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二次創作小説(紙ほか)
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.25 )
- 日時: 2023/12/03 10:47
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)
部屋が揺れた。
大きな振動である。一人の青年は地震かと思い、目を覚ます。
目が開けられたことで、自分が居る空間の情報が入ってくる。横になっていた身体を起こすことで、よりその情報は多くなる。
彼は自分の部屋に居た。自身が所属、立ち上げた組織。その基地にて作られた、あまり広くない部屋だ。
その部屋に窓は無い。基地そのものが地下に作られているせいだ。
東京都八王子市。都内北西部に位置する、自然が多く残るこの街のとある林。その中に棄てられた工場、その跡がある。その地下に、組織の人間百人から二百人ほどの人間を集められる空間を、彼は作り上げた。
ジェノサイド。
"裏の世界"において、その名を知らない者は存在しなかった。
深部集団。その裏の世界を、人はそう呼ぶ。
その裏世界、深部集団において頂点に位置し、存在するだけで情勢そのものを、世界全体を左右させるほどの影響力の強い人間へと彼は成ってしまっていた。
事の始まりは四年前に遡る。
二〇一〇年。この年は決して忘れられない一年となった。ポケモンがこの世において実体化したのである。
非力な人間とは比べ物にならないポテンシャルを秘めたその存在を、人間は有難がり、日常の扶けとする一方で、手頃な武力として悪用する者も現れる。
そのような無頼なる人間の及ぼす治安の悪化を防ぐ為に、自警団のような存在として彼らが生まれたのだ。
その果てにおいて、本来の意義も目的もとっくの昔に失ったはずの彼は、いつしか莫大な強さと富を手に入れ、Sランクなどという不可解な称号をも手に入れ、この世界における最も命を狙われる存在として化した彼は。常に命と金を狙われる、暴力の世界に全てを委ねた彼は。
「おめーらうるせええぇぇぇ!!! こっちは寝てたんだよ! 静かにしろや!」
仲間たちが集まり、何やら騒いでいる広間へと駆け上がると、そう叫んだ。
「お前らなぁ! この広間で皆して集まるのは良い。別に構わねぇことだ。だがこの部屋の真下に俺の部屋があるって事を忘れんな!」
「いや、そう言われましてもリーダー……」
彼の怒りに反応したのは広間の真ん中で格闘技か相撲でも取っていそうな構えをしている、彼の部下の一人ケンゾウだった。
坊主頭で筋肉質という、"強い男"を思わせる彼はその見た目に反してか細い、弱々しい声で答える。
「これだけ広い部屋だと……暴れたくなるじゃないですか!」
意味が分からなかった。
瞬間にしてジェノサイドの脳は動きを停止した。
寝ぼけていたせいで細くなった目が、余計に細まる。
あまりにも、予想の斜め上を突き抜けた返事でついポカンとした。
「……はい?」
「ですから……」
確かにケンゾウの言う通り、この部屋は広かった。今見るだけでも構成員の二、三十人ほどが此処に居る。大きなホールに居るような大きな空間がそこにはあったのだ。
考えてみれば、この部屋を含めた基地全体も相当に広いものだった。地上こそは今にも崩れそうな廃工場でしかないが、その地下一体が彼らの住処となっている。正に秘密基地だ。
この地下には、広間に加えて同等の広さを有する食堂や、それらを囲むように設けられている廊下、暖炉付きの休憩部屋である談話室、そして個々人の部屋までもが存在する。流石に全員分の部屋は無いが、工夫次第では幾らでも出来そうだった。
それはそうとして、寝起きでボサボサになった髪を掻きながらジェノサイドは尋ねる。
「んで、何してたの?」
「リアルポケモンファイトっす!」
聞いた自分が馬鹿だった。
そう思うしか無かったジェノサイドは、直後にそれに混ざることとなった。
†
「って事が昨日あった」
「揃いも揃ってバカなのかな?」
翌日。ジェノサイド改め隠洋平は自身の通う大学の構内で友人と会うと、早速この話を披露した。返しが正論なのでそれ以上言い返すことは出来ない。
裏の世界ではジェノサイドと名乗っている彼ではあるが、"表の世界"では何の変哲もないただの大学生である。講義のある日に限っては裏の身分を隠して勉学に励んでいる。
隣を歩く友人は同じ大学にして同じサークルに所属している、佐伯慎司だ。
数ヶ月前に発生した事件のせいで、隠はサークル所属の友人や先輩たちから大いなる不信感と敵意にも似た何かを生み出してしまったが、その直後に起きた騒動とその顛末によって彼は許されたようだった。何かが起きた訳では無いが、誰もその話題をしなくなった。
表面上では隠が深部集団の人間であると判明する以前の空気に戻っていた。そのお陰で、一時はサークル脱退も考えていた隠も後ろめたさを感じることなく彼らと接する事が出来ている。
「それよりもさ、レンに伝えておきたいことがあって」
「なんだ、告白か? 生憎俺は女子が好きな訳だが……」
「仮にこっちが告ってきたとして、嬉しいの?」
「すまん冗談だ……」
隠は友人らからは"レン"と呼ばれている。中学時代にやらかしたテストの珍回答が元となったあだ名だが、それで呼ぶよう彼は周りに呼び掛けている。お陰で本名よりもこの名で呼ばれる身となってしまった。
佐伯も特徴的な人間である。眼鏡を掛けた高身長で自身でも認めるほどの大人しい性格の人間なのだが、一人称が"こっち"である。お陰で彼との会話は分かりやすくてやり易い。隠は常々そう思っていた。
「サークルに常磐先輩っているでしょ? 先輩から聞いたんだけど……」
「あぁ、やけに俺らの世界に詳しい人だよな。あの人ホント何なんだろうな?」
「ま、まぁ、とにかく……先輩が言ってたことなんだけど、メガシンカってあるじゃん?」
「あぁ。ゲームで使えるあのギミックだよな」
「それがこの世界で使えるようになったんだってさ!」
「なに?」
隠は反射的に聞き返した。今自分は幻でも聞いていたのか、それとも佐伯が話の内容を理解して真面目に話しているのかを。
「それは……おかしいんじゃねぇか? だってメガシンカは……それだけじゃなく、関連するギミックやアイテムがこの世には反映されてないんだ。誰かが意図的に手を加えない限りそんなものは有り得ないと思うんだが?」
「うーん……それに関してはこっちもよく分からないんだけど、どうも先輩の知り合いでメガシンカに成功した人が居るらしいんだって」
にわかには信じ難い話だった。
メガシンカが成立しないことは、隠が身を持って証明させている。
数ヶ月前のバルバロッサとの戦いにおいて、ジェノサイドはゾロアークの"イリュージョン"を駆使して誤魔化したことがあったが、逆を言えばそのように表現しないと成し得ない動きのはずだ。
この世界でポケモンが実体化した。それだけで言えばそれ以上の変化は起こりようが無い。
しかし。
「世界そのものが……変わっていっている……としたら?」
隠は半ば無意識に呟く。
「ん? なんだって?」
うまく聞こえなかったのか、隣の佐伯が聞き返そうとするも隠はそれに答えることはしない。余計な混乱を生みたくないからだ。
「とりあえず……メガシンカは俺も興味があるな。常磐先輩に尋ねてみるしかないな」
「でも今日は水曜。サークルは休みだね」
「そう言えばそうだった……」
隠はスマホを開いてカレンダーを確認する。
彼らが所属するサークル『Traveling!!!!』はその名の通り旅行サークルではあるのだが、特別な日でない限り旅行はしない。普段は毎週月曜日と火曜日、木曜日に特定の教室に集まっては各々自由な時間を過ごすという、ゆるい集まりだ。
先輩に個人LINEを送るのも気が引けるので、これ以上の事は今日においては出来ない。
隠はひたすら時が過ぎるのを待つしかなかった。
†
翌日。
隠はその日の講義すべてを終えると、いつもの教室へと向かった。片手には講義で使う教科書やノートが入った手提げの鞄、もう片方にはお菓子の詰まったビニール袋がある。
サークルの活動場所となる教室の扉は開いていた。そこには見知った人の顔がある。
お菓子の袋をその辺の机に置き、直後としてそれに群がる友人の姿を横目に、隠は先輩の元へと向かう。
「こんちはっす、先輩」
「よう。レンか。どうした? バトルの申し込みか? 悪いが今、佐野とやり合ってるからその後で……」
「いえ、そっちではなくてちょっと聞きたいことが……」
「んあ? まぁそれもバトルの後にしてくれや」
暫くしていると、自分の座る席の近くに自分より学年が二つ上の先輩が二人ほどやって来た。
一人は常磐将大。もう一人は佐野宏太。
何故佐野まで来たのかよく分からないが、隠にとって一番親しくしてもらっているのが彼なので、聞かれる分には何の問題も無かった。
「聞きたいことって?」
「えっと、バトルどうでした?」
「僕が負けちゃったよー。常磐強ぇもんな」
佐野が軽く笑いながら言った。どうやら実力で言えば常磐はこのサークル内ではかなりの上のものらしい。
「聞きたいことってそんなの?」
「いや、それとは別で……。えっと先輩、"メガシンカ"って分かります?」
「今更すぎんだろそんな事!」
常磐は大いに笑う。後輩の隠が深刻そうな面持ちで言うので何事かと身構えていたくらいだ。
「ゲームの話じゃなくて、どうも実体化したとかで……」
「あぁ、そっちね」
話が長くなりそうなのを肌で感じたのか、常磐は隠と机を挟んで向かい合うようにして、つまり隠の前の席に座りだした。
「俺もこの目で見た訳じゃねぇが、どうも今のこの世の中で、実体化したポケモンを使ってメガシンカを成功させた奴が居るらしい」
「詳しく聞かせてください! 俺としても信じられないというか……有り得ないというか……」
「何となくだが想像はつくぜ。その気持ち」
常磐はスマホのゲームを例えに出した。アップデートという名の更新があればゲーム内の世界や環境は変わる。しかし、この世界、この世においてそのような概念があるはずもないが故に、新しいギミックが反映されるのはおかしいと。だからお前の言いたい事は分かるとその様に代弁した。
「そうです。ただでさえポケモンがどんな理由や目的、どんな原理で動いているのかも分からないのに……。誰もそんな説明出来る筈が無いのに……」
「まぁそれは関係無いって事なんだろ。だが、メガシンカとは言わずここ最近お前の身の回りで何か変わった事は無かったか?」
「変わったこと……」
そう尋ねられた隠は、記憶を頼りにあらゆる事象を思い出そうとした。
とは言ったものの、すぐに思いつくのはここ最近営んでいた日常生活と、その裏で繰り広げていた組織間抗争ぐらいしかない。
だが、数ヶ月のスパンで見てみるとまた違った景色が見えてくる。
「九月の事になりますけど……"うつしかがみ"が発見されたり、その力を使って俺の仲間だった奴が伝説のポケモンを使ってましたね……。本来使えないポケモンなんですけど。メガシンカみたいに」
「正にそれだ。ってかモロ関わってそうな出来事ばかりじゃねーか」
常磐は含みを持った笑みを浮かべる。
彼は直接的な表現をあえて避けているようにも見えるが、"それ"は隠には何となくだが伝わる。
「俺が戦った場所は神奈川県の大山ってところです。そこに行けば……何かがある、とか?」
「かもな。俺の知ってる話ではその山でメガシンカした訳では無さそうだが、まぁヒントくらいはあるだろ」
「ありがとうございます。時間見つけて行ってみますよ」
「おう」
そう言うと常磐と佐野は席を立った。
会話に混ざる事は無かったことで何故佐野まで寄ってきたのか結局分からずじまいだったが、そこまで深い理由は無いのだろう。
この日最大の目的を達成した隠は、いつも通りポケモンのゲームを開くと育成を始めた。
†
「ただいまー。誰か居るか?」
ジェノサイドが基地に帰ったのは夜の十一時を過ぎた頃だった。
基地は木々が生い茂る林の中にあるせいでどっぷりと深い闇が広がっている。
はじめの頃は得体の知れない恐怖に怯えた事もあったが、この生活を続けて四年も経つといい加減慣れてくる。
基地の中の広間に着くと、彼の部下の一人ハヤテが出迎えた。
「お帰りですか、リーダー」
「いつもの時間通りさ。飯は食って来たから俺の分はいらないよ」
「それを見越して用意はされてないと思いますよ」
「ならいい」
ジェノサイドは数歩広間を歩くと、適当にその辺に置かれている一人がけのソファに座る。
「突然だけど、明日大山に行こうと思う」
「また急ですね。何かあったのですか?」
「何かあったって程のことじゃないが……」
ジェノサイドは今日あった出来事をハヤテに話した。裏の世界に生きるハヤテやジェノサイドが知らなかった情報を、表の世界に生きる人間が知り得ていたという点が気掛かりではあったらしく、終始ハヤテは唸る。
「その話は……本当なのでしょうか? 何かしらの罠の可能性も……」
「先輩に限ってそれは無いだろ。まぁ、この手の情報に少し詳しい人ってのが気になるがな」
「僕も明日ご一緒しましょうか?」
「いいよ別にそこまでしなくても。仮に何かあった場合の対策ぐらいなら俺一人でなんとでもなる」
ジェノサイドの相棒は"イリュージョン"を駆使するゾロアークだ。幻影さえ魅せてしまえば、並の人間を倒す事も、逃げる事も造作もない。
「お前はお前でやって欲しいことがある」
「なんでしょうか?」
「この組織内に居る人間限定でいいから、この手の話に詳しそうな奴等を集めて情報を集めて欲しい。それと、俺が仮にメガシンカに関わるアイテムを手にしたときにそれを解析出来そうな奴も揃えておいて欲しい。そういうグループと言うか……班を作りたいと思ってる」
「未知のアイテムを調べ尽くせる人間がこの世に居るかどうかすらも怪しいでしょうが……分かりました。やれるだけの事はやってみます」
「ありがとう。バルバロッサが居なくなった今、お前らが頼りだ」
二ヶ月ほど前、ジェノサイドは長きに渡って親しくして来た盟友とも言える存在を亡くしている。
そのせいで組織の運営にも支障をきたす不安もあったが、結局それは杞憂に終わり、今現在問題無く活動を続けるに至っている。
「じゃあ俺もう寝るわ。明日も色々あるしな」
「おやすみなさい、リーダー」
日中は騒がしく多くの仲間でごった返すこの広間も、夜中ともなれば嘘のように静まり返る。
そんなポッカリと空いた空間において、ハヤテは敬愛するリーダーの背中を目で追い、見えなくなると自分も寝るために自室へと移動し始めた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.26 )
- 日時: 2023/12/05 20:20
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)
夜が明けた。二〇一四年の十一月七日。金曜日。
この日ジェノサイドは基地の食堂で一人悩んでいた。それを見かねたのか、それとも単に出来上がった朝食を運びに来ただけなのか、一人の構成員が彼の元へやって来る。女性だ。
「どうしたの? 何か考えごと?」
「お、おう……。秋原か。おはよう」
「深刻そうな顔してるの珍しいなって思ってた」
彼女とは高校の頃からの付き合いだった。そして、元々はと言えば深部集団とも無縁の存在だった。ある時に深部集団の陰謀に巻き込まれて以降非戦闘員として保護するに至ったのだ。彼女もまた、闇の世界の犠牲者であった。
そんな彼女、秋原友梨奈は、眩しいばかりの笑顔を彼に注ぐ。
「大学の講義に行こうか山登ろうか迷ってた」
「ええっ!? それって迷うことなの? レン君って時々よく分からない事言うよね……」
まともな人間ならば誰もが言いそうな反応だった。ハヤテなど、事情を知り尽くしている一部の人を除いたらの話だ。もっとも、当のハヤテも「学校はサボるな」と言うかもしれないが。
秋原は非戦闘員とはいえ、組織"ジェノサイド"を取り巻く環境の一切を知らないという訳ではない。二ヶ月前に起きた戦いのこともある程度の事は把握しているはずだ。かと言って、自分ほど最新のポケモンにのめり込んではいない彼女にメガシンカ云々について語っても、恐らくだが完全に理解する事は出来ないだろう。なので、ジェノサイドとしてはそのように言うしかなかった。
「授業はきちんと出た方がいいと思うけど……」
「やっぱりそうだよな。今日の講義は昼前のコマにひとつだけだし行ってからにするか」
「それだけなのに何でサボろうって思ったの!?」
「出来るだけ早く山登りたいなと思って」
これだけ聞くと熱心な登山家である。秋原は明るい笑顔から一転、引きつった苦笑いを浮かべている。
「そ、そんなに重要なんだ……ね」
「あぁ、重要だ」
ジェノサイドはそう言うとコーヒーを一口啜る。思ったほど熱くはなかった。
「この組織のこれからを二分させる程のものになるかもしれねぇからな」
数分後。軽めの朝食を終えたジェノサイドはトレーと食器を流しの手前の台に置くと、目の前で洗い物と格闘している秋原を眺める。
「ごちそうさま。ここに置いとくからお願いな。それと、今日の成果は今夜中にも分かるかもしれねぇから乞うご期待な」
「ナニソレ。行ってらっしゃい」
彼女は慣れたような笑顔で彼を見送る。思えば、二人が会話をしたのはかなり久々であった。
†
昼前の講義は十一時前に始まる。
ジェノサイド改め隠洋平は開始十分前に教室に入る事が出来た。
自分がいつも座る席の隣には、深部集団ともサークルとも無縁の友人が居る。挨拶を互いに交わすと隠も座った。
しかし、隠の意識は講義には向かない。彼の頭の中は大山へ行くことと、メガシンカの事で既に一杯だ。
程なくすると、講義を担当する教員が教室に入ってくる。チャイムが鳴り終わるのと同時に、抑揚の無い声で講義を始めた。
隠にとってこの時間は苦痛でしかなかった。はじめは面白そうだと思っていたこの講義も、蓋を開けてみれば真面目一本の退屈な内容のものでしかなく、面白味を感じられない。いつもならば聴いているフリをしながらノートを取っているのだが、今回はそれすらもしない。意識がそこまで向かないからだ。
(メガシンカに必要なアイテムって何だろう……? キーストーンだよな? メガストーンだよな? あと、キーストーンを埋め込むデバイス的な物もだよな。ゲームの主人公はメガリングとか言うの装着してるしな……)
隠の座席は窓際である。教員と、彼が説明しているプロジェクターには目もくれず隠は外の景色をボーッと見つめてはそのように考える。
しかし、意識がフッと戻ったような感覚を覚えるとプロジェクターに写った日付を見て今日が十一月の第一金曜日だという事に気が付いた。
そう言えば、と隠はポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売日が近付いている事を思い出す。
(どっち買おうかな……)
今この世に現れているポケモンとは、持ち主のゲームのデータがそのまま反映されている。たとえ最新作が出たとしても今現在『ポケットモンスターY』で育成したポケモンを転送してしまえば何の問題もない。あとは暇を見つけてゲームを進めるのみである。
流石に講義開始時点からあらぬ方向を見ていたせいであろうか、隠のそのような態度に気が付いたからか、教員はそちらをチラチラ見ては時折睨むようになった。
†
「レンさぁ、ずっと何してたんだ?」
講義終了後、隠の隣に座ってた友人がニヤニヤしながら尋ねてくる。
「ん? 何で」
答えになっていない答えを隠は返すと、友人は一層笑みを強めた。
「いや、だからさ……。先生が明らかにレンを見ながら授業進めてたんだぞ。んで、肝心のレンはずっと外見てたよな。気が付かなかったのか?」
その通りで全く気付かなかった。とはどこか言いにくかった。意識が集中し過ぎると周りの視線や反応が気にならなくなる性分らしい。
「あー、あれかー……」
隠は少し考えた。会話の相手は深部集団などを知らない人間である。正直に全てを話す気にはとてもでは無いがなれない。
「この後どうしようかなーって。山とか登りてぇなぁって」
「ん? 何だよそりゃ。意味わかんねー」
本日二度目となる"不可解なモノに遭遇してしまった微妙な反応"を受け取ることとなった隠であった。
その後、友人は午後も講義があるらしく、コンビニの前まで歩くとそこで別れた。
†
先月と比べて少し肌寒い。
冬が近付いて来ているのを日に日に感じている隠は、シンプルなシャツの上にジャケットを一枚羽織る。
本来であればこの日は一日の講義を終えたことになるのでポケモンに乗って直接基地まで帰るか、大学から出ているバスに乗って駅まで向かい、そこから基地の最寄り駅まで交通機関で移動するかのどちらかであるのだが、今日だけは違った。
「頼むぞ、オンバーン」
隠は大学の裏門を出て人気のない裏道まで歩くとポケモンを放った。ここまでする理由は、構内でのポケモンの使用は一切禁止されているからである。注意から免れるためだが、たとえ即座にポケモンに乗ってその場から飛んで行ってしまえば注意のされようが無いので気にする事でも無いのだが、念には念をである。
「この前行った山まで頼む。分からなかったら時折指示出すからな」
隠はそう言っては飛び乗る。オンバーンは元気よく返事をし、翼を大きく広げた。そして、瞬く間に空へと浮かぶ。
目指すは丹沢山地が広がる神奈川北西部、不思議な力が宿っているであろう聖山、大山だ。
到着には三十分ほど掛かったようだった。やはりと言うか、長い時間一定のスピードを保てないのは人間もポケモンも同じようである。モンスターとは言われてはいるものの、このような一面を垣間見ると怪物と言うよりは自然界に生きる動物のようである。
「ご苦労さん」
大山阿夫利神社には拝殿が二箇所ある。標高千二百メートルの山頂に立てられた本社と、山の中腹にある下社と呼ばれる位置にそれぞれだ。
下社まではケーブルカーなどの連絡手段が通じており、通常の参拝客は下社に集まる。本社は信仰心の篤い参拝客であったり、登山家が参るのがほとんどだ。
恐らくだが、バルバロッサが戦いの場に山頂を選んだのもそういう人気の無い点が絡んでいるのだろう。隠は今更ながらそう考えた。
隠はオンバーンに労いの言葉を掛けてボールへと戻す。
この山の頂きに来たのは二度目だが、心境には大きな変化がある。
以前は戦いのために赴いた。だから他に集中するものが無かった。今回は違う。大きな違いとして、景色を楽しむことが出来た。
「ん?」
そこで、小さな違和感に気が付く。
参拝客の多くは下社に集まる。その対応のため、社務を執り行う神職の方々もそちらに集まり、社務所などもそこにある。
しかし、隠は今山頂にて祀られている本社と共に、社務所らしき建物もその目に捉えていた。
中腹にあるのならば、存在する必要の無い建物だ。
「そういう神社……なのかなぁ」
「はい、その通りでございます。理由があるからこそ、存在しているのであります」
背後から冷たい声がした。
時間の問題からか、平日だからか。しかしどういう訳か此処には自分以外に人は居なかった。そのせいで突然響いた声に、隠は内心強く驚く。
それだけでない。隠は思ったこと全てを口に出したわけではない。心情の一部を吐露したに過ぎない。にも関わらず、背後の声は全てを見透かしている。そんな気がしてならなかった。
振り返ろうか悩んだ。もしも背後の人間が得体の知れない存在であったとしたら。
もしも、敵対する深部集団の人間だとしたら。
そう思うと迂闊に動くことは出来ない。
「誰だ?」
「どうかこちらをご覧になっていただけないでしょうか。私は敵ではありません。この社の者です」
そのように言われて何度騙されてきただろうか。片手にゾロアークのボールを握る。振り返ると同時に化ける作戦だ。
深呼吸をして即座に身体を回転させる。
そこには。
新品と見紛うほどの純白の礼服を着用し、手に笏を持った、神主を思わせるような若い男性が柔らかな表情を見せて立っていた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.27 )
- 日時: 2023/12/05 20:18
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)
敵意が感じられない。
気を集中させたジェノサイドは直感ながらそう結論づける。
「お前は……」
言いかけたジェノサイドだったが、それを察してか純白の和服の男が笑顔を絶やさずに口を割る。
「私は此方で神主をしております、皆神と申します。とは言え、正式なものではなく貴方たち向けのものになりますが」
柔和な表情と声色から漂う不穏な影。
ジェノサイドはそれを決して見逃さない。
「俺たち向け? それはつまりお前も俺と同じ……」
「はい。深部集団の者でございます」
ジェノサイドは呆れる思いだった。
神社という神聖な場においても、深部集団の闇の手が蠢いている。穢れを赦さない世界が穢れに満ちている。その事実にジェノサイドは失望しかける。
「いえ、そういう訳ではございません」
意を察した皆神が突然否定する。どうやら、この男は心を読み取る力があるようだった。
「元々この社には正式な神主がおります。ですが……どういう訳かこの社にも深部集団出身の参拝者が現れるようになりました。"本来の"神職の方々にご迷惑をかける訳にもいきません。そこで抜擢されたのが私ということでございます」
この世界は、二分されている。
ポケモンとは無縁の人々も含めて、一般の人と呼ばれる人間たちによって作られ、日々営まれている"世間"とも"社会"とも呼ばれている表の世界。
ジェノサイドのような、ポケモンを行使して裏稼業に生きる裏の世界。
表の世界と裏の世界は相反するものであり、決して交わってはいけない領域だ。
そのような接触を避けるために設けられたのが、今ジェノサイドの目の前に立っている男ということになる。
「深部集団の人間が神頼みねぇ……。一番似合わないと言うか、そういうのとは無縁な世界だと思うんだが?」
「深部集団の人間も元々は"あちら側"から来られました方々です。何気なくお祈りをされたり、大事な局面の前では御参りもされますでしょう? それらと同じ感覚かと。それからこの社は歴史も古く、古来から山岳信仰という側面からも……」
営業トークなのだろうか、皆神は社伝を語り始める。あまりにも長々としているのでジェノサイドはその話をほとんど聞かず意識も別の方へと向いていた。
「あの……聞いておりますでしょうか?」
「悪い。何だっけか……。確か最近になって色々変化が起きたとかなんとか……」
「話聞いていませんね……。そのような話題は一つとして挙げる事は無かったのですが」
皆神はため息をついた。
神聖な土地を踏んでいる以上参拝目的か、少なくとも畏敬の念くらいは抱いていてもいいものだが、目の前の男からはそれが感じられない。明らかに自分が深部集団の人間だと公表してから態度が変わっている。
「まぁ、それも良いでしょう。では、貴方の目的は……」
「メガシンカ。それに関わる物品が無いかと思ってやって来た」
ジェノサイドは山頂の開けた土地を眺めながら言った。そこは、かつてジェノサイドとバルバロッサが戦った地点である。当然だが今は何も無い。"うつしかがみ"は戦いの後回収している。
「成程、貴方も"それ"をお望みという訳ですね……」
「まぁ、そういう事だな。って待て。貴方"も"ってなんだ。まるで他にも居るみたいな言い方じゃねぇか」
皆神の細い目がより細くなった。ジェノサイドも仕草では表さないものの内心身構える思いである。恐らくだが、この後何かがある。長い間戦いに身を投じたジェノサイドの中で冴える勘がそう訴えている。
「……少々宜しいでしょうか。お見せしたいものがございます」
そう言った皆神はこちらの返答もなしにさっと背を向け社務所のある方へと歩き出した。やや遅れてジェノサイドは一歩後ろをついて歩く。
「二ヶ月ほど前でしょうか。此方で大きな争いがありました」
「……」
ジェノサイドは念の為、自分がそれに関わっているとは言わないでおいた。皆神に心が読める能力があればこの事実も知り得ているかもしれないが、この状況下で自分からでしゃばりたくは無かったのだ。
「その日は夜であるにも関わらず昼のように明るくなったと言います。白夜など、この日の本の国では観測されません。となると、人智を超えた"なにか"があったと言うことになります」
皆神は少し歩いては立ち止まる。身を屈んで木片を拾った。戦いの余波を浴びた社務所か本殿のものかもしれない。掌でクルクルと回したかと思うと投げ捨てた。
「ところで……貴方様はいつまでお黙りになるおつもりで?」
「やっぱり知っていたのか」
ジェノサイドは舌打ちをして皆神を睨んだ。
「私は目撃者の一人ですから。ですが、"ただの"目撃者ではありません。今の私ならば、あの戦いの本質と、それらが与えた影響。それら全てが見通せます」
「流石は神に仕える人だ」
「お名前はジェノサイド。貴方様がこちらの世界で名乗っている名前で間違いありませんね?」
「一応見た目は特徴の無い大学生を意識しているんだがな……」
「ジェノサイド。それは、この世界における王者にも等しい存在であると見受けられます」
「どうだかな。俺はただひたすらに戦いに勝ちまくっただけだったんだがな」
皆神が社務所の前で立ち止まる。そして、両手でゆっくりと扉を開けた。
「さぞお辛いことでしたでしょう。二ヶ月前。貴方様は此方でお仲間だった方と戦いました。あまり知られていませんが、あの戦いを鎮められた事で今現在、こうして世界が保たれております」
「奴は言葉を濁していたが、やっぱりそうだったんだな」
「あの力は人智を、世の理を超えていましたから」
扉をくぐったジェノサイドは、そこで靴を脱ぐよう指示される。滑らかな木の床が足裏を冷ますかのようだ。
「貴方のお仲間……バルバロッサは少々特殊な方法で本来使えるはずのない伝説のポケモンを行使されました。それが完全なるオカルトな方法であったか、そうでないかは断言出来かねますが……とにかく、それにより世界そのものが少しだけ変質してしまいました」
「変質だと? 特に変わった様子は見られないがな。どこがどう変わった?」
「こちらです」
皆神は一つの扉の前で立ち止まる。この建物の奥にそれはあるようだった。
「その一件以来、どういう訳かこの社の境内……いえ、この山の範囲内ではありますが妙なモノが発見されるようになりました。それも無数に」
ジェノサイドは何となくだが想像出来た。だが、問題はもっと別なものにある。それは皆神も察していた。
「原因は今をもって不明です。どうしても分からないのです。因果関係が見られません。なので、我々は伝説のポケモンを無理矢理に扱った事で"世界が変質した"と結論づけるしかなかったのです」
皆神は扉をゆっくり開けた。見た目に反して重い音が響く。
部屋から冷気が伝わってきた。
「ご覧下さい。こちらが、大量に発掘されたキーストーンでございます」
その部屋には空間を囲むようにショーケースが並べられており、皆神はそれを指している。
見ると、布が敷かれており、その上に透明な石が鎮座してあった。それは不可思議なまでに眩しい光を放っている。
「これが……キーストーンと呼ぶべき物なのか……? ゲームでしか見たことないから何とも言えない」
それは予想していたものよりもずっと小さかった。丸い石は二センチメートルほどしかない。だが、それがケース内にずらっと並べられている。百個以上はあるだろうが二百個までは無いようだ。
皆神はガラスを取り外してはその中のひとつを掴み、それをジェノサイドに見せる。
「先の戦い以降になって発見されるようになったキーストーンでございます。不思議なことに、私は特に公表などしている訳ではないのですがそれ以降、深部集団の人間を名乗る者が連日参るようになりました。私は断る理由も無いので、余程のことが無い限り全ての方々にこちらをお渡ししています」
そう言って皆神はキーストーンによって輝いている右手を差し出している。受け取れということだろう。
「これからの深部集団の戦いはより熾烈なものへと変わっていく事でしょう。今まで通用していた強さが、昨日までの最強が明日も最強とは限らないものへと成ります。数多の人間たちが、このキーストーンを手にすることによって」
ジェノサイドは右手を見つめるだけで、まだ受け取ろうとはしない。
「じゃあお前は、自分が元凶である事を自覚しているんだろうな?」
「勿論でございます。だからこそ、私は貴方様に期待しているのです」
「期待だと?」
「はい。今回貴方様が戦いを鎮められたように、これから訪れるであろう災禍をも止められると信じてのことです。私はこれまでお気持ちと引き換えにこちらを渡してまいりましたが、貴方様には特別で無料で差し上げます」
「がめつい奴め……」
その言動に反して笑顔でいるのが一層不気味であった。皆神は催促するように右手を時折振る。
「じゃあそもそもの話、なんでこんな石を配るんだよ。激化するって分かっているのなら、戦いが起こるくらいならいっその事秘匿しちまえばいいだろそんな物」
「それでは貴方様が来られないかもしれない。逆に、こちらの石をどなたにもお渡ししなければただひたすらに時間だけが過ぎていってしまうかもしれない。それでは駄目なのです。ハッキリと申し上げますと、どうしてもこの石を貴方様にお渡ししたい。と言うだけのことなのです」
皆神がそう言うのでジェノサイドも断る訳も無ければ理由も無い。彼が小さく笑ったあとにジェノサイドは彼の右手の中の石を握る。
「じゃあ貰ってくぞ。いいんだな? 俺が持っていっても」
「ええ。躊躇する位なら、はじめからどなたにもお渡しすることはありませんから」
†
社務所を出ると既に陽は落ちていた。空は闇に染まりつつある。
「メガシンカを駆使したくば、他にキーストーンを抑えるデバイスと、個々のメガストーンが必要になります。メガストーンについても報告が相次いでおりますので、見つける事は可能かと思われます」
「可能って言ってもな……限度ってもんがあるだろ。なんの手掛かりも無しに少なくないメガストーンを全部集めるとなると大変な作業になるぞ」
「……と言う声が多数ありました」
「ん?」
言いながら皆神は袖の中に手を入れゴソゴソと探る。若干の間を空けて取り出したのはスマートフォンだった。それまで笏を手にしていたせいで古風な姿にメカニカルなアイテムが混ざると強い違和感がある。
「そういう時はこちらを! 私が作りましたスマホのアプリ。その名も『メガ石Go!』。位置情報を利用したアプリでございます」
「そのクソダサいネーミングどうにかならなかったのか……」
引き気味になりジェノサイドは自分のスマホでアプリの検索をする。ご丁寧に有料アプリとしてストアに登録されていた。
「キーストーンや個々のメガストーンからは特殊なエネルギーが生じておりまして、それらを探知する地図アプリという名目で運用しております。それから、注意事項としましては……」
皆神はメガストーンのあり方について述べ始めた。メガストーンは全国に散らばっており、数も無数に存在している。地図アプリである程度反映はされるものの、誰もが手に入れられる代物なので現地に赴いた際には実物が残っていない場合もあること、しかし数に限りがあることは現段階では確認されていないので再度探せば入手は可能とのことだ。
「出現場所に縛りみたいなものは無いのか?」
「無いようですね。これまで公園であったり施設内にあったり、川や森といった自然の中、道路などなど……。共通点は皆無です。あまりにも不自然なので、人の手が加えられていると考える方がおかしいくらいです」
「一般の人でも触れてしまう可能性があるのか……」
それはそれで危険ではないか、とイメージが脳裏をよぎる。しかし、たとえジェノサイドであってもどうにも出来ない話だ。
「メガストーンは現在三十個ほどございます。全てを入手……されるかは貴方様にお任せしますが、その過程で多くの衝突がある事でしょう。どうかご武運を」
「俺を誰だと思ってる。深部集団の頂点に君臨するジェノサイド様だぞ?」
わざとらしく作り笑いをしてはそう言い捨てて彼は山を下りた。その足に迷いは無く、すぐにその姿は見えなくなる。
皆神はジェノサイドが立ち去ってもなお、それまで彼が立っていた部分を見つめている。
「その最強の名が何処まで、何時まで通用されるかは分かりかねますが……彼ならばやってくれるでしょう。お願いします。この世界の危機は未だ去ってはおりません」
足元を見ると、細かい木片が散らばっている。戦いの余波を浴びた建物の保全状態が少し気になるところだった。どのように修復しようか、そもそも修復作業が必要かどうかを考えながら、皆神は薄く小さく笑う。
「バルバロッサとの戦いは、まだ終わっていませんから」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.28 )
- 日時: 2023/09/14 20:43
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
キーストーンが手に入った。
ジェノサイドは改めて眺めてみる。石の中央部分にDNAの二重らせんを模したような模様が刻まれており、非常に綺麗である。これはメガシンカのシンボルだ。
ジェノサイドはたった今到着した基地の地下に作られたひとつの扉の前に立っている。扉を通して騒ぎ声が微かに聞こえる。その先は広間だ。また騒いでいるのだろう。
何も言わずに扉を開けた。開く音と人の気配に、部屋にいる人間全員が一斉に振り向く。見たところ彼らはゲームで対戦をしているようだ。対戦者を囲む塊が二つ出来ている。
「あっ! リーダーどこ行ってたんすか!? 帰りにしては遅すぎますよ!」
手に持っていたゲーム機を放り投げ、塊を掻き分け、そのように叫びながらケンゾウが寄って来る。
「わざわざこっちに来なくてもいいだろ……」
「答えて下さいよ! どこ行ってたんすか?」
「分かった分かった。言うからとりあえずアレ。あれどうにかしろ。お前の3DS勝手にいじってんぞあいつら」
疲れ気味なのか、淡々とした口調でジェノサイドはケンゾウの後ろを指す。観戦者だった構成員たちがケンゾウのゲーム機に触れて勝手に操作しようとしていた。
「いやいや、今答えてくださいよってオメーら何やってんだやめろーー!」
ケンゾウの情緒が安定しない。それまで興味津々だったジェノサイドを捨てて彼らの元へ戻ろうとする。それを見た皆が笑う。
「それで結局、何処に行ってたんですか? リーダー」
再び対戦で燃える集団の輪から離れた、一人の背の小さい構成員が声を掛けた。名前さえも知らない人だ。
ジェノサイドはそれに無言で答える形でポケットに手を突っ込みながら彼等へと近付く。
「いいかお前ら。俺は今日コレを取るために帰りが遅くなった。見て驚くな? ほら、キーストーンだ」
まるで大学において自身が所属しているサークル『Traveling!!!!』に居る時のような高いテンションだった。自分で気が付いていないだけで自然と興奮しているのかもしれない。
そう言いながらジェノサイドは手に持った小さな石を掲げる。
それを見るやいなや、方々から歓声が上がっては部屋にいる人"全員"がこちらに駆け寄って来た。有無を言わさずジェノサイドは揉みくちゃにされる。
「見せて見せて!」
「もっと近くに寄せてください!」
「お前邪魔だどけバカ」
時に揉まれ、時に払いのけようとして空を切った平手が顔や体に直撃する。
痛い思いをしつつ自分がここで宣言したこと自体が間違いだったと悔やみながら、あとで見せるから落ち着けと叫ぶことしか出来ない。天下のジェノサイドも数の暴力には弱いのだ。
身体の細いジェノサイドは人と人の間の細い通路に活路を見出すと、身をくねらせ翻して波をくぐり抜ける。
彼が逃げたと知ると残念そうな声が上がるも、それを無視してジェノサイドは部屋から逃げた。
「危なかった……小さいから気を付けないと失くすよなこれ……。そしたらヤバいじゃ済まねぇよなぁ。また山登りに行くなんて勘弁だぞ俺」
こういう時は自室に篭もるのが一番だ。皺だらけになったシャツを整えながら廊下を歩く。
皆が皆キーストーンについて興奮していたが、まさかここまで騒ぎになるとは思わなかった。それまで有り得なかった現象が、力が身近なものになったのだからそれも仕方なかったのかもしれない。
神社には大量にキーストーンがあったのだから、おまけにあと二、三個は貰うべきだったと若干後悔しつつ静かに自室の扉を開けた。
†
キーストーンを手に入れてから休日を挟み、月曜日。
ジェノサイドは隠洋平として大学に向かっている。キーストーンはハヤテの尽力によって寄せ集められた、技術開発を担当とする者たちに預けている。
「今日はサークルあるけど、天気もいいしメガストーンの探索やってみようかな」
空を見上げながら隠は呟く。雲ひとつ無い晴天だ。好きなサークルに行けないのは少し残念だが別にそれは痛くも痒くもない。むしろ、組織の戦力確保のために必ず必要なことだ。どう見てもサークルよりもこちらが重要である。
そういう意味では大学の講義も全部放り投げたいところだが、生憎とそういう訳にはいかない。
†
「えっ、キーストーンを手に入れた!?」
珍しく声を上げたのは隠と同学年にして友人の一人であり、同じサークルに所属している佐伯慎司だった。最近眼鏡からコンタクトレンズに変えたようで印象がかなり変わっている。元から顔は整っている事が分かっていたものの、改めて見るとその顔は綺麗だ。
時刻は昼休み。彼らは学校の文化祭終了後に設けられた部室に集まっては昼食を食べていた。部活でないのに部室を与えられた事の意味が分からないが、どうも部屋が空いていたところを部長が申請したらしく、それが通ったらしい。
「元々怪しいと睨んでいた場所をピックアップしたらドンピシャだったよ。だから入手自体はかなり楽だった」
隠は部室をぐるっと眺めた。そこまで広い空間では無いが、二年生は隠と佐伯の他に二人いる。あとは先輩がチラホラ居る程度だ。
隠は彼らと会話をする。
ポケモンとは縁の無い御巫や他の先輩たちにとってはどうでもいい話で実際聞いてもいないが、佐伯や他の先輩たちには関係があると言えば関係あるもののようで、熱心に聞いている。話の内容柄どうしても深部集団が絡むので話すかどうかはかなり悩んだところだが、結局話したい衝動が勝ったので今こうして話している。
しかし、彼らが深部集団と関わりを持って欲しくないので一部事実とは異なる表現を混ぜる。
「じゃあレン君、どうやって入手したの?」
隠のあだ名に君付けで呼ぶのは佐野宏太しか居ない。
隠ら二年とは学年がふたつ上の四年生の先輩。十一月も始まったこの時期にこうして部室に来ているという事は来年の内定が決まっているのだろう。
関西地方出身の彼は他の先輩たちとはノリが良く、明るく陽気な性格をしている。身長は隠とほぼ同じくらいだが、体型はかなりガッシリとしている。単に太っているだけかもしれない。しかし強そうにも見える。
だが、彼の良いところはその性格だった。
陽気でノリが良いのに加えて、彼は誰とでも仲良く接する。特に輪に入れずに一人で居る子には自ら率先して声を掛ける。隠もそんな彼の優しさに救われたお陰で仲がかなり良いのだ。
そのように慕っている先輩の前で隠し事をするのは良心が痛む思いだが、こればかりは仕方の無いことだった。
場所を隠す代わりに事実を話す。
「"俺たちのグループ全体"からしていわく付きな場所がありまして……。昨日行ってみたんですけど案の定他の組織の奴等も来ていたみたいで既にメガシンカゆかりの地として有名になってたっぽいです。なんか普通にそこに居る人と話をして貰ってきました」
言葉を濁したが、それが深部集団だと分かったようで、佐伯は不安そうな声を上げる。彼が他の組織の人間から狙われている事実は以前の騒動の時に知った。
「レンそれ大丈夫だったの?」
「大丈夫だったよ。途中で他の連中と出くわすなんて事は無かったし。別に"こっちの"人間の全員が全員その情報を把握している訳でもないし、時間の都合もあったしな」
情報を知る深部集団の組織は恐らくだがまだ少数に留まっているはずだ。でなければあの日に誰かと遭遇していてもおかしくはない。もっとも、それは今限定の話で今後は事実を知る組織も増えていくだろう。
それに、余程のことがない限り冬が近付きつつあるこの季節の中で標高千二百メートルの山を登ろうなんて普通は考えないだろう。軽いハイキングを通り越して登山である。軽い気持ちで行けば遭難してしまう。隠としてはそれらを含めての昨日の行動だったのだ。
「って事で今日はサークルパスしてメガストーン探しに行ってくるわ。何かあったら宜しくな」
「えっ……。でもレンそれは危なくない? 狙われているんでしょ?」
「うーん。確かに不安っちゃ不安だけど大学でもなければ基地でもない所にいきなり俺がいる訳だからな。事前情報が無ければバレるとは思えないし。偶然でない限りは大丈夫だと思うけどなぁ。それに、探さなきゃすべて始まらないし、かと言ってそれが怖いからって部下に全部押し付けるのも可哀想じゃん?」
佐伯のこの気持ちは、今ここに居て事情を知る者たちの代弁でもあった。しかし隠は楽観的である。それが彼の本性であり真の性格かもしれないが、危機感が無さすぎると彼等は思ったことだろう。
「でも危ないよ? 絶対に目立たないでね」
「わざわざ目立つかよ! 一応これでも無個性で特徴皆無の大学生のつもりでいるんだがなぁ」
そう言う隠の服装は確かに特徴が無かった。白と紺のボーダーシャツの上に薄緑の薄いパーカーを着ている。下は青のジーンズだ。
そこまで言って隠は昼食に全く手を付けていない事に気付く。喋りすぎたせいで時間を浪費した。彼は急いで食べ始める。
†
退屈な講義がやっと終わった。時計を見ると十五時前だ。外を歩くには丁度いい時間である。
「じゃあね。お疲れ」
隠はこの講義を一緒に受けていた友人に一言掛けて足早に教室を去る。とりあえず今は早く大学から出たかった。
構内を歩きながらスマホを開く。大山の神主、皆神が作ったメガストーンを探す地図アプリだ。
地図は広範囲であれば反応も多いが、自分の姿が分かる範囲まで拡大すると反応は極わずかとなる。
「反応はひとつ……。この近くだとあの公園か……」
それは、隠も知っている場所だった。
と言うのも、隠の通う大学の周辺は住宅が多く並び、それでも土地が余っているので公園の数も多い。多摩のニュータウンはそんなものである。
彼も暇な時間を見つけては、近くの公園にフラッと立ち寄っては時間を潰すなんてことはよくある事だ。
「どうせ取るだけなら後は暇だしな。公園内でゆっくり休んだ後に帰るか」
場所を確認すると隠はスマホをしまう。同時に取り出したのはオンバーンが入ったダークボールだ。
此処が大学構内だと言うことを忘れているくらい大胆にそれを投げる。
オンバーンが元気良く飛び出し、隠はそれに飛び乗った。
あっという間に大学が遠ざかってゆくが、地上付近で何やら怒鳴り声が聞こえた気がする。
そう言えば、今大学では以前にポケモン絡みの騒ぎがあったせいか監視と罰則が厳しくなったとかいう話があった気がしたのを彼は思い出す。
「ったく、誰だよ……そこまで騒いだアホは……」
風を浴びながらそう呟く。
その原因が自分だということに全く気付いていない隠洋平であった。
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