドは大きく腕を振るう。それを見たゾロアークが両腕に力を込めようとするのを見て男が動いた。

「あらかじめ自己紹介しておこうか。Aランクの組織"フェアリーテイル"。そのリーダーのルークだ。よろしくな? Sランク組織のリーダージェノサイドさん」

 宣戦布告。
ほんの数分前まで戦っていた"エレクトロニクス"の男と同じパターンだ。
ジェノサイドは内心ウンザリしつつも臨まんとする。

「"共有された情報"をもとに人を集めてみたんだがやっぱりケタ違いだよなぁ。二人倒した後のオレでもまだまだ疲れは無いと見える」

「踏んで来た場数が違いすぎるんだよ格下。持久戦したけりゃ二百人は連れて来いクソザコ。って待て、テメェ今情報がどうだの人をどうこう言ったな? ってことはアレか。テメェがこの包囲網の首謀者か」

「うおっ、またまた当ったり〜。やっぱジェノサイドお前すげぇよ。流石修羅の道を歩んだだけはあるな。何でもお見通しか。時間が時間だったからあまり良い連中は集められなかったけど、どうだった? オレの作戦ナイスだった?」

「ふっざけんな。雑魚相手に時間取らせるなよ」

「ゴメンゴメン、それは謝るよ。だからこうして今オレサマが……」

「テメェも含めて言ってんだよこの雑魚」

 ジェノサイドは言い終える時間さえも与えない。
合図が一切無い大技は、ほとんど不意打ちのようなものだった。
ゾロアークの放った"ナイトバースト"がルークと名乗った男に突き刺さる。
衝突と同時に爆発が生まれ、黒い煙が舞う。
本来ならば軽い怪我では済まない。手加減をしたつもりは皆無だからだ。
ジェノサイドもそう思った。

 だが。

「無傷……だと。そこのフレフワンの仕業か」

「大正解〜。"ひかりのかべ"ってすげぇな。衝撃がほとんど伝わってこなかったぞ」

 あらゆる特殊技を半減させる"ひかりのかべ"。
これを前では、突破は困難であることを思い知らされる。
そもそも、悪タイプであるゾロアークでフェアリータイプのポケモンを相手取るということがそもそも無茶ではあるが。

「お前……少しは楽しめそうだな」

 戦いを楽しもうとしている自分がいた。
本来ではエレクトロニクスの男を倒してとりあえずは基地に戻ろうと帰るつもりだった。
それを、この男に阻止された。
逃げるという選択肢もあった。負けと逃げは違うので組織が解体される事はない。だが、ここで逃げるのは勿体無いと思っている戦士のような自分がいた。

 包囲されている。
改めて思うと逃げ出したくなるほどだった。だからこそ、"逃げ"も考えた。
だが。その割には多方面からの攻撃を受けない。ダーテング使いのハバリも、エレクトロニクスの男も、そしてこのルークと名乗る男も。
不思議と全員一人ひとりが前に出て戦っている。彼らが纏めて一斉にかかりに来たり、取り囲んで戦うと言った組織的な動きをまるで見せない。
そこが奇妙な点だった。

 更に、他に敵が見当たらないのも不思議だった。
ジェノサイドがギョロギョロと目を開いて周りを何度も見る仕草を繰り返すも、やはり闘争心を剥き出しにしているのは目の前のルーク以外に無い。

 隠れているのかもしれない。機を伺って周囲に紛れているのかもしれない。それとも、ほぼほぼ有り得ないが自分以外の他の生徒に倒された可能性もある。

 考えれば考えるほど、敵の動きが分からない。仕組みが理解出来ない。
だからこそ、単純な動きしか今はしない。

「雑魚ばかりで退屈してたんだ。戦えよ」

「そう言ってくれるとオレとしても嬉しいぜジェノサイド様よォ!」

 ジェノサイドはボールを同時に二つ操る。ひとつはゾロアークのダークボール、もうひとつはヒールボール。

「ゾロアークは戻れ。代わりに行け、マリルリ!」

 やる事はただひとつ。

「マリルリ、"じゃれつく"!」

 茶色い髪をして、深緑色のジャケットを着た目の前の男を倒すのみだ。

「"ムーンフォース"だフレフワン」

 馬鹿正直に進んでくるマリルリに対し、フレフワンは足止めをせんと遠距離から攻撃しつつダメージを与える。
マリルリの攻撃は当たらない。

「クソっ、簡単には入り込めねぇか。面倒だ」

「なんだか似合わねぇなぁ? ジェノサイドが可愛い系のポケモン使うなんてよ。今の内に"トリックルーム"」

 瞬間。

 フレフワンを中心にその周囲の空間が大きく歪みだす。
現実世界との"ズレ"が強く、そこに空間が構成されているのか、そもそもそんな思考そのものさえも分からなくなるような錯覚を覚えるほどの歪み。
その範囲は徐々に広がり、ルークを、マリルリを、そしてジェノサイドを包む。遂にはバトルのフィールド全体に及んだ。

 トリックルーム。
それは、一定時間遅いポケモンから先に動けるようになる特殊な環境だ。
普段は鈍足だが火力の大きいポケモンを使う際の補助技としてのイメージではあるが、そもそもこの技とフレフワンの相性は抜群に良かった。

「フレフワンも鈍足だが、それだけじゃねぇな……? 固有特性の"アロマベール"か」

「へぇ? 意外だ。マイナーだからあまり知られていないものかと思ってたぞ。実際知らぬまま俺の前で散ってった雑魚なんかも居たっけなぁ……」

 ルークはそう言って自身の記憶を思い出そうとしているのか、頭をポリポリと搔きながらそう言う。彼も彼で深部ディープ集団サイドの人間としてこれまでに多くの戦いを経験しているのだ。

 "ちょうはつ"や"アンコール"、"かなしばり"等の俗に言う"メンタル攻撃"という実戦級の技を無効化する、非常に有用な特性を相手のポケモンは持っている。
"トリックルーム"の始動役であれば喉から手が出るほど欲しい力だろう。

 敵ながら非常に優秀に思える反面、不穏な空気も感じ取っていた。
フレフワンはあくまでも始動役。つまり、その後ろに本命が控えている。

 "トリックルーム"展開の中、物理技主体のマリルリは思うように動けない。
技の都合上接近しないと攻撃出来ないのに対し、相手のフレフワンは遠距離から特殊技を放ってくる。
仮にマリルリに特殊技を備えていたとしても、"ひかりのかべ"の前では無力だ。

(このまま"トリックルーム"が消えるのを待つか……? いや、その前にマリルリが倒されてしまうだろうな)

 ジェノサイドは悩んだ。
この時、どうすればよいか。

「だったら……。ソイツに対応出来ねぇ技を叩き込んじまえば良いじゃねぇかよォ!」

 そう叫ぶと、呼応するかのようにマリルリもその身に水を纏いだした。
そして、ジェノサイドの命令を合図に突進する。

「"アクアジェット"!」

 その技の名の如く噴射して飛んでいったマリルリは"トリックルーム"を無視して、フレフワンが動こうとしたその絶妙なタイミングに割り込んでいく。
特性"ちからもち"も相まった絶大なる火力がフレフワンに叩きつけられる。

「……へぇ」

 しかし、フレフワンは一撃では倒れない。
一度フラフラした様子を見せるものの、すぐにバランスを整えると平然として立ち直った。
対してマリルリは強すぎた勢いが祟ってあらぬ方向へと飛び、そのせいでまたも距離が空いてしまう。

「たとえゲームのデータに基づいているとはいえ、バトルの形式がゲームと同じと思うなよ。こちらではゲームでは表現出来ない動きも可能だ。その分戦術も広がる……。どちらかというとポケモンのアニメの世界に近いものだと思いな」

「アニメの世界、ねぇ。わざわざ解説ごくろーさん。そんなんとっくのとうに知っていた事だが、お前にしては面白いこと言うじゃねぇかジェノサイド。ところでだ。お前は一体何のためにここまで戦っているんだ? 折角だし教えてくれよ」

 余裕の表れか、時間稼ぎか。
ルークは唐突にバトルとは無関係の話題を振り始めた。

 その不自然さにジェノサイドは眉を細める。

「何のため、とは逆にどういう意味だ。俺は"ジェノサイド"だからこそ戦っている」

「それだよ、だからその、なんでわざわざ"ジェノサイド"と名乗ってまで戦う必要があるんだと聞いているんだ。その名を振りかざしてまでやらなきゃ行けない事があると言うのか?」

 ウザい。面倒臭い。
ジェノサイドがまず抱いた感情だった。
答えるのも億劫だ。ノリに任せてバトルを始めてしまったが、本音としてはさっさと終わらせてこの場から退避したいところだ。長話に付き合うつもりはさらさら無い。

「"ジェノサイド"という名を、その組織を追うと一応ひとつの目的だか目標に辿り着く。まぁ深部ディープ集団サイドの組織ならば何処でも必ずは用意している"組織の掟"と言うか"社是"みたいなものだろう。"結社"から定められたルールのひとつ、組織の方針ってヤツだな。それに従うとオマエらジェノサイドは……」

「"ポケモンを対象とした不正利用の防止とポケモンそのものの保護"。これがどうしたってんだ? 設立当初特に明確な目的もなく適当に語句並べただけの決まり文句に過ぎない」

「違うね、それは嘘だなジェノサイド」

 ルークは笑う。不敵に笑いながら指を差す。

「お前は、お前らは"ポケモンのため"と言って行動して来た……。当初の暗部ダークサイド殲滅も世の犯罪の根絶と言うよりはポケモンを悪用するという側面からくる、悪用されちまうポケモンの保護と言う名目でそれも果たせたしな。こんな感じで、俺らはお前らがこれまでやって来たことの大体を知っている。……全部とは言わなくともな。だからこそ、お前らジェノサイドが珍しいことに、ある程度世間にも認知されている事も知っている。本来、深部ディープ集団サイドは存在そのものを悟らせてはならないものなのにな。だが、お前らは違った。活動理由が理由だけになぁ?」

「だからなんだってんだ、くだらねぇ。俺は世間様の言う通りテロリストか何かだろ」

「いや、そのテロリストが間違いだ。お前はテロリストなんかじゃねぇ」

 一瞬だけ鼓動が早まった。
これまでの敵とは違うという緊張感が確実なものとなった。今ジェノサイドは確かに内心不安を抱えた緊張に支配されている。

「お前たちはテロ行為なんて一切していない。そもそもだ。お前の掲げる方針にある"不正利用の防止"ってヤツだが、お前これポケモンの悪用だけじゃないよな? 改造とかチートも含んでいるよな?」

「へぇ……。お前面白いな。それに気付いたのはこれまで戦ってきた人間でお前が初めてだよ。まぁ、それを知ったところでどうにもならんがな」

「それで、」

 ルークはジェノサイドの言葉を無視する。
それによってムッとした彼の表情を見てルークはほくそ笑んだ。

「これまで無差別な襲撃だのポケモンを使ったテロだの何だの言われ続けてきたお前らだったが、その行為の裏には表の世界の人間だろうが、組織の人間だろうが関係ない。改造に手を染めた人間をピックアップして狙っていたって訳だ。そうだろ? まぁそんな事普通は誰も気付くはずがないから"無差別に襲撃"だなんてブッソーな言葉で一括りにされちまってさぁ」

 ジェノサイドは黙って聞き続けていたが、実はそれを知ったごく一部の人間からは支持されていたこともあったのだが、どうせ言ったところで無視されるのが落ちなので何も言わないことにした。

「んで、ここから本題。オレが一番知りたいところなんだけど」

 ルークの薄笑いが消えた。
声のトーンも変化し、それは真正面にジェノサイドを捉えている。

「これまで多くの人から誤解され続けて悪者扱いされ続けて肩身の狭い思いをしながら、それでいて今みたいに多くの深部ディープ集団サイドの組織からも狙われて、明らかに他の組織のヤツらよりかは苦労してんのに、それでも活動を続ける理由ってなんなの?」

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.12 )
日時: 2023/09/13 19:21
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 場違いなまでの、敵からの問題提起。
ジェノサイドはその言葉を聞きながら、いや、聞いたせいで今が戦闘中である事を一瞬だけ忘れた。
代わりに、ここまで歩んできた戦いの記録、これまで見てきた記憶の全てが、ぶわっと頭の中を駆け巡っては消えてゆく。
そんな中で思い起こされたのは、消えていった嘗ての仲間たちの姿、自分が本当に守りたかったもの、そして守るべきものの為に怒るその対象。

 それらが、不意に意図せずして蘇った。
目の前の男のせいで。
そのうえで、ジェノサイドはこう答えた。

「今ここで俺が言うと思うか? 企業秘密って言葉が何で存在するんだろうなぁ?」

「お前は会社じゃねぇだろ……」

 つまらなそうにルークは小さく呟いた。

 意識は戦いへと戻る。
今ジェノサイドがすべき事は過去に思いを馳せることでは無い。
目の前のフレフワンを倒す。ただひとつだ。

「マリルリ、もう一度"アクアジェッ"……」

 言っている途中に異変が起きた。

 なんの前触れもなく、フレフワンは突如としてボールへと戻って行った。
ルークは一つの命令も出してはいない。
勝手に戻ってしまったのだ。
彼はボールを手にしていなかった。なのでフレフワンは文字通りポケットへと吸い込まれていく。その感覚は"バトンタッチに"似ているもののようだった。

「流石、最高のタイミングだぜ」

 ルークは別のボールを握りしめる。
出番だ、と小さく呟いたようだったが、それに呼応して現れたのはニンフィアだった。
甘い色のリボンのような装飾を身に付けた可愛らしいポケモンがフレフワンと入れ替わる。

 ジェノサイドは舌打ちをした。何が起きたのかを理解した。

「フレフワンに"だっしゅつボタン"を持たせていやがったか……嫌なポケモン持ってきやがるな」

「まぁまぁそう言うな。この子はこの子で凄いんだぜ」

 "トリックルーム"の効果は続いている。ここまでは想定通りの動きだった。素早さが物を言う環境下において、そのアンチテーゼとなるこの戦術はルークに多大な勝利を齎してきた。あとはニンフィアで全抜きをしてしまえばいいだけだ。
いつもの光景、いつもの勝利。
ルークはこうして今まで勝ってきた。
それが、ジェノサイドにも通用する。

「今のお前のポケモン一撃で倒せる位にはな」

 ルークはニヤリと笑う。
ジェノサイドがそれを発見した時にはもう遅かった。
"アクアジェット"という命令より先に彼が動く。

「"ハイパーボイス"!」

 姿かたちの無い衝撃波が飛んできた。
音だけのその強い衝撃に、うるささにジェノサイドは聴覚を一瞬奪われ、反射的に目を瞑った。
その直前、彼は確かに見た。
自身のマリルリが技を受けて飛ばされるのを。
目を閉じるまでの一瞬の出来事だったので、何かの見間違いと思うほどだった。

 静寂はすぐにやって来る。
ジェノサイドはゆっくりと目を開ける。

「間違いじゃ……なかったか」

 マリルリは倒れていた。
戦闘不能。もう戦える力は残っていない。
無言でボールに戻すと、それから暫くジェノサイドは固まった。

 ルークは、そんなジェノサイドの姿とニンフィアとを交互に見ることしか出来なかった。

(なんだ? 天下のジェノサイド様がたかが一匹倒された程度でここまで考えるか? 戦闘放棄か考え事か……。まぁ後者だろうな)

 今ここでどんなに時間を消費してもバトルにはカウントされないので、"ひかりのかべ"も"トリックルーム"も消えることは無い。
なので、何もしないという行為はなんの意味も為さない。
ゆえに、ルークにとっては彼が不気味に見えた。

「オイ、遅延行為とかどうでもいいからよ、さっさと次のポケモン出せよ。それとも万策尽きたか? 格下相手によぉ」

 明らかな挑発。だが、それでもジェノサイドの表情に変化は無かった。そもそも、ちゃんと聴いていたのかどうかも怪しい。
だが、その心配をよそに次のポケモンが繰り出された。
"ひかりのかべ"を意識してか、物理主体のポケモン。ヒヒダルマだ。

「ヒヒダルマだと……?」

 ルークはその声色とは裏腹に内心驚いた。
タイミングが分からないからだ。

(なぜこのタイミングでヒヒダルマなんだ……? 炎で物理だから相手にとっては相性は良いんだろうが、コイツまだ"トリックルーム"の影響下にある事を忘れているんじゃねぇのか?)

 不可解。それに遭遇すると頭の回転が早まる人間が中には存在する。ルークもその一人だった。普段以上に負荷を掛けているのが自分でも分かるほどだ。

(奴は"きあいのタスキ"でも持たせているのか? そうすれば反撃に転じる事は可能だ。だが……)

 一部のポケモンには、その姿や特徴からイメージを持たれる場合が少数ながらもあったりはする。それが実戦に向くか否かは別として。
例えるなら、ホエルオーならば"しおふき"というように、ヒヒダルマにもそのようなやんわりとしたイメージがある。

(ヒヒダルマと言えば"フレアドライブ"だ。だから普通はヒヒダルマにタスキは持たせねぇ。技との相性が最悪だからな。と、なると奴のヒヒダルマの型がどんなものか、何故このタイミングなのか……益々分からねぇ! ジェノサイドっ! テメェは何を考えていやがる!)

 その答えは、本人以外は分からない。
だからルークは悩む。だが、どれほど悩んでも結局答えは「わからない」だった。
それに、あまり考えていられる時間も無い。
その分相手に攻撃を許してしまう隙を与えてしまうからだ。

 防御面が脆いフレフワンとニンフィアにとっては正に天敵。
本来ならば相性の良いポケモンと取り替えたいところだが、手持ちの問題上そうもいかない。ならば、今ここで摘むしかない。

「仕方がねぇな。相手の攻撃が届かない遠距離から"シャドーボール"だ!」

 マリルリ戦と同じく、物理主体のポケモンがこちらまで迫ってこないよう遠くから技を放つ。
理想としては"ハイパーボイス"を使いたかったが、ニンフィアの特性は"フェアリースキン"だった。ノーマル技に補正がかかり、フェアリータイプの技へと変化するものなのだが、それが仇となりヒヒダルマには半減されてしまう。
なので、ニンフィアの高いとくこうが活かされて尚且つ補正の掛からない"シャドーボール"なのだ。

「避けられるなら避けてみろ! お前のヒヒダルマに突破出来るかなぁ!?」

 興奮のあまり叫んだルーク。
目を大きく開いてその様を凝視する。
だから、見えた。

 黒い塊がヒヒダルマに直撃する直前に、ジェノサイドが何か命令したのを。その通りにヒヒダルマが動いたのを。

(来る……! 奴は"フレアドライブ"を使いながら"シャドーボール"を避けてこちらに向かってくる!!)

 そう身構えたルークだったが、実際は違った。
ヒヒダルマの口から赤い炎が、"かえんほうしゃ"が放たれた。

「なんだとぉ!?」

 その炎は黒い球とぶつかり合い、爆発し霧散した。

「"かえんほうしゃ"……? 一体奴は何を……まさか!?」

 物理一本の普通のヒヒダルマでは有り得ないチョイス。
"普通"ならば。
だとしたら、考えられるのはひとつしかない。

「特殊技を使うヒヒダルマ……まさかそいつは、夢特性の"ダルマモード"か!?」

 "ダルマモード"。
超火力を有するヒヒダルマのもうひとつの姿。
特定の条件下にてこうげきが大幅に下がり、代わりにとくこうが大幅に上昇する。
簡単に言えばこうげきととくこうが入れ替わるものだ。
つまり、超火力がとくこうにシフトする。
しかし、その特定の条件下というものが。

「お前馬鹿か!? そいつはダメージを受けていないと使い物にならない代物だ。しかもヒヒダルマの耐久はお世辞にも高いとは言えない……。"ダルマモード"なんていう失敗があったからこそギルガルドというポケモンが生まれたのをお前は知らないのか?」

 正確には体力が半分を切って初めてフォルムチェンジが成立する。
要するに使いにくいポケモンなのだ。

 それでも相手はニンフィアだ。普通の思考力でいるならば、本来のヒヒダルマで戦った方が遥かにマシである。

「なんとでも言え。俺のヒヒダルマは、こんな所で終わるほど単純なモンじゃねぇぞ?」

 ジェノサイドは嗤った。まるで相手を嘲るように。

 ルークは益々悩んだ。
最早ジェノサイドという男を理解すること自体無意味で無駄で不可能である事を悟る。
それでも状況を変えるために考えるしかない。

(下手にダメージを与えてしまえば"ダルマモード"が発動してしまう……。だが、奴の耐久力では耐え切るとは思えない。でも、タスキを持っている可能性は? "フレアドライブ"の有無は? クソっ、分からねぇ……)

 悩みに悩み抜いた末に、答えをひとつ導く。

「ニンフィア、"めいそう"だ」

 一見無防備とも取れる姿勢でニンフィアは佇む。
全神経を集中させ、とくこうととくぼうを上げる技だ。

 それを見たジェノサイドは今だと言わんばかりに指示を出す。

「"フレアドライブ"」

 ヒヒダルマは、全身に巨大な炎を纏って突進の構えを見せると、こちらへと突き進んできた。

「キタァ!!」

 この時を待っていた。
強く感激したルークは叫ばずにはいられなかった。

「"めいそう"はあくまでも陽動! ただの陽動で火力も上げられるんなら得しかねぇだろっつーの!」

 すべてが予想通りだった。
そしてこれからも、予定通り指示を飛ばす。

「ニンフィア! "シャドーボール"!」

 ヒヒダルマと"シャドーボール"を衝突させることによりダメージを与え、相手が地面に着地した瞬間を次の技で仕留める。
作戦は完璧だった。ここまでは。

 二つの技が炸裂し、黒煙が舞う。
何も見えないことで不安を覚えたルークだったが、煙はすぐに飛散し、ニンフィアが立っている光景が見えたのでそれはすぐに消えた。

 しかし、ヒヒダルマの姿が無い。
倒れるどころか、どこを見てもその姿が見えなかった。

(遠くへ吹き飛んだか……?)

 最初はそう考えたルークだったが、やはり何処にも見当たらない。
確認のためにニンフィアから視線を逸らしたその時。

 後ろから、"なにか"が迫った。
かなり速い"なにか"だった。
それはルークにもニンフィアにも追い付けない。
既に"ひかりのかべ"と"トリックルーム"の効果は消失している。

 "それ"はニンフィアの超至近距離から光線を放った。
避ける術は無い。直撃を受けたニンフィアは飛んだ。

 だが、違和感はそれだけでは無かった。
得体の知れない物体の放った光線。それがかなり特徴的だった。ルークはそれに見覚えがある。
赤と黒が混じったような、禍々しくも痛々しい色をしたそれは。

「まさか……"ナイトバースト"!?」

 答えが出た瞬間だった。
つまり、それは。

「ヒヒダルマは……これまでの動きすべてが……奴を出した時からの全部が、お前が魅せていた幻影だったのかよ!?」

 それを聞いたジェノサイドは再び嗤う。
それが合図となり、得体の知れないヒヒダルマは真の姿を現した。
鋭い爪と眼差し、獣と表すにふさわしい体毛。細い腕と足。
紛れもなく、ゾロアークだった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.13 )
日時: 2023/09/13 19:29
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ゾロアークが現れた。
ニンフィアという相性が最悪なポケモンを相手に臆することも無く、互角に、それ以上の戦いを魅せる。それはゾロアークの強さか、それともジェノサイドの強さか。

「ヒヒダルマはすべて幻影だ。ゾロアークで時間稼ぎされるなんて思ってもみなかっただろ?」

「そのやり方には驚かされたが……問題はゾロアークじゃない」

 今ある現実から、懸念を抱いたルークは額から汗を一滴垂らしながら思慮を巡らせる。

「こいつに化けた以上、本物のヒヒダルマが手持ちに居る、という事か?」

 今のルークにとってヒヒダルマは一番戦いたくないポケモンのひとつだ。"トリックルーム"も消えた今、脅威でしかない。

「さぁな。このバトルを続けていけば分かるだろ」

 余裕綽々に話し続けるジェノサイド。その傍らで、ゾロアークが突如"ナイトバースト"を打つ。

「なっ……、くそっ! なんなんだよソイツは!」

 バトルにおける命令というものは合図だ。
自身のポケモンにとっての指示であるのと同時に、敵にとってもこれからやって来る攻撃に対する準備期間でもある。
命令があって自他共に確認が出来る。
命令無しに技が飛んでくるというものはそんな準備をしようにも出来ない状態に等しい。"まさか今技が突然飛んでくる訳が無い"など普通の人間ならば予期はしないだろう。むしろ、する方がおかしい程だ。
それを、ジェノサイドは当たり前のように繰り返す。

 虚を突かれたのはニンフィアも同じだったようで、辛くも避けたようだった。
当たらなければ問題は無いが、これが何度も繰り返されると厄介である。精神的にも宜しくない。

「面白いだろ、俺のゾロアーク」

「自覚が……あるのか」

「あぁ、こいつは特別なんだ」

「特別?」

「何年前だったかな……。とにかく、ある時を境にこいつは勝手に動くようになった。理由は俺にも分からねぇ。だが、バトルの状況や対面の有利不利を理解しているようで、俺にとっても最善手である手段をよく取ってくれるんだ。たまーに変な行動もするけどな。……って話をさっきダーテング使いの野郎にも言ってやったよ。詳しく聞きたけりゃそいつに聞いてみな。死んではいないと思うからな」

「この、クソ野郎が……」

 ルークは、これでもかと言うほどの負の感情を抱いた。
それはジェノサイドが自身に放つ傲慢さだけでは無い。
実力や地位など、自分にはない物をこの男は手にしている。そんな嫉妬や恨み、妬みも含まれている。
そのためか、薄々実感はしていた。
大きな間違いを犯したかもしれない、と。

「そんな訳で、もういいだろ。お疲れちゃんゾロアーク」

 好き勝手に場を掻き乱し、翻弄したゾロアークは大人しくボールへと吸い込まれる。

「んで、今度はお前の番だ……。ヒヒダルマ」

「来やがった……。今度こそ本物か」

ゾロアークを戻した以上、"イリュージョン"は発動していないはずだが、それでも幻でいて欲しいと望んでいるルークがそこには居た。

「"トリックルーム"は消えた。あとに残るのはノロマで無防備なニンフィアだけ。もう怖いものはねぇ。元から怖くもねぇけどな?」

 スカーフを巻いたヒヒダルマは炎を身に纏う。
持ち物である"こだわりスカーフ"。その技は。

「"フレアドライブ"」

 せめてもの対抗策にと"ハイパーボイス"をと思ったルークだったが、命令と技の発動までの僅かなタイムラグを突かれる形となった。
まさに速攻。それに相応しい動き。
瞬間を逃すことなく、ヒヒダルマはニンフィアを貫く。

 勝負は一撃で決した。

「クッ……ニンフィア……」

 倒れたポケモンの下へルークが走る。
状態を見てボールに戻し、鋭い目でジェノサイドを睨んだ。

 そんな恐ろしい目を向けられたジェノサイドは相手の残りの手持ちは若干の傷を負ったフレフワンがいた事を思い出していた。そこから勝利を微かに見出す。

「くそっ、フレフワン!」

 そのポケモンは、ニンフィアと同じく鈍足で守りも厚くはない。加えて今は道具も無い。
最早敵でも何でもなかった。

「もう一度"フレアドライブ"だ」

 再び炎を纏ったヒヒダルマは先と同様に猛突進する。
ルークはフレフワンに"ムーンフォース"を指示したが、今度も構えたところを攻められた。

「耐えろ! フレフワン!」

 というルークの声が響いたが、その応援も虚しくフラフラと体を揺らしたフレフワンは全身から力を抜くと倒れた。

「よし、二体目。次のポケモンまだ居るよな?」

 暗に急かすジェノサイド。それを察したルークは今度も睨む。
ポケットの中の最後のボールを掴んだものの、考える仕草をしているようで中々場に出そうとしない。躊躇しているようだった。

「どうした? 早く出せ」

「うるせぇジェノサイド! 言われなくとも出してやるよ! 行け、クチート!」

 叫ぶと、ボールからはそのポケモンが飛び出した。

「なるほどねぇ……」

 躊躇していた理由が分かった。相手にとって相性が最悪だからだ。
それは、ジェノサイドからすると勝ったも同然。今回も楽な戦いだったと最後まで余裕を抱いていた彼は、ある事を忘れていた。

ヒヒダルマはこれまでに"フレアドライブ"を二度打ち、その度に相手のポケモンを倒した。という事は、その分の反動ダメージが蓄積している。
そしてそれをルークは見逃さなかった。

「"フレアドライブ"」

「"ふいうち"!」

 いきなり響いた大声にジェノサイドは驚き、肩をびくつかせる。
その声を聞いたクチートは誰よりも早く動き、誰よりも早くヒヒダルマへ潜る。

 鈍い音が響いた。
予想だしない動きとともに繰り出した大きなアゴが、ヒヒダルマを捕らえる。
餌食となったそのポケモンは倒れた。

「マジか。完全に油断したー」

 抜けた声でそう言ったジェノサイドはヒヒダルマを戻す。それは同時に最後のポケモンであるゾロアークを出す合図でもあった。

「お前は俺を騙したんだ。これくらいやられて当然だろ」

 ルークのその声を無視するジェノサイドは自身の真上に、まるでカッコつけるようにダークボールを放った。

「これでお互い最後の一匹だ……俺のゾロアーク倒せるモンなら倒してみろAランク」

「黙れジェノサイド! 調子に乗れるのも今日までだ!」

 強気に言い放ったルークだったが、突如として彼は笑いだした。最後の一匹という緊張感からか、それとも思わずこみ上げる何かがあったのか。

「はっ、ははははは! お前本当に"あの"ジェノサイドなのかよ! それにしては無様な戦い方だよなぁ!?」

「何が言いたい。それとも何らかの期待でもしていたのか? だったら申し訳ねぇな。元来俺は人から期待され過ぎてよくガッカリされる。だからそこは勘弁な」

「そうじゃねぇよ。お前の人格なんざどうでもいいんだよ。俺が言いたいのはポケモンだ。ポケモンの扱い方だ! あまりにも下手すぎやしないか? 特にさっきの。なんだよ今のヒヒダルマ。普通だったら予測出来るだろ! クチートが……」

「クチートが"ふいうち"をするかもしれない、ってか? それくらい予想済みだ」

「嘘だな! ならば何故反動ダメージを考慮しなかったんだ!? お前だったらそんなの予見出来んだろ! あぁ!?」

「だから……」

 ふざけた問答しか見えない彼に対して感情が昂るルークだったが、ジェノサイドは至って冷静であった。ため息を吐いて片目を閉じている。呆れているようでもあった。

「いい加減察しろ。俺は必ず勝つ戦いしかしねぇ。勝つために状況を作り上げる。バトルの基本だろ? 俺はそれに忠実だったに過ぎない」

 ルークは息を詰まらせた。意味が分からなかった。自らピンチになるような局面を作り出すなどと。故意にこの状況を作り上げた事に理解が及ばない。

「分からないか? ならば今から見せてやるよ、俺のゾロアークの強さをな」

 言いながら、赤と黒の光線が一直線へと走ってきた。

「くっ、またかよ……」

 やや遅れてルークの命令に従い、クチートはそれを避ける。

「そのまま行けるとこまで接近しろ!」

 クチートは走り出した。大技を放った後の大きな隙だらけのゾロアークの下へ。

「なん……っ!?」

「ははっ、だからおめぇは甘いんだよジェノサイド! 今のこの状況見ても同じこと言えんのかぁ!?」

 射程圏内へと入る。ここしか無いと絶妙なタイミングを得たルークは叫ぶ。

「"じゃれつく"!」

 その後。とてもじゃれついたとは思えない猛撃が、暴力と衝撃の嵐が砂煙を生じさせ、周りを包んだ。

 勝敗は決した。誰もが思ったことだろう。
ルークも、遠くから眺めていた学生たちも。
一人の男を除いて。

 暫くして、異変に気付く。いつまで経ってもクチートが戻ってこないのだ。

「……おい、何をしている!? 技キメたんなら早くこっちに戻れ!」

 得体の知れない不安と緊張から、ルークは怒鳴る。
眼前の砂煙が消えると、その不安は確信へと変化した。

 技を受け、倒れているはずのゾロアークが立っている。それも、クチートを逃がすまいと抑えたうえで。

「これを待っていたんだ……俺の勝ちだ。ゾロアーク、"カウンター"」

 何処から溢れたのか想像し難いエネルギーが全身から放出され、己が受けたダメージを倍にして返す。

 クチートが飛んだ。そのトレーナーの足元まで。

 ルークは驚きを隠せなかった。
ただ弱点の技を叩き込めば倒せると思い込んだ。だから大事なところを見逃していた。

「お前……それは"きあいのタスキ"か」

「ゾロアークには必須アイテムだろ。それくらい考えろって」

「ふっ……」

 ルークはまたも笑った。
まさかここまで想像通りに事が運ぶとは、と。だからこそ驚きが隠せなかったのだ。

 今度は倒れたはずのクチートが起き上がる。
そして助走をつけて猛スピードで駆けたそのポケモンは、再びゾロアークへと迫る。

「お前もタスキか……」

「だーから言ってんだよバーカ! 甘ぇってなぁ! 俺がタスキ持ってる事も考えろっての!」

 "カウンター"を受けて倒れないポケモンは基本的に存在しない。その通りで、ルークのクチートの持ち物もゾロアークと同様"きあいのタスキ"だった。

 クチートは再び"じゃれつく"の体勢を取りつつ近づく。対してジェノサイドもゾロアークも逃げようともしなければ迎え撃とうともしない。
あと一歩。技が当たる、というタイミングでゾロアークは人間には視認出来ない動きをしたかと思うと、そこでクチートは今度こそ倒れた。

「なにっ……?」

「だから、それくらい考えてるっての」

ゾロアークの"ふいうち"。
相手が攻撃技を選択した場合でなければ失敗してしまう、リスクを負った技だ。

「お前のゾロアークも……先制技だと……?」

「大体のポケモンは"カウンター"で倒せるものだが、稀にタスキか何かで耐える奴が現れる。お互いのポケモンの体力は一。そうすれば人間の心理として、普通はどうするよ? それを見越しての……」

「"ふいうち"って訳か……」

 今度こそ負けた。
最後まで騙され、力の抜けたルークはその場で膝を付いた。

 勝負は今度こそ決した。
ジェノサイドはゾロアークをボールに戻しながら確認するように周りを見る。やや離れた位置から怯えているかのようにバトルを眺めている学生以外他に人の姿は無い。

「包囲網はまだあるようだが……近くに敵は居ないようだ」

 ジェノサイドは警戒しつつ敵に近付く。
こういう時、戦いの結果に納得いかない深部ディープ集団サイドの人間は凶器を使って直接本人を傷付ける危険性があるためだ。

「安心しろ、俺は人は殺さない」

 深部ディープ集団サイドのルール、組織間抗争。勝てば生き残り、負ければ全てを失う。それは組織そのものや財産、金だけでは無かった。
深部ディープ集団サイドに所属する人間は、特別に超法規的な権限を有する。
目的に沿った場合に限り、対象の命を殺めても構わない、というものだ。

 深部ディープ集団サイドは元々ポケモンを悪用して犯罪に手を染め、世の治安を乱す人々を絶滅させる為に結成された存在に過ぎない。それが上の人間の都合とはいえ、その力が同胞に、同じような人間に、即ち深部ディープ集団サイドの人間にも向けられた。そんな経緯を持つ。

 現実に考えてしまえば殺人の罪だが、今彼等が居る世界は表の世界では無い。
死が身近にある、暴力と力だけの世界だ。

 そんな修羅の道を歩む彼らだが、ジェノサイドはそれでも人の命を奪うことはしない。彼はそれを強く誓っている。

「お前がどれほどムカつく人間だったとしても、決して殺しはしない。そう決めている。代わりに、お前を結社に引き渡す。黙って受け入れろ」

 深部ディープ集団サイドの人間とは、簡単に言い換えてしまえば全員が全員"結社"と呼ばれた、この世界を作り上げた存在たちによって指名手配されていると言える。

 その人物の生死は問わない。

「結社からすれば、とにかく俺たちは多く生まれすぎた。結社が俺たちの為に組織一つ作るのに莫大な手間と費用を掛けるのを強いられているのはお前も知っているな?」

 ジェノサイドは言いながら、相手が逃げないように拘束するためのポケモンを、"でんじは"を覚えたクレッフィを用意する。

「結社からすれば、裏から世界の治安を守るため、俺たち深部ディープ集団サイドは絶滅してほしくはないが、こんなにも人はいらない。いらない人間は排除したい。んで、自分たちの負担も減らしたい。そんな思惑から生まれたのが組織間抗争って概念だ。だからお前も俺も、上手く乗せられた形になってしまった」

「……」

「だが俺はどうしても殺しだけはしたくなくてな……。まぁ俺以外にもこう考えている人間は居るのだろうが、その声を受けて結社は敗者に限り身柄を引き受ける対応を始めたんだ。もう何年も前からだがな。だからお前はこれから結社の世話になることになる。どんな扱いをされるかは知らない。噂では秘密裏に消されるってのがあるが……まぁ組織間抗争を考え付く人間たちだ。どうなるかは想像出来るよな?」

「敗北した……罪ってことかよ」

 観念し、全て諦めた様子のルークは抵抗せずその場にじっと座り込む。
無抵抗だとやりやすい、と感じたジェノサイドはまさに今"でんじは"を打たんとクレッフィに合図しようとした時だった。

「……まずい、忘れてたっ!!」

 突然靴を擦った、後ずさりする音が聞こえた。
ルークは振り向く。
するとそこには、何かに怯えたような表情をし、自分とは距離を離したのちにリザードンを呼び出しては飛び乗り、その場から逃げ去るジェノサイドがあった。

「な、なんだ……? 一体奴の身に何があった……?」

 辺りを見るも、異変は何も無い。
ただ五十メートル程の位置に顔も知らないこの大学の生徒と思われる学生たちがこちらを見ているだけだった。



 ジェノサイドは基地へと帰った。
元々、エレクトロニクスの男とのバトルが終わればそうするつもりだった。
結果として少し長引いてしまった。

「くそっ、あそこが大学だって事を一瞬だけ忘れてた……。"そういう"警戒をもっとすべきだったな」

 大学から基地までは十分から十五分程かかる。時間が曖昧なのはポケモンの飛ぶ速度によるのと、彼がマイペース且つしっかりと測った事が無いからだ。

 基地のシンボルでもある、廃れた工場跡を眺めながらジェノサイドは雑草で茂ったところを屈んで手を下ろす。
草に当たる前に冷たい鉄の塊に触れた。
基地に繋がる隠し扉だ。

 重い扉をゆっくり開け、地下に繋がる階段を降りながら再びゆっくりと閉める。

 コンクリートで作られた廊下をひたすら歩くと、別の扉が現れる。大広間へと繋がる、鉄製の扉だ。

 微かにざわめきが聞こえた。
扉の先は大広間へと続く廊下があり、更にその奥にジェノサイドに所属する人々の空間シェルターがある。
二つ目の重い扉を開け、廊下を歩き、大広間への扉を開けた。

 その先の空間は、廊下と比べて明るかった。ジェノサイドは薄く目を細める。

「あれ? リーダーが帰ってきた」

 談笑していたであろう構成員の一人が、意外なものを見たような顔をして周りにアピールする。それを聞いた人だけがジェノサイドへと視線を集中させた。

「リーダー……ですよね? まだ講義の時間じゃないっすか?」

「そうなんだが、そうもいかなくてな。構内で襲撃を受けた。あまりにも面倒だったから講義からも奴らからも逃げてきたぜ」

「その割には、帰りが遅かったな?」

 若い年齢層の構成員たちに混じってしわがれた声がする。この組織の中でそんな声を出せる人間は一人しかいない。バルバロッサだ。

「連絡したはずだがな。すぐに帰って来いと」

「そのつもりだったんだが、あの後すぐに包囲網を作ったと自称した自称Aランクの奴とも戦ってな。少し厄介だったが問題なく倒してきた」

「その自称Aランクの人間はどうしたのだ?」

「結社に引き渡す予定だったが、ちょっとミスった。顔見知りの人間が俺のバトルを眺めていたんだ」

「まさか……それに気付いてその場を後にした……と? よかったのか? 敗者をそのままにしてしまって」

「敗者は必ず裁かなければならない、なんてルールは無いからな。バトルに負けちまえば逃げてもいい訳だし。もう一部の先生たちには俺の正体もバレちまってるけど、友達なんかはまだそうもいかねぇ。今あいつらにバレたら少し厄介なんだ」

「顔見知りとは、先生ではなく学生の方だったか……」

 深部ディープ集団サイド最強の人間には似合わない、あまりにも甘く可愛いその理由にバルバロッサはつい苦笑いする。

 ジェノサイドの正体。
それはテロリストでも、殺戮を好む戦闘狂でも無く。
"ただの世間"を気にする気弱な学生でしかなかった。