二次創作小説(紙ほか)

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.14 )
日時: 2023/09/13 19:42
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 九月二十日。土曜日。
外はまだ明るい。そんな中でも、ジェノサイドは仲間と共に動いていた。

「この辺りでしょうか、リーダー」

彼と共に動き常に隣を守るように歩いているのは、鍛えたような筋肉を備えた坊主頭のケンゾウと、彼ら二人と比較して背が低く、まるで寝癖を直さずそのままにしているかのようなボサボサ頭をしたハヤテだ。
二人は仲が良いだけでなく、自他共に"ジェノサイドの両腕"として組織内でも認められている側近のようなポジションでもあった。
そのため、組織として行動する際はこの二人もセットで動くことが多い。今日がそんな日だった。

「あぁ。既に居場所は掴んでいる。奴はその内出てくるだろう」

「出てくる?」

「あぁ。今回の目的は組織"レシェノルティア"への攻撃だ。名前を聞いたことは?」

「たまに、ちらっと聞くぐらいは……」

「だろうな。俺も画面越しにしか見たことがない」

「レシェ……ってなんすかリーダー?」

 しかめっ面をするハヤテをよそに、ケンゾウが割り込む。

「言えないからって諦めるなよぉ……。レシェノルティアは深部ディープ集団サイドの組織だよ。ネット上……SNSだとかでいっつも邪魔をして来る連中なんだ。誹謗中傷やデマだけならまだ良いんだけど、僕達が別の組織と戦っている時に漁夫の利を得るような言動をしたり任務の邪魔になるようなパフォーマンスを繰り返す質の悪いストーカーみたいなものなんだよ。最近は"例の大学に奴がいる!" みたいな事も言ってて軽い騒動になっちゃったよね」

「オイ、それマジか!」

「ケンゾウ……まさかこれまでの話全部知らなかった……?」

 何も知らないという事は理解力の問題だったのか、本当に情報が入ってこなかったのかどちらかだとしてもリーダーの両腕ともある人間がこのようでは些か不安ではあった。
だが、それを無理矢理押し殺して一転、ハヤテは振り向く。

「それで、リーダー」

「なんだ?」

「レシェノルティアの連中がこの街にいるという情報……その特定はどのようにされたのですか?」

「あぁ、それなんだが、すべてバルバロッサに頼んだ。奴曰く結社の持つデータを参考にしたらしい」

「それって……バレたらマズいやつでは……?」

「あぁ。マズいよ。だからバルバロッサに任せたんだ。奴ならある程度平気らしい。結社に知り合いでも居るとか、奴なら許される特権的? みたいなものがあるらしい。詳しくは知らん」

「いやそれめっちゃ重要な話ですやん……。今度詳しく聞いてみた方がいいですよ?」

「リーダーリーダー! それってつまり俺らの情報も同じように扱われて敵に渡ったらヤバいってことっすよね!」

「ケンゾウお前……。今日はやけに冴えてんな。確かにお前の言う通り、相手方にもバルバロッサのようなポジションの人間が居て、俺らの情報を入手されたり拡散でもされたらかなりタチ悪いよな。と言うより、今から戦う相手はまさにそんな事ばかりを繰り返している奴だ。出処は不明なものの、不特定多数の組織の情報を入手しては売買してるって話らしい。それが木曜にあった包囲網にも一枚噛んでいるって時点で俺からしたら一発アウトだろ」

「リーダー、一つ引っかかるのですが……」

「どうした?」

「レシェノルティアは深部ディープ集団サイドのデータを他組織に売っている連中なんですよね? そんな事したら結社に怒られるんじゃないですか?」

「怒られるって……なんか表現可愛いな。そこは詳しくは知らないな。情報源が結社が秘匿中の秘匿としている管理のためのデータだった、ってなら確かにヤバそうだが、よくよく考えたら結社が嫌う深部ディープ集団サイドの組織とかもゴロゴロ居そうだし、そんな邪魔な組織がレシェノルティアの工作のお陰で消えました、となったら嫌な顔もしないだろう。実態としては見て見ぬフリと言うか黙認と言うか……あそこまでの特殊な技能を持った人間をどうこうってする訳にもいかないんだろうな、結社としても。もしくは、"実は組織レシェノルティアと結社は協力関係にありました"って可能性も有りそうだがな。ってかそっちの方が有り得る」

「なんか……思ったより恐ろしくないですか? それ」

「だろ!? 俺たちが暮らしている、一見すると平和そうに見えるこの世界も見方を変えたら案外脆いもんさ」

 ジェノサイドはニヤリと笑う。二人が知り得ない情報を披露したというマウントも、この笑みには含まれていた。

 今彼らが動く理由。
それは、ジェノサイド含め組織のデータや情報を外部に流す不届き者を叩く。その代表としてジェノサイドが選ばれたに過ぎない。

「レシェノルティアはDランクの低レベルな組織だ。こんな弱小組織倒したとこで何かが変わるわけがねぇが……まぁ抑止力ってことで。お小遣いも欲しいしな」

「リーダーリーダー! ずぅぅぅっと気になってたんすが、ランクってどうやって決まるんすか? てかランクってなんすか!?」

「け、ケンゾウ!? まさか今の今まで知らなかったなんてオチじゃないよね!?」

 深部ディープ集団サイドの個々の組織にはランクが振られている。
Sを頂点とし、AからDの下級ランクが用意されており、どの組織も設立時はDから始まる。それからは結社から下された任務を受けたり、組織間抗争を繰り返すことでランクも結社の判断を元に上がっていく。
組織ジェノサイドが最強と言われる所以は揺るぎないそのランク付けにあった。

「じゃあ、今日のレシェなんとかはDだからクソザコってことか?」

「レシェノルティア! まぁ……そうなるね。でも今どきランクなんてアテにならないからよく分かんないけどね。それよりもリーダー、今日は個人的な都合があった日では? いくら相手がザコとはいえ、リーダー自ら赴くのはリスクが高すぎます。ここは僕とケンゾウに任せて、そちらに行くべきではなかったのではないですか?」

「いや、別に。割とどうでもいい用事だしほっといて来たよ。個人的にはこちらの方が大事になった」

「ですが、事が事ですし僕とケンゾウに任せて今から戻っても全然良いですよ?」

「どんだけ俺を帰らせたいんだお前。……まぁ、最初はそれも考えたんだけどね。場所が場所だからそれも止めようってなった」

「場所?」

「今日此処で、俺らはレシェノルティアと戦う。その一方、"表の"世界では今日この街で俺の所属するサークルの集まりがあって、友人たちもここに来ることになっている」

 嫌な偶然もあるものだった。
ほんの数日前、ジェノサイドが学生として暮らす表の世界では『Traveling!!!!』という旅行サークルが調布ちょうふという街で飲み会を行う事を決めた。
そんな街には『レシェノルティア』という深部ディープ集団サイドの組織も紛れている。

 その世界の対比がたまらなく気持ち悪い。
そのせいでジェノサイドは行く気を失せた。

「とにかく行きたくなくなった。仮に行くとしても、抗争の後に何食わぬ顔で飲み会に飛び入り参加ってのも嫌すぎるだろ」

「ギャップが……半端ねぇっすね」

 ケンゾウもそのイメージにドン引きする。

「ではリーダー、これからレシェノルティアの基地へ向かうとして……どうします? もう始めますか?」

「そうだな。早めに終わらせておこう。奴の居場所は掴めている。駅の裏路地にあるごく普通のライブハウスだ。普段はそこで収入も得ているらしいな」

「リーダー! それはつまり基地を使って金を得ているってことっすけど、そんなのは認められるんすか!?」

 それはケンゾウの野太い声だった。
彼はどちらかと言うと論を交わすよりかは拳を交えるタイプの人間なので、こういう話題はあまり好まないからか乗ってくることはない。なので今この話を交わしている姿は、ジェノサイドにとって妙な意外性を放っているようなものだった。

「結社が俺らに押し付けたルールは幾つかあれど、その中に『基地を金銭目的で利用してはならない』とか、『組織的活動以外での金銭の取得は許されない』なんてものは無いからな。まぁオッケーなんだろ。ライブハウスが実は深部ディープ集団サイドの組織所有でした、ってのがバレたら多分ダメだろうけど」

「だったらリーダー! 俺らも基地を魔改造して副業始めましょうよ!」

「アホかケンゾウ。あの基地は姿を隠すのを徹底した形なんだよ。今更それを崩すなんて有り得ない。そうですよね? リーダー」

「ハヤテはよく分かっているな。その通りだよ。基地を変える予定は無いな。でも、それが収入源にもなれたらと考えると中々面白いアイデアなのも確かだ。金の蓄えはあるから変えようと思えば変えられるんだけどな」

 そのように会話を続けた三人は駅構内を歩き、反対側へ出ると少し歩いて問題のライブハウスの前へと辿り着く。

「こうして見るとライブハウスも良いな」

 ジェノサイドは地下のライブハウスへと続く通路を歩きながら正直な感想を述べた。

「地上から地下への通路が決まっていて、それでいて細い。入口も狭いから敵からの侵入もある程度防げるな」

「頭も良いですよね。それでいてライブハウスの利用料も得られるというのも面白い発想です」

「いいから早く行ってくれ! 狭い!」

 用心して歩く二人の背から、ケンゾウの悲痛な叫びが聞こえる。
急かされた気がしたジェノサイドとハヤテは早足気味に進み、扉へと近付いた。

「いいか、ドアを開けたらすぐに攻撃だからな。油断するなよ」

 二人の返事が聞こえる。
ジェノサイドは勢いよく扉を開ける。そして叫んだ。

「レシェノルティア! Sランク組織ジェノサイドはお前らに対し宣戦布告する!」

 ルールに則り宣言するジェノサイド。本来は戦うと決められた日時以前にやるものと半ば暗黙の了解とされているものだが、当日その瞬間に行っても何の問題も無いため、今回はそれに従った。と言うより、以前やられた神東大学での包囲網の事件もその瞬間に発せられている。彼の心情的にはやられた事をやり返したつもりだった。

「いない……?」

 堂々と侵入した三人であったが、薄暗い部屋には自分達以外の誰かが居る形跡が無い。
三人の足音と、ジェノサイドの声が無駄に響くのみだった。

「人っ子一人居ないっすよ」

「おかしいな……此処で合ってるはずだが……」

 言いかけた時だった。
背後からずるりと、鋭い刃物で撫でられたようなおかしな感触が全身を伝う。

「リーダー……? リーダー!!」

 異変にいち早く気付いたケンゾウが駆ける。
だがそれも間に合わず、あたりに人が倒れる鈍い音が響く。

 二人はそちらを見る。
刀剣を持った一人の男が、倒れたそれに対し冷たい笑みをぶつけていた。

「また誰か来たと思ったら……まさかのジェノサイド? 凄いのが来たもんだなぁ」

 表情とは対照的にその声色からは喜びを感じられない。その男は剣を二人に向ける。

「ここに来たってことはあれか? 妙な所から情報仕入れてきた感じだよね。ボクが此処を根城にしているなんて、結社にしか伝えてないからね」

「俺たちや結社が分かるってことはテメェレシェなんたらの人間だな! てめぇこそ武器なんか使っていいとでも思ってんのか!」

 ケンゾウは剣の威嚇にも怯まず、拳を握り今にも突っかかりそうな雰囲気を放つ。人が見ればそちらの方に恐怖を感じる程だった。

「ん〜、宣戦布告したら基本ポケモンしか使わないけど、戦闘中に不意打ちに拳銃ぶっぱなして敵を倒すとかたまに聞くし別にいいんじゃない? それにボクはまだその宣戦布告受け入れてないからね。あくまでも今はまだ組織対組織ではなく、組織対個人ってところかな」

 結社からの規定には、組織間の戦いへの決まりはあっても、組織と個人との戦いの規定は存在しない。それはつまり、個人であれば相手が組織そのものだろうが、組織の長であろうがどんな手を使っても良いということだ。

「ボクはルールに従った。その上でたった今ジェノサイドを斬り殺した。組織の長が死ねば組織はもう成り立たない。ホラホラ、ジェノサイドはもう滅んだんだ。帰れ帰れ」

 その言葉に苦い顔を交わす二人。
だが、その二人は違和感を感じていた。
刀剣を持った男も同様だった。人を斬ったという感覚が無い。
ジェノサイドの倒れた体から異音がした。
と思うと、その体は空中に浮かぶと一回転し、ゾロアが姿を現す。今度も主人に変身していたのだった。

「ゾロアの……変身?」

「と言うかは化けだな。いやー、びっくりした。眺めていたからどうとでもなかったけど、もしもあれが自分だと思うとやっぱりビビるよなぁ。後ろからの不意打ちはやっぱり慣れない」

 そう言っては本物のジェノサイドはその部屋に備え付けられていたカウンターの影からもぞもぞと現れる。元から薄暗い部屋だったのでタイミングを見て入れ替わったようだ。

 嬉しそうに走ったゾロアはジェノサイドの腕の中へと飛びつく。
ジェノサイドはゾロアを抱え、撫でながら言う。

「お前がレシェノルティアか」

「うん。レシェノルティアのヨシキ。覚えてくれると嬉しいな」

 その名前には聞き覚えがあった。
バルバロッサから提示された情報、そこに載っていた人物。
Dランク組織レシェノルティアのリーダーとして記録されていた名だった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.15 )
日時: 2023/09/13 19:50
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ジェノサイドは安堵した。同時に侮蔑の感情も催した。
それは、この後に放った言葉からも見て取れる。

「ヨシキ……ね。本名かな? まぁどうでもいいや。ズバリ聞くけど、お前が組織レシェノルティアのリーダーだな?」

「ったく……はぁ。情報掴んでんならそれくらい知ってるでしょ。なんでわざわざ訊ねてくるかな?」

 ヨシキは言いながら手に持っていた刀を振った。綺麗な楕円を描いたそれからは微かな風切り音が静寂な空間に響く。威嚇のつもりのようだった。

「それとも、わざと聞いて反応を伺おうとしたのかな?」

 当たりだった。
両隣に立っていた二人はギクリとした表情をしつつジェノサイドに目配せしたようだったが、肝心の彼本人が二人を見ることすらもしなかったので、発せられたであろうメッセージに気付かずに終わる。
傍から見れば、取り巻きが不審で思わせぶりな動きをしたという意味がありそうで何も無い、結局何をしたかったのかよく分からないまま時間を奪うという結果になってしまった。対照的にジェノサイドは顔色一つとして変わっていない。

「探り合いは重要だもんね、わかるわかる。でも、ボクはこうも思ったんだ。ジェノサイド、君は本当はこう訊ねたかったんじゃないかな? 『なんで組織の長自ら待ち構えているんだ』ってね。まぁ君が言うなよって話だけど」

 今度こそジェノサイドも多少ギクリとした不安を覚えた。その時だけ鼓動がやや早まるものの、ポーカーフェイスを意識しているためか昂りは徐々に失せてゆく。

「確かに、『お前が言うな』案件だな。だが、仮に俺がそう思ったとして、お前は何故そんな考えに至ったんだ?」

「そんなの……勘のいい君なら分かるはずだよ?」

「それもそうか」

 会話が、話が二人の間で勝手に完結している。
置いてけぼりにされて且つ状況の理解出来ないハヤテとケンゾウは。

「あのぅ……すいまっせんリーダー。どうも何が何だかサッパリで俺たち……」

 空気が読めていないのを自覚しつつ聞いてみることにした。その声はケンゾウのものだった。

「大学で受けた襲撃は」

 ジェノサイドはケンゾウの質問を無視する。我ながら部下には冷たいと若干の後ろめたさを覚えながら。

「どういう訳か全員が全員その組織のリーダーが俺にわざわざ突っかかって来た。ハッキリ言って普通の組織間抗争ではあまり見ない光景だ。お前が何か指図でもしたのか? 神東大学に俺が居るって情報を不特定多数にバラしたのはお前だって言うじゃないか」

「それは半分正解かなー? でもちょっと違う。もっと心理的なものだよ」

「心理的?」

「組織対組織で戦った場合、誰がその恩恵を最も受けることになると思う? ……結社を除いてね」

「そんなの……勝った組織に決まってるじゃないか!」

 ハヤテが語気を強めては割り込んだ。

「はい残念。まぁ、これまでずぅぅぅぅっと勝ち続けてきた組織ジェノサイドには分かりにくいのかな? 一番当てはまると思うんだけど」

「ハッキリしろよ。言いたいことさっさと言わねぇなら今この場で殺すぞ。俺もお前如き雑魚には時間掛けたくねぇんだわ」

「ハイハイ、わかったよ。正解は勝った組織の個人間の問題だよ。誰が今回の戦いで一番目立ったか、一番の功労者は誰か。そんな所だよ。大体組織の長が得られた利益の大半を掻っ攫うもんだけど、それを良く思わない構成員も現れたりするじゃん? すると、我先にと動く人間も出たりするじゃん? そうなると組織の長としては面白くないものだよ。だから……」

「組織の長があえて出張る……という事でしょうか? 大きすぎるリスクを負ってまで。全ては利益のため……?」

 確かに組織ジェノサイドではあまり見ない光景だった。自分で推理しておきながら、ハヤテは身震いする。

「そ。結局みんなお金が欲しいんだろうねぇ。相手がこの世界で最強で最もお金持ちの組織のジェノサイドだったら尚更でしょ。利益独占したいでしょ。その心理を利用してもらったよ。それで集まった連中が神東大学でのジェノサイド包囲網ってワケ! なんか大体がやられちゃったみたいだけど」

「そんで今度はお前自身が迎撃に、ってことだな」

「うん。ボクが手にする利益はボクだけのモノにしたいからね」

「そうかそうか。なら、さっさと死ね」

 ジェノサイドはそう言いつつ微笑をたたえた刹那、彼を中心に赤黒い光線が広範囲に放出された。対象は問わず、無差別に。
ゾロアークの"ナイトバースト"は狭い空間に広がる。そのせいで多くの備品に命中しては破壊し尽くす。ステージのライト、スピーカー、放置されたスタンドマイク、そしてさっきまでジェノサイドがシェルター代わりとしていたカウンターまでも。

 衝撃音はすぐに止んだ。コンクリートを破壊した際に弾けた振動を捉えつつ大量の埃を被ったケンゾウとハヤテががばりと煙の中から起き上がった。直撃を防ぐため咄嗟に伏せたようだ。

「ちょっ、リーダーァァ!! 殺す気ですかい!?」

「あの……敵の油断を掻いた攻撃なのは分かりますが、僕らにも当たります。勘弁してください」

「あー、悪いお前ら。でもお前らなら避けられるだろうと思っていたから大丈夫よ」

 僕らが大丈夫じゃない、と言いたくなった感情をグッと抑えたハヤテは彼ら同様に入口を見つめる。そこにヨシキの姿は無かった。

「逃げられましたね」

「あぁ。"ナイトバースト"を放った瞬間、不自然な風があった。恐らくヨシキが何らかのポケモンで防いだんだろう。そしてその隙に姿を晦ました、と」

「どう見ます?」

「どう見るって言ってもな……。実力は大したもんじゃねぇな。普段安全圏から様子見しながら深部ディープ集団サイドの情報を売ってる奴だ。自身に危機が迫ったら一目散に逃げるタイプだろうな。その為に絶対に勝つ手段を講じる。だから銃刀法違反覚悟で刀突きつけてきたんだろう」

「それはつまり……実戦が苦手な可能性が?」

「有り得るだろうな。実力の無さを情報でカバーってか。まぁいい。要するにアイツとっ捕まえさえすれば勝てる戦いだ。奴が味方を呼ぶ前に三人で手分けして探すぞ。見つけ次第潰せ」

 二つの耳がそれぞれ「了解」という声を掴む。
三人はライブハウスから地上へ出るとそれぞれ異なる方角を目指して走り始めた。



 どれほど目を凝らしても、それらしい人物は見当たらない。
体力に自信の無いハヤテは早くもバテ気味になりながらも軽く走っては休み、走っては休みを繰り返していた。

(居ない……なぁ。格好も白のシャツに紺のデニムだったから普通と言えば普通だから上手く溶け込んじゃったかな? そう簡単に見つかる訳ないか……)

 不満を覚えたハヤテだったが、一番の特徴だけは忘れずにいた。

 ライブハウスには何も残っていなかった。自らのリーダーを切り付けた刀が、そこには無かった。つまりは、今も所持したまま逃げていることになる。

「このご時世に刀なんて持ってたら目立つし危ないよなぁ……」

 そんな事を思っていたハヤテは駅前まで辿り着くと偶然にもケンゾウと再会した。
まだ探し始めて三分は経っていない。

「ハヤテ! 奴は!?」

「居ないよ。そっちは?」

「ダメだっ!」

 ハヤテのその反応にケンゾウは首を横に振ったかと思うと今度は頭を抱えだした。相変わらず感情表現が激しい男である。

「だーっ! ちくしょう! 逃げ足早すぎだろ! 人間の癖してスカーフでも巻いてんのかあの野郎」

 冗談にしか聞こえない冗談ではあるようだが、その顔は本気だった。ハヤテはそんなギャップに戸惑いつつ状況の整理を試みる。

「と、とりあえず……まずは考えよ?」

「お、おう」

 冷静さを取り戻した二人は歩きつつ駅へと向かう。ケンゾウはハヤテの歩行ペースに合わせる。

「リーダーが"ナイトバースト"ぶっ放してライブハウスを出たのが丁度三分前かな。それからすぐ皆と別れて駅周辺を探ってみたけどヨシキは見つからずじまい。そこでケンゾウは僕と会った。それが今。そうだよね?」

「だが……三分しか経っていないんだからよ、まだそう遠くには逃げていないはずだぞ」

「うん。それこそ、こだわりスカーフ巻くかポケモンで逃げるかしないとね。それに僕、見たんだ」

「なにを?」

「刀だよ。あいつは最初から最後まで刀を持ってたでしょ? それがライブハウスの中では見当たらなかった。ここまで探している間にも見つからなかった。だから多分、今も抱えながら逃げてると思う」

「おいおい、そんなモン持ち歩いていたら目立つだろ。物騒だし」

 ケンゾウは言いながら指をポキポキと鳴らし始めた。彼の格好はタンクトップにカーゴパンツである。麗しい肉体が曝け出されているため、人が見れば彼も十分物騒ではありそうだったが、その自覚は無いようだった。

「う、うん……その通りだよね。注目も浴びるし通報だってされかねない。交番もすぐ近くにあるし、僕らから見ても目印にもなるよね。でも、それらを解消する方法があるとしたら……」

「あるとしたら……?」

 何も思い浮かばないケンゾウはオウム返ししては一息入れて背伸びをした。
何も意識しないまま、眼前に広がる青空を眺める。

「んー、俺には分かんねぇな。こうして空を眺めることしか……。んん!?」

 突然ケンゾウの声が裏返る。
不自然に叫ぶ形となったのでハヤテも驚きはしたが、ケンゾウと空を交互に見ては何か思い付いたらしかった。

「今なんか見えたような……」

「ケンゾウ! 多分それがヨシキだよ! ポケモンに乗って空から逃げる事が出来れば刀持っていようが目立つことは無いし地上を注視している僕らの目も欺ける! 今君が見たのはポケモンだったかな?」

「いや、そこまでは……。でもなんか飛んでたな」

 確認はいらない。ハヤテはすぐにスマホを用意して電話をかける。相手は当然ジェノサイドだ。

「もしもし! リーダーですか!? ヨシキは今駅から見て北側の上空にいます!」

 簡潔に済ませる。それだけ言っては通話を切った。ジェノサイドが電話に出たことは分かっているので、あとはすべて任せてしまえばそれでいい。実際ジェノサイドはそれを聞いて嬉しい報告であると内心喜んだ。

「俺を乗せろ、リザードン!」

 迷いは無かった。
ボールからポケモンを出すと颯爽と背に乗り、言われたように北の方角目指して飛んだ。

 駅からかなり離れた位置まで走っていたジェノサイドは、駅の真上まで来るとスピードを緩めるように指示をしつつ指定された方向へ意識を集中させるが、それらしい影は見えない。
再び見失ったジェノサイドは再度ハヤテへと連絡を入れる。

「すまん、今駅の真上から北に向かって飛んでいるが姿が見えない。本当に北だったか?」

「えーっと……確かにさっきケンゾウがそっち方面を見ながら発見したらしいのですが……。よっぽど速いポケモンじゃないとそんな離れてないと思います。もしかしたら、上空からだと分かりにくい場所に隠れている可能性もありそうですね。建物の陰とか、高架下とか。僕たちもそれを意識しながら探してみます」

「おう、頼ん……うおおっ!」

 不意に上がったジェノサイドの叫び声でハヤテは耳が痛くなり、反射的にスマホを遠ざけた。が、最悪の事態が過ぎり、彼も電話越しに叫ぶ。

「リーダー! 大丈夫ですかリーダー! 何かありましたか!?」

「……俺は大丈夫だ。すまん、今は切る」

 そう言われては一方的に通話を切られる。
何が何だか分からないハヤテは無我夢中で駅まで走った。さっきまでバテていたのを忘れるかのように。

「おい、どうしたんだよハヤテ!」

「いいから! こっち!」

 二人は駅まで戻っては空を見上げた。そしてジェノサイドの身に何が起こったのかを理解した。

 一瞬だが油断した。
通話のためジェノサイドは丸腰だった。そこを背後から、エアームドに乗ったヨシキが突撃して来る。
リザードンはそれを本能的に避けた。そのリザードンの動きに驚いたジェノサイドが叫んだだけであったのだ。

 ジェノサイドは改めてヨシキを確認する。
白のシャツ、紺のデニム、そして手に持つ刀。

「あー、びっくりした」

「第一声がそれ?」

 ヨシキは自由奔放にして余裕だが注意散漫なジェノサイドの姿を見て呆れつつ怒りを覚えた。

 お前みたいな未熟者が最強になれるのか、と。

「エアームド、"ドリルくちばし"」

 ヨシキは暗に特攻を命令する。
鋭く尖らせた嘴が、風に乗った形で迫る。
しかし、ジェノサイドはその顔に変化を見せない。

「かわせ、リザードン」

 造作もない事だった。リザードン程度の速さならば簡単に避ける事が出来る。

「そう言えば、お前に言いたい事がもう一つあったわ」

「なんだい?」

 二人は空の上で静止したまま、距離を空けているにも関わらず会話をし始める。

「お前は、どんなポジションに着いているんだ? 普通、深部ディープ集団サイドの情報なんて掴めるはずが無い! 答えろ、お前の背後に居る人間は誰だ! 結社の人間か!?」

「ねぇ何!? 遠くて声が聞こえない!」

 聞こえないフリか、本当に届いていないのか。丁度そんなタイミングで風が強まりだした。
埒が明かない。そう判断したジェノサイドはリザードンに命令する。

「"だいもんじ"」

 リザードンの口から炎が吐かれると同時にエアームドは動いた。気付かれたらしく、折角放った炎は何も無い所で散る。

「唇の動きで分かるんだよそんなの! 本当に君は不意打ちが好きなんだね!?」

「テメェに言われたかねぇ!!」

 今度はリザードンがエアームドに向かって急接近し始める。
はじめこそはその速度に目が追いつかなかったヨシキだったが、相手の目当てがエアームドの撃破ではなく、自分自身だと察すると突如として急降下するよう命じた。

 彼とエアームドは地表スレスレまで下る。
人が多い地上ならば遠慮の無い攻撃は出来ないという彼なりの予測だった。

 その光景を今まさにケンゾウとハヤテは目撃していた。
互いに技を放ったかと思うと、エアームドが高度を下げる。すると、それに応じるかのようにリザードンも同様に急降下しだした。

「おい……まさか……」

 ケンゾウはその光景を見て不安を抱いた。
ジェノサイドの性格を彼なりに理解しているためだ。
その通りで、ヨシキとエアームドは彼を煽るかのような振る舞いで地上を歩く人々の頭上ギリギリを走ったり、突然車道に躍り出てはそこを走る自動車の前方へ飛んだり、すれ違う自動車同士の間を抜けたりと危険な動きを繰り返す。
そして、それを見たジェノサイドとリザードンは彼と全く同じ軌道をなぞって後を追う。

「無茶っすよリーダー! こんな街中でドッグファイトなんて危険すぎるっす!」

 当然だがケンゾウの声はジェノサイドには届かない。その叫びも虚しく、二人は街を駆ける。

「ケンゾウ……? リーダーは?」

「ダメだ。奴と追っかけっこ始めちまったようでどっか行っちまったよ。ああなると熱くなって周りが見えなくなるしよぉ……」

 ハヤテはそれを聞いて大きく溜息をついた。

「またか……。ああなるともう手は付けられない。街に被害が及ぶかもしれないから最後まで他人のフリしてようか……」

 彼ら二人の間では定番のやり取りである。

 エアームドは車道ギリギリを通過する。
リザードンはそれを追い、走行中の軽自動車と歩道橋の隙間をくぐり抜ける。
強い風を浴びながら目の前を走る敵を強く捉える。近くを迫る人や車はお構い無しだ。だが、それでもそれらに当たることは無く、躱し続ける。

 視界が突如として開ける。死角の一切が存在しない大空の真ん中へ放り出された。
西日の強い光に目を奪われ、つい目を瞑ったその瞬間を。

 エアームドは旋回してこちらへ迫って来た。追い風も相まって凄まじい速度だった。
今から避けるには間に合わない。何かしらの技を放とうにも指示と実行のタイムラグが生じることで追い付く事が出来ない。

 ジェノサイドは悟った。すべてを理解した。誘導されたと。

(この状況を作るために、今まで逃げ続けて誘ってたわけか……)

 そう思い、ジェノサイドは両目を瞑った。

 このままではエアームドは自分と激突する。リザードンは平気だろうが生身の人間である自分はただでは済まない。ここで死ぬだろう。
同じ生身の状態であるヨシキも同等だが、エネルギーの向きが違うし、頑丈なエアームドに乗っている。恐らくだが死ぬのは自分だけだ。
敗北を受け入れる。

 かのように見えたジェノサイドは忽然と姿を消した。文字通り、その瞬間に。

「な……に……? 今のは……?」

 勝利を手にする思いだったヨシキは瞬時になんとも言えない不安に駆られる。
目の前に居たはずのジェノサイドの姿が見えなくなった。
だが、その理由はすぐに判明した。

 その真下。
ジェノサイドは落下していた。
よく見るとリザードンの姿が無い。一瞬の隙にボールに戻したかもしれないが、とてもそうには見えない。
一切の防具を身に付けて居ないその体が、地上に向け落ちている。

「血迷ったのか!? どちらにせよ君は死ぬ……」

 言いかけたその時。
本来ならば掛からないはずの陰が、その身を覆った。
今ある上空に、遮蔽物などあるはずが無い。航空機が飛ぶ高高度を飛んでいる訳でも無い。
今ヨシキは有り得ない現象に遭遇してしまう。
同時に、不自然な熱も感じた。
陽射しの割には強く、熱い。
まるでBBQをしている時に感じるそれのようだった。
間近故に地肌を触る熱。浴びる炎。
その感覚に近いものだった。

 恐怖を覚えたヨシキはゆっくりと見上げる。
するとそこには、今まさに"かえんほうしゃ"を打つその瞬間のゾロアークの姿があった。

「なっ、ゾロアーク!? ばっ、……さっきまでリザードンに乗っていたはずなのに!! まさかずっとリザードンに化けたゾロアークに乗って飛んでいた!? いや、有り得ない! ゾロアークは重さまでは変えられないはず……っ!」

 訳の分からないヨシキであったが、この時になって初めて彼はジェノサイドが最強たる理由を知った。

「途中までは本物のリザードンだった……? でも、どこからゾロアークが……? どこまでが幻で、どこからが現実? 分からないっっ、君の強さは……その本質は……っ!」

 直後にして、その身を爆炎と轟音が包む。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.16 )
日時: 2023/09/13 19:56
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 同時刻。調布ちょうふ駅。
神東大学二年の穂積ほづみ裕貴ゆうきは後悔していた。

「……早く着きすぎちまったな」

 今日この場所で、彼の所属する旅行サークル『Traveling!!!!』は飲み会を開催する。
特別なイベントではない。大学のサークルではよく見る光景だ。
だが、穂積としてはこんな些細なイベントも楽しみのひとつだった。

「まぁ誰もいないし……いいかな」

 穂積は駅前の喫煙所を見つけると足早に進んでは滑り込むように周りを遮断するために立てられた壁に隠れては胸ポケットにしまっていた箱から煙草を一本取り出し口に咥え、片方の手でオイルライターを握り、火をつける。
ジジ、と葉を巻いた紙が焼き切れる音が耳に伝わる。穂積は煙草そのものに加え、この時に聴くことの出来るこの音が好きであった。
様々な感情を乗せた大きなため息は煙と共に吐き出される。

「あっれー? 穂積君じゃん。ほーづーみーくん!」

 突然背後から響いた聞き覚えのある声に、穂積は驚き震えた。

「えっ、……先輩!?」

「やぁ穂積君。来るの早いね。どうしたの?」

 佐野さの宏太こうた。このサークルの副会長を務め、そして恐らくだが誰よりも後輩の面倒を見ている心優しい先輩だ。その優しさはポケモン一本ななばり洋平ようへいというモデルケースに留まらず、彼にも向けられていた。

「いや、家から少し離れてるので。時間配分ミスっちゃいました」

 それは嘘だった。これから始まる飲み会が楽しみすぎて居ても立っても居られずに来た次第だ。

「あはははっ、まぁあんまり調布で集まりなんてしないからね。ところでぇ、穂積君……手に持っているそれは……」

「……タバコっす」

「今いくつだっけ?」

「じゅ……十九っす」

「ありゃー」

 穂積は慌てて煙草を消そうともしたが、反対に佐野は否定的な言動を見せようともしない。このまま吸い続けてもいいのかもと判断した穂積は引き続き吸うことにした。

「あと六ヶ月すれば二十歳ですけどね」

「早生まれなんだね穂積君」

「ところで、先輩はどうしてここへ? 先輩タバコ吸いましたっけ?」

「いや、僕じゃなくて」

「オレだよ、穂積君」

 佐野の後ろから、眼鏡をかけた大柄な男が姿を見せる。
篝山かがりやま淳二じゅんじ。このサークルの書記だ。

「あっ、篝山先輩」

「このサークルの四年でタバコ吸うのはオレと常磐ときわの二人だけな」

「覚えときます」

「そんな大袈裟な……」

 佐野はそんな二人のやり取りを聞いて苦笑いする。

「穂積君っていつからタバコ吸ってんの?」

「高校……三年の……終わり頃ですかね。その時当時付き合ってた彼女と別れちゃって、そのストレス? で」

「あー、わかるわかる」

「淳二お前失恋で煙草始めてないでしょ……」

「って先輩たちはどうしてこんな早い時間に? 何かあったんですか?」

「いや、何かあった訳じゃないんだけどね」

 佐野がこれまでの経緯いきさつを語り始めた。
大学近くのアパートで一人暮らしをしている彼らは時間的にも余裕があったので目の前のスーパーで買い出しに行っていたところ偶然そこで出会った。
そのまま会話が盛り上がり、ついでにこのまま集合場所まで行こう、となったとの事だった。

「いやぁ、調布駅って京王線でも結構大きな駅だし、何かあるだろーって思ったんだけどね? 意外にも何かがあるわけじゃないんだね」

「買い物には困らなそうっすけどね。あと近くに神社があるっぽいです」

「わざわざ神社ってのも……どうする? 淳二」

「いや行かんでええわ」

 篝山は軽く吹き出しつつそう言った。穂積が普段呟かないはずの"神社"というワードが突然発せられた事で不自然なギャップを感じたらしい。

 そのように先輩と後輩という立場を越えた会話に花を咲かせていたその時。

 遥か頭上から妙な爆発音が轟いた。

 周囲を歩く人々は戸惑い、各々足を止めてそちらを眺めている。
佐野と篝山も同様だった。穂積だけは咄嗟の行動からかその場にしゃがみ込んでいる。

「穂積君?」

「先輩! 伏せて下さい! 多分ヤバいやつっす!」

「いや、大丈夫っぽいぞ」

 篝山のその声を聞いて穂積は恐る恐る顔を上げた。角度の問題だったのか、彼の眼鏡が陽の光を反射して輝いているように見える。

「あれっ、リザードンだ」

 佐野が爆発音がした辺りを指す。
突然虚空に投げ出され、落下する一人の男を真下から救い出すように背中でキャッチして飛び去るかえんポケモンの姿があった。

「またアレかなぁ……。ポケモン使って戦うヤバい連中が居るって噂だけど」

「先輩、やっぱ神社行きましょ」

 穂積は最後の一口とばかりに一気に吸い、多量の煙を吐き出す。その吸殻は目の前に置かれている吸い殻入れへと捨てた。

「なんで? まぁいいけど」

「時間もまだ余裕はありますし散歩がてらにですよ。……ちょっと話したい事があって」

 丁度同じタイミングで篝山も吸い終えたようだった。三人は喫煙所を離れると神社のある方向へと歩き始めた。



「今ので思い出したんすけど」

 穂積は先輩二人より先に歩く。佐野と篝山の二人は彼について行っていると言うよりはノリとペースに合わせていっているようだった。

「一昨日ですかね。木曜。大学のキャンパス内でちょっとした騒ぎがあったのをご存知ですか?」

「知ってるか? 淳二」

「いやぁ、オレ一昨日は午後からだったしなぁ」

「ポケモンが暴れてたらしいんです」

 穂積はすべてを見た訳では無かった。知らない部分はその場に居合わせた人から聞いたものだ。

「いくらポケモンが実体化しているとはいえ、勝手に暴れるなんてのは普通無いですよね。それを操るトレーナーが居たんですよ。でも、そのトレーナーも何者かに倒されたかで騒動は収まった。かのように見えたら、今度は別のトレーナーがその何者かとバトルし始めたんです」

「そんな事があったのかい? 僕は知らなかったなぁ……」

「オレもだ。ポケモンを悪用するとは許せんな」

 駅前の大通りを抜け、神社へと繋がる小道へと渡る。細い道で特に歩行者多いが、車も通れるようだった。

「俺もたまたまその場に居合わせた先生に声掛けたんですよ。今ここで何があったかって。先輩たちは堀田ほった先生って分かります?」

「いや、知らん」

「僕も知らないなぁ。学部違うからかな?」

「まぁ、その、堀田先生って言う人から少し聞いて、どうもこの大学内にポケモンを悪用するやべぇ奴が居るみたいなんです」

「在籍している……ってこと?」

 佐野の不安げな言葉に穂積は目を細くして力強く頷く。

「俺が目撃したのはバトルが終わった頃でした。勝った奴が負けたと思われる人間と何か話をしていたんすね。勝った方はクレッフィを出してたかな? まぁとにかく、暫く会話をしていたら突然ポケモンに乗って去って行っちゃったんです」

「なんだそりゃ」

「何がしたかったんだろうねぇその二人は」

「ただ、遠くからだったのでよく分からなかったのですが、どうも勝った側の人間の顔に見覚えがあったというか……知り合いっぽかったんすよねぇ……」

 佐野と篝山の二人はお互い目を丸くして顔を見合せた。穂積はいきなり足を止めた二人に気付いては振り返ってそちらを眺めた。

「ぶっちゃけると、この大学でポケモンやってる知り合いなんて、このサークルの人間以外には居ないんです」

「それはつまり……ウチらのサークルメンバーの中にヤバい奴が紛れている、と?」

「そういう事です」

 穂積は興奮気味なのか、額から汗を流していた。彼が肥満体質なので汗っかきというのもあるのかもしれないが。

「ん? あっ、待って待って! 僕じゃない、僕じゃないよその騒動起こした人は!」

「オレも違うぜ穂積君」

 二人には穂積がこう映った。
"ポケモンを使うヤバい奴"が自分たちであると疑い、だからこのようにして人気の少ない所へ誘い出し、問い詰めているのだと。
だがそれは彼の返答で勘違いだと知った。

「えっ、いや、違います違いますよ! どう見ても先輩とは似ても似つかなかったし、なんかこう……スラッと? していた男だったんで」

「デブで悪かったね穂積君」

 篝山は軽く睨みつつしかし口元は笑みで歪める。一目でボケていると分かった。穂積もそこまでは言っていないからだ。

「とにかく、このあと俺は飲みの場でこの事を怪しいと思う奴皆に聞いてみようと思います。いいですよね?」

「構わないけど……暴力沙汰だけはやめてね?」

 佐野は心配そうにそう言っては釘を刺す。平和を好む、優しい性格が滲み出ているようだった。

「大丈夫です、その辺は心得てるんで。……あれっ?」

 そのタイミングだった。スマホが鳴った。その場に居る全員のものが一斉に。

「LINEだね。こんな時にどうしたんだろう?」

「あちゃー、レン君来れないって」

「はぁ!? このタイミングでか!? もっと早めに連絡しろよあいつ……」

 穂積と同じ二年の隠が、今回の飲み会をキャンセルする。そんな内容のメッセージがサークルのLINEへと流れて来た。

「なんか残念だな。これで二年生はレン君と佐伯さえき君の二人が来れなくなったな」

「佐伯ってなんで来れないんでしたっけ」

「なんかバイトが急に入ったとかで」

「あー、それはキツいっすね……」

 その連絡が契機となったか否か、話すことも無くなった三人は暫くそこで佇んだのちに元来た道を戻り始めた。集合場所は神社ではなく駅であるし、あと一時間と数分もすれば時間になる。穂積も再び煙草を吸いたくなったようでその足取りに迷いはなかった。

「穂積君、タバコはいいけど程々にね?」

「どうしても気分が変わったりとか、ちょっとしたストレスでも吸いたくなっちゃうもんで……。先輩はあと一時間どうするんですか? 暇っすよね」

「んー、まぁポケモン持ってきてるし最悪ゲームしてもいいかなぁ。あとどっかラーメン屋とかあったら行きたいかも。な、淳二」

「さんせー」



 落ちる。
ヨシキはたった今ゾロアークの"かえんほうしゃ"に炙られた事で倒せたからいいだろう。
だが、このままでは地上に落下して死ぬ。
ジェノサイドは必死な思いでボールを投げた。
自分の丁度真下の位置にリザードンが現れる。

「いっ……てぇ……」

 リザードンもその状況を理解したようで、すぐさまその身を自身の背中で捕らえる。
ジェノサイドの全身に衝撃が伝わり、強い痛みが広がる。

「ゾロアークは……大丈夫か?」

 ジェノサイドはがばりと起き上がってそちらを見ると、ピジョットに変身して悠々と飛んでいるそのポケモンの姿があった。
じんじんと響く痛みを気にしつつ一安心したジェノサイドは、地上で彼を待つハヤテとケンゾウの影を見つけた。

「おう、お疲れ。たった今終わらせたぜ」

「リーダー……。一応僕からは言っておきたい事があるのですが」

 地上に着いたリザードンは羽ばたくのをやめると、主人が容易に降りられるよう身を屈める。彼が足をアスファルトの床に付けて早々、ハヤテがムスッとした表情をしながらそう言った。

「すまん、ちょっとヒートアップしちまった! でも多少目立っちゃった以外は大した被害は無いし、敵も倒せたしで別にいいよな?」

「良くないです!」

「リーダー……熱くなりすぎっすよ」

「すまんな、ケンゾウ。でもお前にも怪我が無くてよかったよ。……あっ!」

 ジェノサイドは突然、何かを思い出したかのように叫んだ。それから、まるで誰かを探すようにキョロキョロと辺りに首を振っている。

「どうしたんですか?」

「やべぇ、やらかしたわ。ヨシキに結社との繋がりがあるのかを聞くのを忘れてた」

「……はぁ?」

「いやいや待て待てハヤテ。俺は一応一回は聞いたんだよ! でも奴には声が届かなかったのか、返事が貰えなくて……それで」

「いや、もういいですよ。それよりも早く基地戻りましょう。反省会やりますよ」

「うっわぁ……だっるう……」

 足が急に重くなった。
これからこの街では、自分が所属するサークルで飲み会があるらしい。しかし彼はその参加を拒否し、既にその連絡も済ましている。
自分のせいとはいえ、面倒事よりも飲み会を優先したい。この一瞬だけだったがそう思ったジェノサイドであった。