二次創作小説(紙ほか)

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.44 )
日時: 2024/01/23 20:34
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: RJ0P0aGF)


 いつまでも悲しみに打ちのめされている時間も、過去の自身の行動に後悔している暇は無い。
翌日になりジェノサイドはすぐさま行動に移した。
とは言っても、彼に出来る事など限られている。

 神奈川県伊勢原市。そこに聳える大山。
標高一二五二メートルの高いいただきに、彼はまたやって来ていた。此処に来るのは今回で三度目だ。
彼が来た理由はひとつしかない。

「ご無沙汰しております。また近い内に会えるものと思っておりました」

「そうか? 俺としては二度と来ないつもりだったんだがな」

 深部ディープ集団サイドの人間のための神主、皆神みなかみに会いに来たのだ。そんな彼は、いつか会った時と同じように純白な礼服に身を包み、片手にしゃくを持ち、優しそうな顔をして社務所の前で待っている。
前回と同様社務所の中へとジェノサイドは案内された。

「いかがお過ごしでしたでしょうか?」

「最悪だね」

 ジェノサイドは案内された客間のような部屋に置かれた長椅子に腰掛けた。暫くすると皆神がお茶を持ってこちらへとやって来る。

「メガストーン探しとポケモンの新作。……あと大学生活に集中したかったのに、タチの悪いストーカーに追われるなどで散々だ。昨日は仲間が殺された」

「まぁ……」

 ジェノサイドは湯呑みに口をつけながら皆神の表情を見た。わざとらしい声だが、哀れみを催す表情は本物のように見えた。演技だとしたら巧みだ。

「それはひょっとしてですが……結社に所属する一人の人間によって、でしょうか」

「その言い方からすると分かってるようだな」

 予想よりかなり熱かった湯呑みを木製のテーブルに置く。ジェノサイドは昨日の出来事を、レイジが死ぬ間際の瞬間を、その光景を、フラッシュバックさせつつ一呼吸ついた。

「俺は……。俺"ら"は五百城いおきわたるを倒すことで一致した」

「左様でございますか」

 恐らく皆神としては、何故わざわざこのような事を言うためだけにやって来たのかと困惑したに違いない。少なくともジェノサイドからはそう見えた。
深部ディープ集団サイド最強と言えば聞こえは良いが、その実彼の意見を聞ける人間や、そもそもの賛同者などは自身の組織の中にしか存在しない。
これが例えば他の組織の人間だとすると、"妥当ジェノサイド"を叫ぶ者同士が組織の枠を越えて協力する、というのはよく見られる光景だ。少し前にもジェノサイドは"包囲網"を敷かれて連戦を強いられたことがあった。
要するに、外部にも自分の声や意見を共有出来る環境を可能であれば作るものなのだ。
だが、ジェノサイドにはそのようなものはない。
そんな意味では彼は孤独な存在だった。

「それはつまり、本件について私に相談するために参った、と」

「そういう事だな」

「友達はおられないのですか?」

「悪かったな……ぼっちで」

 静かな口調から放たれたひとつの矢が、ジェノサイドの胸に深く突き刺さった。真面目な空気であるにも関わらず、素が出てしまい若干和む。

「すみません、冗談です。ですが……事実貴方様はその立場ゆえに意見を述べる場などというものも中々無いものでしょう。しかし、かと言って貴方様の組織『ジェノサイド』のみで五百城と戦ったところで返り討ちに遭うのは目に見えています。倒すこと自体は可能でしょうが……」

「大正解。俺の思っていること全部当ててきて気持ち悪いぐらいだよ」

 ジェノサイドは再び湯呑みを手に取り、熱い緑茶を飲む。熱すぎるものは苦手なので少ししか飲まない。

「ま、だからってお前に相談しても上手くいく事柄じゃねぇよなそもそも。悪いな、無茶な話題振っちまって」

「いえ、お待ちください。確かに無茶かもしれませんが……」

 皆神は表情にこそ表さないものの、待ってましたとばかりに強い反応を示しつつ笏を幾つか取り出すとそれをテーブルに並べた。よく見ると何やら書かれている。

「お前……まさか笏をメモ帳代わりにしてんのか?」

「平安の世ではこのように使われていたようですよ?」

「だからって時代錯誤にも程があんだろ……」

 絵に書いたような笏が綺麗に並べられるシュールな光景を見てジェノサイドは言葉を詰まらせる。古風な人だとは思っていたがここまで徹底されると逆に反応に困ってしまう。

「さて……不肖ながら意見を述べさせていただきます。解決策ならばございます。まぁ、その策も無茶と言えば無茶になりますが」

 それを聞きながらジェノサイドは並べられた笏のひとつに触れる。
肌触りはあまり良くない。質の低い木から作られているようだ。
そんな木の上から筆で文字が描かれている。

「これは……なんだ? 住所のように見えるんだが」

「要は、貴方様と同じ悲劇を迎えてしまった方々と結託すれば良いのですよ。そちらの方々の連絡先はキーストーンを渡した際に控えております」

「お前……いつか個人情報売りそうだな」

 反射的にジェノサイドは笏から手を離した。
テーブルに置いた時、その情報欄に個人の名前や組織の名前が書かれていない事に気付く。

「おい、待て。この笏……住所しか書かれていないんじゃないか? これだと誰が誰だか分からないんだが、どういうつもりだ?」

「あぁ、そちらでしたら」

 皆神はジェノサイドがお茶を飲み終わったのを確認すると椅子から立ち上がり、自分と彼のものを持って別の部屋へと一旦引っ込んだ。ただの片付けなのですぐに戻って来る。

「そちらは私なりの配慮でございます」

 どのような配慮があるのだと言うのか。個人情報の保護だとしても、一番保護すべき情報がある時点でそれを守る気は無いのは目に見えている。そこを突こうとジェノサイドは反論しようとした。

「貴方様にひとつご注意を、と思いまして」

「あ? どんな」

 ジェノサイドが口を開く前に皆神が言う。反論の機会が奪われることで言うに言えなくなり、もどかしい気分になった。

「ジェノサイド様。貴方様の使命はひとつ。こころざしを共にする者を集め、五百城渡を排除することにあります。そのために為さるべき事が先程も言いました、仲間を集める事です。ですが、これまで無数の戦いを繰り広げてきた貴方様です。その間に、かつては敵であった者と再び出会う事もあるでしょう」

 それだけ聞いてジェノサイドは理解した。
個人の名前や組織の名が無い理由は、以前戦った人間だと知っていれば避けられてしまう。それを防ぐためだと。

「貴方様は悲劇を迎えた者の全てに、分け隔てなくその手を差し伸べる必要があります。余計な先入観や遠慮は必要ありません。そこでご注意がひとつ。それは、冷静になる事です」

「……」

 ジェノサイドは黙って皆神の言葉を聞く。まるで軽い説教をされているような、普段の自分の身の振り方に問題があるから言われているような気持ちになってくるが、それは彼の考えすぎであった。

「彼等も貴方様と同じく、仲間を……誰かをきっと亡くされています。人によっては感情的になったり罵倒されたりもするでしょうが、決して冷静さを失わない事です。それさえ守っていただければ、きっと成されるでしょう」



「冷静を保ち続けて説得する……。その相手が過去に戦った相手かもしれない? 難易度高すぎだろバカヤロー。挑むってレベルじゃねぇぞオイ」

 一人で愚痴を吐きながらジェノサイドは大山を後にした。
皆神の笏に書かれた情報は別の形で控えた。流石にそれを持って出歩く訳にもいかないのと、持ち出していいかどうかを尋ねた際に珍しく皆神が困った顔をしたためだ。

「かつての敵ねぇ……。こうなる事を初めから狙っていたんじゃねぇのか、あの野郎」

 既にジェノサイドは神奈川から離れ、他県へと移動していた。笏に書かれた住所はとある街の住宅地を示している。その目的地も、その中にポツリと立つ公会堂であった。
小さい建物だった。街の、と言うよりはその地域に住む自治会のための公会堂のようにも見える。鍵は無い。木製の引き戸の扉を躊躇なく開いたジェノサイドは、そこに五人ほどの人の姿を確認した。

「……よう。まさかこんな形でもう一度会うことになるとはな」

 その中でジェノサイドが知っている人間は一人しか居なかった。嘗て戦った経験がある。あまりにも前の話だと忘れていたかもしれないが、比較的最近であったこと、その戦い方が特徴的であったために忘れずにいたようだ。

「少し前に俺と戦ったよな? 少なくともお前は俺を忘れてはいないはずだ。あの時戦った人間が俺じゃなかったら、お前は死んでいたかもしれないからな」

 男はジェノサイドを鋭く睨んだ。
元々人相が悪そうなのも相まって、凶悪な表情を見せつけている。周囲の取り巻きはジェノサイドの突然の来訪に戸惑っているようだ。

「"フェアリーテイル"のルーク。お前に用があって来た。少し俺と話をしないか?」

 数ヶ月前の話だ。ジェノサイドがなばり洋平ようへいという名で通っている大学構内にて、ジェノサイド打倒を叫んだ、フェアリータイプのポケモンを好んで使う深部ディープ集団サイドの世界に生きる男と戦った。そんな男は今、少しやつれた様子でそこに居る。

「……ジェノサイドか」

 ルークは彼を暫く睨み、憎悪に似た感情をこれでもかとぶつけると同性の顔をまじまじと見つめることに一種の気持ち悪さを感じたからか目を逸らしそっぽを向く。

「テメェに負け、全てを失った敗北者に何の用だ?」

 どこか投げやりだった。状況が違うとはいえ、あの頃魅せていたSランクという格上の人間相手にも堂々と、そして何処か見下していたような態度はまるで感じない。その顔からはやつれと疲れが見える。従えている仲間も五人だけと考えると、彼も五百城の餌食に遭ったようだった。

「最近どうだったかを知りたかった。その返答次第では……答えも変わってくるかもしれないしな」

「そうか、だったら特にねぇよ。ねぇから死ね」

 この間もルークはこちらを見ようともしなかった。机に肘をついて寄りかかっている。
無関心を装っているのか、本当に無関心なのかジェノサイドには分からない。
だが、五百城と戦うためには絶対に必要な人材だ。

「なぁ、お前……五百城渡という男を知っているか?」

 その瞬間。公会堂の空気が変わった。
自分以外の人間全員が確かに驚愕していた。
ルークも例外ではなかったが、すぐに平静を取り戻して元の表情に戻る。
それを見て、ルークの態度は装っているだけだとジェノサイドはこの時判断出来た。

「最近、深部ディープ集団サイドの界隈でコイツが結構暴れているらしい。……いや、"らしい"って言い方はダメだな。俺も当事者となってしまった」

 誰かが当事者、と考えるように小さく呟いた。少しづつだが彼らの関心を引いているのは確かのようだ。

「五百城渡。コイツは結社の人間というステータスを利用して無茶な要求を俺らにしてくる。組織を無理矢理解散させたり、拒否すれば全員殺されたり……とかな。俺の元にもその影響がやって来た」

「まさかお前……ジェノサイド解散を命じられたのか!?」

「いや、流石にそこまでは無い。この世界において俺はバランサーらしくてな。無くてはならない存在だと言うのはバカな五百城も知っているようだった」

 一瞬だけ素が出たルークはジェノサイドの顔を見たが、すぐにまた目を逸らした。ここまで来るとわざとらしい態度だと言うのが明白である。

「話が見えねぇな。お前は五百城に何をされて、巡り巡ってここまてやって来たのか……。冷やかしならいらねぇよ。死ぬほどイラつくから帰るか死ぬかしろ」

「まぁ聞けって。二週間ぐらい前に、五百城に狙われているから助けて欲しいと保護を求めて来た深部ディープ集団サイドの別組織の人間が俺の元にやって来た。結局俺はそいつらを助ける事にしたんだが、それがきっかけとして俺は五百城と直接衝突する事になっちまってな」

「結社の人間とやり合ってんのかよ……」

 ルークではない、別の誰かが呻くように発した。自分たちでは考えられない。そう言いたそうであった。

「それはオマケだ。結果だけ言うと、そいつは昨日死んだ。俺のミスとはいえ、五百城によって俺の仲間が殺された……」

「そぉかよ」

「それとは別でここだけの話、別の議員から五百城暗殺の依頼もされた」

「はぁ? 何だそりゃ」

 ジェノサイドがやって来てから世界が一回り二回り違うような話が駆け巡る。そのせいでルークは半ば呆れ始めた。同時に理解した。自分は無謀にもこのような人間に挑んでいたのか、と。

「お前に知っていて欲しいのは、意外にもこの世には五百城が死ぬ事を望んでいる人間、風潮が広がっている反面、個々の力ではどうしようも出来ない現状であるということだ」

「お前、あれか。この俺に……」

「ルーク。俺の調べでは、お前も五百城の被害者の一人だろ。少なくとも今のお前はAランクって言う規模を誇っているようには見えない」

 話そうとしたところを遮られ、しかも好き勝手に言われた気がしてルークはジェノサイドに聞こえるように大きく舌打ちをする。
そんなルークの様子を見て仲間の一人が叫んだ。

「ジェノサイド……てめぇもう黙ってろ。それ以上喋んな」

「分かってるさ。俺は深くは突っ込まない。俺はただ今後の提案と報告に来ただけで……」

「何人だ」

 今度はルークがジェノサイドの言葉を遮る。狭い空間にルークの叫びが響いた。

「何が……だ」

「お前は何人仲間を殺されたよ、ジェノサイド」

「一人。よりにもよって、直接俺にコンタクト取ってきた奴がな。有能だっただけに残念だった」

「それだけかよ。流石は最強だな。……俺のとこは何人死んだと思う? 二十人だ。笑っちまうだろ。俺は仲間を二十人も殺されたんだ。殺させたんだぜ」

 予想以上の数だった。
ルークは決して実力が低い人間では無い。それは直接戦ったジェノサイドが知っている。それだけに、犠牲者の大きさを知ってジェノサイドは絶句した。

「その中には俺にとって大切な奴も居たさ。だがあの野郎、俺が少し外に出ていると知って襲撃に来たんだ。でも、少しは抵抗したんだろうな。ソイツは頭ぶち抜かれて死んだ。そこまでするかって笑っちまいそうになったよ。ホント、この世界ってクソだよな」

「なぁ、ルーク……」

「テメェの言いたい事は分かるぜ。五百城に仲間殺された奴集めて敵討ちしようってんだろ。テメェに似合わず組織の枠取っぱらってよぉ。だが俺はそれには応じねぇ。拒否する」

「……理由は?」

「まずテメェが気に食わねぇ。テメェが一人で五百城殺すってんなら少しは見直すかもしれねぇが、テメェの下について五百城殺せって言われるくらいなら死んだ方がマシだね。テメェに負けたせいで俺の運命が狂わされた訳だしな」

 それはお前が勝手に挑んできたせいだ、と反論したくなった気持ちを必死に抑えながらジェノサイドは黙ってそれを聞いていた。ズボンのポケットの中で強く握られた拳が震えている。

「それともう一つ。俺たちを直接管理している結社に挑むとかアホかよ? テメェどれだけ頭おかしい事言ってるのか……その自覚はあるんだろうな? 荒唐無稽なんてレベルじゃねぇんだぞ」

「それは……分かっている。だが幸運な事に結社内にも五百城アンチはそれなりに居る。俺はソイツを味方にしている」

「ソイツが裏切らないという確証はあんのか? 俺がテメェと同じ立場だったら、結社の人間ってだけで信じるに値しない人間だと見るけどな」

 多くの仲間を失った男の言葉としては間違っていなかった。事実、ジェノサイドも神々廻ししばまことと初めて会った際は終始警戒していた。今となっては少し信用し過ぎていたかもしれない。
だが、そんなルークに対し「神々廻は悪い奴ではない」なんて口が裂けても言えない。
ジェノサイドはまたも黙ってしまう。

「……だとしても、俺は本気だ。本気で五百城を殺すと決めた」

「お前にしては珍しい決意表明だな」

「これ以上世界が混乱してほしくねぇしな。それに、俺は……」

 この時。ジェノサイドはレイジを失ったミナミの顔と、嘗て自分が経験した耐え難い記憶とが思い起こされ、重なった。途端に胸が苦しくなる。

「俺は……これ以上悲劇を生み出したくない。止めたいんだ」

「あっ、そう。それだけか」

「だが俺一人が立ち上がったところで、何も果たせない。敵は権力そのものだ」

「最強の名が泣くな。哀れだ」

「だから俺は俺が出来る事をやるまでだ。俺には金がある。協力してくれたら報酬を出す。なぁ、ルーク。共に協力して、共に戦ってくれないか? 俺たちで権力の暴走は許されないとハッキリと主張するんだ」

 己の非力さとは裏腹に、その声には力が篭っていた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.45 )
日時: 2024/02/10 23:19
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: wUAwUAbM)


 ジェノサイドはそう言いながら一枚の紙を取り出した。その紙には文字がズラズラと並べられているが、どうやら五百城いおきわたるを倒すための決意表明などが書かれている。だが、注目すべきは一番下の欄だった。そこには「協力者には金一封を与える」と書かれている。

「マジなのか、お前は」

「じゃなかったら……俺はここには来ない」

 一連のやり取りを見て周囲に居たルークの仲間も寄って来てはその紙を眺める。

「この……金一封てのは何だ? 協力者? お前、まさか一人ひとりに金配るつもりか?」

 誰もが気になる疑問にルークの仲間の内の一人が尋ねる。それにジェノサイドは躊躇う事無くスラスラと、まるでカンニングペーパーを頭の中に叩き込んだかのような、予定されていた文句を一言一句間違える隙間すら無いように綺麗に答える。

「あぁ。一人ひとりに与えよう。気になるのはそこか?」

「いくらだ」

「金額の事だろう? そうだな……。逆に幾ら欲しい? 俺としてはこの戦いの参加者一人ひとりに三十万出すつもりではいるのだが」

「なんっ……、テメェいい加減な事言って俺達を騙すのも大概にしろよ!」

 ルークは怒鳴りながら椅子から立ち上がった。元々ジェノサイドとは敵同士の間柄だ。最初から良いイメージは無い。そんな人間が、まるで適当な調子で、更に金で釣るような言動を放った事に強い怒りを覚えたのだった。

「一人に三十万だぁ? "ひとつの組織に"、ならまだ分かる。流石にこの世界最強のテメェでも……クソふざけた事ぬかすのは辞めろよな。自分の財力ひけらかしてんのか? それとも金で人間釣って使い捨てようってか? いい加減死ねよテメェも……。もうテメェの顔も見たくねぇし声も聞きたくねぇ。とっとと消えろ」

「此処に居るのがお前も含めて五人……。となると百五十万か。問題ないな。いいよ、出すぞ。それくらい」

「テメェ今人の話聞いてたのかよ……」

 怒鳴りながら冷静さを取り戻したのか、苛つきながら再び椅子に座るルークとは裏腹に冷静に、そしてどこか余裕さえも浮かべているジェノサイドはまたも躊躇いを見せずにスラスラと大きな額を提示してみせる。
それでも彼は信用していないようで、見かねたジェノサイドは上着の胸ポケットから小さい紙切れを出すとテーブルに置いた。

「約束手形……なんてカッコつけた真似は出来ねぇが、その代わりとして受け取ってくれ。俺の書名、判子、そして金額。全て事実だけを述べている」

 丁寧に「一人につき三十万円也」と書かれている。それをルークはおそるおそる警戒しながら手に取った。

「実はイリュージョンで書いた偽物でした、なんてオチだろどうせ」

「んな訳ないだろ。何度も言わせんな、俺は本気だ。本気で五百城を殺しに向かう。そのためにお前たちの力が、協力が必要なだけなんだ。あ、あと答えなんだが別に今言わなくていい。その紙の裏に、ある場所の住所を載せておいた。……水曜だ。来週の水曜日。四日後を決行日とする。その時にその指定の場所に来てくれ。待ってるから」

 渡したい物は渡した。言いたいことも言った。もう用はない。ジェノサイドは無防備にも、嘗て戦った人間を前にして背を向ける。

「待てよ、テメェ誰に対してモノ言ってんのか……分かってんだろうな?」

 ルークは最後まで悪態をつく。分かっているに決まっているジェノサイドはあえて無言を貫く。

「テメェを殺しに掛かろうとした……敵だぞ? そんなのを前に金寄越すなんて言ってみろ。この場で殺されないとか思わねぇのかよ?」

 ジェノサイドはその声を聞いてその主に対し情けなさを覚えた。これほどの心の弱い人間が無謀にも自分に挑んできたのか、といつかの勇姿と照らし合わせて強いギャップを感じつつも、すぐにそれを自身の頭の中で否定した。
違う。彼は弱い人間ではない。彼を弱くさせたのは目の前で仲間を惨殺した五百城なのだと。
直後にその感情は哀れみへと変わる。

「思わねぇな。俺もお前も……五百城に仲間を殺された被害者だろ。それに、これから戦う"仲間"を疑う訳にもいかねぇだろ。リーダー失格だそんなの」

 そう言ってジェノサイドはルークらが居た公会堂を去る。無防備を晒したにも関わらず攻撃をして来なかったところを見るに、若干の手応えを感じた。



「疲れたぁー。もう今日は動きたくねぇ……」

 自ら務める組織の基地に戻ったのは日が暮れたあとだった。
あれから彼は何ヶ所か巡り、同じように条件を提示してスカウトした。その中にはルークと同様以前戦った者も居れば、全く面識のない人間も居た。

「リーダー。今日は朝から出掛けていたようですが……どちらまで?」

「ん、まぁ色々とな」

 広間にある大きなソファーに倒れ込んで半分眠くなりつつあったジェノサイドに、仲間のハヤテが心配そうに声を掛ける。ジェノサイドは彼を含め仲間の誰にも今回の予定は告げていない。

「色々って……。あまり派手に動くのは辞めてくださいよ? リーダーはその……結社の人間に目を付けられてしまったのですから。それに、その……レイジさんが亡くなった後でもありますし……」

「分かってるよーだ」

 わざとらしいとはっきりと分かるくらいに頭を搔く仕草をしつつソファーから派手に起き上がっては広間の隅に置かれている小さい冷蔵庫の方まで歩く。それを空けてジュースの入ったペットボトルをひとつ掴んだ。そのペットボトルには律儀に"リーダー専用"と書かれた紙が貼られている。その紙を剥がし、大きい部屋の割には小さいせいですぐに溢れてしまうというクレームをよく聞くゴミ箱に放り投げてはそそくさと広間から出て行った。

「今日だけで多分七箇所くらいは回った……。水曜まで時間はあるし、今日会った奴らが適当に話広めてくれるだろうから明日はそこまで頑張らなくていいかな。あとは無事集まってくれるか、だな。それとも明日はもっと工夫してみようか? 前金渡すみたいな感じで」

 廊下で独り言を呟いていたジェノサイドは通り過ぎようとした部屋の扉が突然開いた事で立ち止まる。そこからミナミが現れたのを見た。
昨日の出来事が余程ショックだったのだろうか既に病人のようにやつれ、完全に元気を無くした姿をしている。
彼女は元々短髪のためそれ程でもないが、整えていないのが丸分かりだった。大きな寝癖が付いているかのように乱れている。

「よう、ミナミ」

「あっ……レンか……」

 か細い声だった。初対面の頃、彼女の声は小さかった記憶があったが、それよりも小さい。その声色に生気が篭っていないようだった。聴くだけで不安になってくる。

「飯ちゃんと食べてるか……? いや、お前の様子が見られただけでも十分だよ」

 それだけ言うと立ち去ろうとする。顔には出さないがこの時ジェノサイドは緊張していた。こんな状況でどんな風に声をかけていいのか、分からないからだ。
これまでに親しい人を失った仲間は数多く居た。そんな場面には何度か出くわした。だが、それらは皆同性の人間であった。それなりに励ましさえすれば良かったのだが、今回はただでさえ慣れない女性が相手である。しかも、常に一緒にいた仲間がその対象だ。迂闊な事は言えない。
非情にも見えたかもしれないが、こうするしかないと思っての行動のつもりだった。

「あっ、そうだ。今日何人かに声を掛けてきたよ。上手く行けば全員誘いに乗ってくれるかもしれない」

「誘……い?」

「ミナミ、俺はやるぞ。何人か集めて俺は……五百城を殺す。レイジの仇をこの手で取ってやる」

 ミナミの前を通り過ぎ、背中を見せつつジェノサイドは言った。彼女の顔を見ようとは思わなかった。いや、見られない。こんな時に見せる彼女の顔がどんなものか、想像したくなかった。その表情によっては自分の決意が揺らぐかもしれないと危機感を覚えたためだ。

「そう……。あんたは、行くんだね。戦うんだね……」

「あぁ。決めた。たとえ誰に止められようとも、俺は進むと決めた。だからお前も止めないでくれ」

 自分の背後の空気が揺らいだ。ミナミが手を挙げ、こちらに近付いているのかもしれないと肌で感じる。
それに応じてジェノサイドも前に進む。今は彼女を突き放すと決めたのだ。大事な仲間を失ったとしても、特別扱いだとか、特別な感情を得ようとか、そういう思いは彼には無かった。
ジェノサイドの体に触れようとしていたミナミの手は宙に漂う。

「もうウチは……これ以上何も失いたくない」

 彼に触れたかったミナミは何かしらを察したのか、そこで諦める。代わりに、声を振り絞る。

「俺もだ」

「死なないでね……?」

「誰も死なせねぇよ」

 その声を聞いてジェノサイドは静かに歩き、自分の部屋へと向かった。彼女の最後の声を聞いて胸が痛くなりそうだった。明らかな涙声だった。意識せずともペットボトルを握っていた手の力が強まる。ミシミシと鳴った音を聞き、ジェノサイドは我に返った。



「今日も居ない!?」

 寡黙で大人しい性格の佐伯さえき慎司しんじは珍しく驚く仕草を見せた。
それを見た、彼の話し相手である樋端といばなかける五郎川ごろがわひろしは若干苦笑いした。樋端に至っては肩を震わせている。

 水曜日の正午。彼らは今大学に居る。揃いも揃って友人が少ないためサークルの部室へとやって来た次第だ。

「レンって先週の金曜も、一昨日の月曜も休んでいなかった?」

「あぁ。火曜には俺と同じ講義が二つあるんだが、その内の午前のやつには来なかったな。午後は一緒に受けたけど」

 樋端となばり洋平ようへいは同じ学部に所属している。大学二年生ともなると前年と比べて自由度は上がるものの、まだまだ講義が一緒になる機会は多い。樋端はそれだけ言うとコンビニで買ってきた菓子パンを貪り食う。

「ってかよぉ、レンの奴って単位大丈夫なのか? あいつ確か今年になっても毎日来てんだろ? それってさ、単位に余裕があんま無いからって事だよな。それなのにこんなに休んでて大丈夫なんか?」

 五郎川の問いに佐伯は深く唸る。

「どう……なんだろうね。正直こっちは分からないな。昨日のサークルで見た感じ元気そうではあったけど……」

「アイツ適当に講義休みつつサークルにはちゃっかり来るのな」

 五郎川はあまりの可笑しさにニヤニヤしながらサラダを頬張る。

 彼等の所属するサークルは毎週月曜、火曜、木曜の放課後の三日間だけ活動している。活動と言っても彼等のサークルは旅行サークルなので連休や特別な用事を前に控えている時意外は適当に過ごしているだけの緩い空間に過ぎない。

「佐伯から見てどんな感じだった?」

「うーん……。特に何とも。いつも通りには見えたけどなぁ。あ、でもメガストーンがあと一個でコンプリートするみたいな事は言ってたかな。だからこれまでみたいに無理して時間作らなくて済むとも言ってたし……」

「それだったらさ、余計に今日休んでる意味が分かんねぇな。俺ちょっとノート見せてもらいたかったのになぁ。しょーがねぇけどさー」

 先週の金曜日という特殊な場所が絡む時以外で隠はサークルや空き時間を投げてメガストーンの探索に走る事はあっても、これまでに講義を投げることまではしなかった。
メガストーン残り一個という状況で彼の取った行動の意味を、彼等は理解出来ずにいた。

「今のレンに、メガストーンを集める事以上に必死になれる事ってあるのかなぁ?」

「ぶっちゃけ佐伯もそう思うよなぁ」

 樋端はそう言って相槌を打つ。
 平和な世界の中で平和な会話を繰り広げる彼等には到底想像出来ない世界がその裏側にはあった。結局のところ、隠と彼等とでは住む世界が違うのだ。

 同時刻。
軽く眠っていたジェノサイドは目を開けた。
早朝に一度目が覚め、そこから意識があったためか浅い眠りを続けていたお陰で気分はとても晴れやかだった。

「そろそろ……時間かな」

 時計を見ずに感覚だけを頼りにジェノサイドは時間を読む。ある程度時刻を予想したのちにスマホを見た。時計のズレはほとんど無かった。二分ほど違っていた程度だ。

ジェノサイドは起き上がって普段の服に着替えると広間へと移動する。そこへハヤテとケンゾウの二人に声を掛けた。

「お前ら、今すぐ俺について来てくれ。ちょっと寄りたい場所がある」

 これから何が起きるのか全く知らされていない二人は呑気にオメガルビーとアルファサファイアで遊んでいる。そこにジェノサイドが横槍を入れる形となった。しかし、リーダーの命令である。彼らは文句のひとつも言わずにそれに従う。

「どうかされましたか?」

「お前ら、今から南平みなみだいらに向かうぞ」

 その地名を聴いた二人はギョッとして目を見合せた。
その名前には馴染みがある。嘗て基地を置いていた街の名前だ。今居る八王子はちおうじから見て隣町に位置する。

「り、リーダー……なんでそんな所へ……?」

 ケンゾウが弱々しく尋ねる。彼にとっても、彼だけでなくとも昔からいるメンバーにとって"そこ"は苦い思い出の地だからだ。

「それは着いてから話す。今は黙ってついて来い。だが、いいか? 絶対にビビるなよ」

 ジェノサイドが放った鋭い視線に、二人は息を呑んだ。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.46 )
日時: 2024/02/18 14:45
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: DUUHNB8.)


 八王子はちおうじから南平みなみだいらは電車で移動すると三十分は掛かる。しかし、ジェノサイドたちにはポケモンがいる。速度の制限も障害物という問題が皆無な大空を自由自在に飛び回ることが出来るのだ。
そのお陰でおよそ十五分ほどで目的地に到着した。

 そこは、ジェノサイドの基地と同じような廃棄された工場の跡地だった。
今の基地と違う点は地下に何もない所と、三階建ての建物がポツリと置いてある点、そして敷地内のほぼ全てが何も無い平原であることだった。
その平原の上に、どういう訳か多くの人間が集まっている。

 敷地の裏を回り、裏口から建物に入った三人は三階の窓から外の状況をおそるおそる見つめる。窓のガラスは割れていた。

「り、リーダー……これは一体なんでしょ?」

 ケンゾウが引きつった笑みをジェノサイドに向ける。反してジェノサイドは終始落ち着いていた。

「俺が集めた。この三日間いろんな奴に声を掛けててな。目的はひとつ。五百城いおきの野郎をぶっ殺す。それだけだ」

 ジェノサイドは非常階段の扉を少し開ける。その瞬間に二人に向かって振り向いた。

「いいか、俺が合図するまでそこを動くなよ。別に警戒している訳じゃないが、今集まっているのは俺らと同じ深部ディープ集団サイドの人間だ。念には念を、ってな」

 ハヤテとケンゾウに向かって小さく微笑むとジェノサイドは扉の先の避難通路へと躍り出た。
それを見た、集められた人々が歓声にも似た声を発する。
ジェノサイドは目が悪いほうでは無い。
彼等が建物の真下にいるので三階という高さからでもある程度それぞれの顔は視認出来る。
しかし、そのほとんどが知らない顔だった。恐らく、ここに居る大半の人間は噂か何かを嗅ぎつけてやって来た連中なのだろう。そのようにジェノサイドは適当に推理した。

「よう、おはよう。みんな。まずは一言。来てくれてありがとう」

 ジェノサイドの声は大きい方では無い。多くの人間に対しマイクも無しに自分の声を伝えるのは至難の業だ。
だから、工夫した。ジェノサイドはその頭上に一匹のポケモンを放つ。
とりもどきポケモンのシンボラー。
カラフルな彩りをした、トーテムポールのような原始的な宗教で見られそうな姿をしたポケモンが空を漂う。
そのポケモンの力を使ってジェノサイドの声量を調節する。言わばスピーカーだ。

「信用もクソも無かっただろう。人によっては、突然俺がやって来て怪しい書面置いて来て、しかも内容が"結社の人間を共に殺そう"だからな。それで金を贈るって言われても普通は信じちゃくれないだろう。だが、お前たちは来てくれた。俺はそれに感動している。感謝するよ、みんな。本当にありがとう」

「そんなんはイイからよぉ。これから何をするかとか、いつ金を寄越すとかよぉ。そっちを話せよ。それ以外興味ねぇんだわ」

 突然不満げに叫んだ男が現れる。
ジェノサイドは声のする方を見た。何処かで見たような男だ。恐らく過去に戦った人間だろう。
どこか育ちの悪いアウトローぶった中学生のような声のリズムにジェノサイドは内心不快感を覚えたが顔には出さない。どれだけ"イヤな奴"でも今だけは味方でないといけない。

「それについては今から説明する。上を見てくれ」

 その声の主含め多くの人間が増幅された声を聴いて見上げた。その先にはシンボラーがいる。

「それは俺のポケモンだ。そいつのお陰で俺の声が皆にも届いている。ま、それだけじゃない。今からコイツがお前たち全員を数える。そして今から、視覚含めあらゆる感覚を俺と共有する。シンボラーがお前たち一人ひとりを視認したとき、俺もまたお前たちをカウントしてるって訳だ。それで人数を把握する。把握次第希望者には報酬を渡そう」

 宣言した途端、会場が湧いた。
参加者一人につき三十万円を贈るという大きすぎる魅力が彼等を呼んだのだ。むしろ一番の目的と成っている者もいるに違いなかった。

 シンボラーから情報が送られた。ジェノサイドの目には、その脳内にはシンボラーの見た景色が広がっている。
上空から見た、無数の人間たち。
その一人ひとりがカウントされる毎に自動的にマーキングされてゆく。例えるならサーモグラフィーの映像。それがジェノサイドの目と脳に流れている。
シンボラー自体は空中で何事も無いかのように静止していた。そう見えるだけで、実際にはサイコパワーを周囲に放っている。攻撃性は無いので悪影響は無い。

 映像が送られ、集まった人間を数えながらジェノサイドは今見えている世界が非常にシュールである事に気付いた。
集められた誰もが、律儀に自分の言ったことを守っている。信頼の欠片も無い、人によっては誰よりも憎い仇同然の人間が偉そうにしている場で、である。
ジェノサイドからすると受け入れているように見えて実は半信半疑だ。油断していれば自分がやられるかもしれない。集められた人達を信じきっていない自分がいた。だからこそ、自分の言うことに真面目に従っている彼等が不思議でならないのだ。
まるで、自分以外の別の何かの力が働いているがために利口に"させられている"かのように。

「計測が……終わった」

 ジェノサイドは目元を指で押さえながら言った。普段とは違う脳の使い方をしたようで若干疲れたようだ。ジェノサイドは真上に漂うシンボラーを見る。シンボラーも彼を見て目が合った。互いを繋げていた"情報"が切れた事を確認すると、シンボラーは悠々と空を舞いはじめた。

「今日此処に集まったのは百五十七人……か。まぁそんなもんかな。希望者には今報酬を払う。ただし」

 再び盛り上がる下の世界。だが、湧く前にジェノサイドは言葉を意図的に詰まらせる。

「これからの任務を全うし、生き残った者には更に三十万渡そう」

 恐らくだが、今この場で金だけ受け取ってトンズラする者もいるだろう。ジェノサイドとしてはそれは予想済みだが、それだと面白くない。はじめの三十万は報酬の全てではなく、"捨てるためのお金"だとすればまだ許せる気がしたのだ。

「今ここでお金だけ受け取って戦いに参加しなかったとしても、それでいい。逆に、今三十万受け取ってこの後の戦いにさほど参加せずとも戦地に居るだけみたいな、あまり活躍が無かったとしても、それでも構わない。そういう時でも追加の報酬は払う」

 周囲は再びザワついた。
現時点で、ジェノサイドが彼等に払う報酬の総額は四千万を超える。仮に全員がこの後の戦いに向かうとするならば倍の額となる。

「テメェに払えんのかよ、それだけの金」

 聞き馴染みのある声がした。その声の主を確認してジェノサイドは一瞬だけ薄く笑うと自信をもって返事した。

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる? 自分の組織に……どれだけの金を蓄えていると思っている? これまでどれだけ無数の戦いを繰り広げたと思っている。嘗めるな。そして心配するな。実を言うと既に報酬は支払い済みだ。確認出来る人間は口座を見てみると良い」

 どれほどのお金を持つジェノサイドでも、今この場で全員に配っていたらそれだけで日が暮れてしまう。ジェノサイドはあえて参加者たちに選択させるように考えさせ、しかし実際には手配を済ます。心理を突いた彼なりの作戦だった。
ちなみに支払いに関しては神々廻ししばの協力を仰いでいる。結社の人間ならば深部ディープ集団サイドのそういう情報など知り得ているに決まっている。

「さて、そういう訳だから次に、五百城討伐に向けた作戦を発表する。……と言っても、お前たちの好きなように動いてくれ。指定の場所さえ守っていれば基本自由行動とする。指定の場所は三つ。八王子、立川たちかわ、そして多摩たまの三箇所。それぞれの街に、結社の人間が集う議会場がある。そこを攻撃しろ。その何処かに、五百城は居る。居なくとも彼に関する情報は得られるはずだ」



 徐々に人の数が減ってゆく。誰もが悩んでいるようだった。
スマホの銀行のアプリで確認出来た人間なら良いとして、それが出来ない人間からすると本当に報酬が振り込まれたのか分からずにいる。
そんな中これから生きるか死ぬかの戦いを迫られると非常に悩ましいものがあるようだった。

元Aランク組織『フェアリーテイル』のリーダー、ルークはそんな者たちを軽蔑するかのような目で眺めてはジェノサイドが立っていた建物へとゆっくりとした足取りで近付く。
そこへ、聞き慣れた車の排気音が鳴り響く。

雨宮あめみやか……」

「お前も来たのか、って顔してんな。奴は言った。組織ひとつではなく、人一人に金払うってな。わざわざ俺らの寄場に来てまでな。だったらやるしかねぇだろ」

 ジェノサイドがルークに会いに公会堂に赴いた際、その場にいた一人。つまり、ルークの仲間である雨宮が自身の車を操りながらやって来た。

「いいのか? お気に入りなんだろ、その車」

「無理はしねぇよ。命の次に……いや、命よりも大事なこの車だ。せいぜい指定場所へ先回りして連絡するとか、お前のような誰かを乗せるとか、それだけの事しかしないと決めてる。俺は直接戦わねぇ」

「お前らしいな」

 ルークはニヤリと笑ってその車を眺める。
深い青色のスポーツカー。彼は車についてよく分からないので"スポーツカー"とよく一括りにするが、その度に雨宮が「FDだ。せめでRX-7と呼べ」といつも訂正を求めてくる。どうやらそういう車種のようだ。

「ジェノサイドの野郎はどこかな。少し奴に用がある」

「今この場で殺して何千万か盗るってか?」

「ちげぇよ。アイツはこの後どうするのか聞きたいだけだ」

「……乗れよ。あの建物まで行きたいんだろ」

 雨宮は助手席を指した。ルークは無言で頷いてそれに乗る。
青色のスポーツカーが建物の入口近くに着いた頃と同じタイミングでジェノサイドは仲間を二人連れて外へ出た。

「待てジェノサイド。お前何処へ行くつもりだ」

「ルーク、やっぱりお前は来てくれたんだな。……それから、彼も」

 ジェノサイドは喜びを顔に表しつつルークと雨宮を指した。指された二人は馴れ合う気がないので嫌そうにする。

「いいから答えろ。テメェは何処へ行く気だ」

「まずは基地へ戻る。そこで人員を整理して……俺は立川の議会場に行くつもりだ」

「基地だと? じゃあ此処は何なんだ。慣れた風に見えるから此処がお前の基地だと思ったんだが」

「此処は"元"基地だ。色々あって三年前に棄てた」

「八王子と立川と多摩とか言ったな? 場所さえ決めていればあとは自由って……お前本気で言ってんのか? いいのか? そこまで自由にやらせてよ」

「あぁ。構わない。これまで五百城が好き勝手やってきた報いだ。それを結社の連中に知らしめる」

「金については……」

「何度言わせる気だ。既に振り込んだって言ったろ。協力的な結社の人間に助けてもらった。その為振り込まれた相手の名前が俺じゃなくなってるかもしれんがな」

「嘘じゃねぇよな」

 ルークの目が鋭くなる。嘘だったら承知しない。今この場で殺してやる、とでも言っているかのようだった。

「嘘だと思うならこの場で確認してくれ。出来なかったらコンビニなりにでも言って口座見てこいよ」

 大金を失ったはずのジェノサイドであるのに、どこか余裕を含んでいそうなその言動にルークはイラついた。その証拠として舌打ちだけして雨宮の車に乗り込む。
二人を乗せた青のスポーツカーが走り去るのを見届けると、ジェノサイドは後ろに控えているハヤテとケンゾウを見てはにかんだ。

「よし、俺達も動くぞ。動ける奴とそうでない奴とで分けないとな。前の戦いを参考にすると百人から二百人は動かせるんじゃねぇかな?」

「そ、それは構わないのですがリーダー……。本当に大丈夫でしょうか? 彼等に全て任せてしまって……。全員が全員ではありませんが、敵として戦った者も居るのでしょう?」

「正直俺もそこについては少し不安だが、奴らの動きを見る限り俺以外の力が働いているのは明らかだろうな。多分神々廻あたりからも声が掛かってんだろ。そうだとしたら裏切りやバックレが思ったよりも少ないかもしれないしな」

 ジェノサイドのいい加減早く行くぞ、という声に二人は従う。
行きと同じく空を飛ぶポケモンに乗って三人はひとまず自分らの基地へと戻った。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.47 )
日時: 2024/03/05 19:45
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: xPOeXMj5)


 来た時と同様、真っ直ぐ基地へと戻ったジェノサイドはまず集められるだけの構成員を広間に集めると、深部ディープ集団サイドの世界で今起きている話を始めた。
その主な内容は、南平みなみだいらにある元基地で起きた事と、この数日間自分が何をしてきたかについて、だ。

「突然のことで戸惑っているかもしれない。だが、現に多くの深部ディープ集団サイドの人間が動いている。理由はそれぞれだが、一応のところは五百城いおき排除というひとつの目的のためにな。言い出しっぺもとい神々廻ししばからの依頼の実行人として俺らも動かなければならない。……という事で今すぐ動け。戦闘員と非戦闘員の二つにまず別れろ。非戦闘員は此処で待機、戦闘員は各々準備が出来次第外に出ろ。以上!」

 ジェノサイドは聴いている者全員にその声が届くよう語尾を強め、叫ぶ。それに反して広間は静まり返っている。
二十人から三十人は集まっているにも関わらず、皆が口をつぐんでいる。誰一人として動こうともしなかった。

「どうした? お前ら。組織のリーダーとしての命令だぞ」

 自分の命令に従おうとしない光景。
これを見てジェノサイドは若干不安になった。彼はこの景色を過去に見ているからだ。
それだけではない。仮に組織ジェノサイドの構成員百人ほどの人員が揃わないとなった場合、全体の戦力が大幅に落ちる。呼応して集まった深部ディープ集団サイドの人間百五十七人だけでは明らかに戦力が不足する。
仲間の裏切りも怖いが、それ以上に作戦の失敗が恐ろしかった。

「ひとつ……よろしいですか」

 人混みの中から自信の無さそうな気弱な声が響く。
構成員の一人リョウだった。地味ながらも洒落込んでいる構成員の多い組織の中でスポーツ刈りにした頭をした彼は特徴的だった。

「まず初めになんすけど……俺は何も知らされていなかったっす」

「悪ぃ。一連の流れについては誰にも話していなかった。昨日までやってた勧誘も、俺が一人で決めて俺が一人で行動してた」

「そういう大事なことは俺たちに言わなきゃ困ります」

「……すまねぇ」

 ジェノサイドの悪い癖であった。これと決めた事は極力一人で達成しようとする。その方が確実であるためだ。どこかでダメだと判断して初めて仲間に頼る。仲間にあまり迷惑を掛けたくないという優しさと、仲間が加わることで不安定化してしまう懸念、つまり仲間に対する小さな小さな不信感のようなものが心の奥底にて蠢いていた。
それは、四年もの年月を経て醸成された危機回避の能力でもあった。特定の誰かが悪いという訳ではない。
ジェノサイドはそれをある程度自覚しつつ謝ったのだ。

「あとで訳は話す。だが今はいつまでもこうしてのんびりしているわけにはいかないんだ。だから頼む。無茶かもしれないが……戦ってくれ。共に」

 ジェノサイドが話すと周囲が静まる。この空気が彼は苦手だった。自分以外の誰かが話す時は幾分か賑やかであるからだ。

「分かりました。……ひとつ確認いいですか?」

 リョウが了承を求めてきたのでジェノサイドは無言で頷く。

「今度の相手は誰ですか? 五百城と言うことは……敵は結社ですか?」

 返答に困る質問だった。少なくとも間違ってはいない。もしもジェノサイドが悲劇を迎えること無くこの場面に立ったとしたらきっと明言は避けただろう。
だが、今は違う。

「そうだ。敵は五百城いおきわたる。ソイツを抱えた結社そのもの。お前ら分かってんだろうな。これからの戦いは……今までのものとは一味もふた味も違う。ただの組織間抗争とは全く違うものになる。これまでの戦いであれば、しくじれば逃げてオッケーだった。だが、今回はそうもいかない。しくじったら、死ぬまで続くと思え。生半可な気持ちでは戦いに臨むことすら叶わない。だからこその命令だ。戦える奴は戦闘員として立て。戦えない奴は非戦闘員として残れ。戦えないからと言って咎めるつもりは無い。戦いたい奴だけついてこい」

 顔には出さないがジェノサイドの緊張はピークを迎える。これで全員が離れたらその時点で作戦は失敗だ。だが、今のジェノサイドではこのように言うことしか出来ない。

「相手は結社……。それってつまり……」

 後ろから小さな声が聴こえた。一般の構成員であれば誰のものか分からなかっただろう。だが、彼なら分かる。長い間共に戦った戦友にして親友。大柄な身体から連想されるイメージとは裏腹に、隙を見せてしまえばすぐにひっついてこようとしたり、何かと頼ってくるどこか可愛らしさも持つまるで弟のような存在。ケンゾウ。ジェノサイドはその発言に同調し、反射的に「反逆だ」と言いそうになった。
しかし。

「これまで搾取して来た……結社の"支配からの脱却"ってヤツだよなぁ!!」

 ケンゾウはそれを許さない。彼は突如叫んだ。
彼は続けざまにこう言う。

「自由のための戦いってヤツだよなぁ!?」

 まず、ケンゾウが叫ぶこと自体珍しい光景だった。構成員の仲にはひどく恐ろしく感じた者も居たかもしれない。
だが、ジェノサイドという組織はそんな軟弱な人間だけが集められたものではない。
それに呼応し、ジェノサイド以外の全ての人間が理解を示した。この瞬間、組織ジェノサイドの面々の想いはひとつとなったのだ。

 次にジェノサイドは食堂へと寄った。
広間の次に人が集まりやすい場所でもあるためだ。
時間の都合もあってか普段ジェノサイドが利用している時と比較すると人は集まっている。
そこでジェノサイドについて来ていたハヤテとケンゾウが現況の説明を始め、そこに居る者たちに行動を促した。
その話を聞いて普段通り食堂で仕事をしていた秋原あきはら友梨奈ゆりなが飛んでくる。

「レン君……戦うの……?」

「悪いな、秋原。今日まで隠してた。だけど決まった事だ。少し出掛けてくる」

「ね、ねぇ! 大丈夫なの……? 今日は少し様子が違う気がする。本当に……本当に大丈夫だよね?」

 高校の時から一緒だった彼女はジェノサイドに対し特別な想いを抱いているようで、その表情からは恐怖が滲み出ていた。目もうっすらと潤んでいる。

「大丈夫だ。……いや、本当は少しマズいかもしれない。だけど今度ばかりは戦わないとダメだ。仲間だって死んでいるし、それに……」

 意図的に目を逸らし続けていたジェノサイドは秋原の顔をチラッと見た。今会話をしている相手が本当に彼女なのか、その確認がしたかった。

「お前が過去に巻き込まれたアレ。あれが少なくとも関わっている。それを終わらせてくる。長く続いた血の因縁を……ここで断つ。そのための戦いだ」

 食堂にはミナミも居た。偶然だったかもしれないが、ジェノサイドにとっては絶好のタイミングに思えた。ジェノサイドはほとんど食が進んでいないミナミを呼ぶ。

「頼みがある。お前は今回はここで残れ。色々と思うものがあるかもしれないが、お前だからこそコイツのような非戦闘員を守ってやってほしい。頼んだぞ」

 ジェノサイドは小さく笑いながら今にも泣きそうな秋原を指した。一方的な命令だったのでミナミとしても思うところはあったようだが、今彼女の気持ちは沈んでいる。一つひとつの感情の発現が遅い。ジェノサイドは彼女からの反応が来る前にその場を去った。

 地上に出ると既に準備を終えた構成員たちで溢れていた。
移動できるポケモンを配置し、今にも指令を待つ者が居れば、車庫から車やバイク、果ては自転車を持ってきて待機している者も居る。
そう言えば、とジェノサイドは自分が戦いの概要を説明しただけで目標地点が何処かまでを言っていなかった事を思い出した。

「みんな、準備はいいか。今俺らが集めた深部ディープ集団サイドの連中は三つの拠点に絞って行動している。八王子、多摩、立川の三つの街だ。それらに、結社に所属している議員たちが集まり、普段仕事をしている議会場がある。俺らはこれから立川の議会場に向かう。いいか、立川だ。場所がよく分からないって奴はひとまず立川駅を目指せ。以上だ。行動、開始!」

 ジェノサイドの合図と共に仲間たちが一斉に動き始めた。空を飛ぶポケモンの羽ばたく音でその場が埋め尽くされる。意識せずとも彼らの動きが一致する。その正確さはまるで軍隊のようでもあった。
先に移動した仲間たちを見送ったジェノサイドは気を取り直しては振り向く。そこにはハヤテとケンゾウが居る。

「さてと。俺たちも動くぞ。今回は自然を装う。俺たちで今から車庫に停めてある車に乗るぞ。運転は俺がする」

 ハヤテとケンゾウは互いに顔を見合わせた。これまでにジェノサイドが運転していたところなど見たことが無かったため違和感が強いのだ。
車庫には共用の自動車が何台か停められているが、今はかなり空いていた。端に置かれていた軽自動車にジェノサイドは目をつける。

「ま、待ってくださいリーダー! 本当にリーダーが運転されるのですか?」

「なんだ、ハヤテ。俺のウデが信用ならねぇってか?」

 ジェノサイドはうすら笑いを浮かべつつ車の鍵を差し込んでエンジンをかけた。スマートキーでないところを見ると少し古い型の車のようだ。

「い、いえ! そうではなくて! ただ……リーダーが運転されているところを見た事が無かったので……。あの、免許などはお持ちでしょうか……?」

 そうは言いつつもハヤテも車の助手席に座る。後ろの広いスペースはケンゾウが独占した。車自体街でよく見かける軽のワゴンだ。

「それなら安心しろ。俺はこう見えて講義の合間や、サークルの無い日の放課後なんかの時間を使って教習所に通っている」

「それなら安心……ん? 通って"いる"……?」

「そろそろ期限迎えそうでヤバいからまた行かなきゃなんだよなー。あ、でも仮免許までは取ったから安心してくれ」

「か、仮免って……それ無免許運転じゃないですかー!」

 車から降りようかと付けたばかりのシートベルトを外そうかと悩みあたふたしだしたハヤテだったが、それとは無関係にアクセルを思い切り踏むジェノサイド。

 彼の世の中に対する反逆が今、始まった。