二次創作小説(紙ほか)

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.25 )
日時: 2023/12/03 10:47
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)


 部屋が揺れた。
大きな振動である。一人の青年は地震かと思い、目を覚ます。
目が開けられたことで、自分が居る空間の情報が入ってくる。横になっていた身体を起こすことで、よりその情報は多くなる。
彼は自分の部屋に居た。自身が所属、立ち上げた組織。その基地にて作られた、あまり広くない部屋だ。
その部屋に窓は無い。基地そのものが地下に作られているせいだ。

 東京都八王子市。都内北西部に位置する、自然が多く残るこの街のとある林。その中に棄てられた工場、その跡がある。その地下に、組織の人間百人から二百人ほどの人間を集められる空間を、彼は作り上げた。

 ジェノサイド。
"裏の世界"において、その名を知らない者は存在しなかった。
深部ディープ集団サイド。その裏の世界を、人はそう呼ぶ。
その裏世界、深部ディープ集団サイドにおいて頂点に位置し、存在するだけで情勢そのものを、世界全体を左右させるほどの影響力の強い人間へと彼は成ってしまっていた。

 事の始まりは四年前に遡る。
二〇一〇年。この年は決して忘れられない一年となった。ポケモンがこの世において実体化したのである。
非力な人間とは比べ物にならないポテンシャルを秘めたその存在を、人間は有難がり、日常のたすけとする一方で、手頃な武力として悪用する者も現れる。
そのような無頼なる人間の及ぼす治安の悪化を防ぐ為に、自警団のような存在として彼らが生まれたのだ。
その果てにおいて、本来の意義も目的もとっくの昔に失ったはずの彼は、いつしか莫大な強さと富を手に入れ、Sランクなどという不可解な称号をも手に入れ、この世界における最も命を狙われる存在として化した彼は。常に命と金を狙われる、暴力の世界に全てを委ねた彼は。

「おめーらうるせええぇぇぇ!!! こっちは寝てたんだよ! 静かにしろや!」

 仲間たちが集まり、何やら騒いでいる広間へと駆け上がると、そう叫んだ。

「お前らなぁ! この広間で皆して集まるのは良い。別に構わねぇことだ。だがこの部屋の真下に俺の部屋があるって事を忘れんな!」

「いや、そう言われましてもリーダー……」

 彼の怒りに反応したのは広間の真ん中で格闘技か相撲でも取っていそうな構えをしている、彼の部下の一人ケンゾウだった。
坊主頭で筋肉質という、"強い男"を思わせる彼はその見た目に反してか細い、弱々しい声で答える。

「これだけ広い部屋だと……暴れたくなるじゃないですか!」

 意味が分からなかった。
瞬間にしてジェノサイドの脳は動きを停止した。
寝ぼけていたせいで細くなった目が、余計に細まる。
あまりにも、予想の斜め上を突き抜けた返事でついポカンとした。

「……はい?」

「ですから……」

 確かにケンゾウの言う通り、この部屋は広かった。今見るだけでも構成員の二、三十人ほどが此処に居る。大きなホールに居るような大きな空間がそこにはあったのだ。

 考えてみれば、この部屋を含めた基地全体も相当に広いものだった。地上こそは今にも崩れそうな廃工場でしかないが、その地下一体が彼らの住処となっている。正に秘密基地だ。
この地下には、広間に加えて同等の広さを有する食堂や、それらを囲むように設けられている廊下、暖炉付きの休憩部屋である談話室、そして個々人の部屋までもが存在する。流石に全員分の部屋は無いが、工夫次第では幾らでも出来そうだった。

 それはそうとして、寝起きでボサボサになった髪を掻きながらジェノサイドは尋ねる。

「んで、何してたの?」

「リアルポケモンファイトっす!」

 聞いた自分が馬鹿だった。
そう思うしか無かったジェノサイドは、直後にそれに混ざることとなった。



「って事が昨日あった」

「揃いも揃ってバカなのかな?」

 翌日。ジェノサイド改めなばり洋平ようへいは自身の通う大学の構内で友人と会うと、早速この話を披露した。返しが正論なのでそれ以上言い返すことは出来ない。

 裏の世界ではジェノサイドと名乗っている彼ではあるが、"表の世界"では何の変哲もないただの大学生である。講義のある日に限っては裏の身分を隠して勉学に励んでいる。
隣を歩く友人は同じ大学にして同じサークルに所属している、佐伯さえき慎司しんじだ。

 数ヶ月前に発生した事件のせいで、隠はサークル所属の友人や先輩たちから大いなる不信感と敵意にも似た何かを生み出してしまったが、その直後に起きた騒動とその顛末てんまつによって彼は許されたようだった。何かが起きた訳では無いが、誰もその話題をしなくなった。
表面上では隠が深部ディープ集団サイドの人間であると判明する以前の空気に戻っていた。そのお陰で、一時はサークル脱退も考えていた隠も後ろめたさを感じることなく彼らと接する事が出来ている。

「それよりもさ、レンに伝えておきたいことがあって」

「なんだ、告白か? 生憎俺は女子が好きな訳だが……」

「仮にこっちが告ってきたとして、嬉しいの?」

「すまん冗談だ……」

 隠は友人らからは"レン"と呼ばれている。中学時代にやらかしたテストの珍回答が元となったあだ名だが、それで呼ぶよう彼は周りに呼び掛けている。お陰で本名よりもこの名で呼ばれる身となってしまった。

 佐伯も特徴的な人間である。眼鏡を掛けた高身長で自身でも認めるほどの大人しい性格の人間なのだが、一人称が"こっち"である。お陰で彼との会話は分かりやすくてやり易い。隠は常々そう思っていた。

「サークルに常磐ときわ先輩っているでしょ? 先輩から聞いたんだけど……」

「あぁ、やけに俺らの世界に詳しい人だよな。あの人ホント何なんだろうな?」

「ま、まぁ、とにかく……先輩が言ってたことなんだけど、メガシンカってあるじゃん?」

「あぁ。ゲームで使えるあのギミックだよな」

「それがこの世界で使えるようになったんだってさ!」

「なに?」

 隠は反射的に聞き返した。今自分は幻でも聞いていたのか、それとも佐伯が話の内容を理解して真面目に話しているのかを。

「それは……おかしいんじゃねぇか? だってメガシンカは……それだけじゃなく、関連するギミックやアイテムがこの世には反映されてないんだ。誰かが意図的に手を加えない限りそんなものは有り得ないと思うんだが?」

「うーん……それに関してはこっちもよく分からないんだけど、どうも先輩の知り合いでメガシンカに成功した人が居るらしいんだって」

 にわかには信じ難い話だった。
メガシンカが成立しないことは、隠が身を持って証明させている。
数ヶ月前のバルバロッサとの戦いにおいて、ジェノサイドはゾロアークの"イリュージョン"を駆使して誤魔化したことがあったが、逆を言えばそのように表現しないと成し得ない動きのはずだ。
この世界でポケモンが実体化した。それだけで言えばそれ以上の変化は起こりようが無い。
しかし。

「世界そのものが……変わっていっている……としたら?」

 隠は半ば無意識に呟く。

「ん? なんだって?」

 うまく聞こえなかったのか、隣の佐伯が聞き返そうとするも隠はそれに答えることはしない。余計な混乱を生みたくないからだ。

「とりあえず……メガシンカは俺も興味があるな。常磐先輩に尋ねてみるしかないな」

「でも今日は水曜。サークルは休みだね」

「そう言えばそうだった……」

 隠はスマホを開いてカレンダーを確認する。
彼らが所属するサークル『Traveling!!!!』はその名の通り旅行サークルではあるのだが、特別な日でない限り旅行はしない。普段は毎週月曜日と火曜日、木曜日に特定の教室に集まっては各々自由な時間を過ごすという、ゆるい集まりだ。
先輩に個人LINEを送るのも気が引けるので、これ以上の事は今日においては出来ない。
隠はひたすら時が過ぎるのを待つしかなかった。



 翌日。
隠はその日の講義すべてを終えると、いつもの教室へと向かった。片手には講義で使う教科書やノートが入った手提げの鞄、もう片方にはお菓子の詰まったビニール袋がある。

 サークルの活動場所となる教室の扉は開いていた。そこには見知った人の顔がある。
お菓子の袋をその辺の机に置き、直後としてそれに群がる友人の姿を横目に、隠は先輩の元へと向かう。

「こんちはっす、先輩」

「よう。レンか。どうした? バトルの申し込みか? 悪いが今、佐野さのとやり合ってるからその後で……」

「いえ、そっちではなくてちょっと聞きたいことが……」

「んあ? まぁそれもバトルの後にしてくれや」

 暫くしていると、自分の座る席の近くに自分より学年が二つ上の先輩が二人ほどやって来た。
一人は常磐ときわ将大しょうだい。もう一人は佐野さの宏太こうた
何故佐野まで来たのかよく分からないが、隠にとって一番親しくしてもらっているのが彼なので、聞かれる分には何の問題も無かった。

「聞きたいことって?」

「えっと、バトルどうでした?」

「僕が負けちゃったよー。常磐強ぇもんな」

 佐野が軽く笑いながら言った。どうやら実力で言えば常磐はこのサークル内ではかなりの上のものらしい。

「聞きたいことってそんなの?」

「いや、それとは別で……。えっと先輩、"メガシンカ"って分かります?」

「今更すぎんだろそんな事!」

 常磐は大いに笑う。後輩の隠が深刻そうな面持ちで言うので何事かと身構えていたくらいだ。

「ゲームの話じゃなくて、どうも実体化したとかで……」

「あぁ、そっちね」

 話が長くなりそうなのを肌で感じたのか、常磐は隠と机を挟んで向かい合うようにして、つまり隠の前の席に座りだした。

「俺もこの目で見た訳じゃねぇが、どうも今のこの世の中で、実体化したポケモンを使ってメガシンカを成功させた奴が居るらしい」

「詳しく聞かせてください! 俺としても信じられないというか……有り得ないというか……」

「何となくだが想像はつくぜ。その気持ち」

 常磐はスマホのゲームを例えに出した。アップデートという名の更新があればゲーム内の世界や環境は変わる。しかし、この世界、この世においてそのような概念があるはずもないが故に、新しいギミックが反映されるのはおかしいと。だからお前の言いたい事は分かるとその様に代弁した。

「そうです。ただでさえポケモンがどんな理由や目的、どんな原理で動いているのかも分からないのに……。誰もそんな説明出来る筈が無いのに……」

「まぁそれは関係無いって事なんだろ。だが、メガシンカとは言わずここ最近お前の身の回りで何か変わった事は無かったか?」

「変わったこと……」

 そう尋ねられた隠は、記憶を頼りにあらゆる事象を思い出そうとした。
とは言ったものの、すぐに思いつくのはここ最近営んでいた日常生活と、その裏で繰り広げていた組織間抗争ぐらいしかない。
だが、数ヶ月のスパンで見てみるとまた違った景色が見えてくる。

「九月の事になりますけど……"うつしかがみ"が発見されたり、その力を使って俺の仲間だった奴が伝説のポケモンを使ってましたね……。本来使えないポケモンなんですけど。メガシンカみたいに」

「正にそれだ。ってかモロ関わってそうな出来事ばかりじゃねーか」

 常磐は含みを持った笑みを浮かべる。
彼は直接的な表現をあえて避けているようにも見えるが、"それ"は隠には何となくだが伝わる。

「俺が戦った場所は神奈川県の大山ってところです。そこに行けば……何かがある、とか?」

「かもな。俺の知ってる話ではその山でメガシンカした訳では無さそうだが、まぁヒントくらいはあるだろ」

「ありがとうございます。時間見つけて行ってみますよ」

「おう」

 そう言うと常磐と佐野は席を立った。
会話に混ざる事は無かったことで何故佐野まで寄ってきたのか結局分からずじまいだったが、そこまで深い理由は無いのだろう。
この日最大の目的を達成した隠は、いつも通りポケモンのゲームを開くと育成を始めた。



「ただいまー。誰か居るか?」

 ジェノサイドが基地に帰ったのは夜の十一時を過ぎた頃だった。
基地は木々が生い茂る林の中にあるせいでどっぷりと深い闇が広がっている。
はじめの頃は得体の知れない恐怖に怯えた事もあったが、この生活を続けて四年も経つといい加減慣れてくる。
基地の中の広間に着くと、彼の部下の一人ハヤテが出迎えた。

「お帰りですか、リーダー」

「いつもの時間通りさ。飯は食って来たから俺の分はいらないよ」

「それを見越して用意はされてないと思いますよ」

「ならいい」

 ジェノサイドは数歩広間を歩くと、適当にその辺に置かれている一人がけのソファに座る。

「突然だけど、明日大山に行こうと思う」

「また急ですね。何かあったのですか?」

「何かあったって程のことじゃないが……」

 ジェノサイドは今日あった出来事をハヤテに話した。裏の世界に生きるハヤテやジェノサイドが知らなかった情報を、表の世界に生きる人間が知り得ていたという点が気掛かりではあったらしく、終始ハヤテは唸る。

「その話は……本当なのでしょうか? 何かしらの罠の可能性も……」

「先輩に限ってそれは無いだろ。まぁ、この手の情報に少し詳しい人ってのが気になるがな」

「僕も明日ご一緒しましょうか?」

「いいよ別にそこまでしなくても。仮に何かあった場合の対策ぐらいなら俺一人でなんとでもなる」

 ジェノサイドの相棒は"イリュージョン"を駆使するゾロアークだ。幻影さえ魅せてしまえば、並の人間を倒す事も、逃げる事も造作もない。

「お前はお前でやって欲しいことがある」

「なんでしょうか?」

「この組織内に居る人間限定でいいから、この手の話に詳しそうな奴等を集めて情報を集めて欲しい。それと、俺が仮にメガシンカに関わるアイテムを手にしたときにそれを解析出来そうな奴も揃えておいて欲しい。そういうグループと言うか……班を作りたいと思ってる」

「未知のアイテムを調べ尽くせる人間がこの世に居るかどうかすらも怪しいでしょうが……分かりました。やれるだけの事はやってみます」

「ありがとう。バルバロッサが居なくなった今、お前らが頼りだ」

 二ヶ月ほど前、ジェノサイドは長きに渡って親しくして来た盟友とも言える存在を亡くしている。
そのせいで組織の運営にも支障をきたす不安もあったが、結局それは杞憂に終わり、今現在問題無く活動を続けるに至っている。

「じゃあ俺もう寝るわ。明日も色々あるしな」

「おやすみなさい、リーダー」

 日中は騒がしく多くの仲間でごった返すこの広間も、夜中ともなれば嘘のように静まり返る。
そんなポッカリと空いた空間において、ハヤテは敬愛するリーダーの背中を目で追い、見えなくなると自分も寝るために自室へと移動し始めた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.26 )
日時: 2023/12/05 20:20
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)


 夜が明けた。二〇一四年の十一月七日。金曜日。
この日ジェノサイドは基地の食堂で一人悩んでいた。それを見かねたのか、それとも単に出来上がった朝食を運びに来ただけなのか、一人の構成員が彼の元へやって来る。女性だ。

「どうしたの? 何か考えごと?」

「お、おう……。秋原あきはらか。おはよう」

「深刻そうな顔してるの珍しいなって思ってた」

 彼女とは高校の頃からの付き合いだった。そして、元々はと言えば深部ディープ集団サイドとも無縁の存在だった。ある時に深部ディープ集団サイドの陰謀に巻き込まれて以降非戦闘員として保護するに至ったのだ。彼女もまた、闇の世界の犠牲者であった。
そんな彼女、秋原あきはら友梨奈ゆりなは、眩しいばかりの笑顔を彼に注ぐ。

「大学の講義に行こうか山登ろうか迷ってた」

「ええっ!? それって迷うことなの? レン君って時々よく分からない事言うよね……」

 まともな人間ならば誰もが言いそうな反応だった。ハヤテなど、事情を知り尽くしている一部の人を除いたらの話だ。もっとも、当のハヤテも「学校はサボるな」と言うかもしれないが。

 秋原は非戦闘員とはいえ、組織"ジェノサイド"を取り巻く環境の一切を知らないという訳ではない。二ヶ月前に起きた戦いのこともある程度の事は把握しているはずだ。かと言って、自分ほど最新のポケモンにのめり込んではいない彼女にメガシンカ云々について語っても、恐らくだが完全に理解する事は出来ないだろう。なので、ジェノサイドとしてはそのように言うしかなかった。

「授業はきちんと出た方がいいと思うけど……」

「やっぱりそうだよな。今日の講義は昼前のコマにひとつだけだし行ってからにするか」

「それだけなのに何でサボろうって思ったの!?」

「出来るだけ早く山登りたいなと思って」

 これだけ聞くと熱心な登山家である。秋原は明るい笑顔から一転、引きつった苦笑いを浮かべている。

「そ、そんなに重要なんだ……ね」

「あぁ、重要だ」

 ジェノサイドはそう言うとコーヒーを一口啜る。思ったほど熱くはなかった。

「この組織のこれからを二分させる程のものになるかもしれねぇからな」

 数分後。軽めの朝食を終えたジェノサイドはトレーと食器を流しの手前の台に置くと、目の前で洗い物と格闘している秋原を眺める。

「ごちそうさま。ここに置いとくからお願いな。それと、今日の成果は今夜中にも分かるかもしれねぇから乞うご期待な」

「ナニソレ。行ってらっしゃい」

 彼女は慣れたような笑顔で彼を見送る。思えば、二人が会話をしたのはかなり久々であった。



 昼前の講義は十一時前に始まる。
ジェノサイド改めなばり洋平ようへいは開始十分前に教室に入る事が出来た。
自分がいつも座る席の隣には、深部ディープ集団サイドともサークルとも無縁の友人が居る。挨拶を互いに交わすと隠も座った。
しかし、隠の意識は講義には向かない。彼の頭の中は大山へ行くことと、メガシンカの事で既に一杯だ。
程なくすると、講義を担当する教員が教室に入ってくる。チャイムが鳴り終わるのと同時に、抑揚の無い声で講義を始めた。

 隠にとってこの時間は苦痛でしかなかった。はじめは面白そうだと思っていたこの講義も、蓋を開けてみれば真面目一本の退屈な内容のものでしかなく、面白味を感じられない。いつもならば聴いているフリをしながらノートを取っているのだが、今回はそれすらもしない。意識がそこまで向かないからだ。

(メガシンカに必要なアイテムって何だろう……? キーストーンだよな? メガストーンだよな? あと、キーストーンを埋め込むデバイス的な物もだよな。ゲームの主人公はメガリングとか言うの装着してるしな……)

 隠の座席は窓際である。教員と、彼が説明しているプロジェクターには目もくれず隠は外の景色をボーッと見つめてはそのように考える。
しかし、意識がフッと戻ったような感覚を覚えるとプロジェクターに写った日付を見て今日が十一月の第一金曜日だという事に気が付いた。
そう言えば、と隠はポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売日が近付いている事を思い出す。

(どっち買おうかな……)

 今この世に現れているポケモンとは、持ち主のゲームのデータがそのまま反映されている。たとえ最新作が出たとしても今現在『ポケットモンスターY』で育成したポケモンを転送してしまえば何の問題もない。あとは暇を見つけてゲームを進めるのみである。

 流石に講義開始時点からあらぬ方向を見ていたせいであろうか、隠のそのような態度に気が付いたからか、教員はそちらをチラチラ見ては時折睨むようになった。



「レンさぁ、ずっと何してたんだ?」

 講義終了後、隠の隣に座ってた友人がニヤニヤしながら尋ねてくる。

「ん? 何で」

 答えになっていない答えを隠は返すと、友人は一層笑みを強めた。

「いや、だからさ……。先生が明らかにレンを見ながら授業進めてたんだぞ。んで、肝心のレンはずっと外見てたよな。気が付かなかったのか?」

 その通りで全く気付かなかった。とはどこか言いにくかった。意識が集中し過ぎると周りの視線や反応が気にならなくなる性分らしい。

「あー、あれかー……」

 隠は少し考えた。会話の相手は深部ディープ集団サイドなどを知らない人間である。正直に全てを話す気にはとてもでは無いがなれない。

「この後どうしようかなーって。山とか登りてぇなぁって」

「ん? 何だよそりゃ。意味わかんねー」

 本日二度目となる"不可解なモノに遭遇してしまった微妙な反応"を受け取ることとなった隠であった。
その後、友人は午後も講義があるらしく、コンビニの前まで歩くとそこで別れた。



 先月と比べて少し肌寒い。
冬が近付いて来ているのを日に日に感じている隠は、シンプルなシャツの上にジャケットを一枚羽織る。
本来であればこの日は一日の講義を終えたことになるのでポケモンに乗って直接基地まで帰るか、大学から出ているバスに乗って駅まで向かい、そこから基地の最寄り駅まで交通機関で移動するかのどちらかであるのだが、今日だけは違った。

「頼むぞ、オンバーン」

 隠は大学の裏門を出て人気のない裏道まで歩くとポケモンを放った。ここまでする理由は、構内でのポケモンの使用は一切禁止されているからである。注意から免れるためだが、たとえ即座にポケモンに乗ってその場から飛んで行ってしまえば注意のされようが無いので気にする事でも無いのだが、念には念をである。

「この前行った山まで頼む。分からなかったら時折指示出すからな」

 隠はそう言っては飛び乗る。オンバーンは元気よく返事をし、翼を大きく広げた。そして、瞬く間に空へと浮かぶ。
目指すは丹沢たんざわ山地が広がる神奈川北西部、不思議な力が宿っているであろう聖山、大山だ。

 到着には三十分ほど掛かったようだった。やはりと言うか、長い時間一定のスピードを保てないのは人間もポケモンも同じようである。モンスターとは言われてはいるものの、このような一面を垣間見ると怪物と言うよりは自然界に生きる動物のようである。

「ご苦労さん」

 大山おおやま阿夫利あふり神社には拝殿が二箇所ある。標高千二百メートルの山頂に立てられた本社と、山の中腹にある下社と呼ばれる位置にそれぞれだ。
下社まではケーブルカーなどの連絡手段が通じており、通常の参拝客は下社に集まる。本社は信仰心の篤い参拝客であったり、登山家が参るのがほとんどだ。
恐らくだが、バルバロッサが戦いの場に山頂を選んだのもそういう人気の無い点が絡んでいるのだろう。隠は今更ながらそう考えた。

 隠はオンバーンに労いの言葉を掛けてボールへと戻す。
この山の頂きに来たのは二度目だが、心境には大きな変化がある。
以前は戦いのために赴いた。だから他に集中するものが無かった。今回は違う。大きな違いとして、景色を楽しむことが出来た。

「ん?」

 そこで、小さな違和感に気が付く。
参拝客の多くは下社に集まる。その対応のため、社務を執り行う神職の方々もそちらに集まり、社務所などもそこにある。
しかし、隠は今山頂にて祀られている本社と共に、社務所らしき建物もその目に捉えていた。
中腹にあるのならば、存在する必要の無い建物だ。

「そういう神社……なのかなぁ」

「はい、その通りでございます。理由があるからこそ、存在しているのであります」

 背後から冷たい声がした。
時間の問題からか、平日だからか。しかしどういう訳か此処には自分以外に人は居なかった。そのせいで突然響いた声に、隠は内心強く驚く。
それだけでない。隠は思ったこと全てを口に出したわけではない。心情の一部を吐露したに過ぎない。にも関わらず、背後の声は全てを見透かしている。そんな気がしてならなかった。
振り返ろうか悩んだ。もしも背後の人間が得体の知れない存在であったとしたら。
もしも、敵対する深部ディープ集団サイドの人間だとしたら。
そう思うと迂闊に動くことは出来ない。

「誰だ?」

「どうかこちらをご覧になっていただけないでしょうか。わたくしは敵ではありません。この社の者です」

 そのように言われて何度騙されてきただろうか。片手にゾロアークのボールを握る。振り返ると同時に化ける作戦だ。
深呼吸をして即座に身体を回転させる。

 そこには。
新品と見紛うほどの純白の礼服を着用し、手にしゃくを持った、神主を思わせるような若い男性が柔らかな表情を見せて立っていた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.27 )
日時: 2023/12/05 20:18
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)


 敵意が感じられない。
気を集中させたジェノサイドは直感ながらそう結論づける。

「お前は……」

 言いかけたジェノサイドだったが、それを察してか純白の和服の男が笑顔を絶やさずに口を割る。

わたくしは此方で神主をしております、皆神みなかみと申します。とは言え、正式なものではなく貴方たち向けのものになりますが」

 柔和な表情と声色から漂う不穏な影。
ジェノサイドはそれを決して見逃さない。

「俺たち向け? それはつまりお前も俺と同じ……」

「はい。深部ディープ集団サイドの者でございます」

 ジェノサイドは呆れる思いだった。
神社という神聖な場においても、深部ディープ集団サイドの闇の手が蠢いている。穢れを赦さない世界が穢れに満ちている。その事実にジェノサイドは失望しかける。

「いえ、そういう訳ではございません」

 意を察した皆神が突然否定する。どうやら、この男は心を読み取る力があるようだった。

「元々この社には正式な神主がおります。ですが……どういう訳かこの社にも深部ディープ集団サイド出身の参拝者が現れるようになりました。"本来の"神職の方々にご迷惑をかける訳にもいきません。そこで抜擢されたのが私ということでございます」

 この世界は、二分されている。
ポケモンとは無縁の人々も含めて、一般の人と呼ばれる人間たちによって作られ、日々営まれている"世間"とも"社会"とも呼ばれている表の世界。
ジェノサイドのような、ポケモンを行使して裏稼業に生きる裏の世界。
表の世界と裏の世界は相反するものであり、決して交わってはいけない領域だ。
そのような接触を避けるために設けられたのが、今ジェノサイドの目の前に立っている男ということになる。

深部ディープ集団サイドの人間が神頼みねぇ……。一番似合わないと言うか、そういうのとは無縁な世界だと思うんだが?」

深部ディープ集団サイドの人間も元々は"あちら側"から来られました方々です。何気なくお祈りをされたり、大事な局面の前では御参りもされますでしょう? それらと同じ感覚かと。それからこの社は歴史も古く、古来から山岳信仰という側面からも……」

 営業トークなのだろうか、皆神は社伝を語り始める。あまりにも長々としているのでジェノサイドはその話をほとんど聞かず意識も別の方へと向いていた。

「あの……聞いておりますでしょうか?」

「悪い。何だっけか……。確か最近になって色々変化が起きたとかなんとか……」

「話聞いていませんね……。そのような話題は一つとして挙げる事は無かったのですが」

 皆神はため息をついた。
神聖な土地を踏んでいる以上参拝目的か、少なくとも畏敬の念くらいは抱いていてもいいものだが、目の前の男からはそれが感じられない。明らかに自分が深部ディープ集団サイドの人間だと公表してから態度が変わっている。

「まぁ、それも良いでしょう。では、貴方の目的は……」

「メガシンカ。それに関わる物品が無いかと思ってやって来た」

 ジェノサイドは山頂の開けた土地を眺めながら言った。そこは、かつてジェノサイドとバルバロッサが戦った地点である。当然だが今は何も無い。"うつしかがみ"は戦いの後回収している。

「成程、貴方も"それ"をお望みという訳ですね……」

「まぁ、そういう事だな。って待て。貴方"も"ってなんだ。まるで他にも居るみたいな言い方じゃねぇか」

 皆神の細い目がより細くなった。ジェノサイドも仕草では表さないものの内心身構える思いである。恐らくだが、この後何かがある。長い間戦いに身を投じたジェノサイドの中で冴える勘がそう訴えている。

「……少々宜しいでしょうか。お見せしたいものがございます」

 そう言った皆神はこちらの返答もなしにさっと背を向け社務所のある方へと歩き出した。やや遅れてジェノサイドは一歩後ろをついて歩く。

「二ヶ月ほど前でしょうか。此方で大きな争いがありました」

「……」

 ジェノサイドは念の為、自分がそれに関わっているとは言わないでおいた。皆神に心が読める能力があればこの事実も知り得ているかもしれないが、この状況下で自分からでしゃばりたくは無かったのだ。

「その日は夜であるにも関わらず昼のように明るくなったと言います。白夜など、この日の本の国では観測されません。となると、人智を超えた"なにか"があったと言うことになります」

 皆神は少し歩いては立ち止まる。身を屈んで木片を拾った。戦いの余波を浴びた社務所か本殿のものかもしれない。掌でクルクルと回したかと思うと投げ捨てた。

「ところで……貴方様はいつまでお黙りになるおつもりで?」

「やっぱり知っていたのか」

 ジェノサイドは舌打ちをして皆神を睨んだ。

「私は目撃者の一人ですから。ですが、"ただの"目撃者ではありません。今の私ならば、あの戦いの本質と、それらが与えた影響。それら全てが見通せます」

「流石は神に仕える人だ」

「お名前はジェノサイド。貴方様がこちらの世界で名乗っている名前で間違いありませんね?」

「一応見た目は特徴の無い大学生を意識しているんだがな……」

「ジェノサイド。それは、この世界における王者にも等しい存在であると見受けられます」

「どうだかな。俺はただひたすらに戦いに勝ちまくっただけだったんだがな」

 皆神が社務所の前で立ち止まる。そして、両手でゆっくりと扉を開けた。

「さぞお辛いことでしたでしょう。二ヶ月前。貴方様は此方でお仲間だった方と戦いました。あまり知られていませんが、あの戦いを鎮められた事で今現在、こうして世界が保たれております」

「奴は言葉を濁していたが、やっぱりそうだったんだな」

「あの力は人智を、世のことわりを超えていましたから」

 扉をくぐったジェノサイドは、そこで靴を脱ぐよう指示される。滑らかな木の床が足裏を冷ますかのようだ。

「貴方のお仲間……バルバロッサは少々特殊な方法で本来使えるはずのない伝説のポケモンを行使されました。それが完全なるオカルトな方法であったか、そうでないかは断言出来かねますが……とにかく、それにより世界そのものが少しだけ変質してしまいました」

「変質だと? 特に変わった様子は見られないがな。どこがどう変わった?」

「こちらです」

 皆神は一つの扉の前で立ち止まる。この建物の奥にそれはあるようだった。

「その一件以来、どういう訳かこの社の境内……いえ、この山の範囲内ではありますが妙なモノが発見されるようになりました。それも無数に」

 ジェノサイドは何となくだが想像出来た。だが、問題はもっと別なものにある。それは皆神も察していた。

「原因は今をもって不明です。どうしても分からないのです。因果関係が見られません。なので、我々は伝説のポケモンを無理矢理に扱った事で"世界が変質した"と結論づけるしかなかったのです」

 皆神は扉をゆっくり開けた。見た目に反して重い音が響く。
部屋から冷気が伝わってきた。

「ご覧下さい。こちらが、大量に発掘されたキーストーンでございます」

 その部屋には空間を囲むようにショーケースが並べられており、皆神はそれを指している。
見ると、布が敷かれており、その上に透明な石が鎮座してあった。それは不可思議なまでに眩しい光を放っている。

「これが……キーストーンと呼ぶべき物なのか……? ゲームでしか見たことないから何とも言えない」

 それは予想していたものよりもずっと小さかった。丸い石は二センチメートルほどしかない。だが、それがケース内にずらっと並べられている。百個以上はあるだろうが二百個までは無いようだ。
皆神はガラスを取り外してはその中のひとつを掴み、それをジェノサイドに見せる。

「先の戦い以降になって発見されるようになったキーストーンでございます。不思議なことに、私は特に公表などしている訳ではないのですがそれ以降、深部ディープ集団サイドの人間を名乗る者が連日参るようになりました。私は断る理由も無いので、余程のことが無い限り全ての方々にこちらをお渡ししています」

 そう言って皆神はキーストーンによって輝いている右手を差し出している。受け取れということだろう。

「これからの深部ディープ集団サイドの戦いはより熾烈なものへと変わっていく事でしょう。今まで通用していた強さが、昨日までの最強が明日も最強とは限らないものへと成ります。数多の人間たちが、このキーストーンを手にすることによって」

 ジェノサイドは右手を見つめるだけで、まだ受け取ろうとはしない。

「じゃあお前は、自分が元凶である事を自覚しているんだろうな?」

「勿論でございます。だからこそ、私は貴方様に期待しているのです」

「期待だと?」

「はい。今回貴方様が戦いを鎮められたように、これから訪れるであろう災禍をも止められると信じてのことです。私はこれまでお気持ちと引き換えにこちらを渡してまいりましたが、貴方様には特別で無料で差し上げます」

「がめつい奴め……」

 その言動に反して笑顔でいるのが一層不気味であった。皆神は催促するように右手を時折振る。

「じゃあそもそもの話、なんでこんな石を配るんだよ。激化するって分かっているのなら、戦いが起こるくらいならいっその事秘匿しちまえばいいだろそんな物」

「それでは貴方様が来られないかもしれない。逆に、こちらの石をどなたにもお渡ししなければただひたすらに時間だけが過ぎていってしまうかもしれない。それでは駄目なのです。ハッキリと申し上げますと、どうしてもこの石を貴方様にお渡ししたい。と言うだけのことなのです」

 皆神がそう言うのでジェノサイドも断る訳も無ければ理由も無い。彼が小さく笑ったあとにジェノサイドは彼の右手の中の石を握る。

「じゃあ貰ってくぞ。いいんだな? 俺が持っていっても」

「ええ。躊躇する位なら、はじめからどなたにもお渡しすることはありませんから」



 社務所を出ると既に陽は落ちていた。空は闇に染まりつつある。

「メガシンカを駆使したくば、他にキーストーンを抑えるデバイスと、個々のメガストーンが必要になります。メガストーンについても報告が相次いでおりますので、見つける事は可能かと思われます」

「可能って言ってもな……限度ってもんがあるだろ。なんの手掛かりも無しに少なくないメガストーンを全部集めるとなると大変な作業になるぞ」

「……と言う声が多数ありました」

「ん?」

 言いながら皆神は袖の中に手を入れゴソゴソと探る。若干の間を空けて取り出したのはスマートフォンだった。それまで笏を手にしていたせいで古風な姿にメカニカルなアイテムが混ざると強い違和感がある。

「そういう時はこちらを! 私が作りましたスマホのアプリ。その名も『メガ石Go!』。位置情報を利用したアプリでございます」

「そのクソダサいネーミングどうにかならなかったのか……」

 引き気味になりジェノサイドは自分のスマホでアプリの検索をする。ご丁寧に有料アプリとしてストアに登録されていた。

「キーストーンや個々のメガストーンからは特殊なエネルギーが生じておりまして、それらを探知する地図アプリという名目で運用しております。それから、注意事項としましては……」

 皆神はメガストーンのあり方について述べ始めた。メガストーンは全国に散らばっており、数も無数に存在している。地図アプリである程度反映はされるものの、誰もが手に入れられる代物なので現地に赴いた際には実物が残っていない場合もあること、しかし数に限りがあることは現段階では確認されていないので再度探せば入手は可能とのことだ。

「出現場所に縛りみたいなものは無いのか?」

「無いようですね。これまで公園であったり施設内にあったり、川や森といった自然の中、道路などなど……。共通点は皆無です。あまりにも不自然なので、人の手が加えられていると考える方がおかしいくらいです」

「一般の人でも触れてしまう可能性があるのか……」

 それはそれで危険ではないか、とイメージが脳裏をよぎる。しかし、たとえジェノサイドであってもどうにも出来ない話だ。

「メガストーンは現在三十個ほどございます。全てを入手……されるかは貴方様にお任せしますが、その過程で多くの衝突がある事でしょう。どうかご武運を」

「俺を誰だと思ってる。深部ディープ集団サイドの頂点に君臨するジェノサイド様だぞ?」

 わざとらしく作り笑いをしてはそう言い捨てて彼は山を下りた。その足に迷いは無く、すぐにその姿は見えなくなる。
皆神はジェノサイドが立ち去ってもなお、それまで彼が立っていた部分を見つめている。

「その最強の名が何処まで、何時まで通用されるかは分かりかねますが……彼ならばやってくれるでしょう。お願いします。この世界の危機は未だ去ってはおりません」

 足元を見ると、細かい木片が散らばっている。戦いの余波を浴びた建物の保全状態が少し気になるところだった。どのように修復しようか、そもそも修復作業が必要かどうかを考えながら、皆神は薄く小さく笑う。

「バルバロッサとの戦いは、まだ終わっていませんから」

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.28 )
日時: 2023/09/14 20:43
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 キーストーンが手に入った。
ジェノサイドは改めて眺めてみる。石の中央部分にDNAの二重らせんを模したような模様が刻まれており、非常に綺麗である。これはメガシンカのシンボルだ。

 ジェノサイドはたった今到着した基地の地下に作られたひとつの扉の前に立っている。扉を通して騒ぎ声が微かに聞こえる。その先は広間だ。また騒いでいるのだろう。
何も言わずに扉を開けた。開く音と人の気配に、部屋にいる人間全員が一斉に振り向く。見たところ彼らはゲームで対戦をしているようだ。対戦者を囲む塊が二つ出来ている。

「あっ! リーダーどこ行ってたんすか!? 帰りにしては遅すぎますよ!」

 手に持っていたゲーム機を放り投げ、塊を掻き分け、そのように叫びながらケンゾウが寄って来る。

「わざわざこっちに来なくてもいいだろ……」

「答えて下さいよ! どこ行ってたんすか?」

「分かった分かった。言うからとりあえずアレ。あれどうにかしろ。お前の3DS勝手にいじってんぞあいつら」

 疲れ気味なのか、淡々とした口調でジェノサイドはケンゾウの後ろを指す。観戦者だった構成員たちがケンゾウのゲーム機に触れて勝手に操作しようとしていた。

「いやいや、今答えてくださいよってオメーら何やってんだやめろーー!」

 ケンゾウの情緒が安定しない。それまで興味津々だったジェノサイドを捨てて彼らの元へ戻ろうとする。それを見た皆が笑う。

「それで結局、何処に行ってたんですか? リーダー」

 再び対戦で燃える集団の輪から離れた、一人の背の小さい構成員が声を掛けた。名前さえも知らない人だ。
ジェノサイドはそれに無言で答える形でポケットに手を突っ込みながら彼等へと近付く。

「いいかお前ら。俺は今日コレを取るために帰りが遅くなった。見て驚くな? ほら、キーストーンだ」

 まるで大学において自身が所属しているサークル『Traveling!!!!』に居る時のような高いテンションだった。自分で気が付いていないだけで自然と興奮しているのかもしれない。
そう言いながらジェノサイドは手に持った小さな石を掲げる。
それを見るやいなや、方々から歓声が上がっては部屋にいる人"全員"がこちらに駆け寄って来た。有無を言わさずジェノサイドは揉みくちゃにされる。

「見せて見せて!」

「もっと近くに寄せてください!」

「お前邪魔だどけバカ」

 時に揉まれ、時に払いのけようとして空を切った平手が顔や体に直撃する。
痛い思いをしつつ自分がここで宣言したこと自体が間違いだったと悔やみながら、あとで見せるから落ち着けと叫ぶことしか出来ない。天下のジェノサイドも数の暴力には弱いのだ。
身体の細いジェノサイドは人と人の間の細い通路に活路を見出すと、身をくねらせ翻して波をくぐり抜ける。
彼が逃げたと知ると残念そうな声が上がるも、それを無視してジェノサイドは部屋から逃げた。

「危なかった……小さいから気を付けないと失くすよなこれ……。そしたらヤバいじゃ済まねぇよなぁ。また山登りに行くなんて勘弁だぞ俺」

 こういう時は自室に篭もるのが一番だ。皺だらけになったシャツを整えながら廊下を歩く。
皆が皆キーストーンについて興奮していたが、まさかここまで騒ぎになるとは思わなかった。それまで有り得なかった現象が、力が身近なものになったのだからそれも仕方なかったのかもしれない。
神社には大量にキーストーンがあったのだから、おまけにあと二、三個は貰うべきだったと若干後悔しつつ静かに自室の扉を開けた。



 キーストーンを手に入れてから休日を挟み、月曜日。
ジェノサイドはなばり洋平ようへいとして大学に向かっている。キーストーンはハヤテの尽力によって寄せ集められた、技術開発を担当とする者たちに預けている。

「今日はサークルあるけど、天気もいいしメガストーンの探索やってみようかな」

 空を見上げながら隠は呟く。雲ひとつ無い晴天だ。好きなサークルに行けないのは少し残念だが別にそれは痛くも痒くもない。むしろ、組織の戦力確保のために必ず必要なことだ。どう見てもサークルよりもこちらが重要である。
そういう意味では大学の講義も全部放り投げたいところだが、生憎とそういう訳にはいかない。



「えっ、キーストーンを手に入れた!?」

 珍しく声を上げたのは隠と同学年にして友人の一人であり、同じサークルに所属している佐伯さえき慎司しんじだった。最近眼鏡からコンタクトレンズに変えたようで印象がかなり変わっている。元から顔は整っている事が分かっていたものの、改めて見るとその顔は綺麗だ。

 時刻は昼休み。彼らは学校の文化祭終了後に設けられた部室に集まっては昼食を食べていた。部活でないのに部室を与えられた事の意味が分からないが、どうも部屋が空いていたところを部長が申請したらしく、それが通ったらしい。

「元々怪しいと睨んでいた場所をピックアップしたらドンピシャだったよ。だから入手自体はかなり楽だった」

 隠は部室をぐるっと眺めた。そこまで広い空間では無いが、二年生は隠と佐伯の他に二人いる。あとは先輩がチラホラ居る程度だ。
隠は彼らと会話をする。
ポケモンとは縁の無い御巫かんなぎや他の先輩たちにとってはどうでもいい話で実際聞いてもいないが、佐伯や他の先輩たちには関係があると言えば関係あるもののようで、熱心に聞いている。話の内容柄どうしても深部ディープ集団サイドが絡むので話すかどうかはかなり悩んだところだが、結局話したい衝動が勝ったので今こうして話している。
しかし、彼らが深部ディープ集団サイドと関わりを持って欲しくないので一部事実とは異なる表現を混ぜる。

「じゃあレン君、どうやって入手したの?」

 隠のあだ名に君付けで呼ぶのは佐野さの宏太こうたしか居ない。
隠ら二年とは学年がふたつ上の四年生の先輩。十一月も始まったこの時期にこうして部室に来ているという事は来年の内定が決まっているのだろう。
関西地方出身の彼は他の先輩たちとはノリが良く、明るく陽気な性格をしている。身長は隠とほぼ同じくらいだが、体型はかなりガッシリとしている。単に太っているだけかもしれない。しかし強そうにも見える。
だが、彼の良いところはその性格だった。
陽気でノリが良いのに加えて、彼は誰とでも仲良く接する。特に輪に入れずに一人で居る子には自ら率先して声を掛ける。隠もそんな彼の優しさに救われたお陰で仲がかなり良いのだ。
そのように慕っている先輩の前で隠し事をするのは良心が痛む思いだが、こればかりは仕方の無いことだった。
場所を隠す代わりに事実を話す。

「"俺たちのグループ全体"からしていわく付きな場所がありまして……。昨日行ってみたんですけど案の定他の組織の奴等も来ていたみたいで既にメガシンカゆかりの地として有名になってたっぽいです。なんか普通にそこに居る人と話をして貰ってきました」

 言葉を濁したが、それが深部ディープ集団サイドだと分かったようで、佐伯は不安そうな声を上げる。彼が他の組織の人間から狙われている事実は以前の騒動の時に知った。

「レンそれ大丈夫だったの?」

「大丈夫だったよ。途中で他の連中と出くわすなんて事は無かったし。別に"こっちの"人間の全員が全員その情報を把握している訳でもないし、時間の都合もあったしな」

 情報を知る深部ディープ集団サイドの組織は恐らくだがまだ少数に留まっているはずだ。でなければあの日に誰かと遭遇していてもおかしくはない。もっとも、それは今限定の話で今後は事実を知る組織も増えていくだろう。
それに、余程のことがない限り冬が近付きつつあるこの季節の中で標高千二百メートルの山を登ろうなんて普通は考えないだろう。軽いハイキングを通り越して登山である。軽い気持ちで行けば遭難してしまう。隠としてはそれらを含めての昨日の行動だったのだ。

「って事で今日はサークルパスしてメガストーン探しに行ってくるわ。何かあったら宜しくな」

「えっ……。でもレンそれは危なくない? 狙われているんでしょ?」

「うーん。確かに不安っちゃ不安だけど大学でもなければ基地でもない所にいきなり俺がいる訳だからな。事前情報が無ければバレるとは思えないし。偶然でない限りは大丈夫だと思うけどなぁ。それに、探さなきゃすべて始まらないし、かと言ってそれが怖いからって部下に全部押し付けるのも可哀想じゃん?」

 佐伯のこの気持ちは、今ここに居て事情を知る者たちの代弁でもあった。しかし隠は楽観的である。それが彼の本性であり真の性格かもしれないが、危機感が無さすぎると彼等は思ったことだろう。

「でも危ないよ? 絶対に目立たないでね」

「わざわざ目立つかよ! 一応これでも無個性で特徴皆無の大学生のつもりでいるんだがなぁ」

 そう言う隠の服装は確かに特徴が無かった。白と紺のボーダーシャツの上に薄緑の薄いパーカーを着ている。下は青のジーンズだ。
そこまで言って隠は昼食に全く手を付けていない事に気付く。喋りすぎたせいで時間を浪費した。彼は急いで食べ始める。



 退屈な講義がやっと終わった。時計を見ると十五時前だ。外を歩くには丁度いい時間である。

「じゃあね。お疲れ」

 隠はこの講義を一緒に受けていた友人に一言掛けて足早に教室を去る。とりあえず今は早く大学から出たかった。
構内を歩きながらスマホを開く。大山の神主、皆神みなかみが作ったメガストーンを探す地図アプリだ。
地図は広範囲であれば反応も多いが、自分の姿が分かる範囲まで拡大すると反応は極わずかとなる。

「反応はひとつ……。この近くだとあの公園か……」

 それは、隠も知っている場所だった。
と言うのも、隠の通う大学の周辺は住宅が多く並び、それでも土地が余っているので公園の数も多い。多摩のニュータウンはそんなものである。
彼も暇な時間を見つけては、近くの公園にフラッと立ち寄っては時間を潰すなんてことはよくある事だ。

「どうせ取るだけなら後は暇だしな。公園内でゆっくり休んだ後に帰るか」

 場所を確認すると隠はスマホをしまう。同時に取り出したのはオンバーンが入ったダークボールだ。
此処が大学構内だと言うことを忘れているくらい大胆にそれを投げる。
オンバーンが元気良く飛び出し、隠はそれに飛び乗った。
あっという間に大学が遠ざかってゆくが、地上付近で何やら怒鳴り声が聞こえた気がする。
そう言えば、今大学では以前にポケモン絡みの騒ぎがあったせいか監視と罰則が厳しくなったとかいう話があった気がしたのを彼は思い出す。

「ったく、誰だよ……そこまで騒いだアホは……」

 風を浴びながらそう呟く。
その原因が自分だということに全く気付いていない隠洋平であった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.29 )
日時: 2023/10/15 16:42
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: zHNOEbBz)


 空の移動は便利である。
陸と比べて距離も縮まり、渋滞や混雑に巻き込まれる心配も無い。唯一の欠点は目立つことだろうか。
しかし、このような生活を続けて四年である。今更"目立つからイヤ"とはならなかった。

 今、彼が居るのは"長池ながいけ公園"と呼ばれている広い自然公園だった。
大学からここまで来るのに徒歩だと一時間、車などで十五分ほど掛かるものだが、空旅では五分ほどで到着する。
この土地は住宅地の真ん中に立ち、農業用の用水を池として溜め、その周囲を公園としているものだ。
しかも、その周りと言うのが元々この地に存在していた自然そのものを保存しているためか、面積もかなり広く、東京都でありながら自然を楽しめるという不思議な体験が出来る場所だった。開発される前は此処は山であったのだ。
池の周りには野鳥が多数生息し、野生のリスやタヌキ程度ならば簡単に遭遇出来る林も茂っている。都内では珍しい動植物もあるそうだ。
そして何より、特徴的なものがひとつ。

「……綺麗だけど、なんでよりにもよって此処に持ってきたんだ? あれ」

 池の水は水路を通して団地の傍を通り、近くの駅まで流れている。
その上に建っている、煉瓦造りの橋がなんとも言えない存在感を放っていた。
この公園には橋にまつわるモニュメントが立っている。それによると、この橋は大正時代に実際に造られたもので、元々は四谷よつやにあった。
当時橋の上は電車が通っていたようだが、流石に今は電車は通っていない。線路の一部が公園の敷地内に展示されているに留まっている。
橋をよく見ると、それに似合う西洋風の街灯が幾つか置かれている。夜になると点くようだが、今はまだ明るいため光は灯っていない。

「まさか……な」

 なばりは辺りを見た。橋が見え、水路が見える。
その傍らで遊ぶ子供たち、そんな子供たちに踏まれる青い芝生、そして公園の敷地をぐるりと回るように広がる散歩コースから見える林。

「……」

 言葉が出ない。敷地が広すぎる。
この公園の面積は一九万八四〇〇㎡もあるのだ。その中から決して大きいとはいえない石を一つ見つける事など最早不可能に近い。不可能でなくとも、かなり骨の折れる作業となる。

「はぁ……。今日はせめて二個ほどはメガストーン見つけておこうかと思ったのに……。これじゃあ無理だな。ここで一日潰れる」

 ひとまず隠は橋の付近を探すことに決めた。
ゲームに則っているとすれば、石の埋まっている地点は光り輝いているはずだ。確証は無いが、せめてそれくらいはあってほしいと淡く考えるのみだった。

 橋の周辺は石畳で覆われている。
仮にメガストーンが埋まっている地点が輝いていれば、陽の光が反射して分かりにくいだろう。そのため、隠は意識を足元に集中させ、目を凝らす。途中、意識しすぎたせいで足がもつれた。
しかし。

「……ねぇな」

 アプリでは確かにこの地を示している。しかし、それらしい物は皆無であった。全く見当たらない。

「見落としているかもしれないけど、一応近くを見たつもりだ……。芝生、石畳、橋の下……。どこを見ても見つからねぇ。やっぱりダメなのか? キーストーンが無いと」

 自分でももしや、とは思っていた。
メガストーンを手にする際はキーストーンも手元に無いと反応しないのではないのか、と。
もしもそうであるのならば非常に面倒である。基地に戻ってキーストーンを取りに行かなければならない。そこから、またこの公園に来なければいけない。その内にメガストーンが他人に取られる可能性もある。

 どうすればよいだろうか、と隠は腕を組み、唸りながら橋を見上げた。レトロともモダンとも思える、綺麗な橋だ。

「何を諦めているのですか? まだ探していない所がありますよ。例えば……あなたの目の前の池とか」

 突然何処からか声がする。知らない人の声だ。
反射的に振り向こうとしたが、それよりも先に本能が、身体が勝手に動いた。池に入れば全て終わると直感にして瞬間に気付いたのだろう。
隠は濡れて冷えるのも構わずに足をつけて池に入った。そして手で水を掻き分ける。

「ここか!? ここのどっかにあるんだな?」

 池の水は農業用の水である。見た目からしてあまり綺麗とは言えない。しかし、はっきりと汚れていると見て分かるほどでもない。せいぜい少し濁っている程度だ。
その中で、隠は必死に手を振る。
その功を奏したのか、指先が水底にある固いものに触れた。感触でそれが普通のものでないことが分かる。そしてあまり大きくない。
迷う暇はない。隠はそれを掴むと一気に引き上げた。

 見たことの無い石だった。
色合いは非常に透き通っており、青と黒の模様が刻まれるように付いている。その色でメガシンカのシンボルである遺伝子を模した模様が彩られていた。
この時隠は気付けなかったが、その石は"ギャラドスナイト"とゲーム内で呼ばれている道具である。

「これは……。これがメガストーンか?」

「はい。その通りです」

 同じ声がした。隠は今度こそ振り返る。声は背後から響いているからだ。
そこには、二人の人影があった。
一人はキャスケットを深く被って目元を隠し、シンプルな柄のカーディガンを着てカーキ色のチノパンを履いている。
もう一人は白装束に身を包み、髪も真っ白に染め、背が高かった。髪がかなり長いので女性とも思えたが、先程の声が如何にも男のものだったのですぐに男性だと判断する。声の主はこの白装束の男だった。

「お前は……」

「失礼ですが、あなたはジェノサイドで宜しいでしょうか。いえ、言葉を間違えました。あなたはジェノサイドですね?」

 その男は、隠が何か言うのを許さないかのようだった。遮られる。
同時に、隠の全身を悪寒が走った。一瞬ではあったが恐怖を感じた瞬間でもあった。
それはつまり。

「……ったくよぉ、絶対バレねぇ気でいたのに、何でお前らは見破る事が出来るんだろうな? 言っとくけど、俺は"そんな気分"じゃなかったんだ。こんな時に俺の名を求めてかかってくんじゃねぇよ馬鹿が。それに……」

 隠は白く長い髪の男をじっと見つめる。服も靴も白いので正に真っ白な人間だ。

「今、深部ディープ集団サイドでは和服でも流行ってんのかよ」

 その直後、接触が起きた。
ジェノサイドはゾロアークが入ったダークボールを、白い男はもう一人にアイコンタクトを送ると、その人は無言でモンスターボールを投げてはエルレイドを召喚する。
エルレイドは真っ直ぐにこちらを駆けた。ゾロアークは一足遅れてボールから飛び出ては迎え撃つ。
今回ゾロアークは変身させなかった。生身でぶつけるつもりだったのだ。
ゾロアークは普段の"カウンター"と同じ要領でエルレイドの剣と化している肘を受け止め、その動きを止める。

「やはり、私の目に狂いはなかった……」

 白装束の男が静かに呟くと、まるでそれに応じるかのようにエルレイドがゾロアークの手を払うと主の元まで跳んだ。
ゾロアークもジェノサイドの傍まで寄る。

「何の真似だ? このメガストーンが欲しいのか?」

「いいえ」

 男のその返答はあっさりしていた。
自分に対して放っていたであろう迸るほどの敵意も今となっては全く感じられない。
しかし、お互いのポケモンは睨み合っている。それに共鳴するがごとくジェノサイドも目の前の二人を睨む。

「お前は誰だ」

 メガストーンの事情を知っていることと、自分の正体を知っていること。明らかに二人は深部ディープ集団サイドの人間である。こんな時に彼に近寄る深部ディープ集団サイドの人間がどんなものかは決まっている。彼の持つ名声と財産目当てにその命を狙う怖いもの知らずの愚か者だ。今までが、もう何年もの間そうだったのだから。

「お前は誰だ」

 はじめの質問からしばらく呼吸が空いた。その間なんの返答もなかったのでジェノサイドは再び尋ねる。一度目の時より感情が篭っている。

「私は……。私たちは"赤い龍"。この名を聞いた事はありますか?」

 聞いたことがあるはずがない。そもそもジェノサイドは他の深部ディープ集団サイドの組織の名などいちいち覚えることはしない。その必要が無いし、そもそも興味が無いからだ。だが、その名が組織の名前である事だけは理解出来た。

「知らねぇな。だから何なんだ?」

「そうですか……。私たちはAランク組織"赤い龍"と申します。私はレイジ。長の補佐役……といったところでしょうか」

 レイジと名乗った男は、そしてと言いながらもう一人の肩に手を乗せる。乗せられた方は嫌がったのか、身体を震わせ手を払い除けた。

「この方が、我らが"赤い龍"の首長ミナミです。以後、お見知り置きを」

 ジェノサイドとしては白い方が組織のリーダーだと思っていたがゆえに意外に感じた。軽い衝撃みたいなものを覚えたせいか二秒ほど固まる。

「じゃ……じゃあなんで此処で俺と接触した? メガストーンが目的じゃないとなるとやはり欲しいのは……俺の命と金か」

 ハッとして我に返ったジェノサイドはレイジを睨みつけて言う。

「いいえ。それでもありません」

 レイジは再び否定する。心做しか先程よりも否定の思いは強そうだった。

「私はあなたを探しに……ここまでやって来ました。私たちの目的はメガシンカでも、あなたの財産や名誉でもありません」

「あぁ? じゃあなんなんだよ……」

 不信感は消えない。むしろ強まる。ジェノサイドとしては、このように油断させておいて無防備になったところをバッサリと斬るような曲者にしか感じられない。過去にもそのような敵は居た。
しかし、変化があった。キャスケットを深く被って顔を隠しているミナミという名前らしい人間が突如エルレイドをボールに戻したのだ。その代わりとして別のポケモンを出す素振りを見せない。
つまりは武装解除の意を示している。
私たちは戦うつもりはありません、と無言ではあったがそう言っているようだった。

 レイジが跪いて叩頭こうとうした。

「お願いがあってここまで参りました。ジェノサイド様、どうかお願いです。私たちを、赤い龍を助けてください」

「えっ?」

 あまりにも予想外な言動に、ジェノサイドは間抜けな声を発する。
レイジは頭が床に擦れるほど深く下げている。
出会った直後に攻撃してきたと思ったら助命嘆願をしている始末だ。やっている事の意味が分からない。
しばらく互いに黙り込み、沈黙が空気を包む。
だがジェノサイドはいつまでもそれには耐えられない。

「とりあえずさ、」

「助けてくれますか!?」

 ジェノサイドの言葉にレイジは頭を上げた。

「いや、そうじゃなくて……。なんと言うか、意味が分からない。何をもって助けて欲しいのか、もっと説明してくれ」

 それが返事でも無ければ許可でもなかったからか、レイジは顔を曇らせる。と、同時に袖から綺麗に折り曲げられた一枚の白い紙を取り出した。

「これはあまり見せたくなかったのですが……。以前この手紙が私たちの元に届きました」

 紙を向けられたジェノサイドはそれをひとまず受け取る。罠の可能性は否定出来ないが、かと言ってレイジの嘆願も嘘のようには見えなかった。
ジェノサイドは恐る恐る折り畳まれた紙を広げる。A四サイズの簡素なものだった。

『解散令状
 当該組織は、議会による審議と調査の結果、解散に相当する危険な行動が認められたため、組織の解散を命ずる。

該当組織:赤い龍(該当ランク:A相当)

 なお、命令に従わなかった場合は、強制執行の適用を認めることとする。

中央議会下院議長 五百城いおき わたる

「……」

 ジェノサイドは無言で紙をレイジの掌に叩きつけた。

「いかがでしょう?」

「いかがでしょう? じゃねーよ! どう見てもただのイタズラじゃねぇか馬鹿馬鹿しい。結社の連中が、こんな不幸の手紙じみたレベルの低いイタズラする暇があるかっつーの」

 この世界を支配している存在をジェノサイドたちは"結社"と呼ぶが、彼らは自分たちの事を"中央議会"もしくはそれを省略して"議会"と呼んでいる。その方が威厳があるとでも思っているのだろう。

 呆れたジェノサイドは二人に背を向けた。

「どこへ行かれるのですか?」

 まだ返事を受け取っていない。不安そうにレイジは声をかけるが、ジェノサイドの背は遠くなってゆくのみだ。

「あっ、まっ……。待ってください! どうか私たちを見捨てないで下さい! このままでは殺されてしまいます!」

 その叫びには必死さしか無い。ジェノサイドがそれを受け取ったのか、それとも最後の物騒な単語に反応しただけなのか、足を止める。
そして振り向いた。

「おい、待て。それどういう意味だ? もっと詳しく話せよ」

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.30 )
日時: 2023/09/14 21:04
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 意識が遠のいている。目の焦点がはっきりしない。頭もぼーっとしているようだった。
時間が経過していくにつれて徐々に、はっきりとしてゆく。明瞭になってくる。
ジェノサイドは横たわっていた体を起こす。どうやら少しの間寝ていたようだった。視界に映った景色には見覚えがあった。自分の部屋だ。
部屋に灯る蛍光灯の光に覚めたようだった。寝落ちでもしたのか、それは点けっぱなしだったかもしれない。

 扉の平行線上にはあまり大きくない机があった。大学で使うためのファイルが二枚と、基地での生活を初めてから一切勉強していないのを物語るほどの、一度として使っていない筆記具が置かれている。思えば、ジェノサイドはこの部屋で勉強した事など無かったかもしれない。それが道具にも表れている。
机は大きくない代わりに、縦に長かった。上部には小さな本棚が備え付けられており、中には大学で使う教材や教科書の他に参考書から、自著であることをアピールしたかったからなのか教授本人から半ば強制的に買わされた本まで並べられている。当然ほとんど読んでいないので新品同様の綺麗さだ。

 目を机から他に移す。
部屋の真ん中には安物の椅子が一脚。壁の一部分はクローゼットと一体となっており、私服は全てこの中にある。
そして、扉に足を向ける形でベッドがあった。
こうして見ると、空間いっぱいに家具を置いているようだった。実際彼の部屋の広さは六畳ほどだ。組織の長の部屋としてはかなり狭い方だろう。
もっとも、この基地の小部屋は共用のものでない限りはこの広さらしい。変に気取らないのが彼らしい部分でもあった。

 ベッドの上で考え事をしていると、誰かがノックをした。長い間共同生活をしていると足音やノックの音だけで誰かが分かってしまう。ハヤテだ。

「あれっ、もしかして寝てました?」

 返事を聞いてハヤテは扉を開き、彼の姿を見るなりそう発した。

「まぁ、ちょっと眠くてな」

 ジェノサイドはぱっちりと目覚めたにも関わらずわざとらしそうに目を細めては擦る仕草をした。ハヤテはそれを察してか知らずか、見届けてから部屋の中に入る。よく見るとその手元には数枚の資料があった。

「とりあえず……」

 ハヤテはクリップで簡単に留められた紙を二、三枚ほど捲る。

「先ほどリーダーが会われた"赤い龍"という組織について調べてみました。どうやら実在する組織のようですね。Aランクと高いレベルではあります」

 鼻で笑いたくなった。深部ディープ集団サイドの世界において上位のランクに位置しているとされるAランクも、"最強"からしたら格下にしか見えない。とはいえそう頻繁には会う存在でもない。少し珍しい鳥か昆虫に遭遇するのと同じレベルだ。

 時計を見る。
ジェノサイドが長池公園でメガストーンを探してから三時間は過ぎていたようだった。既に外は夜だ。
寝る前の記憶が断片的に蘇ってくる。ジェノサイドは今日起きたことをハヤテたちに伝え、調べるように命令していたはずだ。
その調べ物とは。

「事例がかなりあります。リーダーの言われた脅迫文とほぼ同じ内容の文書があらゆる組織に送られているようですね。その組織らに今のところ共通点は見られません。ランクも活動拠点もバラバラ。完全にランダムですね。何を基準に選んでいるのか全く不明です」

「ランダム……ね。益々イタズラくせぇな。その……何とかっていう人間は何とも思わねぇのかな? 自分の名が勝手に使われている訳だし。騙っている奴を徹底的に調べてしまえばこんな呪いの手紙の騒動も終わりそうだがな」

「いえ、イタズラでは無いかと」

 ハヤテの声と紙が捲られるパラパラという音が同じタイミングで放たれる。彼は今ジェノサイドの話を聞き、内容を理解して考えた上で資料と符合させようとして否定した。器用な男である。

「残念なことにイオキ ワタルという男は実在しており、実際に本人の意思で調査という名目で脅迫文を送り続けて組織を解散させているようですね。目撃情報もあります」

「じゃあ肩書きは」

「出回っている文書の通りですね。中央議会下院議長……。間違いなく結社の人間です。かなりの大物の議員ですね」

 ジェノサイドは目だけをギョロリと動かしてハヤテの持つ紙を捉えた。興味もやる気もない。だが、その眼差しだけは本物だった。
脅迫文には"強制執行"という物騒な単語も含まれていたはずである。

「それから、強制執行についてなのですが……」

 ハヤテは言葉を詰まらせる。もしかしたら言い難いことなのかもしれない。

「この強制執行なのですが……かなりエグいものでして、どうやらこの脅迫文に従わなかった場合は深部ディープ集団サイド全体として……即ち結社にとっての反乱分子として解釈されるみたいで強制的に排除されるようです。財産は全て没収、住処も奪われ、悪質な場合は該当組織の構成員は皆殺しにされるようで……。まるで存在そのものが無かったことにされる勢いですね」

 想像以上だった。
いくら平気で命を奪い合う人の道を外れた獣しか存在しないこの世界の人間であったとしても、そんな世界を作り上げた結社がそこまで過激な行動に走るのかと未だ信じられない自分が居た。

「いや……奴等ならやりかねないかもな」

 冷静に考えれば。
元々ポケモンを悪用して治安を脅かす連中を絶やすために作られた深部ディープ集団サイドだ。その目的が達せられた後になって個々の組織同士を争わせるように誘導したのも、そんな世界を生み出したのも紛れもない結社だ。
元々ジェノサイドのような、深部ディープ集団サイドに属する組織を設立するには結社の援助の下、かなりの金が動くことになる。その為設立以後は結社に対して組織の活動で得た利益は幾らか献上しなくてはいけない事になっている。これはジェノサイドとしても同じで例外は存在しない。
結社からすると、現状はそんな組織が増えすぎている。その分結社側の出費も馬鹿にならないほど大きくなっている。

「俺が多くの組織に狙われる理由だが、この世界で一番強いというのもそうだが、それはつまりこの世界で最も財産を手にしているという事でもあるな。組織を相手取って戦い、勝てばその組織の財産が丸ごと手に入る。だが全部じゃねぇ。その財産の四割は結社に払わなければいけない事になっている。……んだが、四割取られても有り余るほどあるだろう。そう思われてっから俺には敵が多いんだ」

 ジェノサイドは忌々しそうに自分語りを始めた。ハヤテは嫌な顔はしない。どれも事実だからだ。

 ジェノサイドはもしも、と考えた。
もしもこの呪いの手紙が自分に来たとして仮に無視をしたとすると、このイオキ ワタルという人間はジェノサイドの人間を皆殺しにするだろう。本来は他の組織の手助けもあって四割得られる利益が、他組織を介さないことで十割となる。利益の回収としては無駄が無いし、上手くいけば新たに生まれる組織誕生の抑止に繋がる可能性も期待出来る。
野蛮で卑劣で強権的だが、手段としては有りだ。

「外道にも程があるな。まぁこんな世界を作り出した連中がマトモな人間な訳がねぇのだが、だからって殺すことを厭わない時点で俺らと何ら変わりゃしねぇ。むしろクソさで言えば奴らの方が最低だろうな」

 相変わらず言葉が過激で強いだけのジェノサイドだった。彼は命を奪うことまではしない。深部ディープ集団サイド最強という肩書きを利用して強い言葉を乱用して恐怖感を与える癖がここに表れているのだ。
ハヤテはそれをよく知っている。だから何も言わなかった。

「ところでリーダー」

 ハヤテは持っていた資料をくるくると丸めた。見たところ発表は終わりのようだ。

「なんだ? まだ言いたい事でもあるのか?」

「いえ、それ程のことではないとは思うのですが……」

 ハヤテは視線を落とす。躊躇しているようにも、モジモジと恥ずかしがっているようにも見える。

「基地の外の敷地に……見慣れない二人組があるのですが」

「……」

「まさかですが、あのお二方が"赤い龍"ですか?」

「……」

「もしかして、連れてきちゃいました?」

「……」

「なにか答えてくださいよ」

「……らない」

「聞こえませんよ?」

「分からないんだもん……こういう時どうすればよかったのか……。無視しても付いてくるしよぉ。すっげぇ困ったような、弱ったスズメのような目してこっち見てくんだもん! なぁ、どうしたら良かったんだ?」

「だからって基地の前まで連れて来ないでくださいよ!」

 珍しくハヤテは声を上げた。安全保障からして絶対に行っていけない行為を目の前の男はやらかしたのだ。バルバロッサというリーダーの片腕が居なくなった今、自分がリーダーや組織を支えなければいけないという思いが強まりつつある今、ハヤテはジェノサイド相手でも強気にならざるを得ない。

「いや俺だって最初はあいつらの言葉信じてなかったよ!? 今の今までイタズラに振り回される頭の悪い奴らとしか思ってなかったよ!? でも凄い必死に訴えてくるしさぁ……結局あいつらの言ってる事全部本当だったけどさぁ!」

「だからって連れて来ていい理由にはなりませんから。もういいですよ……。いつまでも外で待たせる理由もありませんし呼びに行きましょうか」

 ハヤテはジェノサイドの許可も得ずに勝手に歩を進める。階段を上り、廊下を歩いて外に通じる重い扉を開ける。
外界と通じた瞬間、冬が近づきつつある季節の冷気がどっと押し寄せた。同時に景色も映る。
林に囲まれた自然の中で二人組が佇んでいた。

「お待たせして申し訳ありませんお客様。たった今我がリーダーから許可をいただきましたので、どうぞこちらへ」

 そう言ってハヤテは地下に通じる道を示し、譲る。
二人のうち白装束を着た背の高い男が真っ先に反応した。安堵からか駆けていた。
もう一人はポケモンを出して何かをしているようだった。よく見るとキノガッサに"やどりぎのタネ"を命じている。植物でも増やそうとしているのだろうか。

わか! 何をしているのですか? さぁ早く!」

 部下から若と呼ばれたミナミは急いでポケモンをボールに戻すと鉄の扉に向かって走った。
二人が吸い込まれてからハヤテは周囲を軽く見回してからゆっくりと重い扉を閉じる。



「んで? お前らはどうして欲しいの?」

 ただっ広い広間と同じ階の地下一階に置かれている談話室に、ジェノサイド、ハヤテ、レイジ、そして"赤い龍"のリーダーのミナミが揃う。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、天井にも届く高い本棚、そして暖炉が揃っている、あまりにもレイアウトの本気度が違いすぎるこの部屋に彼らは集まった。ジェノサイドが普段この部屋を利用する時は一人の時か、その時にハヤテやケンゾウが割り込んでくるパターンが多い。その為どこか窮屈にも感じる。

「望み通り話も聞いてやったし、基地にも入れてやった。他には何を求める?」

 未だ心の中に残る敵意の残滓ざんしのようなものを吐き出す態度でジェノサイドは臨む。
彼の性格とまではいかないが、深部ディープ集団サイドの人間と接触する時はどうしてもこうなってしまうのだ。それは四年という時間が生み出してしまった癖とも言えるし、護身術とも悲劇とも言えた。

「はい」

 応じたのはレイジだった。ここに至るまで何故か彼しか喋っていないように感じる。

「いや……はい、じゃなくて」

「はい」

「……」

「ご理解頂けたかと思いますが、いま深部ディープ集団サイドは異常な議員によって振り回されている状態です。これが一時の暇潰しとか、ただの我儘であれば良かったのですが……こうなってしまえば身の危険も感じてしまいます。実際に私たちにもそれが向けられてしまいました。私たちはこんな所で倒れたくありません。死にたくありません。だからこそ、私たちは欲しかったのです。保障が」

「それで絶対に倒れる事も無ければ死ぬこともない、安全が保障される俺の元へとやって来たわけか」

 レイジはそれに無言で頷く。

「そりゃそうだもんな。俺らはこの世界の頂上に位置するSランク。中々壊れないもんな。と言うより壊れたらマズイよな。けどお前、場所間違えてるぞ。ジェノサイドに避難してそれで安全って訳にはいかない。最強故に俺らは多くの連中から狙われているんだ。その矛先がお前らにも向く。此処は決して深部ディープ集団サイドで一番安全な場所なんかじゃない。むしろ、一番危険かもしれないんだぞ」

「いえ、それはありません」

 偽りに近い敵意を放つジェノサイドに臆することなく、レイジは彼に強く熱い視線を投げる。逆にジェノサイドが目を逸らしたくなるほどだった。

「仰る通り、こちらは深部ディープ集団サイド最強の組織ジェノサイドの秘密基地であります。外敵から身を守るために生活上の空間をわざわざ地下に設けている。お陰で外から見れば工場にしか見えません。見事です」

 ハヤテはじろりとジェノサイドに不穏な視線を放った。連れて来たせいで見破られたじゃないか、と。

「ですがジェノサイド様。それは誤りです。此処は世界一危険な場所ではありません」

「ふむ?」

「そうでは無いのですよ。もしかしたらジェノサイド様。貴方にその自覚が無いだけなのかもしれませんが」

 言ってレイジは椅子から立ち上がった。四人が一箇所に固まっているものの談話室は狭くもなく、かと言って広くもない。暖炉から火が焚かれているので部屋は暖かい。

「この世界で頂点……Sランクであるという事実は何を意味していると思われますか?」

「何をって……言われてもな」

 人差し指を立てて説明したそうにしているレイジの反応に困ったジェノサイドはハヤテと顔を見合わせた。彼も疑問を浮かべた顔をしている。

「すっごく強いなんていう単純なものではないのです。深部ディープ集団サイドで一番と言うことは、この世界のバランスを保っている存在でもあると言えるのですよ」

「バランス? 俺がか」

 レイジははい、と頷く。

「貴方は先ほど多くの存在から狙われると申されましたが……それは正確ではありません。それは組織ひとつを狙ったものと言うよりはジェノサイド様。貴方を狙っただけのものが多いのではないのでしょうか」

 この世界の人間は組織のジェノサイドを狙うのではなく、"人間"のジェノサイドを狙う者の方が多い。レイジはそう言いたかったし、ジェノサイド本人も気付いてはいた。と言うより、この話は以前大学の教授相手に自ら披露したものだ。

「貴方という存在だけでも、この世界にとっては財産なのです。ジェノサイドという大国を持つボスに、深部ディープ集団サイド一というブランド。そこからイメージされる莫大な財産。何でもありなこの世界で、歩く宝物を見つけてしまえば誰だって手を伸ばすと思いますよ? 普通ならば」

 歩く宝物と呼ばれていい気はしなかった。なんて自分は損な役回りなんだと自分自身に嫌気が差してくる。それを初対面の人間に言われるのが、たとえそれが事実であったとしても個人的には良い気分にはなれない。

「ですが、貴方の正体はジェノサイドという最強の組織の一員。余程な酔狂な人間でない限り組織を相手取って戦おうとする人間はまず現れないのではないでしょうか?」

「一理ありますね。それに、ジェノサイドという組織があるだけで抑止にも繋がる、と」

「そういうことです。そして、それこそが私たちが最も求めていたものになります」

「お前たちが俺を支持する事で正しい存在だと周りから見られたいって事か」

「それも有るといえば有りますが……」

 長い間立ちっぱなしだったレイジはミナミとジェノサイドを見比べた後に用意された椅子に座った。思えば、何故彼が立ち上がったのかその理由がよく分からない。

「言ってしまえば、ジェノサイドはそこらにある小さい組織よりも戦いの頻度は少ないはずなのです。勿論今の話ですよ? 過去についてはその限りではありません。それと、リーダー個人に対しては別として。こちらは過去とは変わらないものかもしれませんね」

 ジェノサイドは小さく舌打ちをしてテーブルに置かれたコーヒーカップに手を伸ばす。中には熱いコーヒーが満たされている。

「要するに、これは極端かもしれませんが、ジェノサイドという組織がこの世界に、深部ディープ集団サイドに存在し続けていることで今のこの環境を生み出しているのです。私の言った危険でない場所……という意味がお分かりになりましたでしょうか」

 ジェノサイドは理解している。
同時に、ハヤテはあっと声を漏らす。

「あなた達が此処を選んだ理由……。それは深部ディープ集団サイドが最も懸念している、"環境の崩壊"を避ける為に絶対に起こりえない、我々に対する脅迫や解散を避けるため。つまりイオキ ワタルの魔の手から必ず逃れられる環境を求めてのことだったのですね!」

「その通りです! ご理解頂けて恐悦至極であります」

 結社は馬鹿ではない。噂によれば現職の国会議員も絡んでいる世界だ。つまりエリートが存在する場。そんな彼らが絶対にしないこと。それは、この環境を維持し続けているSランクの破壊だ。
五百城いおきわたるという人間が繰り返しているのは強制的な組織の解体。環境の破壊である。
対象が小さな組織であれば影響は極小であるだろうし、生じる問題も懸念する程でもない。だが、それがジェノサイドとなるとそうもいかない。
ジェノサイドの消滅は深部ディープ集団サイドの消滅。ひいては、自分たち結社の、中央議会の消滅を意味する。

 それらを理解しての、赤い龍からの"望み"だったのだ。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.31 )
日時: 2023/09/14 21:11
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 意見を交わした結果、"赤い龍"は組織"ジェノサイド"へ統合するという結論で一致した。しかし、その動向には注視するようにというジェノサイド直々の命令も付随している。

「やっとリーダーもお気付きになりましたか。他所の組織の方を平和裏に呼び込むことに潜む危機というものに」

「いや違う。あの白い方。俺アイツちょっと苦手かもしれん」

「えぇ……」

 その気持ちは分からなくはなかったが、ハヤテの求めていた意識の高そうな意見が無いだけに内心ガッカリする。

「そう言えば二人の姿がねぇな。どっか行ってるのか?」

「荷物を取りに行くために一旦元々あった基地へ戻るそうです。あと、残りの構成員のお迎えなども」

「あー、そっか。そういやそんな事言ってたなさっき。もう出たのか、早いなー」

 ジェノサイドが心ここに在らずのような、意識が向かない、まるで他人事のように呟いていたのはスマホをいじっていたためだ。あまりにも熱心に画面を睨んでいる。

「あ、あの……リーダー。何をされているのですか?」

「ん。メガストーンの確認」

「まさか今から取りに行くつもりですか!? 確かに今朝は二つほどは欲しいとは仰ってましたけど……えっ、今からですか?」

「そうじゃねーよ。って言うかそれだけじゃない。奴ら二人の基地の場所はさっきの話で聞いた。その近くにメガストーンが無いか地図アプリで見ていただけだ」

「な、なるほど……」

 大山の神主、皆神みなかみの作ったメガストーン専用の地図アプリはスマホに元々備え付けられている大手の地図アプリと比較すると大雑把ではあるものの、日常における利用としては使えない事はない。レイジとミナミの基地の周辺に絞って、メガストーンがもしもあったならば取りに行く。そんな算段をジェノサイドは立てていた。

「俺が今懸念しているのは」

 ジェノサイドが俯いていた顔を上げた。確認が済んだのかスマホをポケットに仕舞う。

「今日に限って二人に『呪いの手紙』に書いてあるような"強制執行"が適用されるかどうかなんだ。こういう、大事な場面に限って何か嫌なことってのは起きるもんだからな」

「その強制執行自体よく分からないものですしね。一体誰が現地で"執行"するのかとか、それに関わる手続き等も、僕たちは何も分かっていない……」

「別に気にする事はねぇだろ。無いとは思うが今日俺がそんな場面に立ち会ったら撃退ついでに色々聞いてみてやるよ」

 あまりにもさらっと言ったのでスルーしそうになったハヤテだったが、確かに今ジェノサイドは"撃退する"と言った。結社の人間を相手取ることを前提に、である。あれほどにもレイジの事を苦手だと明言したり、話を聞く際も不機嫌になる彼ではあったが、既に二人に対して仲間意識が生じている。つまり、守る気満々という事だ。
彼のこういう部分があるからこそ、ハヤテを含む、組織ジェノサイドの人間は皆彼の事が好きだった。
ある人は「ツンデレ」と評し、ある人は「素直じゃない」と言い、またある人からは「オラついてるだけ」など散々な言われようなジェノサイドではあるが、実際彼は実力も高く強いのでそれ"込み"で愛されているわけである。

「お気を付けて」

「おう」

 談話室を出て廊下を抜け、地上に通じる扉を開ける。外に出ても思ったほど寒いとは感じなかった。既に廊下が冷えきっているためだ。
ジェノサイドは赤い龍の基地の場所を改めて確認する。東京都に接する、神奈川県内の某所。そこの一軒家。

「そこまで遠くはねぇな」

 ポケモンに乗った空の移動では二十分程度で到着する距離だった。この時期の移動である。抵抗はあるが有効な方法はこれしか無い。他の手段では回りくどく、時間も余計に掛かるし非効率でしかない。そう思うようになってしまった以上、ジェノサイドは余程の例外を除いては空旅をするしかなくなってしまったのだ。

 ポケモンの背に乗り、空を漂いつつ風を浴びるジェノサイドはもしも可能であれば「ギブアップ!」と叫びたくなった。
とにかく苦痛なのだ。

「く、くそ……。寒い、かなり寒い……。なんかもう手に熱が伝わってねぇんじゃねえかってくらい寒い……ちくしょう、どうにかなんねぇのか……」

 そう言ってはジェノサイドはブツブツと呟きながら手の甲をさすっている。こんな事を言ってはいるが掌にはじんわりと熱が篭っている。そんな訳が無いのだ。
主を乗せているオンバーンはこおりタイプが弱点のポケモンであるためか、強い拒否反応を示す程ではないが、寒さが苦手なようで若干我慢をしているような、堪えているような表情を見せている。あくまでもポケモンにおける弱点とはバトルのみでのもののようだ。

 メガストーンはどうやら赤い龍の家の近くにある寺の敷地内にあるらしい。
まず先にメガストーンを手に入れてから赤い龍と合流する。安全だと分かればそのままジェノサイドの基地に戻る。
言うだけならば簡単ではあるが、行動を移すとなるとそうにもいかない。特に、ジェノサイドはメガストーンを見つけるまでに苦労している。その場に到着して済むことではない。

「まぁいい。次のお寺は長池公園ほど広くは無いし、ササッと済ませちまおう」

 ジェノサイドは凍える気持ちを押し殺して地上を睨んだ。



 その玄関は、決して広くはない。人一人が出入りするための境界線だ。これがもし、例えば業務用の搬入口ともなればどれほど楽だろうか。
レイジは、中から船舶で使うための大きめなスーツケースや鞄を運び、背負いながら何度も出入りする構成員たちを見ながらそう思った。その誰もが疲労のため苦悶の表情を見せている。

(申し訳ありません、皆さん……)

 せめて一人は周囲の状況のための監視役が欲しい。重い物を運んでいる正にその時にイオキ ワタルがやって来たら逃げられない。
レイジはそんな状況下で家の中には入らず、周辺の様子を探っていた。
自分の背後で呻き声がする。レイジははっとして振り返った。
見ると、構成員の一人が大きめのスーツケースを組織が所有するミニバンのトランクに積めたところだった。単に重かっただけらしい。
それから、構成員たちはその場から動こうとしなかった。まるで今回の仕事は全て終わったとでも言いたげに。

「これで全部ですか?」

「えぇ。元々何も無かったですしね。個人で使う分の……例えば服とか生活用品とか。それらを纏めてしまえばもう済んでしまいます」

 レイジに反応したのはたった今荷物を車に運び終えた大柄な男性だった。赤い龍という組織はジェノサイドと比べるとかなり規模が小さい。あちらが二百人に満たない程度の構成員が居るのに対し、こちらはレイジ自身を含めて六人しか居ない。実際はもっと多くの人間が居たが、解散令状に恐怖を感じて脱退した者が何人かあったためだ。
このままでは、仮に解散令状の問題を乗り切ったとしても組織としての今後の継続が果たせない。それもあって、今回ジェノサイドの元へ避難する事になったのだ。単にイオキ ワタルから逃げるため"だけ"にジェノサイドを頼った訳ではない。

 玄関を覗き込むと、丁度そのタイミングでリーダーであるミナミがやって来た。

「終わりましたか?」

「……うん」

 これで全員揃った。
予定通り二手に別れて移動を開始する。
その時、突如として上空から不自然な冷たい風が降りてきた。

 見つけるのに苦労した。メガストーンではなく、彼らを。
メガストーンは予想に反して簡単に見つけられた。目的地である寺だが、当初は日が沈んだのもあって門が閉ざされ、入れないものかと思っていたものの、運が良いことにまだ開かれていたお陰で境内に入る事が出来た。
そして、夜ともなるとメガストーンの放つ不思議な光がよく目立つ。敷地も広いものでもなかったので、一つ目の時と比べてかなり楽に入手出来た。

 問題はレイジたちだった。
まず、今ジェノサイドは見知らぬ土地の上空に居る。そこから地図で大雑把な位置を見つけられたとしても、周囲は住宅地。家しかない。
そこから、少しでもヒントになりそうなものを暗い空の下探し続けたのだ。

「よう、やっと見つけた」

「ジェノサイド様!?」

「大体この辺かなと思って回り続けていたら、特徴的な姿をしたヤツを見つけてな。近寄ってみたらお前だった。とりあえず見つけられてよかった」

 冷たい風の正体はジェノサイドが乗るオンバーンの羽ばたきであった。
一時は遂に結社の人間に見つかってしまったのかと震えたレイジであったが、その不安もほぐれる。

「わざわざありがとうございます。丁度今荷物を運び終えたところです。今から移動を開始します」

「どのようにだ?」

 距離が離れて聞き取りにくかったジェノサイドはゆっくりと降下し、地上に着地する。
オンバーンはその時に一旦ボールへと戻した。

「あそこに赤いミニバンがありますよね? あれは私たちが所有する車です」

「見たところお前ら含めて六人……か。じゃあ車で来るんだな」

「いえ、六人の内四人です。あとの二人……私とわかは空で移動します」

「空でか? 空で移動と言っても距離があるぞ。それに寒い。あまりオススメは出来ないが……いっその事お前らが車に乗ったらどうだ?」

「いえ、それは出来ません」

 レイジはさも予定通りとでも言いたげにごく自然に首を振る。

「車がロケットランチャーなどで攻撃されたらひとたまりもありませんから」

「……」

 ジェノサイドは言葉を失った。あまりにも突飛で、非現実的なそれに返す言葉が見つけられない。返事そのものが無意味なのかもしれない。

「これも全て若を守るためですから!」

「あのさぁ、お前さぁ……考え過ぎかもしれんがもう少し有り得そうなビジョンにしようぜ。まだ車を特定されてポケモンで攻撃される、とかなら分かるけどよぉ……」

「お相手は結社の人間です! そういう物を持っていてもおかしくはないという私の想像に基づいています!」

「……」

 やはり返事は無意味なようだった。
説得しても無駄なのを悟ったジェノサイドは彼らと共にまずは赤い龍の構成員たちが乗ったミニバンを見送る。目的地の情報は既に共有されているため問題は無い。

「さて、私達も向かいますか」

「俺らがロケランで狙われると考えたことはねーのかよ」

「まさか……。手ぶらで丸腰の私たちをわざわざ狙います? 狙うとするならばより財産的価値のある車を狙うと思うのですが……。私ならそうします」

「いや、せんでええ! つーかアイツらがそんな物騒なモン持ってるわけねーから!」

 ジェノサイドは内心、何をふざけているんだとノリツッコミをかますと気持ちを切り替えんとオンバーンの入ったダークボールを空へと向ける。

「ふむ……。ならば実際に持って来た方がよかったかなぁ? まぁそんなもの持ってるわけがないんだけどね。でもいいな。今後の参考にさせてもらうよ」

 知らない人間の声だ。
その場に居たジェノサイド、レイジ、ミナミがほぼ同じタイミングで体を構え、声のする方へ顔を向ける。
知らない人間、知らない男。
だが、彼が何者かは察しがつく。

「お前……。お前か。あのふざけた呪いの手紙をバラ撒いている暇人が」

「礼儀がなってないなぁ君ぃ。僕を誰だと思っている?」

「結社の……方……ですよね」

 どこか余裕のあるジェノサイドの口振りとは裏腹に、脇に立つレイジの声は震えていた。
そうなるのも仕方が無かった。正面に立つスーツ姿の男は、仲間と思しき大柄な男を数人従えて構えているのだから。

「その通り! 正解正解だぁい正解!! ワタクシこそが結社改め"中央議会"の"下院議長"の五百城いおきわたるでーす。ヨロシクね」

 ここで会うには最悪としか言えない存在と、遂に衝突してしまった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.32 )
日時: 2023/09/14 21:16
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 今、目の前に問題の結社の人間がいる。
それを事実だと半ば認めたくない己がいる。
まず、結社の人間。それ即ち議員である。ジェノサイドのような暇を持て余す学生とは違って多忙を極めた人間のはずだ。自分らのためにわざわざ出向く理由が存在しない。だから、本物か偽物かその区別も付かない。ジェノサイドは本物でも偽物でも、両方の可能性を念頭に置いたうえで対応するのみだ。

五百城いおきわたるとか言ったな? ってことはお前は本物の議員か」

「だーからさっきからそう言ってるでしょーお? もしかして僕のこと偽物だと思ってる? とんでもないとんでもなぁい! 正真正銘本物の五百城さんですよ僕は」

「じゃあ丁度いい。質問に答えろ。何の用だ」

「何の用って……聞き方が失礼すぎるよ? そんなキミには罰として質問を質問で返す。何でキミがいるの?」

 五百城にとっての予想外。それは今この場に、深部ディープ集団サイドというならず者たちを力づくで上から押さえつける支配者"ジェノサイド"が居る事だった。本来であればそんな支配者を支配する結社というポジションであるため力関係はこちらが上であるのだが、此処で相対してはならない。そういう関係性だ。

「そ、それは……ジェノサイドさんが私と仲間であるためです!」

 ジェノサイドの背後からレイジが精一杯叫ぶ。議員が相手であっても余裕を保つジェノサイドとは裏腹に、普段の冷静さを欠き、もう一人の仲間をまるで互いに庇い合うかのように絡まっている男が声を震わせる。

「ふむ……仲間ぁ?」

 五百城はチラッと後ろに目をやる。それだけで彼が連れて来た黒いスーツを纏った数人の男たちが全員各々のポケモンを呼び出す。大したことの無いポケモンから、戦えば厄介なものまでその種類は多彩だった。

「……コイツらは突然俺の所へやって来た。どうもオマエに滅ぼされるのが嫌らしい。オマエの言い分もかなり身勝手のようだからな……俺が保護することにした。もうこの世に、組織"赤い龍"は存在しない。コイツらは俺の仲間……俺の組織ジェノサイドの構成員だ」

 レイジではまともに彼と会話が出来そうな精神状態では無い。そう判断したジェノサイドは勝ち誇るように言い放つ。

「今の彼の言った事は全て事実に即しているかい?」

 対して、五百城はレイジに冷たい視線を放つ。レイジはその瞬間肩を震わせたがその後大きく返事をした。

「ふむ、なるほど……。仲間、か。……仲間ねぇ。……仲間ぁ?」

 五百城は考え込むように適当に間を空けながら呟くと数歩こちらに向かって歩く。その足取りはかなりゆっくりだった。

「認められるかなぁ?」

 三歩ほど歩いて立ち止まった。彼等との距離にほとんど変化は無い。

「みーとーめーらーれーるーわけがー……無いだろーおー!」

 すると突然、五百城は大声で叫びつつ自分の太もも辺りを何度も叩いた。威嚇のようでその効果は赤い龍の二人には十分にあるようだが、ジェノサイドからすると気が狂った関わってはいけない人のようにしか見えない。

「君たちの言い分は大変身勝手で聞き入れる事は出来ない! 何故なら一切の報告が無いからだ! 君たちにあるのは僕が作成した解散令状のみ。つまり、この令状こそが最新の情報な訳だああぁぁぁ!!」

 叫びながら五百城は胸ポケットから丁寧に折り畳まれた紙片を取り出しては折り目に沿って綺麗に広げる。暗くて見えないが、それはジェノサイドも目にした解散令状らしかった。

「君たちは我々に報告したか!? 赤い龍を解散し、ジェノサイドに編入される。そう伝えたか!? なんも入って来て無いんだけどなぁぁ!? 有効なのはこの命令のみだ、大人しく従いなーさーいー!」

「まぁ、ちょっと待てよ」

 さっさと力づくで捩ねじ伏せて彼等を連れて帰りたい。そんな本音を押し殺してジェノサイドは五百城の意識を向けさせる。

「確かに連絡が無かったのは俺らの落ち度だ。それは認めるしかねぇ。だが、俺からするとお前の言い分も身勝手極まりねぇのよ。最低でもコイツらは組織を解散させると意思表示をしている。俺はそれを認めた。俺には仲間を護る義務がある。なぁ、これがどういう意味か……分かるか? お前に、この俺と……深部ディープ集団サイド最強の人間と戦える度胸と覚悟はあるんだろうな?」

 どうせ相手は自分より権力があるだけでポケモンの腕も人間的な強さも大したことは無い。だが、それでもジェノサイドは可能な限り交渉で事を終わらせたかった。戦えば後々面倒な事になるのは目に見えている。そのためなら、自身の肩書きを最大限利用するつもりだ。

「ふむ……確かに。それも一理あるかなぁ」

 五百城は早口でそう言うとぐるっと身を一回転させ、自身が連れて来た部下たちを一瞥する。

「ほらほら、そういう事だから帰った帰った。お前たちに彼はやっつけられない。この件は僕が一人で処理する。っつーことでさっさと散れ」

 人を人として見ないような言い方だが、そう言われた部下たちは誰もが戸惑ったのか、互いに顔を見合わせたりするもポケモンをボールに戻すとそこに居た全員が一目散に走り去って行った。

「さて、これで余計な人間は消えたね」

 五百城は笑顔のまま再びこちらに顔を向ける。言動に難がある人間だったが、話が通じるものだと彼らはひとまず安堵した。その時だった。

「ルカリオ、"はどうだん"」

 俊敏な動作だった。ポケットから取り出したボールからポケモンが躍り出ては力の塊が発射される。ジェノサイドは突然姿を見せたゾロアークに目配せすると、ゾロアークは意思を感じ取ったのか命令無しに技を放った。"ナイトバースト"だ。
互いの特殊技が直撃、炸裂しては住宅地の真ん中で爆発音を響かせる。

「今のは宣戦布告って事でいいんだな?」

「まぁ本音を言うとねぇ。僕もキミとは戦いたくなかったんだけどねぇー。でもこうしてぶつかり合っちゃった訳だし、僕の要望も聞いてくれそうにないしねぇ。君のような逸材をここで失うのはかーなーり勿体ないけど、替え自体は利くからね。Sランクの組織はキミのところだけじゃなくて他にもあるからね。それに……」

 ルカリオがアスファルトを蹴って飛ぶ。上空で浮いた状態のまま、ルカリオは掌をゾロアークに向けている。
ゾロアークの"カウンター"は物理技にしか対応出来ない。離れた箇所から特殊技を撃たれてしまえば、こちらから迎撃するか単純に避けるしか対応策は無い。だが、此処で避けてしまえば人間たちに被害が及ぶのは必至だ。
そこまで考えての行動かは不明だが、ゾロアークはまたしても命令無しに"かえんほうしゃ"を放つ。驚きの目を向けたルカリオだったが、"はどうだん"を撃つことで自身にとって効果抜群の技を相殺させる。
五百城は「奇妙だ」と呟きつつも、そちらにはほとんど意識を向けることはしない。

「キミとは少なからず因縁があるからね」

「因縁だと?」

 ジェノサイドはゾロアークの名を呼んで離れつつあった距離を戻す。あくまでもゾロアークを使役する目的は自分を含めた仲間の保護だ。制圧ではない。

「今日がはじめましてだと思うんだが? 俺とお前は」

「僕とじゃない。僕の後輩さ。"元"後輩のね」

「あっそ。だから何だよ」

 ゾロアークは再び"ナイトバースト"を放つ。しかしルカリオは軽やかに避ける。

「"しんそく"。当ててやるんだ」

 五百城の静かな命令は即座に移された。
目にも止まらぬ速さで姿を消したルカリオは同時にゾロアークに拳を叩きつける。
その動きは人間であるジェノサイドでも、ポケモンであるゾロアークにも捉えることは出来ない。だが。

「"カウンター"だ!」

 技の後ならば対応は出来る。命令から一秒にも満たない文字通りの"一瞬"の間に、ゾロアークも負けじと拳を握り渾身の一撃を放つ。
ルカリオは軽く吹っ飛ばされたものの、体勢を崩すことなく主の目の前まで戻る。あまりダメージは負っていないようだった。よく見ると、ゾロアークもほとんど受けていない。

「てめぇ……加減したか」

「僕は議員だぞ? キミぐらいの人間の特徴なら覚えるに決まってる。キミのゾロアークのタスキからの"カウンター"は厄介だからね。潰しておくことにしたよ」

 ジェノサイドは大きく舌打ちした。たとえ加減された技であっても、受けてしまえばきあいのタスキは消費される。ジェノサイドとゾロアークは戦い方の変更を余儀なくされたこととなる。

「これで不安は解消された……かな。でも念には念をだし、僕の実力も見せびらかしたいしなぁ」

 力強く叫ぶ五百城の腕が不自然に輝く。

「さて、愚かな貧乏人たちに教えてあげよう。僕は何者だ? 立派な議員さ。この国のね。その事実をキミたちは再認識すべきだと僕は思うのだがねぇ……」

 彼の腕には、ゲーム上でしか見たことの無い装飾品が施されており、そしてそれは七色に光っている。

「要するに!! 僕は君たち愚民とは違って生まれ持ったスペックも! 手にしている財も!! 世の中で通用する名誉も!!! 全てを備えた完璧な人間であると言うことさ!」

 五百城は腕を掲げる。その輝きに呼応するかのように、ルカリオもその身を光に包んでは激しく輝く。

「見せてあげよう……これが、正真正銘の……メガシンカだ!!」

 漆黒に包まれた闇の中。まるで黒一色の闇という名の宇宙空間で孤独ながらも輝きを放ち続ける太陽の如くその光は、辺りの闇を塗り潰す。
あまりの眩しさに目を瞑ったジェノサイドらが改めてその目で見たもの。
それは、歴戦の戦士を思わせるような凛々しい体躯と、果てしない殺気を走らせる姿を変えたルカリオ。メガルカリオだった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.33 )
日時: 2023/09/14 21:27
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 いつかは見る光景だと思っていた。
だが、それは今じゃない。深部ディープ集団サイドの人間と比較すると戦いとは縁が無いであろう結社の人間が、ここに来てメガシンカを使うはずがない。そう思っていたジェノサイドはただ驚くのみだった。
それも手馴れている。恐らくだが、このバトルで初めてのメガシンカではないようだ。これまでの"強制執行"でメガルカリオを振るっては多くの深部ディープ集団サイドの人間を葬ってきたのだろう。

 ジェノサイドは改めて現状を確認した。
五百城いおきのポケモンは今のところメガシンカを果たしたルカリオのみだ。
メガルカリオの特性は"てきおうりょく"。単純な火力が底上げされている。
一方、こちらはきあいのタスキが消滅したゾロアーク。耐久の薄いこのポケモンでは、あらゆる技を受け止める事が出来ないのは明白だ。
このまま作戦もなしに一直線に戦闘を続ければ敗北は必至。

 そこでジェノサイドは閃く。

「逃げろ!」

 ジェノサイドはルカリオから視線は外さずに、しかし後方の二人に対して叫ぶ。

「何してんだ! ボケっとしてんじゃねぇ! どの道お前らでは対処出来る人間じゃねぇ……。隙を見て俺も後から合流するからひとまずお前らは逃げろ! 今だ!」

「ジェ……、ジェノサイド……様? 何を……?」

 レイジは困惑している様子だった。すぐに動ける様子ではない。
しかしそれを見兼ねたのか、彼に"若"と呼ばれ、キャスケットを深く被っているミナミが躊躇を見せない調子で彼の腕を思い切り掴むと走り出した。彼らが今居るのは住宅地の真ん中であり、行き止まりだ。道は五百城が塞いでいる。そのため、二人は隣の民家の敷地に侵入しては塀を越えようとしているようだ。

「おっと! さーせませんよぉぉ!?」

 いち早く気付いたのは五百城だった。彼は命令すると、その瞬間にはメガルカリオは二人の前に姿を見せる。数十mは距離があったはずだが、その壁をメガシンカは易々と超えてしまう。

「ッッ!?」

「さぁルカリオ、"はどうだん"で二人を吹き飛ばしてしまいなさい!」

「バッカじゃねーの!?」

 勝ち誇り気味に小さく笑った五百城だが、その不意を突くようにジェノサイドが吠えた。

「敵を目の前にしてガラ空きたァ嘗めてんなテメェ!」

 ルカリオは今まさに"はどうだん"を撃たんと両手を輝かせる。対して、ジェノサイドのゾロアークが無防備となった五百城に対して赤黒い閃光を、"ナイトバースト"を放とうとしている。

「テメェらが創った深部ディープ集団サイドのルールだ……。ポケモン同士ぶつかり合って勝つだけが勝利じゃねぇんだよ、あの世で文句言うなよなぁ!?」

「き、貴様……っっ!」

 メガルカリオの"はどうだん"とゾロアークの"ナイトバースト"が発射されたのはほとんど同時であった。味方が死ぬ場面を見るのは今見ても心にくるものがあるが、それと引き換えにふざけた議員を制圧出来たのだからそれは勝利といえるだろう。

(これで……いい。結果的には勝った……)

 その時、ジェノサイドもまた油断していたと言えよう。
ミナミとレイジを狙った"はどうだん"が物理法則を無視するような軌道を、大胆なカーブを描いてジェノサイドへと突き進み出した。

「なっ……えぇっ!?」

「ちょっ、なんで!?」

 呆気に取られた二人はここに居る誰もから無視をされる。しかし当のジェノサイドはそれに気付かない。
彼よりも先にゾロアークが動いた。
既に"ナイトバースト"は放たれた。放った瞬間だ。
ゾロアークは自身の主を何としてでも守らんと光線を放ち続けている腕を振り上げる。
ゾロアークは腕を下から上へと振り上げた。"ナイトバースト"はルカリオから見て上から下へと叩きつけられる弧を描く。
ルカリオは難なく避けた。その場に取り残された"はどうだん"は光線と相殺され、爆発が生じる。
ジェノサイドだけが反応に遅れた。二つの技から生じた衝撃波に巻き込まれ、向かいの民家の外壁に叩きつけられる。

「痛っ……。しくった……、"はどうだん"は必ず命中する技……。はじめから俺を……? いや、それはどうでもいい……」

 しかし、ここまでは想定通り。
二人を逸らす事に成功させ、あとは自分が五百城に勝てば全て終わりだ。
この状況では正攻法で勝つ気など更々無い。

「ぞ、ゾロアーク……」

 背骨を強打し、思うように声を発せなかったジェノサイドは呟くようにポケモンの名前を呼ぶ。普通のポケモンならば通じる事は無かったかもしれないが、彼のゾロアークは特別だ。それだけでこのポケモンは想いを汲んでしまう。

「う、うわあああぁぁっ!?」

 五百城が突然叫び出した。
アスファルトの上に倒れ込むように四つん這いになり、怯えの表情を浮かべ、叫び続ける。
それを見てルカリオも戸惑った。何も無いところで突然主が奇妙な言動をし始めたのだから。
たとえメガシンカしたといっても、彼のルカリオは普通のポケモンだ。命令が無いと置物と化してしまう。
ルカリオは何も出来ず、ジェノサイドの逃走を許してしまった。

 ジェノサイドは二分も経たない内に二人と合流を果たす。レイジが特徴的な服装をしているお陰で、暗くとも遠目ですぐに分かる。

「おい、早く逃げるぞ! これ使え!」

「ジェノサイド様!? まさか……勝ったのでは……?」

 ジェノサイドはレイジにリザードンの入ったボールを手渡す。二人共それに乗れ、という意味だった。そんなジェノサイドはオンバーンのボールを放り投げて咄嗟に飛び乗る。



「勝ったとは言えなかった。あのままだとどう頑張ってもゾロアークで倒す事は不可能だったからな」

「では、どのように対処を?」

 三人は暗い闇の中の空を漂う。
既に県境を過ぎ、神奈川県から東京都に入っている。五百城が連れて来た従者たちも見えないことから、上手く逃げ切ったようだ。あとは基地に帰るだけである。

「五百城に幻影を見せた。深い闇の中で、底無しの穴に落とした幻だ」

「それはー……効果あるのでしょうか?」

「そうだな……。説明が難しいんだが、夜寝ている時の夢を想像してほしい。高い所から落ちる夢だ。夢の中のお前には落ちる感覚があるだろ?」

「そう言えば彼の叫び声が聞こえたのですが……そういう事だったんですね」

「前触れなく突然起こしたアクションだったから不安もあったが、たとえ非現実的なものであってもリアリティがあれば引っ掛かるもんだな。この方法で過去に何度死線を潜り抜けて来たことか……」

「ジェノサイド様の事です。これまで常に勝ち続けてきたものかと思ってましたよ」

「んな事ねーよ。俺だって無茶な戦いは何度もしてきたさ。特にまだ高校生だった二、三年前なんかはな。深部ディープ集団サイドにおいては"負け"は全てを失う事を意味するが、"逃げ"は同義とはならない。逃げても生きていれば問題ないのさ」

「覚えておきましょう」

 空で交わした会話も、基地である廃工場が見えてくると自然とその口も止まった。



 基地に入ったジェノサイドを待っていたのは激しく狼狽えたハヤテだった。
傷だらけの彼を見て強く衝撃を受けたらしい。

「な、何があったのですか!?」

「ちょっとその辺転んだだけだよ。なんて事はない。爆発に少し巻き込まれただけで」

「どう見てもちょっとどころでは無いんですが!?」

 そう言ってハヤテはジェノサイドの服を脱がす。どうやらすぐに手当をしたいようだが、それくらいならば自分でも難無く出来る。しかも広間で繰り広げられている場面であるから周囲からの注目も浴びる。大したこと無い問題を大きく取り上げられるきらいがあって居心地が悪くなるのを彼は感じる。

「ほら! 無数に傷が……」

「それは昔の傷だアホが!」

 ジェノサイドは上裸になる。その身体には無数の、形がどれも違う傷痕が刻まれていた。傷の一つひとつが戦いの記憶だ。

「五百城が……現れたんです」

 目立った傷は特に無かったものの、手足にガーゼを貼り終えたレイジが視線の投げる方向に迷いつつ呟く。

「今回は命からがら逃げる事は出来ました……。しかし、今後はどうすべきでしょうか? 彼の強制執行から逃げ切った前例を私たちは知りません。私たちのせいで皆さんが……ジェノサイド様が狙われてしまいます」

「それについてはお前は心配しなくていい」

 古傷を纏めて包帯に巻かれているジェノサイドが首だけを動かしてそれに答えた。巻く作業をしているハヤテが「動くな」とばかりにその身体を押さえつける。

「確かに俺は今日、これまで誰もすることの無かった"結社の人間の命令の否定"を果たしてしまった。五百城個人から目を付けられる可能性はあるかもしれないが、奴はアホでも結社の人間……中央議会の議員だ。組織ジェノサイドをぶっ壊せばどうなるかそれくらい誰でも分かるだろう。此処を強制的に排除するとは考えられないし、個人的に俺だけを殺しにかかって来るのも……まぁそれは分からないけどさ」

 五百城は最後まで話の通じない人間であった。どれほどの正論を並べ立てたとしても、その間に命を取ってくるのが彼だ。そうなると従うしか他に無い。だからと言ってそれが正しいと言えるだろうか。今回、ジェノサイドは彼を拒絶した。これをきっかけに"否定しても良いのだ"という風潮が深部ディープ集団サイドの世界全般に広まる事があれば、多少は変わるかもしれない。

「そういう訳で、これからは奴を気にすること自体が無駄なわけであるから俺は奴を無視する。俺は俺で引き続きメガストーンの探索を続けるよ。それからお前ら。お前らはまずやる事として、結社に自分らの組織を解散した旨を報告すること。本来だったら別組織に移った事も伝えるべきだが……そこまではしなくていいだろう。誰もそこまではしないからな」

「報告ですか……。それは書面でないと駄目でしょうか? ネットになりますが一応既に議員向けに報告は完了しております」

 そう言ってレイジは結社のサイトを経由して作成した"解散届"なるものを見せてきた。そんなものが用意されているのをジェノサイドは今初めて知った。彼とは無縁の話であるから当然と言えば当然である。

「じゃあ大丈夫だろう。しばらく様子を見るからお前たちはここでゆっくりしててくれ。今まで追われてて疲れただろ? またなんかあったら俺から連絡するからよ」

 そう言うとジェノサイドはソファから立ち上がった。ハヤテがまだ終わってないとその身体を押さえつけようとする。

「あのなぁ、もう十分なんだって! てか今回とは関係ない箇所も包帯で巻かなくていいから! 全身包帯でぐるぐる巻きにする気か」

「何を言っているんですか! 僕はただ傷を保護しようとしているだけです。菌が入り込んで悪化したらどうするのですか!?」

「オーバーなんだよどいつもこいつも! 俺が今まで怪我で苦しんだことあったかっつーの!! とにかく飯だ飯。俺は今猛烈に腹が減っているから食堂行くぞ」

 そう言うとジェノサイドはハヤテの作業を強制的に途中で終わらせると脱がされたシャツを着て広間を出た。行先は廊下を少し歩いた先にある食堂だ。
夕食の時間はとっくに過ぎているが、調理係の構成員が居てくれたら何か出してくれるかもしれない。
食堂の空間に入って調理場を覗くと見知った顔がいた。

「よう、秋原あきはら。もう時間過ぎてて悪いけど何か出せるかな?」

「おーそーいー。まぁ、まだ今日出したカレーが残ってるけど……。それでもいい?」

「あぁ。すまない」

 ジェノサイドは席を確保して見回す。
ピークを過ぎているからか、利用者はゼロとまでは行かないがまばらだ。それも、食事を済ませて時間を潰している者がほとんどだ。

 彼は、今日起きた事の一切を振り返る。
メガストーンの初探索、レイジとミナミとの出会い、そして五百城との衝突。
日記を書く習慣があったならば、今日だけで膨大なページを費やしていたかもしれない。色々な事があったものだと長く重いため息を吐いていると、秋原がわざわざトレーに乗せて運んで来てくれた。

「はい。お待ちどおさま」

「いつも悪いな。皆のために」

「今更何よ? 変なの」

「別にいいだろ……いただきます」

 普段はそこまでしないのだが、ジェノサイドは目の前に料理を作ってくれた人が居るために手を合わせた。それを見て微笑んだ秋原は調理場へと戻ろうとする。

「あっ、ちょっと待った」

 ジェノサイドのその声に、彼女はピタリと体を止め、強ばらせた。

「食べながらで悪い。ちょっと話がしたいんだけど……いいかな?」

「レン君が私に? な、なんか珍しいね」

「忙しいか?」

「ううん。今は平気」

 秋原はそう言うと付けていたエプロンを解き、彼の向かいの席に座った。座った瞬間に目が合う。彼女はにっこりと笑った。

「どうかしたの?」

「まぁな。今日一日色々あり過ぎたんだ」

 ジェノサイドは熱いカレーを口に運びつつ、何処から話そうか少しばかり悩む。しかし、いきなり物騒な話題を振るのも気が引けるのでまずは雑談から入ることにした。

「どうだ? やって行けそうか? 此処で、この環境で」

「ねぇレン君どうしたの? なんかおかしいよー? ……なにかあったの?」

「まぁ色々とな。それでどうだ?」

「その質問は本来だったらもっと前にするべきだと思うんですけどー。でも大丈夫だよ。私は問題なくやれてる」

岩船いわふねはどうだ? 最近姿が見えないが……あいつも元気か?」

「元気だよ。萌えちゃんは先生になりたがってるからいつも勉強頑張ってる」

「そうか……」

 ジェノサイドは一旦スプーンを置いて宙を眺めた。秋原と岩船とは高校以来の仲だ。ここに至るまでに多くの騒動があった。それを微かに思い出そうとしてやめた。
そして、彼は決心するかのように強く目を閉じては開く。

「今日、結社の人間と一悶着あった」

「えっ……?」

 眩しい笑顔に包まれていた秋原の顔は瞬時にして青ざめた。ジェノサイド以上に恐れているようかのように。

「話せば長くなるしあんま関係ないから今回は省くが……まぁ何があったかは近々耳に入ると思う。てか問題はそこじゃない。とりあえずこの事を伝えておこうと思ってな」

「どうして? 一番大事でしょ? 話してよ……」

「秋原、重要なのはここからだ。いいか、今回の件はお前や岩船とは何の関係も無い。これだけは断言する。だけど今回の件でお前の事が頭をよぎってな」

「私……?」

「秋原、お前はこれからどうしたい? お前が皆のために食事を作ってくれるのは非常に有難いし、この組織には無くてはならない存在だと思ってる。だけどお前にもお前の人生があるはずだ。岩船は夢に向かって進もうとしている。俺の大学の友人もやりたい事があって学んでいる。お前は……今のままで大丈夫か?」

「さっきから変な事を聞いてくるな、と思ったら……そういう事だったんだね」

 秋原の目が潤んだように見えたが、光の反射にも見える。一瞬ジェノサイドはやはり余計な事を言ってしまったかと肝を冷やす思いに駆られたが杞憂に終わった。

「私は……大丈夫だよ。ちゃんと学校にも行ってるし私は私で夢あるから。って言うかレン君戦ってる最中に私の事考えてた訳ぇ? 集中しなさいよ!」

「悪い悪い、ちょっと気になっただけさ。それじゃあ秋原、もしも俺や組織に……」

「私はレン君について行くよ。勿論自分の夢を追いながら、ね」

 ジェノサイドはそれを聞いて言いかけた言葉を飲み込んだ。言う必要は無い。それを理解したからだ。
ちなみに彼は"何かあった場合は他の仲間を頼れ"と言いたかった。今日の五百城との衝突で一瞬だがこの組織が無くなった時の光景が浮かんだためだ。

「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ」

「今何か言おうとしたよね? なに?」

「何でもねぇよ」

 そう言うと、これまで会話に夢中で食べるペースが遅かったために急いで食べた。

「ご馳走さま。今日は動き回ったからか特に美味しく感じたよ」

「本当に!? 隠し味入れた甲斐があったなぁ」

「おい待てお前何を入れたんだよ……」

「ひっみつー!」

 嬉しそうに笑いながら、秋原は空いた食器をトレーに乗せると調理場へと運んで行った。
ジェノサイドは彼女の後ろ姿を見てこの話をして良かったのだろうかと最後まで悩む。
しかし、同時に心に誓った。何が何でもこの組織は守り抜くと。ふざけた議員やその辺の組織から狙われようと、命を懸けて守り切ると。彼女のようにこの世界の安寧あんねいを願っている者が、此処には多いためだ。

 ジェノサイドが彼女にこの話をした理由はもう一つあった。
三年前。彼女と彼女の友人である岩船は、深部ディープ集団サイドを知らない一般人の身でありながら、結社の人間絡みで騒動に巻き込まれた過去があった。当時の景色が蘇ったためだ。

(奴は……五百城は当時の事件をチラつかせた……。元後輩が俺と面識があるだと?)

 ジェノサイドは秋原の後ろ姿を追いながら、心の中でそう呟く。
五百城のその発言については彼女には一切しなかった。余計な心配事を生まないためである。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.34 )
日時: 2023/10/03 20:17
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: gM3fL3C0)


 突然目が覚めた。
はっと目を開け、ゆっくりと上半身を起こす。
嫌な夢を見たとか、異変に気付いて飛び起きたとかでもない。
ジェノサイドは突然目を覚ましたのだ。

五百城いおきの野郎は……来てねぇよな」

 ほとんど無意識に発せられた言葉にジェノサイドは若干の間を空けると低く笑った。
確実に自分は自分以外の誰かを恐れているのだと。

 不思議と頭はスッキリしていた。寝惚けてはいないようだ。
時間を確認しようとして枕元を手探りでスマホを手にしようとしたが感触が無い。
もしやと灯りを照らしてみたが部屋には無いようだった。

「俺のスマホ……何処行った?」

 無いと困る代物だ。ジェノサイドは意識がそちらに集中し始めたせいか完全に目が覚めたようで、机やベッドの下を確認するも、目当ての物は見つからない。

「此処に無いとしたら……」

 ジェノサイドは腕を組みながらこれまでの自分の動きを振り返る。
食堂でカレーを食べた事は覚えている。その時に秋原あきはらと会話した事も覚えている。その間スマホは使っていなかった。
その前は他の仲間たちと一緒に広間に居た。ハヤテが必要以上に身体に包帯を巻いていたことも覚えている。その為に服を脱いだ。

「あるとしたら広間か」

 広間はこの部屋の真上にある。稀に仲間たちが騒ぐせいでその振動が伝わる事もあるが、今日のジェノサイドはかなり疲れていたせいかそれを感じるまでも無かったようだ。
部屋を出ると廊下に出ては上の階に続く階段を上る。地下であるためと季節柄やけに冷える。そして静かだ。ほぼ全員が寝静まっている。自分の足音が他の部屋に響いていないか少し心配になったからか、普段よりも遅いペースで歩く。
広間の扉を開けると、その勝手具合にジェノサイドは幻滅した。
まず、電気が付けっぱなしだった。そして、床にお菓子の袋や紙皿、紙コップが散乱している。そんな床に直で寝ている者も数名居た。

「どうせまた適当に騒いで疲れてそのまま寝やがったなこいつら……。まぁいつもの事だけどさぁ……。っつーかコレ誰が掃除するんだよ、俺はしねぇけど」

 不満がそのまま言葉になった口調でジェノサイドは呟く。そう言いつつも、寝ている人影を避け、探すのに邪魔だと思ったゴミを捨てつつ床を凝視するもスマホは見つからない。

(おかしいなぁ。この辺りに皆で集まってた記憶あるんだが)

 口に出さずにそんな事を思いつつジェノサイドは自分が座らされたソファの前までやって来る。途中なにか柔らかいものを踏んでしまった。恐らく誰かの足だ。しかし、適当な返事が無かったのでそのままスルーした。踏みどころが良かったのだろう。

「……あれ? リーダーなにしてるんすか?」

 壁の方向から声がした。
よく見ると壁に寄りかかって寝ていると思っていた構成員が首を上げてこちらを見ている。ページが開かれた本を手に持っており、そのページを指で押さえている。自分でも読んでいる途中で眠ってしまうのだと分かっていたのだろう。

「あぁ……お前は確か……リョウとか言ったな?」

 名前を呼ばれたからか、その構成員は小声だが元気良く返事をする。

「お前起きてたの? 本持ったまま動いてなかったから寝てたかと」

「最後まで起きてたっぽいすけど途中で寝ちまいました。静かじゃないと此処で本なんか読めないっすよ」

 ならば自分の部屋で読めばいいだろうと言いかけたが直接口には出さなかった。即実行に移すかもしれないと思ったためだ。

「ところでリーダー、どうかしたんすか?」

「ちょっとスマホを落としたみたいでな。部屋に無かったから此処にあるのかと思ったんだが、ここにもねぇみてぇだな。画面デカくて黒いから分かりやすいとは思うんだが」

「あ、それならリーダーがご飯に食べに行くってなって暫くしたらスマホを見つけたとかで騒いでる奴居ましたね」

「……は?」

「んでー、その後は確か……パスワード特定したいからってレイジさんたちが談話室に持って行っちゃいましたね」

「お前ら何やってんだよ……まず持ち主に知らせろや。てか勝手に持ってくなや! 人のスマホオモチャにすんじゃねーよ!」

 配慮は無かった。ジェノサイドは広間を走り去ると談話室へと急ぐ。
廊下を抜け、幾つかある扉を過ぎては部屋の名前の表札が掛かったドアノブを捻る。
開けた瞬間暖炉の暖かさが伝わる。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、天井にも届く高い本棚、そして暖炉。ジェノサイドの好みをふんだんに盛り込んだこの部屋には微かに人が使用していた形跡が残っているようだった。そして、テーブルの上にはやや場違いとも取れる機械が置かれている。遠目でも分かった。自分のスマホだ。

「よかった、此処にあったか……」

 部屋に入ろうとしたジェノサイドだったが、そこに不自然なものをもう一つ確認した。
暖炉からやや離れた位置に設置されたテーブル。そのテーブルの前の一人がけのソファ。そこに見慣れない人物が居る。傍に寄ろうとしてジェノサイドは、その人が下着姿であったことを初めて確認した。それも、女物の、である。

「あっ、」

 見てはいけないものを見てしまった。
ほんの一瞬、フリーズしたジェノサイドはそれを察知するとスマホの事を忘れ一目散にその場から消える。

「……ごめん」

 初めに出てきた言葉がそれだった。
彼はそう言っては扉を閉めると部屋の中とは違って冷える廊下にて頭を抱えてしゃがんだ。

「待て待て待て……俺は何をやってるんだ……。てか、何がどうなってるんだ」

 そもそも部屋に居た女性は誰だったのか。
ジェノサイドにとっては見覚えが無い。人の顔を覚えるのが多少苦手な彼であっても、よほどの新人でない限り顔を忘れることは無い。特に、最近入ってきた新人で女性はゼロだった。
なので、知らない人という時点で全ておかしいのだ。

「まさか……不法侵入か? それとも怪奇現象……? いや、下着姿の怪奇現象って何だよ。やっぱり変な人って事……だよなぁ」

 得体の知れない人間ならばたとえ女性であっても容赦はしない。
今すぐに追い出さねばならない。
ジェノサイドは再びドアノブに力を込めて握る。今まさに開けんとしたその時。

「別に気にしてないよー。あと服着るだけだから部屋入ってもいいよ」

 明るい声だった。例の下着姿の女だろう。

「てか今入ってもいいよ? ウチそういうの気にしない人だから」

 そうでなかったとしてもこちらが気にする。ジェノサイドは扉越しにその旨を伝える。

「ま、ここって女子少なそうだもんねー。そりゃ気にするか」

 そういう問題では無い。人として基本的とでも常識的なものとしてである。
若干ムッとした感情を抱いたが、そこまでは言わなかった。夜中に騒ぎたくは無い。
暫くすると、もう大丈夫という声が聞こえたので扉を開けて再び部屋に入った。今度はパジャマを着ている。

 テーブルに近付いてスマホを手に取ろうとした時、気付くものがあった。甘い香りがする。
その匂いは例の女から放たれている。

「まさかお前、風呂入ってた?」

「うん。そっちに洗面台とお風呂があるよね。だから使わせてもらった。出てみたはいいけど、思った以上に暑くてねー。だから服脱いでた」

 女はそう言って部屋の奥を指した。確かにこの部屋には洗面台とシャワー室も付けている。そのために下着姿であった理由が判明した訳だが、ジェノサイドとしては説教のひとつでもしたい気分だった。この部屋は誰かの個室では無い。常に誰かが使用するものなので私物化するなとか、そういう事を言いたかったが、まずジェノサイドは真っ先に思い浮かんだ言葉を彼女に投げることにした。

「お前、女子校出身だろ」



 椅子に座ってスマホを確認する。見た感じ変にいじられた形跡は無かった。

「まぁ、ね。ウチとレイジで色々見ようとしたけど結局パスワード分かんなくてそのままにしちゃった」

 例の女はそれまで被っていたタオルで髪を拭いている。その動作一つひとつに甘い香りが乗せられ、ジェノサイドへと届く。

「あぁ、そうかそうか。結局分からないからってその辺に放り投げた訳か。せめて本人である俺に返せや!」

 スマホを柔らかいクッションに投げたくなる感情を抑えつつジェノサイドは叫ぶ。
その代わりにテーブルに滑らせると、その後になって彼女の言葉の違和感に気付いた。

「ん? レイジ? ……ってことはお前まさか……ミナミ?」

「えっ、今更!?」

 ジェノサイドは今になって、目の前の恥ずかしさを何とも思わない女が赤い龍のリーダーのミナミであると初めて理解した。思えば顔をしっかり見たのも初かもしれない。髪は短い。キャスケットを深く被っても女だと分からなかったので当然と言えば当然だ。目は大きく、二重だ。女性のものらしく肌は柔らかそうで弾力があるようにも見える。

「いや、だってお前今日ずっと帽子深く被ってたしロクに喋らないしずっとレイジの後ろに張り付いてたしで……」

「いや、張り付いてはねぇから」

 ミナミはそう言いつつも、自身の過去を交えて少し語った。
赤い龍を結成したのが去年の話で、当時からミナミがリーダーだったが、彼女よりも目立つポジションにレイジを置くことでカモフラージュを築いたり、諸々の問題を防ぐために素性を徹底的に隠していたとの事らしい。

「確かにAランクの組織のリーダーが女だったらちょっと意外に思うかもしれないけど……特別珍しい訳でもねぇぞ?」

「まぁ、そうかもしれないけどね? ウチよりもレイジの方がお喋りは得意だし、目立つ格好もしてるからね。色々任せてた。それでー、戦いになった時も私に油断していた奴を返り討ち……なんて戦い方もよくやってさー。それがすごい快感だったなぁー」

「その割には人数少ないよな」

 ミナミのタオルにかけていた手の動きがふと止まった。だか、すぐにその動きは再開する。

「あぁ、あれね。レイジから聞かなかったっけ? 元々ウチらは知り合いの寄せ集めだったから人が少ないのはあったよ。数で押されそうな時はひたすら逃げてた。お互い戦闘行為が一ヶ月無いと戦いが無かった事になるからね。公式が定めたルールで」

「あー、レイジが言ってたような言ってなかったような」

 ここでジェノサイドは、自分とは違って結社が定めたルールを基本的に知り得ている人間なのだとミナミを判断した。
逆に自分は必ず覚えていなければならないもの以外は記憶から除外している。他の誰かが覚えているからだ。こんな自分のスタンスがおかしいのかもしれないと自嘲気味に小さく笑う。

「今までそうやって頑張ってきたんだけどね。今度は変なのに潰されちゃった」

「五百城か」

 ミナミから返事が無かった。ソファから立ち上がると洗面台からドライヤーをわざわざこちらへと持って来た。近くのコンセントに繋いで。

「ねぇ、これからどうするの?」

 少し古い型だからか、やけに音がうるさいドライヤーだった。その音にミナミの小さな声が混ざる。
何か言っているのは分かったので、ジェノサイドは聴力に神経を注ぐ。

「あんたはさっき、もう関係ないから関わらないって言ったよね? それってつまり、ウチらももうジェノサイドの人間だから関係無いし関わるなってこと?」

「それ以外に何の意味があるんだよ」

「いや、だって悔しいし」

「気持ちは分かるが無理なモンは無理だ」

「無理?」

「そうだ。権力ってもんがどれだけ強いものかお前には想像出来るか? した事あるか? 確かに今日見てみて、五百城の野郎は頭が狂ったバカだと思ったよ。だがそれでも奴は結社の人間だ。権力を握った議員の一人だ。そんな人間を一般人でもあり深部ディープ集団サイドの人間でしかない俺が殺してみろ。どうなると思う? この世界の情勢に疎い俺でも、どうなってしまうか何となく想像はつく」

 殺しても抹殺され、殺さなくとも抹殺される。
ジェノサイドはそう言いたかった。権力とはそれほどまでに、一般人との間に大きな壁を作ってしまう。

「それでも……ウチは悔しいよ……」

「俺だってなんとかしたいさ。だが現状ムリなもんはムリだ。そんなお前が出来る事はただ一つ。この、身柄が保障されたこの環境の中で不自由なく静かに暮らせ。それだけだ」

 そう言っては立ち上がり、静かに部屋から出て行った。動作は早い。
その間彼女の顔は見ていない。見てはいけない気がした。自身の意思が揺らぎそうな、そんな雰囲気を察したからだ。
もっと言うと、ミナミの表情を見るのが怖かった。

「ったく……女ってのは面倒くせぇな」

 ジェノサイドは誰もいない廊下で静かに呟く。スマホの画面を覗いた。時刻は夜中の三時であった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.35 )
日時: 2023/10/12 19:53
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: dP/RlTyN)


(眠い……)

 最早拷問に近かった。
なばり洋平ようへいは日付の変わった火曜日の午後の今、大学で講義を受けている。
この講義を終えてしまえば、あとはフリーだ。本来であればこの後に始まるサークルへ顔出ししてもいいし、昨日から続いているメガストーン探索に行ってもいいかもしれない。尤も、その時間になれば日は沈み黒一色となるのだが。
そんな中隠が格闘していたのは、この後の予定決めでも無ければ退屈な講義内容でもなく、己に舞い降りた睡魔とだった。

 あれから隠はほとんど眠れなかった。
ミナミとのやり取りで三時まで起きていたのはいいものの、あれから自分の部屋に戻りベッドで横になったが眠気はやって来なかった。仕方なくそのままスマホをいじっていたらいつの間にか東の空が白みはじめたという訳だ。

(くそ……やっぱりあの後目を瞑るなりして無理矢理にでも寝とくべきだったんだ……。今日一日ずっとこの調子だったし調子が出ねぇ)

 ノートに文字が走らない。教室の前面、モニターの横で抑揚の無い、声の変わらないリズムで静かに話し続ける教授のそれは子守唄にしか聞こえてこなくなる。
もういいや、と隠の意識はそこで途絶えた。



 講義終了のチャイムが鳴った。教授が時間通りに、丁寧に締め括ったタイミングでの事だった。不思議なことに隠もそこで目を覚ます。
不思議と爽やかな気分だった。講義内容を犠牲にして得た睡眠時間はそこまで多いものではない。恐らく短すぎず長すぎずのこの時間が今の彼にとって丁度良かったのだろう。

(終わったか……。さて、と)

 隠は講義の前半部分しか書けていないノートを見て引きつる。もしもこの、書けていない部分が試験に出た場合どうすれば良いかなどを考えるも、どうにも出来ない問題ゆえにそこで考えるのを止めると無造作にカバンにそれらを片付けた。

 時刻は十八時。本来であれば、これから別の教室で始まるサークル『Traveling!!!!』の活動が二時間の間だけ始まる。
昨日はメガストーンの探索と赤い龍の対応とで行けなかった。なので可能であれば行きたかったと思っていた矢先。

「おう、レンじゃん」

「……穂積ほづみ?」

 大学構内にあるコンビニへと続く道の途中、隠は穂積ほづみ裕貴ゆうきと会った。この時間帯はこの日最後の講義のコマが終わった後というのもあって、帰る人で構内は混雑する。そんな人混みの中で知り合いを一人見つけるという彼の観察力には凄まじいものを感じた。
たとえ混んでいなくとも、この大学の学生の数は多い。普段から講義以外で知り合いに会える事自体かなり珍しいと感じるレベルのものだ。

穂積裕貴。彼も自身と同じサークルに所属する、同学年のメンバーだ。
やや太り気味な体型で眼鏡を掛けている。性格は基本穏やかだが正義感が強い一面があり、頼もしい反面対応が面倒に感じる時もある。
実際に隠は彼と対立しかけたこともあった。

「お前今日これで授業終わりか? この後一緒にサークル行かね?」

「あー、行きたいのは山々なんだが今日はパスするわ」

「とか言ってお前昨日も来なかったじゃんかよ。どうかしたのか?」

「あぁ……まぁな。ちょっとメガストーン探してた」

「メガストーン?」

 あまりピンと来ていない様子だった。穂積もポケモンはプレイしている。バトルの腕も悪くない。先輩たちと戦っても良い勝負が出来るレベルだが、それはゲーム上の話でしかない。隠のように、実際に戦わせるとなるとそこまで強いという訳でも無さそうだ。これは隠の勘だ。

「あれ? 佐伯さえき常磐ときわ先輩から聞いてねぇ? 今って時間と手間さえかけりゃメガシンカ出来るようになったんだぜ。ゲームの話じゃなく、この現実の話でな」

「マジか」

 本当に驚いているかどうかは分からなかったが、ゲーム内でそこそこ腕が立つとなると現実の世界でもその力の片鱗を振るいたくなるものだ。彼に余計な興味を与えてしまったかもしれないと内心隠は反省する。

「そういう事だし俺はもう行くぜ。運が良ければサークルにも顔出しに行くからよ」

 そう言って隠はスマホで例のアプリから地図を立ち上げた。此処から一番近い反応を見つけるとそこを目的地にセットする。距離はおよそ五キロメートル程のようだ。

「ま、待てよ」

 穂積の呼び掛けに動きかけた足が止まる。

「?」

「お前ってさ……その、ジェノサイドなんだろ」

「今更だな。どうした?」

「大丈夫なのか? お前……結構狙われるんだろ?」

 佐伯からもこの前似たような事を言われたと隠は軽く思い出す。結局のところ、"彼ら"が懸念するのはそれに尽きるのだろう。問題行動として糾弾されるのと比べると、彼らの自分を想う気持ちが伝わって嬉しい気分になる。しかし、隠はそれを表に出すことはしない。

「狙われるって皆簡単にイメージするけどよ、別に毎日遭遇する訳でもねぇんだわ。それに、俺を倒して最強になる! なんて頭の悪い思考回路している連中だぜ。俺がそんなのに負けるとでも思うのかよ」

「そう言ってるうちは余裕そうに見えるな……。なにか俺たちに手伝えることとかあったらさ、」

「ねぇよ。何も無い。だからお前たちはこれまで通り平和な世界で平和に暮らしててくれ。中にはそういう、お前たちの住む世界を破壊しようとしてくる連中も現れてはくるが、俺はそういうヤツらを倒すために動いている訳だしな」

「……」

 無理矢理遮られた穂積は静かになってしまった。反応に困っているのが明らかだ。
それもそうだろう。彼は噂で聞いた程度の話で組織『ジェノサイド』の話を聞いており、その正体が極悪非道なものだと思っていたからだ。
だが、そのイメージは少し前に崩れ去った。
結局のところ明確な説明が本人から発せられないまま今に至っているが、確実にジェノサイドは、隠洋平はそれらのイメージとは真逆の行動を取っている。それらの、イメージと実像とのギャップに彼は苦しんでいるのだろう。

「それよりも、いいのかよこんな所でいつまでも寄り道しててよ。早く皆に会いに行かなくていいのか?」

「……そう言えばそうだった」

「じゃ、そーゆー訳で今日はこの辺で。さっきも言ったけど、時間がもしもあったらサークル寄りに行くからな」

「おう。気を付けろよ」

 そう言って穂積は教室のある方角へと走り出した。彼の後ろ姿を見送った隠もまた、歩き始める。

「さてと、俺もそろそろ動くかね」

 その手には、オンバーンの入ったダークボールが握られている。



「なるほどなぁ……これだとあまり気付かれることもない……のかなぁ?」

 隠のメガストーン探索は早くも終わりを告げた。場所は大学の傍に広がる国道。片側二車線の広い道。それに見合うほどの多くの自動車が走る。時間関係無く交通量の多い道路だ。
その歩道を隠は歩き続け、目的の位置に達する。周りに変わったものは何も見受けられない。何故此処に反応しているのか、そもそも何故こんな所にメガストーンが埋められているのか、全くその理由が見い出せない。
メガストーンは歩道に植えられた街路樹、その根元にある苗木。その土。そこにあった。身体を屈んで軽く掘り起こしただけで以前触れたことのある感触が肌に伝わる。
色合いから察するに、それはジュペッタナイトのようだった。隠は気の済むままに石を見つめると、プラスチックで出来た小物入れにそれをしまう。

「どういう事なんだろうなぁ?」

 自動車の排気音にかき消されるその声だが、それを聞いている者は誰も居ない。にも関わらず、隠は独り言のように呟く。

「こんな分かりやすい場所に配置していたら……普通他の人に取られるよな? 確か皆神みなかみは既に取られていて実物が無い可能性もある……とは言っていたが、こんな人通りの激しい場所で石が残っているなんて少しおかしい気がするなぁ。なんかカラクリみたいなものでもあるんだろうか……」

 公園の水辺、寺の境内、そして、国道の歩道脇に植えられた街路樹の根元。
そのどれもが、人目の多い地点に置かれている。少なくとも隠はそう感じた。

「ひとつ、試してみるか……」

 隠は黒い空を仰ぐ。



 教室の引き戸が静かに開いた。

「おっ、穂積くんだ」

 穂積から見て学年が二つ上の先輩の名里なざと桃花ももかがまず先に彼に気付く。

「こんちはっす」

 返事はするが、どこか素っ気ない。それを察知した名里は隣に座る高草木たかくさぎ結衣ゆいに口元を寄せる。

「穂積くん何かあったのかな……」

「さぁー……。ちょっと機嫌悪いだけじゃないのかな?」

 高草木の思った通りで、穂積は少し気分が優れなかったり機嫌を損ねる要因があると普段とは雰囲気が変わる。それは傍から見て分かる程だ。

「なぁなぁ穂積、レンは?」

「あいつは来ねぇよ。別件だとさ」

「何だそりゃ」

 穂積に話しかけて来たのは彼と同じ二年生の五郎川ごろがわひろしだった。このサークルに似合わず、どこかノリが軽そうで飄々ひょうひょうとしているような性格の男だ。

「んじゃあレンが来ないとなると、今いる人達で決めるしか無いっしょ!」

 五郎川が教室の前面に置かれた教卓の前に立つ。この教室にいる全員の視線を集めた。

「決めるって、何を?」

「今週の土日だよ土日! 俺さー、佐賀出身でまだあんまりこっちの方で遊んだ事無くてさー。ちょっと皆でどっか行かね? と思ってさ」

「上京したって事だろ。それならやっぱり……」

 穂積は少し考えて東京散策を思い付く。池袋に行けば楽しいものはある程度揃っているし、浅草に行って江戸情緒を楽しんでもいい。二年前に完成したスカイツリーに登りに行ってもいい。考えれば考えるほど面白そうなスポットが思い浮かぶ。

「あ、東京はパスで。この前別サークルの皆と行ってきたわ」

「サークル掛け持ちしてんのかよお前!」

「てかこの前彼女と行ってきたわ」

「彼女居んのかよお前!」

 穂積は内心リア充かよこの野郎、と拳を震わせる思いを募らせたが本心ではない。ネタ気分で勝手に思い、自分の中で勝手に楽しんでいるだけだ。

「なんか何処か面白そうな所ないかなぁー……」

 五郎川がそのようにぼんやりと呟いたその時。

「ごめんごめーん! サークルまだやってる?」

 隠洋平が、サークルの人達から"レン"と呼ばれている男が、コンビニのビニール袋片手に教室へと入って来た。

「あれ? 五郎川お前皆の前に立ってどうかしたのか?」

 その袋の中にはお菓子が幾つか入っていた。それを御巫かんなぎ美咲みさきの座る席に投げる。一人暮らしで常に空腹だと公言している彼女だからこそやった事だった。尤も、そのお菓子は御巫のために買ったものではない。皆で分けるためのものだ。それでも、彼女はそれに飛びつく。

「あー、いや。ちょっと今週末皆でどっか遊びに行きてぇなぁと思ってさ」

「暇なんだ」

「まぁヒマっちゃヒマ」

「だったら都心の方でも行けばいいんじゃねぇか? お前たしか住んでんのこの辺だろ。京王線使えば新宿くらい楽に……」

「東京はパスだってさ」

 穂積が遮るようにそれに割り込む。そんな彼も隠が持って来たお菓子に手をつついている。

「そうなのか?」

「この前彼女と一緒に……」

「あっそ」

 五郎川は小さくニヤニヤしながら答える。何か楽しい事でも思い出したのかもしれない。
隠は少し考えると、

「じゃあ横浜は? 中華街とか行ったことあるか? お前」

 小さいことながらも自分の目的が達成出来そうな、そんな予感を隠は抱いた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.36 )
日時: 2023/10/31 20:16
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: QVI32lTr)


 休日になると普段は遅い時間に起きるジェノサイドだったが、今日は珍しく早く起きることが出来た。あらかじめ暗示していたせいだろうか、目標の時間ピッタリだ。スマホのアラームといったものは何も使っていない。

 今日は十一月の十六日。日曜日だ。
以前、大学サークルで日曜に皆で集まることが決まっていた。この後ジェノサイドは友人たちと横浜へ行く。その為に早起きしたのだ。
ジェノサイドは部屋にある時計を見た。朝の七時。特に理由も無く目標の時間としたものの、これといってやれる事が無い。食堂に行けば朝食を用意してくれるかもしれないが、もしかしたらまだ準備中かもしれない。そう思うと中々部屋から出られなくなる。

 ジェノサイドは机の引き出しからプラスチックの小物入れを取り出した。中にはメガストーンが幾つか入っている。ジェノサイドはケース越しに新たに手に入れたメガストーンを強く眺めた。
昨日は何も予定が無く暇だったので、一日をメガストーンの探索に費やした。お陰で昨日だけで五個も集まった。

「これまでに手に入れたメガストーンはギャラドス、サーナイト、ジュペッタ、ヘラクロス、フシギバナ、リザードンY、ヘルガー、フーディンか……有用なのもあるけどハズレも多いな。メガシンカは種類多いから仕方ねぇけどさ」

 一人呟くとジェノサイドはケースを机の引き出しに戻した。最初こそはこの引き出しに鍵でも付けようか悩んだが、この組織には自分の部屋に勝手に転がり込む不届き者や、引き出しを勝手に開けたり物を盗るような非常識な人間は居ない。これだけでいいのだ。
変化は他にもある。机の上に、白い杖が置いてある。杖と言っても歩行用のそれではない。三十センチメートルほどの大きさで、手に持って振るったり、黒板を指したりする時に使う指示棒のような代物だ。手で握る部分にキーストーンが嵌め込まれている。組織の人間に作らされた、メガシンカに必要なデバイスだ。

「……」

 時間稼ぎをしたつもりだったが、五分ほどしか経過していない。それは、あまりにも退屈すぎた。

「しゃーねぇ。とりあえず行くか」

 ジェノサイドは特に何も持たず部屋を出る。

 食堂に入ると、自分以外の利用者は一人だけだった。それも、テレビ近くに陣取っては画面を凝視している。
この組織の人間たちは自分に似て早起きは苦手のようだ。

「あれぇー? レン君? こんな時間に珍しいねー。おはよう、どうしたの?」

「秋原……お前もう準備してたのかよ早ぇな。」

 調理場からひょっこりと顔を出してこちらに声を掛けてきたのは秋原あきはら友梨奈ゆりな。ジェノサイドにとっては今となっては数少ない、高校時代から交友関係を持った友人の一人だ。
彼女は組織ジェノサイドの非戦闘員ではあるが家事が得意なため、食堂で日々構成員のために料理を振舞っている。

「悪い秋原。朝飯ってまだ出来てないよな?」

「うーん……。目玉焼きで良ければすぐにでも。ご飯付ける?」

「トーストで頼む」

 親子のようなやり取りを交わしてジェノサイドは適当に目に付いた席に座る。
その途端、ジェノサイドは物思いに耽る。

 今日の横浜での集合時間は十一時。なんでも、昼は中華街で済ますらしい。ジェノサイドはどのタイミングでメガストーンを探そうかとか、五百城いおきあたりが邪魔して来ないなど余計なことばかりを考える。

「はい、どうぞ」

 秋原が席まで調理済みの朝食を持って来てくれた。塩胡椒が振られた目玉焼きと綺麗に切られたトマトとレタスが添えられている。トーストも一緒だ。

「早っ。もう出来たのか」

「そんなもんでしょ」

 体感では二分と経っていなかったようにも感じられたが、そんな事は無いようだった。ジェノサイドはすぐに食べ始める。

「今日は何処かへ行くの?」

「あぁ。大学の友人たちと遊びに。横浜まで行ってくるわ」

 見ると、秋原は隣に佇んで食事しているジェノサイドを眺めている。ちゃんと仕事しろとからかいたくなったが、生憎自分以外に食事を待つ人は居ない。

「そう、仲良いんだね」

「かもな。友人の中にこっちの方であまり遊んだ事がない奴がいてさ、折角だからと何人か巻き込んで散策する事にしたよ。あ、あとそれとミナミ連れて行くわ。大した事じゃないんだけど念の為にね」

「ミナ……ミ……? 誰それ」

 秋原の嘘偽りないその反応を見てジェノサイドは少し笑いそうになった。とは言え、交流が無ければ知らないのも無理は無い。彼女は組織の人間とはいえ、私用を除けば食堂から出た姿を少なくともジェノサイドはほとんど見たことがなかった。最近入って来た深部ディープ集団サイドの人間だと伝えておいた。

「それって大丈夫なの?」

「問題無いでしょ。身分隠せば見分けなんて付かないし。ちょっと用があって一緒に居なきゃいけなくてな。まぁ、大した事じゃない」

 秋原は何か言いたげな、不満そうな表情を一瞬見せるがジェノサイドはそれに気付く事は無かった。ご飯もそろそろ食べ終わるという頃に秋原がコーヒーを飲むか尋ねてきた。

「ホットを一杯頼もうかな」

「元からそれしか無いよ今日は」

 そう言って戻った秋原だが、既に淹れていたのかすぐにこちらにカップを持ってやって来る。

「思ったんだけど、今日はレン君が案内する感じ?」

「そうだな。横浜在住の奴も居ることには居るが、俺だって案内出来る。何度か来た事あるしな」

「最後に横浜行ったのって……」

「ゆーて三年前の春だけども」

「行ったよね、高校のみんなで。楽しかったなぁ……」

 三年前の五月。二人は学校の行事で横浜に行っている。その時の記憶が未だ鮮明に残っているのだ。

「あれから色々あったよね、私たち」

「あぁ。本当に。……本当に色々あった……」

 二人だからこそ分かる。秋原はジェノサイドほど当事者でないにしても、その事情については痛い程分かるのだ。

「さてと。あまり準備が滞っていると遅れるし、俺はミナミ起こしに行ってくるわ。時間あったら何かお土産買ってくるよ」

「ありがとう、レン君」

 コーヒーを飲み干し、テーブルに置くとそう言ってジェノサイドは食堂を出た。



「おや、おはようございます。ジェノサイド様」

「いつからここはお前らの部屋になったんだよ……。まぁここに居ると思って来た俺も俺だが」

 ジェノサイドは彼等が居るだろうと読んで談話室へとやって来た。自分好みの部屋に模様替えしたはずなのだが、いつの間にかミナミとレイジに奪われている。彼等が此処にやって来た時に部屋を充てたはずなのだが、何故か二人はこの部屋で生活している。確かに、この部屋には他には無いシャワールームなどがあるため、特にミナミが好んで使っているのは容易に想像出来る。尤も、本来この部屋は誰もが利用出来る共用スペースだ。そのため、今のジェノサイドみたいに突然他人が入ってくることもある。レイジはそうでもないが、ミナミは当初嫌な顔をしていたらしいが今は慣れたようでそんな反応も無いようだ。そもそも、元からこの部屋を利用するのがジェノサイド本人ぐらいしか居なかったのだから大きなトラブルなど起きるはずもない。

「てか、お前起きるの早いな。いつもこんなもんか?」

「若が起きれば私も起きます。私が若を守る最後の砦のような存在ですからね」

「それをヤツも自覚していればいいがな……」

 レイジは自信満々と言いたげに笑顔を魅せた。二人の仲がどんなものかまだよく分からないジェノサイドではあるが、レイジが思うほどミナミも彼を溺愛している訳ではなさそうだ。

「んで、そのお前が守るべきミナミの姿が見えないんだが……」

「決まっているじゃないですか、あちらですよあちら」

 そう言ってレイジはシャワールームを指す。

「あいつこんな時間から風呂入ってんのかよ。これから出掛けるとは伝えていたからその為か?」

「若は一日に二回は入りますよ。どんな日でも必ず。ところで今……」

「おいおい、あまり長風呂されると困るんだけどなぁ!? 大丈夫なんだろうな、俺はちゃんと伝えたぞ今日の予定について!」

「何処か行かれるのですか? 若と一緒に?」

 レイジは若干笑顔を引きつらせる。遮られても尚尋ねるところを見るに、外見以上に必死なようだ。

「あぁ、まぁな……。お前には言ってなかったなそう言えば。これからミナミ連れて横浜行ってくるわ。どうしてもミナミの手を借りたいもんでな」

「デートですか!? デートなんですね!? 若いお二方が若者に人気のデートスポットに行かれるとは! お義父とうさんはそんな勝手許しませんよっ!」

「デートじゃねぇよ! 俺の大学の友人も一緒だわ! ……てかお義父さん呼びを自分からすんな気持ち悪ぃ」

「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはなぁぁぁぁぁぁい!」

「勝手にエキサイトしてんじゃねぇ! いい加減黙れ!」

 会話に熱くなりすぎたせいか、二人とも荒く息を吐く。ジェノサイドとしてはこのやり取りがネタだと思いたかったが、レイジはどう思っているのかが不明瞭だ。仮に本気で言っていたとしたらその愛はかなり強く、重いものとなる。

「人生に一度は言ってみたくてですね……」

「物好きにも程があるだろ。てかお前、仮にだぞ? 仮にミナミが結婚するってなったら今の台詞言うのか?」

「言うかもしれませんね。言いたくなるかもしれませんね」

「あ、あぁ……そう……」

 レイジの想いに負けたジェノサイドはドン引きし、会話も大人しくなって暫く経った頃にミナミはやっと風呂から上がった。



「今日横浜行くって言わなかったっけか?」

「聞いてたよー。だから準備したんじゃん」

 一切悪びれる様子の無いミナミにジェノサイドは心の中でため息をついた。その原因は時間にある。

「あのなぁ、基地から横浜まで電車で二時間は掛かるんだよ。それで集合は十一時。遅刻するかしないかのギリギリなんだわ今」

「ん? ポケモンで行かないの?」

「こんな季節に東京の西から神奈川の東までとか無理に決まってるだろ……外の目も気になるし」

 二人は今、基地のある林を抜けて駅へと向かっている。珍しく交通機関を使う理由はたった今ジェノサイドが述べた通りだ。

「ポケモンを使うのってそんなにダメなの?」

「ダメって程じゃないが、世間一般からするとポケモンを好きなように操れる俺たちを見る目は羨望や憧れとかよりも恐怖の方が強い。俺たちからしたらそうでもないが、そういう人たちからすると珍しいんだよ俺らは。深部ディープ集団サイド自体かなりの少数派マイノリティだからな」

「ふーん。あまり気にした事無かったかも」

「ったく……」

 会話が続かない。無言の時間が多い気まずい雰囲気の中、二人は駅に着き、少し待って目当ての電車へと乗り込んでゆく。

 目的地に着いたのは集合時間を数分過ぎた頃だった。案の定他に遅れた者はなく、皆がなばりを待っている。

「あー……ごめん皆。ちょっと遅れた」

「いつも通りだろ。普段より若干早いかもしれない」

 樋端といばなかけるがやや強めに隠の肩を何度か叩きながら笑う。見れば確かにそこに居る誰もが笑っているか、呆れているか、そもそも興味を示すことなく誰かと会話しているかのどれかだった。気にする程でもないのかもしれない。

「そうなると、これで全員か。……あれっ? 先輩?」

 見れば、自分たち二年生で作られた塊とは別に、もうひとつ別の塊があった。自分らよりふたつほど学年が上の先輩たちだ。

「やぁレン君。暇だったから皆で来ちゃったよ」

 大柄な身体を揺すりながら波多野はたの幸宏ゆきひろが声を掛けてきた。特徴的なハスキーボイスですぐに彼だと分かる。
佐野さの宏太こうた篝山かがりやま淳二じゅんじの影に隠れがちだが、彼はこのサークルの現会長だ。それに見合ってかポケモンも強い。少なくとも佐野よりは強いとの噂である。

「波多野先輩、少しなら来るかと予想はしていたんですけど……まさか全員ですか……」

「うん、あまり無い機会だしね」

 そう言う波多野の後ろにはサークルに所属している四年生全員が居る。名里なざと桃花ももかが隠にも聴こえるように二年生だけのイベントだったのに、などと言っていたがそんな事を言いつつも彼女も嬉しそうにしている。

「桃花の言う通り、本当は二年だけで集まる予定だったんだよね、すまんな。皆来る事になっちゃって」

 自身の彼女である名里の代弁でもするかのように、篝山がやや申し訳なさそうに言ってきたが、このサークルの二年も四年も大らかだ。気にする人間など居ない。

「別にいいですよ。先輩たちもあと数ヶ月で卒業ですし、皆と居られる内に居ましょうよ」

「レン君……優しいのう」

「……とりあえず向かいましょうや」

 しんみりしている篝山を躱して、隠は今回の主役と勝手にイメージしている五郎川ごろがわひろしに声を掛ける。

「お前中華街とか初めてだっけ? とりあえずそっちから行こうぜ。その為に関内かんない駅に集まったもんだしな」

「それは良いんだが……レン、ひとついいか? その子は誰だ? 彼女?」

 恐らくここに居る誰もが思っていたであろう事柄を、五郎川が代表して尋ねた。"その子"とは当然ミナミの事だ。サークルの人間はミナミはおろか、彼の深部ディープ集団サイドの人間の一切を知らない。

「あー……。まぁ友達だ。今日ちょっと散策以外にも個人的に目的があってな、それで……」

「てめええええええ!! オメーも彼女かよおぉぉぉぉぉ! しかも予告無しに連れて来てんじゃねぇよぉぉ! ノロケやがってぇぇ!」

「だァから彼女じゃねえって言ってんだろうがァァァ!!」

 男子校のようなノリを穂積ほづみ裕貴ゆうきから振られた隠はデジャブを感じつつ絶叫する。ジェノサイドとしての、基地での佇まいと真反対のものを見せつけられたミナミはただただ固まるのみだった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.37 )
日時: 2023/11/15 18:55
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: 74mf9YND)


 関内かんない駅の目の前の横浜スタジアムに沿って歩く事十五分。中華街の門が見えて来た。
朱色の門をくぐるとそこは別世界だった。
煌びやかな光が漏れている店の数々、食欲をそそる香り、ごった返す人々。適当に眺めていると甘栗を売っている屋台もある。

「おー、いいねぇ! これが中華街かぁ……。早速なんか食おうぜ」

 五郎川ごろがわひろしが嬉しそうに皆の顔を見回しながら尋ねる。

「どこでなに食おっか?」

「何を食べたいかによるだろ」

 地元が近い穂積ほづみ裕貴ゆうきは涼しい顔をしている。特に真新しいものはなく、見慣れた光景だ。しかしその裏で、何処に連れて行けば五郎川が喜ぶかを必死に考えている。

「あれ? 先輩たちは?」

 なばり洋平ようへいが自分たちが作った集団の影の数が少なくなっている事に気付く。振り向くと先輩たちの誰もが居ない。

「あ、ほらあそこに居るぞ」

 樋端といばなかけるが指した方向にあったのは「特大肉まん」と掲げられた看板の屋台。そこに作られた行列にて既に先輩たちが並んでいる。

「行動早すぎんだろ」

「なーなー、レンはどうする?」

 残りの二年生たちは二年生たちで纏まって相談をしているらしいが上手く決まらなかったようで、五郎川が彼の方を見る。
佐伯さえき慎司しんじはこういう時自分から意見を出さない。樋端はこの手の事情には弱い。穂積に関しては、

「やっぱラーメンかなー。いっその事食べ放題とか? いや、金掛かるよなぁ……」

 などとブツブツ呟いている。

「何で今日に限って御巫かんなぎが居ないんだよ……」

「あいつ今日バイトって言ってたぞ」

 隠が御巫かんなぎ美咲みさきの名前を出した理由は、彼女が仕切りたがりな面があるからだ。こういう時サッと答えを出して皆を導いてくれる。それもあってか、彼女は来年度のこのサークルの会長に選ばれてもいる。

「とりあえず、食べ歩きにするか店にするか決めようぜ。間違っても両方はダメだ」

「え? なんで?」

 五郎川がとぼけた顔をする。彼は此処が初めてだからいいものの、彼でなければ殴りたくなるような衝動が生まれる、そのような顔だった。

「ここの大体が優しいんだ。店行けば安く済むんだがそれに反してボリュームが半端無い。そんな状態で食べ歩きでもしてみろ。死ぬぞ」

「マジか。すげーな中華街!」

 などと話している内に先輩たちが戻ってきた。謳い文句が事実であるかのような大きな肉まんを数種類抱えている。
大三輪おおみわ真姫まきが今から自分たちがお店に寄る事を彼等に伝えた。彼女も横浜出身の人間だ。中華街でのオススメのお店の一つや二つくらい平気で提示出来る。彼女を先頭に二年生で作られた塊が動き出した。
しかし、その途中に隠が集団から抜ける。

「あれ、レンお前どうした? 道間違えたか?」

「あー……。いや、そうじゃなくてな。俺やっぱ食べ歩きにするわ。金無ぇのよ」

「え、なんで? これから行くの安いとこだよ? レンも行こうよ」

「大三輪、この人数で入れる店なんて食べ放題ぐらいのデカい店しかねぇよ。だから俺は今から行く店がどんなのかを知ってる。けど、そこまでの金が無いんだ。悪いけど皆で楽しんでくれ。俺は適当に安く済ませつつ色々見て回ってるからさ」

 そこにいる誰もが、特に五郎川が意外そうな顔をした。中華街に行こうと最初に言い出したのが隠だ。そんな彼が突然別行動すると言い出したのが妙に引っ掛かる。

「えっ。じゃあウチもー」

 そう言ってミナミも集団から抜けて隠の隣に立った。その瞬間。何かを察したような雰囲気が彼らの中に生まれる。

「あっ、察し」

「"察し"の部分まで口に出す奴初めて見たぞ俺は! だからそういうんじゃねーから! 変に勘違いすんじゃねーぞ佐伯ィ!」

 そう言って隠はその場から走り去った。丁寧にミナミもついて行っている。

「こっちは何も言ってないんだけどなぁ……」

「まぁまあ、恋愛し始めの熱々カップルなんてそんなモンでしょ」

 若干ふざけた意識はあった佐伯の横でニヤニヤと笑う大三輪。無駄に団結しているせいでこの手の話題が少ないせいか、他所からネタが持ち込まれると過敏になるようだ。そんな雰囲気がこの二年生の間には生じている。



「ねぇ……ちょっと! 待ってよ!」

 目的の場所まで走って行きたかった隠だったが、人が多すぎてそれが出来ない。自然と早足になる彼はミナミとの距離を離していく。

「ねぇ何? 皆にウチの事話してなかったの?」

「まぁ……な。ちょっと説明しづらくて」

 ふとしたタイミングで空いた空間を縫うように小走りで抜けてミナミは彼に追い付いた。

「なんでよ。それくらい簡単でしょ。深部ディープ集団サイドの仲間です、くらいさ」

「それがマズイんよ」

「?」

 ミナミは、隠が彼らと深部ディープ集団サイドを巡ってちょっとした騒ぎになった事を知らない。隠としては自分が深部ディープ集団サイドの人間としてバレてしまった以上、余計な恐怖や不信感を与えないためにサークル脱退も考えていたほどだ。だが、諸々あってそれは不問となっている。

「まぁとにかくだ。お前を連れて来た目的のひとつを此処で達成しちまおう」

「ウチを連れた理由? そう言えば何なのよ」

「メガストーンだ。この街に一つある」

「はぁ? 意味分からないんですけど」

 そう言うミナミを無視して隠は地図で示された地点へと到着する。
そこには飲食店が立ち並ぶものとは違う景色が広がっている。

「うわ……これは、何? お寺みたい」

 ミナミが指した建物はお寺ではなく関帝廟かんていびょうと呼ばれる建物だった。文字通り三国志の英雄、関羽を祀る施設だ。

「此処にメガストーンがあるの?」

「そのようだ。試しにお前取ってきてくれねぇか?」

「えっ!? 何でウチが!? 嫌よウチそのせいで余計な戦いになんか巻き込まれたくないんですけどっ!」

「お前メガストーンを何だと思ってんだ」

 そう言いつつある二人だったが、薄暗い廟の中を歩くと不自然に輝く光源を認める。

「……見えるか」

「えぇ……」

 隠としては不思議でしょうがなかった。ここまで人が多い中でメガストーンが光を放っているにも関わらず、その反応が地図から消える事が無い。少なくとも先週から常に地図上では目の前のメガストーンが反応している。

「まず俺が取る。その後にお前から見て何か変化があったら言ってくれ」

 そう言って、隠は手を伸ばした。



「なぁ、リーダー居るか?」

「何かあったんですか?」

 深部ディープ集団サイドのSランク組織、『ジェノサイド』の基地で居留守を頼まれた構成員たちは各々が自分の時間を楽しんでいる。ある者は仲間とポケモンで対戦をし、ある者は読書をしているところをバトルの観戦をしろとそのバトルへと巻き込まれ、またある者は気難しい顔をしている。
そんな、多くの人間の景色が見られる基地の広間にて、構成員の一人リョウが尋ねるような口調で叫ぶ。彼に反応したのは読書していたところをケンゾウに邪魔されたハヤテだった。

「いやぁ何かあったって訳じゃねぇんだけどさ……」

 リョウはスポーツ刈りにした頭を搔く。何でも、外部と思われる怪しい人間が基地の周りをウロウロしているらしい。

「基地の周り? という事は地上でだよね?」

 話し相手がジェノサイドでないと分かると、ハヤテは口調を変えた。誰が相手でも敬語になりそうになるのは彼の一種の癖のようだ。

「まぁな。よく居る廃墟マニアが工場を見ているだけかもしれないが、その割には何かを探しているような素振りしてんだよね」

「どうしてそれが分かったの? やっぱりカメラ?」

 リョウは無言で頷く。ジェノサイドの基地は地上に立てられた、廃墟と化した工場の地下に作られている。外から見る分にはそこに百人規模の人間が住んでいるとは見えない造りになってはいるが、彼等が在籍しているのは全てが赦されている世界だ。念には念をと地上の工場には怪しい人間が来ないかカメラを幾つか忍ばせている。

「相手は? 一人?」

「一人だな。それも女っぽい」

「うーん、分からないなぁ……。まだ怪しい行動するようだったら物陰から脅かして立ち去らせておいて」

「分かった、もうちょっと様子見てくるわ」

 そう言ってリョウは広間を出た。
と、思ったらすぐに戻って来る。

「改めてカメラ全部見てみたけどなんか居なくなってたわ。迷って此処まで来たか、ただの廃墟好きのどちらかっぽい」

「……だと良いけどね」

 ハヤテは不安が混ざった溜息を吐いた。



「メガストーンね」

「あぁ、間違い無い」

 横浜中華街にある関帝廟にて、隠とミナミは二人してしゃがみ込んでは彼の掌にある黄色いメガストーンを見つめていた。
色合いを見るにデンリュウナイトのようだ。

「あれから何か変化はあるか?」

「うーん……。あれっ?」

 唸ったはずのミナミはデンリュウナイトが落ちていた地点の方へ向いては不思議そうな声を発する。そして、彼の肩を物事を急かしているようなリズムで素早く叩く。

「ねぇ、えっと……レン!」

「お前まで"レン"呼ばわりかよ……別にいいけど。どうした?」

「メガストーンが。まだそこに落ちてる!」

「は?」

 その報告に単純に驚いた隠はそこへ意識を移す。だが、隠の目にはメガストーンも落ちていなければそれを示す光も無い。

「ミナミお前……何を言ってるんだ? メガストーンならついさっき俺が取ったろ。俺の目には何も見えない。別の物体の反射した光か何かと間違えたんじゃないか?」

「そっ……そんな事ないよ! ウチには見える! ……ちょっと待ってて」

 ミナミはそのまま腰を上げて数歩静かに歩く。メガストーンの地点は目と鼻の先にあるので他の参拝客が多いという以外に懸念点は無い。実際なんの問題も無くミナミはその場に立ち止まっては屈み、手をかざした後にこちらへと戻って来た。

「……ほら」

「信じらんねぇ。これはどういう事だ?」

 ミナミの手にも同様にデンリュウナイトが握られていた。

 それから暫く経った頃。

「あ、もしもし? 佐伯? 今どこにいるかって?」

 思いがけない結果となったものの、目的のひとつを果たした隠は別行動となってしまった佐伯と連絡を取っていた。隠とミナミの二人も既に食べ歩きからの昼食を終えている。
何処にいるか、と問われて隠は静かに辺りを見回す。そこにあるのは、お世辞にも綺麗とは言えない水を湛えてはいるが静かな港とそれに面して広がっている綺麗な公園だ。

「山下公園。って言えば分かるかな? そこに俺と友達のミナミと二人で居るから合流しようぜ。ゆっくりでいいよ。皆ペースバラバラっしょ? 昼? もう食べた」

 通話を切ったタイミングでミナミが傍に寄ってきた。彼女はその腕に天津甘栗の赤い袋を抱えている。

「どしたの?」

「さっき別れた友人から。今居る場所を聞かれたから山下公園とだけ答えといたよ。じきに皆来るから少し此処で待ってるか」

 そう言うと隠は手頃な芝生を見つけるとその場で寝転ぶ。頂点の陽射しが眩しく、暖かい。気温、潮風、陽の光、静かな風景。それら全ての要因が今の隠にはとても心地良く感じられる。

「いつ来るの?」

「分からねぇな。この後は公園突っ切る散歩道沿って赤レンガ倉庫寄ったり、すぐ隣の遊園地で遊んで最後にランドマークタワーっていう予定だから奴等は必ず此処には来るが、あいつらは団体で行動している癖に協調性がゼロだからな。全員が全員歩くペースバラバラだし、勝手な行動取る事もあるようなマイペースぶりだ。だからかなり遅いかもしれない」

「えーっ、何ソレ退屈なんですけどー。戻って合流した方がよくない?」

「手間掛かるだろ。それにお前今更中華街戻って何すんだよ。中華まんと水餃子に月餅げっぺいまで食べて今も甘栗頬張ってんじゃねーか。まだ食い足らねぇって言うのかよ。あっちの観光地らしき観光地も関帝廟くらいしかねーぞ。俺の知る限りでは」

 早口で一気に喋ったからか、少し疲れた気がした隠は目を瞑った。
今の彼に届くのは木を揺する風の音のみである。

「……ねぇ」

 どこか思い立ったような表情をしたミナミは隠の隣に静かに座る。

「ねぇレン」

「聞こえてるよ」

「どうしてあんたはジェノサイドで、深部ディープ集団サイドに居るの?」

「話題変わりすぎだろ」

 多少の時間を犠牲に、仲が縮まった"仲間"からは決まって問われる質問だった。隠としても何度訊かれたかもう既に覚えていないほどだ。
隠は一呼吸置いて目をゆっくり開ける。

「そうだな……。俺や"俺たち"がジェノサイドとして活動する理由はただ一つ。ポケモンの保護だ」

「それは違う! ……あ、いや……えっと、違うって事はないんだけど……」

 予想していない返事が来たせいかミナミは慌てる。元来の性格らしく喋るのが苦手そうだ。思えば初対面の時も一言も言葉を発する事がなかったはずだ。

「なんて言うのかなぁ。あんたが"ウチらの世界"で行動するには目的や理由がまだまだあるような気がして……ね」

「本気度が違うとか、真面目とかか?」

 ミナミから返事が無かった。代わりに頷きのひとつでもしていたかもしれないが、隠はそちらを確認していない。

「どーなんだろうなぁ……。ぶっちゃけ理由なんて幾らでも作る事は出来るさ。俺だってジェノサイド結成当初は成り行きでこうなっちゃった訳だから目的らしき目的も定まって無かったし。そこで半ば苦し紛れに作った言い訳が"悪用されかねないポケモンそのものの保護"については否定出来ないかもな」

「成り行きって……」

「そういうお前こそどうなんだよ。そこらに居そうな高校の制服着ながら街歩いてる学生とそんな変わらないお前が、何で深部ディープ集団サイドっていうアウトローな世界に身を置いているんだか」

「もうウチは高校生っていう年齢じゃありませんからーっ!」

「喩えで言っただけだよアホか。とにかく、今日はアイツらも居るし深部ディープ集団サイドの話題はナシで頼むわ。ほら、丁度アイツら来たし」

「むっ、上手く逃げたなぁー」

 隠は芝生から立ち上がり、手を振る。その先には歩くスピードが違うせいで二年と四年とのグループの間で差が広がっている集団が居た。



「おいレン〜。お前なんで離れたりしたんだよ。皆で飯食えば良かったのによォ」

「悪い悪い、俺は俺でちょっとやりたい事あってさ」

 目当てのグルメは堪能出来たが全員が揃っていなかったという事で残念そうな口振りだった五郎川との会話に、大三輪が乱入する。

「やりたい事って何? 二人じゃなきゃ出来ない話?」

「お前は引っ込んでろ。変にニヤニヤしてんじゃねぇ」

 そう言っては彼女の頭を押し出す。女性に対する振る舞いでないのは自覚しているが、そういうものが通じるのがこのサークルの集まりなのもまた事実である。

「ところでレン君、此処を合流地点にしたのは何か理由があるのかなぁ?」

 そんな後輩たちのやり取りを見ていた佐野さの宏太こうたがこの場にいる誰もが思った事を代表して投げる。地図を見れば通過地点と言うのは分かるのだが、どうもそれ以外の理由がありそうな気がしてならないのだ。

「そうですね。それについてなんですけど……」

 隠はスマホを取り出しつつアプリを立ち上げる。勿論例の地図アプリだ。

「なんだ? レンお前場所分かんねぇの? 案内なら俺がしようか……ってお前その地図何だ? なんか変な反応あるけど」

 穂積裕貴が顔を覗かせる。穂積にとってもメガストーン探索用の地図アプリは不可解なものに見えるらしい。

「メガストーンだ。この近くに埋まってる。それに関してちょっと皆に手伝って欲しい事があってな……」

 一番近い反応はこの公園内にあるものの、少し離れているようだった。隠は先頭に立つとついて行くように、というジェスチャーをする。
一行は少し歩いた。途中、氷川丸ひかわまるという、常時係留されている黒い船を通り過ぎたあたりで隠は立ち止まった。
そして、その様子を見ていたらしき人影もベンチから立ち上がると彼に忍び寄って来る。

「すいません、突然失礼します。少し宜しいですかな?」

 その人影は丁寧な口調で隠を呼び止めた。
彼は誰とも知らないそれを見て怪訝な表情を見せる。
初老の男性だった。クリーニングから出たばかりのような綺麗な黒いスーツを着用した、どこかただならぬ身分を思わせる反面、優しい顔をしており、好々爺といった印象がまず初めに飛びついてくるような外見のお年寄りな男。整えているのかは分からないが、白く小さい口髭を生やしている。見ればその髪にも白いものの中に黒い髪がほんの数本紛れている。

「隠……洋平さん、かな?」

「失礼ですが貴方はどちら様で?」

「貴方は隠洋平さんでいらっしゃいますか?」

「いいえ。人違いですね。私じゃありません」

 嘘だった。隠は深部ディープ集団サイド絡みの余計な問題を生み出さないために本名は可能な限り秘匿している。こちらの質問に答えなかった時点で"知らない人"から"話を聞かないせっかちな少し怪しい人"へと変化する。

 一見すると嘘には見えないその自然な対応に、初老の男性は小さく笑った。

「中々……面白い方で。どうやら人違いだったようで。失礼しました、ジェノサイドさん」

 初老の男はそう言って背を向けて立ち去ろうとする。
隠は心臓を鷲掴みにされたような気分の、嫌な胸騒ぎを覚えつつもその男を呼び止める。
男はそれすらも"フリ"であったと言いたげに優雅に体を回転させては再び隠と相対する。

「アンタは……何者だ」

 隠にとっては目の前の男が恐ろしく感じた。深部ディープ集団サイドにおける渾名だけでなく、本名までも押さえている。渾名を知っている以上、少なくとも"そちらの世界"を把握している人間だろう。つまり、一番知られてはならない情報を手にした人間とぶつかってしまった格好となる。
そして、隠の背後には深部ディープ集団サイドを知らない友人たちも居る。彼等を巻き込みたくなかったが故に正に最悪のタイミングと言えるだろう。

「私は……神々廻」

 初老の男性は微笑むと軽やかに名乗る。

「中央議会下院議員の神々廻ししばまことと申します。この度は初めまして、隠洋平改め……。ジェノサイドさん」

 絶対的な立場とは裏腹に、神々廻と名乗った男は深くお辞儀をした。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.38 )
日時: 2023/11/15 18:57
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: 74mf9YND)


「怖い顔をしているね?」

 神々廻ししばまことと名乗ったスーツ姿の老人は、そう言いつつも笑顔を絶やさなかった。

「少し、お話があるんだけど……宜しいかな?」

「先生、彼は……」

「いいんだよ。私なら平気だ。彼と話がしたい」

 時間を取られたくなかったからだろうか。神々廻の後ろに控えていたスーツ姿の男が横槍を入れようとするも、本人がそれを跳ね除ける。見た目と距離感から察するに彼は秘書のようだった。

「いいかな?」

「申し訳ないが今はダメだ。"ヤツら"も居る」

 なばりはそう言って意識を後ろに集中させる。振り返るまではしなかったが、一瞬だけ首と目を動かす。彼らは見えなかった。
それと同時に、ダークボールを掴んでは彼等に見せびらかした。その気になれば動くぞ、という隠なりのメッセージだ。

「では、二人でどうだろうか? そこにベンチもある」

「お互い手出しをしないと約束するなら」

「よし。いいでしょう」

 そう言うと神々廻からベンチに腰掛けた。その隣に、隠が座るには余裕のある空間が出来る。
隠は念の為にと誰にも気付かれないように"イリュージョン"を込めながらゾロアークを放った。隠に何かあった時のための予防策だ。

「まずは……。怖がらせてしまって申し訳ない」

 隠が座ってすぐに神々廻は再び頭を下げた。

「君の事は今日此処に、この街に居るとハッキリと分かるまで多くの事を調べておいたんだ。君は……何度か議員さんと戦っているね?」

「流石は議員サマ」

「いやいや、ちゃんと理由も調べた。その上で判断したんだ。君は"分かってくれる"人だと」

「何が言いたい」

 優しい顔、優しい口調の話し相手だが、隠は一度として忘れた訳では無い。今目の前に居るのは結社の人間だと。つまり、五百城いおきわたると同じ種類の人間だと。

「私は君の敵では無い。味方ですよ」

 そう言って神々廻は微笑んだ。口角の動きに合わせて口髭も小さく揺れる。握手を求めたがっているのか、それとも単に癖なのか掌をそわそわさせていた。

「信用されると本気で思ってるのか」

「私は目的を持って今日君に会いに来たんだ。その為に部下を使って基地を調べさせたり、前日まで大学に潜入させて君の行動を見させてもらったよ」

「テメっ……まさか!?」

 再び隠は心臓の鼓動を早まらせる。そして察知した。やられた、と。
よりにもよって結社の人間に、自分と比べて天地ほどの実力の差こそはあれど、決して逆らえない権力を握った人間相手に、絶対に知られてはならない基地の情報が漏洩した。プライベートである大学生としての動きも把握されてしまった。明らかな脅迫、交換条件の素材だと隠は悟ったのだ。

「いやいや、落ち着いてほしい。これらの情報は、今日君が確実に此処に居るという証明のための小さい情報に過ぎない。私と君とは今日まで接点も何も無い、赤の他人同士だったからね」

「結局……何なんだ?」

「私が得られた君の情報を秘密にする代わりに私の頼みを聞いて欲しい……なんて事は言わないよ。私は君の味方だからね」

 その言葉の全てを信じる訳にはいかないが、明言してくれた分隠が抱えていた苦しみが少しだけ緩和された。もしかしたら、本当に味方なのではないかとも一瞬思ったがまだ油断は出来ない。

「お願いがあって訪ねたんだ」

 神々廻はそう言うと、胸ポケットから小さな石を取り出す。よく見るとメガストーンだった。

「これを君に託す。その代わりに私の願いを聞いて欲しい。中央議会下院議長の五百城先生を知っているね。先生を、彼を……処分してくれないだろうか?」

 その唐突でしかない物騒な単語を聞いたせいで。

「なっ……」

 隠の息が詰まった。

「ご存知の通り、五百城先生は中央議会の下院議長だ。私たち議会には下院と上院が存在していてね。五百城先生はその二つを繋ぐパイプ役みたいなものなんだ」

「なのにあんなクソふざけた真似を……」

「そう。そこなんだ。実は五百城先生の最近の行動には私たちも困り果てていてね。だけど誰も諌める事は出来ないんだ。そんな事をしてしまえば誰であっても立場を失ってしまう」

 そう言えば、と隠はひとつ思い出した。神々廻は先程自分を"下院議員"と名乗った。対して五百城は"下院議長"。五百城の方が立場は上である。二人の年齢を比べると明らかに神々廻の方が年上であるのに対し、五百城は議員という立場から見てもかなり若い方だ。ここにもなにか裏があるのではないか、と勘繰ってしまう。

「正に誰も文句を言えない訳だ」

「そう。五百城先生の言い分には理解出来る点はあるんだ。どんなに擁護したとしても、君たち深部ディープ集団サイドにはよろしくない連中が居る。私たち議会にも従わない連中も居る。取り締まるべきだという点では賛成だ。だが、先生のやり方には全くもって賛同出来兼ねる。どんな人間が居るにしても君たち深部ディープ集団サイドは私たちが抱えるべき仲間だ。現場で動いてもらっている仕事仲間と言ってもいい。だが、先生はそんな仲間に対していちゃもんや難癖をつけ、無理難題を押し付けて、それが得られないとなると不穏分子として処断している。更には彼らが抱えていた財も全て没収しているんだ。内部の情報によると、その没収した財産が議会宛に送られたという形跡は皆無との事らしい」

「本当に好き勝手やってるのな」

「正に、その通り」

 隠の神々廻に対する不信感は怒りへと変貌し、その矛先はいつの間にか彼から結社へ、そして五百城へと向かっていた。あれだけ警戒していた神々廻だったのだが、今となっては目線こそは合わせないものの、その話を真剣に聞いている自分がいる。

「五百城先生が何を企んでこんな真似をしているのかは私たちでも分からない。だが、やっていい事の範疇をとうに超えている。このまはまでは私たちでもどうする事も出来ない。だから……お願いだ」

 神々廻は身体の向きを変えた。ベンチに座っているので上半身を隠に向ける。

「貴方の命と立場は私が保障する。この石も差し上げる。だから、どうか……。五百城渡を処分してほしい」

 それまで港を眺めていた隠は、横目で神々廻を見つめる。両手を膝に当てて、正に強く頼み込んでいるようだ。

「……理由は他にもあるんだろ」

 微かに感じ取った違和感に気付いた気がした隠は軽く鼻で笑いながら視線を港に戻した。

「議会全体の問題なら、何もアンタが俺の元に来る必要は無い。アンタが来て、アンタが頼むことに意味があるんだろ。例えば……五百城が消えたとして、そのポストに着くのがアンタ。とかな」

 神々廻は姿勢を正すと、ほう、と小さく声を発した。その目も、面白い物を発見したという眼差しをしているので今の彼が何を思っているのかそのイメージを隠は出来ない。

「まぁ……そこは俺には関係ねぇか。あ、あともう一つ。俺の事調べたって言ったよな?」

「う、うむ。私で追えるものの大体まで……ね」

「"どこまで"調べた?」

「……」

 隠は唸るように言った。語気をはっきりさせ、強く訴えるかのように。
それに神々廻はほんの一瞬だけ狼狽えたらしかった。

「私が分かる範囲まで。君の経歴の全てを……かな」

「そうか」

 内心そうだろうとは思った。だが、そうなると神々廻がこんな物騒な頼み事を自分にしてくるには引っ掛かる点がひとつだけ在る。

「俺の事を調べたのなら分かるはずだ。俺は人を殺さないと」

「そのよう……だね?」

「頼む相手は俺で本当に良いんだな?」

 そう言われた神々廻は暫し唸った。その様子を見て、隠は余計な事を言い過ぎてしまったかもしれないと若干の焦りと後悔を覚える。

「君でいい。いや、君だからこそだ。君は……"この世界"の頂点に位置する最強なのだろう?」

「やはりそう来るかよ」



 それから少しして神々廻は隠の元を去った。
約束通りメガストーンを渡し、そして自身の連絡先も添えて。

「ね、ねぇ……。今の誰だったの?」

 嫌な胸騒ぎを同様に覚えたのだろうか、ミナミがまず先に駆け寄って来る。

「結社の人間だ。だが五百城の差し金じゃねぇ。むしろその逆のようにも見えた……」

「アイツじゃ……ない? ウチらの味方って事?」

「それを殊更に強調していたようだったが、正直油断は出来ねぇかな」

 隠は見たことも無い色合いをしたメガストーンを眺めながら丁寧にポケットへとしまう。
二人より離れた位置にて、サークルのメンバーたちが物珍しそうな目で隠たちを眺めていた。



 気を取り直して隠は本来の活動を再開した。
手始めに隠は穂積ほづみ裕貴ゆうきを呼ぶと、指定した地点に立つように指示する。

「何があるってんだ?」

「まぁまぁ。少しだけ協力してくれ。代わりにそこにあるであろうメガストーンやるから」

「なるほどね。何処まで歩けばいいんだ?」

 穂積に問われた隠は、地図アプリと交互に見ながらメガストーンが埋まっているであろう方向を指した。陽射しで分かりにくいが今回も埋まっている場所は輝いているようだ。

「おーけーおーけー。右に二百歩、下に二百五十六……」

「異世界に飛ぼうとすんな」

 穂積が目的地に到達したので、その場で手を翳すように言う。言われた穂積もその場でしゃがんでは、何かを掴んだような違和感を覚えたような苦い顔をした。

「どうだ、何かあったか?」

 隠もそこまで一目散に走っては地面に触れる。やはり、メガストーンだった。

「ミナミ! お前もだ」

 隠はやや離れた位置に立つ彼女の姿を捉えると手招きしつつ叫んだ。ミナミも恐る恐るこちらへとやって来る。
結果として、三人の手には同様の色をしたメガストーンが光っていた。

「おい、レン……これは……?」

「どうやらアブソルナイトのようだな。お前も俺みたいにキーストーンを手に入れた状態でアブソルをバトルで使えばメガシンカが出来るぞ。穂積お前アブソルは?」

「ボックスに居たかも……。てかお前俺を利用したな!?」

「別にいいだろ、お前だってこれで強くなれるんだし。とりあえずこれで答えが出たかもしれねぇな……」

「答え? レンお前何言ってんだ?」

 巻き込むだけ巻き込まれて置いてけぼりにされている穂積を無視して、隠は物思いに耽る。自分を含めた、三人の掌とそこに輝くメガストーンを見つめながら。

「成程、これもゲームの"再現"ってワケか」

「レン?」

「何だって?」

 独り言に反応したミナミと穂積にこの事を説明しようか、そもそもその必要があるのかで一瞬悩んだがそのままにするのも可哀想だと感じたのでここまでの流れを話す事にした。

「俺はずっと気になっていたことがあるんだ。このメガストーンてな、誰でも触れられる場所にある事が多いんだ」

「触れられる……。そりゃ、まぁ、確かにな」

 穂積は言われて気付いて周りを見た。この山下公園は常に人の出入りが激しい。

「なのに、俺の手元にあるメガストーンの探索アプリでは常に反応が示されたままなんだ」

「なんでそんなわけわかんねーアプリがあんだよ。……って事はつまりあれか? メガストーンが現実に存在する以上、有限だと。んで、人の多い場所に配置されている。途中で誰かに取られててもおかしくないのに、反応が消えないと。それがおかしいと。お前さんはそう言いたいのか?」

「それだ。そう言いたかった」

「確かにおかしいな……」

 隠の所属するサークルは、ポケモンを遊ぶ人は多いが全員では無い。当然メガシンカを知らない人も居る。穂積がここまでスラスラと理解出来たのは彼が最新作のポケモンに触れているのが大きかった。

「だが、今日で確信した。この反応はゲームと同じだ。ゲームだとデータの数だけアイテムがあるだろ?」

「それを言ったらデータの数だけカロス地方がある事になるんだが……。いや、だとしてもよ? だとしてもおかしくねぇか? 実質無限に湧き出る物質なんて科学的にどうなんだってなるだろ」

「そこは俺も分からん。分からんが……」

 腕を組みながら隠はかつての世界の姿を瞼の裏で思い出した。その世界で敵対し、しかし長い間心強い仲間だった老人から発せられた言葉が、まるでたった今聴いたかのような鮮やかな音質で蘇ってくる。

 世界そのものが大きく変わろうとしている。変化している。隠はそれを言おうとして喉元で止めた。今ここで言っても恐らく理解される事は無いだろう。
結局隠は分からない、とだけ言うと今回の目的を終えた。あとは皆に任せてついて行きつつ横浜という街を楽しむだけだ。



「あー、疲れたぁ」

 陽が落ちて大分時間が経った。
みなとみらいという街を象徴する観覧車のコスモクロックが示す時計は夜八時を指していた。観覧車そのものが派手なイルミネーションで飾られ、デジタル式の時計が備え付けられている。

 あれから隠たちは山下公園を通った後は商業施設である赤レンガ倉庫で少し買い物をしたあと、遊園地であるよこはまコスモワールドに寄って一通りのアトラクションを楽しみ、後に運河の上に敷かれた遊歩道である汽車道を通って桜木町駅へと到着。そこにあるランドマークタワー内にあるポケモンセンターヨコハマでポケモン勢を湧かせて今回のイベントは終わりを迎えた。

 疲れたと言った割にはその顔は清々しいものがあった。思えば、神々廻とのやり取りを除けばここまで深部ディープ集団サイドの要素が無い平和な休日を友人たちと過ごせた事がとても珍しく、楽しいものだった。ずっとこのままでいいのに、とも願うもそれは彼がジェノサイドである限り決して実現しない。

 今回集まった面々は帰りの方向が違う。駅前で佐野さのが解散、と叫ぶとそれぞれが散った。近隣に住む大三輪おおみわと穂積と樋端といばなは地下鉄方面へ、それ以外の者は大学近く若しくはその周辺に住んでいるので途中までは帰りが一緒だった。
電車に揺れて一時間と少しして聖蹟せいせき桜ヶ丘さくらがおかという駅に着いた。大学への最寄り駅のひとつだ。ここで大学近くに一人暮らしをしている同級生や先輩が一気に降りる。

「それじゃあね、レン君。お疲れ。またね」

 そう言って手を振ったのは佐野だった。隠はサークルの先輩とは誰とも仲が良いが特に気に入られているのが彼だった。わざわざ一言添えて別れるのは佐野一人だけである。一応ホーム越しに手を振っている先輩たちも居ることには居るが。

 気が付いたら一緒に乗っているのは隠とミナミだけだった。他のメンバーは既に降りていたようだ。

「楽しかったね、横浜。また行きたいかも」

「物の値段がいちいち高ぇけどな。だが、あれを都会って言うんだろうな。物や移動には困らないのは流石としか言いようがねぇわ」

 そう言って隠はポケモンセンターで買った色違いのメガメタグロスのストラップを見せびらかした。本人曰く少し高かったというアピールのつもりだろうが、今日集まった人の中で一番のお金持ちが言っても自慢にもならない。

 電車はそろそろ基地の最寄り駅である八王子はちおうじ駅に着こうとしている。
乗った時と比べて乗客が減っている空間の中で、ミナミがそっと口を開いた。

「ねぇ、これからどうするの?」

「これから?」

「結社とのイザコザに関わる気?」

「そうだな……」

 駅に停車した電車から降りた二人は改札を抜けて外の空気に触れる。暫く歩いて人気も無くなった頃に会話は再開された。

「そんな面倒な事する訳ないだろ」

「言うと思った。けど、それだとウソついた事になるね?」

 事情が変わった。
これまでは五百城という絶対悪が存在し、自分たち深部ディープ集団サイドの人間はどのような立ち振る舞いをすれば良いか模索していた間に、この問題は結社内での権力闘争へと化していったことになる。

「半分嘘……かな。メガストーン欲しかったからあの時は承諾したようなフリしたけど、本音では五百城が邪魔ってのはあの人と一致している。殺す、とまでは言わなくとも上手く対処しないとだよな」

「前にウチにはどうにも出来ないとか言ってた癖に。まぁいいや。でも意外。あんな変な奴でも殺さないんだね」

「当たり前だろ」

 二人は街灯の光も満足にない薄暗い、一見何も無いところで立ち止まる。だが、実際には基地を囲むように広がっている林が目の前にはあるのだ。

「決めてんだよ。誰も殺さないって。最初から……ずっとな」



「ただいまー。お土産あるぞー。ほら食え食えお前ら」

 基地に帰還したジェノサイドは広間に入ってそう叫んだ。案の定、多くの構成員が集まっている。
ジェノサイドはポケモンセンターで買ったポケモンのクッキーをこの部屋の真ん中に置かれていたテーブルに置いた途端、この部屋に居た自分以外の全ての人間が群がった。
中にはわざとなのか、吠えたり取り合ったフリをした者もいる。それらを知った上でかジェノサイドはそんなにねぇよ、と呟くとその部屋を後にした。次に向かったのは今となってはミナミとレイジの部屋と化している談話室だ。

「それで、どうでした? デートは」

 言った途端レイジは枕で殴られた。殴ったのは当然話を聞いていたミナミだ。
まるでお約束とも取れるような二人のやり取りを見て慣れてるな、と感じたジェノサイドはロッキングチェアに座ってレイジの質問に答える。

「別に。途中で結社の人間と会って暗殺依頼された。謎のメガストーン貰った」

「……楽しいんですか、それ」

「あとは中華街でグルメ楽しんで公園で散歩して遊園地で遊んであとは買い物もしてきたかな」

「……理想的なデートじゃないですか、それ」

 再び枕で殴られるレイジ。二度目はやや強めだった。レイジは元にあった場所に枕を戻し、ミナミは洗面所へと向かう。

「それはどうでもいいだろ。だが同時に疑問も解消された。メガストーンの場所さえ分かっていればその場に居る誰もがメガストーンを手に入れられる事が分かったからな。お前も望むなら今後の探索に加えるが……どうする?」

「まるでそれが本来の目的のようですね。ですが……良いですね。面白そうです」

 レイジの了承を聞きながらジェノサイドは椅子を揺らす。一日中歩き続けたせいか疲れが一気に寄せてきた。

「お疲れですか?」

「あぁ……眠くなってきたかもしれん。快適だからついこの部屋には来ちゃうもんだが、そのまま寝ることがあったらすまん」

「気にする程でもありませんよ。私は適当に眠る事にします。では、ちょうど良い頃合ですし、私はこれで。おやすみなさい。ジェノサイド様」

「あぁ……」

 椅子を揺らしていた足の動きが止まりつつあった。
暖炉から発せられる暖気を感じながら、ゆっくりと目を閉じる。意図せずして意識が剥がされた。
それから二時間後、お風呂から上がったミナミが彼が椅子の上で眠っているのを確認する。

「げっ、此処で寝てるし。別にいいけどさぁ……」

 タオルで頭を拭きながら下着姿で部屋を闊歩するミナミは人一人が横になれる広さのカウチソファを眺めながらうんざりしているような口調で呟く。

「こんな所で無防備でいるなんて、命が危ないとも思わないのかしら? いや、そんな事が無いから平気でいられるのね……」

 今日一日を通して、ジェノサイドのもうひとつの顔を見られた事で彼がどのような人間なのか、それが垣間見られた。ミナミにとっては不思議な一日だった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.39 )
日時: 2023/12/03 10:45
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)


 友人たちを連れて横浜へ行ってから三日が経った。
十九日の水曜日。今週の金曜日にはポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売を迎える。
ジェノサイドは今日までの間に、とにかく時間を有効活用する事でメガストーン探索に力を入れた。その甲斐あって十個しか無かったメガストーンは今や二十二個となっている。残りを数えた方が早かった。

「残りは六個か、頑張ったな俺も」

 学生の身分であるジェノサイドに使える時間はタイミングさえ考慮すれば十分にあった。彼は朝から夕方まで大学にいる訳では無い。例えばその日の講義が午後に一つだけであれば直前に行けばいいし、逆にそれまでの午前中は完全にフリーだ。明るくなり始めた早朝から探し始め、講義の間の空きコマを費やしたりもした。探すのに手間取って何回か講義に遅れたり、そもそも行くのを辞めて講義そのものをサボった日もあった。それほどまでに熱中してしまっていたのだ。
そう言いながら数十分前に手に入れたボスゴドラナイトを眺めながらジェノサイドは基地の食堂の席に座っていた。時間は朝の九時を過ぎた頃だ。この日も講義があるので彼はこれから大学へと向かう。

 ジェノサイドは残りのメガストーンを確認するために、ポケモンの攻略サイトをスマホで立ち上げては見つめていた。ここまで来ると何が足りないのかすぐに分かる。
そうしていると、向かいの椅子が突如何者かによって引かれた。

「?」

「なんかすごく久しぶりな気がする。ゆりながたまになばりの話するから、たまには会えるかもーって思っていても中々会えないもんだね」

 岩船いわふねもえ
高校時代からの知り合いで、秋原あきはら友梨奈ゆりなの友人だ。一時期二人とはクラスが一緒だった事もあり、ジェノサイドとは顔見知りでもある。彼女も秋原同様、一般人でありながら非戦闘員としてジェノサイドに身を置いている立場なのだ。

「座っていい?」

「とか言いながら座ろうとしてんじゃん。まぁいいけど」

 彼女の姿を見るのはかなり久しぶりだった。半年以上は交流が無かったかもしれない。もっとも、この食堂で普段から調理をしている秋原と違い、岩船は表の世界で生活している時間の方が長い。あまり基地にも帰っていなさそうだった。

「久しぶりだな。お前から俺にコンタクト取ろうとするなんて珍しいよ」

「まぁちょっと話したいことがあってね」

 岩船は周囲を伺うように眺めたあと、近くに誰も居ない事を確認して顔を近づけて来た。彼女の狐のように細い目が更に細くなる。

「アンタ、ゆりなに何を言ったの?」

「……は? えっ?」

「怯えているよ、あの子」

 ジェノサイドは冷たい声を刺されて姿勢を伸ばした。そして少しの間考える。思い当たる節はひとつしかない。

「一切関係ないから気にするなって言ったんだけどな……」

「それを言って気にしない子だと思ってるの!? たとえそうで無かったとしても不安にはなるでしょ?」

 頭が痛くなりそうだった。確かに岩船の言う通り余計な事は言わない方が良かったかもしれない。心の中ですまん、と呟いてそれまで俯いていた顔を上げると、岩船の冷たい表情が少し和らいでいるのが見えた。

「それで、何があったの」

「全部言えってか……」

「当然」

 ジェノサイドは悩んだ。秋原と岩船とでは性格は真反対である。大人しめで一人で抱えがちな秋原と違い、岩船は彼女と比較すると社交的でクヨクヨ悩むタイプではない。そのため、今みたいに気の強いところを誰にでも表す。

「何度も言うが、お前たちとは全く関係無い話だ。だから気にする必要もそもそも耳に入れる必要もない。それにお前は秋原が言うには教師になろうとしているらしいじゃんかよ。そんなお前がわざわざ深部ディープ集団サイドの闇に首突っ込まなくても……」

「教師と言うよりは保育士ね。あと、関係ないとかじゃなくてゆりなが不安そうにしているから聞くの。いいから話して」

「分かったよ……」

 ジェノサイドは大きい溜息をつくとこれまでの経緯、特に五百城いおきわたるとの衝突について話し始めた。
最初こそは自分とは無関係な事柄だったものの、深部ディープ集団サイドの別の組織の人間であったレイジに請われて身柄を確保したこと、その際に初めて五百城と衝突したこと。そもそも五百城が解散令状を撒いてその権力を振りかざしていることなどを。

「そんな恐ろしい事してたんだね。知らなかった」

「だからあんまり話したくなかったんだよっ……」

「それで? 話はそれだけ? 他には無いの?」

「いや、無いよ。だから言ったろ? お前らは関係無いって……」

 ジェノサイドはこの時三日前の神々廻ししばとのやり取りについては伏せた。流石にそこまで話す気にはなれないのと、拗れつつある問題そのものに自身がこれから関わるか否かジェノサイド本人悩んでいるためだ。

「だったら何でゆりなに話したの?」

 岩船はそんなジェノサイドの言葉を遮ってまたも冷たい視線を放った。

「あ、それは……」

「だったら尚更話すこと無かったよね? 隠は知らないかもしれないけど、ゆりなは今凄く心配しているんだよ? あの子優しいから普段隠に対してはニコニコしているけど」

 余計に胸が痛くなる。男にとって、今目の前の女が見せる態度がその人の全てだと思いがちであり実際ジェノサイドはそう考えている人間ではあるのだが、自分の知らないところで自分のせいで悩んでいるという事実を突きつけられると責任感が重くのしかかってくる。相手が身内であり、話の内容も闇のように黒いものだから余計にだ。

「他に何か隠してるでしょ?」

「……」

「言って」

「……お前には勝てそうにねぇな」

 ジェノサイドは背を反り上げて背伸びをした。その間岩船とは視線を合わせない。

「その、五百城とかいうのと衝突した時に含みのあるような言い方をされた。そこでお前ら二人の顔が浮かんだんだ」

「含み?」

「少なからず因縁がある。僕じゃなく、僕の"元"後輩と、てな」

「うっわ……なにそれ……」

 気の強い岩船もこの時ばかりは引いた。

「お前たちを特定まではしていないだろうが、過去にお前たちが巻き込まれて、俺がやった騒動のことを奴は少なからず知っている。成り行きとか、そういう諸々について知られるのも時間の問題かもしれねぇな。とは言え、あの事件は既に解決しているし完全に向こうが悪いと結論が出ている。何も気にする事はない。奴がこのネタをダシにして俺とやり合う口実にするとかそのレベルじゃないかな、とは俺は思っているけど」

「私は外出歩いてて大丈夫だよね!?」

「奴等は世間体を気にする。表向きは奴も議員の一人だからな。そんな権力者が白昼堂々と女子大生つけ狙っていたらとんでもないスキャンダルになるだろ」

「それはまぁ、そうだけどさ……」

 岩船の顔が一瞬曇る。どれだけ気が強かろうがメンタルが強靭だろうが自分の身に危機が迫っているかもしれないと感じれば警戒するのは当然だ。ジェノサイドはそれを見て目の前の彼女がきちんと人間らしくしていて少し安心した。やはり彼女らはこの世界には相応しくない。

「ここまでは秋原には言ってないから安心してくれ。俺でもそれはヤバいと感じてるから。それと別件なんだけど……」

「まだあるの!? どんだけ面倒な事してんのよ!」

「三日前に別の議員に絡まれて五百城暗殺を依頼された」

「……は、はぁ!?」

 当日神々廻はそこまではっきりとした表現は控えていたが、実際のところはそれで間違いは無い。深部ディープ集団サイドの人間なら誰もがそう解釈する。

「だから今かなり拗れた段階にあるんだよね。五百城単体であれば絶対に俺には手出ししないしそもそも出来ないから俺も俺でスルーしようか思ってたの。もっと言えば俺に近しい人間にも触れられないはずだから奴がどれだけ裏で調子乗っていようが俺"ら"には無関係だ。だが、今回のように直に頼まれるとなぁ……」

 神々廻の言葉の裏には権力闘争も含まれている。だから余計に面倒であるし、決して関わりたくは無いと心の中では思っていても、今後事が大きくなっていくのは明白だった。果たして何もしないというのが最適解なのか、ジェノサイド本人でも分からないでいるのだ。

「いや、やめてよねそんな怖いこと」

「当たり前だろ。俺だって誰かを殺したくはねーわ。俺がやるのはポケモンのバトル。それで俺は最強と呼ばれるに至ったんだからな」

 この話は二人だけの秘密だと、絶対に他言するなと念を押してジェノサイドは食堂を出た。講義は午後からなので時間に余裕はあるがいつまでも長話している訳にはいかない。
メガストーンを探しに、ジェノサイドは基地を出た。



 メガストーンの反応が示された場所にひとまず到着したジェノサイドは、再びメガストーンの一覧が乗っている攻略サイトを見ながら呟く。

「俺の未所持のメガストーンの内四つはいいとして、残り二つはどうなんだ? ミュウツーなんて使えないだろ」

 第六世代のポケモンで実装されたメガシンカには、二種類のミュウツーが含まれている。特にYの方はとくこうが高すぎると評判ではあった。
しかし、ミュウツーがこの世界で姿を現したという話は聞いた事が無かった。そもそも、準伝説を含め、伝説のポケモンや幻のポケモンといった類のものはたとえゲーム内で用意していたとしても、この世ではそれが反映されない。何人なんぴとであっても特別なポケモンを行使するなど、絶対に有り得ないはずなのだ。

「……でも、バルバロッサって言う特例があるからなぁ」

 今に至っても何故バルバロッサが本来使えないはずの伝説のポケモンを扱えたのかはよく分かっていないが、極々限定的な環境においては使えるかもしれないと思った方がいい。何より、彼が伝説のポケモンと戦った事例はこれだけではないからだ。

「まぁいいや。とにかく探すぞー」

 ジェノサイドが今回訪れたのは東京都の観光名所のひとつ、高尾山たかおさんだった。
いつ頃からだったか定かではないが、まだ彼が小さかった頃にミシュランガイドに掲載されるようになってから登山客が爆発的に増えた。あれからもう何年も経っているので流石に当時ほどでないものの、それでも訪問者はそれなりにいる様子だ。
標高は六百メートルと大山ほどでは無いが、のんびりと登っていられる余裕は無い。山頂まで一気にポケモンで飛んではそこから探し始めた彼ではあった。

「ダメだ、ねぇや」

 高尾山の頂上は整備されておりかなり綺麗だ。景色も良く、よほど天気が悪くなければ富士山もよく見える。
しかし、メガストーンは見えなかった。

「地図アプリでは高尾山としか示してないしなぁ。山頂とか麓とかわかりやすい場所じゃなければ難易度爆上がりじゃねーかよ。どうすんだコレ登山道の真下の崖とかにあったら。取れねーよ」

 仮に登山道に置いていなかった場合は入手を諦めるだろうが、それがまだ分からない以上帰る訳にはいかない。
しかし、高尾山にはまだ分かりやすい地点が残っている。

「……仕方ねぇ。そんな都合良くって訳にもいかないだろうけど少し下るか」

 一人で終始ブツブツと呟いていたジェノサイドはそう言うとスマホをポケットにしまって登山道に沿って下り始めた。その先には寺院がある。
高尾山たかおさん薬王院やくおういん
元は修行の山だった性格を残した姿。此処を通らなければ山頂には辿り着けない寺院だ。

 山頂からはそこまで距離がある訳では無い。感覚としては少し降りただけで到着した。そもそもジェノサイドはこれよりも難易度の高い大山という山に何度か登っている。
少なくない登山客に気を付けつつ、ジェノサイドは足元を注視し続け、決して石の光を逃さんという姿勢で探り続けた。
そして、彼の予想は的中した。場所は本堂のやや手前の位置。そこから光が放たれている。

「よかった、激ヤバ難易度じゃなくて……。って、これは……っ!?」

 光の位置でしゃがんで石を掴んだジェノサイドは、紫色に光るそれを見て絶句した。



「あれっ、レンだ」

 神東じんとう大学に通う大学二年生の樋端といばなかけるは、一人険しい顔をして食堂の席に座っている隠を偶然見つけた。
時間はそろそろ昼休みが終わり、三限目に突入しようとしている頃だ。

「ようレン。珍しいなこんな時間に大学に居るなんて」

「……俺はこの後講義だよ」

「ははは、冗談だよ冗談」

 そう言って樋端は笑いながら隠の頭をバシバシと叩く。こういう時加減をしない彼の手はまぁまぁ痛いのだが、隠は黙って何度か叩かれる。

「なんかあったのか? すごく悩んでいそうな顔してたぞ」

「あぁ、まぁな……。こう見えて俺も色々悩むタイプの人間だからな」

「相談乗ってやろうか? もう時間無いけど」

「いや、いいかな」

 言いながら隠は立ち上がる。あと十分で講義は始まる。

「そうか? ならいいけど。あ、あとレンさ、明日はサークル来るよな? XYにとって最後の日だし皆で対戦やろうぜって話になってるよ」

「別に第六世代は終わらんだろうが……。んー、行きたいのは山々だが忙しいからなぁ。あと少しでメガストーンも揃いそうなんだよ。悪いけど明日はパスな」

「とか言ってお前昨日も一昨日も来なかったらしいじゃん。まぁ俺もバイトあるから月火は行ってないんだけどさ」

「樋端も行ってないなら別によくねぇか」

「俺はさ、先輩たちとはそんな交流無いからあれだけど、レンだったら先輩たちに出来るんじゃねぇの。その、相談とか」

「相談ね」

 隠は一瞬だけ先輩たちの顔を思い浮かべた。裏の世界を知らない、平和に生きる世界の象徴。そんな彼らと、今隠が抱えている"結社における政争"と"ミュウツー出現の可能性"という二つの凶悪な事柄とが交差しては消えた。そんな事、天地がひっくり返ったとしても話題として出す事など出来るわけがなかった。

「そうだな、考えとくわ。じゃ、俺講義あるから行ってくるわ」

「いってらー」

 二人はそう交わして別れた。
食堂を出て、一旦外に出る。構内を少し歩いた先にこれから講義が行われる教室と、その教室のある建物があるのだ。
十一月の半ばともなると流石に冷えてくる。
軽いジャケットしか上に羽織っていないせいで寒さが身に染みる。しかも、構内は高い建物が何棟か立っているせいでビル風も吹いてくる。示されている気温以上に寒く感じる。
隠はいい加減冬用のコートを用意すべきだったと後悔しながらチャイムの音を聞きつつ教室へと向かった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.40 )
日時: 2023/12/05 22:51
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)


「試験は持ち込み禁止です」

 なばり洋平ようへいは講義が終わるというその間際に解き放たれた、教授による恐怖の呪文によって文字通り凍りついた。
講義や教授によって試験の様式は変わるものだが、傾向からして自身の考えを書かされる形の出題が多い。問題そのものが膨大なため、これまでの講義で作り続けてきたノートや参考資料程度のレジュメ等の持ち込みが可となるものがほとんどだ。実際隠もこれまでにそんな試験を受けてきた。とはいえ、持ち込み不可の試験をこれまでに受けてきた事が無いという訳でもない。問題は別にあった。

「俺この講義まともに受けたためしが無いんだよなぁ……。ノート書いてる時より寝てる時間の方が長い気がする」

 そうなると試験の参考になどこれっぽっちもならなそうな、役に立たないノートではあるが、それでも有るのと無いのとで臨みやすさというものがかなり変わってくる。例えるならば、最後の最後の望みを絶たれたようなものだった。

「考えてもしょーがねぇ。今日はひとまず基地に戻るか」

 本日の最低限の仕事は終えられた。それによって抱えることとなった謎も出来る限り解決させたい。そんな思いが、ジェノサイドの帰りたいという気持ちを強くさせる。
いつも通り空の移動が可能なポケモンをボールから出すと慣れた動きでそのポケモンの背に乗り、瞬時にその姿を消した。



「おいハヤテ、ハヤテいるか?」

「ハヤテきゅんはここにいるぞっ! 誰にも渡さんっ!」

「いや純粋にキモい」

 基地に帰って真っ先に広間へ赴いたジェノサイドは、普段通り数人の構成員で固まっている空間に向けそう叫ぶ。答えたのは筋肉質な体をした、ジェノサイドにとっても特に頼りにしているケンゾウだった。その傍にハヤテが居る。彼はギャグ由来とはいえ、ケンゾウの距離感が近すぎるその想いに嫌がっているようである。
ケンゾウの元をすり抜けるようにして離れたハヤテは、そのままジェノサイドの元へと近付いた。

「なにかご用でしょうか?」

「まぁな。今日奇妙なメガストーンを見つけたものでな。少しお前の意見が聞きたくて」

「ふむ?」

 広間の中の長いソファに座ったジェノサイドは向かい合った先でしゃがんでこちらを眺めているハヤテに例のメガストーンを渡した。

「どう見える? 俺にはミュウツーのメガストーンにしか見えないんだが」

「これは……。どう見てもミュウツナイトですね。ゲンガナイトに色合いが似ているのでそれかもと思うかもしれませんが、リーダーは既に手に入れていますし、こちらはゲンガナイトほど暗く濃い色でもありません。やはりミュウツナイト、それもYの方ですね」

 ミュウツーという単語を聞いてこの空間内のほとんどの人間がこちらを振り向く。ケンゾウに至ってはすぐ傍にまで寄って来ていた。

「あぁ。これはつまり……どういう事だろうな? ミュウツーのメガストーンがあるって事はメガシンカが可能だってことだろ? だけどミュウツーは……」

「我々では使うことは出来ない伝説のポケモン……ですね」

 この事についてはこの場にいる誰もが理解していた。
現実世界で使えるポケモンとは、常にゲームデータ内の"手持ちのポケモン"が反映される。ゲームデータとこの世界が何らかの形でリンクしている"らしい"からだ。
そのため、彼等は頻繁に手持ちのポケモンを変えなければならない作業に明け暮れる訳だが、その時にゲーム内では簡単に入手出来る伝説のポケモンたちを手持ちに入れ替えても、どういう訳かこの現実世界では反映されない。一部のポケモンだけがこの世において使う事が出来ないのだ。

「ですが、完全に、という訳ではありません。以前リーダーが戦ったバルバロッサは伝説のポケモンを使いました」

「何故か、は未だに分からないけどな」

「なので"特殊な条件下"においては行使可能かと思われます」

「んん? その特殊条件てのは何なんだ?」

 気になったのか、ケンゾウが会話に入り込んできた。ハヤテはジェノサイドと二人きりで話していたかったためか、若干だが嫌そうな顔を見せた気がした。

「分かるわけないでしょーが。僕もリーダーも誰も分からないよ。仮説上の話ってだけ」

「あー、なるほど」

「……」

 二人のやり取りを見て、ジェノサイドは黙り続けていた。特殊な条件下、というのはあながち間違いではないのかもしれない。絶対に理由があるはずなのだ。だが、その理由が分からない。

「分からねぇなぁ。分からねぇ事だらけだよ」

 場所は変わり、談話室で暖炉の熱を浴びながらジェノサイドはミュウツナイトYを手に持って眺める。
そんな彼の元に淹れたばかりの紅茶を持ってきたレイジが笑顔のまま尋ねてきた。

「また何かあったご様子で」

「まぁな。ただでさえ権力闘争に頭を悩ませているところに、別ベクトルの別問題がやって来たんだ。いい加減頭が痛くなる」

 そう言いながら差し出された紅茶をジェノサイドは受け取った。
その時彼はミュウツナイトYをテーブルに置く。円形のそれは少しの間テーブルの中で揺れた。

「またお綺麗なものを。そちらは?」

「ん、ミュウツナイトY」

「ミュウツー……」

 顔にはあまり出ていない様子だったが、レイジも内心驚いたようだった。やはり共通して思い起こされるのはひとつしか無いようだ。

「使える……のでしょうか?」

「いや、分からねぇ。試したいけど試せねぇしな。そもそも伝説のポケモンが簡単に使えるのもそれはそれでヤバいだろって。どいつもこいつも災害級のポケモンだぜ」

「今こうして使えない理由も、それかもしれませんね」

 淹れたてだからか、紅茶はかなり熱かった。ジェノサイドはそれと格闘しつつ、ちびちびと飲む。タイミングを同じくして、談話室の扉が新たに開かれた。もう一人誰かが入ってくる。

「げっ、またあんたが居る」

「此処は公共スペースなんだがな。まぁいいや、丁度三人揃ったし。明後日の金曜ディズニー行くぞ」

「はい?」

「えっ、はぁ? はぁ!? なんで?」

ミナミとレイジの二名が狼狽えた。理由も無しに突然決められると誰だってそうなるものかもしれない。

「どうした? そんなおかしい事か?」

「ウチが言うのもなんだけど、ちょっと飛躍し過ぎている気がするんだけど……」

「お義父さんが許しませんよっ! そんな事!」

「ん? おい待てお前らなんか勘違いしてねぇか? あれだぞあれ。メガストーンの探索な」

 それを聞いて目が点になる二人。その顔は共通して拍子抜けだと言っているかのようだった。

「あのぅ……ジェノサイド様らしいと言えばらしいのですが……」

「そうよ……。なんで普通に遊びの誘いじゃないのかなあって。……って待って、さっきなんて言った? レイジも連れてくって言わなかった!?」

 あまりにも大きく反応するのでミナミ自身聞き間違いをしたのかと思ったほどだった。それを見たジェノサイドも言い間違いをしたのかと一瞬錯覚してしまう。

「言ったぞ。だって仕方ねぇじゃん。ディズニーリゾートにメガストーン二つあるみたいだしよ」

「だとしても何でレイジを!? 理由は?」

「理由か? そうだな、範囲が広いからお前が迷子にならないよう、ここは保護者的ポジションをと思ってな……」

 少し間を空けた後にジェノサイドの顔に枕が飛び込んできた。普段からレイジ相手に投げているせいかコントロールは正確だった。見事に顔面へとジャストミート。反動に耐えきれず椅子ごと後ろへと倒れた。
呆れたのか怒ったのか、ミナミはそのまま談話室を出て行ってしまった。レイジもその後を追う。
誰もいなくなったタイミングで枕を剥ぎ取り、ジェノサイドは起き上がる。幸いにも紅茶はテーブルに置いておいたので二次被害は発生していなかった。

「馬鹿にしたつもりじゃないんだけどなぁ……」

 自分以外の誰も居ない静かな空間で、ジェノサイドは倒れた椅子を元に戻し、改めて紅茶を愉しむこととした。



 日付は変わり、二十日の木曜日。ポケモンの新作を明日に控えた今日は、普段通り大学に行きつつメガストーンを探す予定となっている。

「地図を見る限り……メガストーンの反応は五つ。その内一番近くて二個、だが都心部だな……」

 深部ディープ集団サイド最強のジェノサイドであっても、同一のメガストーンを手に入れる事は出来ない。それはつまり、何人なんぴとであっても示される反応は二十八が上限だ。これまでにメガストーンを取り尽くした彼の手元には極小となった反応が、それも相当距離のある物しか残らなくなったのだ。
そんな彼に一番近い反応は新宿駅周辺にひとつ、あと一つはどうやら東京タワーの近くにあるようだ。

「講義なんて無かったらちょっくら東京観光とかしたかったんだけどなぁ。まぁしょうがねぇ。俺は学生だし、もう少しこっちに力入れねぇとなぁ」

 講義開始を告げるチャイムが鳴り響く。既に講堂の席に座って教授が来るのを待っていた彼は、ひとまずスマホをしまった。これから一時間半、分かりにくい講義が始まる。



「おひーるやすみは浮き浮きぼっちー」

「どんな替え歌だ。ってか、いいともは今年の三月に終わっただろ」

 午前の講義を終えた隠はコンビニで適当に買ってきた昼食を手にしつつ自身が所属するサークルの部室へとやって来る。サークルであるにも関わらず部室を与えられたのは、去年の秋に大学側に申請し、それが通ったお陰らしい。何故通ったのか、何をしたのかは隠にとっては一切謎ではあったが、どうやらこの部屋は元々空いていたものらしく、そこに割り込んだもののようだった。
そんな部室にて、隠の他には樋端といばなかけるが一人で弁当をつついていた。替え歌を歌っていたのも彼である。

「あっという間だったなーって。もうそろそろで今年終わりだよ」

「本当に、時の流れは不思議だね」

 部室には一人用の小さなテーブルしかない。樋端が使っている以上割り込む訳にはいかないのと、隠が買ってきたのは菓子パンとカロリーメイトだ。わざわざテーブルを使うまでもなく、その辺の空いている椅子に足を組んで座るとそのまま食べ始めた。

「なぁ樋端。俺この後メガストーン探しに行ってくるわ」

「レンやっぱり今日のサークルには来ないのか。XY最後の日だぞ?」

「本当は皆と対戦とかしたかったんだけどなぁ。だがこの調子だと明日までには何とかなりそうだからこの機会を逃したくねぇってのが本音だ」

「ふーん、残り幾つだっけ。てか、メガストーンって全部で幾つあるんだ?」

「お前ちゃんとゲームやってねぇだろ……。メガストーンは全部で二十八、俺が持っている総数は二十三個。残りは五つだな」

「もうそんないったのかよ……すげぇな」

「お前もその気になればキーストーンとメガストーン持てるんだから少しは意識してもいいと思うけどな」

 隠は言いながら複雑な気分になった。樋端は確かにポケモンをプレイしている人間の一人だ。やり込み度が違うので隠はおろか佐伯さえきよりも実力は低いが、周囲に公言しているように彼はウルガモスを使うのが巧みだ。ゲームの世界を超えてこの世にウルガモスを召喚する事も可能ではある。しかし彼は一般人だ。樋端だけではない。佐伯も大三輪おおみわ穂積ほづみも四年の先輩たちも皆が一般人である。わざわざ現実世界にポケモンを"呼び出して行使する必要性が無い人々"なのだ。隠とは違う世界の人間たちである。メガシンカという戦力を確保すること自体ナンセンス極まりない。成り行きとはいえ穂積にアブソルナイトを受け取らせたのは余計だったかもしれない。

「メガシンカかぁ……気が向いたらな」

「それがいいよ。それでいい」

 自分で勧めておきながら消極的な態度を表した樋端に対して、隠は内心ホッとした。



時が進み、午後の二時半。
講義を終えた隠は青ざめた顔色のまま教室を出た。

「ノートを見た限り三十分しか授業聴いてない……残りの一時間ずっと寝てたって言うのかよ……」

 その衝撃で完全に目が覚めた隠だったが、終わった事は仕方が無いと気持ちをメガストーン探索に切り替える。
この時間にもなると彼のように、一日の講義全てを終えた学生もチラホラと現れる。
構内にあるバス停から形成されたバス待ちの行列は既に長くなっている。自分はポケモンを使うので無関係とその列を眺めていた隠は、

「あっ、レンだー。やっほー」

 聞き馴染みのある友人の声に意識が移った。

「大三輪か」

 同級生にして同じサークルに所属している女子部員の大三輪おおみわ真姫まき。最後に会ったのは横浜で遊んだ時以来だ。

「サークルまで時間あるよね。今って暇?」

「いや、悪いけど今日はパスするわ。どうしてもやりたい事があってな」

「ふーん……。レンって最近あんまりサークル来てくれないよね」

「すまんな。ここ最近"こっちの方"でも忙しくて」

 あまりこの手の話題は口にはしたくなかったが、大三輪も隠の事情は知っている人間である。サークル全体で許されている風潮がある今、この程度ならば問題は無いと彼は判断した。実際大三輪も表情を大きく変えることはしない。

「ふーん。そう言えばあの子は元気?」

 あの子だけでは伝わらないので誰かと隠は尋ねると、大三輪は横浜に一緒に来ていた女の子と答えた。そうなると答えはひとつしかない。ミナミだ。

「あいつね。あいつは元気だよ。むしろ良過ぎるぐらいだ」

 そう言って痛みを思い出した錯覚がしたためか、隠は額のあたりを摩った。レイジ同様適当な理由を付けられて枕を投げられる回数が増えた気がする。だが、そんな動きをしても大三輪に伝わるわけがない。そもそも伝えようという気にならないのだ。
だが、彼女は隠を見てニヤニヤしている。

「付き合ってるの?」

「ねぇよアホ」

「じゃあ何でわざわざ横浜に来たのさ。なんでずっと二人で行動してたのさ。ほら、さっさと答えなさーい」

 彼女らしい反応だった。大三輪という女は自分が恋愛とは無縁な癖に他人の恋愛事情を面白がる傾向がある。ことある事にその手の話題でからかいに行くこともあるので物好きでない限り彼女の前で恋愛の話をしないのが暗黙の了解となりつつある程だ。そんなんだからお前は彼氏が出来ないんだという本音をぐっと抑えて隠は鬱陶しそうにしつつもこれまで多くの人に披露した答えを淡々と述べる。

「じゃあミナミちゃんって……」

「そうだ、深部ディープ集団サイドの人間だ。今は俺の組織に所属している。その辺は深い訳があるんだよ」

「ほほう、じゃあそれについては突っ込まないでおく!」

 隠はこの瞬間察した。今日のサークル、コイツが絶対に変な噂を流すだろうなと。

「じゃあ俺、急いでるからこれで帰るな。じゃーなー」

「ばいばーい」

 彼女に背を向け、大学の敷地を抜けるとリザードンをボールから出してはその背に乗り、とりあえずな感覚で近くの駅まで空から移動し始めた。



 新宿に着くのに四十分は掛かったことだろう。大学からだと長い距離になるので電車でやって来た。電車内はそこまで混んでいる訳では無かったが、駅はそうにもいかない。

「うわぁ……やっぱり人多いよなぁ」

 新宿駅。東京駅と共に都心を代表する顔であり、世界一の利用者数を誇るこの駅は常に喧騒に包まれており、静寂というものを知らない。田舎で育った隠にとって、都会特有の騒がしさは好きではなかった。余裕というものを感じられない。
加えて、駅構内は複雑な造りをしている。
これまで頻繁に新宿駅に行くことの無かった隠にとってはちょっとしたダンジョンである。

「よく分かんねぇってこの土地……。まぁいい。駅にはあるとは思えないしとりあえず地上に出よう、もうこの際どの方面でもいいや……」

 流石に人一人が歩けるスペースは存在しているが、油断していると誰かとぶつかりそうになる。人の波を避けつつ、隠はまずはじめに「都庁方面」とある方向に進んで行った。



「やれやれ、今年の冬も寒そうだ」

 白くなったため息を吐きながら、暗くなりつつある夕刻の風を浴びてその男は外に誰も居ない事を確認するために外に出た。
純白の礼服を着用し、標高一二五二メートルの地点から見下ろすかのように下界を眺める"特別な"神主、皆神みなかみ
彼は神奈川県伊勢原市の大山の山頂にて、ポケモンのメガシンカに必要なキーストーンを管理している。

「彼は……果たして上手くやれているでしょうか。わたくしが気にする程でもありませんね」

 山頂には自分以外に誰も居ない。それが分かった皆神は安堵して社務所へと入ろうとする。そのタイミングで、一人登山客がゆっくりと木の棒を杖代わりにして登って来た。

「申し訳ございません。本日の営業は終了となりました」

 皆神は言いながら目を細めた。やって来た男の身なりが怪しい。着物のような、長い一枚布で出来た衣類を身に纏っていた。瞬時に察する。この男は深部ディープ集団サイドの人間だ。

「もう俺様より他に誰も居ない。遠いところからはるばるやって来たんだ。頼む、キーストーンをくれ」

 ここまで丁寧に登ってきたらしかった。男の息が乱れている。

「では、身元の証明となる物のご提示と、所属団体のお教え頂けないでしょうか」

 皆神のそれは意識せずに聞いていれば"表の世界"でも通用しそうなフレーズだった。だが、カモフラージュさせているだけでその言葉の意味はどれも"裏の世界"つまり、深部ディープ集団サイドの人間に対して向けられたものでしか無かった。万が一のための予防線のようなものだ。
男は組織の名が刻印されたドッグタグを手渡しつつ、自身の組織の名を告げる。

「……何ですって?」

 皆神はそれを聞いてほんの一瞬肩を震わせた。自分が対応している人間が、ごく普通の深部ディープ集団サイドの人間でないと知ってしまったせいだ。その来訪は、あまりにも予想外すぎた。

 時と金を引き換えに、皆神は男にキーストーンを渡した。光り輝く丸い石を手にした男の背中を見送りつつ皆神はひとつ思案に耽る。

「どうやら私が想定していた以上に火種は燃え上がりそうですね……。今の彼をぶつけるのも面白そうですが……果たして乗ってくれるでしょうか」

 男の姿が見えなくなると皆神は改めて社務所へと入る。
中を暫く歩いて目に留まったのは、休憩スペースに設けられたテーブルの上に置かれたしゃくだった。目を凝らせば、細かい字で何かが書かれているのが分かる。

「ですが、まずはこちらからですね。可能性としてはこちらの方が高い」

 それは、人の名前と住所らしきものが書かれているようだった。皆神という男はキャラ作りのためなのか、それとも本当に古風な人間となるためなのかは定かでは無いが古代に則って笏をメモ帳代わりに用いていた。

「彼らを従えるのは貴方だけです。頼みましたよ、ジェノサイド様」

 その顔に、不敵な笑みが浮かんだ。



「やべぇ、泣きてえ。最初からこうすりゃよかった……」

 恥ずかしさと怒りで隠洋平は顔を真っ赤にさせてメガストーンを握りしめながら人の波を眺めていた。
彼は今新宿駅の東口にあるスタジオ、新宿アルタ前に居る。ちなみにここに至るまでに二時間が経過していた。適当に都庁前までやって来た隠はなんの手掛かりも無いまま、新宿といえば『いいとも』というイメージのまま空を突っ切って此処にやって来た。駅を通過するのが当たり前ではあるのだが、彼はそれを放棄した。迷うからだ。

「思えば樋端が昼にいいともの歌歌ってたな。最初からそれを念頭に置いておきゃよかったのに……」

 自分の考えと行動の甘さに落胆する隠は、改めてついさっき手にしたメガストーンを見つめた。明るい緋色。その色合いの石はひとつしかない。

「ゲーム上では配信限定だったバシャーモナイトか……。現実世界ではそんなもの関係ねぇってか」

 ポケットモンスターX・Yにおいてバシャーモナイトは通常プレイでは決して手に入らない代物だ。期間限定の配信でないと手に出来ない。メガシンカしたバシャーモの特性は"かそく"になるため、隠れ特性のバシャーモが無くともその恩恵を受けられることになる。

「とは言うが道具枠を失ってまで"かそく"を手にしたいか、となると最初から隠れ特性でいいじゃんてのが実情だよなぁ。だがそれはゲームでの話だ。現実ではどうなるかな」

 そう呟いて隠はメガストーンをしまう。
今日のノルマはまだ終わってない。地図で次の目的地を探る。此処から東京タワーはそこまで離れた位置にある訳ではないようだった。
決心した頃には既に隠は空を飛んでおり、そして目的地に到着している。

 その背にはライトアップして一際輝いている赤い電波塔がある。だが、隠はそちらではなく、本来足を踏む大地にその意識を集中させている。
東京タワーをぐるりと一周し、芝公園のある方向で街灯の光とは別に輝く、自然のものとしても人工的なものとしても妙な光源を捉える。

「これでノルマ達成かな」

 隠はしゃがんで光を掴んだ。これまでに何度も感じた、メガストーンを手にした時にしか感じられない感触が伝わる。

「よし。お目当ての物品ゲット。ミュウツナイトXだな」

 達成感を感じて隠は冷たいアスファルトの上に直に座った。
これまで騒動に巻き込まれることが無いことに安堵した。ここで何も無いとなると明日のディズニーの探索も無事に終わりそうだ。そうなれば後は新作のゲームにありつける。特に今回は思い出深い第三世代のリメイクだ。今から楽しみで仕方が無い。

「ミュウツーに対しての問題が終わった訳じゃないけど……でも存在する以上、そして手にしてしまった以上詮索は無意味だよなぁ。もういいや。真っ直ぐ帰ろ」

 脳内に微かにサークルの景色が浮かんだが、今から行っても誰も居ないのは明白だった。どう頑張っても大学に到着する頃には八時を過ぎる。名残惜しい気もするが今一番大事なのはこちらの方なのだ。組織の戦力増強の為には避けられない。そう自分に言い聞かせて隠は近くの駅である赤羽橋あかばねばしへと向かって行った。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.41 )
日時: 2023/12/25 20:40
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: h7vJo80q)


 八王子から舞浜は遠い。必ず何処かで乗り換えなければならないので、二時間は掛かった。
今日は約束通り、ジェノサイドとミナミ、レイジの三人でディズニーリゾートに行く日だった。平日の金曜なのでジェノサイドは大学の講義を遊びの為に休んだ事になる。尤も、彼からすると組織の戦力増強とも言えるメガストーン探索のためなのでサボったという意識は無い。

 朝の八時に電車に乗り始めたせいで途中かなりの満員電車に巻き込まれはしたものの、特に問題も無く三人は無事に到着する事が出来た。

「おーし、着いたぞー。千葉県なのに東京のディズニーに」

「あまり言うと千葉県に喧嘩売ることになりますよ?」

 遠出であるにも関わらずいつもの白装束に身を包んだレイジが早くも疲れを見せ始めた顔から苦笑いを浮かべる。ちなみに今回の遅れの原因はミナミではなく、彼だった。寝坊である。

「しっかし、東京の西からの移動だと遠いな。やっぱり主要都市に支部だ何だって名前付けて小さい基地作ろうかな……」

「なんの意味があるんですか、それ」

「お前はいちいちうるせーなー。ただの妄想だから良いじゃんかよ」

 レイジとジェノサイドの二人のやり取りを眺めていたミナミがうんうんと頷く。彼はこの時気付きもしなかったが、この瞬間ジェノサイドとミナミは「レイジがウザい」と内心意見を一致させていた。

「どっちから行こうか、ランドとシー……。まず此処から歩かなきゃだが」

「徒歩だとどれ程掛かるのでしょうか?」

「んー、十分程度かな。まさか歩けないなんて言うんじゃねぇだろうな?」

「流石に馬鹿にし過ぎです」

 ジェノサイドとレイジで軽く笑いあっている中、冷静な面持ちでミナミが二人に声をかける。

「……ねぇ待って。メガストーンってその二箇所に、それぞれあるんだよね?」

「アプリを見た感じ……そうだな。それがなにか?」

「二箇所だよね? それってつまり入場料取られるって事だよね?」

「うん?」

 それだけ言うとジェノサイドは気が付いてしまったのか突如として黙ってしまう。

「サイトを見た感じ、年間パスポートでもない限り一日に両方のパークを行き来する事が出来ないって……つまりそういう事だよね?」

「うっわマジかー、そうなるかー。ヤバい」

 彼のお財布事情を知っている者ならば何がヤバいんだ、この金持ちがと怒りたくもなるかもしれないジェノサイドの言動だったが、一番の問題はそこではなかった。
彼の手には片方のワンデーパスポート、つまりどちらか一箇所の入場料分しか持っていなかったのだ。

「い、いちいちディズニーの入場料って高ぇんだよ……。仕方ねぇ。ここはゾロアークのイリュージョン使ってあたかも入場したように見せかけるしか……」

「ポケモンをガチの犯罪に使うな」

 ミナミの声色に殺意が篭もる。
もしも今この場に悪逆の限りを尽くした深部ディープ集団サイドの人間が居たならば失笑していたかもしれないが、ジェノサイドもそうではあるが、他の二人も犯罪行為に加担した事は無いらしく、それはつまり"きれいな深部ディープ集団サイド"の人間たちだけが今この場に居るのである。
深部ディープ集団サイドとは、何も犯罪行為が全てではない。クリーンに生きる事も不可能ではないのだ。

「分かった分かったって。ったく、冗談だよ……」

 そのようなやり取りをして、三人は歩く。途中で広く、大きく、そして煌びやかな建物が前方に現れた。

「ジェノサイド様、あちらは?」

 これらの情報に疎いレイジが尋ねてくる。

「あれはディズニーのホテルだな。ディズニーランドホテルとかって名前だったかな? 俺はディズニーに興味無いから詳しくは知らないけど、好きな奴はあそこで一泊してからランドに行ったりするんだぜ。高校時代好きな奴とか居てさ〜」

「あー、なんか分かる。あんたってそういう女の子の横ですました顔してその子たちの会話盗み聞きしてそうだよね」

「俺をなんだと思ってやがる」

 軽く舌打ちしたジェノサイドは二人を置いていくようにずんずんと歩く。彼の歩行ペースは普通の人々と比べるとやや早い。
そんな彼の足は入場ゲート手前で突然止まった。
既に人の塊が形成されていたからだ。

「うっ……わぁー。やっぱり混んでるね」

「入場すらもままならぬとは……相当ですね。流石世界のディズニーです」

 入場ゲート、つまりランドに入るためだけに既に大行列が出来ている。ジェノサイドとしてはアトラクションに乗る事が最大の目的ではないため、複雑な心境だった。そんなジェノサイドは列に並びつつ二人を眺め、恐る恐る質問した。

「あのさ……一応聞くけど、折角来た訳だしさ、なにか乗りたいアトラクションとかあるか?」

「アトラクション……ですか」

 返事に困ったレイジがミナミに視線を移す。そんなミナミも特に悩む素振りも見せずに、

「んー、別にどっちでもいいよ」

 と答えた。

「うわ出たよ女のどっちでもいい……。その答えが一番悩むんだが。俺は単純にメガストーン探しに来ただけだし、その間お前らは何か乗っててもいいじゃん? 滅多に来ないだろディズニーなんて」

「それウチも困るんだけどなぁ。ウチ別にディズニーに興味ある訳でもないし」

「私としては……若と一緒であれば別に……」

「今なんか言った? すごく気持ち悪いのが聞こえた気がしたんだけど」

「……気のせいですよ」

 ジェノサイドは頭を抱える思いだった。二人に任せても話が進展しない。

「おいおい、俺が決めてもいいのか? 言っとくけど、俺はメガストーンゲットが最優先だから激混みなランドは石取り次第スルーするぞ? 何か乗りたいとか、時間に余裕が、とかだったらこっちと比べて若干空いてるシーになるぞ? それでもいいのか? ってか今日平日の癖に何でこんな混んでんだよお前ら全員何やってんだ……」

 あんたこそ学校サボって何やってんだとミナミがボソリと呟く。
ジェノサイドがあまりにも悩むのでその姿を見兼ねたレイジがやや声を上げて二人の意識を自分に向けさせた。

「では、こうしましょう。ジェノサイド様、貴方はメガストーンの探索に集中なさってください。その間私と若で此処を楽しんでまいります!」

「なんであんたと二人でアトラクション乗るのよ」

「では、誰と乗りたいのですか?」

 薄々思ってはいたがそれが妥当だとジェノサイドも感じていた。度々ウザい面はあるものの、彼らよりも一回りほど年長者であるレイジが頼もしく見える。
チケット売り場までの距離が徐々にだが狭まってゆく。動く列に気を取られていたせいでその後のミナミの、レイジからの問い掛けに対する返事である、皆と一緒がいいなと思っただけという声があまりよく聞こえなかった。



 改めて人数分のチケットを購入し、ランドに入った三人。
レイジはマップを見ながら言った。

「さて、と。何から行きますか? 若!」

「結局乗るの!? 待って、待ち時間どの位?」

 レイジはよほど嬉しいのだろうか、普段よりもテンションが高めだった。まるで非日常の世界を目の当たりにしてはしゃぐ子供のそれだ。
ジェノサイドはミナミの反応を見て結局楽しみたかったんじゃねぇか、と心の中で呆れた。
彼にとって、どれほどの時間を費やしても女の扱いに慣れる事は無さそうである。

「乗りたいやつがあったらファストパス発行しとけよ。それでも並ぶ事に変わりは無いが、普通に待つよりはかなりマシだ」

 この中で唯一経験のあるジェノサイドが初心者に向けるような口振りでアドバイスをした。
そんな三人は、美しい佇まいのシンデレラ城を抜けると二手に別れてゆく。
瞬間、ジェノサイドの中でスイッチが切り替わる。遊びに来たような感覚から、作業をする気持ちへと変化する。そうでもしないと周りの雰囲気に圧されてやる気が削がれ、何も出来なくなるからだ。

「とりあえず……目標時間は二時間。その間に俺はその敷地内でメガストーンを探し、手に入れる!」

 強い決意を持って自ら人の流れに飛び込んだ。
メガストーンを探すためには足元を常に見ていなければならないが、とにかく人が多い。
その分足が多いために見えにくい上に誰かと接触する危険性もある。特に子供が多いため余計に気を付けなければならない。

「予定よりも少し時間が掛かってもいい。まずはチラ見する感じで行くか……」

 ジェノサイドが予定時間を二時間にしたのには理由があった。
ほとんどのアトラクションの待ち時間と一致するのだ。理想としては、二人が楽しんでいる間に見つけ出す。ファストパスを発行してからすぐにそのアトラクションには乗れない。なので、三人の間に時間のズレは生じない。そして早々に切り上げてシーへと移動する。そうでもしないととても一日では終わらなそうな、そんな気配がしたのだ。

 しかし。

「だーめだ……。全っ然見つからねぇ」

 計画というものは常に想定外が付き纏うものであり、全て上手く行く場合は段取りがしっかりと整っている場合である。
現場での一発勝負においてはイレギュラーが常だ。
ジェノサイドは適当なベンチに座って項垂れていた。もうとっくに予定の二時間は過ぎている。と言うかは途中で精神的に疲弊して諦めてしまった。今はその休憩中だ。

「本来だったら休日に行こうと思ってたけど絶対混むしそれに今日がポケモン新作の発売日だし可能な限りやれる事やって次に進みたいと思っていたからわざわざ大学休んでまで来たのに……これじゃ俺だけ大損した気分だ……」

 心の中でそう呟いたジェノサイドは、ふと自分の前を通り過ぎてゆく他の来場客たちの顔が目に留まった。
小さい子供を連れた母親、エネルギーが有り余っているからか、無駄にはしゃいでいる男子高校生の集団、カチューシャを頭に着けて手を繋いで歩いている制服姿のカップル。
その誰もが皆、笑顔だった。
ジェノサイドはその光景を見て平和を感じる。
そして、願うならば自分も"そっち側"に回りたいと心のどこかでは望むものの、それが叶う事は決して無い。

「俺は……決めたんだもんな。こういう世界を保つために……ジェノサイドで在り続けるんだってな」

 自身が深部ディープ集団サイドという裏の世界にあり続ける事で、彼らの世界を乱そうとする人間を駆逐する。自分が居続ける事で、世界は保たれる。それでいい。そうやってジェノサイドは納得するしかなかった。させるしかなかった。

「そうとなれば……いつまでもこうしちゃいられねぇな」

 改めて決意したジェノサイドはベンチから立ち上がる。もう十分に休んだお陰で体力は回復しているはずだ。

「たとえ今が苦しくても、明日の夜になれば笑い話のひとつにでもなる……! 苦しみが続くのは今だけ。今頑張ればそれでいいんだ」

 バチカン市国並の広さを持つディズニーランドだが、それらのことをを思うと、組織のことを思うといつまでも腐ってはいられない。
ブーツを履いたその足からは、普段のスニーカーとは違う足音があたりにこだました。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.42 )
日時: 2023/12/30 05:43
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: h7vJo80q)


「なーんでこういう時はいっつもこうなんだろうな」

 あれからジェノサイドは一時間掛けてランド内をほぼ一周してみせた。
そして、そのゴール地点にメガストーンを発見した。

「三時間掛けました。念願のメガストーン見つけました。場所はシンデレラ城の真裏! いや、ふっざけんなよ……労力返せマジで……」

 本来であればわざわざ三kmほどの距離を歩く必要すらも無かったはずなのだが、それに気付けなかったジェノサイドは律儀に走破した。あれほど欲しかったはずのメガストーンなのに、何故か心から喜べない。
灯台もと暗しとはこの事か、と二度とこのような真似はしないと強く心に誓ったジェノサイドは、その時自分の名を叫びつつ近付く人間を認めた。ミナミだった。

「おーい、レンー。こっちこっち」

 その後ろをレイジがやや遅れてやって来る。

「どう? 見つかった?」

「メガストーンだろ? ま、まぁな……」

「いやぁお待たせしてしまって申し訳ありませんジェノサイド様。私と若はこの通り遊んでまいりましたっ! とても楽しかったですよ〜。もう満足であります」

「そうか、それなら良かった」

 レイジはよほど楽しかったのか、普段よりもテンションが高めである。内心で自分の成果と比較したのも相まって若干引き気味のジェノサイドは適当にあしらう。
彼はその時、手に入れたメガストーンを二人に見せようかと思ったが、そこまで会話が踏み込まれなさそうなのを察してポケットから手を出す。

「では……どうされます? 若も二つほど楽しまれたので私としても次に向かっても良いかと思いますが」

「次ってことはシーって事か? 俺は全然構わないが……ミナミ、どうする?」

「えっ、そこウチに聞く!?」

「此処にあるメガストーン欲しくないのであればこのまま行くぞって意味な」

「そっちね。うーん……。石による。此処にあるの? 何だった?」

「色見た感じだとライボルトナイトだな」

「……一応貰っておこうかなぁ。場所は?」

「すぐそこ。シンデレラ城の近く」

 そう言ってジェノサイドは石が置かれていた大まかな位置を指で示す。自分はもう手にしてしまったので見えないが、ミナミにはメガストーン特有の光が見えているはずだ。尤も、今は人が多くて中々見えたものではないが。

「ジェノサイド様、もしかしてかなりの時間待ちました?」

「まぁな。でも大したことはねーよ、ベンチに座ってたり適当に軽いモン食べて休憩してたからな」

 真っ赤な嘘だった。ジェノサイドは退屈などしていない。この敷地内を長い間歩き回っていたのが正解である。
レイジが聞いた理由は、メガストーンの位置を確認したうえでジェノサイドの単独行動がすぐに終わってしまったものだと解したためだ。

 ミナミがやや嬉しそうな顔をして戻って来る。最初は何だかんだ言っていたが、結局楽しいものは楽しいのだ。
彼女はある程度満足したと言っていい。

「では、参りましょうか。お次は……」

「ディズニーシーだな。ちょっと勿体無い気がするが、ここでランドは退場して、同じようにシーに入ろう。俺は引き続きメガストーン探索。お前たちは……どうする?」

「若にお任せします」

「えー、ウチもどっちでもいい」

 このやり取りさっきも見たぞと思いつつモノレールの乗り場方向へと歩く。ランドからシーの行き方は色々あるらしいが、一番楽なのはリゾート内を回るモノレールだとジェノサイドは判断した。

 ミッキーマウス一色のモノレールに乗り込んだ三人は、シーに着くまでのおよそ十分の間、揺られていた。
ランドに居た際も思ったことだが、この乗り物もファンシーな雰囲気があり、当然だが日常とは一線を画すデザインとなっている。これもまたディズニーが人気であり続ける理由の一つなのだろうとジェノサイドは思った。
それと比べると深部ディープ集団サイドにはそういった工夫が見られない。そもそも、そんな物は必要ない世界であるのだが。

 三人はディズニーシーへと到着した。
ランドで使ったパスポートはシーでは使えないため、同じように入場ゲートでワンデーパスを買わなければいけない。ジェノサイドたちは再び列に混ざる。

「ったく、面倒だし高いし……明らかに儲かってんだからもう少し便利になってもいいと思わないか?」

 流石にここまでで相当疲れたのだろうか、ジェノサイドが二人に愚痴をこぼす。

「逆かと。これが精一杯なのですよ。むしろ、これ以上緩和させてしまうと殊更に混んでしまいますよ。一番良い方法はチケットの値上げでは……ないでしょうか」

「うげぇ、更に高くなんのかよ……」

 別の意味で戦慄したジェノサイドはそれ以降黙ったまま素直に三人分のチケット代を支払うとそのまま入場ゲートをくぐる。

「さて、と。どうしようか? 見た感じランド程ではないだろ、混み具合。とは言え、待つものは待つからさっきみたいに俺が探している間に二人でまた遊んできてもいいんだぞ」

「今度はウチも探すよ。その方が早いでしょ?」

「そうですね。三人で探した後に最後に何か乗りましょうよ」

 二人の反応を見て、ジェノサイドとしても悪くない案だと思えた。少なくとも、ランドでの悲劇をもう一度迎えるなどという事は余程のことがない限り無さそうだ。

「じゃあそうしますかね。俺はどちらかと言うとランドよりシーが好きなんだ。高校の時行事で行ったことあってさ、それで……」

「行事でディズニーってどういう事!? まさか修学旅行とか?」

「いや、それとも違って、なんかー……学年上がった直後の新しいクラスを迎える上でのイベント的な。これを機に皆さん仲良くしましょー的なやつ?」

「あんたがよく覚えてないとウチらはもっと分からないから……」

 ジェノサイドが高校の行事でシーを訪れたのは二年前だった。それくらい前だとまだ記憶に新しいものかもしれないが、如何せんジェノサイドは学生生活の裏で血みどろの深部ディープ集団サイドの生活を送り続けて来た。日常の記憶がすっ飛ぶほどの経験を彼は得続けていたのだ。

「ランドでも思ったんだけどさ」

 ジェノサイドは歩きながら二人に声を掛けた。丁度三人は絶叫マシーンとして好評のタワー・オブ・テラーの前を通り過ぎる。

「ディズニーって一々お洒落だよな。なんかよくね? 雰囲気」

「ハイカラと言いますか……ビンテージなイメージですよね。どうやら、そういう時代のアメリカをイメージしているようです。先程調べてみました」

 メガストーンを探す事に集中しすぎてランドでは希薄だったが、敷地内を歩くだけでもどこか楽しめている気がする。レイジの言う通り、クラシカルな雰囲気に触れる事で非日常を楽しめる事が出来、普段の日常では味わえない時間を過ごしているようにジェノサイドは感じた。

「通りで世界中の人から愛されるわけねー。……ん、」

 ミナミが何かに気が付いたようだった。
ジェノサイドとレイジの後ろを歩いていた彼女はふと足を止める。それに気付くのに遅れた二人もやや遅れて動きを止めた。
タワー・オブ・テラーを過ぎた先に見える大型の豪華客船、S.S.コロンビア号。そこの乗船口。そこが多くの来場客の無数の足に隠れつつも、よく見るとぼんやりとした光を放っている。
その場へ向い、何かを手にしたミナミが二人の元へ駆け足で戻って来る。

「メガストーンだよ。あそこにある。ほら」

 そう言って彼女の小さな掌には確かにメガストーンが輝いていた。ライボルトナイトと同じく、ジェノサイドがゲーム内では見た事のない色合いをした石だ。

「俺がプレイしているのはYなんだが……このメガストーンは見たことがないな。それはつまり……カイロスナイトと言うところか」

 メガカイロスと言えば特性が強力という事で評価が高いポケモンだ。そのメガストーンともなれば必ず手に入れておきたい。すぐに手にしなければとでも思ったのだろうか、その場で走り始めたジェノサイドは途中親子連れとぶつかりそうになる。軽く会釈して道を譲ったあと、その地点まで来ると手をかざした。

「これで今回の目的達成だな。二人とも、協力ありが……とう?」

 振り返ったジェノサイドは語尾を弱々しくさせて二人を見る。
ミナミとレイジはその場にはいた。だが、少し違和感があった。

「なんか……人が少ないような……そんな気がしねぇ?」

 そう言われたミナミとレイジは互いに顔を見合せて辺りを見る。確かにそうかもしれないが、そこまで気にする程のようには見えない。それが二人の率直な感想だった。

「パレードか何かやるんじゃない? これから」

「……かもしれねぇが、なんか急に消えた気がしたからちょっと気になって、な」

 三人は少し歩く。

「やっぱり人居ねぇよな?」

「そういう傾向だと先程仰りませんでした? ジェノサイド様」

「いや、そうだけどさ」

 また少し歩いた時、ミナミとレイジもその異変に気付く事が出来た。

「待って……。人が居なくない?」

「私達三人以外……誰もおりません……」

「気のせいじゃなかったようだな」

 文字通り彼らを除いて誰もが居なくなった。
つい先程まで鬱陶しく感じた人々が、誰一人として存在しない。たまに見掛けるとしても業務を行っているキャストだけだった。

 そして、ジェノサイドはその異変の原因を知ってしまった。
その視界に、見慣れた人影が映ったからだ。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.43 )
日時: 2024/01/16 00:44
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: YgiI/uLg)


 パレードの気配は無かった。辺りは静まり返っているからだ。
現れた人影には、見覚えがあった。それだけではない。ジェノサイドにとって、ミナミにもレイジにもそれは因縁のある存在だった。

「なんで……」

 ジェノサイドは声を震わせる。動揺の印でもあった。あまりの"有り得なさ"の連続で精神が追いつかない。
対象とは直線距離でおよそ五十メートルは離れている。声を上げ、その名を叫ぼうとしたジェノサイドだったが、更なる異変のせいで喉まで出かかったものが引っ込んでゆく。

 その男の周囲に、黒い壁が形成されだした。
その一つひとつが小刻みに蠢いており、異常な光景ではあるものの、異能だとか、特別な力などで生まれたものでは無かった。
黒い壁の正体。それは。

「どういう事……? あれ全部人間……?」

「この前かち合った時にも奴の背後に控えていただろ。あの野郎、その数を大きく増やしてきやがった……」

 無意識に歯軋りをしていた。ジェノサイドは怒りに似た感情を募らせ、そしてそれは咆哮となって表れる。

「どういうつもりだ……五百城いおき、テメェ!!」

 ジェノサイドらが対峙しているその先に。
五百城いおきわたるが、黒スーツに全身を包んだ己の部下を大勢引き連れてこのテーマパークにまでやって来たのであった。

「待って、どういう事!? なんで五百城がココに居るのよ!」

「俺に聞くなそんな事! 分かるわけがねぇだろ! 分かりたくもねェ!」

 ジェノサイドは落ち着きを失っているが、ミナミはそれ以上に動揺していた。呼吸が乱れ、その眼差しは恐怖の対象を見ているかのようだった。
こういう時、彼女のような人間には何を言っても無駄である。どれだけ大きく叫び、その惑いに抗おうとしても全て徒労に終わる。
何故、知らない、の応酬を暫し二人の間で繰り広げたのち、ジェノサイドがいい加減喉が痛み始めてきたと思い始めたのと同時期に、遥か上空から破裂音が響いた。
三人が肩を震わせ、反射的にそちらを見上げる。
それは、五百城の放ったルカリオの"はどうだん"らしかった。断定出来ないのは、既に音の正体が消滅していたからだ。だが、その音の真下、その地上には技を放つために構えていたルカリオが佇んでいる。
呆然とする三人を嘲笑するかのように、五百城が前面へと躍り出た。

「素晴らしいだろぉ!? これが僕の実力でもあり、僕の仲間たちの凄さでもあるのさ。キミたちを探すことくらい、片手を振るだけで成されるのさ」

 五百城は上機嫌であった。ジェノサイドらを見つけられたから、だけに留まらない。自身の人間としての強さを誇示できている事によろこびを感じているためだ。

「だからってよぉ、家族恋人友達で溢れているはずのこの平和な夢の国にわざわざやって来るこたぁねぇんじゃねぇのか!?」

 いつまでも動揺しっ放しではいられない。ジェノサイドは負けじと叫ぶ。

「フン……。相変わらず甘い男だなジェノサイド。キミはここのアトラクションを貸し切ることが出来る制度をご存知であるかな?」

「はぁ? 待つのが嫌だからって何万、何十万と積めば果たせられるアレか? 脈略が無さすぎて気持ち悪ぃんだよてめ……」

 ジェノサイドはてめぇ、と呼ぼうとして言葉を詰まらせた。その代わりに、まさか、と言う疑念を含めた感情が沸き立つ。
現在、見渡す限りにおいてだが、他に人の姿が無い。あれだけ無数に存在していたはずの自分ら以外の来場者が消えている。

「まさかお前……貸し切ったのか!? ディズニーシーごと……この敷地全てを!?」

 そうとしか考えられなかった。強制的に排除したとなればその痕跡も見られるはずだが、そういった類のものは一切見られない。自分たち以外の来場者を対象に、一時的に退場を求めたのかもしれない。
しかし、それは本来有り得ない。
ディズニーにおける貸切とは、閉園後の時間帯が対象となる。平日の真昼間などという、普段の利用時間内にてそれが認められる訳がないのだ。

「流石は議員サマ。と思わないかい? 僕の手に掛かれば、国際エンターテインメントそのものを取り込む事も難無く出来るってワケ。僕をだぁれだと思ってるのかなぁ!? 凄いよねぇ!? ねぇ、凄いって言ってよぉ〜〜」

 あまりに気分が高揚しているのか、五百城は言いながら身体をくねらせている。それを見たジェノサイドは冷や汗を大量にかいた。
頭おかしい、と。

「やっぱりアイツは狂ってる……。俺たちを見つけ出すため"だけに"恐らくだが何千万という額の金を放り投げるなんてどうかしている……」

「ジェノサイド様、確かにそれも恐ろしいばかりですが、だからと言って居場所を突き止められるとは思えません。彼はどのようにして、今日こちらに私たちが居ることをご存知になったのでしょうか……」

 レイジが耳に寄せて呟く。それを聞いてなるほど、とジェノサイドは同調する。そしてその理由を尋ねるためにもう一度叫んだ。

「簡単なコトさ! 僕以外に、君を付け狙っている議員を見つけてね、ソイツを脅迫……じゃなかった。情報の提示を求めた結果、キミがメガストーンを集めている事を知った。あとはメガストーンの在処を調べていけばいい。その調査を続けた結果、舞浜駅にて君の姿を確認した目撃情報を手にしただ、け、さ!」

 メガストーンは一個人につきひとつしか手に入れられない。その特性を五百城が逆手に取ったのだろう。その地点における、ジェノサイドの目撃情報が皆無な場所をピックアップして洗い出していけば、気が遠くなる作業である事には変わりはないものの、答えには行き着くことも不可能ではない。

 つくづく、自分の居る世界は異常だと改めて認識して戦慄した。
彼のような人間が結社、またの名を中央議会という名で深部ディープ集団サイドを束ね、支配しているのに加え、その環境に身を置きながらそんな彼を始末して欲しいと懇願する者も自分の傍には居る。

「分かってはいた……。俺はこれまで数え切れない程の、数えたくもない程の苦しみや悲しみ、理不尽な光景を見てきたから分かるんだが……やっぱりこの世界は、狂っている。狂気じみている」

 ジェノサイドのその本音に、二人の善良な裏の世界の住人が軽く反応した。

 そんな三人の様子を見てぼんやりしている、と解されたのだろう。五百城の数百を超える部下たちが走って来た。それらは、何も持たない人間もいればモンスターボールを手にしている者もいる。
彼らに捕まってしまえば、どうなるかは想像に難くない。

「おい……このままだと死ぬぞ今回は割とマジで! オンバーン!」

 二人に忠告しつつジェノサイドは叫んでボールを投げる。ダークボールからはその色に似合う黒い龍が空を舞う。

「目の前のヤツらを来させるな、"りゅうのはどう"」

 人間の視覚ではそれを認識出来ない。
だが、その技が放たれたあとの残留エネルギーならば辛うじて見える。
オンバーンの全身から放たれた"それ"は地を這うように走っては、迫り来る五百城の部下の集団、その先頭を担っていた全員を吹き飛ばす。

「な、なんか平然とやっつけちゃっているけどさぁ! なんで五百城はここまで追い掛けてくるのよ!? 普通そこまでする?」

「喋ってる暇あったら戦うか逃げるかしろミナミ! そもそもアイツらを普通の人間と思うこと自体が間違いだ、考えを改めろ。……そうだな、奴としては解散したと決めたはずのお前らの財産目当てか、気に入らない俺を抹殺するかのどちらか、若しくはその両方かもなぁ!」

 推測しつつジェノサイドは再びオンバーンに"りゅうのはどう"を指示する。
どれだけ五百城の人間をポケモンの技で飛ばしたとしても、際限なく再びやって来る。単純に火力が足りない。
それを理解しているジェノサイドは悶え、苦悩する。

「このままじゃ押し負ける……おいお前ら、ひとまず距離作りたいから逃げるぞ。入場ゲートの方角を目指すんだ。その間に俺は二体目、三体目のポケモンを……」

 後方の安全を確認しつつポケットを探ったジェノサイドであったが、その案はミナミによって遮られる。

「ちょっと待って、五百城も入場ゲートから来ているんだよね? 待ち伏せされていないっていう確証はあるの!?」

「ミナミお前……」

 普段ロクに意見を言わないはずなのに、と内心少しだけイラッと来たジェノサイドだったが、それには一理あった。推定で百人以上の人員を動かしている五百城だ。単純なまでの真正面からの突撃に拘っているのだとしたら、それは逆におかしい。もっと多方面に動いていると見るべきだ。

「くっそ……どうする……? 今なら誰も並んでいないし、アトラクションに乗りつつシーの全景確認するとかしてみるか……? タワー・オブ・テラーもあるしな。いや、降りた先に待ち伏せされてたらそれこそ終わりだよな、クソが! いい案が思い浮かばねぇ!」

 とにかくまずは逃げなければいけない。
ジェノサイドが五百城らに背を向けようとして走り始めようかと構えたその時。
レイジが二人を庇うようにして前へと突如として躍り出た。

「レイジ……? お前何を……。いや、とにかくお前も走れ! 逃げるぞ!」

「必要ありません」

 レイジは冷たい声でそれを拒否する。
そして、女のような細いその手からひとつのボールを放り投げた。

「頼みます、サーナイト」

 ジェノサイドとミナミを守るようにして立つレイジと、ほうようポケモンの名を体現するかのようなその凛々しいポケモンは彼の前へと姿を現す。

「"サイコキネシス"」

 レイジのサーナイトと、迫る敵との距離はまだ離れている。そのため、技の範囲が狭まった。
走る黒い群れの先頭集団だけが、その動きを封じられているようだった。遠目からだと不自然に人間の体が固まっているように見える。サーナイトの放った技の影響だ。

「おいレイジ、奴らの動きを止めてくれるのは有難いんだが……それからはどうするんだ?」

「こうするんですよ! サーナイト、そのまま飛ばしてください!」

 レイジは叫びつつ右腕を振るった。それを確認したサーナイトは、動きを止めた人間その全てを直線上に弾くように吹き飛ばした。
サイコパワーにより運動エネルギーを書き換え、佇んでいる状態の人一人からでは得られないような力が生まれ、その結果大規模な衝突から生じた将棋倒しが見られた。
五百城の部下の多くが倒れてゆく。

「すげぇ……」

「普段のバトルで扱うやり方を少し応用させてもらいました」

「その手があったか」

 涼しい顔を見せるレイジに、ジェノサイドは感心しつつも引き気味だった。例えば、彼が溺愛するミナミが絡んだ問題を起こしてしまえば笑顔で殺してきそうな勢いと狂気が垣間見えた気がしたのだ。
尤も、ジェノサイドにそんな予定は無い。

「さぁて、このまま全滅でも試みてみましょうか!?」

「待てレイジ、奴らが体勢を立て直す前に逃げてとにかく奴らから離れよう。周囲の状況も確認しつつ、入場ゲートの安全が分かり次第こんな所さっさとおサラバして帰る。それでいいな?」

「ウチも……できればウチもそうしたい!」

「若……」

 愛するミナミの懇願を聞いたレイジは、それを聞きつつ、敵が起き上がったタイミングで再度サーナイトの"サイコキネシス"を打つ事で敵の力を更に削いでゆく。

「そ、それならば仕方がありませんね! 出口目指して行きましょう!」

「俺が何度も言って聞き入れなかった癖に、一度ミナミが言うだけでこの違いか……」

「そ、そんな事ありませんよジェノサイド様! 私は私で色々考えながら戦っていた訳でして……例えばほら、こちら」

 そう言うとレイジはミナミにひとつのモンスターボールを投げ渡す。

「これ……キルリアのボールだよね?」

「左様でございます。そちらのキルリアは移動技"テレポート"が備わっております。馬鹿正直にゲートを目指さなくとも、そのポケモンを使えば一瞬で外に出られますし、場合によっては駅の前まで行けるかもしれません」

「お前、そんな便利なポケモンあったら最初から言えよな!?」

「申し訳ありません、ジェノサイド様。しかし私もこう見えてポケモントレーナーの端くれ。久々のバトルに血湧き肉躍る、というやつでして……」

「もういい、十分だろ。雑魚相手にオラついてないでさっさと行くぞ」

 今回の逃走劇に終わりが見えてきた。その安堵からか、ジェノサイドに余裕が蘇る。すると、いつまでも戦っているレイジの動きが無駄に見えてきた。自然と普段の口調で、軽くあしらう対応へと変わってゆく。まるで自分が戦場にいるかのような感覚が、ほんの刹那に等しいタイミングの間に限り失せたかのようだった。
それは言い換えれば油断でもあった。

 ミナミがキルリアを呼び出し、一息ついたタイミングでレイジが攻撃を一旦止め、サーナイトをボールに戻し、こちらに駆け寄る。同時期にジェノサイドもオンバーンをボールに戻した。
"テレポート"で逃げ切れると思い切ったせいでジェノサイドは周囲の確認を怠っていた。ほんの一瞬の虚を衝くタイミング。自分らが無防備になると気付くまでもなく。

 クロバットの足に掴まり、空を移動していた五百城が自分らの頭上に居る事に、ジェノサイドは遅れて気が付く。
綺麗な海を背景に、五百城は左手でクロバットの短い足を掴み、右手で何かをこちらに向け構えている。それが拳銃であると察知した時には既にもう弾丸は発射されていた。

「……!!」

 一言も発する暇もない。
頭上故に狙いが外れたのか、それとも初めから狙っていたのか、その弾は真っ直ぐとレイジの胸へと突き刺さる。
その時まで、レイジは瞬間として全身に渡った痛みの原因が何だったのか分からなかった。
衝撃と痛みで、レイジは倒れる。

「おい、レイジっ!」

 ジェノサイドがそのように叫んだタイミングで"テレポート"が発動された。
不思議と銃声は遅れて響いた。ような気がした。

 三人はディズニーシーの入口からやや離れた場所に移された。
発動の瞬間にこそレイジは倒れたものの、それも"テレポート"の範囲内だったからか、倒れた状態のままレイジも一緒だった。
ミナミはそれを見て初めて異変に気が付く。

「レイジ……? ねぇ、どうしたのレイジ!」

 レイジは起き上がらない。
自慢の純白の礼服は、胸を貫いた弾創で穴が開き、黒く焦げ、自身の血で赤黒く染まっている。地面に倒れたせいで土と砂利とで薄汚かった。
ミナミが呼びかけ、何度身体を揺さぶっても反応は無い。目は閉じられ、力が抜けたようにその口も半開きになったままだ。

「起きて! ねぇ、起きてよ!! 起きてってば……」

 無惨なまでのその光景を見て、ジェノサイドは茫然としていた。そうするしか自分には出来なかった。
彼の意識に響くのは、ほんの少し前に聞いた銃声と、ミナミの発する啜り泣く声だけだった。



 楽しい思い出として終わるはずだったこの日は、思ってもみなかった最悪の結末を迎えることとなってしまった。ルカリオナイトを除いてメガストーンをコンプリートしたはずのジェノサイドには、喜びという感情が一切湧かない。この後にポケモンの新作である『オメガルビー』、『アルファサファイア』を楽しむ気力などあるわけが無かった。

 ジェノサイドとミナミは基地への帰還を果たした。だがそれは、望んだ結果ではなかった。
レイジはその後病院に運ばれたが、結果は分かりきっていた。彼等は深部ディープ集団サイドという裏の世界の人間であるが、この世に生きている以上、表の世界の人間の一員でもある。こういう時は彼らに限らず表の世界のサービスを利用するのだ。かと言って何があったかは決して表には出さない。ゆえに表の世界のメディアが深部ディープ集団サイドの情報を流すことはまず無い。
だが、知りうる限りの情報は漏れてしまう。
ジェノサイドは確認していないので噂程度の認識ではあるのだが、あの後"速報"という形でディズニーリゾート前で男が倒れている、程度のニュースが流れたようだった。

 ジェノサイドはまず、一人で広間に寄った。
そこには、外で何があったのかも知らずにいる平和な仲間たちが、いつも通りゲームをするなどして各々平和に過ごしている。ほぼ全ての3DSから、懐かしい響きのBGMが流れている。
あまりにもジェノサイドが沈痛な面持ちをしているせいであろうか、一部の仲間たちが察したため徐々に方々から流れてくるBGMが小さくなり、いつしか完全に消えた。

「リーダー……。えっと、その……お疲れ様です」

 なんと言えばいいのか戸惑っているハヤテがまず声を掛ける。
ジェノサイドの様子がおかしい事に最初に気付いたのも彼だった。メガストーン確保の報告も無ければ、新作購入の自慢も無い。何より、一緒に行動していたはずの仲間の姿も見えない。

「リーダー……、お身体の具合の方は……」

「お前ら、今から大事な話がある。この基地に居る、非戦闘員を除く全ての構成員を此処に集めろ。今すぐにだ」

 ジェノサイドはハヤテの言葉を遮る。彼が戸惑っているのは重々承知していた。有難みすらも感じている。だが、今はあらゆる感情を押し殺し、冷徹でいなければならない。そうでなければ、精神が先に音を上げてしまう。
暫くすると、仲間が一箇所に集まった。
ジェノサイドはざっと彼らの顔を見て、それから告げた。

「今日、仲間が死んだ。俺のミスだ。そいつは……保護を求めて此処にやって来た奴だった。だが、俺のせいで死んだ……。理由については、既に分かりきっていると思うが、五百城に関わるものだ」



 次にジェノサイドは別の人物へと連絡を始めた。その相手とは、ほんの数日前に連絡先を交換した結社の人間、神々廻ししばまことだ。

「……もしもし」

 ジェノサイドはスマホを耳に当てると、声を落とす。周りには誰も居ないが相手が相手のせいか変に意識しているせいかもしれない。

『もしもし。なばり……洋平ようへい君かな?』

 アポ無しの連絡だったせいか、相手も少し動揺しているようだった。自分の名を告げた声は自信が無さそうに聞こえる。

「できれば"ジェノサイド"と呼んで欲しいものだが」

『いやいや、済まないねぇ。ところで……私に連絡を寄越すとは、何か良からぬ事でもあったのかな? これは嫌味で言っている訳ではないのだが、私も多忙を極めている身であってね。まずは別の形での連絡を欲しかったところで……』

「それは申し訳ないと思っている。だが、急な用事でな。幾つか聞きたい事があるが、時間は?」

『あまり余裕とは言えないねぇ』

 ジェノサイドは舌打ちしたくなる気分だった。五百城は相対した時に直接名を出さなかったが、別の議員の存在を匂わせた。それについて問い詰めたかった。ジェノサイドの中では、五百城が脅迫した人間というのは神々廻だと思っている。そうなれば、レイジが死んだ一因に彼が関わる事になるが、しかし彼に責任を追わせる訳にもいかなかった。追求したとしてもそれは遠因であり、直接の原因ではない。それはジェノサイドも分かっていた。

「正直俺は……アンタの例のお願いには消極的だった。俺にはどうしても、どんなに悪い奴でも人は殺せない。そう決めている」

『それは分かっていたよ。そして、断られるかもしれないと私は思っていたよ。……それが、何かあったのかな?』

「今日、仲間が死んだ。五百城に殺された」

 電話の向こう側が静まった。神々廻が絶句しているのはその顔を見なくとも容易に想像出来る。

『そ、それは……。とても辛い思いをしたね……。私たちが先生を止められなかったせいだ、申し訳ない』

「いや、俺が油断したせいだ。俺が最後までしっかりしていれば……止められたはずだ」

「……」

 ジェノサイドは今基地の中の談話室に居る。普段この部屋を利用しているレイジとミナミは今は居ない。暖炉も点けていない。部屋は静寂そのものだ。その部屋で、ジェノサイドは普段愛用しているロッキングチェアに腰掛けた。静寂ゆえに木の軋む音が響く。
その音を聞きながら、ジェノサイドは深く呼吸した。そして、それを合図に決意する。

「でも俺は考えを変えたよ。俺も決めた。五百城は……何処に居る? どうすれば奴を殺せる? その方法があれば……奴に関わる情報があれば、教えて欲しい」

 もう決して他人の命を奪う事はしない。ジェノサイドはそう強く決意していた。
その決意が今日、揺らいだ。

 久方ぶりにジェノサイドは、人に対して殺意を芽生えたのであった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.44 )
日時: 2024/01/23 20:34
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: RJ0P0aGF)


 いつまでも悲しみに打ちのめされている時間も、過去の自身の行動に後悔している暇は無い。
翌日になりジェノサイドはすぐさま行動に移した。
とは言っても、彼に出来る事など限られている。

 神奈川県伊勢原市。そこに聳える大山。
標高一二五二メートルの高いいただきに、彼はまたやって来ていた。此処に来るのは今回で三度目だ。
彼が来た理由はひとつしかない。

「ご無沙汰しております。また近い内に会えるものと思っておりました」

「そうか? 俺としては二度と来ないつもりだったんだがな」

 深部ディープ集団サイドの人間のための神主、皆神みなかみに会いに来たのだ。そんな彼は、いつか会った時と同じように純白な礼服に身を包み、片手にしゃくを持ち、優しそうな顔をして社務所の前で待っている。
前回と同様社務所の中へとジェノサイドは案内された。

「いかがお過ごしでしたでしょうか?」

「最悪だね」

 ジェノサイドは案内された客間のような部屋に置かれた長椅子に腰掛けた。暫くすると皆神がお茶を持ってこちらへとやって来る。

「メガストーン探しとポケモンの新作。……あと大学生活に集中したかったのに、タチの悪いストーカーに追われるなどで散々だ。昨日は仲間が殺された」

「まぁ……」

 ジェノサイドは湯呑みに口をつけながら皆神の表情を見た。わざとらしい声だが、哀れみを催す表情は本物のように見えた。演技だとしたら巧みだ。

「それはひょっとしてですが……結社に所属する一人の人間によって、でしょうか」

「その言い方からすると分かってるようだな」

 予想よりかなり熱かった湯呑みを木製のテーブルに置く。ジェノサイドは昨日の出来事を、レイジが死ぬ間際の瞬間を、その光景を、フラッシュバックさせつつ一呼吸ついた。

「俺は……。俺"ら"は五百城いおきわたるを倒すことで一致した」

「左様でございますか」

 恐らく皆神としては、何故わざわざこのような事を言うためだけにやって来たのかと困惑したに違いない。少なくともジェノサイドからはそう見えた。
深部ディープ集団サイド最強と言えば聞こえは良いが、その実彼の意見を聞ける人間や、そもそもの賛同者などは自身の組織の中にしか存在しない。
これが例えば他の組織の人間だとすると、"妥当ジェノサイド"を叫ぶ者同士が組織の枠を越えて協力する、というのはよく見られる光景だ。少し前にもジェノサイドは"包囲網"を敷かれて連戦を強いられたことがあった。
要するに、外部にも自分の声や意見を共有出来る環境を可能であれば作るものなのだ。
だが、ジェノサイドにはそのようなものはない。
そんな意味では彼は孤独な存在だった。

「それはつまり、本件について私に相談するために参った、と」

「そういう事だな」

「友達はおられないのですか?」

「悪かったな……ぼっちで」

 静かな口調から放たれたひとつの矢が、ジェノサイドの胸に深く突き刺さった。真面目な空気であるにも関わらず、素が出てしまい若干和む。

「すみません、冗談です。ですが……事実貴方様はその立場ゆえに意見を述べる場などというものも中々無いものでしょう。しかし、かと言って貴方様の組織『ジェノサイド』のみで五百城と戦ったところで返り討ちに遭うのは目に見えています。倒すこと自体は可能でしょうが……」

「大正解。俺の思っていること全部当ててきて気持ち悪いぐらいだよ」

 ジェノサイドは再び湯呑みを手に取り、熱い緑茶を飲む。熱すぎるものは苦手なので少ししか飲まない。

「ま、だからってお前に相談しても上手くいく事柄じゃねぇよなそもそも。悪いな、無茶な話題振っちまって」

「いえ、お待ちください。確かに無茶かもしれませんが……」

 皆神は表情にこそ表さないものの、待ってましたとばかりに強い反応を示しつつ笏を幾つか取り出すとそれをテーブルに並べた。よく見ると何やら書かれている。

「お前……まさか笏をメモ帳代わりにしてんのか?」

「平安の世ではこのように使われていたようですよ?」

「だからって時代錯誤にも程があんだろ……」

 絵に書いたような笏が綺麗に並べられるシュールな光景を見てジェノサイドは言葉を詰まらせる。古風な人だとは思っていたがここまで徹底されると逆に反応に困ってしまう。

「さて……不肖ながら意見を述べさせていただきます。解決策ならばございます。まぁ、その策も無茶と言えば無茶になりますが」

 それを聞きながらジェノサイドは並べられた笏のひとつに触れる。
肌触りはあまり良くない。質の低い木から作られているようだ。
そんな木の上から筆で文字が描かれている。

「これは……なんだ? 住所のように見えるんだが」

「要は、貴方様と同じ悲劇を迎えてしまった方々と結託すれば良いのですよ。そちらの方々の連絡先はキーストーンを渡した際に控えております」

「お前……いつか個人情報売りそうだな」

 反射的にジェノサイドは笏から手を離した。
テーブルに置いた時、その情報欄に個人の名前や組織の名前が書かれていない事に気付く。

「おい、待て。この笏……住所しか書かれていないんじゃないか? これだと誰が誰だか分からないんだが、どういうつもりだ?」

「あぁ、そちらでしたら」

 皆神はジェノサイドがお茶を飲み終わったのを確認すると椅子から立ち上がり、自分と彼のものを持って別の部屋へと一旦引っ込んだ。ただの片付けなのですぐに戻って来る。

「そちらは私なりの配慮でございます」

 どのような配慮があるのだと言うのか。個人情報の保護だとしても、一番保護すべき情報がある時点でそれを守る気は無いのは目に見えている。そこを突こうとジェノサイドは反論しようとした。

「貴方様にひとつご注意を、と思いまして」

「あ? どんな」

 ジェノサイドが口を開く前に皆神が言う。反論の機会が奪われることで言うに言えなくなり、もどかしい気分になった。

「ジェノサイド様。貴方様の使命はひとつ。こころざしを共にする者を集め、五百城渡を排除することにあります。そのために為さるべき事が先程も言いました、仲間を集める事です。ですが、これまで無数の戦いを繰り広げてきた貴方様です。その間に、かつては敵であった者と再び出会う事もあるでしょう」

 それだけ聞いてジェノサイドは理解した。
個人の名前や組織の名が無い理由は、以前戦った人間だと知っていれば避けられてしまう。それを防ぐためだと。

「貴方様は悲劇を迎えた者の全てに、分け隔てなくその手を差し伸べる必要があります。余計な先入観や遠慮は必要ありません。そこでご注意がひとつ。それは、冷静になる事です」

「……」

 ジェノサイドは黙って皆神の言葉を聞く。まるで軽い説教をされているような、普段の自分の身の振り方に問題があるから言われているような気持ちになってくるが、それは彼の考えすぎであった。

「彼等も貴方様と同じく、仲間を……誰かをきっと亡くされています。人によっては感情的になったり罵倒されたりもするでしょうが、決して冷静さを失わない事です。それさえ守っていただければ、きっと成されるでしょう」



「冷静を保ち続けて説得する……。その相手が過去に戦った相手かもしれない? 難易度高すぎだろバカヤロー。挑むってレベルじゃねぇぞオイ」

 一人で愚痴を吐きながらジェノサイドは大山を後にした。
皆神の笏に書かれた情報は別の形で控えた。流石にそれを持って出歩く訳にもいかないのと、持ち出していいかどうかを尋ねた際に珍しく皆神が困った顔をしたためだ。

「かつての敵ねぇ……。こうなる事を初めから狙っていたんじゃねぇのか、あの野郎」

 既にジェノサイドは神奈川から離れ、他県へと移動していた。笏に書かれた住所はとある街の住宅地を示している。その目的地も、その中にポツリと立つ公会堂であった。
小さい建物だった。街の、と言うよりはその地域に住む自治会のための公会堂のようにも見える。鍵は無い。木製の引き戸の扉を躊躇なく開いたジェノサイドは、そこに五人ほどの人の姿を確認した。

「……よう。まさかこんな形でもう一度会うことになるとはな」

 その中でジェノサイドが知っている人間は一人しか居なかった。嘗て戦った経験がある。あまりにも前の話だと忘れていたかもしれないが、比較的最近であったこと、その戦い方が特徴的であったために忘れずにいたようだ。

「少し前に俺と戦ったよな? 少なくともお前は俺を忘れてはいないはずだ。あの時戦った人間が俺じゃなかったら、お前は死んでいたかもしれないからな」

 男はジェノサイドを鋭く睨んだ。
元々人相が悪そうなのも相まって、凶悪な表情を見せつけている。周囲の取り巻きはジェノサイドの突然の来訪に戸惑っているようだ。

「"フェアリーテイル"のルーク。お前に用があって来た。少し俺と話をしないか?」

 数ヶ月前の話だ。ジェノサイドがなばり洋平ようへいという名で通っている大学構内にて、ジェノサイド打倒を叫んだ、フェアリータイプのポケモンを好んで使う深部ディープ集団サイドの世界に生きる男と戦った。そんな男は今、少しやつれた様子でそこに居る。

「……ジェノサイドか」

 ルークは彼を暫く睨み、憎悪に似た感情をこれでもかとぶつけると同性の顔をまじまじと見つめることに一種の気持ち悪さを感じたからか目を逸らしそっぽを向く。

「テメェに負け、全てを失った敗北者に何の用だ?」

 どこか投げやりだった。状況が違うとはいえ、あの頃魅せていたSランクという格上の人間相手にも堂々と、そして何処か見下していたような態度はまるで感じない。その顔からはやつれと疲れが見える。従えている仲間も五人だけと考えると、彼も五百城の餌食に遭ったようだった。

「最近どうだったかを知りたかった。その返答次第では……答えも変わってくるかもしれないしな」

「そうか、だったら特にねぇよ。ねぇから死ね」

 この間もルークはこちらを見ようともしなかった。机に肘をついて寄りかかっている。
無関心を装っているのか、本当に無関心なのかジェノサイドには分からない。
だが、五百城と戦うためには絶対に必要な人材だ。

「なぁ、お前……五百城渡という男を知っているか?」

 その瞬間。公会堂の空気が変わった。
自分以外の人間全員が確かに驚愕していた。
ルークも例外ではなかったが、すぐに平静を取り戻して元の表情に戻る。
それを見て、ルークの態度は装っているだけだとジェノサイドはこの時判断出来た。

「最近、深部ディープ集団サイドの界隈でコイツが結構暴れているらしい。……いや、"らしい"って言い方はダメだな。俺も当事者となってしまった」

 誰かが当事者、と考えるように小さく呟いた。少しづつだが彼らの関心を引いているのは確かのようだ。

「五百城渡。コイツは結社の人間というステータスを利用して無茶な要求を俺らにしてくる。組織を無理矢理解散させたり、拒否すれば全員殺されたり……とかな。俺の元にもその影響がやって来た」

「まさかお前……ジェノサイド解散を命じられたのか!?」

「いや、流石にそこまでは無い。この世界において俺はバランサーらしくてな。無くてはならない存在だと言うのはバカな五百城も知っているようだった」

 一瞬だけ素が出たルークはジェノサイドの顔を見たが、すぐにまた目を逸らした。ここまで来るとわざとらしい態度だと言うのが明白である。

「話が見えねぇな。お前は五百城に何をされて、巡り巡ってここまてやって来たのか……。冷やかしならいらねぇよ。死ぬほどイラつくから帰るか死ぬかしろ」

「まぁ聞けって。二週間ぐらい前に、五百城に狙われているから助けて欲しいと保護を求めて来た深部ディープ集団サイドの別組織の人間が俺の元にやって来た。結局俺はそいつらを助ける事にしたんだが、それがきっかけとして俺は五百城と直接衝突する事になっちまってな」

「結社の人間とやり合ってんのかよ……」

 ルークではない、別の誰かが呻くように発した。自分たちでは考えられない。そう言いたそうであった。

「それはオマケだ。結果だけ言うと、そいつは昨日死んだ。俺のミスとはいえ、五百城によって俺の仲間が殺された……」

「そぉかよ」

「それとは別でここだけの話、別の議員から五百城暗殺の依頼もされた」

「はぁ? 何だそりゃ」

 ジェノサイドがやって来てから世界が一回り二回り違うような話が駆け巡る。そのせいでルークは半ば呆れ始めた。同時に理解した。自分は無謀にもこのような人間に挑んでいたのか、と。

「お前に知っていて欲しいのは、意外にもこの世には五百城が死ぬ事を望んでいる人間、風潮が広がっている反面、個々の力ではどうしようも出来ない現状であるということだ」

「お前、あれか。この俺に……」

「ルーク。俺の調べでは、お前も五百城の被害者の一人だろ。少なくとも今のお前はAランクって言う規模を誇っているようには見えない」

 話そうとしたところを遮られ、しかも好き勝手に言われた気がしてルークはジェノサイドに聞こえるように大きく舌打ちをする。
そんなルークの様子を見て仲間の一人が叫んだ。

「ジェノサイド……てめぇもう黙ってろ。それ以上喋んな」

「分かってるさ。俺は深くは突っ込まない。俺はただ今後の提案と報告に来ただけで……」

「何人だ」

 今度はルークがジェノサイドの言葉を遮る。狭い空間にルークの叫びが響いた。

「何が……だ」

「お前は何人仲間を殺されたよ、ジェノサイド」

「一人。よりにもよって、直接俺にコンタクト取ってきた奴がな。有能だっただけに残念だった」

「それだけかよ。流石は最強だな。……俺のとこは何人死んだと思う? 二十人だ。笑っちまうだろ。俺は仲間を二十人も殺されたんだ。殺させたんだぜ」

 予想以上の数だった。
ルークは決して実力が低い人間では無い。それは直接戦ったジェノサイドが知っている。それだけに、犠牲者の大きさを知ってジェノサイドは絶句した。

「その中には俺にとって大切な奴も居たさ。だがあの野郎、俺が少し外に出ていると知って襲撃に来たんだ。でも、少しは抵抗したんだろうな。ソイツは頭ぶち抜かれて死んだ。そこまでするかって笑っちまいそうになったよ。ホント、この世界ってクソだよな」

「なぁ、ルーク……」

「テメェの言いたい事は分かるぜ。五百城に仲間殺された奴集めて敵討ちしようってんだろ。テメェに似合わず組織の枠取っぱらってよぉ。だが俺はそれには応じねぇ。拒否する」

「……理由は?」

「まずテメェが気に食わねぇ。テメェが一人で五百城殺すってんなら少しは見直すかもしれねぇが、テメェの下について五百城殺せって言われるくらいなら死んだ方がマシだね。テメェに負けたせいで俺の運命が狂わされた訳だしな」

 それはお前が勝手に挑んできたせいだ、と反論したくなった気持ちを必死に抑えながらジェノサイドは黙ってそれを聞いていた。ズボンのポケットの中で強く握られた拳が震えている。

「それともう一つ。俺たちを直接管理している結社に挑むとかアホかよ? テメェどれだけ頭おかしい事言ってるのか……その自覚はあるんだろうな? 荒唐無稽なんてレベルじゃねぇんだぞ」

「それは……分かっている。だが幸運な事に結社内にも五百城アンチはそれなりに居る。俺はソイツを味方にしている」

「ソイツが裏切らないという確証はあんのか? 俺がテメェと同じ立場だったら、結社の人間ってだけで信じるに値しない人間だと見るけどな」

 多くの仲間を失った男の言葉としては間違っていなかった。事実、ジェノサイドも神々廻ししばまことと初めて会った際は終始警戒していた。今となっては少し信用し過ぎていたかもしれない。
だが、そんなルークに対し「神々廻は悪い奴ではない」なんて口が裂けても言えない。
ジェノサイドはまたも黙ってしまう。

「……だとしても、俺は本気だ。本気で五百城を殺すと決めた」

「お前にしては珍しい決意表明だな」

「これ以上世界が混乱してほしくねぇしな。それに、俺は……」

 この時。ジェノサイドはレイジを失ったミナミの顔と、嘗て自分が経験した耐え難い記憶とが思い起こされ、重なった。途端に胸が苦しくなる。

「俺は……これ以上悲劇を生み出したくない。止めたいんだ」

「あっ、そう。それだけか」

「だが俺一人が立ち上がったところで、何も果たせない。敵は権力そのものだ」

「最強の名が泣くな。哀れだ」

「だから俺は俺が出来る事をやるまでだ。俺には金がある。協力してくれたら報酬を出す。なぁ、ルーク。共に協力して、共に戦ってくれないか? 俺たちで権力の暴走は許されないとハッキリと主張するんだ」

 己の非力さとは裏腹に、その声には力が篭っていた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.45 )
日時: 2024/02/10 23:19
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: wUAwUAbM)


 ジェノサイドはそう言いながら一枚の紙を取り出した。その紙には文字がズラズラと並べられているが、どうやら五百城いおきわたるを倒すための決意表明などが書かれている。だが、注目すべきは一番下の欄だった。そこには「協力者には金一封を与える」と書かれている。

「マジなのか、お前は」

「じゃなかったら……俺はここには来ない」

 一連のやり取りを見て周囲に居たルークの仲間も寄って来てはその紙を眺める。

「この……金一封てのは何だ? 協力者? お前、まさか一人ひとりに金配るつもりか?」

 誰もが気になる疑問にルークの仲間の内の一人が尋ねる。それにジェノサイドは躊躇う事無くスラスラと、まるでカンニングペーパーを頭の中に叩き込んだかのような、予定されていた文句を一言一句間違える隙間すら無いように綺麗に答える。

「あぁ。一人ひとりに与えよう。気になるのはそこか?」

「いくらだ」

「金額の事だろう? そうだな……。逆に幾ら欲しい? 俺としてはこの戦いの参加者一人ひとりに三十万出すつもりではいるのだが」

「なんっ……、テメェいい加減な事言って俺達を騙すのも大概にしろよ!」

 ルークは怒鳴りながら椅子から立ち上がった。元々ジェノサイドとは敵同士の間柄だ。最初から良いイメージは無い。そんな人間が、まるで適当な調子で、更に金で釣るような言動を放った事に強い怒りを覚えたのだった。

「一人に三十万だぁ? "ひとつの組織に"、ならまだ分かる。流石にこの世界最強のテメェでも……クソふざけた事ぬかすのは辞めろよな。自分の財力ひけらかしてんのか? それとも金で人間釣って使い捨てようってか? いい加減死ねよテメェも……。もうテメェの顔も見たくねぇし声も聞きたくねぇ。とっとと消えろ」

「此処に居るのがお前も含めて五人……。となると百五十万か。問題ないな。いいよ、出すぞ。それくらい」

「テメェ今人の話聞いてたのかよ……」

 怒鳴りながら冷静さを取り戻したのか、苛つきながら再び椅子に座るルークとは裏腹に冷静に、そしてどこか余裕さえも浮かべているジェノサイドはまたも躊躇いを見せずにスラスラと大きな額を提示してみせる。
それでも彼は信用していないようで、見かねたジェノサイドは上着の胸ポケットから小さい紙切れを出すとテーブルに置いた。

「約束手形……なんてカッコつけた真似は出来ねぇが、その代わりとして受け取ってくれ。俺の書名、判子、そして金額。全て事実だけを述べている」

 丁寧に「一人につき三十万円也」と書かれている。それをルークはおそるおそる警戒しながら手に取った。

「実はイリュージョンで書いた偽物でした、なんてオチだろどうせ」

「んな訳ないだろ。何度も言わせんな、俺は本気だ。本気で五百城を殺しに向かう。そのためにお前たちの力が、協力が必要なだけなんだ。あ、あと答えなんだが別に今言わなくていい。その紙の裏に、ある場所の住所を載せておいた。……水曜だ。来週の水曜日。四日後を決行日とする。その時にその指定の場所に来てくれ。待ってるから」

 渡したい物は渡した。言いたいことも言った。もう用はない。ジェノサイドは無防備にも、嘗て戦った人間を前にして背を向ける。

「待てよ、テメェ誰に対してモノ言ってんのか……分かってんだろうな?」

 ルークは最後まで悪態をつく。分かっているに決まっているジェノサイドはあえて無言を貫く。

「テメェを殺しに掛かろうとした……敵だぞ? そんなのを前に金寄越すなんて言ってみろ。この場で殺されないとか思わねぇのかよ?」

 ジェノサイドはその声を聞いてその主に対し情けなさを覚えた。これほどの心の弱い人間が無謀にも自分に挑んできたのか、といつかの勇姿と照らし合わせて強いギャップを感じつつも、すぐにそれを自身の頭の中で否定した。
違う。彼は弱い人間ではない。彼を弱くさせたのは目の前で仲間を惨殺した五百城なのだと。
直後にその感情は哀れみへと変わる。

「思わねぇな。俺もお前も……五百城に仲間を殺された被害者だろ。それに、これから戦う"仲間"を疑う訳にもいかねぇだろ。リーダー失格だそんなの」

 そう言ってジェノサイドはルークらが居た公会堂を去る。無防備を晒したにも関わらず攻撃をして来なかったところを見るに、若干の手応えを感じた。



「疲れたぁー。もう今日は動きたくねぇ……」

 自ら務める組織の基地に戻ったのは日が暮れたあとだった。
あれから彼は何ヶ所か巡り、同じように条件を提示してスカウトした。その中にはルークと同様以前戦った者も居れば、全く面識のない人間も居た。

「リーダー。今日は朝から出掛けていたようですが……どちらまで?」

「ん、まぁ色々とな」

 広間にある大きなソファーに倒れ込んで半分眠くなりつつあったジェノサイドに、仲間のハヤテが心配そうに声を掛ける。ジェノサイドは彼を含め仲間の誰にも今回の予定は告げていない。

「色々って……。あまり派手に動くのは辞めてくださいよ? リーダーはその……結社の人間に目を付けられてしまったのですから。それに、その……レイジさんが亡くなった後でもありますし……」

「分かってるよーだ」

 わざとらしいとはっきりと分かるくらいに頭を搔く仕草をしつつソファーから派手に起き上がっては広間の隅に置かれている小さい冷蔵庫の方まで歩く。それを空けてジュースの入ったペットボトルをひとつ掴んだ。そのペットボトルには律儀に"リーダー専用"と書かれた紙が貼られている。その紙を剥がし、大きい部屋の割には小さいせいですぐに溢れてしまうというクレームをよく聞くゴミ箱に放り投げてはそそくさと広間から出て行った。

「今日だけで多分七箇所くらいは回った……。水曜まで時間はあるし、今日会った奴らが適当に話広めてくれるだろうから明日はそこまで頑張らなくていいかな。あとは無事集まってくれるか、だな。それとも明日はもっと工夫してみようか? 前金渡すみたいな感じで」

 廊下で独り言を呟いていたジェノサイドは通り過ぎようとした部屋の扉が突然開いた事で立ち止まる。そこからミナミが現れたのを見た。
昨日の出来事が余程ショックだったのだろうか既に病人のようにやつれ、完全に元気を無くした姿をしている。
彼女は元々短髪のためそれ程でもないが、整えていないのが丸分かりだった。大きな寝癖が付いているかのように乱れている。

「よう、ミナミ」

「あっ……レンか……」

 か細い声だった。初対面の頃、彼女の声は小さかった記憶があったが、それよりも小さい。その声色に生気が篭っていないようだった。聴くだけで不安になってくる。

「飯ちゃんと食べてるか……? いや、お前の様子が見られただけでも十分だよ」

 それだけ言うと立ち去ろうとする。顔には出さないがこの時ジェノサイドは緊張していた。こんな状況でどんな風に声をかけていいのか、分からないからだ。
これまでに親しい人を失った仲間は数多く居た。そんな場面には何度か出くわした。だが、それらは皆同性の人間であった。それなりに励ましさえすれば良かったのだが、今回はただでさえ慣れない女性が相手である。しかも、常に一緒にいた仲間がその対象だ。迂闊な事は言えない。
非情にも見えたかもしれないが、こうするしかないと思っての行動のつもりだった。

「あっ、そうだ。今日何人かに声を掛けてきたよ。上手く行けば全員誘いに乗ってくれるかもしれない」

「誘……い?」

「ミナミ、俺はやるぞ。何人か集めて俺は……五百城を殺す。レイジの仇をこの手で取ってやる」

 ミナミの前を通り過ぎ、背中を見せつつジェノサイドは言った。彼女の顔を見ようとは思わなかった。いや、見られない。こんな時に見せる彼女の顔がどんなものか、想像したくなかった。その表情によっては自分の決意が揺らぐかもしれないと危機感を覚えたためだ。

「そう……。あんたは、行くんだね。戦うんだね……」

「あぁ。決めた。たとえ誰に止められようとも、俺は進むと決めた。だからお前も止めないでくれ」

 自分の背後の空気が揺らいだ。ミナミが手を挙げ、こちらに近付いているのかもしれないと肌で感じる。
それに応じてジェノサイドも前に進む。今は彼女を突き放すと決めたのだ。大事な仲間を失ったとしても、特別扱いだとか、特別な感情を得ようとか、そういう思いは彼には無かった。
ジェノサイドの体に触れようとしていたミナミの手は宙に漂う。

「もうウチは……これ以上何も失いたくない」

 彼に触れたかったミナミは何かしらを察したのか、そこで諦める。代わりに、声を振り絞る。

「俺もだ」

「死なないでね……?」

「誰も死なせねぇよ」

 その声を聞いてジェノサイドは静かに歩き、自分の部屋へと向かった。彼女の最後の声を聞いて胸が痛くなりそうだった。明らかな涙声だった。意識せずともペットボトルを握っていた手の力が強まる。ミシミシと鳴った音を聞き、ジェノサイドは我に返った。



「今日も居ない!?」

 寡黙で大人しい性格の佐伯さえき慎司しんじは珍しく驚く仕草を見せた。
それを見た、彼の話し相手である樋端といばなかける五郎川ごろがわひろしは若干苦笑いした。樋端に至っては肩を震わせている。

 水曜日の正午。彼らは今大学に居る。揃いも揃って友人が少ないためサークルの部室へとやって来た次第だ。

「レンって先週の金曜も、一昨日の月曜も休んでいなかった?」

「あぁ。火曜には俺と同じ講義が二つあるんだが、その内の午前のやつには来なかったな。午後は一緒に受けたけど」

 樋端となばり洋平ようへいは同じ学部に所属している。大学二年生ともなると前年と比べて自由度は上がるものの、まだまだ講義が一緒になる機会は多い。樋端はそれだけ言うとコンビニで買ってきた菓子パンを貪り食う。

「ってかよぉ、レンの奴って単位大丈夫なのか? あいつ確か今年になっても毎日来てんだろ? それってさ、単位に余裕があんま無いからって事だよな。それなのにこんなに休んでて大丈夫なんか?」

 五郎川の問いに佐伯は深く唸る。

「どう……なんだろうね。正直こっちは分からないな。昨日のサークルで見た感じ元気そうではあったけど……」

「アイツ適当に講義休みつつサークルにはちゃっかり来るのな」

 五郎川はあまりの可笑しさにニヤニヤしながらサラダを頬張る。

 彼等の所属するサークルは毎週月曜、火曜、木曜の放課後の三日間だけ活動している。活動と言っても彼等のサークルは旅行サークルなので連休や特別な用事を前に控えている時意外は適当に過ごしているだけの緩い空間に過ぎない。

「佐伯から見てどんな感じだった?」

「うーん……。特に何とも。いつも通りには見えたけどなぁ。あ、でもメガストーンがあと一個でコンプリートするみたいな事は言ってたかな。だからこれまでみたいに無理して時間作らなくて済むとも言ってたし……」

「それだったらさ、余計に今日休んでる意味が分かんねぇな。俺ちょっとノート見せてもらいたかったのになぁ。しょーがねぇけどさー」

 先週の金曜日という特殊な場所が絡む時以外で隠はサークルや空き時間を投げてメガストーンの探索に走る事はあっても、これまでに講義を投げることまではしなかった。
メガストーン残り一個という状況で彼の取った行動の意味を、彼等は理解出来ずにいた。

「今のレンに、メガストーンを集める事以上に必死になれる事ってあるのかなぁ?」

「ぶっちゃけ佐伯もそう思うよなぁ」

 樋端はそう言って相槌を打つ。
 平和な世界の中で平和な会話を繰り広げる彼等には到底想像出来ない世界がその裏側にはあった。結局のところ、隠と彼等とでは住む世界が違うのだ。

 同時刻。
軽く眠っていたジェノサイドは目を開けた。
早朝に一度目が覚め、そこから意識があったためか浅い眠りを続けていたお陰で気分はとても晴れやかだった。

「そろそろ……時間かな」

 時計を見ずに感覚だけを頼りにジェノサイドは時間を読む。ある程度時刻を予想したのちにスマホを見た。時計のズレはほとんど無かった。二分ほど違っていた程度だ。

ジェノサイドは起き上がって普段の服に着替えると広間へと移動する。そこへハヤテとケンゾウの二人に声を掛けた。

「お前ら、今すぐ俺について来てくれ。ちょっと寄りたい場所がある」

 これから何が起きるのか全く知らされていない二人は呑気にオメガルビーとアルファサファイアで遊んでいる。そこにジェノサイドが横槍を入れる形となった。しかし、リーダーの命令である。彼らは文句のひとつも言わずにそれに従う。

「どうかされましたか?」

「お前ら、今から南平みなみだいらに向かうぞ」

 その地名を聴いた二人はギョッとして目を見合せた。
その名前には馴染みがある。嘗て基地を置いていた街の名前だ。今居る八王子はちおうじから見て隣町に位置する。

「り、リーダー……なんでそんな所へ……?」

 ケンゾウが弱々しく尋ねる。彼にとっても、彼だけでなくとも昔からいるメンバーにとって"そこ"は苦い思い出の地だからだ。

「それは着いてから話す。今は黙ってついて来い。だが、いいか? 絶対にビビるなよ」

 ジェノサイドが放った鋭い視線に、二人は息を呑んだ。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.46 )
日時: 2024/02/18 14:45
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: DUUHNB8.)


 八王子はちおうじから南平みなみだいらは電車で移動すると三十分は掛かる。しかし、ジェノサイドたちにはポケモンがいる。速度の制限も障害物という問題が皆無な大空を自由自在に飛び回ることが出来るのだ。
そのお陰でおよそ十五分ほどで目的地に到着した。

 そこは、ジェノサイドの基地と同じような廃棄された工場の跡地だった。
今の基地と違う点は地下に何もない所と、三階建ての建物がポツリと置いてある点、そして敷地内のほぼ全てが何も無い平原であることだった。
その平原の上に、どういう訳か多くの人間が集まっている。

 敷地の裏を回り、裏口から建物に入った三人は三階の窓から外の状況をおそるおそる見つめる。窓のガラスは割れていた。

「り、リーダー……これは一体なんでしょ?」

 ケンゾウが引きつった笑みをジェノサイドに向ける。反してジェノサイドは終始落ち着いていた。

「俺が集めた。この三日間いろんな奴に声を掛けててな。目的はひとつ。五百城いおきの野郎をぶっ殺す。それだけだ」

 ジェノサイドは非常階段の扉を少し開ける。その瞬間に二人に向かって振り向いた。

「いいか、俺が合図するまでそこを動くなよ。別に警戒している訳じゃないが、今集まっているのは俺らと同じ深部ディープ集団サイドの人間だ。念には念を、ってな」

 ハヤテとケンゾウに向かって小さく微笑むとジェノサイドは扉の先の避難通路へと躍り出た。
それを見た、集められた人々が歓声にも似た声を発する。
ジェノサイドは目が悪いほうでは無い。
彼等が建物の真下にいるので三階という高さからでもある程度それぞれの顔は視認出来る。
しかし、そのほとんどが知らない顔だった。恐らく、ここに居る大半の人間は噂か何かを嗅ぎつけてやって来た連中なのだろう。そのようにジェノサイドは適当に推理した。

「よう、おはよう。みんな。まずは一言。来てくれてありがとう」

 ジェノサイドの声は大きい方では無い。多くの人間に対しマイクも無しに自分の声を伝えるのは至難の業だ。
だから、工夫した。ジェノサイドはその頭上に一匹のポケモンを放つ。
とりもどきポケモンのシンボラー。
カラフルな彩りをした、トーテムポールのような原始的な宗教で見られそうな姿をしたポケモンが空を漂う。
そのポケモンの力を使ってジェノサイドの声量を調節する。言わばスピーカーだ。

「信用もクソも無かっただろう。人によっては、突然俺がやって来て怪しい書面置いて来て、しかも内容が"結社の人間を共に殺そう"だからな。それで金を贈るって言われても普通は信じちゃくれないだろう。だが、お前たちは来てくれた。俺はそれに感動している。感謝するよ、みんな。本当にありがとう」

「そんなんはイイからよぉ。これから何をするかとか、いつ金を寄越すとかよぉ。そっちを話せよ。それ以外興味ねぇんだわ」

 突然不満げに叫んだ男が現れる。
ジェノサイドは声のする方を見た。何処かで見たような男だ。恐らく過去に戦った人間だろう。
どこか育ちの悪いアウトローぶった中学生のような声のリズムにジェノサイドは内心不快感を覚えたが顔には出さない。どれだけ"イヤな奴"でも今だけは味方でないといけない。

「それについては今から説明する。上を見てくれ」

 その声の主含め多くの人間が増幅された声を聴いて見上げた。その先にはシンボラーがいる。

「それは俺のポケモンだ。そいつのお陰で俺の声が皆にも届いている。ま、それだけじゃない。今からコイツがお前たち全員を数える。そして今から、視覚含めあらゆる感覚を俺と共有する。シンボラーがお前たち一人ひとりを視認したとき、俺もまたお前たちをカウントしてるって訳だ。それで人数を把握する。把握次第希望者には報酬を渡そう」

 宣言した途端、会場が湧いた。
参加者一人につき三十万円を贈るという大きすぎる魅力が彼等を呼んだのだ。むしろ一番の目的と成っている者もいるに違いなかった。

 シンボラーから情報が送られた。ジェノサイドの目には、その脳内にはシンボラーの見た景色が広がっている。
上空から見た、無数の人間たち。
その一人ひとりがカウントされる毎に自動的にマーキングされてゆく。例えるならサーモグラフィーの映像。それがジェノサイドの目と脳に流れている。
シンボラー自体は空中で何事も無いかのように静止していた。そう見えるだけで、実際にはサイコパワーを周囲に放っている。攻撃性は無いので悪影響は無い。

 映像が送られ、集まった人間を数えながらジェノサイドは今見えている世界が非常にシュールである事に気付いた。
集められた誰もが、律儀に自分の言ったことを守っている。信頼の欠片も無い、人によっては誰よりも憎い仇同然の人間が偉そうにしている場で、である。
ジェノサイドからすると受け入れているように見えて実は半信半疑だ。油断していれば自分がやられるかもしれない。集められた人達を信じきっていない自分がいた。だからこそ、自分の言うことに真面目に従っている彼等が不思議でならないのだ。
まるで、自分以外の別の何かの力が働いているがために利口に"させられている"かのように。

「計測が……終わった」

 ジェノサイドは目元を指で押さえながら言った。普段とは違う脳の使い方をしたようで若干疲れたようだ。ジェノサイドは真上に漂うシンボラーを見る。シンボラーも彼を見て目が合った。互いを繋げていた"情報"が切れた事を確認すると、シンボラーは悠々と空を舞いはじめた。

「今日此処に集まったのは百五十七人……か。まぁそんなもんかな。希望者には今報酬を払う。ただし」

 再び盛り上がる下の世界。だが、湧く前にジェノサイドは言葉を意図的に詰まらせる。

「これからの任務を全うし、生き残った者には更に三十万渡そう」

 恐らくだが、今この場で金だけ受け取ってトンズラする者もいるだろう。ジェノサイドとしてはそれは予想済みだが、それだと面白くない。はじめの三十万は報酬の全てではなく、"捨てるためのお金"だとすればまだ許せる気がしたのだ。

「今ここでお金だけ受け取って戦いに参加しなかったとしても、それでいい。逆に、今三十万受け取ってこの後の戦いにさほど参加せずとも戦地に居るだけみたいな、あまり活躍が無かったとしても、それでも構わない。そういう時でも追加の報酬は払う」

 周囲は再びザワついた。
現時点で、ジェノサイドが彼等に払う報酬の総額は四千万を超える。仮に全員がこの後の戦いに向かうとするならば倍の額となる。

「テメェに払えんのかよ、それだけの金」

 聞き馴染みのある声がした。その声の主を確認してジェノサイドは一瞬だけ薄く笑うと自信をもって返事した。

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる? 自分の組織に……どれだけの金を蓄えていると思っている? これまでどれだけ無数の戦いを繰り広げたと思っている。嘗めるな。そして心配するな。実を言うと既に報酬は支払い済みだ。確認出来る人間は口座を見てみると良い」

 どれほどのお金を持つジェノサイドでも、今この場で全員に配っていたらそれだけで日が暮れてしまう。ジェノサイドはあえて参加者たちに選択させるように考えさせ、しかし実際には手配を済ます。心理を突いた彼なりの作戦だった。
ちなみに支払いに関しては神々廻ししばの協力を仰いでいる。結社の人間ならば深部ディープ集団サイドのそういう情報など知り得ているに決まっている。

「さて、そういう訳だから次に、五百城討伐に向けた作戦を発表する。……と言っても、お前たちの好きなように動いてくれ。指定の場所さえ守っていれば基本自由行動とする。指定の場所は三つ。八王子、立川たちかわ、そして多摩たまの三箇所。それぞれの街に、結社の人間が集う議会場がある。そこを攻撃しろ。その何処かに、五百城は居る。居なくとも彼に関する情報は得られるはずだ」



 徐々に人の数が減ってゆく。誰もが悩んでいるようだった。
スマホの銀行のアプリで確認出来た人間なら良いとして、それが出来ない人間からすると本当に報酬が振り込まれたのか分からずにいる。
そんな中これから生きるか死ぬかの戦いを迫られると非常に悩ましいものがあるようだった。

元Aランク組織『フェアリーテイル』のリーダー、ルークはそんな者たちを軽蔑するかのような目で眺めてはジェノサイドが立っていた建物へとゆっくりとした足取りで近付く。
そこへ、聞き慣れた車の排気音が鳴り響く。

雨宮あめみやか……」

「お前も来たのか、って顔してんな。奴は言った。組織ひとつではなく、人一人に金払うってな。わざわざ俺らの寄場に来てまでな。だったらやるしかねぇだろ」

 ジェノサイドがルークに会いに公会堂に赴いた際、その場にいた一人。つまり、ルークの仲間である雨宮が自身の車を操りながらやって来た。

「いいのか? お気に入りなんだろ、その車」

「無理はしねぇよ。命の次に……いや、命よりも大事なこの車だ。せいぜい指定場所へ先回りして連絡するとか、お前のような誰かを乗せるとか、それだけの事しかしないと決めてる。俺は直接戦わねぇ」

「お前らしいな」

 ルークはニヤリと笑ってその車を眺める。
深い青色のスポーツカー。彼は車についてよく分からないので"スポーツカー"とよく一括りにするが、その度に雨宮が「FDだ。せめでRX-7と呼べ」といつも訂正を求めてくる。どうやらそういう車種のようだ。

「ジェノサイドの野郎はどこかな。少し奴に用がある」

「今この場で殺して何千万か盗るってか?」

「ちげぇよ。アイツはこの後どうするのか聞きたいだけだ」

「……乗れよ。あの建物まで行きたいんだろ」

 雨宮は助手席を指した。ルークは無言で頷いてそれに乗る。
青色のスポーツカーが建物の入口近くに着いた頃と同じタイミングでジェノサイドは仲間を二人連れて外へ出た。

「待てジェノサイド。お前何処へ行くつもりだ」

「ルーク、やっぱりお前は来てくれたんだな。……それから、彼も」

 ジェノサイドは喜びを顔に表しつつルークと雨宮を指した。指された二人は馴れ合う気がないので嫌そうにする。

「いいから答えろ。テメェは何処へ行く気だ」

「まずは基地へ戻る。そこで人員を整理して……俺は立川の議会場に行くつもりだ」

「基地だと? じゃあ此処は何なんだ。慣れた風に見えるから此処がお前の基地だと思ったんだが」

「此処は"元"基地だ。色々あって三年前に棄てた」

「八王子と立川と多摩とか言ったな? 場所さえ決めていればあとは自由って……お前本気で言ってんのか? いいのか? そこまで自由にやらせてよ」

「あぁ。構わない。これまで五百城が好き勝手やってきた報いだ。それを結社の連中に知らしめる」

「金については……」

「何度言わせる気だ。既に振り込んだって言ったろ。協力的な結社の人間に助けてもらった。その為振り込まれた相手の名前が俺じゃなくなってるかもしれんがな」

「嘘じゃねぇよな」

 ルークの目が鋭くなる。嘘だったら承知しない。今この場で殺してやる、とでも言っているかのようだった。

「嘘だと思うならこの場で確認してくれ。出来なかったらコンビニなりにでも言って口座見てこいよ」

 大金を失ったはずのジェノサイドであるのに、どこか余裕を含んでいそうなその言動にルークはイラついた。その証拠として舌打ちだけして雨宮の車に乗り込む。
二人を乗せた青のスポーツカーが走り去るのを見届けると、ジェノサイドは後ろに控えているハヤテとケンゾウを見てはにかんだ。

「よし、俺達も動くぞ。動ける奴とそうでない奴とで分けないとな。前の戦いを参考にすると百人から二百人は動かせるんじゃねぇかな?」

「そ、それは構わないのですがリーダー……。本当に大丈夫でしょうか? 彼等に全て任せてしまって……。全員が全員ではありませんが、敵として戦った者も居るのでしょう?」

「正直俺もそこについては少し不安だが、奴らの動きを見る限り俺以外の力が働いているのは明らかだろうな。多分神々廻あたりからも声が掛かってんだろ。そうだとしたら裏切りやバックレが思ったよりも少ないかもしれないしな」

 ジェノサイドのいい加減早く行くぞ、という声に二人は従う。
行きと同じく空を飛ぶポケモンに乗って三人はひとまず自分らの基地へと戻った。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.47 )
日時: 2024/03/05 19:45
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: xPOeXMj5)


 来た時と同様、真っ直ぐ基地へと戻ったジェノサイドはまず集められるだけの構成員を広間に集めると、深部ディープ集団サイドの世界で今起きている話を始めた。
その主な内容は、南平みなみだいらにある元基地で起きた事と、この数日間自分が何をしてきたかについて、だ。

「突然のことで戸惑っているかもしれない。だが、現に多くの深部ディープ集団サイドの人間が動いている。理由はそれぞれだが、一応のところは五百城いおき排除というひとつの目的のためにな。言い出しっぺもとい神々廻ししばからの依頼の実行人として俺らも動かなければならない。……という事で今すぐ動け。戦闘員と非戦闘員の二つにまず別れろ。非戦闘員は此処で待機、戦闘員は各々準備が出来次第外に出ろ。以上!」

 ジェノサイドは聴いている者全員にその声が届くよう語尾を強め、叫ぶ。それに反して広間は静まり返っている。
二十人から三十人は集まっているにも関わらず、皆が口をつぐんでいる。誰一人として動こうともしなかった。

「どうした? お前ら。組織のリーダーとしての命令だぞ」

 自分の命令に従おうとしない光景。
これを見てジェノサイドは若干不安になった。彼はこの景色を過去に見ているからだ。
それだけではない。仮に組織ジェノサイドの構成員百人ほどの人員が揃わないとなった場合、全体の戦力が大幅に落ちる。呼応して集まった深部ディープ集団サイドの人間百五十七人だけでは明らかに戦力が不足する。
仲間の裏切りも怖いが、それ以上に作戦の失敗が恐ろしかった。

「ひとつ……よろしいですか」

 人混みの中から自信の無さそうな気弱な声が響く。
構成員の一人リョウだった。地味ながらも洒落込んでいる構成員の多い組織の中でスポーツ刈りにした頭をした彼は特徴的だった。

「まず初めになんすけど……俺は何も知らされていなかったっす」

「悪ぃ。一連の流れについては誰にも話していなかった。昨日までやってた勧誘も、俺が一人で決めて俺が一人で行動してた」

「そういう大事なことは俺たちに言わなきゃ困ります」

「……すまねぇ」

 ジェノサイドの悪い癖であった。これと決めた事は極力一人で達成しようとする。その方が確実であるためだ。どこかでダメだと判断して初めて仲間に頼る。仲間にあまり迷惑を掛けたくないという優しさと、仲間が加わることで不安定化してしまう懸念、つまり仲間に対する小さな小さな不信感のようなものが心の奥底にて蠢いていた。
それは、四年もの年月を経て醸成された危機回避の能力でもあった。特定の誰かが悪いという訳ではない。
ジェノサイドはそれをある程度自覚しつつ謝ったのだ。

「あとで訳は話す。だが今はいつまでもこうしてのんびりしているわけにはいかないんだ。だから頼む。無茶かもしれないが……戦ってくれ。共に」

 ジェノサイドが話すと周囲が静まる。この空気が彼は苦手だった。自分以外の誰かが話す時は幾分か賑やかであるからだ。

「分かりました。……ひとつ確認いいですか?」

 リョウが了承を求めてきたのでジェノサイドは無言で頷く。

「今度の相手は誰ですか? 五百城と言うことは……敵は結社ですか?」

 返答に困る質問だった。少なくとも間違ってはいない。もしもジェノサイドが悲劇を迎えること無くこの場面に立ったとしたらきっと明言は避けただろう。
だが、今は違う。

「そうだ。敵は五百城いおきわたる。ソイツを抱えた結社そのもの。お前ら分かってんだろうな。これからの戦いは……今までのものとは一味もふた味も違う。ただの組織間抗争とは全く違うものになる。これまでの戦いであれば、しくじれば逃げてオッケーだった。だが、今回はそうもいかない。しくじったら、死ぬまで続くと思え。生半可な気持ちでは戦いに臨むことすら叶わない。だからこその命令だ。戦える奴は戦闘員として立て。戦えない奴は非戦闘員として残れ。戦えないからと言って咎めるつもりは無い。戦いたい奴だけついてこい」

 顔には出さないがジェノサイドの緊張はピークを迎える。これで全員が離れたらその時点で作戦は失敗だ。だが、今のジェノサイドではこのように言うことしか出来ない。

「相手は結社……。それってつまり……」

 後ろから小さな声が聴こえた。一般の構成員であれば誰のものか分からなかっただろう。だが、彼なら分かる。長い間共に戦った戦友にして親友。大柄な身体から連想されるイメージとは裏腹に、隙を見せてしまえばすぐにひっついてこようとしたり、何かと頼ってくるどこか可愛らしさも持つまるで弟のような存在。ケンゾウ。ジェノサイドはその発言に同調し、反射的に「反逆だ」と言いそうになった。
しかし。

「これまで搾取して来た……結社の"支配からの脱却"ってヤツだよなぁ!!」

 ケンゾウはそれを許さない。彼は突如叫んだ。
彼は続けざまにこう言う。

「自由のための戦いってヤツだよなぁ!?」

 まず、ケンゾウが叫ぶこと自体珍しい光景だった。構成員の仲にはひどく恐ろしく感じた者も居たかもしれない。
だが、ジェノサイドという組織はそんな軟弱な人間だけが集められたものではない。
それに呼応し、ジェノサイド以外の全ての人間が理解を示した。この瞬間、組織ジェノサイドの面々の想いはひとつとなったのだ。

 次にジェノサイドは食堂へと寄った。
広間の次に人が集まりやすい場所でもあるためだ。
時間の都合もあってか普段ジェノサイドが利用している時と比較すると人は集まっている。
そこでジェノサイドについて来ていたハヤテとケンゾウが現況の説明を始め、そこに居る者たちに行動を促した。
その話を聞いて普段通り食堂で仕事をしていた秋原あきはら友梨奈ゆりなが飛んでくる。

「レン君……戦うの……?」

「悪いな、秋原。今日まで隠してた。だけど決まった事だ。少し出掛けてくる」

「ね、ねぇ! 大丈夫なの……? 今日は少し様子が違う気がする。本当に……本当に大丈夫だよね?」

 高校の時から一緒だった彼女はジェノサイドに対し特別な想いを抱いているようで、その表情からは恐怖が滲み出ていた。目もうっすらと潤んでいる。

「大丈夫だ。……いや、本当は少しマズいかもしれない。だけど今度ばかりは戦わないとダメだ。仲間だって死んでいるし、それに……」

 意図的に目を逸らし続けていたジェノサイドは秋原の顔をチラッと見た。今会話をしている相手が本当に彼女なのか、その確認がしたかった。

「お前が過去に巻き込まれたアレ。あれが少なくとも関わっている。それを終わらせてくる。長く続いた血の因縁を……ここで断つ。そのための戦いだ」

 食堂にはミナミも居た。偶然だったかもしれないが、ジェノサイドにとっては絶好のタイミングに思えた。ジェノサイドはほとんど食が進んでいないミナミを呼ぶ。

「頼みがある。お前は今回はここで残れ。色々と思うものがあるかもしれないが、お前だからこそコイツのような非戦闘員を守ってやってほしい。頼んだぞ」

 ジェノサイドは小さく笑いながら今にも泣きそうな秋原を指した。一方的な命令だったのでミナミとしても思うところはあったようだが、今彼女の気持ちは沈んでいる。一つひとつの感情の発現が遅い。ジェノサイドは彼女からの反応が来る前にその場を去った。

 地上に出ると既に準備を終えた構成員たちで溢れていた。
移動できるポケモンを配置し、今にも指令を待つ者が居れば、車庫から車やバイク、果ては自転車を持ってきて待機している者も居る。
そう言えば、とジェノサイドは自分が戦いの概要を説明しただけで目標地点が何処かまでを言っていなかった事を思い出した。

「みんな、準備はいいか。今俺らが集めた深部ディープ集団サイドの連中は三つの拠点に絞って行動している。八王子、多摩、立川の三つの街だ。それらに、結社に所属している議員たちが集まり、普段仕事をしている議会場がある。俺らはこれから立川の議会場に向かう。いいか、立川だ。場所がよく分からないって奴はひとまず立川駅を目指せ。以上だ。行動、開始!」

 ジェノサイドの合図と共に仲間たちが一斉に動き始めた。空を飛ぶポケモンの羽ばたく音でその場が埋め尽くされる。意識せずとも彼らの動きが一致する。その正確さはまるで軍隊のようでもあった。
先に移動した仲間たちを見送ったジェノサイドは気を取り直しては振り向く。そこにはハヤテとケンゾウが居る。

「さてと。俺たちも動くぞ。今回は自然を装う。俺たちで今から車庫に停めてある車に乗るぞ。運転は俺がする」

 ハヤテとケンゾウは互いに顔を見合わせた。これまでにジェノサイドが運転していたところなど見たことが無かったため違和感が強いのだ。
車庫には共用の自動車が何台か停められているが、今はかなり空いていた。端に置かれていた軽自動車にジェノサイドは目をつける。

「ま、待ってくださいリーダー! 本当にリーダーが運転されるのですか?」

「なんだ、ハヤテ。俺のウデが信用ならねぇってか?」

 ジェノサイドはうすら笑いを浮かべつつ車の鍵を差し込んでエンジンをかけた。スマートキーでないところを見ると少し古い型の車のようだ。

「い、いえ! そうではなくて! ただ……リーダーが運転されているところを見た事が無かったので……。あの、免許などはお持ちでしょうか……?」

 そうは言いつつもハヤテも車の助手席に座る。後ろの広いスペースはケンゾウが独占した。車自体街でよく見かける軽のワゴンだ。

「それなら安心しろ。俺はこう見えて講義の合間や、サークルの無い日の放課後なんかの時間を使って教習所に通っている」

「それなら安心……ん? 通って"いる"……?」

「そろそろ期限迎えそうでヤバいからまた行かなきゃなんだよなー。あ、でも仮免許までは取ったから安心してくれ」

「か、仮免って……それ無免許運転じゃないですかー!」

 車から降りようかと付けたばかりのシートベルトを外そうかと悩みあたふたしだしたハヤテだったが、それとは無関係にアクセルを思い切り踏むジェノサイド。

 彼の世の中に対する反逆が今、始まった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.48 )
日時: 2024/03/29 09:55
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: ylDPAVSi)


 八王子から立川の移動はそこまで時間を費やすものでは無い。
正午を過ぎた頃なので道路は混んではいるものの、一時間もあれば到着は可能だ。

 一方、ジェノサイドらは二時間掛けて無事立川にある議会場へと辿り着くことが出来た。

「さ、さーってと……。着いたぞーお前ら」

 ジェノサイドはハザードを点滅させて車を車道の左端に寄せて停める。
議会場の敷地の傍にまでやって来た。乗り込む前の確認と作戦会議だ。

「二人とも見えるか? あの白い建物が結社の連中の集まる議会場だ」

 ジェノサイドはそう言いながら助手席の窓越しに建物を指した。
その先には白く塗られた現代的な建物がある。
無駄を一切排除した、質素な建造物だった。有り余る財を抱えた集団の建物とは思えないほどだ。まるで、省けるものは全て省いて出来るだけ安く造りましたとでも言いたげな建物だ。

「これから俺たちは、この車で敷地に入る。もう既に中では他の仲間たちも乗り込んで戦い始めている頃だろう。出遅れた形となったが、立場上何もしないわけにもいかねぇし決めるところは決めるぞ。何か連絡事項はあるか?」

 言いたい事を一気に早口で済ませたジェノサイドは助手席に座ったハヤテと、後部座席にゆったりと座っているケンゾウの顔を交互に見た。

「と、とりあえずは……」

 ハヤテが小さい声で呟く。

「とりあえずは、もう……私はリーダーの運転する車には乗りたくないですね……」

「……」

 ジェノサイドは黙りつつも苦笑いを浮かべる。

「出遅れた、と仰いましたがそれが何故か……リーダー、お分かりですよね?」

「そ、それはあれだ……道路が混んでたから……」

「運転がヘタクソすぎるからですっ!!」

 珍しくハヤテは叫んだ。ここまでの心の叫びを聞いたのも久々である。

「なんなんですか!? 速度は常に三十キロですし、出して四十。しかも何度も右左折でつっかえますしお陰で寄り道回り道ばかりの全くスムーズでない移動でしたよ!」

「そ、それは悪かったけどさぁ……この辺の街走りにくいんだよ……。二車線が暫く続くと思ったら突然左折専用レーン現れるしさぁ。普通直進と一緒にするだろ?」

「街のせいにしないでくださいっ!」

 救いを求めてジェノサイドはチラリとケンゾウの顔を伺うも、彼は彼で無言で俯いた。口には出さないが概ねハヤテと同じ気持ちなのだろう。

「本当にリーダーはこれまでの幸運に感謝してくださいね、これで警察に止められていたら詰んでたんですから! 怪しまれなかっただけでも運が良いんですからねっ!」

「どんだけ俺の運転貶したいんだよお前……」

 話すべきことは終えたので移動を再開した。ハザードを消し、再び車を移動させては議会場の駐車場へと侵入する。
だが、律儀に此処に停めるつもりはジェノサイドには無かった。
彼はそのまま駐車場に停められている車たちをスルーすると、建物へと通じる歩行者専用の歩道を、つまりは車が通ることを想定していない狭い道へと乗り上げるように走らせた。

「り、リーダー……? 何をなさるおつもりで……?」

 ジェノサイドは今後の詳しい動きについては一切教えていない。不規則に揺れる車の中で無駄に長く感じる時間を過ごしたその果てに、遂に標的が見えてきた。

 それは、広い通りだった。
この敷地内に恐らく正門とでも呼ぶような本来の入口があるのだろう、そこから建物入口へと続く一直線に伸びた通りが現れた。
車は向きを変え、建物を前方に見据えて睨む。

「お前ら、最後に確認だ。このまま行っていいよな?」

「それはそのままリーダーにお尋ねします。いいのですね?」

 ジェノサイドは気持ちを落ち着けるためなのか、車のギアをニュートラルに変え、サイドブレーキを引いた。時折アクセルを踏み、空ぶかしをする。辺りに誰も居ない広い空間に、ひたすら軽自動車特有の浅い排気音が響く。

「……何故俺に聞く?」

 ジェノサイドはハヤテに対し疑問に疑問をぶつけた。

「リーダーは……。これまで一貫した戦いを続けられていました。それは、"誰も殺さない"という戦いです。そして、それは今回もなさるおつもりでしょう。……それは可能ですか?」

 ジェノサイドはハヤテの言いたい事が分かったようだった。いたずらにアクセルを踏む足を止め、車の天井を見つめるように顔を上げ、しばし考える素振りを見せた。

 ジェノサイドはこれまで、どれほどの悪人に対しても決して"命を奪わない"戦いを臨んできた。そして、それは今後も変わらないだろう。
だが、今回となればそれは途端に難易度が跳ね上がる。今回共に戦う人間は、外部から連れてきた者も含まれる。これまでのように、ジェノサイドが束ねる仲間たちだけでの戦いではない。
それはつまり、統制が効かない事をも意味していた。
ジェノサイド自身それを見越して、場所さえ守れば自由に動いて良いとほんの数時間前に宣言している。
この戦いにおいては、ジェノサイド以上に結社に恨みや怒りを抱いている者も居ることだろう、そんな人間に「結社を叩く」と言えばタガが外れることなど容易に想像出来る。

 それはつまり、ジェノサイドの目の前で凄惨な光景が展開される、という事だ。

「別に構わんさ。流石の俺も、部外者に命令出来る力は無い。きっと今も、そしてこれからも……結社に所属しているからという理由だけで理不尽に死ぬ人間も出てくるだろう」

 だが、と言ってジェノサイドは呼吸を置いた。

「俺はそういう奴らを止めない。五百城いおきが現れなかったら起きなかった悲劇だ。それを結社に知らしめる。俺も今回部外者たちを集めた長として、そこんところのケジメは付けなきゃならねぇ。だから俺は止めないし否定もしない。肯定もしないがな」

 ジェノサイドは再びアクセルを踏み始めた。轟く排気音は、まるでジェノサイドの決意の表れであるかのようだった。

「だから俺も今回は普段とは少し違うやり方でいく。いいか、お前ら。タイミングを見計らってこの車から脱出しろよ。今の内にドアのロック解除しとけ」

「……は?」

 一瞬何を言っているのか理解出来なかったハヤテであったが、ジェノサイドが今正にギアを操作しようとする手を見て全てを理解した。

「リーダー……まさか、この車ごと建物に突っ込むつもりで……?」

「いいか、抜けるのはケンゾウが先な。お前は身体がデカいしそれでトチったらアウトだからな、余裕を見て車から抜けろよ。何なら今降りてもいい」

「は、はぁ!? リーダー、流石にそれは無茶ッスよ……」

 ケンゾウが言いかけたところでジェノサイドはギアを変え、更にサイドブレーキを解除しアクセルを思い切り踏んだ。
あまりにも強く踏みすぎたせいでタイヤが軽くホイルスピンしつつ、そこまで瞬間的に速度が出るものなのかと錯覚する程のスピードで駆け出す。
目の前のガラス張りの壁が迫る。
ジェノサイドがケンゾウに対し早く出るよう急かすと、何かを叫びつつ後方の巨体は転がるようにして地上へと出ていった。当然後部座席の左ドアは開きっぱなしだ。

「次はお前だ、ハヤテ」

「そもそもこんな事する必要ないでしょーがあぁぁぁーー!」

 ハヤテも同様に叫びながら外へと飛び出した。あまりにも車がスピードを出しているせいか、街中で見掛ける救急車の如くドップラー効果を起こしてフェードアウトするかのような彼の声だった。
二人が出て行ったのを確認したジェノサイドは、車が壁と衝突するその瞬間、インパクトが起きるギリギリ手前でドアを思い切り開け、飛び出した。

 綺麗に均されたアスファルトの上で何度も身体を回転させられ、やっとこさ起きたところで見たものは、軽い地響きでも起きたかのような轟音を轟かせて激突した自動車の姿だった。
間髪を容れずにジェノサイドはすぐに次の行動へと移る。右手で強くボールを握りつつ、施設に向け全速力で走った。

「五百城……姿を、見せろぉ!」

 突然制御を失った車が突っ込んで来たと思ったら、今度は一人の男がモンスターボールを投げつつ叫ぶ。

 そこは、異様な景色だった。

 既に場所を特定し、乗り込んだ連中が施設内に居た人間に対し無差別に攻撃を仕掛けている。
当然結社の連中は五百城いおきわたるなどのような例外を除くと、その道に通じてはいない。ポケモンを使えない人間が多いのだ。
そのような人間は兵器と化したポケモンに対し為す術がない。一方的に蹂躙されていた。

 戦闘が行われているロビーをジェノサイドは周囲を警戒しつつゆっくり歩く。
今この場に五百城というメインターゲットがいてもおかしくはない。

「五百城はどこだ!」

 ジェノサイドは再び叫ぶ。しかし、それに通じる答えが返ってこない。
ジェノサイドは近くで転がっているスーツ姿の中年男性を見掛け、その肩に手を乗せる。
その男は全身を震わせ、身体を起こされた反動で目を合わされた。ひどく怯えており、一瞬だけ合った目はそれ以降逸らされ、焦点が合わなくなる。

「おいお前、答えろ。五百城渡はどこだ」

 ジェノサイドの問いに、その男は答えない。よく見ると唇を小刻みに震わせている。

「聞こえなかったか? お前……」

 言いかけたところでジェノサイドはその男がもう片方の肩を怪我している事に気が付いた。怪我自体は大したことは無い。恐らく鋭い爪を持ったポケモンに軽く引っ掻かれたのだろう。スーツの生地が裂かれ、わずかに血が滲んでいる。

「なんでこんな事になってしまったか、ってか?」

 ジェノサイドは作り笑いを浮かべる。

「お前は何も関係無いさ。こんな目に遭うのも、そういう怪我をするのも理不尽以外の何物でもない。お前は運だけが悪かった。今日この日までに結社に所属しており、今日この場に居てしまった。それだけさ」

「あ、か……金……」

「金? 金ならいらねぇよ。お前の生命もいらねぇ。俺は他の連中と違って優しいからよ、俺だけはお前を助けてやるよ。その為に答えてもらおうか、五百城は何処だ」

 男は震えつつ首を何度も横に振った。死を覚悟しているかのような必死なまでの目を見る限り嘘はついていないようにも見える。
そもそも、この男は何者なのだろうとこの時ジェノサイドは思った。結社に所属する議員かもしれないし、そうでなくただこの議会場で働く雑務担当の人間なのかもしれない。
それらも含めてまずは対話すべきだったかと若干後悔したジェノサイドはその反応を見て小さく唸る。

「そういう反応は求めてねぇんだわ。せめてさぁ……お前も何か喋れよ。じゃねぇとこのまま捨ておくぞ。ほら、見ろ。あそこでポケモン使って暴れてる奴居るだろ」

 ジェノサイドは周囲を見回した末に、クリムガンを使ってひたすらに物を破壊して回っている男を見つけ、指した。

「あいつにお前を差し出したらどうなるだろうな、まぁ死ぬだろ。あいつの結社への恨みは相当だからな……」

 その男自体はジェノサイドも知っている人物だったが、彼がどう思っているかまでは知らない。それらしい嘘を平然とついてみせる。
ちなみにその男とは、以前大学の構内で戦いを繰り広げたハバリと名乗った男だった。あの時はダーテングを使ってはいたが、今はどうやらそのポケモンは控えているようだ。

「し、知らない……」

 男は振り絞るようにしてか細い声を出した。

「知らない……私は……い、五百城さんが何処で何をしているかは……」

「じゃあ此処には?」

 男は再び首を横に振った。
此処にはいない。そう言っているようだ。

「あっそ」

 そう言うとジェノサイドはそれまで掴んでいた肩を突き飛ばすように放しては男を放置し、その場を去った。
その対応について、何やら喚いているようだが周囲の破壊音に紛れてなんと言っているのかよく聞こえない。
今度はジェノサイドは適当に暴れているだけの背の低い男を捕まえる。
ポケモンを使役しているところを見るに、"こちら側"の人間のようだ。

「おい、お前。今どんな状況だ」

「あァ? テメェ邪魔すんじゃ……。あっ、お前、ジェノサイド……か?」

 こちらに振り向くなり態度が急変した。
ジェノサイドはその男を知らなくとも、向こうは自分を知っているようだった。

「悪いな。遅れた。だからイマイチ状況が分からねぇ。今どうなってる?」

「い、今は、さぁ……。目当ての人間も居ないらしくて、とりあえず……暴れてる感じ……かな」

 深部ディープ集団サイド最強とも評される人物を前にして、その男は緊張しているようだった。声がたどたどしい。
ジェノサイドは先程転がした、スーツ姿の中年男性のいる方向とを交互に見てはため息を吐いた。

「やはり、此処には五百城は居ねぇみたいだな」

「へ? へぇ……そ、そうか……」

 ジェノサイドは悩んだ。此処に五百城が居ないとなるとこの場に留まる意味が無い。無駄に破壊行動を繰り返すなど、それまで自分たちが始末してきた暗部ダークサイドの連中と何ら変わりは無い。今すぐに不必要な行動を止めさせ、次の行動に移るべきである。

「よし、一旦退却だ。外に出ろ。これを此処にいる仲間たちに知らせるんだ。いいか、これはジェノサイドの命令だぞ」

「う、うっす」

 背の低い男は走り始めると、近くに居る深部ディープ集団サイドの人間たちに声をかけては回り始めた。声を掛けられた人間は少し離れた所に佇んでいるジェノサイドを見ては攻撃を止め、外へと抜けてゆく。

 念の為ジェノサイドは他の部屋を見て回ることにした。
他の階に登ると、伝令が伝わっていなかったからか小競り合いをしている連中を何度か見かけた。その度にジェノサイドは声をかけ、戦いをやめさせる。一人では限界があるのでそこはハヤテとケンゾウに任せる。
二人は先程の雑な対応についてブツブツと文句を言っていたが、新たな命令を下すと愚痴は消え、その命令を忠実にこなす。
その途中、資料室とある部屋にも足を向けてみたが、元々こちらで働いているであろう女性が身体を丸くして震えながら隠れている以外に特に目につくものは無かった。綺麗に並べられているファイルを幾つか手に取ってみたが、五百城に関する情報も皆無である。

「やはり……五百城に関わるものは何も無い……な」

 ジェノサイドがそう結論づけた頃になると戦いの音は止み、静かになっていた。
資料室を出て、廊下の割れた窓越しに外を見てみると、この戦いに参加しているであろう多くの深部ディープ集団サイドの人間が集結している。物音もしないあたりあれで全員のようだった。

「よう、お前ら。ご苦労だった」

 ジェノサイドは外に出ては彼らに労いの言葉をかける。真昼の陽射しは眩しいが暖かい。

「だが、残念な事に五百城は見つからなかったし、それに類する資料も無かった。俺たちは全く関係ない施設を襲ってしまったわけだな。……まぁいい」

 ジェノサイドは悩んだ末にスマホを取り出した。
ある人物へ連絡をしようと指を動かしたまさにその時、敷地内へ青いスポーツカーが侵入してはこちらに向かってくるのが見えた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.49 )
日時: 2024/04/17 10:10
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: G.M/JC7u)


 ジェノサイドは迫り来るその青いスポーツカーに乗っている人間が誰なのかを知っている。かつて神東じんとう大学内で戦い、しかし今となってはジェノサイド自ら仲間に引き入れんとわざわざ会いにも行った、深部ディープ集団サイドの一人、ルークと仲間の一人の雨宮だ。
車の持ち主はルークではなくもう片方のものらしい。
二人が今こちらにやって来たという事は、元々別の議会場に居た可能性が高い。
ジェノサイドは怪訝の表情を浮かべながらスマホの電話帳を開いた。

「おいおい……なんだぁ? この列は。こんなに綺麗に並んじゃってまぁ、流石クソ真面目なジェノサイド様の指揮下だこと」

 ルークはジェノサイドの前に整列させられた面々を眺めては半分わざとらしく言ってみせた。

「ルークか、何の用だ。と言うよりお前何処に居たんだ?」

「テメーが最初に八王子と多摩と立川の三箇所に行けって言ったんだろーが。一番近かった八王子に行ってたが何か? 五百城いおきの野郎に関して何も情報が無かったもんでな、そう言えばとオマエが自分で立川行くって言ってたのを思い出してこうして様子を見に来たまでだ。こっちも大人しいな? どうした? もう終わった後か? だったら八王子むこうと一緒だな。多分向こうの連中全員くたばってんじゃねーの。全滅だな。その中に五百城が居なかったのが残念だが」

 よく喋る男だ、とジェノサイドは思った。しかし、その内容に反してジェノサイドの意識はそちらには向かない。
中々出なかった電話の相手が数コールして出てくれたからだ。

「もしもし、神々廻ししばか? 今話せるか?」

 その相手とは神々廻ししばまこと。五百城と同じく結社の人間だ。
ジェノサイドが彼から"依頼を受けて"五百城討伐に参加したという経緯があるため、連絡先は初めて会った時にお互い交換している。
電話の先で神々廻は小さく唸ったようだった。まるで、呼び捨てはやめてせめて先生と呼べと言いたげに。

『もしもし、ジェノサイド君だね? 私は無事だよ。ところで今不可解な情報が入ってね……。君たち、議会場に乱入して暴れているのかな?』

「なんだよ、分かってんじゃねーか」

『あまり暴れられるのもどうかと思うが……』

「訳ならあとで話す。それよりも教えて欲しい事がある。五百城の居場所だ」

 ジェノサイドは言いながら綺麗に整列している仲間たちと、ルークとを交互に見た。待たされているせいでイライラしているらしい人をチラホラと確認した。
電話の先の神々廻は暫く考える。

『……と、言うことは君たちが攻撃した三箇所の議会場からは何も得られるものが無かった、という事かな?』

「まぁ、そうなるが……でも待ってくれよ。今の俺たちは急いでるんだ。あまり時間が……」

『いや、いいんだ。私からしてもある意味好都合……かな? ともかく、五百城先生の居場所だね。大丈夫、彼なら逃げはしないさ。何故なら……』

 露骨に話を引っ張りつつ、神々廻は風を浴びながらゆっくりと振り返る。その先には立派な建物があった。

『五百城先生は明日に控えたイベントの為に武道館に居るからね』

「なにっ、武道館? 武道館だと!? 武道館ってあの"武道館"だよな?」

 ジェノサイドはあえて周りに聴こえるように大声で叫ぶ。出撃を今か今かと待ち構えている仲間たちに知らせるためだ。それと同時にジェノサイドは指でジェスチャーした。行け、と。
それを見た仲間たちは各々の方法で移動を始め、綺麗に並べられていた列は歪な形となる。ほとんどの人間がポケモンを使って空を飛んだ。

 ジェノサイドはそれを確認すると途中で止まっていた通話に戻る。

「なんでそんな所に……」

『実はね、五百城先生の中央議会上院議員の内定式典を武道館で開催することになっていてね、それを明日行うんだ。その準備とリハーサル、そして様子を見るために先生は来ているよ。当然私も今そこに居る』

「なんだよそれ……深部ディープ集団サイドってのは表に出ちゃマズイ組織のはずなのにそんな事していていいのかよ……表向きにはどうなってんだ」

『表向きには私たちの所属する独立行政法人の多大なる活動を表彰するための式典……になっているね。君たち深部ディープ集団サイドも、私たち中央議会も、表向きには独立行政法人という事になっているからね』

 吐き気がした。何が表彰式だ。いたずらに部下である自分たちを好き勝手に処分しておきながら何を表彰すると言うのだろうか。ジェノサイドはレイジを殺された恨みと怒りとが込み上がってくるのを感じた。

「じゃあ……アンタがそこに居るという事は……」

『そういう事さ。見届けさせてもらうよ』

 その言葉を最後に通話は途切れた。

 ジェノサイドはしばし俯きながら、長い溜息を吐く。
それを見ていたハヤテとケンゾウ、そしてルークが近寄って来た。

「リーダー……どうかされましたか? 大丈夫ですか?」

「リーダー、何か言われたッスか?」

 ハヤテとケンゾウ、二人に声を掛けられてジェノサイドは徐々に意識から離れかけていた"自己"というものを取り戻す。あのままだと恐らく修羅の化身となっていただろう。それだけに二人の存在は温かく、そして愛しいものであった。ジェノサイドは二人に対し微笑む。

「大丈夫だ、変な事は特に言われてねぇ。それよりも俺達も行動を改めるぞ。次の行先は日本武道館だ」

「武道館だァ? バカかテメェは。本気で言ってんのか。何でそんな所に五百城がいんだよ、ライブでもやるってか?」

 ルークが悪態をつく。当然ながらその理由は電話越しでのやり取りだったために現段階ではジェノサイドしか知らない。

「神々廻がそう言ってたんだ。間違いは無いだろう……多分。本人もそっちに居るみたいだし、とりあえず行ってみるしかねぇだろ。なんでも、明日五百城はそこで表彰されるらしい。その確認のためなんだとさ」

「意味わかんねー」

 そう言いつつルークは青いスポーツカーが停められている方向に向けて手招きをした。すぐにその車はやって来る。

「待て、ルーク。車で行く気か?」

「それ以外に何があんだよ。コイツの運転は一流だ、嘗めんじゃねぇ」

「そうじゃない。武道館だぞ? 千代田区の九段下くだんしただ。いくら運転が上手くても道路が混んでたらかえって遅くなるだろ……」

「そん時ゃそん時だ」

 そう言い放つとルークは車の助手席に乗り込むとうるさい排気音を響かせて去って行った。空を飛ぶポケモンほどではないにせよ、その動きも一瞬だった。

「俺達も行こう」

 気が付けば周囲に残った人間のほとんどが消えていた。それぞれ行動を始めたことで人が少なくなっている。未だに残っているのは戦意を喪失して呆然と突っ立っている者か、仲間に連絡しているかのどちらかであった。後者はまだいいが前者はどうしようもない。ジェノサイドは彼等を無視する。

「電車で行くと何かと面倒だ。かと言って車はもう使えない。あまりオススメはしたくないがここはポケモンで移動しよう」

「私もリーダーの運転する車には乗りたくないですからね。それが妥当です」

 ハヤテがまたもナチュラルにジェノサイドの心を抉る。ジェノサイドは傷付く以前に未だに根に持っているのかと思うと少しだけ吹き出してしまった。

「当たり前です! 来るまでに何度ヒヤヒヤしたことか……その果てがあのオチだといくら私でも我慢出来ませんよ」

 ジェノサイドはそんなハヤテに対し軽く謝ってはボールからオンバーンを繰り出す。ハヤテも同様にひこうタイプのポケモンを繰り出すも、ケンゾウだけは中々ポケモンを使おうとしない。

「おい、ケンゾウお前どうした。早く行くぞ」

「い、行きたいのは山々なんすけど……俺、空飛べるポケモン持ってなくて……」

「あっ、通りでお前この前の大山おおやまでの戦いの時全く参加してなかったワケだ! あの時ドタキャンしたのかと思ったくらいだぞー。忘れてねぇからな俺は」

 と言ってジェノサイドはケンゾウを軽く睨みながらもリザードンの入ったボールを放り投げると、中から出てきたポケモンの背に乗るよう命令する。

「すいません、リーダーの相棒の一匹なのに……」

「別にいいよ、お前だしな。だがこれを機にお前もひこうタイプのポケモンちゃんと育てておけな」

「はいッス!」

「よし、行くぞ」

 リーダーのその言葉を合図にジェノサイドは翔ぶ。二人の盟友はジェノサイドの一歩遅れたタイミングで、無尽蔵に広がる空へと羽ばたいた。



 日本武道館。
東京都千代田区に建てられた、その厳かな建物には見るものを圧倒させる魅力があった。
クリーニングから出たばかりのような、綺麗なスーツを着用したその男も"それ"の虜になった一人だ。

 神々廻実。
深部ディープ集団サイドを掌握し、運営活動を行っている"結社"こと中央議会。その下院に所属している一人のこの議員は、複数の意味を含めた微笑をたたえながら風を浴びつつ景色を眺めていた。

「明日は五百城先生の式典が催されると言うのに……皮肉なものだね。これもまた、運命と呼ばれるものなのかな」

 議会の一員でありながら、また別の議員を排除せんとジェノサイドらを煽った張本人は一人呟く。何物にも染まらない、綺麗な空に突如として浮かび上がった、誰も知らない流星を見つけ、しかしその正体に気付いた事で彼等に向けて言っているようだった。
その流星はゆっくりと敷地内である北の丸公園へと落下する。

 流星の正体はレックウザに変身したメタモンだった。それに乗っていた二人の人間が地上に降り立つ。

「もう来たのか、早いねえ」

 神々廻が彼等に向け微笑む。その間に更に二人、三人と次々に降りる人影があった。
五百城を討つために立ち上がった深部ディープ集団サイドの中の、組織の枠を越えた集団。その先行部隊のようだ。
神々廻は彼らを眺めながら、彼等に名前を付けるならば"深部連合"だな、などと考える。
メタモンを連れた一人の男がこちらにやって来た。

「よぉ、誰かと思ったら」

「君は……確か私がスカウトした……」

 神々廻が自ら声をかけたのはジェノサイドだけではない。彼も彼で何人かの深部ディープ集団サイドの人間に対し声掛けをしていたのだ。

「ジェノサイドから連絡があってな、五百城が此処に居ると聞いて」

「うむ、その通りだよ。五百城先生ならあちらの建物の中だ。それにしても……レックウザに"へんしん"とは考えたね。でも、大空を飛ぶと身体に負担が掛からないかい?」

「その為に隣にランクルスを配置したのさ。エスパータイプのポケモンで身体にかかるエネルギーを変換したんだ」

「……考えたねぇ」

 神々廻は低く笑った。これまで知らなかっただけで、現場担当となる深部ディープ集団サイドの中には冴えている者がいる。そんな彼等を重宝しない訳にはいかない。

「考えたのはそっちもだろ」

 前髪で目元を隠している、メタモンのトレーナーが神々廻を指す。

「ソッチが俺らに報酬を提示してくれた。そしたら今度はジェノサイドの野郎も同様に金をチラつかせて誘って来やがった。二人から金貰えるんだ。参加しない方がおかしいだろ」

「それもそうだね」

 神々廻は失礼にも格下の人間に指を差されたにも関わらず全く気にしない素振りをしつつ辺りを見回した。

「ジェノサイド君はまだのようだね」

「これからじゃね?」

 メタモンのトレーナーは自分が引き連れた仲間の顔を見る。レックウザに乗ったのは自分も含めて二人だけだが、彼について来た連中は全員で十五人ほどだ。今はその全員が到着している。その中にジェノサイドは居ない。

「車で来んじゃねぇの」

「それかポケモンだろ」

「どうする? ジェノサイド来るまで待つか? それとも先に殺っちゃう?」

 ひとまず目的地に着いた事でリラックスした仲間たちはそのように雑談を始めている。
戦いと言うよりまるでピクニックのようだった。
晴れの陽気も相まって誰もが気を抜いていたのだろう。彼方の殺気に気が付く事は出来なかった。

 突如として遠くから光弾が放たれ、近くで着弾、爆発する。

 メタモンの男は見捨てるように神々廻から離れる。彼からすると神々廻は"金をくれるだけの存在"である。別の見方をすれば五百城の仲間でもある。約束さえ果たしてくれれば尊重する程の価値でもない人間だ。
だが、同時にその光弾は神々廻を狙ったものではない事も知る事が出来た。神々廻ではなく、自分が連れた仲間に撃たれたものであったからだ。

「おい、大丈夫か!」

「誰だよ畜生……」

「よく見ろ、これは"はどうだん"だ。誰がやったかなんて分かるだろ!」

 土煙の中で仲間たちの怒号が響く。

 メタモンのトレーナーは誰よりも先に動いた。建物の入口付近に"それ"は居る。

「来やがったな五百城ィ! テメェは俺が殺す!」

 叫びつつメタモンを放つ男。そのポケモンは一切のタイムラグ無しにルカリオへと変身した。

「へぇ……」

「俺のメタモンの特性は"かわりもの"だ! わざわざ"へんしん"の技スペースなんざいらねぇんだよぉ!」

五百城のルカリオに変身したメタモンは腕を構える。"はどうだん"を撃つポーズだ。
更に見てみると、彼に倣って各々ポケモンを繰り出す深部ディープ集団サイドの面々の姿があった。メタグロスやハッサムなど、様々なポケモンが一堂に会する。

「面白いねぇ。きっと皆僕を狙ってやって来た連中なのだろうね」

 五百城は静かに腕を上げる。その腕には摩訶不思議なリングが巻かれている。

 深部ディープ集団サイドの戦いにルールは無い。ひとつのターゲットに多勢でかかるというのもよくある話だ。
だが、五百城は表情ひとつ崩さない。

「だからこそ、壊すのが惜しいねぇ!」

 掲げられた腕から、そのリングから虹が輝く。
そこから先の状況は、説明が無くとも分かりきっていた。影がひとつ、またひとつと消えてゆく。
一方的な蹂躙と、圧倒的な暴力によりたちまちのうちに支配されてゆく景色。
全ての影が倒れ、消えてから五百城は呟いた。

「怪我は無いかね神々廻センセ。先程おかしな情報が入ったよ。東京西部にある僕達の"拠点"が突如襲撃を受けて壊滅状態、とね。やはり彼らは頭のおかしい狂った連中だよ。そんで、僕が此処に居るという情報を何処からか掴んだんだろうねぇ……。もう一度訊く。怪我は無いかい、神々廻センセ」

 多量の砂塵を背に、五百城は勝ち誇った笑みを浮かべつつ強調するかのように二度同じ事を尋ねる。
神々廻はひたすら感情を殺し、頷くしかなかった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.50 )
日時: 2024/05/13 19:54
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: joMfcOas)


 情報が途絶えた。
一足先に日本武道館へと到着したルークと雨宮は直感的に悟る。今敷地に入るのは危険だと。

「何がどうなった……?」

「俺たちよりも先に武道館入りした連中が居たのは確かだ。ほら、居ただろ? メタモンをレックウザに変身させてたヤツ。あいつが仲間を何人か連れて行ったらしいが……。全滅かなぁこの感じだと。近辺からは爆発音がしたっつー報告もある。とりあえず今わかってるのは、俺ら二人だけで武道館に行くのはダメって事だ」

 重要な内容の割には雨宮はどこか他人事だった。まるで、自分の仕事はもう終わったと言いたげである。実際二人は雨宮の操るスポーツカーで首都高速道路を走り抜けてはここまでやって来たのである。雨宮本人にとっても、自慢の車を速く走らせたいというのは今回の目的のひとつであった。もしかしたら、五百城いおき討伐よりも優先度が高かったかもしれない。
そんな二人は今、武道館からの最寄り駅である地下鉄の駅、九段下くだんした駅にて待機している。

「ふざけんなよザコ共の癖に……。バラバラの状態で勝手に動くからこうなるんだよ……もっと纏まって行動してりゃこうはならなかったはずだ」

「ごもっとも。そしてそれについてはきちんと纏まりを入れないジェノサイドと、そもそもの騒乱の元凶である五百城の二人に文句言っとこーぜ。それかいっその事バックレでもするか?」

「クソッ!」

 雨宮とルークとでは意識の違い、その差が大きい。
既に目的を果たした気になっている雨宮と、五百城の抹殺が主目的のルーク。仲間の仇が眼前に在るという事実があるだけに駅で足止めされている現状に腹が立って仕方が無かった。どれだけ待ってもジェノサイドはおろか他の仲間もやって来ない。ピークに達したルークは拳で壁を殴った。
その隣では壁に背中を預けつつしゃがみながら3DSを開いては何ともない表情でオメガルビーをプレイし始めた雨宮がいる。

「気持ちは分かるけどよぉ。もう少し待とうぜ。俺らが来るのが早すぎたんだよ。自慢のFDだしな」

「だとしても、遅過ぎだ」

「大丈夫だって。敵は逃げたりはしねぇよ」

 ぶつけようのない感情を抱えたまま時間にしておよそ十五分が経った。
深部ディープ集団サイドとは関係の無い無数の一般の利用客たちが行き交っているのを飽きるほど眺めていた時。

「あっ。えっ、と……ルーク……さん?」

 名前を呼ばれた気がしたルークはそちらを見た。

「モルト? てめぇ……モルトか!? ふっざけんなよてめぇ来るのが遅過ぎなんだよ」

 それはルークの顔見知りだった。
Bランク組織『爆走組』を率いる深部ディープ集団サイドの人間にしてルークの後輩でもあるモルトだった。成長期という大事な時期にて夜遊びに耽けていたせいかその背は小さい。

「いやぁすみませんッス。情報が途絶えちゃって何処に向かえばいいのか分からなくて……」

「まぁいい。仲間はどの位連れて来た?」

「四人ッスね」

「それだけか……そんなもんだよなぁ」

 ルークはため息を吐きつつも、大して強くもない組織の限界というものを知っているが故にそれ以上は追及せず納得した。彼の組織の人間が極端に少ない訳では無い。ここに来るまでの間に情報の伝達が上手くいかず散り散りになってしまったのだ。

 移動が完了する丁度いい時間に達したためか、モルトが到着したのを皮切りに続々と"それらしい"人間が集まってくる。
九段下という駅は都心を象徴する駅のひとつでもある。利用者がとにかく多い。あまり一箇所に集まり過ぎると一般の利用者の妨げにもなり、他にも都合が悪くなりそうなのでルークは彼らに命令した。

「ジェノサイドのクソ野郎がまだ来ねぇ。だが奴がココに来るのは確実だ。だから特別な号令が下りるまで武道館には行くな。その代わり駅周辺に限り外に出てもいい。とにかくココで面倒事を起こすな。いいな」

 ルークはAランクの組織の人間であった。
この中では彼と同等の高ランクを有する人間は珍しい部類に入る。さらに、ジェノサイドとも顔馴染みともなればその場しのぎの代理になるには十分だった。不満のひとつも漏れずに集まった連中は自由に動く。

 それから十五分後。

改札の向こうからやけに騒がしい足音が響くのをルークは聞き逃さなかった。
一人の男が焦ったような顔をしてはこちらへと向かってくる。

「てめっ……遅せぇんだよジェノサイドォ!」

「悪い、少し手間取った」

「"手間取った"で済む問題じゃねぇんだよクソ野郎が」

「悪かったって……」

 燃えたぎるような怒りを表しているルークに対してはジェノサイドはそのようにしか言えない。ジェノサイドという男はこういう時遅れがちなのだ。

「何処で何をしていた」

「移動していた……。途中ひっきりなしに連絡が来るもんだからそれで遅れて……」

「テメェがしっかりしとけやボケが」

 駅に着いてすぐジェノサイドは迷う素振りも見せずに地上へと出ようとしたのでルークは慌てて彼を止める。

「おい待て、今現地がどうなってんのか分かってんのか!?」

「ある程度はな。此処に来るまでの間に状況の把握は済ましておいたからな……。とりあえず外に出よう。仲間たちにもそう伝えてくれ」

 ジェノサイドのその報告に訝しみつつもルークは駅構内に居る深部ディープ集団サイドの面々に対し怒鳴っては移るように促した。

「話は聞いている。先に突入した奴らは皆やられたようだな」

「やはりな……」

 ジェノサイドはルークの隣を歩きながら話す。その前後には今回集めた連中が道を塞ぐように歩いている。行先は当然武道館だ。

「だが全員が文字通り全滅した訳じゃない。無事な奴や戦闘を眺めていた人もいる。その中に俺の仲間も居たもんでな」

「武道館の敷地内にお前の仲間が……?」

「敷地内は五百城とその配下の人間たちによって掌握されたと言っても良い。周辺を見張るようにポケモンも配置しているらしく、監視は万全だと」

「おいおい、それじゃあ地上からの突入なんて不可能じゃねえか」

「いや、それが別ルートの情報からすると北の丸公園の北側、田安門たやすもん方面は警備が手薄らしい。恐らくだが五百城の身辺の守りを強くしているようだ」

「田安門だぁ? こっから一番近い入口じゃねーか。そこを厚く守らないとか馬鹿なんじゃねーの?」

 ルークは"別ルート"という言葉を当たり前のようにスルーした。ジェノサイドはあえて濁したが、ここで言う別ルートとは"神々廻ししば発の情報源"である。あまり隠す必要は無いが、ジェノサイドはまだ自分が神々廻と繋がっている事を隠している。

「とにかくだ」

 ジェノサイドは突然駆け出しては集団の先頭に辿り着いては二、三歩先を歩き、その場で立ち止まった。自然連れられた面々もつられて足を止める。

「まずは今居る連中だけで武道館を攻める。それに呼応して追う奴も出てくるだろうし、今現在判断を見極めようとして周辺で動きを止めている奴も動かす。俺たちが第二の突撃部隊としてこれから進むぞ」

「おい、ちょっと待て」

 列を掻き分けてルークがジェノサイドに迫る。その表情には不安と怒りが入り交じっていた。

「そんな希望的観測で事を進められちゃ困る。俺たちはテメェの持ち駒でも捨て駒でもねぇんだよ。人数が集まるまで動くな。これはテメェに対する俺からの命令だ」

「いや、希望的観測じゃない」

 風を浴びてジェノサイドは空を見上げた。
たったそれだけの動作が合図になったからなのか、どこからともなく現れた彼のゾロアークがその見上げた先を飛んでいたゴルバットに技を打ち当てて落とした。

「既に俺の組織の人間を近くに配置している。情報の混乱で戦闘員全員を集める事は出来なかったが……百人ってとこかな。そいつらをこの公園近くや周辺のビルなど……とにかく建物の中なんかに置いている。俺の合図ひとつでいつでも動ける連中だ」

「お前……そこまで考えて……」

「これで俺がただ遅れただけじゃないってことが分かっただろ?」

 ジェノサイドはかつて敵であったはずの人間に、友人に対して見せるような"してやった"と言いたげな笑顔を見せる。
一匹のゴルバットが撃ち落とされたせいか、異変を察知した同様のポケモンが数匹、数十匹と数を増やして迫って来た。

「来たぞ、まずはひとつめの仕事」

 ジェノサイドのゾロアークは"トレーナーからの命令"というタイムラグを起こすことなく"ナイトバースト"を放っては一度に数匹のゴルバットを落とす。

「コイツらを倒せ!」

 その言葉を合図に、組織という垣根を越えた深部ディープ集団サイドの面々はそれぞれのポケモンを出しては応戦し始めた。



「静かになったな」

 日本武道館。その建物を眺めていた五百城いおきわたるはその一歩後ろに下がっている神々廻ししばまことに対して礼儀を知らない口振りで突然声をかけた。
神々廻と五百城とでは年齢が大きく離れている。当然神々廻の方が歳は上だが、議会における地位が高い五百城としては彼を先生呼びはするものの、常に見下していた。

「躊躇もせず議会場を襲って破壊の限りを尽くす野蛮人共だ。本気で僕を狙うつもりなら、これで終わるはずが無いんだけどなぁ」

「恐らくですが……ひとつの大きな纏まりを鎮圧してしまったのでしょう」

「まぁ、そうだろう」

 小さく笑った五百城は気持ちが落ち着いてきたのか、胸ポケットから煙草を取り出した。
高価そうなオイルライターから蓋を開ける際に生じる派手な金属音を響かせて火を灯し、煙草を燃やすと吸い始める。

「神々廻先生に尋ねるまでもないが……この騒乱の首謀者は誰だろうね?」

「それは……間違いなくジェノサイドかと思われますが」

 神々廻は躊躇うことなく答えた。

「やはりな。奴は来るかな、此処に」

「来られないでしょう。彼はこういう時安全圏から外の様子を聞く立場の人間です」

「つくづく……対処に困るウザったい糞餓鬼だ」

「五百城先生。この"戦い"を終えられたら……ジェノサイドは如何様に対応されますかな?」

「そうだな、これまでに何度か戦っても思った事だが……殺すしかないかな。少し惜しい気もするが」

 落ち着いたペースで煙を吐く五百城。あまりにも落ち着きすぎて無防備にも見えた。恐らく彼は今外で起きている状況がどんなものか全く知らないでいるのだろう。神々廻はそう感じた。

「だが、神々廻センセ。今の発言は見過ごせないな、訂正を求めるよ。こんなのは"戦い"なんかじゃない。ただの烏合の衆が集まって騒いでいるだけの"反乱"以下のものさ」

 そして、その言葉を聞いて神々廻はもう一つ感じた。
自らとの意識の違いを。

 この戦いは単なる反乱などではない。文字通り今後の深部ディープ集団サイドの将来を左右する大きな戦いであった。
争いの主な原因にしてその本質は"対五百城"のものではあるものの、神々廻にとってはもう一つの意義を見出していた。
ジェノサイドという存在を巡る、議員同士の戦い、内紛と。

 つまり、この戦いは政治的な思惑も含まれたひとつの戦いにして、各々の地位をも飛び越えるひとつの"叛乱はんらん"でもあるのだった。

「失礼いたしました」

 神々廻は決してそれを口にしない。適当に軽く謝り、表向きは彼に追随するに留める。

 当然このような性質がある事と、自分という存在そのものを政治の駆け引きに利用されているなどということをジェノサイド本人は知る由もない。
この戦いは、陰の戦争でもあった。