二次創作小説(紙ほか)

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.32 )
日時: 2023/09/14 21:16
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 今、目の前に問題の結社の人間がいる。
それを事実だと半ば認めたくない己がいる。
まず、結社の人間。それ即ち議員である。ジェノサイドのような暇を持て余す学生とは違って多忙を極めた人間のはずだ。自分らのためにわざわざ出向く理由が存在しない。だから、本物か偽物かその区別も付かない。ジェノサイドは本物でも偽物でも、両方の可能性を念頭に置いたうえで対応するのみだ。

五百城いおきわたるとか言ったな? ってことはお前は本物の議員か」

「だーからさっきからそう言ってるでしょーお? もしかして僕のこと偽物だと思ってる? とんでもないとんでもなぁい! 正真正銘本物の五百城さんですよ僕は」

「じゃあ丁度いい。質問に答えろ。何の用だ」

「何の用って……聞き方が失礼すぎるよ? そんなキミには罰として質問を質問で返す。何でキミがいるの?」

 五百城にとっての予想外。それは今この場に、深部ディープ集団サイドというならず者たちを力づくで上から押さえつける支配者"ジェノサイド"が居る事だった。本来であればそんな支配者を支配する結社というポジションであるため力関係はこちらが上であるのだが、此処で相対してはならない。そういう関係性だ。

「そ、それは……ジェノサイドさんが私と仲間であるためです!」

 ジェノサイドの背後からレイジが精一杯叫ぶ。議員が相手であっても余裕を保つジェノサイドとは裏腹に、普段の冷静さを欠き、もう一人の仲間をまるで互いに庇い合うかのように絡まっている男が声を震わせる。

「ふむ……仲間ぁ?」

 五百城はチラッと後ろに目をやる。それだけで彼が連れて来た黒いスーツを纏った数人の男たちが全員各々のポケモンを呼び出す。大したことの無いポケモンから、戦えば厄介なものまでその種類は多彩だった。

「……コイツらは突然俺の所へやって来た。どうもオマエに滅ぼされるのが嫌らしい。オマエの言い分もかなり身勝手のようだからな……俺が保護することにした。もうこの世に、組織"赤い龍"は存在しない。コイツらは俺の仲間……俺の組織ジェノサイドの構成員だ」

 レイジではまともに彼と会話が出来そうな精神状態では無い。そう判断したジェノサイドは勝ち誇るように言い放つ。

「今の彼の言った事は全て事実に即しているかい?」

 対して、五百城はレイジに冷たい視線を放つ。レイジはその瞬間肩を震わせたがその後大きく返事をした。

「ふむ、なるほど……。仲間、か。……仲間ねぇ。……仲間ぁ?」

 五百城は考え込むように適当に間を空けながら呟くと数歩こちらに向かって歩く。その足取りはかなりゆっくりだった。

「認められるかなぁ?」

 三歩ほど歩いて立ち止まった。彼等との距離にほとんど変化は無い。

「みーとーめーらーれーるーわけがー……無いだろーおー!」

 すると突然、五百城は大声で叫びつつ自分の太もも辺りを何度も叩いた。威嚇のようでその効果は赤い龍の二人には十分にあるようだが、ジェノサイドからすると気が狂った関わってはいけない人のようにしか見えない。

「君たちの言い分は大変身勝手で聞き入れる事は出来ない! 何故なら一切の報告が無いからだ! 君たちにあるのは僕が作成した解散令状のみ。つまり、この令状こそが最新の情報な訳だああぁぁぁ!!」

 叫びながら五百城は胸ポケットから丁寧に折り畳まれた紙片を取り出しては折り目に沿って綺麗に広げる。暗くて見えないが、それはジェノサイドも目にした解散令状らしかった。

「君たちは我々に報告したか!? 赤い龍を解散し、ジェノサイドに編入される。そう伝えたか!? なんも入って来て無いんだけどなぁぁ!? 有効なのはこの命令のみだ、大人しく従いなーさーいー!」

「まぁ、ちょっと待てよ」

 さっさと力づくで捩ねじ伏せて彼等を連れて帰りたい。そんな本音を押し殺してジェノサイドは五百城の意識を向けさせる。

「確かに連絡が無かったのは俺らの落ち度だ。それは認めるしかねぇ。だが、俺からするとお前の言い分も身勝手極まりねぇのよ。最低でもコイツらは組織を解散させると意思表示をしている。俺はそれを認めた。俺には仲間を護る義務がある。なぁ、これがどういう意味か……分かるか? お前に、この俺と……深部ディープ集団サイド最強の人間と戦える度胸と覚悟はあるんだろうな?」

 どうせ相手は自分より権力があるだけでポケモンの腕も人間的な強さも大したことは無い。だが、それでもジェノサイドは可能な限り交渉で事を終わらせたかった。戦えば後々面倒な事になるのは目に見えている。そのためなら、自身の肩書きを最大限利用するつもりだ。

「ふむ……確かに。それも一理あるかなぁ」

 五百城は早口でそう言うとぐるっと身を一回転させ、自身が連れて来た部下たちを一瞥する。

「ほらほら、そういう事だから帰った帰った。お前たちに彼はやっつけられない。この件は僕が一人で処理する。っつーことでさっさと散れ」

 人を人として見ないような言い方だが、そう言われた部下たちは誰もが戸惑ったのか、互いに顔を見合わせたりするもポケモンをボールに戻すとそこに居た全員が一目散に走り去って行った。

「さて、これで余計な人間は消えたね」

 五百城は笑顔のまま再びこちらに顔を向ける。言動に難がある人間だったが、話が通じるものだと彼らはひとまず安堵した。その時だった。

「ルカリオ、"はどうだん"」

 俊敏な動作だった。ポケットから取り出したボールからポケモンが躍り出ては力の塊が発射される。ジェノサイドは突然姿を見せたゾロアークに目配せすると、ゾロアークは意思を感じ取ったのか命令無しに技を放った。"ナイトバースト"だ。
互いの特殊技が直撃、炸裂しては住宅地の真ん中で爆発音を響かせる。

「今のは宣戦布告って事でいいんだな?」

「まぁ本音を言うとねぇ。僕もキミとは戦いたくなかったんだけどねぇー。でもこうしてぶつかり合っちゃった訳だし、僕の要望も聞いてくれそうにないしねぇ。君のような逸材をここで失うのはかーなーり勿体ないけど、替え自体は利くからね。Sランクの組織はキミのところだけじゃなくて他にもあるからね。それに……」

 ルカリオがアスファルトを蹴って飛ぶ。上空で浮いた状態のまま、ルカリオは掌をゾロアークに向けている。
ゾロアークの"カウンター"は物理技にしか対応出来ない。離れた箇所から特殊技を撃たれてしまえば、こちらから迎撃するか単純に避けるしか対応策は無い。だが、此処で避けてしまえば人間たちに被害が及ぶのは必至だ。
そこまで考えての行動かは不明だが、ゾロアークはまたしても命令無しに"かえんほうしゃ"を放つ。驚きの目を向けたルカリオだったが、"はどうだん"を撃つことで自身にとって効果抜群の技を相殺させる。
五百城は「奇妙だ」と呟きつつも、そちらにはほとんど意識を向けることはしない。

「キミとは少なからず因縁があるからね」

「因縁だと?」

 ジェノサイドはゾロアークの名を呼んで離れつつあった距離を戻す。あくまでもゾロアークを使役する目的は自分を含めた仲間の保護だ。制圧ではない。

「今日がはじめましてだと思うんだが? 俺とお前は」

「僕とじゃない。僕の後輩さ。"元"後輩のね」

「あっそ。だから何だよ」

 ゾロアークは再び"ナイトバースト"を放つ。しかしルカリオは軽やかに避ける。

「"しんそく"。当ててやるんだ」

 五百城の静かな命令は即座に移された。
目にも止まらぬ速さで姿を消したルカリオは同時にゾロアークに拳を叩きつける。
その動きは人間であるジェノサイドでも、ポケモンであるゾロアークにも捉えることは出来ない。だが。

「"カウンター"だ!」

 技の後ならば対応は出来る。命令から一秒にも満たない文字通りの"一瞬"の間に、ゾロアークも負けじと拳を握り渾身の一撃を放つ。
ルカリオは軽く吹っ飛ばされたものの、体勢を崩すことなく主の目の前まで戻る。あまりダメージは負っていないようだった。よく見ると、ゾロアークもほとんど受けていない。

「てめぇ……加減したか」

「僕は議員だぞ? キミぐらいの人間の特徴なら覚えるに決まってる。キミのゾロアークのタスキからの"カウンター"は厄介だからね。潰しておくことにしたよ」

 ジェノサイドは大きく舌打ちした。たとえ加減された技であっても、受けてしまえばきあいのタスキは消費される。ジェノサイドとゾロアークは戦い方の変更を余儀なくされたこととなる。

「これで不安は解消された……かな。でも念には念をだし、僕の実力も見せびらかしたいしなぁ」

 力強く叫ぶ五百城の腕が不自然に輝く。

「さて、愚かな貧乏人たちに教えてあげよう。僕は何者だ? 立派な議員さ。この国のね。その事実をキミたちは再認識すべきだと僕は思うのだがねぇ……」

 彼の腕には、ゲーム上でしか見たことの無い装飾品が施されており、そしてそれは七色に光っている。

「要するに!! 僕は君たち愚民とは違って生まれ持ったスペックも! 手にしている財も!! 世の中で通用する名誉も!!! 全てを備えた完璧な人間であると言うことさ!」

 五百城は腕を掲げる。その輝きに呼応するかのように、ルカリオもその身を光に包んでは激しく輝く。

「見せてあげよう……これが、正真正銘の……メガシンカだ!!」

 漆黒に包まれた闇の中。まるで黒一色の闇という名の宇宙空間で孤独ながらも輝きを放ち続ける太陽の如くその光は、辺りの闇を塗り潰す。
あまりの眩しさに目を瞑ったジェノサイドらが改めてその目で見たもの。
それは、歴戦の戦士を思わせるような凛々しい体躯と、果てしない殺気を走らせる姿を変えたルカリオ。メガルカリオだった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.33 )
日時: 2023/09/14 21:27
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 いつかは見る光景だと思っていた。
だが、それは今じゃない。深部ディープ集団サイドの人間と比較すると戦いとは縁が無いであろう結社の人間が、ここに来てメガシンカを使うはずがない。そう思っていたジェノサイドはただ驚くのみだった。
それも手馴れている。恐らくだが、このバトルで初めてのメガシンカではないようだ。これまでの"強制執行"でメガルカリオを振るっては多くの深部ディープ集団サイドの人間を葬ってきたのだろう。

 ジェノサイドは改めて現状を確認した。
五百城いおきのポケモンは今のところメガシンカを果たしたルカリオのみだ。
メガルカリオの特性は"てきおうりょく"。単純な火力が底上げされている。
一方、こちらはきあいのタスキが消滅したゾロアーク。耐久の薄いこのポケモンでは、あらゆる技を受け止める事が出来ないのは明白だ。
このまま作戦もなしに一直線に戦闘を続ければ敗北は必至。

 そこでジェノサイドは閃く。

「逃げろ!」

 ジェノサイドはルカリオから視線は外さずに、しかし後方の二人に対して叫ぶ。

「何してんだ! ボケっとしてんじゃねぇ! どの道お前らでは対処出来る人間じゃねぇ……。隙を見て俺も後から合流するからひとまずお前らは逃げろ! 今だ!」

「ジェ……、ジェノサイド……様? 何を……?」

 レイジは困惑している様子だった。すぐに動ける様子ではない。
しかしそれを見兼ねたのか、彼に"若"と呼ばれ、キャスケットを深く被っているミナミが躊躇を見せない調子で彼の腕を思い切り掴むと走り出した。彼らが今居るのは住宅地の真ん中であり、行き止まりだ。道は五百城が塞いでいる。そのため、二人は隣の民家の敷地に侵入しては塀を越えようとしているようだ。

「おっと! さーせませんよぉぉ!?」

 いち早く気付いたのは五百城だった。彼は命令すると、その瞬間にはメガルカリオは二人の前に姿を見せる。数十mは距離があったはずだが、その壁をメガシンカは易々と超えてしまう。

「ッッ!?」

「さぁルカリオ、"はどうだん"で二人を吹き飛ばしてしまいなさい!」

「バッカじゃねーの!?」

 勝ち誇り気味に小さく笑った五百城だが、その不意を突くようにジェノサイドが吠えた。

「敵を目の前にしてガラ空きたァ嘗めてんなテメェ!」

 ルカリオは今まさに"はどうだん"を撃たんと両手を輝かせる。対して、ジェノサイドのゾロアークが無防備となった五百城に対して赤黒い閃光を、"ナイトバースト"を放とうとしている。

「テメェらが創った深部ディープ集団サイドのルールだ……。ポケモン同士ぶつかり合って勝つだけが勝利じゃねぇんだよ、あの世で文句言うなよなぁ!?」

「き、貴様……っっ!」

 メガルカリオの"はどうだん"とゾロアークの"ナイトバースト"が発射されたのはほとんど同時であった。味方が死ぬ場面を見るのは今見ても心にくるものがあるが、それと引き換えにふざけた議員を制圧出来たのだからそれは勝利といえるだろう。

(これで……いい。結果的には勝った……)

 その時、ジェノサイドもまた油断していたと言えよう。
ミナミとレイジを狙った"はどうだん"が物理法則を無視するような軌道を、大胆なカーブを描いてジェノサイドへと突き進み出した。

「なっ……えぇっ!?」

「ちょっ、なんで!?」

 呆気に取られた二人はここに居る誰もから無視をされる。しかし当のジェノサイドはそれに気付かない。
彼よりも先にゾロアークが動いた。
既に"ナイトバースト"は放たれた。放った瞬間だ。
ゾロアークは自身の主を何としてでも守らんと光線を放ち続けている腕を振り上げる。
ゾロアークは腕を下から上へと振り上げた。"ナイトバースト"はルカリオから見て上から下へと叩きつけられる弧を描く。
ルカリオは難なく避けた。その場に取り残された"はどうだん"は光線と相殺され、爆発が生じる。
ジェノサイドだけが反応に遅れた。二つの技から生じた衝撃波に巻き込まれ、向かいの民家の外壁に叩きつけられる。

「痛っ……。しくった……、"はどうだん"は必ず命中する技……。はじめから俺を……? いや、それはどうでもいい……」

 しかし、ここまでは想定通り。
二人を逸らす事に成功させ、あとは自分が五百城に勝てば全て終わりだ。
この状況では正攻法で勝つ気など更々無い。

「ぞ、ゾロアーク……」

 背骨を強打し、思うように声を発せなかったジェノサイドは呟くようにポケモンの名前を呼ぶ。普通のポケモンならば通じる事は無かったかもしれないが、彼のゾロアークは特別だ。それだけでこのポケモンは想いを汲んでしまう。

「う、うわあああぁぁっ!?」

 五百城が突然叫び出した。
アスファルトの上に倒れ込むように四つん這いになり、怯えの表情を浮かべ、叫び続ける。
それを見てルカリオも戸惑った。何も無いところで突然主が奇妙な言動をし始めたのだから。
たとえメガシンカしたといっても、彼のルカリオは普通のポケモンだ。命令が無いと置物と化してしまう。
ルカリオは何も出来ず、ジェノサイドの逃走を許してしまった。

 ジェノサイドは二分も経たない内に二人と合流を果たす。レイジが特徴的な服装をしているお陰で、暗くとも遠目ですぐに分かる。

「おい、早く逃げるぞ! これ使え!」

「ジェノサイド様!? まさか……勝ったのでは……?」

 ジェノサイドはレイジにリザードンの入ったボールを手渡す。二人共それに乗れ、という意味だった。そんなジェノサイドはオンバーンのボールを放り投げて咄嗟に飛び乗る。



「勝ったとは言えなかった。あのままだとどう頑張ってもゾロアークで倒す事は不可能だったからな」

「では、どのように対処を?」

 三人は暗い闇の中の空を漂う。
既に県境を過ぎ、神奈川県から東京都に入っている。五百城が連れて来た従者たちも見えないことから、上手く逃げ切ったようだ。あとは基地に帰るだけである。

「五百城に幻影を見せた。深い闇の中で、底無しの穴に落とした幻だ」

「それはー……効果あるのでしょうか?」

「そうだな……。説明が難しいんだが、夜寝ている時の夢を想像してほしい。高い所から落ちる夢だ。夢の中のお前には落ちる感覚があるだろ?」

「そう言えば彼の叫び声が聞こえたのですが……そういう事だったんですね」

「前触れなく突然起こしたアクションだったから不安もあったが、たとえ非現実的なものであってもリアリティがあれば引っ掛かるもんだな。この方法で過去に何度死線を潜り抜けて来たことか……」

「ジェノサイド様の事です。これまで常に勝ち続けてきたものかと思ってましたよ」

「んな事ねーよ。俺だって無茶な戦いは何度もしてきたさ。特にまだ高校生だった二、三年前なんかはな。深部ディープ集団サイドにおいては"負け"は全てを失う事を意味するが、"逃げ"は同義とはならない。逃げても生きていれば問題ないのさ」

「覚えておきましょう」

 空で交わした会話も、基地である廃工場が見えてくると自然とその口も止まった。



 基地に入ったジェノサイドを待っていたのは激しく狼狽えたハヤテだった。
傷だらけの彼を見て強く衝撃を受けたらしい。

「な、何があったのですか!?」

「ちょっとその辺転んだだけだよ。なんて事はない。爆発に少し巻き込まれただけで」

「どう見てもちょっとどころでは無いんですが!?」

 そう言ってハヤテはジェノサイドの服を脱がす。どうやらすぐに手当をしたいようだが、それくらいならば自分でも難無く出来る。しかも広間で繰り広げられている場面であるから周囲からの注目も浴びる。大したこと無い問題を大きく取り上げられるきらいがあって居心地が悪くなるのを彼は感じる。

「ほら! 無数に傷が……」

「それは昔の傷だアホが!」

 ジェノサイドは上裸になる。その身体には無数の、形がどれも違う傷痕が刻まれていた。傷の一つひとつが戦いの記憶だ。

「五百城が……現れたんです」

 目立った傷は特に無かったものの、手足にガーゼを貼り終えたレイジが視線の投げる方向に迷いつつ呟く。

「今回は命からがら逃げる事は出来ました……。しかし、今後はどうすべきでしょうか? 彼の強制執行から逃げ切った前例を私たちは知りません。私たちのせいで皆さんが……ジェノサイド様が狙われてしまいます」

「それについてはお前は心配しなくていい」

 古傷を纏めて包帯に巻かれているジェノサイドが首だけを動かしてそれに答えた。巻く作業をしているハヤテが「動くな」とばかりにその身体を押さえつける。

「確かに俺は今日、これまで誰もすることの無かった"結社の人間の命令の否定"を果たしてしまった。五百城個人から目を付けられる可能性はあるかもしれないが、奴はアホでも結社の人間……中央議会の議員だ。組織ジェノサイドをぶっ壊せばどうなるかそれくらい誰でも分かるだろう。此処を強制的に排除するとは考えられないし、個人的に俺だけを殺しにかかって来るのも……まぁそれは分からないけどさ」

 五百城は最後まで話の通じない人間であった。どれほどの正論を並べ立てたとしても、その間に命を取ってくるのが彼だ。そうなると従うしか他に無い。だからと言ってそれが正しいと言えるだろうか。今回、ジェノサイドは彼を拒絶した。これをきっかけに"否定しても良いのだ"という風潮が深部ディープ集団サイドの世界全般に広まる事があれば、多少は変わるかもしれない。

「そういう訳で、これからは奴を気にすること自体が無駄なわけであるから俺は奴を無視する。俺は俺で引き続きメガストーンの探索を続けるよ。それからお前ら。お前らはまずやる事として、結社に自分らの組織を解散した旨を報告すること。本来だったら別組織に移った事も伝えるべきだが……そこまではしなくていいだろう。誰もそこまではしないからな」

「報告ですか……。それは書面でないと駄目でしょうか? ネットになりますが一応既に議員向けに報告は完了しております」

 そう言ってレイジは結社のサイトを経由して作成した"解散届"なるものを見せてきた。そんなものが用意されているのをジェノサイドは今初めて知った。彼とは無縁の話であるから当然と言えば当然である。

「じゃあ大丈夫だろう。しばらく様子を見るからお前たちはここでゆっくりしててくれ。今まで追われてて疲れただろ? またなんかあったら俺から連絡するからよ」

 そう言うとジェノサイドはソファから立ち上がった。ハヤテがまだ終わってないとその身体を押さえつけようとする。

「あのなぁ、もう十分なんだって! てか今回とは関係ない箇所も包帯で巻かなくていいから! 全身包帯でぐるぐる巻きにする気か」

「何を言っているんですか! 僕はただ傷を保護しようとしているだけです。菌が入り込んで悪化したらどうするのですか!?」

「オーバーなんだよどいつもこいつも! 俺が今まで怪我で苦しんだことあったかっつーの!! とにかく飯だ飯。俺は今猛烈に腹が減っているから食堂行くぞ」

 そう言うとジェノサイドはハヤテの作業を強制的に途中で終わらせると脱がされたシャツを着て広間を出た。行先は廊下を少し歩いた先にある食堂だ。
夕食の時間はとっくに過ぎているが、調理係の構成員が居てくれたら何か出してくれるかもしれない。
食堂の空間に入って調理場を覗くと見知った顔がいた。

「よう、秋原あきはら。もう時間過ぎてて悪いけど何か出せるかな?」

「おーそーいー。まぁ、まだ今日出したカレーが残ってるけど……。それでもいい?」

「あぁ。すまない」

 ジェノサイドは席を確保して見回す。
ピークを過ぎているからか、利用者はゼロとまでは行かないがまばらだ。それも、食事を済ませて時間を潰している者がほとんどだ。

 彼は、今日起きた事の一切を振り返る。
メガストーンの初探索、レイジとミナミとの出会い、そして五百城との衝突。
日記を書く習慣があったならば、今日だけで膨大なページを費やしていたかもしれない。色々な事があったものだと長く重いため息を吐いていると、秋原がわざわざトレーに乗せて運んで来てくれた。

「はい。お待ちどおさま」

「いつも悪いな。皆のために」

「今更何よ? 変なの」

「別にいいだろ……いただきます」

 普段はそこまでしないのだが、ジェノサイドは目の前に料理を作ってくれた人が居るために手を合わせた。それを見て微笑んだ秋原は調理場へと戻ろうとする。

「あっ、ちょっと待った」

 ジェノサイドのその声に、彼女はピタリと体を止め、強ばらせた。

「食べながらで悪い。ちょっと話がしたいんだけど……いいかな?」

「レン君が私に? な、なんか珍しいね」

「忙しいか?」

「ううん。今は平気」

 秋原はそう言うと付けていたエプロンを解き、彼の向かいの席に座った。座った瞬間に目が合う。彼女はにっこりと笑った。

「どうかしたの?」

「まぁな。今日一日色々あり過ぎたんだ」

 ジェノサイドは熱いカレーを口に運びつつ、何処から話そうか少しばかり悩む。しかし、いきなり物騒な話題を振るのも気が引けるのでまずは雑談から入ることにした。

「どうだ? やって行けそうか? 此処で、この環境で」

「ねぇレン君どうしたの? なんかおかしいよー? ……なにかあったの?」

「まぁ色々とな。それでどうだ?」

「その質問は本来だったらもっと前にするべきだと思うんですけどー。でも大丈夫だよ。私は問題なくやれてる」

岩船いわふねはどうだ? 最近姿が見えないが……あいつも元気か?」

「元気だよ。萌えちゃんは先生になりたがってるからいつも勉強頑張ってる」

「そうか……」

 ジェノサイドは一旦スプーンを置いて宙を眺めた。秋原と岩船とは高校以来の仲だ。ここに至るまでに多くの騒動があった。それを微かに思い出そうとしてやめた。
そして、彼は決心するかのように強く目を閉じては開く。

「今日、結社の人間と一悶着あった」

「えっ……?」

 眩しい笑顔に包まれていた秋原の顔は瞬時にして青ざめた。ジェノサイド以上に恐れているようかのように。

「話せば長くなるしあんま関係ないから今回は省くが……まぁ何があったかは近々耳に入ると思う。てか問題はそこじゃない。とりあえずこの事を伝えておこうと思ってな」

「どうして? 一番大事でしょ? 話してよ……」

「秋原、重要なのはここからだ。いいか、今回の件はお前や岩船とは何の関係も無い。これだけは断言する。だけど今回の件でお前の事が頭をよぎってな」

「私……?」

「秋原、お前はこれからどうしたい? お前が皆のために食事を作ってくれるのは非常に有難いし、この組織には無くてはならない存在だと思ってる。だけどお前にもお前の人生があるはずだ。岩船は夢に向かって進もうとしている。俺の大学の友人もやりたい事があって学んでいる。お前は……今のままで大丈夫か?」

「さっきから変な事を聞いてくるな、と思ったら……そういう事だったんだね」

 秋原の目が潤んだように見えたが、光の反射にも見える。一瞬ジェノサイドはやはり余計な事を言ってしまったかと肝を冷やす思いに駆られたが杞憂に終わった。

「私は……大丈夫だよ。ちゃんと学校にも行ってるし私は私で夢あるから。って言うかレン君戦ってる最中に私の事考えてた訳ぇ? 集中しなさいよ!」

「悪い悪い、ちょっと気になっただけさ。それじゃあ秋原、もしも俺や組織に……」

「私はレン君について行くよ。勿論自分の夢を追いながら、ね」

 ジェノサイドはそれを聞いて言いかけた言葉を飲み込んだ。言う必要は無い。それを理解したからだ。
ちなみに彼は"何かあった場合は他の仲間を頼れ"と言いたかった。今日の五百城との衝突で一瞬だがこの組織が無くなった時の光景が浮かんだためだ。

「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ」

「今何か言おうとしたよね? なに?」

「何でもねぇよ」

 そう言うと、これまで会話に夢中で食べるペースが遅かったために急いで食べた。

「ご馳走さま。今日は動き回ったからか特に美味しく感じたよ」

「本当に!? 隠し味入れた甲斐があったなぁ」

「おい待てお前何を入れたんだよ……」

「ひっみつー!」

 嬉しそうに笑いながら、秋原は空いた食器をトレーに乗せると調理場へと運んで行った。
ジェノサイドは彼女の後ろ姿を見てこの話をして良かったのだろうかと最後まで悩む。
しかし、同時に心に誓った。何が何でもこの組織は守り抜くと。ふざけた議員やその辺の組織から狙われようと、命を懸けて守り切ると。彼女のようにこの世界の安寧あんねいを願っている者が、此処には多いためだ。

 ジェノサイドが彼女にこの話をした理由はもう一つあった。
三年前。彼女と彼女の友人である岩船は、深部ディープ集団サイドを知らない一般人の身でありながら、結社の人間絡みで騒動に巻き込まれた過去があった。当時の景色が蘇ったためだ。

(奴は……五百城は当時の事件をチラつかせた……。元後輩が俺と面識があるだと?)

 ジェノサイドは秋原の後ろ姿を追いながら、心の中でそう呟く。
五百城のその発言については彼女には一切しなかった。余計な心配事を生まないためである。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.34 )
日時: 2023/10/03 20:17
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: gM3fL3C0)


 突然目が覚めた。
はっと目を開け、ゆっくりと上半身を起こす。
嫌な夢を見たとか、異変に気付いて飛び起きたとかでもない。
ジェノサイドは突然目を覚ましたのだ。

五百城いおきの野郎は……来てねぇよな」

 ほとんど無意識に発せられた言葉にジェノサイドは若干の間を空けると低く笑った。
確実に自分は自分以外の誰かを恐れているのだと。

 不思議と頭はスッキリしていた。寝惚けてはいないようだ。
時間を確認しようとして枕元を手探りでスマホを手にしようとしたが感触が無い。
もしやと灯りを照らしてみたが部屋には無いようだった。

「俺のスマホ……何処行った?」

 無いと困る代物だ。ジェノサイドは意識がそちらに集中し始めたせいか完全に目が覚めたようで、机やベッドの下を確認するも、目当ての物は見つからない。

「此処に無いとしたら……」

 ジェノサイドは腕を組みながらこれまでの自分の動きを振り返る。
食堂でカレーを食べた事は覚えている。その時に秋原あきはらと会話した事も覚えている。その間スマホは使っていなかった。
その前は他の仲間たちと一緒に広間に居た。ハヤテが必要以上に身体に包帯を巻いていたことも覚えている。その為に服を脱いだ。

「あるとしたら広間か」

 広間はこの部屋の真上にある。稀に仲間たちが騒ぐせいでその振動が伝わる事もあるが、今日のジェノサイドはかなり疲れていたせいかそれを感じるまでも無かったようだ。
部屋を出ると廊下に出ては上の階に続く階段を上る。地下であるためと季節柄やけに冷える。そして静かだ。ほぼ全員が寝静まっている。自分の足音が他の部屋に響いていないか少し心配になったからか、普段よりも遅いペースで歩く。
広間の扉を開けると、その勝手具合にジェノサイドは幻滅した。
まず、電気が付けっぱなしだった。そして、床にお菓子の袋や紙皿、紙コップが散乱している。そんな床に直で寝ている者も数名居た。

「どうせまた適当に騒いで疲れてそのまま寝やがったなこいつら……。まぁいつもの事だけどさぁ……。っつーかコレ誰が掃除するんだよ、俺はしねぇけど」

 不満がそのまま言葉になった口調でジェノサイドは呟く。そう言いつつも、寝ている人影を避け、探すのに邪魔だと思ったゴミを捨てつつ床を凝視するもスマホは見つからない。

(おかしいなぁ。この辺りに皆で集まってた記憶あるんだが)

 口に出さずにそんな事を思いつつジェノサイドは自分が座らされたソファの前までやって来る。途中なにか柔らかいものを踏んでしまった。恐らく誰かの足だ。しかし、適当な返事が無かったのでそのままスルーした。踏みどころが良かったのだろう。

「……あれ? リーダーなにしてるんすか?」

 壁の方向から声がした。
よく見ると壁に寄りかかって寝ていると思っていた構成員が首を上げてこちらを見ている。ページが開かれた本を手に持っており、そのページを指で押さえている。自分でも読んでいる途中で眠ってしまうのだと分かっていたのだろう。

「あぁ……お前は確か……リョウとか言ったな?」

 名前を呼ばれたからか、その構成員は小声だが元気良く返事をする。

「お前起きてたの? 本持ったまま動いてなかったから寝てたかと」

「最後まで起きてたっぽいすけど途中で寝ちまいました。静かじゃないと此処で本なんか読めないっすよ」

 ならば自分の部屋で読めばいいだろうと言いかけたが直接口には出さなかった。即実行に移すかもしれないと思ったためだ。

「ところでリーダー、どうかしたんすか?」

「ちょっとスマホを落としたみたいでな。部屋に無かったから此処にあるのかと思ったんだが、ここにもねぇみてぇだな。画面デカくて黒いから分かりやすいとは思うんだが」

「あ、それならリーダーがご飯に食べに行くってなって暫くしたらスマホを見つけたとかで騒いでる奴居ましたね」

「……は?」

「んでー、その後は確か……パスワード特定したいからってレイジさんたちが談話室に持って行っちゃいましたね」

「お前ら何やってんだよ……まず持ち主に知らせろや。てか勝手に持ってくなや! 人のスマホオモチャにすんじゃねーよ!」

 配慮は無かった。ジェノサイドは広間を走り去ると談話室へと急ぐ。
廊下を抜け、幾つかある扉を過ぎては部屋の名前の表札が掛かったドアノブを捻る。
開けた瞬間暖炉の暖かさが伝わる。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、天井にも届く高い本棚、そして暖炉。ジェノサイドの好みをふんだんに盛り込んだこの部屋には微かに人が使用していた形跡が残っているようだった。そして、テーブルの上にはやや場違いとも取れる機械が置かれている。遠目でも分かった。自分のスマホだ。

「よかった、此処にあったか……」

 部屋に入ろうとしたジェノサイドだったが、そこに不自然なものをもう一つ確認した。
暖炉からやや離れた位置に設置されたテーブル。そのテーブルの前の一人がけのソファ。そこに見慣れない人物が居る。傍に寄ろうとしてジェノサイドは、その人が下着姿であったことを初めて確認した。それも、女物の、である。

「あっ、」

 見てはいけないものを見てしまった。
ほんの一瞬、フリーズしたジェノサイドはそれを察知するとスマホの事を忘れ一目散にその場から消える。

「……ごめん」

 初めに出てきた言葉がそれだった。
彼はそう言っては扉を閉めると部屋の中とは違って冷える廊下にて頭を抱えてしゃがんだ。

「待て待て待て……俺は何をやってるんだ……。てか、何がどうなってるんだ」

 そもそも部屋に居た女性は誰だったのか。
ジェノサイドにとっては見覚えが無い。人の顔を覚えるのが多少苦手な彼であっても、よほどの新人でない限り顔を忘れることは無い。特に、最近入ってきた新人で女性はゼロだった。
なので、知らない人という時点で全ておかしいのだ。

「まさか……不法侵入か? それとも怪奇現象……? いや、下着姿の怪奇現象って何だよ。やっぱり変な人って事……だよなぁ」

 得体の知れない人間ならばたとえ女性であっても容赦はしない。
今すぐに追い出さねばならない。
ジェノサイドは再びドアノブに力を込めて握る。今まさに開けんとしたその時。

「別に気にしてないよー。あと服着るだけだから部屋入ってもいいよ」

 明るい声だった。例の下着姿の女だろう。

「てか今入ってもいいよ? ウチそういうの気にしない人だから」

 そうでなかったとしてもこちらが気にする。ジェノサイドは扉越しにその旨を伝える。

「ま、ここって女子少なそうだもんねー。そりゃ気にするか」

 そういう問題では無い。人として基本的とでも常識的なものとしてである。
若干ムッとした感情を抱いたが、そこまでは言わなかった。夜中に騒ぎたくは無い。
暫くすると、もう大丈夫という声が聞こえたので扉を開けて再び部屋に入った。今度はパジャマを着ている。

 テーブルに近付いてスマホを手に取ろうとした時、気付くものがあった。甘い香りがする。
その匂いは例の女から放たれている。

「まさかお前、風呂入ってた?」

「うん。そっちに洗面台とお風呂があるよね。だから使わせてもらった。出てみたはいいけど、思った以上に暑くてねー。だから服脱いでた」

 女はそう言って部屋の奥を指した。確かにこの部屋には洗面台とシャワー室も付けている。そのために下着姿であった理由が判明した訳だが、ジェノサイドとしては説教のひとつでもしたい気分だった。この部屋は誰かの個室では無い。常に誰かが使用するものなので私物化するなとか、そういう事を言いたかったが、まずジェノサイドは真っ先に思い浮かんだ言葉を彼女に投げることにした。

「お前、女子校出身だろ」



 椅子に座ってスマホを確認する。見た感じ変にいじられた形跡は無かった。

「まぁ、ね。ウチとレイジで色々見ようとしたけど結局パスワード分かんなくてそのままにしちゃった」

 例の女はそれまで被っていたタオルで髪を拭いている。その動作一つひとつに甘い香りが乗せられ、ジェノサイドへと届く。

「あぁ、そうかそうか。結局分からないからってその辺に放り投げた訳か。せめて本人である俺に返せや!」

 スマホを柔らかいクッションに投げたくなる感情を抑えつつジェノサイドは叫ぶ。
その代わりにテーブルに滑らせると、その後になって彼女の言葉の違和感に気付いた。

「ん? レイジ? ……ってことはお前まさか……ミナミ?」

「えっ、今更!?」

 ジェノサイドは今になって、目の前の恥ずかしさを何とも思わない女が赤い龍のリーダーのミナミであると初めて理解した。思えば顔をしっかり見たのも初かもしれない。髪は短い。キャスケットを深く被っても女だと分からなかったので当然と言えば当然だ。目は大きく、二重だ。女性のものらしく肌は柔らかそうで弾力があるようにも見える。

「いや、だってお前今日ずっと帽子深く被ってたしロクに喋らないしずっとレイジの後ろに張り付いてたしで……」

「いや、張り付いてはねぇから」

 ミナミはそう言いつつも、自身の過去を交えて少し語った。
赤い龍を結成したのが去年の話で、当時からミナミがリーダーだったが、彼女よりも目立つポジションにレイジを置くことでカモフラージュを築いたり、諸々の問題を防ぐために素性を徹底的に隠していたとの事らしい。

「確かにAランクの組織のリーダーが女だったらちょっと意外に思うかもしれないけど……特別珍しい訳でもねぇぞ?」

「まぁ、そうかもしれないけどね? ウチよりもレイジの方がお喋りは得意だし、目立つ格好もしてるからね。色々任せてた。それでー、戦いになった時も私に油断していた奴を返り討ち……なんて戦い方もよくやってさー。それがすごい快感だったなぁー」

「その割には人数少ないよな」

 ミナミのタオルにかけていた手の動きがふと止まった。だか、すぐにその動きは再開する。

「あぁ、あれね。レイジから聞かなかったっけ? 元々ウチらは知り合いの寄せ集めだったから人が少ないのはあったよ。数で押されそうな時はひたすら逃げてた。お互い戦闘行為が一ヶ月無いと戦いが無かった事になるからね。公式が定めたルールで」

「あー、レイジが言ってたような言ってなかったような」

 ここでジェノサイドは、自分とは違って結社が定めたルールを基本的に知り得ている人間なのだとミナミを判断した。
逆に自分は必ず覚えていなければならないもの以外は記憶から除外している。他の誰かが覚えているからだ。こんな自分のスタンスがおかしいのかもしれないと自嘲気味に小さく笑う。

「今までそうやって頑張ってきたんだけどね。今度は変なのに潰されちゃった」

「五百城か」

 ミナミから返事が無かった。ソファから立ち上がると洗面台からドライヤーをわざわざこちらへと持って来た。近くのコンセントに繋いで。

「ねぇ、これからどうするの?」

 少し古い型だからか、やけに音がうるさいドライヤーだった。その音にミナミの小さな声が混ざる。
何か言っているのは分かったので、ジェノサイドは聴力に神経を注ぐ。

「あんたはさっき、もう関係ないから関わらないって言ったよね? それってつまり、ウチらももうジェノサイドの人間だから関係無いし関わるなってこと?」

「それ以外に何の意味があるんだよ」

「いや、だって悔しいし」

「気持ちは分かるが無理なモンは無理だ」

「無理?」

「そうだ。権力ってもんがどれだけ強いものかお前には想像出来るか? した事あるか? 確かに今日見てみて、五百城の野郎は頭が狂ったバカだと思ったよ。だがそれでも奴は結社の人間だ。権力を握った議員の一人だ。そんな人間を一般人でもあり深部ディープ集団サイドの人間でしかない俺が殺してみろ。どうなると思う? この世界の情勢に疎い俺でも、どうなってしまうか何となく想像はつく」

 殺しても抹殺され、殺さなくとも抹殺される。
ジェノサイドはそう言いたかった。権力とはそれほどまでに、一般人との間に大きな壁を作ってしまう。

「それでも……ウチは悔しいよ……」

「俺だってなんとかしたいさ。だが現状ムリなもんはムリだ。そんなお前が出来る事はただ一つ。この、身柄が保障されたこの環境の中で不自由なく静かに暮らせ。それだけだ」

 そう言っては立ち上がり、静かに部屋から出て行った。動作は早い。
その間彼女の顔は見ていない。見てはいけない気がした。自身の意思が揺らぎそうな、そんな雰囲気を察したからだ。
もっと言うと、ミナミの表情を見るのが怖かった。

「ったく……女ってのは面倒くせぇな」

 ジェノサイドは誰もいない廊下で静かに呟く。スマホの画面を覗いた。時刻は夜中の三時であった。