二次創作小説(紙ほか)
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.17 )
- 日時: 2023/12/05 20:31
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)
九月二十三日。
レシェノルティアとの戦いから三日。
その間ジェノサイドはと言うと特に何事も無く、講義があれば大学へ行き、空き時間があれば寝るなりポケモンを育てるなりするなど平穏な日々を過ごしていた。
「まさか組織に居るより大学に居た方が心地が良いとはな……」
あの戦いの後、案の定追及された。
ハヤテからは改善点を逐一挙げられ、その度にバルバロッサは苦い顔をし、それを気まずそうに聞く構成員の人々。
まるで晒し者にでもされている気分だった。
何も皆がいる中で言わなくともいいだろうと思ったジェノサイドだったが、その時バルバロッサが偶然広間に居たためこればかりは仕方が無かった。
ハヤテは言いたいことを言い終え、それがバルバロッサの耳に届く事を確認すると満足したのか小言を言うことはなくなったが、それでも数日経った今日でさえもジェノサイドを見るとハヤテはわざとらしくため息を吐く。
そんな光景に居心地の悪さを覚える。ジェノサイドはいつもより早めに基地を出ると大学に向かったのが今日の朝だった。
今日は火曜日だ。サークルの活動日でもある。夕食も込みで夜遅くまで外に出られる。
勉強をあまり好まないジェノサイドが、自身の組織の基地よりも大学が心休まる環境になるなどと言うこんな皮肉があるものなのかと自分で自分を笑う。
「そんな悠長でいいんすか? リーダー」
「なっ、……何でお前が来てんだよケンゾウ!」
無防備なジェノサイドの背後の、空いた席。
そこには周囲に溶け込んでいるかの如く学生に成りすましたケンゾウがそこに座っていた。
「何でじゃないっすよリーダー。先週色々と物騒だったじゃないすか。不安だったんで来てみたんすよ」
「別に来なくてもいいだろ……」
「世間ではそれなりの噂っスよ。"ジェノサイドが妙な道具使って変な事しようとしてる"とかなんとか……。毎度毎度連戦するなんてリーダーも嫌っすよね」
「お前あれか、ハヤテの入れ知恵か」
どう考えてもケンゾウのような人間が思い付くものではない。その内容も現実主義のハヤテが好きそうな話題である。
「毎日が抗争の日々……なんて今に始まった話じゃねぇよ。俺が高校の時なんかそれこそ毎日戦ってただろ、お陰で何度赤点の危機を迎えたことか……。それにノンビリしている訳でもねぇ。今みたいな、何もない日ってのは本当に数えるほどしか存在しない。じきにデカい戦いでも来るだろうな。今は準備期間だ。俺は何もしていない訳じゃない。お前も次の戦いに備えてポケモン育てるなりパーティの見直しくらいしとけ」
「デカい戦いが起きるんすか?」
「例えで言っただけなんだが……まぁ、あるかもな」
「相手は誰っすか!?」
「んー……」
ジェノサイドは言いながら背に力を入れ、椅子に付いてある四つの足のうち前二つを浮かせバランスを取らんと揺れる。小学生が好む"それ"である。
「さぁ? 知らねっ」
「えぇー……」
適当にあしらう。彼の意識は今自分が居る広い建物であるラウンジ。そこの時計へと向けられている。
「そろそろ四時半か……。一日は長いようで短いな」
「なんかあるんすか?」
「この後講義あるから行ってくるわ。あと、それが終わった後はサークルもあるな。という訳で今日帰り遅くなるわ。多分土曜についても何か言われるだろうし」
「どのへんが準備期間なんすか!? 遊ぶ気満々じゃないすか!」
「じゃーなー」
ガタリと音を立てて立ち上がるケンゾウを無視してジェノサイドは去り際に軽く手を振ってその場を離れた。
†
一時間半の講義を終え、ジェノサイドは教室から出る。
四時半から六時までのこの時間帯はその日最後のコマである。そのまま直行で帰る人で溢れるため、特に人の出入りが激しい。構内の隅の、まるで追いやられたかのような位置に構えてあるバスターミナルまでに続く長蛇の列が形成されているのはいつもの光景だった。
「授業って退屈だな……。自分で選んだものだから仕方がないけど、どうしてこう、面白くならないのか」
話し相手がいないため、ジェノサイドは独り言として呟く。
ケンゾウの姿は無かったようだった。一時間半もの間何も無かったのがよほど退屈だったのだろうか、恐らく帰ったのだろう。
構内は人でごった返している。
サークル自体はその辺りの教室で行われるものだが、人が少なくなってから移動したいと考えているジェノサイドはその時まで適当に時間を潰すことにした。十五分もあれば臨時の増便バスが何度もやって来るので少なくとも構内まで伸びている列は消える。
向かった先は同じく構内にあるコンビニだった。
帰る人で集中しているため、店内もかなり混雑していた。今からレジ待ちの列に入っても会計が済むのに五分以上は掛かりそうにも見える。
もっとも、今の彼は特別急いでいるわけではない。気になる程ではなかった。
ジェノサイドは適当に商品を眺めながら財布の中身を確認し、ついでに現在の預金残高も見たくなったのでそのままATMへと向かう。
パネルを押して表示された残高を見ると、適当な額を引き出そうと何も考えずに操作して結果出てきたお金を財布にねじ込む。
そうしている内に混み具合が多少緩和されたようだった。新商品のジュースといくつかのお菓子を適当に選んで列に並ぶ。
自分の前には六人ほど居るようだった。
ここまでの行動を振り返ってみると自分もそこらの大学生と大差無い事に気が付く。
ジェノサイドは表向きは"表の世界"でも通用する名で生活しているごく普通の大学生だが、活動時間と名を変えると悪名高いテロリスト"ジェノサイド"へと変貌する。たとえその評価が"勘違い"であったとしても。
だが、この温度差がジェノサイドの普通でない人間であることの証左だった。
預金残高を見てそれを実感する。
何故ならば、普通の大学生としてはあまりにも金持ちであったからだ。
彼の脳裏には、ほんの数分前まで見ていた三桁の数字が頭から離れられないでいた。
三桁ともなると、一般の貧乏学生ではとてもじゃないが持てない数字だ。
あるとすれば、金持ちの家の子か、親からの援助が豊富な者か、学業を犠牲にしてアルバイトに毎日繰り出している者のどれかだろう。
または、自分のように闇に生きる人間であるか。
組織の中でも、ここまでの大金を持つ人間は恐らく彼以外に存在しないだろう。
彼は、これまでに数多の組織と戦い、その度に潰して来た。
その度に財産を得た。
彼は、口座を二つ用意している。一つは組織の維持を管理するためのものだ。
人件費や食費、そして結社への税代わりともなるべき献上金等の諸々の理由で消費されるお金はそちらで対応される。
それを差し引いて、ジェノサイド本人が自由に使えるお金が三桁だ。
彼はそれでも考える。
ここまでの金が無かったならば、自分はどんな生活をしていただろうか、と。
常に命を狙われる事は無かっただろう。自分の身体ももっと綺麗に保てただろう。これほどまでに人を疑う性格にはならなかっただろう。一部の人間からテロリスト呼ばわりされる事も無ければ、そもそもこんな組織自体作ることは無かっただろう。
そして、幸せで美しい平和な日々を過ごす事が出来たに違いないだろう。
絶対に口に出すことは無いが、彼は平和を渇望していた。
今自分が選択し、歩んでいる道が正しいのかどうか。分からずにいるまま幾年もの月日を過ごしている。
いや、本当は分かっていた。間違っているからこそ、認めたくないだけなのだ。今在る自分自身を。
そんな本音とは裏腹に、ジェノサイドは気が付けば深部集団の世界で最強の組織と評価されるようになり、それはつまりそんな組織を操る自分が、この世界での頂点に君臨している。
世界最強。存在しているだけで日々の勢力が大きく変わる事もあれば、些細な行動ひとつで大きな争いが生まれてしまう、あまりにもシビアなポジション。
それを自覚するだけでも、ジェノサイドは胃液を吐き出しそうになる衝動に駆られる。
いつか、彼は誰かに言われた言葉がある。
「このままではこの世界は、お前の独裁と化すだろう」と。
それは真っ赤な嘘だった。
あらゆる動きを自制され、常に警戒しなくてはならない不自由すぎる日々を送っている。
誰よりも、この世界に縛られているのだから。
一種の戯れで妄想していたことがある。
それは、自分が突然"深部集団の世界から足を洗いたい"と言い出したらどうなるか、というものだった。
ある人は笑いのネタにするだろう。
ある人は冗談か、我儘だと相手にすらもしないだろう。
ある人は、絶好の機会とばかりに戦いを挑むだろう。
ある人は、文字通り殲滅を望まんと虐殺に走るだろう。
決して、そんな事を言うことすらも許されない。彼はそんな人間に成ってしまったのだ。
そんな事を考えている内に列は消え、順番が回ってきた。
会計を済ましてジェノサイドはコンビニを出る。十五分は経過しているようだった。
ここまで経つと流石に人気も少なくなっていた。バス待ちの列は消滅し、ターミナルで佇む人影もほぼほぼ存在していなかった。
「なんか言われるかなぁ……」
ジェノサイドは一つだけ小さな懸念を抱いていた。理由があったとはいえ、土曜日の飲み会に参加しなかったことだ。
後輩に優しい先輩からはからかわれるかもしれない。
「でも、ハヤテのアレよりかはマシだよな」
小さくにやけながらジェノサイドは指定の教室のある建物へ向かう。
†
「来ないっすね、アイツ」
「その内来るんじゃない? 彼は来ない日はLINEで連絡する人だし」
「ですかね。来たらマジで問い詰めてやろうっと」
二年生の穂積裕貴と四年生の佐野宏太は一つの長机を共有するように向かい合って座ってはそんな会話をしていた。
その目線の先にはそれぞれのゲーム機が、ポケモンがある。
「先輩は今何してるんすか」
「最近サーナイトを育てたからね、パーティに入れるために組み合わせのいい別のポケモンを育てようかと考えているところだったんだ。ブースターなんかいいかな、なんて思ってる」
「相性……いいんすか? それ」
二人を見ても分かることだが、このサークルの特徴は何よりも自由であることだった。
本来の目的は旅行である。だが、サークル全体でのものとなると必然的に夏か春かの長期休暇に限られてくる。そうなると、平日における活動の意義が見い出せなくなる。そのため、次回の旅行の相談を名目に各々が好きな事をしているに至ったのだ。勿論、旅行の話をする者は一人も居ない。
穂積と佐野がポケモンで遊び、御巫や佐伯らは先輩や後輩を巻き込んでボードゲームに興じている。
夕方の涼しい風を浴びたいのか、窓を開けて景色を見つつ楽しそうに会話をしている先輩たちの姿もあれば、一人黙々とお菓子を食べながらスマホを操作している人も居る。
纏まりが無く、自分勝手な面々が集う場。それこそが旅行サークル『Traveling!!!!』の姿でもあるのだった。
そんな自由気ままな雰囲気漂う空気に、淀みが生まれる。
「ちわーっす、三河屋でーす! なんつって」
ジェノサイドがその教室に入り込んだ。
「いやぁみんな土曜はごめんな! 急に外せない予定が入っちゃって行けなくなっちまった。お詫びにほら、お菓子と必要だったらキャンセル料も持って来たからこれで……」
いつも通りの反応だった。
自分に意識を向ける者もあれば、にこやかに手を振ってくれる人もいる。四年の女子の先輩なんかがそうであった。
扉に一番近い長机にお菓子の入った袋を置くと御巫が嬉しそうに飛び付いてはポテチの袋をかっさらっては食べ始める。
「お前はサブちゃんなのかよ」
と、わざわざそのネタを拾ってはニヤニヤと笑う先輩の姿もあった。
だが、その中でも普段とは違う調子であるらしい人の姿もあった。
穂積裕貴。彼だけは自分がこの教室に入った直後から、あからさまに機嫌が悪そうな顔を見せている。
「大丈夫だよ。キャンセル料なんていらないから、それは自分で持っててなよ」
「いやぁホントすいませんでした。佐野先輩、みんな」
佐野が3DSを閉じて会話を始め、ジェノサイドが掌に乗せていたお金をポケットにしまいこんだのを合図に、穂積は立ち上がる。
「なにか他に言わなきゃいけねぇことがあるんじゃねぇの?」
それは、糾弾する声色だった。
「他……に? 土曜の飲み会は来れなくて悪かったって今……」
「そうじゃねぇよ。それ以外にだよそれ以外」
「?」
ジェノサイドには彼の意図が読めなかった。
自分が深部集団の人間である事は誰にも告げていない秘匿事項であるから念頭に置く必要性が無い。となると、他には何も思い浮かばなくなるのが自分という存在が如何に空っぽであるかを痛感してしまう。
「お前、割とやらかしてんな」
「待て待て、何のことを言ってんだよ穂積」
「とぼけるなよ」
ピシャリと。
その声でその空間にある全てのモノを遮断させる。
ボードゲームを進める手は止まり、窓際に佇んでいた先輩たちはこちらを見つめている。
「今までずーっと隠してたんだな。まぁお前レベルにもなれば隠したくもなるよな」
「穂積、いい加減にしろよ。お前は何が言いたいんだ」
「説明しろよ、今この場で! お前がこれまでに何をして来たのか、その全部を! レン、いや……ジェノサイド」
呼吸が止まるかと思った。そんな感覚に一瞬、ほんの一瞬の間だったがそう思ったジェノサイドは、信じられないようなものを見る目で穂積を、今この時この場で自分に視線を投げているモノ全てを見た。
隠洋平。友人からのあだ名はレン。そして、またの名をジェノサイド。
彼は。
「な、何を根拠にそんな事を……」
声を震わせる。
「堀田先生って知ってるか?」
「あぁ……。刑法の」
「あの人が全部教えてくれたよ」
"うつしかがみ"を手にした日。
彼は意図せずして表側の世界の人間と接触してしまった。
「木曜にもやらかしてたよな。あの時俺も先生も見てたよ」
「あぁ……やっぱりあの時お前にバレてたか……」
ジェノサイドはその時戦っていたルークを見逃す形でその場を去った。その場に長く居ては顔見知りに全てを知られるだろうと判断したためだ。その時の顔見知りとは、戦いを眺めていた知人というのがまさに穂積だった。
「いや、その時はまだ気付けなかった。位置もかなり離れてたしな。だけどその時たまたま隣に居た堀田先生と授業の話をしたついでに色々聞いたんだよ」
迂闊だった。
刑法を指導する堀田と穂積は学部が同じであるのみか、頻繁に講義を受けた関係上顔見知りだった。そのため、他愛もない会話も出来る仲でもあった。それを、ジェノサイドは知らなかった。
「別の先生の所有物も盗んだらしいな」
「あれは……私人が持ってちゃいけない代物だ。先生と一緒に保護する予定だった」
「キャンパス内で何度も戦ってるらしいな? 規則で禁止されてんのに」
「俺からじゃない。どれも向こうから始めたものだ」
「調布でも爆発騒ぎがあったな? あれもお前だとか言うんじゃねぇだろうな? ポケモンに乗って飛んでる奴が居たぞ」
「それは……俺だ」
隠す必要は無くなった。いや、隠せなくなった。
ジェノサイドは酷く疲れたようにため息を吐くと、その教室の教卓まで歩いては正面を向き、両手をそれに付ける。
「そうだ、俺だ。俺が……深部集団のジェノサイドだ」
諦めから一転、強い覚悟を宿した目であった。
†
ジェノサイド改め、隠はこれまでの全てを語った。
四年前。ゲーム内に留まっていたはずのデータが現実世界に宿る、実体化の現象が始まったその時。ポケモンを連れ歩いているという理由だけで攻撃の的にされた時代。そんなポケモンを悪用して犯罪に走ったり、秩序を乱す者が現れ事件事故が多発した時代。
そんな時代に、治安の維持のために設立された概念"深部集団"の一員となったこと、それに伴い数多くの犯罪者、暗部とされた人々を鎮めたこと、それが終わったと思ったら深部集団同士で争い始めたこと、その過程でまたもや多くの戦いを繰り広げたこと、それらを高校時代に歩んでいたこと、その結果、自分がこの世界における覇者になったこと、それが災いして常に多くの連中から狙われていることなど。
そのすべてを、話した。
「これは本来、絶対に知られちゃいけない事柄なんだ……。深部集団の存在そのものが知られてはいけない。だけど、それを知らない人々は身の回りで何が起きたのか説明がつかないでいる。その結果として……」
「お前がテロリストと呼ばれるようになった。そうだろ?」
その声は穂積のものではなかった。
大学四年生。常磐将大。
風邪でも引いているかのような、喉を枯らしているようにも聞こえる声を持つ長身の先輩。
彼が突然知ったように会話に割り込む。
「先輩……?」
「ジェノサイド。その名前は俺でも聞いたことがあるぜ。お前、相当強いらしいな」
「何で先輩が聞いたことあるんですか。まさか先輩も……」
「いや、俺は深部集団の人間じゃねぇぜ。だが、"その手の"話題は知ってはいる」
「それで、」
隠は改めて穂積を見た。まだ彼は何か言いたそうであった。
「俺は……どうすべきかな? 俺が伝えるべきことはすべて話した。理解してもらえたかどうかは別として。やっぱりサークル辞めるとかした方がいい? 迷惑かな」
「ちょ……レン君待っ……」
「ちげぇよ! そうじゃねぇよ! 何でおめぇがそんな世界に入っちまったのか、何でそんな事を繰り返しているのか……それを聞いてんだよ!」
佐野を遮って遂に穂積は叫んだ。
隠はこれまでに自身の経歴を語ってはいても、自分の気持ちを告白する事はなかった。だから、此処に居る誰もが、何故隠がジェノサイドとして生きていかねばならないのか、何故それを今でも続けているのか、その想いが分からないでいる。
「それを話してどうなるんだ? 理解力が深まるか? 同情でもしてくれるのか? いや、それは無いだろうな……」
「レン君、無理しなくていいんだよ。言いたくなければ言わなくていい。でも、今みんな君に困惑している。よりによって何でレン君が、ってね」
大いに惑っているのはこちらも同じだった。
隠はこれ以上に話せることはあるものなのかと疲弊した頭を巡らせるも、相応しい言葉が思い浮かばずにいた。
自分が深部集団に関わった原因、きっかけ。それは"仕方が無かった"としか言えなかった。だが、それが上手く伝わるとは思えない。
「は、はは……。なんつーか……報われねぇな、俺って」
隠はそっと両手を教卓から離した。
そのまま真っ直ぐと、怪訝そうに見つめてくるサークルの面々をスルーして教室の最奥、窓際へと静かに歩く。
「テロリストとか何とか言われてきたけど……深部集団とは一切の関係も無い人間なんかこれまでに触れた事も無ければ危害を加えた事も無かったのに……。むしろそういう事する奴らをやっつけて来たのに……」
ほんの数十分前までこの世界から離れたいとさえ思っていたが、やはりそれは叶わないと思い知った。自分は表の世界から歓迎されていない。
「レン……? 待てお前。もっと詳しく話を……」
「いや、いいよ。俺も覚悟を決めた。俺は……」
もうこれ以上自分を偽ってまで表の世界で生きる事はしない。できない。頂点に立ってしまった以上、そこに在るだけで世界が動く存在となってしまった以上、裏の世界で生きるしかない。
二年。たったの二年だったが、隠は平和を見出した気がしていた。
このサークルで過ごした時間は穏やかで、楽しくて、意義のあるものだった。
だが、それを手放さければならなくなった。
開いていた窓から、夜風が肌を伝う。
群青に包まれた夜空と、それに塗り潰された景色がふと目に焼き付いた。その場その状況さえも忘れて美しいとさえも感じる、その色合いに惹かれている自分が居た。
それからおよそ二秒後だろうか。
確かに隠は秋の夜空を見ていた。自分につられて同じように見上げている者も居たはずだった。
そんな彼らの視界から、景色が奪われた。
瞬間のうちに、鋭い音と光によって夜が夜でなくなってゆく。
気付いた時には、目を疑う光景が広がっていた。
時間は十八時を過ぎた中秋。もう真っ暗になりつつあるはずだ。
それが、早朝を思わせる明るく眩い空色へと変化している。
いや、如何なる時間帯でも、どのような季節であっても絶対に見られることは無い彩だった。
大空が、金色に染まっている。
つまり、それは。
現実では有り得ない光景が眼前にて広がっている。という事だった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.18 )
- 日時: 2023/09/13 20:14
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
突如として空が、闇が塗り潰された。
そこに居る誰もが、今ある現象を説明出来ない。
それはまさに、怪奇で、摩訶不思議で、そして非日常的な景色ゆえに美しいものとして映っていた。
「なんだ……あれは」
戦くようにして呟いた隠洋平は、外の景色を一通り眺めたあと、周囲に異変が起きていないか教室内を一瞥した。幸い、サークルのメンバーの中に危害を加えられた者はいないようだった。
むしろ、普段絶対に見られないその光景にはしゃいでいる者までいる程である。
先程まで窓際で会話をしていた四年の先輩たちは綺麗なものを見る眼差しで興奮しているようだった。
「すごーい! ねっ、見てよほら桃花!」
「見てるって。でもあれ何だろうね? 凄く綺麗」
「あの……高草木先輩、名里先輩、気持ちは分かりますが……窓も開けっぱですし危ないので離れましょう?」
「レン君、意外と冷静なのね? 逆に怖いかも」
佐野の彼女である高草木結衣が微笑みながら隠の顔を見つつそう言う。隣の名里桃花も明るい表情を向けているようにも見えた。
自分が来てから訪れた暗い雰囲気が、夜空共々吹き飛ばされたようでこの時ばかりは内心外の異変に感謝していた隠だったが、その安らぎもポケットで振動したスマホによって断ち切られることとなる。
「な、何でこんな時にハヤテから……?」
「レン、誰からだ?」
「ちょっと待ってろ穂積、後で説明する。もしもし!?」
隠は早口になりながらも仲間からの通話に応えた。この時間に深部集団の面々から連絡が来ることも中々無く、今ある状況と相まって嫌な胸騒ぎが響く。
『あ、よかった……。すいませんリーダー。こんなお時間に』
「それはいい。どうかしたのか?」
電話越しにハヤテは、向こうも只事でないことを察した。彼の語気は明らかに普段のものと違う。荒々しく、どこか暴力的なそれだった。
『それがですね、今基地でちょっと変なことが……』
『ヤバいヤバいヤバい! マジヤバいっすリーダーぁぁぁぁ!! 助けてー!』
突然ハヤテのものと入れ替わった絶叫に物理的に耳を痛めるジェノサイド。その声には聞き覚えがあるので簡単に怒鳴り返す。
『すいません……ケンゾウのやつが僕の携帯をひったくりまして……』
「声で分かったよ。なんかそっちも混乱しているな?」
『えぇ。分かります? と言うのもリーダー、先頃から基地全体に変なサイレンが鳴り響いているんです』
「サイレンだと?」
あまりにも奇妙な報告だった。ジェノサイドは基地にそのような類の物を取り付けた覚えは無い。
「知らないぞそんな物は。お前ら何か付けたのか? まぁいい。とりあえず聴かせてくれ。このままでいいから」
『いえ、僕は何も……。このままですか? 分かりました』
ハヤテは携帯を耳から離して出来るだけ高く腕を伸ばす。少しでも多くの音を拾えるように。
「……聞こえるな、確かに。甲子園とかで聴きそうな不気味なサイレンが」
『えぇ。とにかくこんな状態なので基地中が軽くパニックなんです。なので今はメンバー全員に外に出ないよう指示を出したところです』
「よくやった。サイレンは何処から流れている? それは分かるか?」
『いえ、まだ何も……。基地と言っても広いですからね』
「バルバロッサは? 奴は居るか?」
『いえ、姿が見当たりません』
身体全体を徐々に蝕むような心地の悪い鼓動が早まった。ジェノサイドは嫌な予感を募らせてゆく。
組織の中で一番の頼りとなる人間が不在となると、やれる事も動ける範囲も自然と狭まってしまう。
ジェノサイドは、あらゆる算段を頭の中で何度も講じながらとりあえず返事だけはしてみた。
「わかった……。通じるかどうか分からないが、俺からバルバロッサへ連絡してみる。お前たちは引き続き基地内で待機しつつ見回りを頼む」
『分かりました。……ところでリーダーはこの後どうするおつもりですか? こちらへ来られますか? どうも、様子が普段と違っているようで……』
流石はハヤテだとジェノサイドは感心の意味を込めて鼻で笑った。
彼の言う通り、今日この時間だけで色々と起きすぎてしまっている。
「ケンゾウと変わってくれ。そして一瞬でいいから外に出るように行ってくれ」
『いいんですか? まぁ扉はすぐそこなのですぐに見られますが。あっ、ケンゾウ、リーダーから。あと扉開けて外出てだって』
はっきりとではなかったが、電話越しに二人の会話が聴こえた。今向こうで二人は一緒に居ることにどこか安心感を覚える。
ケンゾウは戸惑いつつも携帯を握り、扉を開けようとするところだった。
「まぁあれだ。とりあえずは落ち着くことだケンゾウ。落ち着いて空でも眺めてみろよ。嫌なことがあった時は空を眺めると記憶に残りにくいって言うだろ?」
『なるほど! それはいい考えっすね! こんな時にも俺のことを想ってくれるなんて……なんて優しい人っすかリーダーは! よーし、これで外を……ってなんじゃこりゃー!!』
当然それは優しさではなく意地悪である。こんな最悪とも言える状況の中、気分転換のためか、余裕を見つけつつあったからか、それとも単にちょっかいを掛けたくなったからか、とりあえず様々な思惑を抱いたジェノサイドは必死に階段を登ったり思い切りドアを開けた自然の音の果てに発せられたケンゾウの叫びに、必死に笑いを堪えて身体を捩らせる。傍から見れば物凄く変な挙動と顔だったようで、周りの先輩たちや同級生がおかしな物を見ている顔を自分に向けているようだった。
『リーダー……これは一体……』
隣から叫び声がする中、ハヤテが冷静を装って携帯を取り戻す。
「分からねぇ。お前から電話が来たほんのちょっと前に突然こんな事に……。今何が起きているのか、全く分からないんだ。今俺の目でもこんな空模様だ。どうやらそっちでも同様みたいだな」
スイッチが切り替わる。
隠洋平から、ジェノサイドへと、その意識が。
「いいか、さっき俺が言った通りだ。もう外はいいから、基地に戻って俺の言う通りに動いてくれ。俺もこの後すぐにバルバロッサに連絡する。その返答次第でまたお前に電話する。その時も俺の指示に従ってくれよ」
ハヤテは迷うこと無く返事をした。同時に通話を切る。それから、一切の迷いが無いかのようにバルバロッサの番号を電話帳から拾っては通話ボタンを押した。
三度コールが鳴る。しかし、反応は無い。
「おい、レン……お前何してんだ?」
「いいから待ってろ穂積!」
下手をしたら組織存続の危機であるかもしれない事態だ。横槍を入れられた気がした隠は、右手の掌を大きく広げて穂積に向かって待ったのサインを投げつつ軽く怒鳴る。
五度目のコール後に反応があった。
声そのものにも皺がありそうな、低くくぐもった男声だ。
『やぁ。珍しいな、お前さんからこうして電話を貰うとは』
「バルバロッサ、お前今何処にいる?」
『それがどうかしたのかね?』
「皆お前が居ないと不安になっている。教えてくれ! お前は今……何処で何をしているんだ? まさか、"うつしかがみ"を持って外に居るんじゃないだろうな!?」
『ふふっ……心配してくれているようで嬉しいよ。私は無事だ。今、大事な大事な用があって外に居る。暫く帰ることは出来ない』
「だから……っ! 何処に居るんだ!」
『そこまで気になるのなら……少し私の用事を手伝ってもらおうかな。最高の景色を、最高の場所からお前さんにも見せてやろう……。大山だ』
「なに?」
耳障りなノイズに混じって地名のようなものが聴こえた気がした。ジェノサイドは全神経を聴力に集中させる。
『神奈川県は伊勢原市の大山。その阿夫利神社に、私は在る。とても、とても大事な仕事だ。可能であるのならば是非とも来て欲しい』
返事はしなかった。ジェノサイドは有無を言わさず通話を切るとすぐにハヤテへ折り返そうとしたら、向こうからやって来た。
「もしもし、丁度今お前に掛けようとしたところだ」
『それなら良かったです。……どうやら通話中でしたようで、という事は繋がったのですね?』
「バッチリだ」
ジェノサイドは辛うじて聞き取った地名を狂い無く言えるか頭の中で何度も反復する。しかし、その努力は思わぬ形で裏切られた。
『リーダー、僕からも伝えたい事が幾つかあります。まず、バルバロッサは基地内には居ませんでした。そして、バルバロッサの部屋に"うつしかがみ"が有りませんでした。それから……』
それらの情報は自ら入手していた事だったので気にも留めず、半ば聞き流す。むしろ、間違って覚えていないか、ハヤテにしっかりと伝えられるかそこに多少の不安が生まれる。
『バルバロッサの部屋の電源の付いたディスプレイに、奇妙な地図と表記がありました。どうやら、何処かの山を指しているようです。それを調べたところ……神奈川県にある大山という場所のようでした』
「マジか……ビンゴだ、ハヤテ!」
『ビンゴ……とは?』
「バルバロッサから何とか教えてもらったんだ。なんでも、伊勢……原? の、大山ナントカ神社って所に今奴は居るらしい」
『神社……。大山阿夫利神社のことでしょうか?』
自身の思い描いた形としてではなかったが、ひとまず向こうにも伝わった。
ジェノサイドはまず小さく安堵する。
「よし、いいかハヤテ。今から俺の言う事をよく聞くんだ」
ジェノサイドは窓を見つめる。そしてその先の、黄金に輝く空を睨む。鍵を緩めて窓を開けると、携帯を持つ方とは逆の手で窓枠を思い切り掴んだ。
「組織の中の、非戦闘員を除いた全員で基地を出てそこへ向かえ」
『全員ですって!? 危険過ぎます!』
「いいから、全員だ。場所もお前が皆に伝えろ。そして各自どんな手段でもいいからそこへ行くんだ」
『リーダーからの指示ですのでそうしますが……本当に良いんですね?』
一際大きく鼓動が鳴り響いた。
ここで間違えたら取り返しのつかない事態に陥るのは必至だ。特に、ジェノサイドは常に多くの人間から狙われている身であるがために。
それでも、ジェノサイドは信じた。
最も信頼する仲間の声と、その直感を。
今、この世界で何が起きようとしているのか。それを見届けるための覚悟を。
「あぁ。やってくれ。頼んだぞ」
それだけ言うと、ゆっくりと携帯を持つ手を下げた。
俯きながら、深呼吸をする。
そして、宣言するようにジェノサイドはそこに居る全員に対し言った。
「ごめん、皆。俺は一旦此処を離れる。どうしてもやらなくちゃいけない事があるんだ」
「今までの電話は何だったんだよ……。まさか、お前の組織の連中か?」
「そのまさかだ。それから、それだけじゃない。もしかしたらだが……この空の異変と何かしら関わりがあるかもしれなくなってきた」
「どうして!? あそこまでする理由ってなに!?」
悲鳴に近い叫びのようだった。隠と同じく二年にして、その学年内では二人しか居ない女子の内の一人、大三輪真姫が立ち上がる。女性の割にはモデルを思わせるような高い背丈が、その存在感を放っていた。
「それは俺にも分からない! けど、まだ確定した訳じゃねぇ。……が、同じタイミングで異変が起きすぎている。それからだが……」
ジェノサイドは遂に窓枠に足を引っ掛けた。律儀に出入り口から建物を出るのではなく、窓から直接飛ぶようだった。その動作に不安がる人も居るようだったが、彼には空を飛ぶポケモンがある。
「俺が戻ってくるまで、ここを離れないでほしい」
「えっ? それは何でかな? レン君」
あまりの脈絡の無さに、佐野が間抜けそうな声を発したが、その反応は当然と言うか、そう来るだろうとジェノサイドも予想していた。だからこそ、緊張とは裏腹にスラスラと口上で述べる事が出来る。
「さっきも軽く説明した通り……俺は皆と会う前から深部集団っていう、あんまりよろしくない世界で生きている人間でした。とにかく俺は人一倍狙われる人間なんです。特に、"うつしかがみ"を回収した時から、この大学内でも……。もしかしたらですが、俺を狙ってか、それとも……俺と近しいって理由だけで襲ってくる連中が今後現れる可能性も無きにしも非ずなんです。俺は皆を守りたい。でも、それはコレのせいで出来ない。だから、俺が戻るまで皆此処で待機していて欲しいんです」
「待てよレン……。結局はお前の勝手じゃねぇか!」
「気持ちは分かるよ穂積! でも約束してほしい。俺は絶対戻る。戻ったうえで、またちゃんと……。しっかりと話をする。それを聞いて欲しい」
思わず怒りの感情さえ込み上げた穂積だったが、彼の強い決意を秘めたかのような目を見て、喉元にまで出かかった思いを固く呑む。男同士通じ合う"なにか"がそこにはあったようだった。
「分かった。絶対だぞ」
穂積のその返事に頷いたジェノサイドは、ポケットからオンバーンの入ったダークボールを取り出しては広い空に向かって放り投げる。直後として、黒々とした翼竜が姿を現す。
「気を付けてね、レン君」
「本当に迷惑ばかりで……すいません、佐野先輩」
そう言うと、足に力を込めて窓から飛び降りた。
神東大学の旅行サークル『Traveling!!!!』が日々活動している教室は構内のとある建物の五階にある。本来であれば窓から落ちれば転落死は避けられない。そんな高さだ。
だが、ジェノサイドの落ちた先にはポケモンがいる。
慣れた動きでオンバーンは自らの主を捕まえると、その指示のもと、光の発信元へと向かって突き進み始めた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.19 )
- 日時: 2023/09/13 21:49
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
人影はもう無かった。
今はもう使われなくなった工場の跡地、その地下に伸びるSランク組織"ジェノサイド"の基地はとにかく横に広く、すべてを見て回るとなるとかなりの骨が折れる作業とはなるのだが、すべての空間を二度三度と確認したハヤテは自信を持ってこれまで来た道を引き返し、外へと向かう。
夕方から夜に切り替わる時間だというのに、外は明るかった。金色に輝く空のせいだ。
見ると、組織の構成員たちがそれぞれ自分の力で移動せんと工夫している光景がそこにはあった。ある人はポケモンを使って空を飛ぼうとしていたり、またある人は車を使って移動しようともしている。
「まぁ……この組織にも専用の車があるっちゃあるけど……」
無事に到着できるかどうか心配そうに呟いたハヤテは、再び有り得ない色を放つ空を見つめた。
ただの自然現象であればいい。だが、それを説明できる者は居ない。同じタイミングに、バルバロッサも消えた。不気味な道具を持ち出して。
「よう、やっと来たな? ハヤテ」
思案していたハヤテに前方から声を掛けたのは、逞しい肉体を曝け出している大男だった。ケンゾウだ。
「お前が来るまで待ってたぜー。そろそろ行こうや」
「僕が来るまで待ってたの? なんで? 先に行っててもよかったのに」
「いやぁそれだとちょっと……な。行き先よく分からねぇし」
「なんでよ。僕ちゃんと基地で全員向けに伝えたはずだよ? しかも何度も!」
ややはっきりと強めに伝える。しかし、そういった主張の仕方に慣れがないようで、細めた目は小刻みに震えていた。
「すまんすまん! そうじゃねぇんだ。俺地元以外の地名とかよく分からんくて」
「だったらそれこそちゃんと聴いててよ! これはリーダーの命令でもあるんだよ!?」
彼との付き合いは長い。こうだろうな、という予想がそのまま現実となったようでハヤテは額に手を当てた。半分呆れもしている。
「いい? 場所は神奈川県の丹沢山地に連なる山々の一つ、大山。そこの山頂に神社があるんだけど、そこにいるらしいって話だよ」
「おっし、了解した! そこにリーダーも居るんだな?」
「リーダーも今は向かっている途中だと思うよ。着いたら連絡があるみたいだし」
基地内には戦闘に向かない非戦闘員たちが待機、または避難している。つまり今外に居るのはこれから戦いに向かう者たちのみだが、そんな人の数も片手で数えられる程には減ってきた。既に大半が移動を開始している。
「はぁ……」
ケンゾウはハヤテがため息を漏らしたのを見逃さなかった。
「不安なのか?」
「いや……。まぁ、不安っちゃ不安だけど……」
ハヤテの曇った表情を見たケンゾウは、彼が何を思っていたのかそれを察する。
「まだ裏切りと決まった訳じゃねぇ」
「そうだけど……もしもそうなったら、って考えたらね……。また"あの時"のような戦いになるのかなぁって」
ハヤテもケンゾウも、知っている。
この組織は三年ほど前に大規模な裏切りが、反乱があった。彼ら二人は既にジェノサイドの身近な仲間として共に行動してはいたのだが、その時に経験した"昨日まで笑い合っていた人たち"との命のやり取りの非情さ、無情さ、無意味さを、まるで昨日起きたことであるかのようにその心に深く刻んでいる。つまりはトラウマなのだ。
「あの戦いは……本当に辛かった」
「仲間が半分以上消えたもんな」
「もしも今回も裏切りだったら……。裏切ったのはバルバロッサって事になるから僕はそこまでじゃないけど……リーダーはどう思うかな」
「……」
戦いの前という強い覚悟を決めていなければならない局面に、どこかしんみりとする二人。このままではいけないと我に返ったハヤテは、突如自分の頬を両手で強く叩く。
「ダメだ、このままじゃダメだ! これから戦うかもしれないって時に……。それに、まだ何も分かってないのに!」
「ハヤテお前……」
「行くよ、ケンゾウ! 準備はいい!?」
「お、おう! でも待ってくれ、移動用のポケモンが……」
ケンゾウは慌てたようにポケットを引っくり返すが、相応しいポケモンのボールは出てこない。
それを見たハヤテは自身のモンスターボールを二つ取り出した。
「君は確かひこうタイプのポケモンを育てていなかったよね。僕のを貸してあげるから、それを使いなよ」
そう言って二つの内一つのボールを彼に向かって投げ渡す。
「サンキュー。助かったぜ!」
二人は同じタイミングでポケモンを出した。ハヤテはウォーグルを、ケンゾウはルチャブルを。
「……」
「どうしたの? 早く乗りなよ。遅れるよ」
ルチャブルの姿を見てケンゾウは文字通り固まった。どう見ても背に乗って移動出来るようには見えない。ケンゾウは今にもウォーグルに乗ろうとしているハヤテに顔を向ける。
「あのー……。ハヤテきゅん……」
「その呼び方気持ち悪いからやめて」
「これさー……どうやって乗るん?」
ハヤテとウォーグルは準備が出来たようだった。そのポケモンは、今にも翼を広げて飛ばんとしている。
「君はいつも筋トレをしていたよね?」
「それで?」
「今こそ、その鍛えられた筋肉の力を発揮する時だよ! レッツ四十五kmの限界チャレンジ!」
言うとハヤテは大空へと去った。その場にケンゾウとルチャブルを残して。
「は? っておい! いくらなんでも長時間コイツに掴まって移動するのは無理があるってオーイ!!」
彼がどれほど叫んでも届く事は無い。その場にはケンゾウを除いて誰も居なかったからだ。
†
凍えるかと思った。
ジェノサイドは、とにかくスピード重視のためとリザードンよりかは移動速度が速いオンバーンを選んだが、その空の旅は苦痛が伴った。
今は九月の半ばである。空が眩しいほどに明るいせいで朝とも昼とも勘違いしてしまいそうだが、正確な時刻は夜を指している。さらに、大学のある街は山を切り崩して造られたニュータウンであり、微かに山の名残がある。目当ての土地の標高もかなり高い。ジェノサイドは大学の友人や、サークルのイベントとして比較的近場である高尾山に行く機会が割とある方なのだが、大山はその高尾山のおよそ倍の高さがある。軽い気持ちで臨むと大失敗をする事間違いないのだが、今まさにジェノサイドはその失敗を肌で感じていた。
一時間経つか経たないかの時間を経過した後に、ジェノサイドは麓に辿り着く。
そこは駐車場だった。
大山には、その中腹に大山阿夫利神社という神社があり、その参拝客を出迎えるためにケーブルカーが通っている。そのための駐車場だ。参拝時間はとうに過ぎているため、車は一台も停まっていない。
「ご苦労さま。寒い中ありがとな」
寒さに震えているオンバーンにそう言うとボールに戻す。それからスマホを操作して"ポケモンボックス"なるアプリを立ち上げると、手元にあるオンバーンと別のポケモンを入れ替える。オンバーンはゲーム内に転送された。
それから、ジェノサイドは手頃な車止めを見つけると全身から力を抜くようにするすると腰掛けた。バテたのはオンバーンだけでは無かったのだ。
「まだ……誰も来てねぇな。バルバロッサがこの先に居るとしたら、今から俺だけでも行ってもいいのだが……」
それから数分すると、チラホラと上空から人の影が見えてきた。その影は地上にいる彼を見出すとゆっくりと下降してゆく。仲間が来始めた。
更に待っていると、馬力があるのを感じさせる排気音を響かせた自動車が何台か駐車場に入って来た。これも、彼の仲間だ。
組織の構成員たちが、続々と集まってきた。その数は百とも二百ともありそうである。深部集団の組織としてはかなりの規模を誇るものだ。
その中から、ハヤテが駆け寄ってくる。
「只今到着しました、リーダー」
「ハヤテか。これでほとんど全員……かな」
「そうですね。あとは道路の混雑具合だとかで遅れる人が居るかもしれませんが……先に向かっても良さそうです」
「俺も同じ事を考えていた」
ジェノサイドはぐるりと体の向きを変え、その目線を仲間たちから山頂へと向ける。
「此処には誰も居ない。居るとしたらこの先……かな」
ハヤテは近くに置かれたハイキングコースが描かれた看板を見る。
「バルバロッサが居るとすると、途中の阿夫利神社でしょうか? それとも山頂でしょうか?」
「分かんねぇな。とにかく、向かうしかないな。一時間……人によっては二時間以上の登山になるかもしれない。覚悟しとけよ」
自分で言っていて恐ろしくなった。ここに来るまでに体力を消費して疲労はピークに達しつつあるのに、これから登山、それも気軽なハイキングなどとは違ったレベルのものを体験しなくてはならないのかと思うと今すぐにでも帰りたくなるほどだ。
「リーダー、質問なのですが……ポケモンで一気に山頂まで行くのはダメでしょうか?」
「迎撃される可能性が無いと判断が出来れば構わない。……が、何が起きるか分からないな。まずは中腹の神社まで移動しようか。残念な事に目の前のケーブルカーはもう動いていないから自力でな」
そう言うと、自身も含めてポケモンに飛び乗って一気に駆け上がる人の姿があった。
ハヤテは縮こまる思いをしてそれを見送る。
「たった今迎撃されるかもって言ったじゃん……。途中までだったらその可能性は無いってことかな?」
見れば、律儀にこの地点から山登りをする人間は一人として居なかった。つまり、ここに集った全員がリスクを覚悟で飛んだことになる。
「ダメだ……此処にも居ねぇな」
麓から移動すること四、五分。一番乗りを果たしたジェノサイドは"阿夫利神社駅"とあるケーブルカーの駅を背に、大きな鳥居を眺めていた。だが、そこには人っ子一人存在していない。
「と、なるとやはり山頂……。クソっ、面倒な事をしやがる」
ジェノサイドは元凶の顔を思い浮かべながら強く睨む。気のせいか、光の眩しさが一段と強くなっているように感じられた。
彼に倣って、飛行能力のあるポケモンを使って神社までの登山を短縮させた仲間達が後ろに続く。やや遅れてハヤテもやって来た。
「どうします? ここまでは大丈夫でしたが……」
「そうだな……」
ジェノサイドは登山道に続く道を捉え、引き続き睨んでいる。ハヤテはスマホを開いてこの山の登山について細かく紹介しているサイトを見ながら自信なさげに言った。
「山頂までの登山を二時間と仮定した場合、今のでおよそ一時間短縮した事になります。ここまでバルバロッサからの攻撃はありませんでした。今後も無いとは言い切れません。どうしますか? 登りますか? それとも山頂まで飛びますか?」
「登った場合一時間か……」
空に異変が起きたとはいえ、この後もまた別の異変が生じる可能性も無い訳では無い。とにかく、今はバルバロッサに会って話をしなければ、状況を聞かねばならない。
「とりあえず登るか。様子を探りながら、な。いや、それなら各自自由とした方がいいか……?」
ジェノサイドはチラリと振り返った。そこには、彼を慕って集まった無数の仲間達がいる。
目に付いた一人ひとりの顔を眺めては、決意を固めるがごとく呼吸を整える。そして、叫んだ。
「目指すは頂上! そこに居るバルバロッサだ! 移動手段はそれぞれに任せる。とにかく、確実且つ迅速な方法でバルバロッサに会い、話を聞け。いいな、お前ら!」
その雄叫びに丁寧に反応する声が幾つか上がる。
全ての準備が、整った瞬間だ。
「それから、一つだけ命令だ。絶対に死ぬな。生きろ」
そう言ったジェノサイドは我先にと、まるで後に続く仲間の為に道を開くかのように、あらゆる恐れも抱かず、そして一切の躊躇いもなく山頂に繋がる山道を駆け始めた。
†
空に変化は無かった。
神東大学の校舎の中の教室のひとつ。そこの窓を開けて空を眺めた佐野宏太は、ジェノサイド改め隠の安否を案じていた。
「大丈夫かなぁ、レン君」
「レンから何か連絡はありましたか?」
一人呟いていた佐野に、佐伯慎司が珍しく声をかけてきた。
普段サークル内であっても、彼から会話を始めることが中々無いことなのでそれはそれで珍しいことだった。
「何も無いねぇ。何でもいいからくれると嬉しいんだけど」
そう言って佐野は窓を閉めた。
まだ、今ある現実が分からないでいたのは何も佐野だけではなかった。
サークルの中ではあまりパッとしなかったがそれなりの変わり者だった隠は、自分たちの知らない世界で、それも今あるこの世の闇を凝縮したような世界で生き残りを賭けた生活を長い間続けていた。更には、そんな世界の覇者ともなっている始末だ。
「レン君は……まともだと思っていた。どこか変わってはいたけどね」
「こっちもそう思っていました。……そういう世界がある"らしい"という都市伝説みたいなものは聞いたことがあったのですが、まさかそれが実在していたなんて……しかも、よりによってレンが……」
隠と佐伯と佐野。三人には共通点があった。佐野が隠とポケモンを介して仲を深めたように、佐伯も佐野とはポケモンを通じて先輩と後輩という壁を感じさせないほどには良好な仲を築けている。
特に、佐伯のポケモンの腕は突出するものがあり、恐らくだがゲーム上としての対戦の腕はこのサークルでは最も上だと誰もが認識しているレベルだった。
ゲームではレート対戦に積極的に参加し、ガチなパーティとも渡り合え、その強さは先輩にも引けを取らない。
だが、現実で繰り広げるバトルを持ってして最強と名高い隠が居るため、彼とどちらが強いかは本人でさえもよく分かっていない。佐伯はルールに則った上での実体化した状態でのバトルはこれまでに経験した事がないからだ。
「僕はね、今でもレン君と初めて会った時の事を覚えているよ」
「去年のことですよね? そういえばレンをこのサークルに勧誘したのは誰だったんですか?」
「僕と淳二」
二〇一三年、春。
この年に神東大学に入学した隠は、かなり早い段階で樋端駈と仲が良くなったようで、入学式を済ませたその年一番初めの週、構内ではサークルの勧誘でどこもかしこも、あらゆる時間帯でも多くの人が練り歩く賑やかな光景、そんな中、隠は樋端と一緒に居た。そこを、そのとき偶然勧誘活動に必死になって構内を回っていた佐野は篝山と共に彼らに声を掛けたのだった。
「意外だったのは、僕たちのサークルに興味を示していたのはレン君よりも樋端君だったね。聞けば、樋端君も高校時代よく旅行だったりサイクリングをしていたらしい」
「レンは?」
「どちらかと言うと樋端君の付き添いみたいな感じだったね。あまり興味があるようには見えなかったけど、樋端君が行くならついて行くって感じだったね。それが今では、活動日には必ず来るようになるなんてね。何があったんだろうねぇ」
サークルに顔を出し始めた時も、隠はどこか「関わらないでくれ」と言いたげなオーラを発しているようだった。それを察してかしらずか、彼はサークル内でも孤立気味となった。
そんなある時、佐野はサークル活動中であるにも関わらず一人でゲームをしている隠に気が付いた。他の一年は先輩たちとも打ち解けてボードゲームに盛り上がっている。
隠は、それに参加したがる素振りも見せない。
「その時だったかな。レン君がポケモンやっている事を知ったのは。話をしてみると、エメラルドの頃から遊んでいたんだってさ」
「エメラルド……懐かしいですね」
それから、佐野は隠と仲良くなった。
あの時の彼の嬉しそうな顔は、今でも覚えている。
そういう明るく、楽しかった過去があったからこそ、今のこの現実が認められずにいる。この事実を受け止められない。
「もっともっと……レン君と話をしないと。話をして、互いに理解しないとだね」
「でも、レンは……無事に戻って来れますでしょうか」
佐伯も不安を露わにして空を見つめる。
せめて今は無事でいて欲しい。時が経つにつれ、彼に対してそんな思いが強くなっていった。