二次創作小説(紙ほか)

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.8 )
日時: 2023/09/13 18:56
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


「お疲れ様です、リーダー」

「ん。お疲れ。まぁ疲れるほどでもなかったけどな」

 基地に到着して早々かけられた言葉だった。
ジェノサイドは神東大学を抜けると真っ直ぐに自分の家でもあり、組織の基地である廃工場に帰った。"うつしかがみ"を依頼主であるバルバロッサの部屋に置きに行き、それから気分転換に地上にある工場の跡地を散歩しつつ眺める。その時に背後からかけられた言葉がそれだった。

「"うつしかがみ"。無事に取ってきたそうですね」

「まぁな。途中学生に扮した深部ディープ集団サイドの連中とやり合ったりもしたが……この通りってことはそういう事だ」

 ジェノサイドは話し相手の顔ではなく、頭上を見上げながら言う。
そこには、無数の管やパイプの類がびっしりと巡らされ、走っている。

 組織"ジェノサイド"の基地とは、寂れて捨てられた工場の跡地であった。
構成員たちからも「薄暗い」と評判のこの土地は、東京都八王子市北野町にある、周囲を林に囲まれた自然の砦。
彼らはそれを再利用し、潜伏している。

 何も知らない人間が外から見ても、そこに百人近くの人間が生活しているとは想像もしないだろう。
と言うのも、地上部分の工場跡はすべてダミーであり、本来の生活拠点は建物の地下にすっぽりと埋まる形で作られているのだ。それも当然、敵対組織からの襲撃の対策である。
地下にはそれぞれ、構成員全員分の部屋を振り分け、更には食事や休憩、そして会議を行うオープンな部屋も設ける。

 基地としては最高の仕上がりだとジェノサイドは常に思っていた。

「あの"うつしかがみ"どうするつもりなんでしょうねぇ?」

「リーダーが持ってなくていいんすか!?」

 ジェノサイドの話し相手は二人居た。
ひとりは小柄で見た目もどこか弱々しいようにも見えるハヤテと呼ばれる男と、彼とは正反対に筋骨隆々で身長もこの中では一番高く、わざわざ日焼けサロンで肌の色を変えているのかと思うほどの褐色肌のケンゾウ。
常に行動している彼等はこの時も一緒であった。

 ジェノサイドは二人の質問をひとつにして返す。

「正直俺もよく分からないからな、アレに関しては。とりあえず情報源であったバルバロッサに託して解析なり研究なりさせてハッキリさせるさ。だから今俺が持ってなくても平気」

「じゃあ全部アイツ任せなんすね!」

「まぁな、てかケンゾウ。お前バルバロッサをアイツ呼ばわりかよ……。お前も四年の付き合いになるんだからもう少し仲間意識を抱いててもいいと思うんだがなぁ」

「まぁまぁ。僕もケンゾウもバルバロッサさんとはあまり会話もしませんし縁もありませんからね。リーダーはそうでは無いんですよね?」

「あぁ。組織結成より少し前に……俺はバルバロッサに会った。と言うより助けられた……かな? とにかく、バルバロッサに会ったのがきっかけで俺は"この世界"に入ったってワケだ」

「それで僕達と会った……と」

「くぅーっ! 出来ることならリーダーが最初に会った人間は俺であってほしかったっすねぇ!」

 何度も思うことなのだが、ケンゾウの声はかなり大きい。呟くように喋るハヤテと対照的なのもあって耳へのダメージも大きかった。特に、今は静かな工場内を散策している。無駄に、余計に響く。
こんな状態だと三人で隠密な作戦は出来そうにも無いなと内心思ったジェノサイドであった。

「リーダー。ひとついいですか? "うつしかがみ"を持つことでリーダーや我々にメリットはあるのでしょうか?」

 ケンゾウが実力派ならハヤテは頭脳派である。組織の人間としては知り得る必要がある質問を、彼は投げかけた。

「難しいところだが……。一つは戦力の確保だな。現段階で俺らは準伝説のポケモンを扱う事は出来ないが、"うつしかがみ"が世に出た以上、それも可能である事を示す証左でもある。即ち、戦力の増強と他組織への牽制、抑止。使い道次第で工夫は広がるだろうな。あとは組織とは関係なく俺個人の問題だが……俺らが持つ事で元々の持ち主であった教授が脅威に晒されなくなる。本来であれば教授ごと此処に連れて来て安全を確保したかったんだがな……」

「元の持ち主の教授と言うのは、リーダーとも関わりのある人物なのですか?」

「いいや。名前も顔も知らなかった。だが、俺が普段過ごしている大学の先生だしなぁ。大学が組織間抗争の舞台になったら嫌だろ」

「優しいんですねぇ。リーダーは」

「そうっすよ! だから俺はリーダーが好きなんす!」

 二人の言葉、特にケンゾウの告白の意味を少し深く考えながらジェノサイドはある地点まで歩くと立ち止まり、床にこびりついている砂利を飛ばすために足をはらう。
少し綺麗になった床を手で持つと、簡単に剥がれた。すると、取っ手のような小さな金属の塊が出現する。
これが、基地への入口だった。

 ジェノサイドはそれを掴み、力を込めて思い切り引く。
中から通路が現れた。
工場内部よりも更に暗いこの通路をしばらく歩くと、鉄製の扉がまたひとつ現れる。

 その先には空間がある。
常に誰かがおり、そして誰もが集まる大広間。
扉の前でジェノサイドは振り向く。

「お前ら、腹減っただろ。これから忙しくなるし、ここいらでパーッとやろうぜ」



 翌日。
あれから結局夜中まで騒ぎ倒してしまったせいで朝が辛く、重い瞼を背負ったままジェノサイドは講義のために基地を離れた。その日は珍しくケンゾウが見送った。

 ジェノサイドはいつも通学にはポケモンを利用している。手持ちのひこうタイプのポケモンがリザードンかオンバーンなのでそのどちらかを使って空を飛ぶのだ。
しかし、この移動方法は深部ディープ集団サイドの中ではありふれた光景ではあるものの、本来は推奨されるものではなかった。
危険を伴うためであり、実際ジェノサイドの通う大学ではそれが理由で規則で禁止されているほどである。
そのせいか、通学でポケモンを使う生徒は自分を除いて見た事も聞いた事すらもなかった。
それでも彼は、移動が面倒という理由でこっそり使っている。

 見つかると面倒なことになる。
そのため、ジェノサイドは数十分の間空の旅を続けると適当な場所で降りてはそこから徒歩で移動する。移動とは言っても五分もすれば大学に到着する地点である。
それが、いつもの光景だった。
そしてそれは、大学構内に入っても同じだった。
普段の姿で、大学は彼を出迎える。

「"うつしかがみ"が深部ディープ集団サイドの手に渡ったという"こちら側"からしたら割とデカい出来事が起きたあとだって言うのに……まぁ、これが普通か」

 ジェノサイドはひとまず安堵した。
自分のせいで"表側の世界"に変化が生じていないことに。それは、彼が望む世界の在り方でもある。

 深部ディープ集団サイドの人間は、決して無関係であるはずの一般人とその世界には触れてならず、そして危害を加えてはならない。

 長い長い戦いの果てにそのような想いを抱くようになったジェノサイドだからこそ、絶対に許せない存在もあった。

 この世界に、"それ"を持ち込む"こちら側"の人間を。

 構内を少し歩くと、人だかりが出来ていることに気付く。彼らは決まって、一つの建物の屋根を指しては見つめているようだった。

「あれ何?」

「人が立ってんぞ!」

 それは、地上から数えて三階建ての建物の屋上と言うよりは平たい屋根の上。
そこに、一人の男が佇んではあたりを見回している。まるで、探し物をしているかのような仕草だった。
奇異に見えるのも仕方がなかった。その男の立つ場所は立ち入り禁止どころか、到達する方法が存在しない地点である。

 男は突然モンスターボールをひとつ取り出すと同時に突風が舞う。
自然の風では無かった。明らかに人為的に作り出された風である。
でなければ、その風に煽られて飛ばされたり、叫び声を上げる学生が現れるはずがないからだ。

 風の正体。
それは、男が放ったダーテングだった。
手に持つ団扇のようなものから風の塊が生み出され、男が指示する方向へと飛んでゆく。
その風は迷うことなく、地上の学生たちに振るわれた。

 ジェノサイドの目の前では何人かの学生が吹き飛ばされ、あるいは堅いアスファルトの上を転がされる。
まるで、暗部ダークサイドの人間が無関係の人々をいたぶる光景そのものだった。
だからこそ、ジェノサイドは許さない。

 ダーテングは再び風を集める。
それを地上の人間に放とうと投げ飛ばしたその直後。

 風の塊は切り裂かれた。
まるで、内部からズタズタに引き裂くかのように。

 ダーテングのトレーナーも直感で感じたものがあった。

 来た、と。

 その瞬間。
ダーテングとその男の直線上にはゾロアークを従えた、一人の男が立っていた。
それは目印であり、象徴でもあった。
己が深部ディープ集団サイド最強の人間であることを示す、即ちジェノサイドであることを。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.9 )
日時: 2023/09/13 19:03
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ジェノサイドは静かに男と対峙した。
伸びきった髪の毛の隙間から殺意を込めた眼差しを刺すように放つ。

 男の服装も特徴的なものだった。
駱駝の皮のような柔らかそうな素材の半袖シャツにフードを後から付けたようなシンプルだがよく分からない主張を発しているような格好をしている。そのために相手の顔は見えない。

「来たな? ジェノサイド……。お前が此処に居る"らしい"と言うのは聞いていたんだ。多少目立てば来るだろうと思ってたんだが本当に目の前に来るとはな。こりゃ美味しい獲物だぜ」

「本気でそう思ってるのか?」

 ジェノサイドはため息が出る思いだった。
またいつもの襲撃か、と。

 最強という名は名誉ある称号である一方、最も狙われやすい対象でもあった。
単純である。最強を倒した者が新たに最強の者になれるからだ。
理由はそれだけではなかった。

「なぁ、俺ぁずっと気になって気になってウズウズしてんだ。お前らジェノサイドは幾ら持ってんだ? 教えてくれよ」

 深部ディープ集団サイドの世界は戦いの世界である。戦いを制した者にはそれまで相手の組織が持っていた財を、時には莫大な利を得ることが出来る。
そして、ジェノサイドはこれまでに負けたことが無い。
それは、深部ディープ集団サイドの中で最も多くの財産を持つ者という意味合いも持つのだ。

「俺に勝てたら教えてやるよ」

 ジェノサイドが言い終えると同時に隣で構えていたゾロアークが走っては"かえんほうしゃ"を放つ。

「……なんだぁ?」

 男は不思議に思いながらも、己のポケモンに命令する。
ダーテングは風を操り、炎の軌道を逸らす。
大きく外れた炎は何も無い空間で散った。
男の次の命令でダーテングは、団扇を振るって風を直接ゾロアークにぶつけようとした。
しかし、放たれた風の塊をゾロアークはひとりでに躱す。

「そのゾロアーク、妙だな?」

 男はゾロアークの動きを見て疑念を強くする。

「おい襲撃者、答えろ」

 ジェノサイドの言葉に、離れかけていた意識が男に戻った。

「お前がこの自然の宝庫八王子に来たのは俺だけが目的か?」

「変なことを聞くもんだなぁ? 何か隠し事とか秘密にしたいことでもあるのかぁ?」

「どうだかな」

「それだったら答えてやるが世の情けってな。"うつしかがみ"があるらしいじゃねぇか此処には」

「ねぇよバカ」

 ジェノサイドは笑った。そして確信した。
大した相手ではないということを。

「なぁ、情弱……。俺の身にもなってみろよ。暇じゃねぇのに頭の弱い奴の相手しなきゃなんねぇ俺をよ。無い物は無い。さっさと帰れや」

「情弱じゃねぇ、俺にはハバリって名があるんだよ」

 ゾロアークは再び"かえんほうしゃ"を放ち、対してダーテングは"おいかぜ"ではらう。

「いちいち雑魚の名前なんて覚えてられるかっての……」

 ここで名を名乗るのには意味があった。
宣戦布告、即ち組織間での抗争を始める合図だ。

 襲撃。それは組織設立から常にあったものだ。今更恐れなど抱くわけがない。
ただ、売られたら買う。身の危険が及ぶのならば除くのみ。
その動作は、昔と何ら変わらない。

「……」

 ジェノサイドは目の前のポケモンを前に、悩んだ。
彼は完璧超人ではない。すべてのポケモンの特徴を一言一句狂いもなく述べることが出来なければ、最新の対戦環境の全てを理解していない節もある。
だが、それらは理解できないのではなく、理解"しない"のだ。自分にとって必要な情報でないから理解しないのである。

「どうしたジェノサイド。動かないのならこちらから行くぞ!」

 ハバリの言葉を合図にダーテングは走る。
反射的にゾロアークも動き、勝手に"かえんほうしゃ"を撃つが、ダーテングが放っている不自然な風のせいで全く関係のないところへ飛んでは消えていった。

「こうなると……特殊技は使えねぇな」

「なぁ、さっきから気になったんだが何なんだぁ? そのゾロアークは。お前の命令も無しに動いてんじゃねぇかよ」

 それとは対照的と言いたげに、ハバリの命令通りダーテングは"あくのはどう"を放つ。
ゾロアークに命中する至近距離。そこで"ナイトバースト"を突然放っては相殺させる。今度も命令は一切無い。

「さぁ。どうなんだろうな。俺でも分からん。このゾロアークは俺の命令なしに自然と動いてくれる。そしてその動きのほとんどは、俺にとっても最善なもの……言い換えてしまえば俺が思い描いていたものと一致している」

「意味わかんねぇな。ジムバッジ集めてろっての!」

 ダーテングの走る速度は速い。"おいかぜ"の影響下にあるためだ。すぐにゾロアークの懐へと潜り込む。

 ハバリは叫んだ。

「今だ! 奴のゾロアークに最大威力の"けたぐり"をお見舞いしてやれ!」

 ダーテングはすぐさま足を打った。ゾロアークが最も嫌う格闘技が炸裂した。
ゾロアークは苦しそうな表情をしたかと思うと、その場に倒れ込む。
それを見たハバリは高らかに笑う。

「ハハッ、おい見ろよこのザマを! この俺でもその気になれば見掛け倒しの強さしか持ってねぇジェノサイド倒せんじゃねぇかよ!」

 有頂天なハバリとは対照的に一切の表情を変えないジェノサイド。
まるで、ここまでの全てが想定内の範疇であるかのように。

「バーカ」

 その声はハバリに聞こえるか聞こえないかのギリギリを攻めているようだった。
その言葉が合図か否か、ゾロアークは立ち上がる。そして、拳を思い切り握り締めた。
その姿はまるで、これまでの攻撃に対する仕返しのようにも見えるようだ。

「"カウンター"!」

 受けた"物理技"を倍にして相手に返す技。
ジェノサイドは待っていたのだ。この時を。こうなることを。

 倍の威力を受けたダーテングはふわりと身体を浮かせ、吹き飛ばされてゆく。

「は?」

 突然のことに、ハバリは綺麗な弧を描くダーテングを見ることしか出来ない。
ここまでの流れを理解するのに、少し時間を要したためだ。

 ジェノサイドはここでは止まらない。今の一撃では物足りないと感じたのか、続けて命令する。ゲームと違ってターン制のバトルではない。動ける範囲であれば、続けざまの追撃をする事も可能だ。

「"かえんほうしゃ"」

 風はもう消えていた。今ならば控えていた特殊技も通る。
その通りで、真っ直ぐに伸びた炎の槍はダーテングを包む。
二重の攻撃を受けたそのポケモンは反撃する力は既に無く、二人が立つ平たい屋根を越え、地上へと真っ逆さまに落ちていった。

「クソッ!」

 ハバリは悔しさを噛み締め、ダーテングをボールへと戻す。それは敗北を認めた瞬間でもあった。

「はい終わり。命までは取らねぇからさっさと消えな」

「これで終わったと……思うなァ!」

 ハバリは優しさとも甘さとも取れるジェノサイドの言葉を無視して携帯端末を取り出すと操作を始めた。

 すると、無数のポケモンが現れた。

「はあっ!?」

「バトルには負けた……。だがなぁ、ジェノサイド。俺はテメェの命が取れればそれでいいんだよぉっ!」

 それは、二十体ほどのタネボーだった。
一斉に湧き出したそのポケモンたちは、一目散にジェノサイドへと襲いかかる。
屋根の上のため足場には限りがある。逃げ場が無いと見るやジェノサイドはリザードンをボールから出すとすぐに背に乗り、空に向かって避難するように逃げた。

 タネボーもそれを追う。とはいえ、タネボーに飛ぶ力は無い。一匹一匹がそれぞれ足場となり、自らを踏み台にすることで無理矢理列をなす。
だが、それに留まらない。

「なにをしようとしてんだあいつら……?」

 ある程度距離を取りつつ逃げるジェノサイドは怪訝な表情でそれを見つめた。

 互いに支え合うタネボーであったが、風には煽られ、重みに耐えきれないのもあってバランスが崩れようとしている。
その内の一匹が倒れようとしたその瞬間。

 "だいばくはつ"が起きた。

 一匹のタネボーだけでなく、二十体すべてが、である。

「嘘だろっ!?」

 爆発の連鎖は繋がってゆく。それはまるで、空に広がる大きな尾にも見えた。

 爆発の衝撃は徐々にジェノサイドに近付く。離したはずの距離が、爆発によって詰められる。

「クソッ!」

 リザードンに指示を出し、飛びながら大きく身を捻らせる。
振り回されるような感覚を覚えたジェノサイドだったが、彼は強くしがみつき、背に伏せることで辛くも最後の爆発から逃れる事が出来た。

 ジェノサイドはホッとしてハバリの居た屋根を見ると、彼は再び端末を操作して先程と同じ数ほどのタネボーを呼び出しているところだった。

「また来るのかよ!?」

 ポケモンの形をした爆弾が再び迫るのも時間の問題だった。
ジェノサイドはリザードンに更なる速度で飛ぶように言う。

 ハバリは空中で舞っているように飛んでいるジェノサイドに、フードの下から強い眼差しを向けると呟いた。

「逃がさねぇぞジェノサイド……。俺は初めからお前を殺すつもりだからな。……絶対に逃がさねぇ」

 巷で流行っているスマホアプリがある。
そんな事を話す構成員が居たことを、その会話を盗み聞きしていた自分がいたことを、ジェノサイドは強い風を顔に浴びながら朧気に思い出していた。

『ポケモンボックス』

 かつてゲームキューブ用の同名のゲームがあったが、それとは全く関係の無い非公式のアプリ。
その内容とは、WiFiを介することでゲーム本編を繋ぎ、つまり連動させる事でスマホからゲーム内のポケモンを呼び出すという非公式の割にはかなりハイクオリティな代物であった。
これにより、手持ち六体以上の数のポケモンを操る事が出来るようになる。ジェノサイドの目の前で、数十体のポケモンが居られるのもそのためだ。

 ジェノサイドはリザードンの背から覗くように、首だけ出してその状況を見つめた。

 位置に届かないタネボーが爆発し、数が減るとハバリが操作をし、その分の補填をする。

 終わりが見えなかった。

 そんな時だった。

 再び生み出されたタネボーの列が、リザードンの羽ばたきによって崩されたのをジェノサイドは偶然目にした。

 瞬時に一計を案じる。

「そこまでそこまで……。そう、ここで止まってくれ」

 リザードンに指示し、爆発の射程圏内にまで降りたのだ。

「なんだぁ? 何がしたいんだアイツ」

 だがそれは、ハバリにも好機に見えた。
五体のタネボーと一体のコノハナを放ち、再び静観する。

 コノハナは助走を付けて飛び掛った。
ジェノサイドはリザードンごと身を躱して避けると、次に迫るタネボーに意識を集中する。
自爆する直前の絶妙なタイミングを狙うべくギリギリまで距離が詰まるまでその場に静止し、その時を待つ。
五体目の、自身に一番近づいたタネボーが視界に映る。

「今だ、思い切り羽ばたけ」

 ジェノサイドは簡単に言い切ると、リザードンもその通りに動く。
邪魔するものは他に何も無い。爆発すること以外は何も考えていないで躍り出たタネボーは、突然の烈風を受けては綺麗な線を描いて吹き飛ばされた。

 自身のトレーナーの元へと。

「あっ、」

 爆発する直前のタイミング。
それは、ハバリの元に時限爆弾が瞬間に現れたようなものだ。
回避すらも許されない。
言葉を何か発しかけたハバリだったが、それすらも認めないかのように"だいばくはつ"が一歩遅れて炸裂した。

「俺に勝ちたきゃ周りを見ることだな。目先の利益だけしか見えないからそうなるんだよ」

 危機がひとつ去ったジェノサイドは、ハバリがそれまで立っていた場所を見つめながら勝ち誇るように呟いた。

 相手は死んだかもしれないし、助かっているかもしれない。"自らの力で"決して人を殺めないと己に強く課しているジェノサイドは、今回はそれには当てはまらないだろうと自分を納得させる。

「とはいえ、俺とのバトルがきっかけで死んじまったらそれはそれで嫌だなぁ……。まぁ大丈夫だと信じたいが」

 安心しきったジェノサイドは遂に地上に足を、つま先をつけることが出来た。
それと同時に、どこからか走った電撃が彼を襲う。
一体何が起きたのか、それすらも理解できるはずもなく。
ジェノサイドの軽い体は力なく倒れた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.10 )
日時: 2023/12/03 11:47
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)


 敵に放ったはずの言葉が、自分に返ってくる。これほど悔しい事はない。
きっと、彼ならばそう思っただろう。

 倒れた男の背に、黒い尻尾が無ければ。

 地に伏せる直前、それは正体を現す。ゾロア。変身能力のあるポケモンだ。
当の本人は建物を彩る緑色の茂みの中からひょっこりと出てくる。

「コイルか……。ハバリとかいう奴のポケモン? かどうかは別にして、俺を狙い撃つのなら"ロックオン"でも持ってくることだな。"イリュージョン"まで狙えるかどうかは知らんが」

 ジェノサイドは、自分を明らかに狙ってきただろうポケモンの正体を見て睨む。
自分に電撃を放ってきたコイルは自由気ままに空を漂っていた。

「コイツのトレーナーは何処だ……?」

 ジェノサイドは未だ野次馬で溢れている構内へ首を左右に振るもそれらしい人影は見当たらなかった。それも当然である。本来、深部ディープ集団サイドというものは紛れるのが非常に巧みな集まりである。
徒労に終わったかとため息でも吐こうとしたその時。

 建物の影から灰色の靄みたいなものがこちらへと近付いて来た。
よく見るとそれはポケモンだった。何匹かが集まって宙に浮いている。それだけでない。そのポケモンに乗る人の姿もあった。

 髪が異様に長く、目はおろか顔さえもまともに確認出来ない。見ているだけで不安になりそうな、とことんなまでに体の肉を削ぎ落としたような細い身体。外見だけではか弱い女性のようにも見えた。

「なぁんだ。失敗かぁ」

 それは、くぐもった低い声だった。

「テメェ、何処の組織の人間だ」

 ジェノサイドは会話を試みる。
とにかく今は情報が無さすぎる。今自分の周りで何が起きているのか、それが知りたかった。

「"エレクトロニクス"。Cランク」

「なんだとぉ?」

 ジェノサイドは驚きのあまり声が裏返った。
相手の組織の名前に対してのものではない。

 男の背後。
自身の乗るジバコイルの左右には元から二匹のレアコイルが飛んではいたが、男は名乗りながらスマホを操作し、更に多くのポケモンを呼び出した。

 百体以上のコイルを。

 ジェノサイドは悩まなかった。悩む暇すらもない。
即座にオンバーンを呼び出し、背に乗ると今自分が大学構内に居る事も忘れて無我夢中で飛び回った。
彼がリザードンではなく、オンバーンを選んだ理由はひとつ。
より速いのがこのポケモンだからだ。

 質の問題ならばジェノサイドにとっても怖くもなんともない。
だが、量が想定外である。
とにかく今は体勢を立て直さねばならない。
ジェノサイドは大学上空を飛びつつ、時には隠れつつ姿を晦ましながら、電話を一本入れることにした。相手は己の右腕的存在、バルバロッサである。

「もしもし、聞こえるか?」

『ジェノサイドか? 一体どうしたのだこんな時間に。お前さん今は大学の講義の時間じゃなかったか?』

 ジェノサイドはちらりと時計を見た。既に講義が始まって幾らか経っている。ギリギリ単位が貰える十五分もとっくに過ぎていた。

「ぐっ……単位が……。いや、そんな事はどうでもいい。今大変なことになっているんだ。なんでもいい。俺に関する情報を何かキャッチしていないか?」

『お前さんに関わる情報か……』

 バルバロッサは暫く無音を電話越しに発し続ける。考えている素振りなのか、画面の向こうで何かをしているのかもしれない。

『やはり"うつしかがみ"だな。既にお前さんが手にしたという噂がこちらの世界で共有されている』

「おいおい……まだ昨日の話だぞ? 周囲にもほとんど話してもいないのに、なんでこんなにも広まるんだ?」

『全国規模の深部ディープ集団サイドとはいえ、世間と比べれば狭い世界さ。そういうセンセーショナルな話題はすぐに広まるのだろう。だが問題はそこではない。どうやら今回の"うつしかがみ"含めお前さんについての情報が一部の組織の間で共有されているらしい。なにか組織的な……連合のような動きを見たりしていないか?』

「まさにそれだよ。さっきから立て続けに組織の人間と戦ってるよ。めでたい事に大学構内でな」

『ならば、今すぐ逃げることだ。仮に相手が格下であっても、今のお前さんは一人で行動しているに過ぎない。組織間抗争の体を成していないんだよ。とにかく危険だ。今すぐこちらに帰ってくるんだ。また別の情報によると、神東大学周辺においてお前さんを打倒せんと包囲網を敷いている動きもみられている。今すぐ帰るんだ』

「なんだと!? 包囲網だって!?」

 思わず声を荒らげてしまった事で一匹のコイルにその姿が見つかってしまった。体育館の裏に隠れていたが今となってはその壁も無意味なものとなる。

 反射的にジェノサイドはオンバーンに"かえんほうしゃ"と命令し、見事に撃ち落とす。

「バカな真似しやがるな」

『お前さんはそんな馬鹿な連中と鬼ごっこをしている訳だが……。どうするかな? 私としては我々の組織の長として生き残ってもらいたいのだが』

「決まってんだろ」

 ジェノサイドは隠れるのをやめた。その姿を白日の下に、無数のコイルの前へと晒す。

「まずこのエレクトロニクスとかいう奴は倒す。それで帰る。日を改めて包囲網を敷いた関係者全員纏めてブッ潰す。それでいいよな」

『まぁ……好きにしてくれ。これはお前さんの組織だ』

 そう言ってバルバロッサは電話を切った。
通話は終わった。これで携帯のせいで塞がっていた左手が自由になる。
ポケットから二つのボールを取り出す。
ひとつはモンスターボール。もう一つはダークボールだ。

「リザードン、"オーバーヒート"。ゾロアークは"かえんほうしゃ"。オンバーンも"かえんほうしゃ"だ! 目の前のポケモン全員堕としちまえ!」

 鍛えに鍛えた頼りの三匹のポケモンがそれぞれ炎を吐く。
散らばっていた無数のコイルは、標的を見つけると一斉に飛んでくる。まるで空を染める巨大な鳥の群れのようだった。
そんな大きな群れは、莫大な炎によって全てが墜落していく。

「コイルの特性は"がんじょう"じゃなかったのか!? もっと丈夫なポケモンを連れて来たらどうなんだ、あァ!?」

 降り注ぐコイルの雨の中から、例のジバコイルに乗った男の姿が見えた。
ゾロアークが有無を言わさず"かえんほうしゃ"を放つが、それに対してジバコイルが眩しい光線である"ラスターカノン"を打つ。

 互いの技がぶつかり合い、相殺され、打ち消される。
辺りに爆発音と黒煙が舞った。
双方の視界が遮られる。
視界が戻るまで決して動かないジェノサイドと、常に空を漂い距離を離すエレクトロニクスの男。

 そうしている内に煙が晴れる。
先に動いたのは男を乗せたままのジバコイルだった。男の命令通りジェノサイドの背後へと回る。しかし、彼のポケモンのゾロアークの姿が見当たらない。

「消えた……? まぁいい」

 後ろを振り向いても空を見上げてもゾロアークもオンバーンもリザードンもその姿が皆無であった。もしかしたら煙で包まれている間にボールに戻したかもしれない。
不安は残るがチャンスでもあった。

「"ラスターカノン"」

 無防備なジェノサイドの身体に、メカニカルな光線がぶち当てられる。

 エレクトロニクスの男ほどでは無いが細いその体はあらぬ方向へと飛んでいき、硬いタイルの上を数回バウンドしては動かなくなる。
こうも簡単に勝ててしまうのか。癖になりそうな優越感に浸りながら男はピタリと止まったジェノサイドの体を見つめる。

 その想いに答えるためなのだろうか、それとも理解不能な現象だろうか。突然としてジェノサイドの両腕が本来は曲がらない方向へと曲がりだした。
壊れたおもちゃを彷彿とさせるような、不気味な起き上がり方をしてその体が立った。

 それだけでなく、獣のような鋭い爪、長い手足、特徴的な尻尾までもが生えてくる。いや、現れると言った方が正しかった。

「"イリュージョン"か……」

 男は悔しそうに舌打ちした。
その間にゾロアークは走り始め、近くの建物の壁を使ってジャンプまでした。

 常に浮遊している、ジバコイルと男を直接狩るために。

「こいつ……!? 命令無しにここまで動けるのか!? だが……」

 ジバコイルは真横へと大きくスライドした。それによりゾロアークの爪は虚空を裂く。

「当たらなければ何の意味も無いよねぇ!」

 ゾロアークは足場を失った。あとは落ちるのみだ。追い討ちにと男はジバコイルに"でんじほう"と命令する。

 しかし。
 ゾロアークは落ちながら両手をこちらに向けようとしている。それは攻撃の合図だ。

「こいつ……何を!?」

 ジバコイルの次なる技よりも先に、ゾロアークの両手から赤と黒の光に包まれた禍々しい光線の塊が放たれた。

「何故だ!? 落ちるのが怖くないのか!? なぜ命令無しにそんなことまで……ッ!」

 ジバコイルが放とうとした電撃と合わさり、直撃と同時に規模の大きい爆発が生じた。

 男は朦朧とする意識の中、微かに見た。
ジェノサイドがやや離れた階段に座ってこちらを眺めていることを。落下したと思ったゾロアークはオニドリルへと突如として変身し、空を悠々と飛んでいるところを。

 そして悟った。無謀な戦いだったと。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.11 )
日時: 2023/12/03 11:46
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)


「まぁ、こんなモンかな」

 変身を解いたゾロアークがこちらへと駆け寄って来る。ジェノサイドは椅子代わりにしていた階段から立つと尻をパンパンと軽くはたいた。

 バルバロッサの情報によると、自分を目当てに多くの深部ディープ集団サイドの人間がこちらに来ているらしい。今となってはやや離れた位置に少数の野次馬が居る以外に人影は無かった。講義も半ばに過ぎている。昨日と同じような、構内を出歩く人の数が最も少ない時間になっているようだ。

 そこへ、無人のバイクが構内に侵入し、そのままジェノサイド目掛けて突っ込んで来た。
ジェノサイドが命令する前にゾロアークが"ナイトバースト"で吹き飛ばす。
赤と黒の光を纏った鉄の塊はその瞬間にも爆発、炎上した。

「なんでキャンパス内にバイクが……? 直前に乗り捨てたようだな」

 ジェノサイドのその言葉を証明するかの如く、彼の前には一人の男が立っていた。

「オイ、今のはテメェか? 構内はバイクの侵入禁止だぞ。つーか事故るところだったじゃねぇか。まともに乗る事も出来ねぇようだから壊してやったぜ、感謝しろ」

「やるねぇ〜……。流石は天下のジェノサイド様だ。今までのバトル見させてもらったが、"イリュージョン"で敵を翻弄させつつ首を獲る。それが貴様の強さだな? ジェノサイド」

 ジェノサイドは身構えた。今自分と対峙している人間は新たな敵だと。
相手の挑発的な言動のせいもあったが、それとは別に戦いを強いられる他の要因が醸し出されていた。

 これまでとは違う、圧迫感。嫌悪感。
それがひしひしと、身体の奥深くへと突き刺さる。

「これは、なんだ……? 匂い?」

 ジェノサイドは己の嗅覚が強く刺激されていることに気が付いた。
臭いものではない。かと言って百パーセント不快なものでもない。これまでに嗅いだことのない、不思議な、そしてひとつの感情を揺さぶられる"匂い"だ。

「これで何人目だろうな……新手か?」

「じゃなかったらなんだ? 仲間か? 違うな」

 短髪の男が答える。その髪は薄茶色に染めているようだった。
男は深緑色のジャケットを上に着ているが、ボタンはひとつも留めていない。風が吹く度に裾が強く揺れている。

「お前が来てから妙な匂いがする。原因はそのポケモンか」

 ジェノサイドの感覚を刺激している香りの正体がその男の隣に居る。

 フレフワンだ。

「当ったり〜。いやぁやっぱりジェノサイドだな。こんなマイナーなポケモンの事もよく分かっている。お気に入りのポケモンだから嬉しいぞ俺は」

「長々とうるせぇな。何しに来た? 戦うってんなら相手になるぞ」

 ジェノサイドは大きく腕を振るう。それを見たゾロアークが両腕に力を込めようとするのを見て男が動いた。

「あらかじめ自己紹介しておこうか。Aランクの組織"フェアリーテイル"。そのリーダーのルークだ。よろしくな? Sランク組織のリーダージェノサイドさん」

 宣戦布告。
ほんの数分前まで戦っていた"エレクトロニクス"の男と同じパターンだ。
ジェノサイドは内心ウンザリしつつも臨まんとする。

「"共有された情報"をもとに人を集めてみたんだがやっぱりケタ違いだよなぁ。二人倒した後のオレでもまだまだ疲れは無いと見える」

「踏んで来た場数が違いすぎるんだよ格下。持久戦したけりゃ二百人は連れて来いクソザコ。って待て、テメェ今情報がどうだの人をどうこう言ったな? ってことはアレか。テメェがこの包囲網の首謀者か」

「うおっ、またまた当ったり〜。やっぱジェノサイドお前すげぇよ。流石修羅の道を歩んだだけはあるな。何でもお見通しか。時間が時間だったからあまり良い連中は集められなかったけど、どうだった? オレの作戦ナイスだった?」

「ふっざけんな。雑魚相手に時間取らせるなよ」

「ゴメンゴメン、それは謝るよ。だからこうして今オレサマが……」

「テメェも含めて言ってんだよこの雑魚」

 ジェノサイドは言い終える時間さえも与えない。
合図が一切無い大技は、ほとんど不意打ちのようなものだった。
ゾロアークの放った"ナイトバースト"がルークと名乗った男に突き刺さる。
衝突と同時に爆発が生まれ、黒い煙が舞う。
本来ならば軽い怪我では済まない。手加減をしたつもりは皆無だからだ。
ジェノサイドもそう思った。

 だが。

「無傷……だと。そこのフレフワンの仕業か」

「大正解〜。"ひかりのかべ"ってすげぇな。衝撃がほとんど伝わってこなかったぞ」

 あらゆる特殊技を半減させる"ひかりのかべ"。
これを前では、突破は困難であることを思い知らされる。
そもそも、悪タイプであるゾロアークでフェアリータイプのポケモンを相手取るということがそもそも無茶ではあるが。

「お前……少しは楽しめそうだな」

 戦いを楽しもうとしている自分がいた。
本来ではエレクトロニクスの男を倒してとりあえずは基地に戻ろうと帰るつもりだった。
それを、この男に阻止された。
逃げるという選択肢もあった。負けと逃げは違うので組織が解体される事はない。だが、ここで逃げるのは勿体無いと思っている戦士のような自分がいた。

 包囲されている。
改めて思うと逃げ出したくなるほどだった。だからこそ、"逃げ"も考えた。
だが。その割には多方面からの攻撃を受けない。ダーテング使いのハバリも、エレクトロニクスの男も、そしてこのルークと名乗る男も。
不思議と全員一人ひとりが前に出て戦っている。彼らが纏めて一斉にかかりに来たり、取り囲んで戦うと言った組織的な動きをまるで見せない。
そこが奇妙な点だった。

 更に、他に敵が見当たらないのも不思議だった。
ジェノサイドがギョロギョロと目を開いて周りを何度も見る仕草を繰り返すも、やはり闘争心を剥き出しにしているのは目の前のルーク以外に無い。

 隠れているのかもしれない。機を伺って周囲に紛れているのかもしれない。それとも、ほぼほぼ有り得ないが自分以外の他の生徒に倒された可能性もある。

 考えれば考えるほど、敵の動きが分からない。仕組みが理解出来ない。
だからこそ、単純な動きしか今はしない。

「雑魚ばかりで退屈してたんだ。戦えよ」

「そう言ってくれるとオレとしても嬉しいぜジェノサイド様よォ!」

 ジェノサイドはボールを同時に二つ操る。ひとつはゾロアークのダークボール、もうひとつはヒールボール。

「ゾロアークは戻れ。代わりに行け、マリルリ!」

 やる事はただひとつ。

「マリルリ、"じゃれつく"!」

 茶色い髪をして、深緑色のジャケットを着た目の前の男を倒すのみだ。

「"ムーンフォース"だフレフワン」

 馬鹿正直に進んでくるマリルリに対し、フレフワンは足止めをせんと遠距離から攻撃しつつダメージを与える。
マリルリの攻撃は当たらない。

「クソっ、簡単には入り込めねぇか。面倒だ」

「なんだか似合わねぇなぁ? ジェノサイドが可愛い系のポケモン使うなんてよ。今の内に"トリックルーム"」

 瞬間。

 フレフワンを中心にその周囲の空間が大きく歪みだす。
現実世界との"ズレ"が強く、そこに空間が構成されているのか、そもそもそんな思考そのものさえも分からなくなるような錯覚を覚えるほどの歪み。
その範囲は徐々に広がり、ルークを、マリルリを、そしてジェノサイドを包む。遂にはバトルのフィールド全体に及んだ。

 トリックルーム。
それは、一定時間遅いポケモンから先に動けるようになる特殊な環境だ。
普段は鈍足だが火力の大きいポケモンを使う際の補助技としてのイメージではあるが、そもそもこの技とフレフワンの相性は抜群に良かった。

「フレフワンも鈍足だが、それだけじゃねぇな……? 固有特性の"アロマベール"か」

「へぇ? 意外だ。マイナーだからあまり知られていないものかと思ってたぞ。実際知らぬまま俺の前で散ってった雑魚なんかも居たっけなぁ……」

 ルークはそう言って自身の記憶を思い出そうとしているのか、頭をポリポリと搔きながらそう言う。彼も彼で深部ディープ集団サイドの人間としてこれまでに多くの戦いを経験しているのだ。

 "ちょうはつ"や"アンコール"、"かなしばり"等の俗に言う"メンタル攻撃"という実戦級の技を無効化する、非常に有用な特性を相手のポケモンは持っている。
"トリックルーム"の始動役であれば喉から手が出るほど欲しい力だろう。

 敵ながら非常に優秀に思える反面、不穏な空気も感じ取っていた。
フレフワンはあくまでも始動役。つまり、その後ろに本命が控えている。

 "トリックルーム"展開の中、物理技主体のマリルリは思うように動けない。
技の都合上接近しないと攻撃出来ないのに対し、相手のフレフワンは遠距離から特殊技を放ってくる。
仮にマリルリに特殊技を備えていたとしても、"ひかりのかべ"の前では無力だ。

(このまま"トリックルーム"が消えるのを待つか……? いや、その前にマリルリが倒されてしまうだろうな)

 ジェノサイドは悩んだ。
この時、どうすればよいか。

「だったら……。ソイツに対応出来ねぇ技を叩き込んじまえば良いじゃねぇかよォ!」

 そう叫ぶと、呼応するかのようにマリルリもその身に水を纏いだした。
そして、ジェノサイドの命令を合図に突進する。

「"アクアジェット"!」

 その技の名の如く噴射して飛んでいったマリルリは"トリックルーム"を無視して、フレフワンが動こうとしたその絶妙なタイミングに割り込んでいく。
特性"ちからもち"も相まった絶大なる火力がフレフワンに叩きつけられる。

「……へぇ」

 しかし、フレフワンは一撃では倒れない。
一度フラフラした様子を見せるものの、すぐにバランスを整えると平然として立ち直った。
対してマリルリは強すぎた勢いが祟ってあらぬ方向へと飛び、そのせいでまたも距離が空いてしまう。

「たとえゲームのデータに基づいているとはいえ、バトルの形式がゲームと同じと思うなよ。こちらではゲームでは表現出来ない動きも可能だ。その分戦術も広がる……。どちらかというとポケモンのアニメの世界に近いものだと思いな」

「アニメの世界、ねぇ。わざわざ解説ごくろーさん。そんなんとっくのとうに知っていた事だが、お前にしては面白いこと言うじゃねぇかジェノサイド。ところでだ。お前は一体何のためにここまで戦っているんだ? 折角だし教えてくれよ」

 余裕の表れか、時間稼ぎか。
ルークは唐突にバトルとは無関係の話題を振り始めた。

 その不自然さにジェノサイドは眉を細める。

「何のため、とは逆にどういう意味だ。俺は"ジェノサイド"だからこそ戦っている」

「それだよ、だからその、なんでわざわざ"ジェノサイド"と名乗ってまで戦う必要があるんだと聞いているんだ。その名を振りかざしてまでやらなきゃ行けない事があると言うのか?」

 ウザい。面倒臭い。
ジェノサイドがまず抱いた感情だった。
答えるのも億劫だ。ノリに任せてバトルを始めてしまったが、本音としてはさっさと終わらせてこの場から退避したいところだ。長話に付き合うつもりはさらさら無い。

「"ジェノサイド"という名を、その組織を追うと一応ひとつの目的だか目標に辿り着く。まぁ深部ディープ集団サイドの組織ならば何処でも必ずは用意している"組織の掟"と言うか"社是"みたいなものだろう。"結社"から定められたルールのひとつ、組織の方針ってヤツだな。それに従うとオマエらジェノサイドは……」

「"ポケモンを対象とした不正利用の防止とポケモンそのものの保護"。これがどうしたってんだ? 設立当初特に明確な目的もなく適当に語句並べただけの決まり文句に過ぎない」

「違うね、それは嘘だなジェノサイド」

 ルークは笑う。不敵に笑いながら指を差す。

「お前は、お前らは"ポケモンのため"と言って行動して来た……。当初の暗部ダークサイド殲滅も世の犯罪の根絶と言うよりはポケモンを悪用するという側面からくる、悪用されちまうポケモンの保護と言う名目でそれも果たせたしな。こんな感じで、俺らはお前らがこれまでやって来たことの大体を知っている。……全部とは言わなくともな。だからこそ、お前らジェノサイドが珍しいことに、ある程度世間にも認知されている事も知っている。本来、深部ディープ集団サイドは存在そのものを悟らせてはならないものなのにな。だが、お前らは違った。活動理由が理由だけになぁ?」

「だからなんだってんだ、くだらねぇ。俺は世間様の言う通りテロリストか何かだろ」

「いや、そのテロリストが間違いだ。お前はテロリストなんかじゃねぇ」

 一瞬だけ鼓動が早まった。
これまでの敵とは違うという緊張感が確実なものとなった。今ジェノサイドは確かに内心不安を抱えた緊張に支配されている。

「お前たちはテロ行為なんて一切していない。そもそもだ。お前の掲げる方針にある"不正利用の防止"ってヤツだが、お前これポケモンの悪用だけじゃないよな? 改造とかチートも含んでいるよな?」

「へぇ……。お前面白いな。それに気付いたのはこれまで戦ってきた人間でお前が初めてだよ。まぁ、それを知ったところでどうにもならんがな」

「それで、」

 ルークはジェノサイドの言葉を無視する。
それによってムッとした彼の表情を見てルークはほくそ笑んだ。

「これまで無差別な襲撃だのポケモンを使ったテロだの何だの言われ続けてきたお前らだったが、その行為の裏には表の世界の人間だろうが、組織の人間だろうが関係ない。改造に手を染めた人間をピックアップして狙っていたって訳だ。そうだろ? まぁそんな事普通は誰も気付くはずがないから"無差別に襲撃"だなんてブッソーな言葉で一括りにされちまってさぁ」

 ジェノサイドは黙って聞き続けていたが、実はそれを知ったごく一部の人間からは支持されていたこともあったのだが、どうせ言ったところで無視されるのが落ちなので何も言わないことにした。

「んで、ここから本題。オレが一番知りたいところなんだけど」

 ルークの薄笑いが消えた。
声のトーンも変化し、それは真正面にジェノサイドを捉えている。

「これまで多くの人から誤解され続けて悪者扱いされ続けて肩身の狭い思いをしながら、それでいて今みたいに多くの深部ディープ集団サイドの組織からも狙われて、明らかに他の組織のヤツらよりかは苦労してんのに、それでも活動を続ける理由ってなんなの?」

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.12 )
日時: 2023/09/13 19:21
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 場違いなまでの、敵からの問題提起。
ジェノサイドはその言葉を聞きながら、いや、聞いたせいで今が戦闘中である事を一瞬だけ忘れた。
代わりに、ここまで歩んできた戦いの記録、これまで見てきた記憶の全てが、ぶわっと頭の中を駆け巡っては消えてゆく。
そんな中で思い起こされたのは、消えていった嘗ての仲間たちの姿、自分が本当に守りたかったもの、そして守るべきものの為に怒るその対象。

 それらが、不意に意図せずして蘇った。
目の前の男のせいで。
そのうえで、ジェノサイドはこう答えた。

「今ここで俺が言うと思うか? 企業秘密って言葉が何で存在するんだろうなぁ?」

「お前は会社じゃねぇだろ……」

 つまらなそうにルークは小さく呟いた。

 意識は戦いへと戻る。
今ジェノサイドがすべき事は過去に思いを馳せることでは無い。
目の前のフレフワンを倒す。ただひとつだ。

「マリルリ、もう一度"アクアジェッ"……」

 言っている途中に異変が起きた。

 なんの前触れもなく、フレフワンは突如としてボールへと戻って行った。
ルークは一つの命令も出してはいない。
勝手に戻ってしまったのだ。
彼はボールを手にしていなかった。なのでフレフワンは文字通りポケットへと吸い込まれていく。その感覚は"バトンタッチに"似ているもののようだった。

「流石、最高のタイミングだぜ」

 ルークは別のボールを握りしめる。
出番だ、と小さく呟いたようだったが、それに呼応して現れたのはニンフィアだった。
甘い色のリボンのような装飾を身に付けた可愛らしいポケモンがフレフワンと入れ替わる。

 ジェノサイドは舌打ちをした。何が起きたのかを理解した。

「フレフワンに"だっしゅつボタン"を持たせていやがったか……嫌なポケモン持ってきやがるな」

「まぁまぁそう言うな。この子はこの子で凄いんだぜ」

 "トリックルーム"の効果は続いている。ここまでは想定通りの動きだった。素早さが物を言う環境下において、そのアンチテーゼとなるこの戦術はルークに多大な勝利を齎してきた。あとはニンフィアで全抜きをしてしまえばいいだけだ。
いつもの光景、いつもの勝利。
ルークはこうして今まで勝ってきた。
それが、ジェノサイドにも通用する。

「今のお前のポケモン一撃で倒せる位にはな」

 ルークはニヤリと笑う。
ジェノサイドがそれを発見した時にはもう遅かった。
"アクアジェット"という命令より先に彼が動く。

「"ハイパーボイス"!」

 姿かたちの無い衝撃波が飛んできた。
音だけのその強い衝撃に、うるささにジェノサイドは聴覚を一瞬奪われ、反射的に目を瞑った。
その直前、彼は確かに見た。
自身のマリルリが技を受けて飛ばされるのを。
目を閉じるまでの一瞬の出来事だったので、何かの見間違いと思うほどだった。

 静寂はすぐにやって来る。
ジェノサイドはゆっくりと目を開ける。

「間違いじゃ……なかったか」

 マリルリは倒れていた。
戦闘不能。もう戦える力は残っていない。
無言でボールに戻すと、それから暫くジェノサイドは固まった。

 ルークは、そんなジェノサイドの姿とニンフィアとを交互に見ることしか出来なかった。

(なんだ? 天下のジェノサイド様がたかが一匹倒された程度でここまで考えるか? 戦闘放棄か考え事か……。まぁ後者だろうな)

 今ここでどんなに時間を消費してもバトルにはカウントされないので、"ひかりのかべ"も"トリックルーム"も消えることは無い。
なので、何もしないという行為はなんの意味も為さない。
ゆえに、ルークにとっては彼が不気味に見えた。

「オイ、遅延行為とかどうでもいいからよ、さっさと次のポケモン出せよ。それとも万策尽きたか? 格下相手によぉ」

 明らかな挑発。だが、それでもジェノサイドの表情に変化は無かった。そもそも、ちゃんと聴いていたのかどうかも怪しい。
だが、その心配をよそに次のポケモンが繰り出された。
"ひかりのかべ"を意識してか、物理主体のポケモン。ヒヒダルマだ。

「ヒヒダルマだと……?」

 ルークはその声色とは裏腹に内心驚いた。
タイミングが分からないからだ。

(なぜこのタイミングでヒヒダルマなんだ……? 炎で物理だから相手にとっては相性は良いんだろうが、コイツまだ"トリックルーム"の影響下にある事を忘れているんじゃねぇのか?)

 不可解。それに遭遇すると頭の回転が早まる人間が中には存在する。ルークもその一人だった。普段以上に負荷を掛けているのが自分でも分かるほどだ。

(奴は"きあいのタスキ"でも持たせているのか? そうすれば反撃に転じる事は可能だ。だが……)

 一部のポケモンには、その姿や特徴からイメージを持たれる場合が少数ながらもあったりはする。それが実戦に向くか否かは別として。
例えるなら、ホエルオーならば"しおふき"というように、ヒヒダルマにもそのようなやんわりとしたイメージがある。

(ヒヒダルマと言えば"フレアドライブ"だ。だから普通はヒヒダルマにタスキは持たせねぇ。技との相性が最悪だからな。と、なると奴のヒヒダルマの型がどんなものか、何故このタイミングなのか……益々分からねぇ! ジェノサイドっ! テメェは何を考えていやがる!)

 その答えは、本人以外は分からない。
だからルークは悩む。だが、どれほど悩んでも結局答えは「わからない」だった。
それに、あまり考えていられる時間も無い。
その分相手に攻撃を許してしまう隙を与えてしまうからだ。

 防御面が脆いフレフワンとニンフィアにとっては正に天敵。
本来ならば相性の良いポケモンと取り替えたいところだが、手持ちの問題上そうもいかない。ならば、今ここで摘むしかない。

「仕方がねぇな。相手の攻撃が届かない遠距離から"シャドーボール"だ!」

 マリルリ戦と同じく、物理主体のポケモンがこちらまで迫ってこないよう遠くから技を放つ。
理想としては"ハイパーボイス"を使いたかったが、ニンフィアの特性は"フェアリースキン"だった。ノーマル技に補正がかかり、フェアリータイプの技へと変化するものなのだが、それが仇となりヒヒダルマには半減されてしまう。
なので、ニンフィアの高いとくこうが活かされて尚且つ補正の掛からない"シャドーボール"なのだ。

「避けられるなら避けてみろ! お前のヒヒダルマに突破出来るかなぁ!?」

 興奮のあまり叫んだルーク。
目を大きく開いてその様を凝視する。
だから、見えた。

 黒い塊がヒヒダルマに直撃する直前に、ジェノサイドが何か命令したのを。その通りにヒヒダルマが動いたのを。

(来る……! 奴は"フレアドライブ"を使いながら"シャドーボール"を避けてこちらに向かってくる!!)

 そう身構えたルークだったが、実際は違った。
ヒヒダルマの口から赤い炎が、"かえんほうしゃ"が放たれた。

「なんだとぉ!?」

 その炎は黒い球とぶつかり合い、爆発し霧散した。

「"かえんほうしゃ"……? 一体奴は何を……まさか!?」

 物理一本の普通のヒヒダルマでは有り得ないチョイス。
"普通"ならば。
だとしたら、考えられるのはひとつしかない。

「特殊技を使うヒヒダルマ……まさかそいつは、夢特性の"ダルマモード"か!?」

 "ダルマモード"。
超火力を有するヒヒダルマのもうひとつの姿。
特定の条件下にてこうげきが大幅に下がり、代わりにとくこうが大幅に上昇する。
簡単に言えばこうげきととくこうが入れ替わるものだ。
つまり、超火力がとくこうにシフトする。
しかし、その特定の条件下というものが。

「お前馬鹿か!? そいつはダメージを受けていないと使い物にならない代物だ。しかもヒヒダルマの耐久はお世辞にも高いとは言えない……。"ダルマモード"なんていう失敗があったからこそギルガルドというポケモンが生まれたのをお前は知らないのか?」

 正確には体力が半分を切って初めてフォルムチェンジが成立する。
要するに使いにくいポケモンなのだ。

 それでも相手はニンフィアだ。普通の思考力でいるならば、本来のヒヒダルマで戦った方が遥かにマシである。

「なんとでも言え。俺のヒヒダルマは、こんな所で終わるほど単純なモンじゃねぇぞ?」

 ジェノサイドは嗤った。まるで相手を嘲るように。

 ルークは益々悩んだ。
最早ジェノサイドという男を理解すること自体無意味で無駄で不可能である事を悟る。
それでも状況を変えるために考えるしかない。

(下手にダメージを与えてしまえば"ダルマモード"が発動してしまう……。だが、奴の耐久力では耐え切るとは思えない。でも、タスキを持っている可能性は? "フレアドライブ"の有無は? クソっ、分からねぇ……)

 悩みに悩み抜いた末に、答えをひとつ導く。

「ニンフィア、"めいそう"だ」

 一見無防備とも取れる姿勢でニンフィアは佇む。
全神経を集中させ、とくこうととくぼうを上げる技だ。

 それを見たジェノサイドは今だと言わんばかりに指示を出す。

「"フレアドライブ"」

 ヒヒダルマは、全身に巨大な炎を纏って突進の構えを見せると、こちらへと突き進んできた。

「キタァ!!」

 この時を待っていた。
強く感激したルークは叫ばずにはいられなかった。

「"めいそう"はあくまでも陽動! ただの陽動で火力も上げられるんなら得しかねぇだろっつーの!」

 すべてが予想通りだった。
そしてこれからも、予定通り指示を飛ばす。

「ニンフィア! "シャドーボール"!」

 ヒヒダルマと"シャドーボール"を衝突させることによりダメージを与え、相手が地面に着地した瞬間を次の技で仕留める。
作戦は完璧だった。ここまでは。

 二つの技が炸裂し、黒煙が舞う。
何も見えないことで不安を覚えたルークだったが、煙はすぐに飛散し、ニンフィアが立っている光景が見えたのでそれはすぐに消えた。

 しかし、ヒヒダルマの姿が無い。
倒れるどころか、どこを見てもその姿が見えなかった。

(遠くへ吹き飛んだか……?)

 最初はそう考えたルークだったが、やはり何処にも見当たらない。
確認のためにニンフィアから視線を逸らしたその時。

 後ろから、"なにか"が迫った。
かなり速い"なにか"だった。
それはルークにもニンフィアにも追い付けない。
既に"ひかりのかべ"と"トリックルーム"の効果は消失している。

 "それ"はニンフィアの超至近距離から光線を放った。
避ける術は無い。直撃を受けたニンフィアは飛んだ。

 だが、違和感はそれだけでは無かった。
得体の知れない物体の放った光線。それがかなり特徴的だった。ルークはそれに見覚えがある。
赤と黒が混じったような、禍々しくも痛々しい色をしたそれは。

「まさか……"ナイトバースト"!?」

 答えが出た瞬間だった。
つまり、それは。

「ヒヒダルマは……これまでの動きすべてが……奴を出した時からの全部が、お前が魅せていた幻影だったのかよ!?」

 それを聞いたジェノサイドは再び嗤う。
それが合図となり、得体の知れないヒヒダルマは真の姿を現した。
鋭い爪と眼差し、獣と表すにふさわしい体毛。細い腕と足。
紛れもなく、ゾロアークだった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.13 )
日時: 2023/09/13 19:29
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ゾロアークが現れた。
ニンフィアという相性が最悪なポケモンを相手に臆することも無く、互角に、それ以上の戦いを魅せる。それはゾロアークの強さか、それともジェノサイドの強さか。

「ヒヒダルマはすべて幻影だ。ゾロアークで時間稼ぎされるなんて思ってもみなかっただろ?」

「そのやり方には驚かされたが……問題はゾロアークじゃない」

 今ある現実から、懸念を抱いたルークは額から汗を一滴垂らしながら思慮を巡らせる。

「こいつに化けた以上、本物のヒヒダルマが手持ちに居る、という事か?」

 今のルークにとってヒヒダルマは一番戦いたくないポケモンのひとつだ。"トリックルーム"も消えた今、脅威でしかない。

「さぁな。このバトルを続けていけば分かるだろ」

 余裕綽々に話し続けるジェノサイド。その傍らで、ゾロアークが突如"ナイトバースト"を打つ。

「なっ……、くそっ! なんなんだよソイツは!」

 バトルにおける命令というものは合図だ。
自身のポケモンにとっての指示であるのと同時に、敵にとってもこれからやって来る攻撃に対する準備期間でもある。
命令があって自他共に確認が出来る。
命令無しに技が飛んでくるというものはそんな準備をしようにも出来ない状態に等しい。"まさか今技が突然飛んでくる訳が無い"など普通の人間ならば予期はしないだろう。むしろ、する方がおかしい程だ。
それを、ジェノサイドは当たり前のように繰り返す。

 虚を突かれたのはニンフィアも同じだったようで、辛くも避けたようだった。
当たらなければ問題は無いが、これが何度も繰り返されると厄介である。精神的にも宜しくない。

「面白いだろ、俺のゾロアーク」

「自覚が……あるのか」

「あぁ、こいつは特別なんだ」

「特別?」

「何年前だったかな……。とにかく、ある時を境にこいつは勝手に動くようになった。理由は俺にも分からねぇ。だが、バトルの状況や対面の有利不利を理解しているようで、俺にとっても最善手である手段をよく取ってくれるんだ。たまーに変な行動もするけどな。……って話をさっきダーテング使いの野郎にも言ってやったよ。詳しく聞きたけりゃそいつに聞いてみな。死んではいないと思うからな」

「この、クソ野郎が……」

 ルークは、これでもかと言うほどの負の感情を抱いた。
それはジェノサイドが自身に放つ傲慢さだけでは無い。
実力や地位など、自分にはない物をこの男は手にしている。そんな嫉妬や恨み、妬みも含まれている。
そのためか、薄々実感はしていた。
大きな間違いを犯したかもしれない、と。

「そんな訳で、もういいだろ。お疲れちゃんゾロアーク」

 好き勝手に場を掻き乱し、翻弄したゾロアークは大人しくボールへと吸い込まれる。

「んで、今度はお前の番だ……。ヒヒダルマ」

「来やがった……。今度こそ本物か」

ゾロアークを戻した以上、"イリュージョン"は発動していないはずだが、それでも幻でいて欲しいと望んでいるルークがそこには居た。

「"トリックルーム"は消えた。あとに残るのはノロマで無防備なニンフィアだけ。もう怖いものはねぇ。元から怖くもねぇけどな?」

 スカーフを巻いたヒヒダルマは炎を身に纏う。
持ち物である"こだわりスカーフ"。その技は。

「"フレアドライブ"」

 せめてもの対抗策にと"ハイパーボイス"をと思ったルークだったが、命令と技の発動までの僅かなタイムラグを突かれる形となった。
まさに速攻。それに相応しい動き。
瞬間を逃すことなく、ヒヒダルマはニンフィアを貫く。

 勝負は一撃で決した。

「クッ……ニンフィア……」

 倒れたポケモンの下へルークが走る。
状態を見てボールに戻し、鋭い目でジェノサイドを睨んだ。

 そんな恐ろしい目を向けられたジェノサイドは相手の残りの手持ちは若干の傷を負ったフレフワンがいた事を思い出していた。そこから勝利を微かに見出す。

「くそっ、フレフワン!」

 そのポケモンは、ニンフィアと同じく鈍足で守りも厚くはない。加えて今は道具も無い。
最早敵でも何でもなかった。

「もう一度"フレアドライブ"だ」

 再び炎を纏ったヒヒダルマは先と同様に猛突進する。
ルークはフレフワンに"ムーンフォース"を指示したが、今度も構えたところを攻められた。

「耐えろ! フレフワン!」

 というルークの声が響いたが、その応援も虚しくフラフラと体を揺らしたフレフワンは全身から力を抜くと倒れた。

「よし、二体目。次のポケモンまだ居るよな?」

 暗に急かすジェノサイド。それを察したルークは今度も睨む。
ポケットの中の最後のボールを掴んだものの、考える仕草をしているようで中々場に出そうとしない。躊躇しているようだった。

「どうした? 早く出せ」

「うるせぇジェノサイド! 言われなくとも出してやるよ! 行け、クチート!」

 叫ぶと、ボールからはそのポケモンが飛び出した。

「なるほどねぇ……」

 躊躇していた理由が分かった。相手にとって相性が最悪だからだ。
それは、ジェノサイドからすると勝ったも同然。今回も楽な戦いだったと最後まで余裕を抱いていた彼は、ある事を忘れていた。

ヒヒダルマはこれまでに"フレアドライブ"を二度打ち、その度に相手のポケモンを倒した。という事は、その分の反動ダメージが蓄積している。
そしてそれをルークは見逃さなかった。

「"フレアドライブ"」

「"ふいうち"!」

 いきなり響いた大声にジェノサイドは驚き、肩をびくつかせる。
その声を聞いたクチートは誰よりも早く動き、誰よりも早くヒヒダルマへ潜る。

 鈍い音が響いた。
予想だしない動きとともに繰り出した大きなアゴが、ヒヒダルマを捕らえる。
餌食となったそのポケモンは倒れた。

「マジか。完全に油断したー」

 抜けた声でそう言ったジェノサイドはヒヒダルマを戻す。それは同時に最後のポケモンであるゾロアークを出す合図でもあった。

「お前は俺を騙したんだ。これくらいやられて当然だろ」

 ルークのその声を無視するジェノサイドは自身の真上に、まるでカッコつけるようにダークボールを放った。

「これでお互い最後の一匹だ……俺のゾロアーク倒せるモンなら倒してみろAランク」

「黙れジェノサイド! 調子に乗れるのも今日までだ!」

 強気に言い放ったルークだったが、突如として彼は笑いだした。最後の一匹という緊張感からか、それとも思わずこみ上げる何かがあったのか。

「はっ、ははははは! お前本当に"あの"ジェノサイドなのかよ! それにしては無様な戦い方だよなぁ!?」

「何が言いたい。それとも何らかの期待でもしていたのか? だったら申し訳ねぇな。元来俺は人から期待され過ぎてよくガッカリされる。だからそこは勘弁な」

「そうじゃねぇよ。お前の人格なんざどうでもいいんだよ。俺が言いたいのはポケモンだ。ポケモンの扱い方だ! あまりにも下手すぎやしないか? 特にさっきの。なんだよ今のヒヒダルマ。普通だったら予測出来るだろ! クチートが……」

「クチートが"ふいうち"をするかもしれない、ってか? それくらい予想済みだ」

「嘘だな! ならば何故反動ダメージを考慮しなかったんだ!? お前だったらそんなの予見出来んだろ! あぁ!?」

「だから……」

 ふざけた問答しか見えない彼に対して感情が昂るルークだったが、ジェノサイドは至って冷静であった。ため息を吐いて片目を閉じている。呆れているようでもあった。

「いい加減察しろ。俺は必ず勝つ戦いしかしねぇ。勝つために状況を作り上げる。バトルの基本だろ? 俺はそれに忠実だったに過ぎない」

 ルークは息を詰まらせた。意味が分からなかった。自らピンチになるような局面を作り出すなどと。故意にこの状況を作り上げた事に理解が及ばない。

「分からないか? ならば今から見せてやるよ、俺のゾロアークの強さをな」

 言いながら、赤と黒の光線が一直線へと走ってきた。

「くっ、またかよ……」

 やや遅れてルークの命令に従い、クチートはそれを避ける。

「そのまま行けるとこまで接近しろ!」

 クチートは走り出した。大技を放った後の大きな隙だらけのゾロアークの下へ。

「なん……っ!?」

「ははっ、だからおめぇは甘いんだよジェノサイド! 今のこの状況見ても同じこと言えんのかぁ!?」

 射程圏内へと入る。ここしか無いと絶妙なタイミングを得たルークは叫ぶ。

「"じゃれつく"!」

 その後。とてもじゃれついたとは思えない猛撃が、暴力と衝撃の嵐が砂煙を生じさせ、周りを包んだ。

 勝敗は決した。誰もが思ったことだろう。
ルークも、遠くから眺めていた学生たちも。
一人の男を除いて。

 暫くして、異変に気付く。いつまで経ってもクチートが戻ってこないのだ。

「……おい、何をしている!? 技キメたんなら早くこっちに戻れ!」

 得体の知れない不安と緊張から、ルークは怒鳴る。
眼前の砂煙が消えると、その不安は確信へと変化した。

 技を受け、倒れているはずのゾロアークが立っている。それも、クチートを逃がすまいと抑えたうえで。

「これを待っていたんだ……俺の勝ちだ。ゾロアーク、"カウンター"」

 何処から溢れたのか想像し難いエネルギーが全身から放出され、己が受けたダメージを倍にして返す。

 クチートが飛んだ。そのトレーナーの足元まで。

 ルークは驚きを隠せなかった。
ただ弱点の技を叩き込めば倒せると思い込んだ。だから大事なところを見逃していた。

「お前……それは"きあいのタスキ"か」

「ゾロアークには必須アイテムだろ。それくらい考えろって」

「ふっ……」

 ルークはまたも笑った。
まさかここまで想像通りに事が運ぶとは、と。だからこそ驚きが隠せなかったのだ。

 今度は倒れたはずのクチートが起き上がる。
そして助走をつけて猛スピードで駆けたそのポケモンは、再びゾロアークへと迫る。

「お前もタスキか……」

「だーから言ってんだよバーカ! 甘ぇってなぁ! 俺がタスキ持ってる事も考えろっての!」

 "カウンター"を受けて倒れないポケモンは基本的に存在しない。その通りで、ルークのクチートの持ち物もゾロアークと同様"きあいのタスキ"だった。

 クチートは再び"じゃれつく"の体勢を取りつつ近づく。対してジェノサイドもゾロアークも逃げようともしなければ迎え撃とうともしない。
あと一歩。技が当たる、というタイミングでゾロアークは人間には視認出来ない動きをしたかと思うと、そこでクチートは今度こそ倒れた。

「なにっ……?」

「だから、それくらい考えてるっての」

ゾロアークの"ふいうち"。
相手が攻撃技を選択した場合でなければ失敗してしまう、リスクを負った技だ。

「お前のゾロアークも……先制技だと……?」

「大体のポケモンは"カウンター"で倒せるものだが、稀にタスキか何かで耐える奴が現れる。お互いのポケモンの体力は一。そうすれば人間の心理として、普通はどうするよ? それを見越しての……」

「"ふいうち"って訳か……」

 今度こそ負けた。
最後まで騙され、力の抜けたルークはその場で膝を付いた。

 勝負は今度こそ決した。
ジェノサイドはゾロアークをボールに戻しながら確認するように周りを見る。やや離れた位置から怯えているかのようにバトルを眺めている学生以外他に人の姿は無い。

「包囲網はまだあるようだが……近くに敵は居ないようだ」

 ジェノサイドは警戒しつつ敵に近付く。
こういう時、戦いの結果に納得いかない深部ディープ集団サイドの人間は凶器を使って直接本人を傷付ける危険性があるためだ。

「安心しろ、俺は人は殺さない」

 深部ディープ集団サイドのルール、組織間抗争。勝てば生き残り、負ければ全てを失う。それは組織そのものや財産、金だけでは無かった。
深部ディープ集団サイドに所属する人間は、特別に超法規的な権限を有する。
目的に沿った場合に限り、対象の命を殺めても構わない、というものだ。

 深部ディープ集団サイドは元々ポケモンを悪用して犯罪に手を染め、世の治安を乱す人々を絶滅させる為に結成された存在に過ぎない。それが上の人間の都合とはいえ、その力が同胞に、同じような人間に、即ち深部ディープ集団サイドの人間にも向けられた。そんな経緯を持つ。

 現実に考えてしまえば殺人の罪だが、今彼等が居る世界は表の世界では無い。
死が身近にある、暴力と力だけの世界だ。

 そんな修羅の道を歩む彼らだが、ジェノサイドはそれでも人の命を奪うことはしない。彼はそれを強く誓っている。

「お前がどれほどムカつく人間だったとしても、決して殺しはしない。そう決めている。代わりに、お前を結社に引き渡す。黙って受け入れろ」

 深部ディープ集団サイドの人間とは、簡単に言い換えてしまえば全員が全員"結社"と呼ばれた、この世界を作り上げた存在たちによって指名手配されていると言える。

 その人物の生死は問わない。

「結社からすれば、とにかく俺たちは多く生まれすぎた。結社が俺たちの為に組織一つ作るのに莫大な手間と費用を掛けるのを強いられているのはお前も知っているな?」

 ジェノサイドは言いながら、相手が逃げないように拘束するためのポケモンを、"でんじは"を覚えたクレッフィを用意する。

「結社からすれば、裏から世界の治安を守るため、俺たち深部ディープ集団サイドは絶滅してほしくはないが、こんなにも人はいらない。いらない人間は排除したい。んで、自分たちの負担も減らしたい。そんな思惑から生まれたのが組織間抗争って概念だ。だからお前も俺も、上手く乗せられた形になってしまった」

「……」

「だが俺はどうしても殺しだけはしたくなくてな……。まぁ俺以外にもこう考えている人間は居るのだろうが、その声を受けて結社は敗者に限り身柄を引き受ける対応を始めたんだ。もう何年も前からだがな。だからお前はこれから結社の世話になることになる。どんな扱いをされるかは知らない。噂では秘密裏に消されるってのがあるが……まぁ組織間抗争を考え付く人間たちだ。どうなるかは想像出来るよな?」

「敗北した……罪ってことかよ」

 観念し、全て諦めた様子のルークは抵抗せずその場にじっと座り込む。
無抵抗だとやりやすい、と感じたジェノサイドはまさに今"でんじは"を打たんとクレッフィに合図しようとした時だった。

「……まずい、忘れてたっ!!」

 突然靴を擦った、後ずさりする音が聞こえた。
ルークは振り向く。
するとそこには、何かに怯えたような表情をし、自分とは距離を離したのちにリザードンを呼び出しては飛び乗り、その場から逃げ去るジェノサイドがあった。

「な、なんだ……? 一体奴の身に何があった……?」

 辺りを見るも、異変は何も無い。
ただ五十メートル程の位置に顔も知らないこの大学の生徒と思われる学生たちがこちらを見ているだけだった。



 ジェノサイドは基地へと帰った。
元々、エレクトロニクスの男とのバトルが終わればそうするつもりだった。
結果として少し長引いてしまった。

「くそっ、あそこが大学だって事を一瞬だけ忘れてた……。"そういう"警戒をもっとすべきだったな」

 大学から基地までは十分から十五分程かかる。時間が曖昧なのはポケモンの飛ぶ速度によるのと、彼がマイペース且つしっかりと測った事が無いからだ。

 基地のシンボルでもある、廃れた工場跡を眺めながらジェノサイドは雑草で茂ったところを屈んで手を下ろす。
草に当たる前に冷たい鉄の塊に触れた。
基地に繋がる隠し扉だ。

 重い扉をゆっくり開け、地下に繋がる階段を降りながら再びゆっくりと閉める。

 コンクリートで作られた廊下をひたすら歩くと、別の扉が現れる。大広間へと繋がる、鉄製の扉だ。

 微かにざわめきが聞こえた。
扉の先は大広間へと続く廊下があり、更にその奥にジェノサイドに所属する人々の空間シェルターがある。
二つ目の重い扉を開け、廊下を歩き、大広間への扉を開けた。

 その先の空間は、廊下と比べて明るかった。ジェノサイドは薄く目を細める。

「あれ? リーダーが帰ってきた」

 談笑していたであろう構成員の一人が、意外なものを見たような顔をして周りにアピールする。それを聞いた人だけがジェノサイドへと視線を集中させた。

「リーダー……ですよね? まだ講義の時間じゃないっすか?」

「そうなんだが、そうもいかなくてな。構内で襲撃を受けた。あまりにも面倒だったから講義からも奴らからも逃げてきたぜ」

「その割には、帰りが遅かったな?」

 若い年齢層の構成員たちに混じってしわがれた声がする。この組織の中でそんな声を出せる人間は一人しかいない。バルバロッサだ。

「連絡したはずだがな。すぐに帰って来いと」

「そのつもりだったんだが、あの後すぐに包囲網を作ったと自称した自称Aランクの奴とも戦ってな。少し厄介だったが問題なく倒してきた」

「その自称Aランクの人間はどうしたのだ?」

「結社に引き渡す予定だったが、ちょっとミスった。顔見知りの人間が俺のバトルを眺めていたんだ」

「まさか……それに気付いてその場を後にした……と? よかったのか? 敗者をそのままにしてしまって」

「敗者は必ず裁かなければならない、なんてルールは無いからな。バトルに負けちまえば逃げてもいい訳だし。もう一部の先生たちには俺の正体もバレちまってるけど、友達なんかはまだそうもいかねぇ。今あいつらにバレたら少し厄介なんだ」

「顔見知りとは、先生ではなく学生の方だったか……」

 深部ディープ集団サイド最強の人間には似合わない、あまりにも甘く可愛いその理由にバルバロッサはつい苦笑いする。

 ジェノサイドの正体。
それはテロリストでも、殺戮を好む戦闘狂でも無く。
"ただの世間"を気にする気弱な学生でしかなかった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.14 )
日時: 2023/09/13 19:42
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 九月二十日。土曜日。
外はまだ明るい。そんな中でも、ジェノサイドは仲間と共に動いていた。

「この辺りでしょうか、リーダー」

彼と共に動き常に隣を守るように歩いているのは、鍛えたような筋肉を備えた坊主頭のケンゾウと、彼ら二人と比較して背が低く、まるで寝癖を直さずそのままにしているかのようなボサボサ頭をしたハヤテだ。
二人は仲が良いだけでなく、自他共に"ジェノサイドの両腕"として組織内でも認められている側近のようなポジションでもあった。
そのため、組織として行動する際はこの二人もセットで動くことが多い。今日がそんな日だった。

「あぁ。既に居場所は掴んでいる。奴はその内出てくるだろう」

「出てくる?」

「あぁ。今回の目的は組織"レシェノルティア"への攻撃だ。名前を聞いたことは?」

「たまに、ちらっと聞くぐらいは……」

「だろうな。俺も画面越しにしか見たことがない」

「レシェ……ってなんすかリーダー?」

 しかめっ面をするハヤテをよそに、ケンゾウが割り込む。

「言えないからって諦めるなよぉ……。レシェノルティアは深部ディープ集団サイドの組織だよ。ネット上……SNSだとかでいっつも邪魔をして来る連中なんだ。誹謗中傷やデマだけならまだ良いんだけど、僕達が別の組織と戦っている時に漁夫の利を得るような言動をしたり任務の邪魔になるようなパフォーマンスを繰り返す質の悪いストーカーみたいなものなんだよ。最近は"例の大学に奴がいる!" みたいな事も言ってて軽い騒動になっちゃったよね」

「オイ、それマジか!」

「ケンゾウ……まさかこれまでの話全部知らなかった……?」

 何も知らないという事は理解力の問題だったのか、本当に情報が入ってこなかったのかどちらかだとしてもリーダーの両腕ともある人間がこのようでは些か不安ではあった。
だが、それを無理矢理押し殺して一転、ハヤテは振り向く。

「それで、リーダー」

「なんだ?」

「レシェノルティアの連中がこの街にいるという情報……その特定はどのようにされたのですか?」

「あぁ、それなんだが、すべてバルバロッサに頼んだ。奴曰く結社の持つデータを参考にしたらしい」

「それって……バレたらマズいやつでは……?」

「あぁ。マズいよ。だからバルバロッサに任せたんだ。奴ならある程度平気らしい。結社に知り合いでも居るとか、奴なら許される特権的? みたいなものがあるらしい。詳しくは知らん」

「いやそれめっちゃ重要な話ですやん……。今度詳しく聞いてみた方がいいですよ?」

「リーダーリーダー! それってつまり俺らの情報も同じように扱われて敵に渡ったらヤバいってことっすよね!」

「ケンゾウお前……。今日はやけに冴えてんな。確かにお前の言う通り、相手方にもバルバロッサのようなポジションの人間が居て、俺らの情報を入手されたり拡散でもされたらかなりタチ悪いよな。と言うより、今から戦う相手はまさにそんな事ばかりを繰り返している奴だ。出処は不明なものの、不特定多数の組織の情報を入手しては売買してるって話らしい。それが木曜にあった包囲網にも一枚噛んでいるって時点で俺からしたら一発アウトだろ」

「リーダー、一つ引っかかるのですが……」

「どうした?」

「レシェノルティアは深部ディープ集団サイドのデータを他組織に売っている連中なんですよね? そんな事したら結社に怒られるんじゃないですか?」

「怒られるって……なんか表現可愛いな。そこは詳しくは知らないな。情報源が結社が秘匿中の秘匿としている管理のためのデータだった、ってなら確かにヤバそうだが、よくよく考えたら結社が嫌う深部ディープ集団サイドの組織とかもゴロゴロ居そうだし、そんな邪魔な組織がレシェノルティアの工作のお陰で消えました、となったら嫌な顔もしないだろう。実態としては見て見ぬフリと言うか黙認と言うか……あそこまでの特殊な技能を持った人間をどうこうってする訳にもいかないんだろうな、結社としても。もしくは、"実は組織レシェノルティアと結社は協力関係にありました"って可能性も有りそうだがな。ってかそっちの方が有り得る」

「なんか……思ったより恐ろしくないですか? それ」

「だろ!? 俺たちが暮らしている、一見すると平和そうに見えるこの世界も見方を変えたら案外脆いもんさ」

 ジェノサイドはニヤリと笑う。二人が知り得ない情報を披露したというマウントも、この笑みには含まれていた。

 今彼らが動く理由。
それは、ジェノサイド含め組織のデータや情報を外部に流す不届き者を叩く。その代表としてジェノサイドが選ばれたに過ぎない。

「レシェノルティアはDランクの低レベルな組織だ。こんな弱小組織倒したとこで何かが変わるわけがねぇが……まぁ抑止力ってことで。お小遣いも欲しいしな」

「リーダーリーダー! ずぅぅぅっと気になってたんすが、ランクってどうやって決まるんすか? てかランクってなんすか!?」

「け、ケンゾウ!? まさか今の今まで知らなかったなんてオチじゃないよね!?」

 深部ディープ集団サイドの個々の組織にはランクが振られている。
Sを頂点とし、AからDの下級ランクが用意されており、どの組織も設立時はDから始まる。それからは結社から下された任務を受けたり、組織間抗争を繰り返すことでランクも結社の判断を元に上がっていく。
組織ジェノサイドが最強と言われる所以は揺るぎないそのランク付けにあった。

「じゃあ、今日のレシェなんとかはDだからクソザコってことか?」

「レシェノルティア! まぁ……そうなるね。でも今どきランクなんてアテにならないからよく分かんないけどね。それよりもリーダー、今日は個人的な都合があった日では? いくら相手がザコとはいえ、リーダー自ら赴くのはリスクが高すぎます。ここは僕とケンゾウに任せて、そちらに行くべきではなかったのではないですか?」

「いや、別に。割とどうでもいい用事だしほっといて来たよ。個人的にはこちらの方が大事になった」

「ですが、事が事ですし僕とケンゾウに任せて今から戻っても全然良いですよ?」

「どんだけ俺を帰らせたいんだお前。……まぁ、最初はそれも考えたんだけどね。場所が場所だからそれも止めようってなった」

「場所?」

「今日此処で、俺らはレシェノルティアと戦う。その一方、"表の"世界では今日この街で俺の所属するサークルの集まりがあって、友人たちもここに来ることになっている」

 嫌な偶然もあるものだった。
ほんの数日前、ジェノサイドが学生として暮らす表の世界では『Traveling!!!!』という旅行サークルが調布ちょうふという街で飲み会を行う事を決めた。
そんな街には『レシェノルティア』という深部ディープ集団サイドの組織も紛れている。

 その世界の対比がたまらなく気持ち悪い。
そのせいでジェノサイドは行く気を失せた。

「とにかく行きたくなくなった。仮に行くとしても、抗争の後に何食わぬ顔で飲み会に飛び入り参加ってのも嫌すぎるだろ」

「ギャップが……半端ねぇっすね」

 ケンゾウもそのイメージにドン引きする。

「ではリーダー、これからレシェノルティアの基地へ向かうとして……どうします? もう始めますか?」

「そうだな。早めに終わらせておこう。奴の居場所は掴めている。駅の裏路地にあるごく普通のライブハウスだ。普段はそこで収入も得ているらしいな」

「リーダー! それはつまり基地を使って金を得ているってことっすけど、そんなのは認められるんすか!?」

 それはケンゾウの野太い声だった。
彼はどちらかと言うと論を交わすよりかは拳を交えるタイプの人間なので、こういう話題はあまり好まないからか乗ってくることはない。なので今この話を交わしている姿は、ジェノサイドにとって妙な意外性を放っているようなものだった。

「結社が俺らに押し付けたルールは幾つかあれど、その中に『基地を金銭目的で利用してはならない』とか、『組織的活動以外での金銭の取得は許されない』なんてものは無いからな。まぁオッケーなんだろ。ライブハウスが実は深部ディープ集団サイドの組織所有でした、ってのがバレたら多分ダメだろうけど」

「だったらリーダー! 俺らも基地を魔改造して副業始めましょうよ!」

「アホかケンゾウ。あの基地は姿を隠すのを徹底した形なんだよ。今更それを崩すなんて有り得ない。そうですよね? リーダー」

「ハヤテはよく分かっているな。その通りだよ。基地を変える予定は無いな。でも、それが収入源にもなれたらと考えると中々面白いアイデアなのも確かだ。金の蓄えはあるから変えようと思えば変えられるんだけどな」

 そのように会話を続けた三人は駅構内を歩き、反対側へ出ると少し歩いて問題のライブハウスの前へと辿り着く。

「こうして見るとライブハウスも良いな」

 ジェノサイドは地下のライブハウスへと続く通路を歩きながら正直な感想を述べた。

「地上から地下への通路が決まっていて、それでいて細い。入口も狭いから敵からの侵入もある程度防げるな」

「頭も良いですよね。それでいてライブハウスの利用料も得られるというのも面白い発想です」

「いいから早く行ってくれ! 狭い!」

 用心して歩く二人の背から、ケンゾウの悲痛な叫びが聞こえる。
急かされた気がしたジェノサイドとハヤテは早足気味に進み、扉へと近付いた。

「いいか、ドアを開けたらすぐに攻撃だからな。油断するなよ」

 二人の返事が聞こえる。
ジェノサイドは勢いよく扉を開ける。そして叫んだ。

「レシェノルティア! Sランク組織ジェノサイドはお前らに対し宣戦布告する!」

 ルールに則り宣言するジェノサイド。本来は戦うと決められた日時以前にやるものと半ば暗黙の了解とされているものだが、当日その瞬間に行っても何の問題も無いため、今回はそれに従った。と言うより、以前やられた神東大学での包囲網の事件もその瞬間に発せられている。彼の心情的にはやられた事をやり返したつもりだった。

「いない……?」

 堂々と侵入した三人であったが、薄暗い部屋には自分達以外の誰かが居る形跡が無い。
三人の足音と、ジェノサイドの声が無駄に響くのみだった。

「人っ子一人居ないっすよ」

「おかしいな……此処で合ってるはずだが……」

 言いかけた時だった。
背後からずるりと、鋭い刃物で撫でられたようなおかしな感触が全身を伝う。

「リーダー……? リーダー!!」

 異変にいち早く気付いたケンゾウが駆ける。
だがそれも間に合わず、あたりに人が倒れる鈍い音が響く。

 二人はそちらを見る。
刀剣を持った一人の男が、倒れたそれに対し冷たい笑みをぶつけていた。

「また誰か来たと思ったら……まさかのジェノサイド? 凄いのが来たもんだなぁ」

 表情とは対照的にその声色からは喜びを感じられない。その男は剣を二人に向ける。

「ここに来たってことはあれか? 妙な所から情報仕入れてきた感じだよね。ボクが此処を根城にしているなんて、結社にしか伝えてないからね」

「俺たちや結社が分かるってことはテメェレシェなんたらの人間だな! てめぇこそ武器なんか使っていいとでも思ってんのか!」

 ケンゾウは剣の威嚇にも怯まず、拳を握り今にも突っかかりそうな雰囲気を放つ。人が見ればそちらの方に恐怖を感じる程だった。

「ん〜、宣戦布告したら基本ポケモンしか使わないけど、戦闘中に不意打ちに拳銃ぶっぱなして敵を倒すとかたまに聞くし別にいいんじゃない? それにボクはまだその宣戦布告受け入れてないからね。あくまでも今はまだ組織対組織ではなく、組織対個人ってところかな」

 結社からの規定には、組織間の戦いへの決まりはあっても、組織と個人との戦いの規定は存在しない。それはつまり、個人であれば相手が組織そのものだろうが、組織の長であろうがどんな手を使っても良いということだ。

「ボクはルールに従った。その上でたった今ジェノサイドを斬り殺した。組織の長が死ねば組織はもう成り立たない。ホラホラ、ジェノサイドはもう滅んだんだ。帰れ帰れ」

 その言葉に苦い顔を交わす二人。
だが、その二人は違和感を感じていた。
刀剣を持った男も同様だった。人を斬ったという感覚が無い。
ジェノサイドの倒れた体から異音がした。
と思うと、その体は空中に浮かぶと一回転し、ゾロアが姿を現す。今度も主人に変身していたのだった。

「ゾロアの……変身?」

「と言うかは化けだな。いやー、びっくりした。眺めていたからどうとでもなかったけど、もしもあれが自分だと思うとやっぱりビビるよなぁ。後ろからの不意打ちはやっぱり慣れない」

 そう言っては本物のジェノサイドはその部屋に備え付けられていたカウンターの影からもぞもぞと現れる。元から薄暗い部屋だったのでタイミングを見て入れ替わったようだ。

 嬉しそうに走ったゾロアはジェノサイドの腕の中へと飛びつく。
ジェノサイドはゾロアを抱え、撫でながら言う。

「お前がレシェノルティアか」

「うん。レシェノルティアのヨシキ。覚えてくれると嬉しいな」

 その名前には聞き覚えがあった。
バルバロッサから提示された情報、そこに載っていた人物。
Dランク組織レシェノルティアのリーダーとして記録されていた名だった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.15 )
日時: 2023/09/13 19:50
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ジェノサイドは安堵した。同時に侮蔑の感情も催した。
それは、この後に放った言葉からも見て取れる。

「ヨシキ……ね。本名かな? まぁどうでもいいや。ズバリ聞くけど、お前が組織レシェノルティアのリーダーだな?」

「ったく……はぁ。情報掴んでんならそれくらい知ってるでしょ。なんでわざわざ訊ねてくるかな?」

 ヨシキは言いながら手に持っていた刀を振った。綺麗な楕円を描いたそれからは微かな風切り音が静寂な空間に響く。威嚇のつもりのようだった。

「それとも、わざと聞いて反応を伺おうとしたのかな?」

 当たりだった。
両隣に立っていた二人はギクリとした表情をしつつジェノサイドに目配せしたようだったが、肝心の彼本人が二人を見ることすらもしなかったので、発せられたであろうメッセージに気付かずに終わる。
傍から見れば、取り巻きが不審で思わせぶりな動きをしたという意味がありそうで何も無い、結局何をしたかったのかよく分からないまま時間を奪うという結果になってしまった。対照的にジェノサイドは顔色一つとして変わっていない。

「探り合いは重要だもんね、わかるわかる。でも、ボクはこうも思ったんだ。ジェノサイド、君は本当はこう訊ねたかったんじゃないかな? 『なんで組織の長自ら待ち構えているんだ』ってね。まぁ君が言うなよって話だけど」

 今度こそジェノサイドも多少ギクリとした不安を覚えた。その時だけ鼓動がやや早まるものの、ポーカーフェイスを意識しているためか昂りは徐々に失せてゆく。

「確かに、『お前が言うな』案件だな。だが、仮に俺がそう思ったとして、お前は何故そんな考えに至ったんだ?」

「そんなの……勘のいい君なら分かるはずだよ?」

「それもそうか」

 会話が、話が二人の間で勝手に完結している。
置いてけぼりにされて且つ状況の理解出来ないハヤテとケンゾウは。

「あのぅ……すいまっせんリーダー。どうも何が何だかサッパリで俺たち……」

 空気が読めていないのを自覚しつつ聞いてみることにした。その声はケンゾウのものだった。

「大学で受けた襲撃は」

 ジェノサイドはケンゾウの質問を無視する。我ながら部下には冷たいと若干の後ろめたさを覚えながら。

「どういう訳か全員が全員その組織のリーダーが俺にわざわざ突っかかって来た。ハッキリ言って普通の組織間抗争ではあまり見ない光景だ。お前が何か指図でもしたのか? 神東大学に俺が居るって情報を不特定多数にバラしたのはお前だって言うじゃないか」

「それは半分正解かなー? でもちょっと違う。もっと心理的なものだよ」

「心理的?」

「組織対組織で戦った場合、誰がその恩恵を最も受けることになると思う? ……結社を除いてね」

「そんなの……勝った組織に決まってるじゃないか!」

 ハヤテが語気を強めては割り込んだ。

「はい残念。まぁ、これまでずぅぅぅぅっと勝ち続けてきた組織ジェノサイドには分かりにくいのかな? 一番当てはまると思うんだけど」

「ハッキリしろよ。言いたいことさっさと言わねぇなら今この場で殺すぞ。俺もお前如き雑魚には時間掛けたくねぇんだわ」

「ハイハイ、わかったよ。正解は勝った組織の個人間の問題だよ。誰が今回の戦いで一番目立ったか、一番の功労者は誰か。そんな所だよ。大体組織の長が得られた利益の大半を掻っ攫うもんだけど、それを良く思わない構成員も現れたりするじゃん? すると、我先にと動く人間も出たりするじゃん? そうなると組織の長としては面白くないものだよ。だから……」

「組織の長があえて出張る……という事でしょうか? 大きすぎるリスクを負ってまで。全ては利益のため……?」

 確かに組織ジェノサイドではあまり見ない光景だった。自分で推理しておきながら、ハヤテは身震いする。

「そ。結局みんなお金が欲しいんだろうねぇ。相手がこの世界で最強で最もお金持ちの組織のジェノサイドだったら尚更でしょ。利益独占したいでしょ。その心理を利用してもらったよ。それで集まった連中が神東大学でのジェノサイド包囲網ってワケ! なんか大体がやられちゃったみたいだけど」

「そんで今度はお前自身が迎撃に、ってことだな」

「うん。ボクが手にする利益はボクだけのモノにしたいからね」

「そうかそうか。なら、さっさと死ね」

 ジェノサイドはそう言いつつ微笑をたたえた刹那、彼を中心に赤黒い光線が広範囲に放出された。対象は問わず、無差別に。
ゾロアークの"ナイトバースト"は狭い空間に広がる。そのせいで多くの備品に命中しては破壊し尽くす。ステージのライト、スピーカー、放置されたスタンドマイク、そしてさっきまでジェノサイドがシェルター代わりとしていたカウンターまでも。

 衝撃音はすぐに止んだ。コンクリートを破壊した際に弾けた振動を捉えつつ大量の埃を被ったケンゾウとハヤテががばりと煙の中から起き上がった。直撃を防ぐため咄嗟に伏せたようだ。

「ちょっ、リーダーァァ!! 殺す気ですかい!?」

「あの……敵の油断を掻いた攻撃なのは分かりますが、僕らにも当たります。勘弁してください」

「あー、悪いお前ら。でもお前らなら避けられるだろうと思っていたから大丈夫よ」

 僕らが大丈夫じゃない、と言いたくなった感情をグッと抑えたハヤテは彼ら同様に入口を見つめる。そこにヨシキの姿は無かった。

「逃げられましたね」

「あぁ。"ナイトバースト"を放った瞬間、不自然な風があった。恐らくヨシキが何らかのポケモンで防いだんだろう。そしてその隙に姿を晦ました、と」

「どう見ます?」

「どう見るって言ってもな……。実力は大したもんじゃねぇな。普段安全圏から様子見しながら深部ディープ集団サイドの情報を売ってる奴だ。自身に危機が迫ったら一目散に逃げるタイプだろうな。その為に絶対に勝つ手段を講じる。だから銃刀法違反覚悟で刀突きつけてきたんだろう」

「それはつまり……実戦が苦手な可能性が?」

「有り得るだろうな。実力の無さを情報でカバーってか。まぁいい。要するにアイツとっ捕まえさえすれば勝てる戦いだ。奴が味方を呼ぶ前に三人で手分けして探すぞ。見つけ次第潰せ」

 二つの耳がそれぞれ「了解」という声を掴む。
三人はライブハウスから地上へ出るとそれぞれ異なる方角を目指して走り始めた。



 どれほど目を凝らしても、それらしい人物は見当たらない。
体力に自信の無いハヤテは早くもバテ気味になりながらも軽く走っては休み、走っては休みを繰り返していた。

(居ない……なぁ。格好も白のシャツに紺のデニムだったから普通と言えば普通だから上手く溶け込んじゃったかな? そう簡単に見つかる訳ないか……)

 不満を覚えたハヤテだったが、一番の特徴だけは忘れずにいた。

 ライブハウスには何も残っていなかった。自らのリーダーを切り付けた刀が、そこには無かった。つまりは、今も所持したまま逃げていることになる。

「このご時世に刀なんて持ってたら目立つし危ないよなぁ……」

 そんな事を思っていたハヤテは駅前まで辿り着くと偶然にもケンゾウと再会した。
まだ探し始めて三分は経っていない。

「ハヤテ! 奴は!?」

「居ないよ。そっちは?」

「ダメだっ!」

 ハヤテのその反応にケンゾウは首を横に振ったかと思うと今度は頭を抱えだした。相変わらず感情表現が激しい男である。

「だーっ! ちくしょう! 逃げ足早すぎだろ! 人間の癖してスカーフでも巻いてんのかあの野郎」

 冗談にしか聞こえない冗談ではあるようだが、その顔は本気だった。ハヤテはそんなギャップに戸惑いつつ状況の整理を試みる。

「と、とりあえず……まずは考えよ?」

「お、おう」

 冷静さを取り戻した二人は歩きつつ駅へと向かう。ケンゾウはハヤテの歩行ペースに合わせる。

「リーダーが"ナイトバースト"ぶっ放してライブハウスを出たのが丁度三分前かな。それからすぐ皆と別れて駅周辺を探ってみたけどヨシキは見つからずじまい。そこでケンゾウは僕と会った。それが今。そうだよね?」

「だが……三分しか経っていないんだからよ、まだそう遠くには逃げていないはずだぞ」

「うん。それこそ、こだわりスカーフ巻くかポケモンで逃げるかしないとね。それに僕、見たんだ」

「なにを?」

「刀だよ。あいつは最初から最後まで刀を持ってたでしょ? それがライブハウスの中では見当たらなかった。ここまで探している間にも見つからなかった。だから多分、今も抱えながら逃げてると思う」

「おいおい、そんなモン持ち歩いていたら目立つだろ。物騒だし」

 ケンゾウは言いながら指をポキポキと鳴らし始めた。彼の格好はタンクトップにカーゴパンツである。麗しい肉体が曝け出されているため、人が見れば彼も十分物騒ではありそうだったが、その自覚は無いようだった。

「う、うん……その通りだよね。注目も浴びるし通報だってされかねない。交番もすぐ近くにあるし、僕らから見ても目印にもなるよね。でも、それらを解消する方法があるとしたら……」

「あるとしたら……?」

 何も思い浮かばないケンゾウはオウム返ししては一息入れて背伸びをした。
何も意識しないまま、眼前に広がる青空を眺める。

「んー、俺には分かんねぇな。こうして空を眺めることしか……。んん!?」

 突然ケンゾウの声が裏返る。
不自然に叫ぶ形となったのでハヤテも驚きはしたが、ケンゾウと空を交互に見ては何か思い付いたらしかった。

「今なんか見えたような……」

「ケンゾウ! 多分それがヨシキだよ! ポケモンに乗って空から逃げる事が出来れば刀持っていようが目立つことは無いし地上を注視している僕らの目も欺ける! 今君が見たのはポケモンだったかな?」

「いや、そこまでは……。でもなんか飛んでたな」

 確認はいらない。ハヤテはすぐにスマホを用意して電話をかける。相手は当然ジェノサイドだ。

「もしもし! リーダーですか!? ヨシキは今駅から見て北側の上空にいます!」

 簡潔に済ませる。それだけ言っては通話を切った。ジェノサイドが電話に出たことは分かっているので、あとはすべて任せてしまえばそれでいい。実際ジェノサイドはそれを聞いて嬉しい報告であると内心喜んだ。

「俺を乗せろ、リザードン!」

 迷いは無かった。
ボールからポケモンを出すと颯爽と背に乗り、言われたように北の方角目指して飛んだ。

 駅からかなり離れた位置まで走っていたジェノサイドは、駅の真上まで来るとスピードを緩めるように指示をしつつ指定された方向へ意識を集中させるが、それらしい影は見えない。
再び見失ったジェノサイドは再度ハヤテへと連絡を入れる。

「すまん、今駅の真上から北に向かって飛んでいるが姿が見えない。本当に北だったか?」

「えーっと……確かにさっきケンゾウがそっち方面を見ながら発見したらしいのですが……。よっぽど速いポケモンじゃないとそんな離れてないと思います。もしかしたら、上空からだと分かりにくい場所に隠れている可能性もありそうですね。建物の陰とか、高架下とか。僕たちもそれを意識しながら探してみます」

「おう、頼ん……うおおっ!」

 不意に上がったジェノサイドの叫び声でハヤテは耳が痛くなり、反射的にスマホを遠ざけた。が、最悪の事態が過ぎり、彼も電話越しに叫ぶ。

「リーダー! 大丈夫ですかリーダー! 何かありましたか!?」

「……俺は大丈夫だ。すまん、今は切る」

 そう言われては一方的に通話を切られる。
何が何だか分からないハヤテは無我夢中で駅まで走った。さっきまでバテていたのを忘れるかのように。

「おい、どうしたんだよハヤテ!」

「いいから! こっち!」

 二人は駅まで戻っては空を見上げた。そしてジェノサイドの身に何が起こったのかを理解した。

 一瞬だが油断した。
通話のためジェノサイドは丸腰だった。そこを背後から、エアームドに乗ったヨシキが突撃して来る。
リザードンはそれを本能的に避けた。そのリザードンの動きに驚いたジェノサイドが叫んだだけであったのだ。

 ジェノサイドは改めてヨシキを確認する。
白のシャツ、紺のデニム、そして手に持つ刀。

「あー、びっくりした」

「第一声がそれ?」

 ヨシキは自由奔放にして余裕だが注意散漫なジェノサイドの姿を見て呆れつつ怒りを覚えた。

 お前みたいな未熟者が最強になれるのか、と。

「エアームド、"ドリルくちばし"」

 ヨシキは暗に特攻を命令する。
鋭く尖らせた嘴が、風に乗った形で迫る。
しかし、ジェノサイドはその顔に変化を見せない。

「かわせ、リザードン」

 造作もない事だった。リザードン程度の速さならば簡単に避ける事が出来る。

「そう言えば、お前に言いたい事がもう一つあったわ」

「なんだい?」

 二人は空の上で静止したまま、距離を空けているにも関わらず会話をし始める。

「お前は、どんなポジションに着いているんだ? 普通、深部ディープ集団サイドの情報なんて掴めるはずが無い! 答えろ、お前の背後に居る人間は誰だ! 結社の人間か!?」

「ねぇ何!? 遠くて声が聞こえない!」

 聞こえないフリか、本当に届いていないのか。丁度そんなタイミングで風が強まりだした。
埒が明かない。そう判断したジェノサイドはリザードンに命令する。

「"だいもんじ"」

 リザードンの口から炎が吐かれると同時にエアームドは動いた。気付かれたらしく、折角放った炎は何も無い所で散る。

「唇の動きで分かるんだよそんなの! 本当に君は不意打ちが好きなんだね!?」

「テメェに言われたかねぇ!!」

 今度はリザードンがエアームドに向かって急接近し始める。
はじめこそはその速度に目が追いつかなかったヨシキだったが、相手の目当てがエアームドの撃破ではなく、自分自身だと察すると突如として急降下するよう命じた。

 彼とエアームドは地表スレスレまで下る。
人が多い地上ならば遠慮の無い攻撃は出来ないという彼なりの予測だった。

 その光景を今まさにケンゾウとハヤテは目撃していた。
互いに技を放ったかと思うと、エアームドが高度を下げる。すると、それに応じるかのようにリザードンも同様に急降下しだした。

「おい……まさか……」

 ケンゾウはその光景を見て不安を抱いた。
ジェノサイドの性格を彼なりに理解しているためだ。
その通りで、ヨシキとエアームドは彼を煽るかのような振る舞いで地上を歩く人々の頭上ギリギリを走ったり、突然車道に躍り出てはそこを走る自動車の前方へ飛んだり、すれ違う自動車同士の間を抜けたりと危険な動きを繰り返す。
そして、それを見たジェノサイドとリザードンは彼と全く同じ軌道をなぞって後を追う。

「無茶っすよリーダー! こんな街中でドッグファイトなんて危険すぎるっす!」

 当然だがケンゾウの声はジェノサイドには届かない。その叫びも虚しく、二人は街を駆ける。

「ケンゾウ……? リーダーは?」

「ダメだ。奴と追っかけっこ始めちまったようでどっか行っちまったよ。ああなると熱くなって周りが見えなくなるしよぉ……」

 ハヤテはそれを聞いて大きく溜息をついた。

「またか……。ああなるともう手は付けられない。街に被害が及ぶかもしれないから最後まで他人のフリしてようか……」

 彼ら二人の間では定番のやり取りである。

 エアームドは車道ギリギリを通過する。
リザードンはそれを追い、走行中の軽自動車と歩道橋の隙間をくぐり抜ける。
強い風を浴びながら目の前を走る敵を強く捉える。近くを迫る人や車はお構い無しだ。だが、それでもそれらに当たることは無く、躱し続ける。

 視界が突如として開ける。死角の一切が存在しない大空の真ん中へ放り出された。
西日の強い光に目を奪われ、つい目を瞑ったその瞬間を。

 エアームドは旋回してこちらへ迫って来た。追い風も相まって凄まじい速度だった。
今から避けるには間に合わない。何かしらの技を放とうにも指示と実行のタイムラグが生じることで追い付く事が出来ない。

 ジェノサイドは悟った。すべてを理解した。誘導されたと。

(この状況を作るために、今まで逃げ続けて誘ってたわけか……)

 そう思い、ジェノサイドは両目を瞑った。

 このままではエアームドは自分と激突する。リザードンは平気だろうが生身の人間である自分はただでは済まない。ここで死ぬだろう。
同じ生身の状態であるヨシキも同等だが、エネルギーの向きが違うし、頑丈なエアームドに乗っている。恐らくだが死ぬのは自分だけだ。
敗北を受け入れる。

 かのように見えたジェノサイドは忽然と姿を消した。文字通り、その瞬間に。

「な……に……? 今のは……?」

 勝利を手にする思いだったヨシキは瞬時になんとも言えない不安に駆られる。
目の前に居たはずのジェノサイドの姿が見えなくなった。
だが、その理由はすぐに判明した。

 その真下。
ジェノサイドは落下していた。
よく見るとリザードンの姿が無い。一瞬の隙にボールに戻したかもしれないが、とてもそうには見えない。
一切の防具を身に付けて居ないその体が、地上に向け落ちている。

「血迷ったのか!? どちらにせよ君は死ぬ……」

 言いかけたその時。
本来ならば掛からないはずの陰が、その身を覆った。
今ある上空に、遮蔽物などあるはずが無い。航空機が飛ぶ高高度を飛んでいる訳でも無い。
今ヨシキは有り得ない現象に遭遇してしまう。
同時に、不自然な熱も感じた。
陽射しの割には強く、熱い。
まるでBBQをしている時に感じるそれのようだった。
間近故に地肌を触る熱。浴びる炎。
その感覚に近いものだった。

 恐怖を覚えたヨシキはゆっくりと見上げる。
するとそこには、今まさに"かえんほうしゃ"を打つその瞬間のゾロアークの姿があった。

「なっ、ゾロアーク!? ばっ、……さっきまでリザードンに乗っていたはずなのに!! まさかずっとリザードンに化けたゾロアークに乗って飛んでいた!? いや、有り得ない! ゾロアークは重さまでは変えられないはず……っ!」

 訳の分からないヨシキであったが、この時になって初めて彼はジェノサイドが最強たる理由を知った。

「途中までは本物のリザードンだった……? でも、どこからゾロアークが……? どこまでが幻で、どこからが現実? 分からないっっ、君の強さは……その本質は……っ!」

 直後にして、その身を爆炎と轟音が包む。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.16 )
日時: 2023/09/13 19:56
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 同時刻。調布ちょうふ駅。
神東大学二年の穂積ほづみ裕貴ゆうきは後悔していた。

「……早く着きすぎちまったな」

 今日この場所で、彼の所属する旅行サークル『Traveling!!!!』は飲み会を開催する。
特別なイベントではない。大学のサークルではよく見る光景だ。
だが、穂積としてはこんな些細なイベントも楽しみのひとつだった。

「まぁ誰もいないし……いいかな」

 穂積は駅前の喫煙所を見つけると足早に進んでは滑り込むように周りを遮断するために立てられた壁に隠れては胸ポケットにしまっていた箱から煙草を一本取り出し口に咥え、片方の手でオイルライターを握り、火をつける。
ジジ、と葉を巻いた紙が焼き切れる音が耳に伝わる。穂積は煙草そのものに加え、この時に聴くことの出来るこの音が好きであった。
様々な感情を乗せた大きなため息は煙と共に吐き出される。

「あっれー? 穂積君じゃん。ほーづーみーくん!」

 突然背後から響いた聞き覚えのある声に、穂積は驚き震えた。

「えっ、……先輩!?」

「やぁ穂積君。来るの早いね。どうしたの?」

 佐野さの宏太こうた。このサークルの副会長を務め、そして恐らくだが誰よりも後輩の面倒を見ている心優しい先輩だ。その優しさはポケモン一本ななばり洋平ようへいというモデルケースに留まらず、彼にも向けられていた。

「いや、家から少し離れてるので。時間配分ミスっちゃいました」

 それは嘘だった。これから始まる飲み会が楽しみすぎて居ても立っても居られずに来た次第だ。

「あはははっ、まぁあんまり調布で集まりなんてしないからね。ところでぇ、穂積君……手に持っているそれは……」

「……タバコっす」

「今いくつだっけ?」

「じゅ……十九っす」

「ありゃー」

 穂積は慌てて煙草を消そうともしたが、反対に佐野は否定的な言動を見せようともしない。このまま吸い続けてもいいのかもと判断した穂積は引き続き吸うことにした。

「あと六ヶ月すれば二十歳ですけどね」

「早生まれなんだね穂積君」

「ところで、先輩はどうしてここへ? 先輩タバコ吸いましたっけ?」

「いや、僕じゃなくて」

「オレだよ、穂積君」

 佐野の後ろから、眼鏡をかけた大柄な男が姿を見せる。
篝山かがりやま淳二じゅんじ。このサークルの書記だ。

「あっ、篝山先輩」

「このサークルの四年でタバコ吸うのはオレと常磐ときわの二人だけな」

「覚えときます」

「そんな大袈裟な……」

 佐野はそんな二人のやり取りを聞いて苦笑いする。

「穂積君っていつからタバコ吸ってんの?」

「高校……三年の……終わり頃ですかね。その時当時付き合ってた彼女と別れちゃって、そのストレス? で」

「あー、わかるわかる」

「淳二お前失恋で煙草始めてないでしょ……」

「って先輩たちはどうしてこんな早い時間に? 何かあったんですか?」

「いや、何かあった訳じゃないんだけどね」

 佐野がこれまでの経緯いきさつを語り始めた。
大学近くのアパートで一人暮らしをしている彼らは時間的にも余裕があったので目の前のスーパーで買い出しに行っていたところ偶然そこで出会った。
そのまま会話が盛り上がり、ついでにこのまま集合場所まで行こう、となったとの事だった。

「いやぁ、調布駅って京王線でも結構大きな駅だし、何かあるだろーって思ったんだけどね? 意外にも何かがあるわけじゃないんだね」

「買い物には困らなそうっすけどね。あと近くに神社があるっぽいです」

「わざわざ神社ってのも……どうする? 淳二」

「いや行かんでええわ」

 篝山は軽く吹き出しつつそう言った。穂積が普段呟かないはずの"神社"というワードが突然発せられた事で不自然なギャップを感じたらしい。

 そのように先輩と後輩という立場を越えた会話に花を咲かせていたその時。

 遥か頭上から妙な爆発音が轟いた。

 周囲を歩く人々は戸惑い、各々足を止めてそちらを眺めている。
佐野と篝山も同様だった。穂積だけは咄嗟の行動からかその場にしゃがみ込んでいる。

「穂積君?」

「先輩! 伏せて下さい! 多分ヤバいやつっす!」

「いや、大丈夫っぽいぞ」

 篝山のその声を聞いて穂積は恐る恐る顔を上げた。角度の問題だったのか、彼の眼鏡が陽の光を反射して輝いているように見える。

「あれっ、リザードンだ」

 佐野が爆発音がした辺りを指す。
突然虚空に投げ出され、落下する一人の男を真下から救い出すように背中でキャッチして飛び去るかえんポケモンの姿があった。

「またアレかなぁ……。ポケモン使って戦うヤバい連中が居るって噂だけど」

「先輩、やっぱ神社行きましょ」

 穂積は最後の一口とばかりに一気に吸い、多量の煙を吐き出す。その吸殻は目の前に置かれている吸い殻入れへと捨てた。

「なんで? まぁいいけど」

「時間もまだ余裕はありますし散歩がてらにですよ。……ちょっと話したい事があって」

 丁度同じタイミングで篝山も吸い終えたようだった。三人は喫煙所を離れると神社のある方向へと歩き始めた。



「今ので思い出したんすけど」

 穂積は先輩二人より先に歩く。佐野と篝山の二人は彼について行っていると言うよりはノリとペースに合わせていっているようだった。

「一昨日ですかね。木曜。大学のキャンパス内でちょっとした騒ぎがあったのをご存知ですか?」

「知ってるか? 淳二」

「いやぁ、オレ一昨日は午後からだったしなぁ」

「ポケモンが暴れてたらしいんです」

 穂積はすべてを見た訳では無かった。知らない部分はその場に居合わせた人から聞いたものだ。

「いくらポケモンが実体化しているとはいえ、勝手に暴れるなんてのは普通無いですよね。それを操るトレーナーが居たんですよ。でも、そのトレーナーも何者かに倒されたかで騒動は収まった。かのように見えたら、今度は別のトレーナーがその何者かとバトルし始めたんです」

「そんな事があったのかい? 僕は知らなかったなぁ……」

「オレもだ。ポケモンを悪用するとは許せんな」

 駅前の大通りを抜け、神社へと繋がる小道へと渡る。細い道で特に歩行者多いが、車も通れるようだった。

「俺もたまたまその場に居合わせた先生に声掛けたんですよ。今ここで何があったかって。先輩たちは堀田ほった先生って分かります?」

「いや、知らん」

「僕も知らないなぁ。学部違うからかな?」

「まぁ、その、堀田先生って言う人から少し聞いて、どうもこの大学内にポケモンを悪用するやべぇ奴が居るみたいなんです」

「在籍している……ってこと?」

 佐野の不安げな言葉に穂積は目を細くして力強く頷く。

「俺が目撃したのはバトルが終わった頃でした。勝った奴が負けたと思われる人間と何か話をしていたんすね。勝った方はクレッフィを出してたかな? まぁとにかく、暫く会話をしていたら突然ポケモンに乗って去って行っちゃったんです」

「なんだそりゃ」

「何がしたかったんだろうねぇその二人は」

「ただ、遠くからだったのでよく分からなかったのですが、どうも勝った側の人間の顔に見覚えがあったというか……知り合いっぽかったんすよねぇ……」

 佐野と篝山の二人はお互い目を丸くして顔を見合せた。穂積はいきなり足を止めた二人に気付いては振り返ってそちらを眺めた。

「ぶっちゃけると、この大学でポケモンやってる知り合いなんて、このサークルの人間以外には居ないんです」

「それはつまり……ウチらのサークルメンバーの中にヤバい奴が紛れている、と?」

「そういう事です」

 穂積は興奮気味なのか、額から汗を流していた。彼が肥満体質なので汗っかきというのもあるのかもしれないが。

「ん? あっ、待って待って! 僕じゃない、僕じゃないよその騒動起こした人は!」

「オレも違うぜ穂積君」

 二人には穂積がこう映った。
"ポケモンを使うヤバい奴"が自分たちであると疑い、だからこのようにして人気の少ない所へ誘い出し、問い詰めているのだと。
だがそれは彼の返答で勘違いだと知った。

「えっ、いや、違います違いますよ! どう見ても先輩とは似ても似つかなかったし、なんかこう……スラッと? していた男だったんで」

「デブで悪かったね穂積君」

 篝山は軽く睨みつつしかし口元は笑みで歪める。一目でボケていると分かった。穂積もそこまでは言っていないからだ。

「とにかく、このあと俺は飲みの場でこの事を怪しいと思う奴皆に聞いてみようと思います。いいですよね?」

「構わないけど……暴力沙汰だけはやめてね?」

 佐野は心配そうにそう言っては釘を刺す。平和を好む、優しい性格が滲み出ているようだった。

「大丈夫です、その辺は心得てるんで。……あれっ?」

 そのタイミングだった。スマホが鳴った。その場に居る全員のものが一斉に。

「LINEだね。こんな時にどうしたんだろう?」

「あちゃー、レン君来れないって」

「はぁ!? このタイミングでか!? もっと早めに連絡しろよあいつ……」

 穂積と同じ二年の隠が、今回の飲み会をキャンセルする。そんな内容のメッセージがサークルのLINEへと流れて来た。

「なんか残念だな。これで二年生はレン君と佐伯さえき君の二人が来れなくなったな」

「佐伯ってなんで来れないんでしたっけ」

「なんかバイトが急に入ったとかで」

「あー、それはキツいっすね……」

 その連絡が契機となったか否か、話すことも無くなった三人は暫くそこで佇んだのちに元来た道を戻り始めた。集合場所は神社ではなく駅であるし、あと一時間と数分もすれば時間になる。穂積も再び煙草を吸いたくなったようでその足取りに迷いはなかった。

「穂積君、タバコはいいけど程々にね?」

「どうしても気分が変わったりとか、ちょっとしたストレスでも吸いたくなっちゃうもんで……。先輩はあと一時間どうするんですか? 暇っすよね」

「んー、まぁポケモン持ってきてるし最悪ゲームしてもいいかなぁ。あとどっかラーメン屋とかあったら行きたいかも。な、淳二」

「さんせー」



 落ちる。
ヨシキはたった今ゾロアークの"かえんほうしゃ"に炙られた事で倒せたからいいだろう。
だが、このままでは地上に落下して死ぬ。
ジェノサイドは必死な思いでボールを投げた。
自分の丁度真下の位置にリザードンが現れる。

「いっ……てぇ……」

 リザードンもその状況を理解したようで、すぐさまその身を自身の背中で捕らえる。
ジェノサイドの全身に衝撃が伝わり、強い痛みが広がる。

「ゾロアークは……大丈夫か?」

 ジェノサイドはがばりと起き上がってそちらを見ると、ピジョットに変身して悠々と飛んでいるそのポケモンの姿があった。
じんじんと響く痛みを気にしつつ一安心したジェノサイドは、地上で彼を待つハヤテとケンゾウの影を見つけた。

「おう、お疲れ。たった今終わらせたぜ」

「リーダー……。一応僕からは言っておきたい事があるのですが」

 地上に着いたリザードンは羽ばたくのをやめると、主人が容易に降りられるよう身を屈める。彼が足をアスファルトの床に付けて早々、ハヤテがムスッとした表情をしながらそう言った。

「すまん、ちょっとヒートアップしちまった! でも多少目立っちゃった以外は大した被害は無いし、敵も倒せたしで別にいいよな?」

「良くないです!」

「リーダー……熱くなりすぎっすよ」

「すまんな、ケンゾウ。でもお前にも怪我が無くてよかったよ。……あっ!」

 ジェノサイドは突然、何かを思い出したかのように叫んだ。それから、まるで誰かを探すようにキョロキョロと辺りに首を振っている。

「どうしたんですか?」

「やべぇ、やらかしたわ。ヨシキに結社との繋がりがあるのかを聞くのを忘れてた」

「……はぁ?」

「いやいや待て待てハヤテ。俺は一応一回は聞いたんだよ! でも奴には声が届かなかったのか、返事が貰えなくて……それで」

「いや、もういいですよ。それよりも早く基地戻りましょう。反省会やりますよ」

「うっわぁ……だっるう……」

 足が急に重くなった。
これからこの街では、自分が所属するサークルで飲み会があるらしい。しかし彼はその参加を拒否し、既にその連絡も済ましている。
自分のせいとはいえ、面倒事よりも飲み会を優先したい。この一瞬だけだったがそう思ったジェノサイドであった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.17 )
日時: 2023/12/05 20:31
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)


 九月二十三日。
レシェノルティアとの戦いから三日。
その間ジェノサイドはと言うと特に何事も無く、講義があれば大学へ行き、空き時間があれば寝るなりポケモンを育てるなりするなど平穏な日々を過ごしていた。

「まさか組織に居るより大学に居た方が心地が良いとはな……」

 あの戦いの後、案の定追及された。
ハヤテからは改善点を逐一挙げられ、その度にバルバロッサは苦い顔をし、それを気まずそうに聞く構成員の人々。
まるで晒し者にでもされている気分だった。
何も皆がいる中で言わなくともいいだろうと思ったジェノサイドだったが、その時バルバロッサが偶然広間に居たためこればかりは仕方が無かった。
ハヤテは言いたいことを言い終え、それがバルバロッサの耳に届く事を確認すると満足したのか小言を言うことはなくなったが、それでも数日経った今日でさえもジェノサイドを見るとハヤテはわざとらしくため息を吐く。
そんな光景に居心地の悪さを覚える。ジェノサイドはいつもより早めに基地を出ると大学に向かったのが今日の朝だった。

 今日は火曜日だ。サークルの活動日でもある。夕食も込みで夜遅くまで外に出られる。
勉強をあまり好まないジェノサイドが、自身の組織の基地よりも大学が心休まる環境になるなどと言うこんな皮肉があるものなのかと自分で自分を笑う。

「そんな悠長でいいんすか? リーダー」

「なっ、……何でお前が来てんだよケンゾウ!」

 無防備なジェノサイドの背後の、空いた席。
そこには周囲に溶け込んでいるかの如く学生に成りすましたケンゾウがそこに座っていた。

「何でじゃないっすよリーダー。先週色々と物騒だったじゃないすか。不安だったんで来てみたんすよ」

「別に来なくてもいいだろ……」

「世間ではそれなりの噂っスよ。"ジェノサイドが妙な道具使って変な事しようとしてる"とかなんとか……。毎度毎度連戦するなんてリーダーも嫌っすよね」

「お前あれか、ハヤテの入れ知恵か」

 どう考えてもケンゾウのような人間が思い付くものではない。その内容も現実主義のハヤテが好きそうな話題である。

「毎日が抗争の日々……なんて今に始まった話じゃねぇよ。俺が高校の時なんかそれこそ毎日戦ってただろ、お陰で何度赤点の危機を迎えたことか……。それにノンビリしている訳でもねぇ。今みたいな、何もない日ってのは本当に数えるほどしか存在しない。じきにデカい戦いでも来るだろうな。今は準備期間だ。俺は何もしていない訳じゃない。お前も次の戦いに備えてポケモン育てるなりパーティの見直しくらいしとけ」

「デカい戦いが起きるんすか?」

「例えで言っただけなんだが……まぁ、あるかもな」

「相手は誰っすか!?」

「んー……」

 ジェノサイドは言いながら背に力を入れ、椅子に付いてある四つの足のうち前二つを浮かせバランスを取らんと揺れる。小学生が好む"それ"である。

「さぁ? 知らねっ」

「えぇー……」

 適当にあしらう。彼の意識は今自分が居る広い建物であるラウンジ。そこの時計へと向けられている。

「そろそろ四時半か……。一日は長いようで短いな」

「なんかあるんすか?」

「この後講義あるから行ってくるわ。あと、それが終わった後はサークルもあるな。という訳で今日帰り遅くなるわ。多分土曜についても何か言われるだろうし」

「どのへんが準備期間なんすか!? 遊ぶ気満々じゃないすか!」

「じゃーなー」

 ガタリと音を立てて立ち上がるケンゾウを無視してジェノサイドは去り際に軽く手を振ってその場を離れた。



 一時間半の講義を終え、ジェノサイドは教室から出る。
四時半から六時までのこの時間帯はその日最後のコマである。そのまま直行で帰る人で溢れるため、特に人の出入りが激しい。構内の隅の、まるで追いやられたかのような位置に構えてあるバスターミナルまでに続く長蛇の列が形成されているのはいつもの光景だった。

「授業って退屈だな……。自分で選んだものだから仕方がないけど、どうしてこう、面白くならないのか」

 話し相手がいないため、ジェノサイドは独り言として呟く。
ケンゾウの姿は無かったようだった。一時間半もの間何も無かったのがよほど退屈だったのだろうか、恐らく帰ったのだろう。

 構内は人でごった返している。
サークル自体はその辺りの教室で行われるものだが、人が少なくなってから移動したいと考えているジェノサイドはその時まで適当に時間を潰すことにした。十五分もあれば臨時の増便バスが何度もやって来るので少なくとも構内まで伸びている列は消える。
向かった先は同じく構内にあるコンビニだった。
帰る人で集中しているため、店内もかなり混雑していた。今からレジ待ちの列に入っても会計が済むのに五分以上は掛かりそうにも見える。
もっとも、今の彼は特別急いでいるわけではない。気になる程ではなかった。

 ジェノサイドは適当に商品を眺めながら財布の中身を確認し、ついでに現在の預金残高も見たくなったのでそのままATMへと向かう。
パネルを押して表示された残高を見ると、適当な額を引き出そうと何も考えずに操作して結果出てきたお金を財布にねじ込む。
そうしている内に混み具合が多少緩和されたようだった。新商品のジュースといくつかのお菓子を適当に選んで列に並ぶ。
自分の前には六人ほど居るようだった。

 ここまでの行動を振り返ってみると自分もそこらの大学生と大差無い事に気が付く。
ジェノサイドは表向きは"表の世界"でも通用する名で生活しているごく普通の大学生だが、活動時間と名を変えると悪名高いテロリスト"ジェノサイド"へと変貌する。たとえその評価が"勘違い"であったとしても。

 だが、この温度差がジェノサイドの普通でない人間であることの証左だった。
預金残高を見てそれを実感する。
何故ならば、普通の大学生としてはあまりにも金持ちであったからだ。
彼の脳裏には、ほんの数分前まで見ていた三桁の数字が頭から離れられないでいた。
三桁ともなると、一般の貧乏学生ではとてもじゃないが持てない数字だ。
あるとすれば、金持ちの家の子か、親からの援助が豊富な者か、学業を犠牲にしてアルバイトに毎日繰り出している者のどれかだろう。
または、自分のように闇に生きる人間であるか。

 組織の中でも、ここまでの大金を持つ人間は恐らく彼以外に存在しないだろう。
彼は、これまでに数多の組織と戦い、その度に潰して来た。
その度に財産を得た。

 彼は、口座を二つ用意している。一つは組織の維持を管理するためのものだ。
人件費や食費、そして結社への税代わりともなるべき献上金等の諸々の理由で消費されるお金はそちらで対応される。
それを差し引いて、ジェノサイド本人が自由に使えるお金が三桁だ。

 彼はそれでも考える。
ここまでの金が無かったならば、自分はどんな生活をしていただろうか、と。
常に命を狙われる事は無かっただろう。自分の身体ももっと綺麗に保てただろう。これほどまでに人を疑う性格にはならなかっただろう。一部の人間からテロリスト呼ばわりされる事も無ければ、そもそもこんな組織自体作ることは無かっただろう。
そして、幸せで美しい平和な日々を過ごす事が出来たに違いないだろう。
絶対に口に出すことは無いが、彼は平和を渇望していた。

 今自分が選択し、歩んでいる道が正しいのかどうか。分からずにいるまま幾年もの月日を過ごしている。
いや、本当は分かっていた。間違っているからこそ、認めたくないだけなのだ。今在る自分自身を。

 そんな本音とは裏腹に、ジェノサイドは気が付けば深部ディープ集団サイドの世界で最強の組織と評価されるようになり、それはつまりそんな組織を操る自分が、この世界での頂点に君臨している。
世界最強。存在しているだけで日々の勢力が大きく変わる事もあれば、些細な行動ひとつで大きな争いが生まれてしまう、あまりにもシビアなポジション。
それを自覚するだけでも、ジェノサイドは胃液を吐き出しそうになる衝動に駆られる。

 いつか、彼は誰かに言われた言葉がある。

「このままではこの世界は、お前の独裁と化すだろう」と。

 それは真っ赤な嘘だった。
あらゆる動きを自制され、常に警戒しなくてはならない不自由すぎる日々を送っている。
誰よりも、この世界に縛られているのだから。

 一種の戯れで妄想していたことがある。
それは、自分が突然"深部ディープ集団サイドの世界から足を洗いたい"と言い出したらどうなるか、というものだった。
ある人は笑いのネタにするだろう。
ある人は冗談か、我儘だと相手にすらもしないだろう。
ある人は、絶好の機会とばかりに戦いを挑むだろう。
ある人は、文字通り殲滅を望まんと虐殺に走るだろう。
決して、そんな事を言うことすらも許されない。彼はそんな人間に成ってしまったのだ。

 そんな事を考えている内に列は消え、順番が回ってきた。

 会計を済ましてジェノサイドはコンビニを出る。十五分は経過しているようだった。
ここまで経つと流石に人気も少なくなっていた。バス待ちの列は消滅し、ターミナルで佇む人影もほぼほぼ存在していなかった。

「なんか言われるかなぁ……」

 ジェノサイドは一つだけ小さな懸念を抱いていた。理由があったとはいえ、土曜日の飲み会に参加しなかったことだ。
後輩に優しい先輩からはからかわれるかもしれない。

「でも、ハヤテのアレよりかはマシだよな」

 小さくにやけながらジェノサイドは指定の教室のある建物へ向かう。




「来ないっすね、アイツ」

「その内来るんじゃない? 彼は来ない日はLINEで連絡する人だし」

「ですかね。来たらマジで問い詰めてやろうっと」

 二年生の穂積ほづみ裕貴ゆうきと四年生の佐野さの宏太こうたは一つの長机を共有するように向かい合って座ってはそんな会話をしていた。
その目線の先にはそれぞれのゲーム機が、ポケモンがある。

「先輩は今何してるんすか」

「最近サーナイトを育てたからね、パーティに入れるために組み合わせのいい別のポケモンを育てようかと考えているところだったんだ。ブースターなんかいいかな、なんて思ってる」

「相性……いいんすか? それ」

 二人を見ても分かることだが、このサークルの特徴は何よりも自由であることだった。
本来の目的は旅行である。だが、サークル全体でのものとなると必然的に夏か春かの長期休暇に限られてくる。そうなると、平日における活動の意義が見い出せなくなる。そのため、次回の旅行の相談を名目に各々が好きな事をしているに至ったのだ。勿論、旅行の話をする者は一人も居ない。

 穂積と佐野がポケモンで遊び、御巫かんなぎ佐伯さえきらは先輩や後輩を巻き込んでボードゲームに興じている。
夕方の涼しい風を浴びたいのか、窓を開けて景色を見つつ楽しそうに会話をしている先輩たちの姿もあれば、一人黙々とお菓子を食べながらスマホを操作している人も居る。
纏まりが無く、自分勝手な面々が集う場。それこそが旅行サークル『Traveling!!!!』の姿でもあるのだった。

 そんな自由気ままな雰囲気漂う空気に、淀みが生まれる。

「ちわーっす、三河屋でーす! なんつって」

 ジェノサイドがその教室に入り込んだ。

「いやぁみんな土曜はごめんな! 急に外せない予定が入っちゃって行けなくなっちまった。お詫びにほら、お菓子と必要だったらキャンセル料も持って来たからこれで……」

 いつも通りの反応だった。
自分に意識を向ける者もあれば、にこやかに手を振ってくれる人もいる。四年の女子の先輩なんかがそうであった。
扉に一番近い長机にお菓子の入った袋を置くと御巫が嬉しそうに飛び付いてはポテチの袋をかっさらっては食べ始める。

「お前はサブちゃんなのかよ」

 と、わざわざそのネタを拾ってはニヤニヤと笑う先輩の姿もあった。

 だが、その中でも普段とは違う調子であるらしい人の姿もあった。
穂積裕貴。彼だけは自分がこの教室に入った直後から、あからさまに機嫌が悪そうな顔を見せている。

「大丈夫だよ。キャンセル料なんていらないから、それは自分で持っててなよ」

「いやぁホントすいませんでした。佐野先輩、みんな」

 佐野が3DSを閉じて会話を始め、ジェノサイドが掌に乗せていたお金をポケットにしまいこんだのを合図に、穂積は立ち上がる。

「なにか他に言わなきゃいけねぇことがあるんじゃねぇの?」

 それは、糾弾する声色だった。

「他……に? 土曜の飲み会は来れなくて悪かったって今……」

「そうじゃねぇよ。それ以外にだよそれ以外」

「?」

 ジェノサイドには彼の意図が読めなかった。
自分が深部ディープ集団サイドの人間である事は誰にも告げていない秘匿事項であるから念頭に置く必要性が無い。となると、他には何も思い浮かばなくなるのが自分という存在が如何に空っぽであるかを痛感してしまう。

「お前、割とやらかしてんな」

「待て待て、何のことを言ってんだよ穂積」

「とぼけるなよ」

 ピシャリと。
その声でその空間にある全てのモノを遮断させる。
ボードゲームを進める手は止まり、窓際に佇んでいた先輩たちはこちらを見つめている。

「今までずーっと隠してたんだな。まぁお前レベルにもなれば隠したくもなるよな」

「穂積、いい加減にしろよ。お前は何が言いたいんだ」

「説明しろよ、今この場で! お前がこれまでに何をして来たのか、その全部を! レン、いや……ジェノサイド」

 呼吸が止まるかと思った。そんな感覚に一瞬、ほんの一瞬の間だったがそう思ったジェノサイドは、信じられないようなものを見る目で穂積を、今この時この場で自分に視線を投げているモノ全てを見た。

 なばり洋平ようへい。友人からのあだ名はレン。そして、またの名をジェノサイド。

 彼は。

「な、何を根拠にそんな事を……」

 声を震わせる。

堀田ほった先生って知ってるか?」

「あぁ……。刑法の」

「あの人が全部教えてくれたよ」

 "うつしかがみ"を手にした日。
彼は意図せずして表側の世界の人間と接触してしまった。

「木曜にもやらかしてたよな。あの時俺も先生も見てたよ」

「あぁ……やっぱりあの時お前にバレてたか……」

 ジェノサイドはその時戦っていたルークを見逃す形でその場を去った。その場に長く居ては顔見知りに全てを知られるだろうと判断したためだ。その時の顔見知りとは、戦いを眺めていた知人というのがまさに穂積だった。

「いや、その時はまだ気付けなかった。位置もかなり離れてたしな。だけどその時たまたま隣に居た堀田先生と授業の話をしたついでに色々聞いたんだよ」

 迂闊だった。
刑法を指導する堀田と穂積は学部が同じであるのみか、頻繁に講義を受けた関係上顔見知りだった。そのため、他愛もない会話も出来る仲でもあった。それを、ジェノサイドは知らなかった。

「別の先生の所有物も盗んだらしいな」

「あれは……私人が持ってちゃいけない代物だ。先生と一緒に保護する予定だった」

「キャンパス内で何度も戦ってるらしいな? 規則で禁止されてんのに」

「俺からじゃない。どれも向こうから始めたものだ」

「調布でも爆発騒ぎがあったな? あれもお前だとか言うんじゃねぇだろうな? ポケモンに乗って飛んでる奴が居たぞ」

「それは……俺だ」

 隠す必要は無くなった。いや、隠せなくなった。
ジェノサイドは酷く疲れたようにため息を吐くと、その教室の教卓まで歩いては正面を向き、両手をそれに付ける。

「そうだ、俺だ。俺が……深部ディープ集団サイドのジェノサイドだ」

 諦めから一転、強い覚悟を宿した目であった。



 ジェノサイド改め、隠はこれまでの全てを語った。

 四年前。ゲーム内に留まっていたはずのデータが現実世界に宿る、実体化の現象が始まったその時。ポケモンを連れ歩いているという理由だけで攻撃の的にされた時代。そんなポケモンを悪用して犯罪に走ったり、秩序を乱す者が現れ事件事故が多発した時代。

 そんな時代に、治安の維持のために設立された概念"深部ディープ集団サイド"の一員となったこと、それに伴い数多くの犯罪者、暗部ダークサイドとされた人々を鎮めたこと、それが終わったと思ったら深部ディープ集団サイド同士で争い始めたこと、その過程でまたもや多くの戦いを繰り広げたこと、それらを高校時代に歩んでいたこと、その結果、自分がこの世界における覇者になったこと、それが災いして常に多くの連中から狙われていることなど。

 そのすべてを、話した。

「これは本来、絶対に知られちゃいけない事柄なんだ……。深部ディープ集団サイドの存在そのものが知られてはいけない。だけど、それを知らない人々は身の回りで何が起きたのか説明がつかないでいる。その結果として……」

「お前がテロリストと呼ばれるようになった。そうだろ?」

 その声は穂積のものではなかった。

 大学四年生。常磐ときわ将大しょうだい
風邪でも引いているかのような、喉を枯らしているようにも聞こえる声を持つ長身の先輩。
彼が突然知ったように会話に割り込む。

「先輩……?」

「ジェノサイド。その名前は俺でも聞いたことがあるぜ。お前、相当強いらしいな」

「何で先輩が聞いたことあるんですか。まさか先輩も……」

「いや、俺は深部ディープ集団サイドの人間じゃねぇぜ。だが、"その手の"話題は知ってはいる」

「それで、」

 隠は改めて穂積を見た。まだ彼は何か言いたそうであった。

「俺は……どうすべきかな? 俺が伝えるべきことはすべて話した。理解してもらえたかどうかは別として。やっぱりサークル辞めるとかした方がいい? 迷惑かな」

「ちょ……レン君待っ……」

「ちげぇよ! そうじゃねぇよ! 何でおめぇがそんな世界に入っちまったのか、何でそんな事を繰り返しているのか……それを聞いてんだよ!」

 佐野を遮って遂に穂積は叫んだ。
隠はこれまでに自身の経歴を語ってはいても、自分の気持ちを告白する事はなかった。だから、此処に居る誰もが、何故隠がジェノサイドとして生きていかねばならないのか、何故それを今でも続けているのか、その想いが分からないでいる。

「それを話してどうなるんだ? 理解力が深まるか? 同情でもしてくれるのか? いや、それは無いだろうな……」

「レン君、無理しなくていいんだよ。言いたくなければ言わなくていい。でも、今みんな君に困惑している。よりによって何でレン君が、ってね」

 大いに惑っているのはこちらも同じだった。
隠はこれ以上に話せることはあるものなのかと疲弊した頭を巡らせるも、相応しい言葉が思い浮かばずにいた。

 自分が深部ディープ集団サイドに関わった原因、きっかけ。それは"仕方が無かった"としか言えなかった。だが、それが上手く伝わるとは思えない。

「は、はは……。なんつーか……報われねぇな、俺って」

 隠はそっと両手を教卓から離した。
そのまま真っ直ぐと、怪訝そうに見つめてくるサークルの面々をスルーして教室の最奥、窓際へと静かに歩く。

「テロリストとか何とか言われてきたけど……深部ディープ集団サイドとは一切の関係も無い人間なんかこれまでに触れた事も無ければ危害を加えた事も無かったのに……。むしろそういう事する奴らをやっつけて来たのに……」

 ほんの数十分前までこの世界から離れたいとさえ思っていたが、やはりそれは叶わないと思い知った。自分は表の世界から歓迎されていない。

「レン……? 待てお前。もっと詳しく話を……」

「いや、いいよ。俺も覚悟を決めた。俺は……」

 もうこれ以上自分を偽ってまで表の世界で生きる事はしない。できない。頂点に立ってしまった以上、そこに在るだけで世界が動く存在となってしまった以上、裏の世界で生きるしかない。

 二年。たったの二年だったが、隠は平和を見出した気がしていた。
このサークルで過ごした時間は穏やかで、楽しくて、意義のあるものだった。
だが、それを手放さければならなくなった。

 開いていた窓から、夜風が肌を伝う。
群青に包まれた夜空と、それに塗り潰された景色がふと目に焼き付いた。その場その状況さえも忘れて美しいとさえも感じる、その色合いに惹かれている自分が居た。

 それからおよそ二秒後だろうか。

 確かに隠は秋の夜空を見ていた。自分につられて同じように見上げている者も居たはずだった。
そんな彼らの視界から、景色が奪われた。
瞬間のうちに、鋭い音と光によって夜が夜でなくなってゆく。
気付いた時には、目を疑う光景が広がっていた。

 時間は十八時を過ぎた中秋。もう真っ暗になりつつあるはずだ。
それが、早朝を思わせる明るく眩い空色へと変化している。
いや、如何なる時間帯でも、どのような季節であっても絶対に見られることは無いいろだった。

 大空が、金色に染まっている。

 つまり、それは。
現実では有り得ない光景が眼前にて広がっている。という事だった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.18 )
日時: 2023/09/13 20:14
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 突如として空が、闇が塗り潰された。
そこに居る誰もが、今ある現象を説明出来ない。
それはまさに、怪奇で、摩訶不思議で、そして非日常的な景色ゆえに美しいものとして映っていた。

「なんだ……あれは」

 おののくようにして呟いたなばり洋平ようへいは、外の景色を一通り眺めたあと、周囲に異変が起きていないか教室内を一瞥した。幸い、サークルのメンバーの中に危害を加えられた者はいないようだった。
むしろ、普段絶対に見られないその光景にはしゃいでいる者までいる程である。
先程まで窓際で会話をしていた四年の先輩たちは綺麗なものを見る眼差しで興奮しているようだった。

「すごーい! ねっ、見てよほら桃花ももか!」

「見てるって。でもあれ何だろうね? 凄く綺麗」

「あの……高草木たかくさぎ先輩、名里なざと先輩、気持ちは分かりますが……窓も開けっぱですし危ないので離れましょう?」

「レン君、意外と冷静なのね? 逆に怖いかも」

 佐野さのの彼女である高草木たかくさぎ結衣ゆいが微笑みながら隠の顔を見つつそう言う。隣の名里なざと桃花ももかも明るい表情を向けているようにも見えた。

 自分が来てから訪れた暗い雰囲気が、夜空共々吹き飛ばされたようでこの時ばかりは内心外の異変に感謝していた隠だったが、その安らぎもポケットで振動したスマホによって断ち切られることとなる。

「な、何でこんな時にハヤテから……?」

「レン、誰からだ?」

「ちょっと待ってろ穂積ほづみ、後で説明する。もしもし!?」

 隠は早口になりながらも仲間からの通話に応えた。この時間に深部ディープ集団サイドの面々から連絡が来ることも中々無く、今ある状況と相まって嫌な胸騒ぎが響く。

『あ、よかった……。すいませんリーダー。こんなお時間に』

「それはいい。どうかしたのか?」

 電話越しにハヤテは、向こうも只事でないことを察した。彼の語気は明らかに普段のものと違う。荒々しく、どこか暴力的なそれだった。

『それがですね、今基地でちょっと変なことが……』

『ヤバいヤバいヤバい! マジヤバいっすリーダーぁぁぁぁ!! 助けてー!』

 突然ハヤテのものと入れ替わった絶叫に物理的に耳を痛めるジェノサイド。その声には聞き覚えがあるので簡単に怒鳴り返す。

『すいません……ケンゾウのやつが僕の携帯をひったくりまして……』

「声で分かったよ。なんかそっちも混乱しているな?」

『えぇ。分かります? と言うのもリーダー、先頃から基地全体に変なサイレンが鳴り響いているんです』

「サイレンだと?」

 あまりにも奇妙な報告だった。ジェノサイドは基地にそのような類の物を取り付けた覚えは無い。

「知らないぞそんな物は。お前ら何か付けたのか? まぁいい。とりあえず聴かせてくれ。このままでいいから」

『いえ、僕は何も……。このままですか? 分かりました』

 ハヤテは携帯を耳から離して出来るだけ高く腕を伸ばす。少しでも多くの音を拾えるように。

「……聞こえるな、確かに。甲子園とかで聴きそうな不気味なサイレンが」

『えぇ。とにかくこんな状態なので基地中が軽くパニックなんです。なので今はメンバー全員に外に出ないよう指示を出したところです』

「よくやった。サイレンは何処から流れている? それは分かるか?」

『いえ、まだ何も……。基地と言っても広いですからね』

「バルバロッサは? 奴は居るか?」

『いえ、姿が見当たりません』

 身体全体を徐々に蝕むような心地の悪い鼓動が早まった。ジェノサイドは嫌な予感を募らせてゆく。
組織の中で一番の頼りとなる人間が不在となると、やれる事も動ける範囲も自然と狭まってしまう。
ジェノサイドは、あらゆる算段を頭の中で何度も講じながらとりあえず返事だけはしてみた。

「わかった……。通じるかどうか分からないが、俺からバルバロッサへ連絡してみる。お前たちは引き続き基地内で待機しつつ見回りを頼む」

『分かりました。……ところでリーダーはこの後どうするおつもりですか? こちらへ来られますか? どうも、様子が普段と違っているようで……』

 流石はハヤテだとジェノサイドは感心の意味を込めて鼻で笑った。
彼の言う通り、今日この時間だけで色々と起きすぎてしまっている。

「ケンゾウと変わってくれ。そして一瞬でいいから外に出るように行ってくれ」

『いいんですか? まぁ扉はすぐそこなのですぐに見られますが。あっ、ケンゾウ、リーダーから。あと扉開けて外出てだって』

 はっきりとではなかったが、電話越しに二人の会話が聴こえた。今向こうで二人は一緒に居ることにどこか安心感を覚える。

 ケンゾウは戸惑いつつも携帯を握り、扉を開けようとするところだった。

「まぁあれだ。とりあえずは落ち着くことだケンゾウ。落ち着いて空でも眺めてみろよ。嫌なことがあった時は空を眺めると記憶に残りにくいって言うだろ?」

『なるほど! それはいい考えっすね! こんな時にも俺のことを想ってくれるなんて……なんて優しい人っすかリーダーは! よーし、これで外を……ってなんじゃこりゃー!!』

 当然それは優しさではなく意地悪である。こんな最悪とも言える状況の中、気分転換のためか、余裕を見つけつつあったからか、それとも単にちょっかいを掛けたくなったからか、とりあえず様々な思惑を抱いたジェノサイドは必死に階段を登ったり思い切りドアを開けた自然の音の果てに発せられたケンゾウの叫びに、必死に笑いを堪えて身体を捩らせる。傍から見れば物凄く変な挙動と顔だったようで、周りの先輩たちや同級生がおかしな物を見ている顔を自分に向けているようだった。

『リーダー……これは一体……』

 隣から叫び声がする中、ハヤテが冷静を装って携帯を取り戻す。

「分からねぇ。お前から電話が来たほんのちょっと前に突然こんな事に……。今何が起きているのか、全く分からないんだ。今俺の目でもこんな空模様だ。どうやらそっちでも同様みたいだな」

 スイッチが切り替わる。
隠洋平から、ジェノサイドへと、その意識が。

「いいか、さっき俺が言った通りだ。もう外はいいから、基地に戻って俺の言う通りに動いてくれ。俺もこの後すぐにバルバロッサに連絡する。その返答次第でまたお前に電話する。その時も俺の指示に従ってくれよ」

 ハヤテは迷うこと無く返事をした。同時に通話を切る。それから、一切の迷いが無いかのようにバルバロッサの番号を電話帳から拾っては通話ボタンを押した。

 三度コールが鳴る。しかし、反応は無い。

「おい、レン……お前何してんだ?」

「いいから待ってろ穂積!」

 下手をしたら組織存続の危機であるかもしれない事態だ。横槍を入れられた気がした隠は、右手の掌を大きく広げて穂積に向かって待ったのサインを投げつつ軽く怒鳴る。

 五度目のコール後に反応があった。
声そのものにも皺がありそうな、低くくぐもった男声だ。

『やぁ。珍しいな、お前さんからこうして電話を貰うとは』

「バルバロッサ、お前今何処にいる?」

『それがどうかしたのかね?』

「皆お前が居ないと不安になっている。教えてくれ! お前は今……何処で何をしているんだ? まさか、"うつしかがみ"を持って外に居るんじゃないだろうな!?」

『ふふっ……心配してくれているようで嬉しいよ。私は無事だ。今、大事な大事な用があって外に居る。暫く帰ることは出来ない』

「だから……っ! 何処に居るんだ!」

『そこまで気になるのなら……少し私の用事を手伝ってもらおうかな。最高の景色を、最高の場所からお前さんにも見せてやろう……。大山だ』

「なに?」

 耳障りなノイズに混じって地名のようなものが聴こえた気がした。ジェノサイドは全神経を聴力に集中させる。

『神奈川県は伊勢原いせはら市の大山おおやま。その阿夫利あふり神社に、私は在る。とても、とても大事な仕事だ。可能であるのならば是非とも来て欲しい』

 返事はしなかった。ジェノサイドは有無を言わさず通話を切るとすぐにハヤテへ折り返そうとしたら、向こうからやって来た。

「もしもし、丁度今お前に掛けようとしたところだ」

『それなら良かったです。……どうやら通話中でしたようで、という事は繋がったのですね?』

「バッチリだ」

 ジェノサイドは辛うじて聞き取った地名を狂い無く言えるか頭の中で何度も反復する。しかし、その努力は思わぬ形で裏切られた。

『リーダー、僕からも伝えたい事が幾つかあります。まず、バルバロッサは基地内には居ませんでした。そして、バルバロッサの部屋に"うつしかがみ"が有りませんでした。それから……』

 それらの情報は自ら入手していた事だったので気にも留めず、半ば聞き流す。むしろ、間違って覚えていないか、ハヤテにしっかりと伝えられるかそこに多少の不安が生まれる。

『バルバロッサの部屋の電源の付いたディスプレイに、奇妙な地図と表記がありました。どうやら、何処かの山を指しているようです。それを調べたところ……神奈川県にある大山という場所のようでした』

「マジか……ビンゴだ、ハヤテ!」

『ビンゴ……とは?』

「バルバロッサから何とか教えてもらったんだ。なんでも、伊勢……原? の、大山ナントカ神社って所に今奴は居るらしい」

『神社……。大山おおやま阿夫利あふり神社のことでしょうか?』

 自身の思い描いた形としてではなかったが、ひとまず向こうにも伝わった。
ジェノサイドはまず小さく安堵する。

「よし、いいかハヤテ。今から俺の言う事をよく聞くんだ」

 ジェノサイドは窓を見つめる。そしてその先の、黄金に輝く空を睨む。鍵を緩めて窓を開けると、携帯を持つ方とは逆の手で窓枠を思い切り掴んだ。

「組織の中の、非戦闘員を除いた全員で基地を出てそこへ向かえ」

『全員ですって!? 危険過ぎます!』

「いいから、全員だ。場所もお前が皆に伝えろ。そして各自どんな手段でもいいからそこへ行くんだ」

『リーダーからの指示ですのでそうしますが……本当に良いんですね?』

 一際大きく鼓動が鳴り響いた。
ここで間違えたら取り返しのつかない事態に陥るのは必至だ。特に、ジェノサイドは常に多くの人間から狙われている身であるがために。

 それでも、ジェノサイドは信じた。
最も信頼する仲間の声と、その直感を。
今、この世界で何が起きようとしているのか。それを見届けるための覚悟を。

「あぁ。やってくれ。頼んだぞ」

 それだけ言うと、ゆっくりと携帯を持つ手を下げた。
俯きながら、深呼吸をする。
そして、宣言するようにジェノサイドはそこに居る全員に対し言った。

「ごめん、皆。俺は一旦此処を離れる。どうしてもやらなくちゃいけない事があるんだ」

「今までの電話は何だったんだよ……。まさか、お前の組織の連中か?」

「そのまさかだ。それから、それだけじゃない。もしかしたらだが……この空の異変と何かしら関わりがあるかもしれなくなってきた」

「どうして!? あそこまでする理由ってなに!?」

 悲鳴に近い叫びのようだった。隠と同じく二年にして、その学年内では二人しか居ない女子の内の一人、大三輪おおみわ真姫まきが立ち上がる。女性の割にはモデルを思わせるような高い背丈が、その存在感を放っていた。

「それは俺にも分からない! けど、まだ確定した訳じゃねぇ。……が、同じタイミングで異変が起きすぎている。それからだが……」

 ジェノサイドは遂に窓枠に足を引っ掛けた。律儀に出入り口から建物を出るのではなく、窓から直接飛ぶようだった。その動作に不安がる人も居るようだったが、彼には空を飛ぶポケモンがある。

「俺が戻ってくるまで、ここを離れないでほしい」

「えっ? それは何でかな? レン君」

 あまりの脈絡の無さに、佐野が間抜けそうな声を発したが、その反応は当然と言うか、そう来るだろうとジェノサイドも予想していた。だからこそ、緊張とは裏腹にスラスラと口上で述べる事が出来る。

「さっきも軽く説明した通り……俺は皆と会う前から深部ディープ集団サイドっていう、あんまりよろしくない世界で生きている人間でした。とにかく俺は人一倍狙われる人間なんです。特に、"うつしかがみ"を回収した時から、この大学内でも……。もしかしたらですが、俺を狙ってか、それとも……俺と近しいって理由だけで襲ってくる連中が今後現れる可能性も無きにしも非ずなんです。俺は皆を守りたい。でも、それはコレのせいで出来ない。だから、俺が戻るまで皆此処で待機していて欲しいんです」

「待てよレン……。結局はお前の勝手じゃねぇか!」

「気持ちは分かるよ穂積! でも約束してほしい。俺は絶対戻る。戻ったうえで、またちゃんと……。しっかりと話をする。それを聞いて欲しい」

 思わず怒りの感情さえ込み上げた穂積だったが、彼の強い決意を秘めたかのような目を見て、喉元にまで出かかった思いを固く呑む。男同士通じ合う"なにか"がそこにはあったようだった。

「分かった。絶対だぞ」

 穂積のその返事に頷いたジェノサイドは、ポケットからオンバーンの入ったダークボールを取り出しては広い空に向かって放り投げる。直後として、黒々とした翼竜が姿を現す。

「気を付けてね、レン君」

「本当に迷惑ばかりで……すいません、佐野先輩」

 そう言うと、足に力を込めて窓から飛び降りた。

 神東大学の旅行サークル『Traveling!!!!』が日々活動している教室は構内のとある建物の五階にある。本来であれば窓から落ちれば転落死は避けられない。そんな高さだ。
だが、ジェノサイドの落ちた先にはポケモンがいる。
慣れた動きでオンバーンは自らの主を捕まえると、その指示のもと、光の発信元へと向かって突き進み始めた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.19 )
日時: 2023/09/13 21:49
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 人影はもう無かった。
今はもう使われなくなった工場の跡地、その地下に伸びるSランク組織"ジェノサイド"の基地はとにかく横に広く、すべてを見て回るとなるとかなりの骨が折れる作業とはなるのだが、すべての空間を二度三度と確認したハヤテは自信を持ってこれまで来た道を引き返し、外へと向かう。

 夕方から夜に切り替わる時間だというのに、外は明るかった。金色に輝く空のせいだ。

 見ると、組織の構成員たちがそれぞれ自分の力で移動せんと工夫している光景がそこにはあった。ある人はポケモンを使って空を飛ぼうとしていたり、またある人は車を使って移動しようともしている。

「まぁ……この組織にも専用の車があるっちゃあるけど……」

 無事に到着できるかどうか心配そうに呟いたハヤテは、再び有り得ない色を放つ空を見つめた。
ただの自然現象であればいい。だが、それを説明できる者は居ない。同じタイミングに、バルバロッサも消えた。不気味な道具を持ち出して。

「よう、やっと来たな? ハヤテ」

 思案していたハヤテに前方から声を掛けたのは、逞しい肉体を曝け出している大男だった。ケンゾウだ。

「お前が来るまで待ってたぜー。そろそろ行こうや」

「僕が来るまで待ってたの? なんで? 先に行っててもよかったのに」

「いやぁそれだとちょっと……な。行き先よく分からねぇし」

「なんでよ。僕ちゃんと基地で全員向けに伝えたはずだよ? しかも何度も!」

 ややはっきりと強めに伝える。しかし、そういった主張の仕方に慣れがないようで、細めた目は小刻みに震えていた。

「すまんすまん! そうじゃねぇんだ。俺地元以外の地名とかよく分からんくて」

「だったらそれこそちゃんと聴いててよ! これはリーダーの命令でもあるんだよ!?」

 彼との付き合いは長い。こうだろうな、という予想がそのまま現実となったようでハヤテは額に手を当てた。半分呆れもしている。

「いい? 場所は神奈川県の丹沢たんざわ山地に連なる山々の一つ、大山。そこの山頂に神社があるんだけど、そこにいるらしいって話だよ」

「おっし、了解した! そこにリーダーも居るんだな?」

「リーダーも今は向かっている途中だと思うよ。着いたら連絡があるみたいだし」

 基地内には戦闘に向かない非戦闘員たちが待機、または避難している。つまり今外に居るのはこれから戦いに向かう者たちのみだが、そんな人の数も片手で数えられる程には減ってきた。既に大半が移動を開始している。

「はぁ……」

 ケンゾウはハヤテがため息を漏らしたのを見逃さなかった。

「不安なのか?」

「いや……。まぁ、不安っちゃ不安だけど……」

 ハヤテの曇った表情を見たケンゾウは、彼が何を思っていたのかそれを察する。

「まだ裏切りと決まった訳じゃねぇ」

「そうだけど……もしもそうなったら、って考えたらね……。また"あの時"のような戦いになるのかなぁって」

 ハヤテもケンゾウも、知っている。

 この組織は三年ほど前に大規模な裏切りが、反乱があった。彼ら二人は既にジェノサイドの身近な仲間として共に行動してはいたのだが、その時に経験した"昨日まで笑い合っていた人たち"との命のやり取りの非情さ、無情さ、無意味さを、まるで昨日起きたことであるかのようにその心に深く刻んでいる。つまりはトラウマなのだ。

「あの戦いは……本当に辛かった」

「仲間が半分以上消えたもんな」

「もしも今回も裏切りだったら……。裏切ったのはバルバロッサって事になるから僕はそこまでじゃないけど……リーダーはどう思うかな」

「……」

 戦いの前という強い覚悟を決めていなければならない局面に、どこかしんみりとする二人。このままではいけないと我に返ったハヤテは、突如自分の頬を両手で強く叩く。

「ダメだ、このままじゃダメだ! これから戦うかもしれないって時に……。それに、まだ何も分かってないのに!」

「ハヤテお前……」

「行くよ、ケンゾウ! 準備はいい!?」

「お、おう! でも待ってくれ、移動用のポケモンが……」

 ケンゾウは慌てたようにポケットを引っくり返すが、相応しいポケモンのボールは出てこない。
それを見たハヤテは自身のモンスターボールを二つ取り出した。

「君は確かひこうタイプのポケモンを育てていなかったよね。僕のを貸してあげるから、それを使いなよ」

 そう言って二つの内一つのボールを彼に向かって投げ渡す。

「サンキュー。助かったぜ!」

 二人は同じタイミングでポケモンを出した。ハヤテはウォーグルを、ケンゾウはルチャブルを。

「……」

「どうしたの? 早く乗りなよ。遅れるよ」

 ルチャブルの姿を見てケンゾウは文字通り固まった。どう見ても背に乗って移動出来るようには見えない。ケンゾウは今にもウォーグルに乗ろうとしているハヤテに顔を向ける。

「あのー……。ハヤテきゅん……」

「その呼び方気持ち悪いからやめて」

「これさー……どうやって乗るん?」

 ハヤテとウォーグルは準備が出来たようだった。そのポケモンは、今にも翼を広げて飛ばんとしている。

「君はいつも筋トレをしていたよね?」

「それで?」

「今こそ、その鍛えられた筋肉の力を発揮する時だよ! レッツ四十五kmの限界チャレンジ!」

 言うとハヤテは大空へと去った。その場にケンゾウとルチャブルを残して。

「は? っておい! いくらなんでも長時間コイツに掴まって移動するのは無理があるってオーイ!!」

 彼がどれほど叫んでも届く事は無い。その場にはケンゾウを除いて誰も居なかったからだ。



 凍えるかと思った。
ジェノサイドは、とにかくスピード重視のためとリザードンよりかは移動速度が速いオンバーンを選んだが、その空の旅は苦痛が伴った。

 今は九月の半ばである。空が眩しいほどに明るいせいで朝とも昼とも勘違いしてしまいそうだが、正確な時刻は夜を指している。さらに、大学のある街は山を切り崩して造られたニュータウンであり、微かに山の名残がある。目当ての土地の標高もかなり高い。ジェノサイドは大学の友人や、サークルのイベントとして比較的近場である高尾山たかおさんに行く機会が割とある方なのだが、大山はその高尾山のおよそ倍の高さがある。軽い気持ちで臨むと大失敗をする事間違いないのだが、今まさにジェノサイドはその失敗を肌で感じていた。

 一時間経つか経たないかの時間を経過した後に、ジェノサイドは麓に辿り着く。
そこは駐車場だった。

 大山には、その中腹に大山阿夫利神社という神社があり、その参拝客を出迎えるためにケーブルカーが通っている。そのための駐車場だ。参拝時間はとうに過ぎているため、車は一台も停まっていない。

「ご苦労さま。寒い中ありがとな」

 寒さに震えているオンバーンにそう言うとボールに戻す。それからスマホを操作して"ポケモンボックス"なるアプリを立ち上げると、手元にあるオンバーンと別のポケモンを入れ替える。オンバーンはゲーム内に転送された。

 それから、ジェノサイドは手頃な車止めを見つけると全身から力を抜くようにするすると腰掛けた。バテたのはオンバーンだけでは無かったのだ。

「まだ……誰も来てねぇな。バルバロッサがこの先に居るとしたら、今から俺だけでも行ってもいいのだが……」

 それから数分すると、チラホラと上空から人の影が見えてきた。その影は地上にいる彼を見出すとゆっくりと下降してゆく。仲間が来始めた。
更に待っていると、馬力があるのを感じさせる排気音を響かせた自動車が何台か駐車場に入って来た。これも、彼の仲間だ。

 組織の構成員たちが、続々と集まってきた。その数は百とも二百ともありそうである。深部ディープ集団サイドの組織としてはかなりの規模を誇るものだ。

 その中から、ハヤテが駆け寄ってくる。

「只今到着しました、リーダー」

「ハヤテか。これでほとんど全員……かな」

「そうですね。あとは道路の混雑具合だとかで遅れる人が居るかもしれませんが……先に向かっても良さそうです」

「俺も同じ事を考えていた」

 ジェノサイドはぐるりと体の向きを変え、その目線を仲間たちから山頂へと向ける。

「此処には誰も居ない。居るとしたらこの先……かな」

 ハヤテは近くに置かれたハイキングコースが描かれた看板を見る。

「バルバロッサが居るとすると、途中の阿夫利神社でしょうか? それとも山頂でしょうか?」

「分かんねぇな。とにかく、向かうしかないな。一時間……人によっては二時間以上の登山になるかもしれない。覚悟しとけよ」

 自分で言っていて恐ろしくなった。ここに来るまでに体力を消費して疲労はピークに達しつつあるのに、これから登山、それも気軽なハイキングなどとは違ったレベルのものを体験しなくてはならないのかと思うと今すぐにでも帰りたくなるほどだ。

「リーダー、質問なのですが……ポケモンで一気に山頂まで行くのはダメでしょうか?」

「迎撃される可能性が無いと判断が出来れば構わない。……が、何が起きるか分からないな。まずは中腹の神社まで移動しようか。残念な事に目の前のケーブルカーはもう動いていないから自力でな」

 そう言うと、自身も含めてポケモンに飛び乗って一気に駆け上がる人の姿があった。
ハヤテは縮こまる思いをしてそれを見送る。

「たった今迎撃されるかもって言ったじゃん……。途中までだったらその可能性は無いってことかな?」

 見れば、律儀にこの地点から山登りをする人間は一人として居なかった。つまり、ここに集った全員がリスクを覚悟で飛んだことになる。

「ダメだ……此処にも居ねぇな」

 麓から移動すること四、五分。一番乗りを果たしたジェノサイドは"阿夫利神社駅"とあるケーブルカーの駅を背に、大きな鳥居を眺めていた。だが、そこには人っ子一人存在していない。

「と、なるとやはり山頂……。クソっ、面倒な事をしやがる」

 ジェノサイドは元凶の顔を思い浮かべながら強く睨む。気のせいか、光の眩しさが一段と強くなっているように感じられた。

 彼に倣って、飛行能力のあるポケモンを使って神社までの登山を短縮させた仲間達が後ろに続く。やや遅れてハヤテもやって来た。

「どうします? ここまでは大丈夫でしたが……」

「そうだな……」

 ジェノサイドは登山道に続く道を捉え、引き続き睨んでいる。ハヤテはスマホを開いてこの山の登山について細かく紹介しているサイトを見ながら自信なさげに言った。

「山頂までの登山を二時間と仮定した場合、今のでおよそ一時間短縮した事になります。ここまでバルバロッサからの攻撃はありませんでした。今後も無いとは言い切れません。どうしますか? 登りますか? それとも山頂まで飛びますか?」

「登った場合一時間か……」

 空に異変が起きたとはいえ、この後もまた別の異変が生じる可能性も無い訳では無い。とにかく、今はバルバロッサに会って話をしなければ、状況を聞かねばならない。

「とりあえず登るか。様子を探りながら、な。いや、それなら各自自由とした方がいいか……?」

 ジェノサイドはチラリと振り返った。そこには、彼を慕って集まった無数の仲間達がいる。
目に付いた一人ひとりの顔を眺めては、決意を固めるがごとく呼吸を整える。そして、叫んだ。

「目指すは頂上! そこに居るバルバロッサだ! 移動手段はそれぞれに任せる。とにかく、確実且つ迅速な方法でバルバロッサに会い、話を聞け。いいな、お前ら!」

 その雄叫びに丁寧に反応する声が幾つか上がる。
全ての準備が、整った瞬間だ。

「それから、一つだけ命令だ。絶対に死ぬな。生きろ」

 そう言ったジェノサイドは我先にと、まるで後に続く仲間の為に道を開くかのように、あらゆる恐れも抱かず、そして一切の躊躇いもなく山頂に繋がる山道を駆け始めた。



 空に変化は無かった。
神東大学の校舎の中の教室のひとつ。そこの窓を開けて空を眺めた佐野さの宏太こうたは、ジェノサイド改めなばりの安否を案じていた。

「大丈夫かなぁ、レン君」

「レンから何か連絡はありましたか?」

 一人呟いていた佐野に、佐伯さえき慎司しんじが珍しく声をかけてきた。
普段サークル内であっても、彼から会話を始めることが中々無いことなのでそれはそれで珍しいことだった。

「何も無いねぇ。何でもいいからくれると嬉しいんだけど」

 そう言って佐野は窓を閉めた。

 まだ、今ある現実が分からないでいたのは何も佐野だけではなかった。
サークルの中ではあまりパッとしなかったがそれなりの変わり者だった隠は、自分たちの知らない世界で、それも今あるこの世の闇を凝縮したような世界で生き残りを賭けた生活を長い間続けていた。更には、そんな世界の覇者ともなっている始末だ。

「レン君は……まともだと思っていた。どこか変わってはいたけどね」

「こっちもそう思っていました。……そういう世界がある"らしい"という都市伝説みたいなものは聞いたことがあったのですが、まさかそれが実在していたなんて……しかも、よりによってレンが……」

 隠と佐伯と佐野。三人には共通点があった。佐野が隠とポケモンを介して仲を深めたように、佐伯も佐野とはポケモンを通じて先輩と後輩という壁を感じさせないほどには良好な仲を築けている。
特に、佐伯のポケモンの腕は突出するものがあり、恐らくだがゲーム上としての対戦の腕はこのサークルでは最も上だと誰もが認識しているレベルだった。
ゲームではレート対戦に積極的に参加し、ガチなパーティとも渡り合え、その強さは先輩にも引けを取らない。
だが、現実で繰り広げるバトルを持ってして最強と名高い隠が居るため、彼とどちらが強いかは本人でさえもよく分かっていない。佐伯はルールに則った上での実体化した状態でのバトルはこれまでに経験した事がないからだ。

「僕はね、今でもレン君と初めて会った時の事を覚えているよ」

「去年のことですよね? そういえばレンをこのサークルに勧誘したのは誰だったんですか?」

「僕と淳二」

 二〇一三年、春。
この年に神東大学に入学した隠は、かなり早い段階で樋端といばなかけると仲が良くなったようで、入学式を済ませたその年一番初めの週、構内ではサークルの勧誘でどこもかしこも、あらゆる時間帯でも多くの人が練り歩く賑やかな光景、そんな中、隠は樋端と一緒に居た。そこを、そのとき偶然勧誘活動に必死になって構内を回っていた佐野は篝山かがりやまと共に彼らに声を掛けたのだった。

「意外だったのは、僕たちのサークルに興味を示していたのはレン君よりも樋端君だったね。聞けば、樋端君も高校時代よく旅行だったりサイクリングをしていたらしい」

「レンは?」

「どちらかと言うと樋端君の付き添いみたいな感じだったね。あまり興味があるようには見えなかったけど、樋端君が行くならついて行くって感じだったね。それが今では、活動日には必ず来るようになるなんてね。何があったんだろうねぇ」

 サークルに顔を出し始めた時も、隠はどこか「関わらないでくれ」と言いたげなオーラを発しているようだった。それを察してかしらずか、彼はサークル内でも孤立気味となった。
そんなある時、佐野はサークル活動中であるにも関わらず一人でゲームをしている隠に気が付いた。他の一年は先輩たちとも打ち解けてボードゲームに盛り上がっている。
隠は、それに参加したがる素振りも見せない。

「その時だったかな。レン君がポケモンやっている事を知ったのは。話をしてみると、エメラルドの頃から遊んでいたんだってさ」

「エメラルド……懐かしいですね」

 それから、佐野は隠と仲良くなった。
あの時の彼の嬉しそうな顔は、今でも覚えている。
そういう明るく、楽しかった過去があったからこそ、今のこの現実が認められずにいる。この事実を受け止められない。

「もっともっと……レン君と話をしないと。話をして、互いに理解しないとだね」

「でも、レンは……無事に戻って来れますでしょうか」

 佐伯も不安を露わにして空を見つめる。
せめて今は無事でいて欲しい。時が経つにつれ、彼に対してそんな思いが強くなっていった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.20 )
日時: 2023/09/13 21:58
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 疲労は、消えない。
それでも走るしかなかった。
山頂まで走り切るのは流石に無理があるが、少しでも移動の時間を短縮したい。そんな思いが多少の無茶を許容させる。

「何も……ありませんね……。どうします? まだ歩き続けますか?」

「うるっ……せぇ! あまり喋るな……体力が削がれる」

「すいません……」

 ハヤテもジェノサイドも体力がある方では無い。二人の息は徐々に乱れる。四百メートルも走ってしまえばバテてしまうだろう。所詮はその程度だった。

 大山という山は登山における登竜門だとされている。真冬を除けば初心者でも軽装で挑む事が出来る。それでも、山ひとつを相手にマラソンを仕掛ける無謀者は居ないだろう。それは本人たちも分かっていた。
もし、ここで敵から不意に攻撃でも受けたら、と考えると益々無茶な事をしているとそんな思いに駆られる。

「だぁもう! 埒が明かねぇなぁっ!」

 突然、ジェノサイドは大声でそう叫ぶとピタリと足を止めた。突然の動きに真後ろを動く構成員が背中にぶつかる。
判断は早かった。早すぎてハヤテらの意見も求めないほどだった。
ジェノサイドはその直後、ポケットに手を突っ込むと一つのボールを掴んで振り上げた。
空の相棒、リザードンだ。

「り、リーダー?」

 その叫びだけでは意図を理解出来ていなかったハヤテは今になって気付くも、もう遅い。
ジェノサイドは、リザードンに飛び乗るとそのまま浮かんでは消えてしまった。
頭上には樹木が伸びているはずだったが、それもお構い無しに突っ込んだようだった。
翼を広げて空気を押した音に混じって枝の折れる音や葉の揺れる音も響く。

「判断が……早すぎますよぉ……。まだ半分も登ってないじゃないですか……」

 息が切れたハヤテはその場で立ち止まった。ジェノサイドの咄嗟の行動によってペースが乱れ、しばらく走れなくなってしまったからだ。
彼等は置いていかれた。ジェノサイドは仲間を置いて一人で一気に山頂まで駆け上ってしまった。



 それは、まるで広い荒野のようだった。
遮るものは何も無い。光る空が余計に眩しい。
ジェノサイドは山頂手前でリザードンから降り、力を込めてその大地を思い切り踏みしめる。

「やっと……見つけた……」

 リザードンに乗っている間は少しだけ休憩が出来た。休憩と言う割にはあまりにも短すぎたが、乱れに乱れたその呼吸はある程度戻りつつある。反して、高らかに鼓動する心の音は暫く治まりそうにない。

 それでも男は戦う意思を示していた。
その目先には、一人の老人が待ち構えるように立っている。

「思ったよりも少し早いな……。お前さん、少し無茶をしたのではないか?」

 老人の声は優しかった。今広がっている非常事態の様を無視すれば、それは普段の光景そのもののように見える。

「お前、何やってんだよ」

 喘ぎ声に混じってジェノサイドはそう言う。その答え以外に興味は無い。

「お前が基地から消えたと聞いてから、こんなおかしな事になりやがってる。答えろ、お前は何をしているんだ」

 黄金色の空の中に、一際輝く光の塊があった。まるで太陽のようである。
その塊は、ジェノサイドから見て不可思議な民族衣装のような奇怪な服を纏った、長身の老人の先で光を放っているように見えた。まるで後光だ。

「まずは……お疲れ様とでも言っておこうか。ここまで来るのは大変だったろう。どうだ、少し休むか?」

「い、……いい加減にしろよ。お前は……」

「そして二つ目。私はお前さんの言いたいことがよーく分かる。だからまずはそうだな……落ち着いてくれ」

 言ってすぐの事だった。
二人の立つ土と砂利だけの土地に無数の花が一斉に咲きはじめる。
一瞬。瞬間の内に。
またしても、世のことわりを嘲笑うかのような理解不能な現象が目の前で起きている。

「な……何を……」

「面白いだろう? 私が望めば、全てが思いのままだ」

「テメェ……ふっざけんのもいい加減にしろよ! 今お前は何をやってんだ! さっさと答えろ!」

「三つ目だ。何も、おかしな事ではない。ポケモンの力を借りているだけさ」

「なんだと?」

「ポケモンの潜在能力を借りて、今ここに私が理想とする景色を映している」

 ジェノサイドは悪寒を走らせた。コイツは狂っている、と。
そもそも、夜空を塗り替えたり、痩せ細った土地を甦らせる力を持ったポケモンの話など聞いたことも無ければ、それを現実にしてしまうということ自体がそもそも有り得ない事で到底理解出来るものではない。

 だからこその。

「お前は……狂っている」

 かつて大いに信頼を寄せていた仲間に対しての罵倒だった。

「安心することだ。私は正常である」

 だが、そんな彼の願望はケロリとした笑顔を振りまくバルバロッサ本人によって否定される。
確かに目の前にあるのは、いつもの表情をして、いつもの仕草、いつもの言動が見出される、"いつものバルバロッサ"そのものだった。

「とは言え、驚かせてしまったのも事実だな。すまない、我が子よ」

「……」

 バルバロッサはジェノサイドや仲の良い組織の人間に対しては決まってそう呼ぶことがあった。今思えば、その時の機嫌を良くしたいだけの軽い台詞なのかもしれないが、しかしジェノサイドはその言葉を全否定したくはない感情が少なからずあった。
彼もまた、バルバロッサに救われてこの世界に入った身であるからだ。

「少し落ち着いてきたかな……? それならば話をしようか」

 バルバロッサは手のひらを差し出す。ジェノサイドは最初、自分を近くに呼んだポーズなのかと思い一歩踏み出そうとした。
それと同時に、不自然な風が舞う。

「……?」

「おぉ、これも成されたか」

 バルバロッサは撫でるような仕草を始めた。まるで何も無いはずの空気に優しく触れているように。
よく見ると、舞っているのは風だけではなかった。雪が、その欠片が風に流されて飛んでいる。風花かざはなだ。

「……雪!?」

「違う、風花だ。高い高い山に残った雪が風に乗って飛んでくる現象のことだ。どうだ? 綺麗だろう?」

 ジェノサイドはまたも身を震わせた。この男はどこまで世界を侮辱するのだろうと。
どこまでこの世を破壊すれば気が済むのだろうか、と。

「テメェ……本気で痛い目に遭いたいようだな?」

「まぁまぁ。この時期に雪など無いのにおかしい、と言いたいのだろう? まずはその手で握り潰しそうなボールをしまって、話をしようじゃないか」

「テメェの言い訳なんざ聞く必要もねぇんだよォッッ!! 俺が何をしたら怒るか、何が許せないか……テメェならそれが分かるはずだろうが!」

 最早彼を止められるものは無くなった。
戦意と怒りを漲らせたジェノサイドは、感情が上乗せされた形でいつもよりも高くボールを投げる。
中からはファイアローが翼を広げながら現れる。

「私と戦う……と言うのかね? どうか今だけは止してほしいのだが……」

「黙れ、お前のワガママにはもうウンザリだ。お前の一連の動きは、組織に対する裏切りと看做す。黙って俺に従え」

 ジェノサイドのファイアローは環境を席巻している隠れ特性"はやてのつばさ"を持つ個体だ。"ブレイブバード"を先制で打つだけの単純にして豪快な暴力。相性が悪いポケモンに対しては無力だが、そうでないポケモン全般には強く、大きく刺さる。場合によっては"先に使った方が勝ち"とまで言われるこの力を、このポケモンを。
ジェノサイドは躊躇なく放つ。
それとほとんど同じタイミングで。

 バルバロッサの背後から妙な影が蠢き、そして自身の背後からは自分を呼ぶ仲間の声が響いた。気がした。



『皆さんはじめまして。僕はなばり洋平ようへいと言います。名前は至って普通なのですが、みんなからは"レン"と呼ばれています。こう呼ばれたキッカケなのですが……』

 突然、過去の記憶が、去年の光景がぼんやりと頭の中に浮かび上がった。

 記憶の中の自分は、そこまで広くない教室の教卓の前に立ち、そう言っては左手に白のチョークを持って何やら書き始める。

『中学のテストの問題だったか……プリントの問題だったと思います。授業中に先生が一人ひとり当てて問題を答えさせてたから、プリントの問題だったかな? 僕はそれで……』

 Q.EUの正式名称を漢字四文字で答えなさい。

 と、隠は丁寧に黒板に問題文を書き出した。
そして自分が当時されたかのように、そこに居る一人ひとりを差しては答えさせる。

 樋端といばなは、

『えーっと……どうだっけか?』

 と言い、その近くに同じ学年の人達で固まっては座っている佐野さのは、

『"欧州連合"……かな?』

 と、答えてみせ、それに続いて他の人も差されれば同じように答える。

『あぁ、そこは欧州でよかったのね』

 と、納得したように樋端は自分の無知さに笑っている。

『皆さんの答えの通り、正解は"欧州連合"です。さて、僕ですが当時こう答えてしまいました』

 曰く、隠は当時問題文を別のものと勘違いしていた。しかし、その勘違い先の答えも難しく、そもそも習っていないことなので分からない。
隠は、手元にあるプリントに書いた答えそのままを発言した。

『"レーーン"って答えました』

 直後、クラス全体が静まった。誰も、その意味を分からないでいたからだ。

『僕はその時まで勘違いしていました。"EUの正式名称"ではなく、"EUを作った人は誰か"と思ってしまっていたのです』

 中学生だった発表した当時、クラス中で爆笑が巻き起こった。先生でさえも、何故そう答えたと言わんばかりに目をかなり大きくさせている。
隠本人としては赤面の至りであったが、それは周囲にとっての格好のネタとなり、結果として翌日から隠の名前はその珍回答から取って"レーーン"、略して"レン"となった。

『その後名残に名残って高校でも、そして今でも友人からはそのように呼ばれるようになりました。なので皆さん、僕の事はレンで宜しくお願いします!』




 何だ、今のは。

 隠洋平。"別の"世界ではジェノサイドと名乗っている青年は、ぼーっとした頭でその意識に反して映された過去の記憶を追いながら口の中でそう小さく呟いた。経験したことのない事なので表現のし難い現象だったが、今のが走馬灯に似たなにかだったのかもしれない。
身体中から抜け出した判断力とか意識とかが再び戻るような感覚を覚えた彼はそう納得するしかなかった。

 ほんの少し前に仲間が自分の名を呼んでいた気がした。そしてその意味を知る。

 ジェノサイドは色とりどりの花が咲き誇った土の上で横たわっていたからだった。

「はっ……。俺は!?」

 我に返りがばりと起き上がる。そしてバルバロッサを見る。それに驚愕したと同時になぜ自分がさっきまで横になっていたのかその理由を知った。いや、思い出した。

 バルバロッサの背後には一匹のポケモンが宙に浮いている。本来であれば呼び出すこともその力を行使する事が出来ないはずである伝説のポケモンが。
姿を変え、より戦闘向きなものとなっているポケモンが。

 ほうじょうポケモンのランドロスが、そこに居た。

 バルバロッサは、ランドロスの打撃を振るうよう命令していた。ランドロスは技"げきりん"で大地を深く鋭く抉り、その衝撃の余波をジェノサイドに浴びせる。
それを見、山頂に着いたばかりの仲間が思わず叫ぶ。
攻撃の衝撃を受けたジェノサイドは頭から転げ落ち、一分から二分ほど気を失っていた。
認めたくはないが、それが現実のようだった。

 ジェノサイドは未だ軽く揺れているような感覚に襲われている頭を手で抑えるような仕草をして立ち上がる。

「戦いなど無益なものはよそう。それよりも、話をしようじゃないか。お前さんはその為に此処に来たんだろう?」

 その言葉に対してか、ジェノサイドは無言で彼とランドロスを睨む。
決して敵うことの無い力の差をまざまざと見せつけられ、感じたことに対しての些細な抵抗だった。



『ねぇごめん。隣いいかな?』

 一人で講義を受けていた隠は突然知らない人に声を掛けられた。その人は、隠の座る隣の座席、自分の荷物が置かれてごちゃごちゃしている椅子に座りたがっているようだった。

 その日は大学生活始まって一番初めの週だった。この週に至っては、どの講義も多くの受講生によって席が埋まる。
如何に楽に単位を取れるか。その確認のために。

『……』

 隠は無言で荷物を手で下げ、床に落とす。それによって人一人座れる空間が生まれる。
その人は『ありがとう』と軽く言うと彼の隣に座った。

 隠はノートを取るフリをしてページを広げシャーペンを何度もトントンと叩くが、講師は講義自体の説明だけでノートに書けるような事は何も言わない。窮屈感を覚えた隠だったが、隣の男が再び声を掛ける。

『君、もしかして一年? 学部は?』

『……経済』

 よく喋る男だ、と隠は面倒臭そうに、しかし聞かれた事にだけ答える。はずだった。

『マジで!? 奇遇だね。俺も経済なんだよね!』

 その男はよほど嬉しかったとみえる。本人の許可なく手を握ってきた。動作からするに握手のようだった。

『俺、樋端といばなかけるって言うんだ。君は?』



「ってな感じだったんですよね、俺とレンが会ったきっかけって」

「それから二人でよく行動するようになったとか?」

 樋端は普段はあまり会話をしない学年が上の先輩、佐野さの宏太こうたと話をしていた。時間は既に本来であればサークルを解散させる時間に迫っている。しかし、帰ろうとする者は一人として居なかった。ジェノサイド改め隠から、そう命令されたためだ。

「そうっすね。あの時は今ほど友達も居なかったですし」

「分かるなぁそれ。僕も一年の頃はそんな感じだったよ」

「……暇っすね」

「暇だよねぇ。樋端君」

 二人は窓を見た。相変わらず空模様は雲ひとつ無いが金色に染まっている。

「そうだ、樋端君! 僕とポケモンバトルしない? 樋端君もポケモンやってたよね」

「あっ、いや……バトルはちょっと……。苦手なんですよね。好きなポケモン育てては居るんですけど、まだ慣れてなくて」

「樋端君の好きなポケモンって?」

「ウルガモスです」

 二人の会話の様子を見るように、佐伯さえき慎司しんじが顔を覗かせる。

「ん? どうかしたかい、佐伯君」

穂積ほづみが喉乾いたからコンビニに行きたいそうです」

「うーん……」

 佐野は時計を眺めた。そろそろ夜の八時になろうとしている。

「外の様子は大丈夫かなぁ? 大丈夫だったら行っても良さそうだけど何があるか分からないからなぁ。あっ、でも飲み物なら教室を出てすぐの廊下に自販機があるはずだよ。そこで買いなよ」

「すいません先輩。俺タバコ吸いたいっす」

「我慢しようか」

 穂積の直接の願いも虚しく、佐野はにっこりと微笑みながら喫煙者にとって厳しい一撃を放つ。

「はぁ~。もう何なんだよ……。レンからは何の連絡も無いし外には出るな言われるしキツいもんがあるぜ~……」

「気持ちは分かるよ穂積。気長に待とう」

「はぁ……」

 穂積は重いため息を吐く。彼に同情する者はあったが、そのリアクションは少し大袈裟であり、やり過ぎに思える部分もあった。

 佐野や佐伯、穂積や樋端といった一部の面々であればポケモンで遊ぶなどして時間は幾らでも潰せるが、そうでない人も居る。
このままではピリピリとした不穏な雰囲気も生じ得ない。
佐野はそれを小さく感じながらも、隠からの連絡と安否を強く願っていた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.21 )
日時: 2023/12/05 20:26
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)


 ジェノサイドは静かに、ゆっくりと目を閉じた。雑念を一掃し、状況を把握し、最適な答えを導くために。

 原理も理由も分からない。だが、対峙するバルバロッサは何故か伝説のポケモンを扱えているようだ。
その対処に悩む。しかし、だからと言っていつまでも何もせず佇んでいる訳にもいかない。戦うと決めた以上戦わなければならないのだ。

 ジェノサイドはゆっくりと目を開ける。やはり、目の前の光景は夢では無かった。
異様な空模様、香りも見た目も申し分ない花畑、雪も無いのに舞い散る風花。そして、伝説のポケモンであるランドロス。
認めたくはないが、認めるしか無かった。
今ある景色は、現実であると。

「ファイアロー、"ブレイブバード"っ!」

 初っ端から繰り出すのは捨て身の一撃だった。
ジェノサイドのファイアローの特性は隠れ特性の"はやてのつばさ"。持ち物は使える技が固定されてしまうという制約がある代わりに"こうげき"が一・五倍上昇する"きあいのハチマキ"という攻撃以外の考慮が存在しない個体。ランドロスがゲームのデータに準じた強さであればそれなりのダメージは与えられるはずだ。だからこそジェノサイドは一切躊躇わない。

「まぁ、お前さんならそう来るよな」

 一方で、バルバロッサは顔を曇らせる素振りすらも見せない。
一瞬だけランドロスを横目にやると、そのポケモンは独りでに動き出した。

 ランドロス自らが、"うつしかがみ"に吸い込まれたのだ。

「なん……っ!? 何をしているんだ!?」

 見た事も聞いた事も無ければ想像すらもしていなかった展開にジェノサイドは驚きを含んだ叫び声を上げる。
その間に鏡に吸い込まれたランドロスはボルトロスへと変化し、地上に現れた。
ファイアローは姿が変わったボルトロスに向かって突き進んでいる。そのスピードに変わりはない。

「何もおかしな事ではないだろう? お前さんもバトルの際には必ず行う動作。それと同じものさ」

 バルバロッサは彼の心を読めていたようで、冷静に、しかしどこか勝ち誇るかのように言ってみせる。

 ランドロスはボルトロスに変身したわけではなかった。"うつしかがみ"を介して交代したようだった。しかし、仮にそうであったとしても漂う違和感を無視する事は出来ない。

 ファイアローの特攻はれいじゅうフォルムと呼ばれている、荒々しい見た目をした雷神の身体に突き刺さる。しかし、ボルトロスの表情は何ら変わらない。胸のあたりから微かに白い煙が流れるだけで大きな変化は無かった。でんきタイプにひこうタイプの技はいまひとつであるせいだ。

「交代……だと? だとしてもおかしい。いくらなんでも変だ」

 理不尽で自身に都合の悪いものを見させられたジェノサイドのそれは不正を糾弾するかのようだった。バルバロッサもその気持ちが理解出来ているようで冷笑している。

「本来交代という選択はもっと時間を要する……。ターン制のゲーム内であれば一ターン消費するし、この、現実のバトルであればターン制という概念が無い代わりにほんの少し……若干のタイムラグが生じる。相手にとって見ればそれは十分な隙でもある。だが今のお前の行動は……」

「タイムラグが存在しない。そう言いたいんだろう? お前さんは」

 ジェノサイドは頷く代わりに睨んでみせた。今ここでバルバロッサのペースに乗せられると敗北する、そんな気に駆られる。

「だから私は初めに言ったのだ。戦いなど無益なものはやめよう、と。しかしお前さんは突き進んだ。戦うという選択を採った。ならば私もそれに倣うしかないだろう? それが間違った選択だと自覚したところでもう遅い。選んだからには、覚悟をするものだ」

「偉そうに説教してんじゃねぇぞ、答えになってねぇんだよ! テメェのその動きは何なんだよ!」

「つまりだ」

 バルバロッサは溜息にも見える息を一呼吸入れて吐いた。もしかしたら、ジェノサイドのその言動に軽く失望したのかもしれない。

「見てみることだ、この外の景色を。私が思い描いた景色そのものだ。私が想像した、私の理想が、私の世界が、今ここに表れている」

 ジェノサイドは内心、また始まったと忌々しそうに己の中で呟く。"うつしかがみ"をいざ取りに行くという段階でもそうであったが、バルバロッサという男はすぐに答えを言わずに無駄に考えさせる言動を取る。タイミングが悪いと苛立ちしか覚えない。まさに今がそうだった。

「私の思い通りに、私にとって都合の良いものが今だけ、此処だけに現実となる。その一端が今の"交代のようななにか"だ」

「何でも都合良く……ね。テメェは神にでもなったつもりか」

「神か……。解釈次第ではそのように映るかもしれないな」

「訳の分からねぇことばっかブツブツブツブツと気持ち悪いんだよテメェは」

「まぁまぁ。何も知らないとなるとそう思うのも無理はなかろう。もう少し話をしたいがケジメというものを付けさせてもらう。受けた分のお返しだ」

 バルバロッサはそう言うとボルトロスをチラリと見ては目を合わせる。そして鋭く真っ直ぐと指を差した。その先にあるのはジェノサイドのポケモン、ファイアローだ。

「"10まんボルト"」

 静かだが迷いも無く、厳しい声だった。
そして、今度もタイムラグが存在しない。指令があって技を放ち始めるのではなく、命令したと同時に電撃が既に走っているのである。
ジェノサイドもファイアローも気付くには遅すぎた。
閃光と乾いた破裂音が響いては宙を舞っていたファイアローは真っ逆さまに地上へと墜落する。ジェノサイドは叫んだが、無駄に喉を潰すだけに終わってしまった。

「クソっ、避けきれなかったか……」

 苛立ちを募らせてジェノサイドはファイアローをボールに戻す。早速彼は貴重な手持ちのポケモンの一体を失ってしまった。

「今ので分かっただろう。深部ディープ集団サイド最強と言われているお前さんでも、あらゆる理想を具現化出来る今の私には勝てる事など無いと思え。同様の力を振るえるポケモンを私は三体有しているのだからな」

 バルバロッサのその台詞を聞いてジェノサイドは確信した。今地上に現れているボルトロスは本物であることと、バルバロッサが本当に伝説のポケモンを扱えている、ということを。

「さてと、やられた分をやり返して五分五分となったところで閑話休題。私の目的についてだが……」

 何ひとつ欠けていない癖に何が五分五分だ、とジェノサイドは怒りに燃えるところだったが、話題が自分が今一番知りたいものに向きかけて意識がそちらに注がれる。とはいえ、過信は出来なかった。彼のことであるから回りくどい表現を多様するに決まっている。そう思うと、やはり怒りが込み上げてくる。

「私はな、ジェノサイド。ただ還りたいだけなのだ。元の世界へと」

 予感は的中した。やはり彼は素直に答えを言うことは無いようだった。話は聞くだけ無駄だと判断し、次なるポケモンであるゲッコウガを繰り出す。

「まだ戦う気なのかね……」

「テメェに期待するだけ無駄なようだな、目的がなんだ? 素直にハッキリと言えばいいじゃねぇかよ! こんな時にものらりくらりとしやがって……。本当に苛立つんだよそういうの!!」

「素直にハッキリと言ったではないか。元の世界に還りたい、と」

 それを聞いてジェノサイドの全身は強ばった。今のバルバロッサの発言が無ければきっと彼はゲッコウガに技の指示を出していただろう。

「私はな、もっと別の世界に居た人間だったのだよ。だが、ある日突然おかしな現象に出くわしたせいでな……。今こうしてこの世界で生きる身と化してしまった」

 ジェノサイドは、バルバロッサの言う"元の世界"の意味を解せずにいた。
世界が何を指しているのか、文字通りの別世界なのか、環境が全く違うだけの"世界"なのか、それとも何か別の暗喩なのか。その意味が分からずにいる。

「私は何としても元の世界に戻りたかった……。だが、この世界に降り立った方法そのものが摂理に、この世の法則に反したものだったせいでな、どうしようも無かった。そんな時に出会ったのが"うつしかがみ"だった。お前さんはおかしい、と思わなかったのかね? ゲーム内にしか存在しないはずのアイテムが、同じ見た目、同じ効能を有したこのアイテムが現世に存在している事に」

「ちょっと待て。それはお前が仕組んだ事じゃないのか? お前が今日のこの日のために"うつしかがみ"なるアイテムを偽造なりして此処に埋めて、一般の人間を介して俺の手元に置かせる。その間、深部ディープ集団サイドの他の連中が俺に意識を向けている間にお前が準備した……。俺はそう思っているが?」

「すまないがお前さんのその予想は間違っている。私は"うつしかがみ"とは何の関係も無ければ今日に至るまで触れる事すらも無かった。見当外れもいい所だ」

「ふざけんな! だったら何でゲーム上のモノがこの世にあるんだよ! 人為的な操作が入ったとしか思え……」

「変化しているのだよ。この世の全てが。この星、この宇宙、この世界、この世の法則。世界そのものが今、大きく変わろうとしている……」

 ジェノサイドはその後に続く言葉が思い浮かばない。
それほどまでに受けた衝撃が強く、大きかった。

「世界が……変わる? バルバロッサ、やっぱりお前は狂っているよ」

「シンギュラリティ……という言葉を聞いた事は無いかな? まぁ、無くとも構わん。とにかく、今世界は少しづつだが変わろうとしている。それまで有り得なかった現象や光景が当たり前のものへとなってゆくのだよ。その内のひとつが……」

「"うつしかがみ"の出現、だとでも言いたいのかお前は」

「そうだ。そして、そこからだ。私はひとつの可能性を見出した。この"うつしかがみ"を使えば、私の理想が、私の願いが叶えられるのではないか、と」

 その可能性は今や現実のものとなりつつある。
バルバロッサは思い付いてしまった。
"うつしかがみ"を使って自分の思い通りの世界を作り出す事が出来てしまえば、自分の願望さえも作り出す事が出来るのかもしれない。

「そのための実験なのだ。今のこの……美しい景色は。現出している伝説のポケモンたちも、その全部がな」

 それは、果てしなかった。そして、これまで知らずにいた。
ジェノサイドはこれまでの四年間バルバロッサと一緒だった。
だが、一度として彼の本音を、その心情の奥底を測ることは無かった。
彼としては、てっきりバルバロッサは世界征服だとか、今の汚れた世界を破壊するなどという安っぽい巨悪の考えそうな事と同じものを抱いているものかと思っていた。
だが実際には、それよりもずっと壮大なものを、スケールの大きいものをバルバロッサは胸に秘めていたのだ。

「……それが本当だとはとてもだが思えない」

「私が嘘を付いているとでも? まぁ、そんなものだろう。所詮お前さんも凡人であったということだ。私の考えなど到底理解出来る事は出来んさ」

「ひとつだけ答えろ、バルバロッサ。お前はお前の理想のために、この世界とルールを捻じ曲げようとしている。それが本当だったとして、今のこの世界にどこまでの、どれほどの影響が生まれる?」

「それは……知らんなぁ。今を生きる世界の人々にどんな影響が齎されるのか。お前さんはそう言いたいのだろう? だが、私にも分からん。影響があるかもしれないし、無いかもしれない。今のこの世界が崩壊するかもしれないし、しないかもしれない。何度も言うが今は実験段階なのだ。経過を見てみなければ分からんのだよ。だが、案ずることは無い。この世界は遠い将来いつか消えて無くなる。私が生きている間には起こらないだろうし、お前さんの代でもないかもしれない。お前さんの玄孫やしゃごの代でもきっと起こることはないだろう。それでも、いつかはやって来るものだ」

 その言葉を聞いてジェノサイドは強い驚きと共に拳を小刻みに震わせた。強い怒りが抑えきれずにいるのが自分でも分かっていた。
なんと自分勝手なのだろう、と。

「"くさむすび"」

「うん? お前さん今なんと言ったかな?」

 距離も離れているバルバロッサには、ジェノサイドのその呟きは届かなかった。だが、それは紛れもなく攻撃という意思表示である。

 ゲッコウガが地面に向かって印を結ぶ。
すると、ボルトロスの足元から突然太く大きな植物の蔓が伸びたかと思うと、片方の足に絡みつき、派手に転倒させる。
ボルトロスは蔓に引っ掛かった衝撃と言うよりは自重によってダメージを受けたかのようだった。
頭を強打し、痛がっているボルトロスを見てバルバロッサは呆然と呟いた。

「お前さん……やはり戦うのかね?」

「テメェがこの世界に、この世に生きる奴らに牙を向けるってんなら……俺は全力でテメェを倒す。例えテメェの今のそのポケモンが、絶対に勝てる動きしかしないと分かっていてもなぁ!!」

 バルバロッサは小さく笑った。ジェノサイドがそのように思う理由を、この男は誰よりも知っているからだ。

「変わらないな。お前さんは……。そこまでしてお前さんは"例の淑女"を守りたいらしいな? 忘れもしない。あの日、お前さんは私に泣きついて来たのだからな。名前はなんと言ったかな? 確か……」

 それ以上は言わせない。
ジェノサイドは更なる命令をゲッコウガに下す。対してボルトロスもいつまでも無言で立ちっぱなしでいるわけにもいかない。
ボルトロスは不可思議なエネルギーの塊を放つ。"めざめるパワー"のようだ。
ジェノサイドが動いたのも、それとほぼ同時だった。ゲッコウガは既にこの時"れいとうビーム"を打っている。

 二つの光線が交差する。しかしそれらが直撃し、相殺されることはない。
"れいとうビーム"は直線を、"めざめるパワー"は放物線をそれぞれ描いて互いの元へ迫ってゆく。

 そして、爆発音が辺りを包んだ。
互いに避ける暇は無かったようにも見えた。お互いのそれぞれの技が、それぞれに着弾したようである。

 うっすらと煙が晴れてゆく。
そして、そこに居る誰もがその状況を理解出来た。
二つの技は問題無く届いていた。
しかし、その光景は異様なものだった。

 ゲッコウガが立ち、ボルトロスが倒れている。
理想の動きしかしないはずの、潜在能力も通常のポケモンとは桁違いの伝説のポケモンが斃されていた。

「何だと……?」

 バルバロッサが力が抜けたようなか細い声を出す。
今自分が見ているものが果たして現実なのか、有り得ていて良いものなのか、受け止めるのに時間が掛かっていた。

「ボルトロスだぞ……。お前さんでは絶対に振るえない伝説のポケモンだぞ……? "うつしかがみ"という機械の力で死角の無い動きしかしないはずだぞ……? それなのに……」

「倒れたのがおかしいってか? だがよく見ろ。そのボルトロスはもう戦闘不能だ。自分にとって都合の良い動きしかしない? 絶対に勝てる動きしかしない? だったらその機械とやらが判断するよりも更に上を行く動きを、人間のみが持つ発想力とやらで切り抜けちまえばいい話じゃねぇかよ!」

 それは、ジェノサイドがこれまで続けてきた戦い方だった。
ジェノサイドという人間は深部ディープ集団サイドの世界で最強という人間に"なってしまった"せいで、より多くのモノから狙われる身となった。それを切り抜けるために彼は常に敵を騙し、欺き、出し抜き、生き延びてきた。
それは全てジェノサイドの持つ発想の力。判断力だ。

 バルバロッサのボルトロスが"めざめるパワー"を使ってくるかもしれないとは心のどこかで抱いてはいたものの、そのタイプまでは流石に分からなかった。だからそこは賭けに出たと言えるだろう。

「俺のゲッコウガの特性は"へんげんじざい"だ。技を打つ毎にタイプは変わる。だから俺はまずでんきタイプに強く出られるくさタイプに変化させた。そのための"くさむすび"だ。だが、まさかボルトロスの"めざめるパワー"のタイプがこおりタイプだったとはな……お陰で命拾いしたぜ」

「してやられた、という訳か……。思えばお前さんは人間の裏を掻くのが得意であったな。まさか機械の裏も掻くとは……」

 この日、この瞬間。二〇一四年九月二十三日。
この日は、特別な一日となった。

 ひとつは、ポケモンと機械の力で極々限定的とはいえ、この世の理を塗り替える事が可能となったことが証明されたということ。そしてもうひとつは、行使することはおろか倒すことまでもが不可能と言われた伝説のポケモンを真正面から打ち倒すことが可能であると言うことが証明されたこと。

 そんな意味では、今ここに在る全ての当事者にとっては象徴的な一日となった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.22 )
日時: 2023/09/13 22:18
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 倒れて伸びているボルトロスに代わって地上に現れたのはランドロスだった。鏡にボルトロスが吸い込まれ、ランドロスが吐き出された形になるので、遠くから眺めていれば二体のポケモンが変身したようにも見えたことだろう。とにかく、ボールを介さない光景のせいで違和感が強い。
何も考えずに対面の状況だけ見てみるだけならば、相性はジェノサイドにとって有利だった。技を撃つ度にタイプが変わるとはいえ、みずタイプの技も備えてあるし、先程放ったように"れいとうビーム"もある。
逆にバルバロッサが何を考えてランドロスを選出したのかさえよく分からない。

 だが、今は状況が違う。
バルバロッサは自身にとって最も都合が良いと感じる動きをさせる事が可能なのだ。時間差の無い交代もやってみせるし、と思えばそのタイミングで技を放つ事も可能だろう。やるかどうかは不明だが、ランドロスの特性である"いかく"をループさせる事も可能かもしれない。
表面上の相性が有利だからと言って油断は出来ない。

 しばらくすると、バルバロッサが動いた。

「"いわなだれ"だ」

 言うと、ランドロスの頭上から物理法則を無視するかのように大量の岩石が出現しては雪崩というよりかは土砂降りであるかのような速度で落下してくる。

「避けろ! とにかくランドロスと岩から距離を離すんだ!」

 ジェノサイドは懸命に叫ぶ。喉を痛める覚悟だったが、その甲斐あってかゲッコウガは前後左右に跳んだり、時には身を翻し、それでも捌けないと判断した時には"ハイドロポンプ"で押し返すなどして辛くも無傷のまま保っていられる事が出来た。

 しかし、空いた隙間を埋めるかのように、ランドロスがこちらへと迫る。宙に浮いたそのポケモンは悠々と空を歩くかのようだった。

「さっきのようには……いかなそうだな」

 ボルトロスは倒せた。だから、ランドロスも倒せるポケモンではある。
しかし、そのボルトロスですら攻撃を当てるという段階の時点で読み合いに読み合いを重ね、ほんの少し、たったの一瞬の内に見せた隙を突かなければ果たす事は出来ない。そこには運も絡む。
とにかく、通常のバトルと比べて疲れるのだ。その疲労は集中力を乱す。集中が乱れれば飛ばせたはずの命令も消えてしまうし、時機も失せる。それが致命傷にもなりうる。
限界まで伸ばされた一本の細い糸の如く、それはとても繊細で脆く、柔い。いつ切れてもおかしくない状態。それが今なのだ。

(疲れる……。たかだかバトルで、相手の技を避けたり放とうとするってタイミングだけでここまで疲れるのは初めてだ……。こんなバトルは今回きりだろうな)

 そのような思いを馳せる余裕などあるはずが無いにも関わらず、そうまでして無理矢理にでも自分自身を肯定しないと精神が疲弊してしまう自分が確かに存在していた。

 負けてしまうと、どうなってしまうだろうか。
強烈な圧迫感を覚えたジェノサイドは、ゲッコウガとランドロスの距離が大きく離れたそのタイミングで、反転するかのように攻撃の命令を飛ばした。

「"ハイドロポンプ"」

 ゲッコウガの口から大量の水が吹き出る。
ランドロスの耐久はいちいち危惧する程でもない。とりあえず弱点となる技を当てる。それだけでよかった。と言うより、そうとしか思わなかった。

「"いわなだれ"だ」

 攻撃として使っていた技を一転、防御のための技として放つ。
ランドロスの前に巨大な岩石が生じ、盾となる。しかし、一つ程度ならばゲッコウガでも簡単に破砕出来る。現れては破壊され、粉となる。
しかし、その岩石が一つから二つ、二つから四つと加速度的に増殖していくとゲッコウガの破壊する作業が追い付かなくなってゆく。
頑丈な岩の盾はいつしか、あらゆる攻撃を跳ね返す堅固な壁となる。
ジェノサイドとゲッコウガ、バルバロッサとランドロスをそれぞれを遮断するかのような、高く大きく聳え立つ岩の壁が出来上がる。

 攻撃を止めたゲッコウガは壁の前で立ち止まる。
背丈の三倍はありそうなほどだ。あまりにも高いせいで、向こう側がジェノサイドからしても、ゲッコウガからしても見えない。
ジェノサイドもそれを見て失敗を悟った。
勢いに乗って技を出し続けたのが駄目であった。ゲッコウガのエネルギーよりも、それに追い付き、突破したランドロスのエネルギーが上なのだ。それでいてどう動くかがそもそも不明と来ている。"何でも出来る"からだ。

 恐らく、目の前の岩の壁もバルバロッサがイメージした、都合の良い理想のひとつなのだろう。
その壁を前に狼狽えている所を仕留める。きっとバルバロッサはそう考えている筈であることはジェノサイドでも理解出来た。
だからこそ、そのイメージを超える。

「ゲッコウガ、ジャンプだ! 壁を飛び越えて奴を見ろ!」

 それは造作もないことだった。身軽なゲッコウガは背丈の三倍ほどはある高さの遮蔽物があったとしても楽々と越す事が可能だ。
数歩助走をつけると壁の頂点を遥かに越す高さまで飛び上がる。

 それを見たゲッコウガは"おかしい"と感じたに違いなかっただろう。
壁の先は、バルバロッサが静かに岩の塊をじっと黙っては見つめているだけで、ランドロスの姿が一切存在していなかったからだ。
しかし、その事実を知る者は今この場においてはゲッコウガしか存在しない。
当の主人は、どう足掻いてもその事に気付くことも無ければ知る事すらも不可能である。
ゲッコウガだけでは判断が出来ない。その身体に落下のエネルギーが生じ始めたその頃。

 地面を構成している大地の一部分が不自然に盛り上がる。それも、ゲッコウガの真下でだ。

「あれは……?」

 不思議に思っているジェノサイドを壁に挟んで、バルバロッサは不気味な笑みを零す。計画通り、とでも言いたげだった。

 大地が轟音を上げて裂ける。
土中からは禍々しい炎のような鋭いオーラを全身に走らせては、鋭利な爪を巨大生物のもののように肥大化させたランドロスが咆哮しながらゲッコウガを飲み込まんとしていた。

「な、なんだとっ!?」

「神の裁きだ、その怒りを受けろ……。"げきりん"」

 壁の向こうでバルバロッサが叫ぶ。
彼はこの瞬間が見えているのだろうか。だとしたら酷く理不尽で不公平だとジェノサイドの中で不満が溜まってゆく。

 怒りと炎に巻かれた竜の爪がゲッコウガを斬る。空中の、無防備だったゲッコウガは下から突き上げられた事によって身体をしばし浮かせると、そのまま垂直に、そして轟音を伴って落下した。
よく見なくともはっきりと分かる。戦闘不能だ。
ジェノサイドはゲッコウガをボールに戻す。その間歯噛みしっ放しだった。
技を駆使して嵌めて勝ったジェノサイドが、今度はやり返された。ゲッコウガが完全にボールに入ると壁を睨む。

「くっそ……」

「その壁はブラフに過ぎん。お前さんのことだ。空に跳んだゲッコウガに対抗して、ランドロスも空中でやり合うとでも思ったのだろう? その考え自体が間違いだ。今のランドロスの姿のせいでじめんタイプであることを忘れたか」

 壁の向こうから憎らしい声が伝わる。
表情は見えないが、恐らく笑っていることだろう。そのイメージだけでも、ジェノサイドは余計に苛立ちが募ってゆく。

 今すぐ、目の前の壁を粉々に破壊したい。
しかし、ランドロスも居る手前でそんな都合の良いポケモンが居るはずもなかった。

「いや……待てよ。もしかしたらだが、居るかもしれない……」

 ジェノサイドはズボンのポケットの中でそれに該当する"都合のいい"ポケモンのボールを指先で軽く触る。

「この壁だけじゃない……。こんなふざけた状況も纏めてひっくり返せるような、そんなポケモンが……あるかもしれない……?」

「お前さんはさっきから何を呟いておるのだ」

 バルバロッサのその声は、強く思考を巡らしているジェノサイドに届かない。さも簡単そうに希望的観測を述べている彼だったが、不安が消え去ることは無い。
何故ならば、その可能性を秘めたポケモンは持ち物が反映されていないからだ。

 現実に姿を現しているポケモンとは、個々人が持つゲームのデータと一致リンクしている。強さもそのまま反映されていれば、持ち物もデータの通りとなっている。
例外として、"伝説のポケモン"とか、"幻のポケモン"と分類されているポケモンだけは、いくらゲーム内で蓄えていようと現実世界に現れることは無い。目の前の男はそのタブーを破っている形にはなっているが。
そして、その制限と同じように、"とある道具"だけが現実世界とリンクしないでいる。
理由は分からない。
だが、仮にその制限が解かれていれば、この戦いも変わるかもしれない。

 ジェノサイドは深く悩んだ。どちらを選択するかを。希望を信じるか、その可能性を捨てて堅実な方を採るか。
彼は現況を頭の中でおさらいしてみる事にした。

 対戦相手はバルバロッサ。使用ポケモンは三体。そのどれもが、特別な力を得ている。そのポケモンとは本来ならば行使出来ないはずである伝説のポケモンのトルネロスとボルトロスとランドロス。
その内のボルトロスを撃破した。

 対して、自分の使用ポケモンは六体。その内のファイアローとゲッコウガが倒された。
これから使用を考えていたのは、例の可能性を秘めたポケモンがひとつと、三匹の通常のポケモン。
そうやって少し悩んだうえで、今のバトルに置かれた状態を思い出したからか、ジェノサイドはひとつ閃く。

「よし、次はお前だ……コジョンド!」

 工夫に工夫を重ねてでないと倒せないのならば、今がその絶好の機会である。
"それ"は確実に決められるし、決まれば勝利も確実だ。
ボールからはいつでも攻撃を放てるよう、武術の構えのような動きをした、スマートなシルエットをした凛々しいポケモンが出る。

 怒りを抱いたままのランドロスは、眼前には無かった。
壁を飛び越えてバルバロッサの傍で浮いている。
そんなランドロスが、再び怒りを滾らせて進んで来る。それまで視界を遮っていた、岩の壁が突如独りでに崩れ出した。理由は明白で、"げきりん"を放ち続けているランドロスが破壊しつつこちらに迫って来ているからだ。

 視界が晴れる。窮屈に感じていたバトルフィールドが広大であると錯覚する。
しかし、勝利の確信だけは惑うことは無い。

「予想通りなんだよバルバロッサァ!」

 高揚したジェノサイドは叫ぶ。普段発する事の無い大音声と感情の高まりは、自分でも言ってて驚くほどだった。
それを合図にコジョンドは不自然な体勢を取っては迎え撃とうとしている。

 コジョンドとランドロスの距離は徐々に縮まる。
それをギリギリまで引き付け、ランドロスの巨大な爪先がコジョンドに触れるか否かのギリギリのタイミングで、ランドロスは突如として鏡へと吸い込まれていった。
技を放たんと叫ぼうとして口を開けたジェノサイドはその状態で固まる。
何がなんだか分からないで居たのはランドロスも同様であった。怒りの叫びを上げながら鏡の中へと消えていく。それの入れ替わりで現れたのはトルネロスだった。当然ながらこちらも"れいじゅうフォルム"と呼ばれた姿をしている。

「お前……バルバロッサてめぇ……、ふっざけんなァ!」

「何もふざけてなどおらんよ。ランドロスが"げきりん"を放ったから交代が不可能だと思ったか? 何度も言わせるな。私は今理想通りの動きが出来るのだよ」

 もしもこれが"まともで普通"なバトルであれば、ランドロスは"げきりん"状態となり、行動も制限され、技も固定される。暫くは"げきりん"しか放てなくなる。しかし、バルバロッサはそのルールさえも捻じ曲げる。ランドロスの状態を見るに技の固定こそは変え難いのかもしれないが、交代を可能としている。
これにより、再び不利な対面となるばかりでなく、案じた一計が不発に終わってしまう。

 コジョンドの"カウンター"は空を切り、トルネロスには届かない。
このコジョンドは、ランドロスの"げきりん"を読んだ上で選出した、"化けたゾロアーク"なのである。

 希望は一瞬にして絶望へと染まる。
ゾロアークの持ち物は"きあいのタスキ"だ。当然ながら、確実に"カウンター"を放つためである。
しかし、今のままでは"カウンター"を当てることは出来ない。トルネロスは本来特殊技主体のポケモンである。つまりこのままでは、ゾロアークは無駄にダメージを蒙り、無駄にタスキを消費してしまう。そうなれば、このバトルでは二度と"カウンター"が放てなくなってしまう。

「待て、やめろ……っ!」

「逃すかっ! "ぼうふう"!」

 ジェノサイドは即座にゾロアークを戻そうとボールを構える。しかし、その動作よりも先にバルバロッサが、トルネロスが動く。

 四方から見えない壁が狭まってくるようだった。その正体は絶大な風であった。
純粋な自然の暴力は、トルネロスが大きな羽を数度羽ばたかせるだけで生じ、それは文字通り暴風となってゾロアークを、ジェノサイドを飲み込む。

「この……野郎……っ! 俺まで巻き込むつもりか……!」

 ジェノサイドは体重が軽い方だ。そんな身体が立っていられなくなる。それだけでなく、この風の塊に乗って吹き飛ばされそうにも感じられた。
見れば、周囲の砂利はともかく、大量の木の葉はおろか枝も纏めて折られ、飛ばされている。年に一度来るか来ないかの強力な台風を思い起こされる。

 その遥か頭上で、コジョンドは巨大な竜巻と化した空気の塊に呑まれてはその姿も元のゾロアークのものへと戻ってゆくのが確認出来た。

 作戦が失敗したというレベルではない。純粋に勝利するというイメージそのものが崩壊した瞬間でもあった。
暴風から身を守る為に土の上で伏せているジェノサイドは敗北の予感と、絶望と、悔しさに支配される。

 不意に風が一斉に止んだ。
数メートル先の空中に跳ね上げられたゾロアークは重力に乗って地上へと叩き付けられる。
タスキがあることで体力は保たれ、難なく立ち上がる。しかし、反撃の余地は残されていない。

「残念だったなぁ。お前さんのその動きは見飽きたさ。これまで隣で、何度見たと思う? 四年さ。お前さんと共に行動して四年。数えるのも億劫になるほどゾロアークが化ける光景を見させられたさ。私程度になれば、どのタイミングでどのポケモンに化けるか、それが分かるようになるのさ。何故か。お前さんの性格の問題だからだ」

 頭の中が虚ろと化したジェノサイドは、その声だけを黙って聞いていた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.23 )
日時: 2023/09/13 22:26
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ジェノサイドはトルネロスを前に歯噛みした。
"ぼうふう"は止み、辺りは静かになってもジェノサイドの中の敗北の予感は止まらない。
ゾロアークの目論見がバレたことで、このポケモンとコジョンドが手持ちにある事がバレてしまった。
ゾロアークも工夫次第では手持ちに含まれないポケモンに化けることも出来るようだが、バトル以外での面倒事を避けることと、少しでもゲーム上のルールに則りたいという彼なりの気持ちの問題があった。そのため、手持ちのポケモンに限定して化けることを自分のルールとしている。

(どうする……)

 ジェノサイドは悩んだ。
今ここで存在が明かされているコジョンドを使うか、体力が一だけ残されたゾロアークを駆使するか、それともこれらとは別の大きな賭けに出るか。
どれも勝利には直結しない、無謀な戦略だ。

「お取り込み中すまないが、お前さんはこんな時でも勝つことを考えているのかね?」

 こちらを伺うような、バルバロッサの低い声だ。雑念が混ざってジェノサイドは考えるのをやめる。

「……何が言いたい?」

「お前さんは運良く私のポケモンを一体倒した。運が良いことにな。お前さんの手持ち六体と、私の手持ち三体という差がある事にはあるが、今のところいい勝負だと思っているな? 私はそうは思わないが」

「そんなに伝説のポケモンが倒されたことがショックだったか? 強がりもいい加減にしろ」

「私が言いたいのはそんなつまらん事ではないさ。……お前さんは今この状況においても、勝つ事を考えている。そうだろう?」

「だったら何だよ。おちょくってんのか?」

「有り得ないとは思うが……そうだな。万が一だ。万が一お前さんが勝ったとしよう。勝ったとしたら……その後はどうする? どう立ち回る?」

「……」

「お前さんは私を許すだろうか? お前さんの信念に背く行為を私はした訳だ。お前さんからしたらな。そんな私を……お前さんはこれまで通り組織に迎えてくれるだろうか? お前さんが許しても、他の仲間たちは許してくれるだろうか? 果たして……これまで通りとなるだろうか。全部水に流して無かったことにしよう、などとなるだろうか? どうもお前さんにはその気が感じられない。何度も教えたはずだ。戦いというものはその後の展望も隅々すみずみに渡るまで考えておかないと失敗、もしくは泥沼化すると。忘れたのではあるまいな?」

 ジェノサイドは気分が悪くなった。
ここまで自分らや仲間、そしてこの世界を嘲り見下した人間が、この期に及んで仲間ヅラしている。
確かにジェノサイドはバルバロッサにはお世話になった。これまで何度も助けられた。だからその分助けたいと何度も思った。
だがこの男は、ジェノサイドという人間が何をしたら強く怒り、全てを投げ打つ覚悟で挑みかかって来るか、という特性を知りながらこんなふざけた行動に出た。とてもではないが許せるはずがない。

「私をお前さんたちがどう対処するか……それはいいとしてだ。これからも今までのような生活が、世界があると思うか? 甘ったれるなジェノサイド。深部ディープ集団サイド最強と言われたお前さんにとって未だに足りないものを教えてやろう。"覚悟"だ」

「覚悟だぁ? お前俺の隣に居ながら何も分かっちゃいねぇんだな。これまでに何人死んだよ? どれだけの仲間が死んだ? 高校で知り合った友達も死んでいったじゃねぇか。……なのに覚悟が足りないだと? 戦いひとつで何を得て何を失うか……そんなもん何年も前から知り得てんだよぉ!!」

 叫びながらジェノサイドはポケモンをひとつ選んではそのボールを思い切り投げる。
そのポケモンは、勝ち目のない三つの選択のうちどれにも当てはまらないものだった。

「その程度の認識だからこそ何も知らない、足りていないと言っているのだよ! 少しは考えるといい。この戦いで私が勝った場合をな」

 ジェノサイドが繰り出したポケモンはエレザード。
正直このタイミングでは相性を除けば少々場違いなポケモンである。
だが、ジェノサイドにとっては思い入れのあるポケモンだ。常に対応ソフトである『Y』で対戦の際によく使う存在であるからだ。

「そんなモン必要ねぇ……。今ここでお前を止めなければ……"アイツら"の世界も壊される……。それだけは絶対に許せねぇし決して見過ごせない! テメェのふざけた目的だとか意味不明な主義主張になんぞ付き合ってられるか! それに全く関係の無い人間たちが……巻き込まれてたまるか!」

「ふむ、流石はジェノサイドだ。揺るがない……な。だが少しは頭の片隅にでも入れておくといい。お前さんが勝ってもこれまでの日常は戻らん。だが、私が勝っても私はお前さんを許そう。私は私の何としてでも叶えたい夢が果たせられればそれでいいのだからな」

「……もういい」

 ジェノサイドは腕を振るう。エレザードは呼応して走り出した。
身体は小さいがその分身軽で小回りが利き、そして素早い。
トルネロスなどとは比べ物にならない速さだ。

「そのまま懐に突っ込め!」

「させんぞ」

 トルネロスは大きな翼を広げるとゆっくりと羽ばたいた。
たった一回の動作では何ともないが、それが何度も重なると風の壁が出来、そしてそれは"ぼうふう"となる。
エレザードの進みは徐々に衰えてゆく。いずれ風に乗せられ、巻き上げられるのも時間の問題だろう。主導権を奪われてしまえば今度こそ何もせずに終わってしまう。

「姿勢だ! 姿勢を低くして風を避けるんだ!」

 それまで二足歩行で駆けていたエレザードは、そう言われて上半身を地面ギリギリにまで屈めては四足で進む。しかし、それでも隙間の無い風の塊の合間を縫うなどは不可能だ。

「"きあいだま"」

 バルバロッサがエレザードの進む方向へ指を差す。トルネロスは躊躇いも見せずに自身の気を込めた力の塊とでも呼ぶべきエネルギー弾を発射した。
ノーマルタイプを持つエレザードにとっては致命的だ。ジェノサイドは躱すよう指示しようとしたが、それよりも前に"きあいだま"は着弾する。

 エレザードの進む数歩先の地面へと。
固い土の上で爆発したそれは、大地をひび割れさせ、裂けさせ、抉る。
その衝撃はエレザードにも伝わる。
前方からの突風に加えて爆発が重なり、エレザードは遂に地上から足が離れた。
吹き飛んだエレザードはそのまま"ぼうふう"に巻き込まれ、遥か上空へと巻き上げられてしまう。

「クソっ……このままじゃエレザードも……」

 二度も自分のポケモンがトルネロスに弄ばれるのを眺めるというのは屈辱でしかなかった。
黙ってやられる訳にはいかない。
何も考えずにジェノサイドは叫んだ。

「エレザード! "10まんボルト"だ! とにかく放て!」

 無策であるのは承知だった。だが、思い付く限りの抵抗を続けなければ負けるのみだ。仮にトルネロス含むバルバロッサのポケモンが絶対に勝てる動きをするならば、その前提である対戦相手であるジェノサイドの"必ず負ける動き"を覆すしか無い。その前提に、トルネロスなどのポケモンにとって、"とても理解出来ない人間の思考"というものを強く訴える。些細な抵抗そのものも有効であると信じるしか無いのだった。

 エレザードの放った電撃は風の塊に掻き消されることはなく、辺りに撒き散らされる。
ジェノサイドの足元で輝けば、"うつしかがみ"の付近で落雷することもあれば、バルバロッサの足元で破裂音を立てることもあった。

「まさかお前さん……勝ち目が無いと分かって直接私や"うつしかがみ"を狙っているのか……?」

 それはバルバロッサにとっても恐怖の対象だった。
夢を叶えたいはずの自分がポケモンの技を生身で受けてしまえば無事では済まない。下手をすれば死んでしまうかもしれない。だからこそ、何としてでも自分の身は守らねばならない。それと同様に、"うつしかがみ"も破損させる事だけは避けたい。世界そのものが変化しているその証拠にして、己の目的が果たせるであろう重要なヒントが此処で失われてしまえば、バルバロッサにとっては勝負に負けたことと同等である。

「トルネロス! 一旦攻撃はやめろ、"ぼうふう"を起こすな!」

 バルバロッサはすぐに命令する。トルネロスもそれを受けて翼の動きを止めた。
風に乗ったエレザードも一旦は空中でピタリと止まると地上へと急降下していく。

 トルネロスの元へ。

 エレザードは足場を失った分自由度は低いものの、一直線へとトルネロスに突き進んでは電撃を放つ事が出来ればそれは問題では無い。対してトルネロスは無防備だ。
ジェノサイドからして見れば、バルバロッサが自ら作り出した隙でしかない。

「決めろエレザード、10まん……」

 ジェノサイドはなにか思いとどまるかのように、呪文の詠唱のような技の命令を止める。
バルバロッサにも動きがあったからだ。

「馬鹿め、こちらの事情を忘れたか」

 バルバロッサはチラリと"うつしかがみ"へと目をやった。タイムラグの無い交代である。
残りの控えであるランドロスを繰り出してしまえばエレザードの電撃はじめんタイプを持つこのポケモンには無効となる。隙を突いた攻撃が一転してガラ空きとなる。

 しかし。

「待てよ……何故今お前さんは命令を止めて……?」

 バルバロッサは不自然に命令を止めたジェノサイドを見る。
そして、彼は過去の記憶を思い出そうと懸命に頭を搾った。
ジェノサイドの行使するエレザードの技構成が何だったかを。

「まさか……"めざめるパワー"か!?」

 ついぞ確証を得られなかったが、今のジェノサイドならば、今のエレザードならばトルネロスはおろかランドロスにも有効なこおりタイプの"めざめるパワー"を打ってきてもおかしくは無い。バルバロッサはそう判断した。
トルネロス自体には大したダメージは与えられないだろうが、交代先のランドロスにとっては痛手だ。

 交代は取り消す。トルネロスは場に留める。
バルバロッサがそのように念じるだけでそれは反映される。意に反して状況が変化するということは無い。
そして、それを見たジェノサイドも確信した。彼は叫ぶ。

「エレザードォ! そのまま放て、"10まんボルト"だ!」

「なんだと!?」

 バルバロッサは耳を疑った。
だがもう遅い。
エレザードの全身から稲妻が解き放たれた。
最高速で飛ばされた電撃はトルネロスの全身へと文字通り刺さる。
それを受けた伝説のポケモンは絶叫した。

「お前さん……っ、まさか……読んだのか? 交代読みの更なる読みを鑑みて……ポケモンではなく、私を見たと言うのか!?」

 それはポケモントレーナーの、戦う者としてのさがなのだろうか。
数多の戦いを経験した戦士である自分そのものを見破られたことに、強い屈辱と衝撃、そして敗北感を感じる。その思いは、"負けてたまるか"という強い気持ちへと変化してゆく。

 バルバロッサが受けた衝撃は計り知れなかった。
自分よりも大きく歳を離した子供のような人間に、一瞬ではあるが超えられてしまった。
皮肉にも、これまで自分が育ててきた人間に。

 トルネロスが倒れてしまう。
だが、その限りなく絶望に近い不安は杞憂に終わった。

 ジェノサイドは見た。
全身が痺れながらも、大きく翼を広げて咆哮する、朱雀の如く伝説のポケモンを。

「くそっ……! やっぱり火力が足らなかったか……」

 自分でも相当な無茶に走っているとは自覚していた。だが、今の自分にはこのポケモンをぶつけるしか方法は無かった。仕方が無かったとしか言いようがない。

 再び悩むジェノサイドは、ふと感じた。
季節外れの熱が、暑さが漂っていると。

「……なんだ、これは……?」

「私を超えんとするその姿勢……大いに恐れ入った……。だが」

 電撃は消え、代わりに白煙が舞うその中からバルバロッサの皺を含んだ声が響く。

「お前さんはまだ甘い」

 それはポケモンの技のひとつ、"ねっぷう"だった。
ジェノサイドのエレザードの特性は"かんそうはだ"。ひとつでも多くのダメージソースを減らす代わりに、ほのおタイプの技の受けるダメージが増えてしまう特性だ。
加えて、エレザードは耐久が高いとは言えない。
トルネロスほどの火力を受けてしまえばどうなるか、考えなくとも結果は見える。

 熱を帯びた波が襲いかかる。
ジリジリと焼けるような痛みを受けながらも、エレザードは文字通りの熱風を受けて引き摺られる。

 エレザードはジェノサイドの足元まで転がった。既に倒れている。
これでジェノサイドは手持ちポケモン六体の内三体を失ってしまった。残るは体力が一しか無い瀕死寸前のゾロアークとコジョンドと、例のポケモンだ。

「お前さんの強さはゾロアークだ。お前さんを深く知る人間ならば、強い選択を強いられることだろう。ゾロアークを使うか、使わないか。仮に使った場合、どこからどこまでが幻影なのか。そもそも今自分が見ているものは現実か幻か。戦いとは別な圧迫感に襲われる。それがお前さんの何よりの強みだ。だがゾロアーク一強ではすぐに限界が来る。それは重々承知していたのだろう。工夫次第ではその強みは別のポケモンでも活かすことが出来る。……だが、まだ甘い」

「……?」

 自分でも自覚に至っていない点を突かれると戸惑いを覚える。それをしかも敵から告げられるのだから尚更だ。
どうやら、ジェノサイドは自分の全てを理解してはいないようだった。

「……何が可笑しい?」

 バルバロッサは肩を小刻みに震わせて小さく笑うジェノサイドを見た。
人生経験豊富なバルバロッサから見ても、その意図が掴めない。

「分析ごくろーさん……。誰が甘いだぁ? テメェこそ甘いこと言ってんじゃねぇよ」

 ジェノサイドの腕が目にも止まらぬ早さで動く。
辛うじてボールをトルネロスに向けた事だけは分かった。
ボールから何かが出る。だが、動きが速すぎて実体が掴めない。
そのポケモンはトルネロスに触れたらしいかった。
トルネロスも苛ついたのだろうか、翼で叩こうとするが空振りに終わる。そのポケモンは一瞬にしてボールに戻る。
代わりに姿を見せたのはコジョンドだった。正真正銘本物のコジョンドである。

「お前さん……今何かしたな?」

「あぁ。ゾロアークにひと仕事させてもらったぜ。こんなタイミングだとトルネロスも攻撃しかしねぇよなぁ?」

「なるほど……"ふいうち"か」

 今の不可視の動きもどうやら幻影のようだった。
ボールから放たれたゾロアークはトルネロスに"ふいうち"を打ち、反撃が来る前にボールに戻った。攻撃を受けてしまえば倒れてしまうからだ。

「そのコジョンドで何が出来ると言うのだね?」

「こうすんだよっ!!」

 コジョンドも高速で動き出した。
トルネロスの前に姿を現したコジョンドは、奇妙な構えを見せている。

「"ねこだまし"!」

 コジョンドはトルネロスの眼前で手を打った。
純粋な攻撃が来ると錯覚したトルネロスはダメージを受けつつ怯む。

「奴が動く前に畳み掛けろ! "とんぼがえり"」

 コジョンドは眼前から離れない。
そのまま身を翻した体当たりを敢行するとジェノサイドの持つボールへと吸い込まれていく。
トルネロスも疲弊しきっていた。
エレザードからの弱点技と、ダメージ自体は大したことはないものの、立て続けに対応不可の技を二つ三つと受けるとその体力も限界を迎えてしまう。

 トルネロスは大きな地響きを立てて遂に倒れた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.24 )
日時: 2023/09/13 22:41
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 遂にこの時が来た。
冷静に考え、振り返ってみると信じられないことばかりだった。
人や考えによってはチートと評されるかもしれないポケモンを相手に、あと一歩のところまでやって来た。二体のポケモンを、チートに塗れた伝説のポケモンを倒したその現実が妙に誇らしくも感じる。

 ジェノサイドは長く息を吐く。
これまでの疲労により乱れた呼吸を整え、内に宿る意識を叩き起すために。

「お前さんの強さは……」

 バルバロッサの声だ。追い込まれた状況とはいえ、その声は落ち着いている。ジェノサイドが抱いているように、彼もまた勝利を手にしたと思い込んでいるのだろうか。

「正直なところゾロアークだけだと思っていた。お前さんはこれまでに打ち勝ってきた難敵はどれもゾロアークの前に倒れたからな」

「結局はテメェの油断かよくだらねぇ。散々"うつしかがみ"とか言う機械を介して〜だの何だの言っておきながら、結局はテメェの手心で決まるもんだったのかよ。ポケモンじゃなくてテメェだけを見ていれば良かったってかぁ?」

「私の意思も介在しているに過ぎんと言うことさ」

 ランドロスが鏡から姿を現した。
手足が露わとなり、普段の人型の姿から一転して動物のような、それでこそどこか白虎を想像する威圧的で堂々とした様は、視線を移す度に身が縮まるような思いがする。
ランドロスはこのバトルで何度か戦っている。しかし、ここまでに一度として攻撃が届いたことは無かった。
だが、今回ばかりは当てられる自信がジェノサイドにはあった。いや、当てるしかないのだ。

「ところでお前さん、いい加減次のポケモンを出したらどうなのだね? コジョンドの"とんぼがえり"はまだ終わっとらんよ」

「そんなん一々言わずとも分かってるっつーの」

 ジェノサイドは最後に賭けに出た。
ランドロスが相手では体力一のゾロアークも、相性の悪いコジョンドでは勝てるとはとてもだが思えない。
だが、ジェノサイドにはまだ使用していない最後の一匹が残っている。
そのポケモンは訳ありであるがゆえに、これまで使う事が出来なかったのだ。

「あとはお前だけが頼りだ……頼んだぜ、リザードンっ!」

 ジェノサイドはモンスターボールを天高く放り投げた。



 時刻は八時を大幅に越している。
もしも今日が普段と変わらない日で何事も無い一日であれば、今頃はこのメンバーで近くのファミレスかラーメン屋あたりで夕飯を取っていたことだろう。
だが、今日に限ってそんな事はなかった。
ジェノサイド改めなばり洋平ようへいの言いつけを守り、サークルに顔を出しに来た全員が教室で待機している。
やはりと言うか、空模様に変化は無い。金色に輝いているため、外がまるで昼のように明るく、眩しいほどだ。

「先輩、もう帰る時間過ぎてますけど……どうします?」

「うーん……もう少し、もう少し待ってみようよ」

 二年生の大三輪おおみわ真姫まきが鞄を片手に椅子から立ち上がった。そのスレンダーな見た目に見蕩れかけた佐野さの宏太こうたは瞬時に我に返り、しかし返答に迷う。

 もう少しと言って既に二時間は経っている。それまで隠から連絡も無ければ変化らしい変化も見当たらない。
果たして隠の言葉を信じて良いのだろうか。外が危険かどうかなど最早誰も分からないでいる。

「さーせん、先輩。俺飲み物買ってきます」

「うん。いいよ、行っておいで。廊下の自販機で買うんだよ」

 どこか不服そうな表情を浮かべながら穂積ほづみ裕貴ゆうきは立ち上がり、廊下へと出た。何故か佐伯さえき慎司しんじを呼んで二人で出ていく。
穂積は自販機の前に立つと迷うこと無くコーラを選んだ。ボトルの落下音が静寂に包まれた廊下に無駄に響き渡る。
彼がコーラを飲むタイミングは決まっている。煙草を吸うときだ。

「悪い佐伯、ちょっと付き合ってくれ」

 指で合図する穂積はそのままその階の非常階段のある方へ、つまり外へと出た。
佐伯は少しばかり警戒しているようだった。

 外に出て風を浴びた二人は予想以上の心地良さに少々感動した。
どこか天国をイメージする金色の空から降り注ぐ光は、秋になりかけの今であるにも関わらず"暖かさ"を感じる。風も寒すぎず気持ちが良い。これで"外は危険"と言われても信じられないくらいだ。
穂積は決まりの動作の如く煙草を吸い始めた。
佐伯は喫煙者ではないものの、このように彼と語らう場面が多いので既に慣れている。穂積自身喫煙に慣れているからか、非喫煙者には最大限の配慮をしているつもりだった。煙ひとつ浴びせることはしない。

「レンの奴……何なんだろうな?」

 ボソッと突然穂積は呟いた。

「何って……何に対して?」

「アイツ、俺らと会う前からジェノサイドとか……えっと……」

深部ディープ集団サイドのこと?」

「そうだ、それそれ。そこに居たんだよな?」

「……みたいだね」

 佐伯は深部ディープ集団サイドのことを詳しくは知らない。それは穂積も同様だ。
予想だにしないところから現れた"未知"にストレスが募ってゆく。

「何を考えてアイツはそんな事してたんだろうな? アイツそんな事するような奴なのかよ?」

「それは……こっちもよく分からないな。レンの高校時代の話なんてまず聞かなかったし」

「……ぶっちゃけると俺は、お前らとは出遅れていると思っている」

 話の流れをぶった切る唐突の告白だった。
初めて聞いた時は驚くこともあったかもしれないが、今となっては最早彼の口癖のようなものへと変化している。佐伯は、これを彼が抱いているコンプレックスのようなものだと解する。

「お前や大三輪、御巫かんなぎ、それから樋端といばなにレン……。皆このサークルで会ったのは一年だった去年だ。対して俺がこのサークルに入ったのは今年。皆とは学年も歳も同じだけど輪みたいなものがあったとして、それに入れずにいる気がしてならねぇんだ。皆良い奴だし俺も仲良くなりたいと思っているけど……まだ完璧仲良いとは言えないような気がしてな……」

「そ、そんな事ないって! 誰もそんな事思ってないよ!」

 佐伯は理解した。今この場は隠を糾弾したり批判したりする場ではなく、自身をフォローしてほしい場なのだと。

「なら……いいけどさ」

 佐伯は本来であればこう言いたかった。
隠に対して得ている情報はお前も自分も変わらない、と。年数など関係ない。皆立場は同じなのだ、と。

「こっちだけじゃない。それは皆同じだと思うよ。"なんでレンが深部ディープ集団サイドなんかに"って」

 隠洋平。
パッと見クールで大人しいと思いきや、友人といる時は大いにはしゃぐ子供っぽくも大人のような男。そんな彼が何故裏社会に近しいような世界で生き、更に頂点に立っているような人間でいられたのか。
誰もがその事実を受け入れられずにいるし、ゆえに知りたいと思っている。

「さっき佐野先輩も言っていたけど、とにかく話をしないと。レンと話をしてお互い理解しないときっと絶対に解決しないよ」

「そう……だよな。アイツが全部正直に話してくれるかそれは分からないが……まぁ、それについては俺も賛成だよ。……ったく、早く帰って来いよっつーの」

 穂積は眩しい空を見上げる。
天国とは案外こんなものなのかもしれない。吐き出した煙が光の中で消えゆくのを見つめながら、心の中ではらしくない想像をしている自分が居た。



 ジェノサイドはポケモンが飛び出し、空になったボールをキャッチする。
彼の前で凛々しい竜が翼を羽ばたかせつつ着地した。
バルバロッサはそれを見て虚を突かれたような顔をしたあとに堪えきれなかったのか、小刻みに身を震わせつつ軽く笑う。

「なんの……つもりだね?」

「見て分かるだろ、リザードンさ」

「お前さんは何をしようとしている? 私の記憶が正しければだが、お前さんのリザードンは確かゲーム上ではメガシンカをする個体だったような気がするのだが?」

 バルバロッサが笑うのも無理はなかった。他愛もないバトルであればどうでもいい事だが、今は世界そのものを秤に掛けている"かもしれない"重要な戦いでもあるのだ。
そこにメガシンカを期待して挑むというのはあまりにも無計画で無謀で、それでいて挑戦的である。
何故ならば。

「メガシンカという現象はこの世界では確認出来ていないのだぞ。一部を除いてあらゆる道具がこの世にも反映されるものの、メガストーンやキーストーン……そしてメガシンカに必要なデバイスもこの世には未だ存在しないし反映されない! ゲームでは使えるメガシンカはこの世界では使えない。この意味がお前さんには分かるか!?」

 ゲームで本領を発揮出来るポケモンはこの現実世界ではその通りにならない。
ポケモンの世界とは違うこの世界ではメガシンカが果たせないのだ。
そしてこれこそが、ジェノサイドが挑んだ賭けであった。

 リザードンにはゲーム内で"リザードナイトX"を持たせている。あとは、この世界に呼び出すことでどのような反応を見せるのか、他の道具と同様反映されるかが注目のポイントだった。
しかし、何も変わらない。変化が見られない。
通常色のリザードンが、そのままの姿で佇むのみだ。

「それが……お前さんの望んだ結果なのだな」

 バルバロッサの勝利宣言に反応するかのようにランドロスが雄叫びを上げ、今にも"げきりん"を放とうとしたその瞬間。

「いや、成功だよ。バルバロッサ」

 異変は突如として起こった。

 リザードンの全身が輝き出した。
自然のエネルギーを大量に吸収しているようだった。
それだけではない。ジェノサイドの右腕もリザードンに呼応するかのように同様の光を放っている。
ゲームを深くやり込んでいる者ならばそれが何なのかは分かる。
その光景は、まさしく"あれ"と酷似している。
光に包まれたリザードンは溢れたエネルギーを外に撒き散らし、遺伝子を模した二重螺旋のエフェクトを放つ。
体色も大きく変わり、漆黒の竜が姿を現した。

「まさか……、お前さん……嘘だ」

 バルバロッサは絶句した。
信じられないものを、決して存在してはいけない光景が眼前で繰り広げられているせいで。

 紛れもなくそれはメガシンカだった。
メガリザードンXが、確かにそこに居た。

 彼方で歓声が沸き起こった。
見ると、戦闘を眺めていたハヤテら仲間たちがメガシンカを果たしたリザードンに対して反応しているようだ。

「よかった……! 道具を持たせてデバイスもこの時までに間に合わせたけど上手くいったみたいだな……」

「有り得ない……っ! 一体何をしたと言うのだ! 未だ発見も観測も成されていない現象を……何故お前さんが操れるのだ!」

「俺が史上初を成し遂げるってのがそんなにおかしいのか? テメェ……誰と戦ってんのか分かってんだろうなァ?」

「やかましい!」

 バルバロッサのランドロスは動いた。
彼の叫びに応じてそのポケモンは自身の爪を燃やす。
怒りを身に纏ったランドロスが一瞬で姿を消したかと思うと、既に眼前に迫っている。

「お前さん如きが……この世界を、世の理を……そして私の夢を……否定するなぁ!!」

 バルバロッサは我を忘れていた。まるでランドロスと意思を同一としているかのように。
竜の爪がリザードンを捉えた。その動きは"こだわりスカーフ"でも巻いているような神速を思わせる。ジェノサイドもリザードンもその動きにはついて行くことも、反応することすらも出来ない。
間に合うか間に合わないかの次元では無かった。
認識した時には既に攻撃が決まっている。

 メガシンカに沸いたのはほんの数秒前だったはずだ。
だが、その希望や喜びは一瞬で葬られる。
彼らは、呆然と眺める事しか出来なかった。

 だからこそ、目の前の光景に理解出来なかった。

 リザードンの手が、ランドロスの爪を不自然なまでに"掴んでいる"ことに。

「なっ……?」

 初めに異変に気付いたのは伝説のポケモンを操る老人だった。

「ランドロス……? 何をしているのだ……」

 たとえ未知の世界であるメガシンカを果たしたリザードンであったとしても、所詮はリザードン。能力が強化されたランドロスには到底届くものでは無い。

「手を……止めるな……っ! リザードンを切り裂け、ランドロス!!」

 しかしその声は、その叫びは"彼"には届かない。

「ごっめーん、言い忘れてた事があったわー」

 ジェノサイドは大きく顔を歪ませた。
一定の感情が昂り、それまで有るはずのなかった"余裕"を生み出す。その声色は歌っているかのような口ぶりだった。

 ランドロスを拘束したリザードンの周囲の空間が物理法則を無視する形で歪みだした。
そしてその光景を、その現象を、バルバロッサは知っている。

「……!?」

 だが、その現象は本来であれば有り得ないものだった。
それがたとえ、"メガシンカしたリザードンに化けたゾロアーク"のものだったとしても。

「どういう……ことなのだ……?」

「これで終わりだ、バルバロッサ。お前は俺たちに見事に化かされた」

 瞬間。
"げきりん"のダメージを受けて耐えたゾロアークによる"カウンター"が炸裂した。
攻撃力の高い自身の力を倍にして返されたランドロスは、反動でゾロアークの手元から離れ、大きくその身を吹き飛ばされると岩壁に深々と突き刺さる。

 長かった戦いが今、幕を閉じた。



 最早誰も異変を異変と感じなくなった同時期。また別の異変が起こった。

「えっ……えっ!? なに!? 何があったの!?」

 教室の中で誰かが叫んだ。
佐野が釣られて空を見る。

「戻ってる……?」

 眩い光が、黄金色の空が瞬く間には消えていた。
窓を開け、外の景色を見てみる。
漆黒の空と、月の光で存在感を増している流れる雲と、そして僅かに輝く小さな星があるのみだった。
時刻は夜の九時に近付いている。本来の夜空を取り戻した。そんな風に見えた。

「まさかレンの奴……何かしたんじゃねぇの!?」

 樋端といばなかけるは狼狽えながら外の景色と教室にいる仲間たちの顔を何度も何度も交互に見る。半ば興奮しているようだ。

「それはまだ……分からないけれど、とにかく連絡しないと! レン君、無事だよね!? 僕達もう帰って大丈夫だよね!?」

 佐野は震える手でスマホを操作する。LINE越しに通話を試みるも、隠が出ることは無かった。



 世界は元に戻った。
地上を埋めつくしていた花は全て枯れ、雪を乗せた風は止み、空を彩った天国は消滅していた。まるで、一睡のうちに見ていた夢のように。

「待て……待つんだ……ジェノサイド……」

 バルバロッサは足の弱くなった老人のように覚束無おぼつかない足取りでこちらにゆっくりと近付いて来る。まるで一気に歳を取ったようだった。

「お前さんのゾロアークは……化けたというのか……? 死に体のゾロアークが!! 何故!!」

「少し考えば分かるだろーが……。まぁ、俺もすぐには気付けなかったがな」

 ジェノサイドはゾロアークの入るダークボールを掲げる。闇夜に溶けて輪郭が消失する。

「俺のゾロアークが……俺の命令無しに勝手に動くことがあるのはお前なら知っているよなぁ?」

「そ、それは……いや、だとしてもだ……」

「ゾロアークはあの時に化かしたんだよ。周囲のモノ全てを。トルネロスも、お前も、そして俺も」

 コジョンドに化けたゾロアークのイリュージョンが見破られた。その時トルネロスの"ぼうふう"を受けて瀕死寸前となってしまった。
それが、このバトルを構成していた全てのモノの認識だった。

「だが、実際は違っていた。ゾロアークはあたかも自分がお前のトルネロスの"ぼうふう"を受けたかのように惑わしていたんだよ。実際はノーダメージ。だから"きあいのタスキ"も残っていたし体力もこの時まで満タンだった。それだけだ。ゾロアークをボールに戻した時初めて知ったよ、俺も」

「だからお前さんはあの時不自然な笑いを……」

 そこから先は全て演技だった。
ジェノサイドはメガシンカを確立する事も無ければ、メガストーンもキーストーンもデバイスも、全てが嘘の空っぽの虚ろでしかなかったのだ。

「ふっ、……はは……。そんな莫迦な……」

 バルバロッサの全身から力が抜けた。同時に、台座に鎮座していたはずの"うつしかがみ"も派手な音を立てて転がる。

「バルバロッサ、ここからは真面目な話だ」

 ジェノサイドは言いながら背後をちらっと見る。そこには、何が起きたのか理解が追い付いていない仲間たちが控えている。

「私を……裁くのかね?」

「そうだ。お前は俺を含め組織を裏切った。そう解釈している」

 風が吹き荒れる。冷たく鋭い自然現象は時折二人の会話を遮りさえもする。
"天国"が消えた分、元に戻ったはずなのに今までの異変に慣れていたせいで逆に違和感に感じる。

「これも……裏切りになるのかね?」

「そこが気になる点だ。お前は別に組織そのものに対して背信行為をした訳じゃない」

「お前さんは……そう思うか」

 膝から崩れ落ちたバルバロッサは俯き、こちらを見ようともしない。声も低く、ジェノサイドは意識を集中させてなんとか聞き取ろうと必死になっている。

「組織内で裏切り者が出た場合、結社に任せる事は出来ない……。ゆえに組織内で事を終わらせる。裏切りは断罪。例外無くな。お前さんが過去に言った事じゃないか……」

 ジェノサイドという組織は過去に大きな裏切りと反乱が発生した。その際の犠牲も大きかったが、二度とこのような事態を生まないためにも、組織の名を冠したジェノサイド自らが発した取り決めだった。はずだった。

「だが、俺は人を殺さない」

 正確には"殺せない"だった。ジェノサイドという物騒な名を得ているにも関わらず、彼は一人として人の命を奪う事はしない。いや、出来ないのだ。
たとえ、相手がどれほどの悪人であったとしても。

「そしてお前には……恩がある」

「今更何の恩があると言うのだね?」

「これまで共に……組織を指導してくれたことだ。……それだけじゃない。"あの時"俺の命を救い、この世界を教えてくれたのもバルバロッサ、お前だった」

 鼻で笑ったようだった。口角が若干上がっているらしいところを見るとバルバロッサがそうしたようだ。

「だからバルバロッサ。お前は全部話せ。お前がここまでした訳を、その理由を……。お前の目的を隠すことなく全てハッキリと言うんだ」

「言わなかったら……どうなる?」

 バルバロッサはここで初めて顔を上げた。
皺だらけの、疲れきってはいるがどこか清々しい目をしている。

「言うまで粘る」

「お前さんらしい……」

 バルバロッサは再び鼻で笑う。それからゆっくりと立ち上がった。

「良いだろう。その代わり……私が今から話す事を全て受け入れることだ。いいな?」

「受け入れる……? そういう抽象的だったりふざけた表現はやめろ。誰が聞いても理解出来る説明をするんだ」

「私の目的は昔から変わらんよ……。私は……戻りたかっただけなのだよ、元の……世界へ」

「てっ……テメェ、だからそういう意味の分からねぇ言い方はやめろって言ってんだろうが!!」

 手を出したくなる衝動を抑えつつ、しかしジェノサイドはバルバロッサの元へ走る。
これもある種の脅しのつもりだった。

「だから……言っているだろう……? 受け入れろ、と。私の夢は……昔から変わらんのだよ……」

 ジェノサイドは彼の様子がおかしい事に気付く。やけに呼吸が乱れている。
彼が走り、両腕を差し出したタイミングとバルバロッサが前方に倒れ込んだタイミングはほぼ同時だった。
ジェノサイドはその腕に、遥かに歳を離した老人を抱き抱える格好となる。

「バルバロッサ? ……おい、バルバロッサ」

 呼び掛けに応じない。その目は深く閉じられ、開くことも無い。眠ったような顔をしている。
呼吸も心音も腕には伝わらない。その腕に感じるのは、普段よりも重く感じる彼の身体の重量のみだった。

 様子がおかしいと判断した仲間たちも駆け寄る。
ハヤテを含めそこに居る誰もが自分とバルバロッサの名を何度も呼んでいた。

「リーダー、何があったのですか?」

「ハヤテ……。すまん、しくじった」

 ジェノサイドは振り返り、最も信頼している仲間の一人であるハヤテを認識する。

「バルバロッサの野郎……死にやがった」



 戦いが終わって何時間経っただろうか。
ジェノサイドとその仲間たちはそこから離れる事はなかった。
山頂へと刺さる冷たい夜風を浴びながら、闇に覆われた漆黒を見つめている。

「リーダー……。一体何があったのですか?」

「分からねぇ。分からねぇまま何もかもが終わっちまった」

 バルバロッサは寿命を迎えたようだった。
戦いの直前もその最中も、頑強そのものであったのに、終わった途端にその生涯をも終えてしまった。

「なぜ……このタイミングで?」

「分からねぇ。この戦いが相当の負担だったのか、それとも……」

 あまりにも都合が良すぎる最期のように思えて仕方が無い。バルバロッサという一人の道化が仕組んだ壮大な芝居だったのか、世界を巻き込んだ大袈裟な自殺だったのか、それとも、死期を悟った老人がせめて最後にと夢を叶えようと足掻いた結果だったのか。
真相は、夜空を染める闇に等しい。

「分かったことは……いや、ハッキリとした事じゃないが……"うつしかがみ"がこの世に突然湧き出るほど世界そのものの本質が変わっている"かもしれない"ってことと、バルバロッサが、元の世界に帰りたがってたってこと……くらいかな……?」

「元の世界とは……何の事でしょうか?」

「分からない……分かるわけがない」

 ハヤテの問いにそうとしか答えられない自分が惨めに感じた。
世界を巻き込みかけた、迷惑でしかなかった騒動の果てに得られたものがこの程度だと思うと胸糞が悪くて仕方が無い。

 悪い意味で脱力感を覚えたジェノサイドは目を瞑り、息を吐いて岩に寄りかかる。
無心になり、その顔に風が浴びせられる。

「俺たちも……」

 どれ程の時間が経ったのか自分でも分からなかった。
数時間かもしれないし、ほんの数秒だったかもしれない。
ジェノサイドはスッと立ち上がる。

「俺たちも帰ろう。俺たちの世界へ」

 渦巻く未練を、心残りを置き去りにして彼等はその場を後にした。