二次創作小説(紙ほか)
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- 【ポケモン】クリスタル・ウィング
- 日時: 2020/04/20 15:58
- 名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
初めまして、ライラックと申します!
今回は何年か前に書いていたポケモンの作品をリメイクしようと思い、スレを立てさせて頂きました。
オリジナル地方に、現実世界からトリップしてしまった女の子が旅をしていくお話です。
初めてなのでツッコミどころ満載だと思いますが、よろしくお願いします!
プロローグ
>>1->>4
ワカクサタウン
>>5-
- Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.2 )
- 日時: 2020/04/10 16:13
- 名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
- プロフ: プロローグ
「あ、あなたは……」
モンスターボールを手にしたまま、チカはポケモンを呆然と見た。
ウサギのような長い耳、首を覆う襟巻き、狐のような尾。小柄な体躯で、円な瞳が愛くるしいポケモンだった。
しんかポケモンのイーブイである。
その姿はチカの記憶の片隅を突くが、同時に違和感を感じさせる。
このポケモン、全身が白を混ぜたような銀色をしているのだ。記憶だと茶色だったのだが。
イーブイは両足を揃えて座り、チカをじっと見つめる。まるで値踏みするようにジロジロと上から下まで見てくるが、チカはそんなことを意に介さずポケモンを見つめて話しかける。追われている男は、相変わらず悲鳴を上げて走っていた。
「あれ、あなた全身茶色じゃなかった? 思い出したわ、タマムシシティのマンションの屋上に放置されてたポケモンね! えっと、い、い、イワーク? イシツブテ?」
「ブイ」
チカはポケモンの名前を必死に思い出そうとし、ゲームの思い出と共にこのポケモンの名が『イ』で始まることを思い出した。
そして、『イワーク』、『イシツブテ』と言う名前が浮かび白銀のポケモンに尋ねるが、白銀のポケモンは首を横に振った。違うらしい。
「……面倒くさいから、イワークでいいや」
そこまで言いかけたところで、ことはから忘れ去られた男の悲鳴が割って入る。
「キミ、何をしているんだ、早く助けてくれ!」
男は相変わらずジグザグに動くポケモンから逃げ回っていた。流石に体力が尽きてきたのか、男の走るスピードは明らかに落ちており、すぐそこまでポケモンが迫っている。
不味いとは思い、ことはは幼い頃の記憶を懸命に引っ張り出す。
危機が迫っているせいか、記憶はすぐに思い出せた。ポケモンを出すと、他ゲームで言う攻撃とか呪文に当たる表示が出て——
「そうだ、技! イワークが使える技は何ですか?」
技はポケモンが保つ不思議な力。相手を攻撃したり、自分の能力を上げたりと様々な種類がある。ポケモンはこの技同士をぶつけ合い、戦う。これをポケモンバトルと呼ぶ。尚、ポケモンごとに使える技は決まっており、このイーブイが使える技をことはは知らない。あの男なら知っているだろうと、声を張り上げて尋ねると、男は息切れしながら答えてくれる。
「す、砂かけと体当たり、鳴き声……」
男は息も絶え絶えに教えてくれた。
(技ってどうやって指示すればいいんだろう。コマンドやAボタンもないのに……)
聞いたはいいが、チカは一瞬どうやってイーブイに指示を出せばいいか迷った。
ゲームではボタンを押せばポケモンが動いてくれるが、ここは現実。そんなものはない。
現にこのポケモンは両足をきちんと揃えて座り、チカの指示を待つように見上げている。自発的に動かない。
コマンドがないなら、口で伝えるしかないだろう。そう思ったチカは、適当に技を指示する。
「えっと……イワーク、あのジグザグ動く奴に砂かけって技」
男を襲うポケモンを指差して伝えると、イーブイは走っていった。そしてある程度距離が縮まったところで、後ろ足で力いっぱい砂をポケモンめがけて蹴りつける。
男に気を取られていたポケモンは砂を避けられず、もろにくらった。目に砂が入ったらしく、目をぎゅっと閉じ、オロオロしている。
「なら次は体当たりって技」
技の効果なども分からないため、聞いた技を順に試すことにする。体当たりの指示を受けたイーブイは助走を付け、身体を力いっぱいポケモンにぶつけた。ポケモンの身体は吹っ飛び、地面に叩きつけられた。名前の通り、体当たりを行う攻撃技のようだ。
叩きつけられたポケモンはフラフラしながら立ち上がるが、イーブイに背を向けて走り出した。逃げられたが、特に用もないためチカは追わないことにする。ポケモンが視界から消えたのを確認し、チカは深い息を吐く。
「な、何とか追い払えた……」
あっさり終わった戦いであるが、緊張から解き放たれたことははため息をついた。ゲームの存在だけと思っていたポケモンに、こうして指示を出すなど夢にも思わなかった。
ゲームと勝手が違って戸惑ったが、無事に終えてほっとする。
そこへイーブイが走ってきたかと思うと、ジャンプしてチカの左肩に飛び乗ってきた。
「ブイっ!」
「な、なに?」
イーブイは、満面の笑みでチカの肩に乗る。チカを気に入ったのか、身体を擦り寄せている。柔らかい体毛がことはの頬をくすぐり、くすぐったい。事情が飲み込めないチカは、イーブイにされるがままになっている。
「ハハハ、すっかり気に入られたようだね。彼女は人を選ぶんだけど、君は気に入られたらしいな」
そこへ先程の男が笑いながら近寄ってきた。歳は三十代前半くらいか。柔和な顔立ちに、眼鏡をかけた優しそうな男だった。シャツとズボンの上には白衣を着ており、研究者のような出で立ちであった。
「そうなんですか?」
「ところでキミ、どうしてそんな格好をしているんだい?」
「あ……」
男に指摘され、チカは自分が寝間着姿であることを思い出した。寝間着な上にしかも裸足、荷物はない。誰がどう見ても怪しいと思うだろう。
「寝間着でしかも裸足で。何も持たないでこうして、外にいるのは感心しないな。私のようにポケモンに襲われたらどうするんだ?」
「す、すみません……」
家出をしたと思っているのか。男は子供を見るような顔でことはを眺め、注意してくる。あまりの迫力に反射的にことはが謝ると、男は肩からかけた鞄から緑のスリッパを取り出し、ことはに差し出した。
「スリッパで申し訳無いが、ないよりはマシだろう。これを履いてくれ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、チカはスリッパを履かせてもらう。男物なのかブカブカであるが、裸足よりはマシだった。
「さて、お礼も兼ねて私の研究所に来て欲しいのだがどうかな?」
知らない男からの誘い。
普通なら断るところだが、この世界に知り合いはいない。せっかく人に合えたのだ縁を逃す訳にはいかない、とことはは迷わず頷いた。
「はい、お願いします」
「なら、こっちだよ」
男に案内され、チカは歩き始めた。
※
チカが見つけた鳥ポケモン=ポッポ
男を襲ったポケモン=ジグザグマ
です。念の為。
- Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.3 )
- 日時: 2020/04/12 16:26
- 名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
- プロフ: プロローグ
その後イーブイをモンスターボールに戻した男は、チカを連れて歩き始めた。あの草原から歩くこと、五分ほど。視界が開け、家々が見えてきた。町のあちこちでは風力発電用の風車が動き、爽やかな風がことはの乱れた髪を揺らしていく。
「さあ、ここが私の研究所がある町、ワカクサタウンだよ」
町を見つめながら、ことはは記憶を探るが『ワカクサタウン』と言う地名に覚えはない。かろうじて研究所がある場所は、『マサラタウン』だと記憶しているが。
「マサラタウンではないんですか?」
「それはカントー地方の話だね」
少し歩いた男は右側を指差す。ハクサンタウンの左側は海であった。青い水面が広がり、上空にはカモメのようなポケモンが旋回していた。
ポケモンが初めて発売されたのは、チカが生まれる前のこと。それから新作が登場するたびに新しい地方とポケモンが増えた。ここ地方も、その新しい地方の一つなのだろう。
ポケモンに詳しい友人に、聞いておくべきだったと軽く後悔する。
「さてカントー地方に思いを馳せるのもいいけど、まずは私の研究所に着いてきて欲しい」
そう言って、男はワカクサタウンの中でも特に大きい建物を示したのであった。
- Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.4 )
- 日時: 2020/04/13 20:32
- 名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
- プロフ: プロローグ
「さあ、あがってくれ」
「お邪魔します」
チカは挨拶をしてからスリッパを脱いで、裸足で室内に上がる。フローリングの冷たさを感じながら、ことはは室内を見渡した。
男に案内された部屋に並ぶのは見たことがない機械たち、机の上には資料の山。本棚に並ぶのは『ポケモン』に関する本の数々。いかにも、ポケモンの研究をする研究所らしい。
「いやあ助手はみんな出払っていてね、あーとりあえずここに座って」
入口近くにあるテーブルの上に乗っていた資料を端に寄せ、男はことはに座るように促してくる。言われるがまま座る。
「その格好だと寒いだろう。娘が買って放置している服から、適当なのを見繕ってくるよ」
しばらくしてチカは白いシャツに茶色のパーカー、長めの茶色いズボンに白のソックスと言う格好になった。気にはなるが貰い物なので、わがままは言えない。
「さてまずは自己紹介といこうか。私はアオキ、このハクサンタウンでポケモンの分布について研究している」
「チカと言います」
アオキが名字を名乗らないのに習い、チカも名前だけ名乗った。思い返すと、ポケモン世界の人々にはほとんど名字がなかった気がする。
「チカちゃんか。さっきは助けてくれてありがとうな」
「は、はあ……」
笑顔でアオキに礼を言われ、ことはは戸惑った。助けることになったのは、ほんの偶然。お礼を言われてもしっくり来なかった。チカは、曖昧に返事を返す。
「けれどことはちゃん、キミはどうして寝間着姿で一番道路にいたんだい?」
最もな質問をされチカは返答に困った。異世界から来た、と言われ信じてもらえるのか。
自分がアオキの立場なら、信じないだろう。かと言って上手い嘘も思いつけない。悩んだ末にチカは正直なところを答えることにする。
「あ、えっと……気がついたらあそこにいたんです。よく分からなくて」
「うん、無理に言わなくていい」
アオキは、チカを安心させるように笑いかけた。
「チカちゃんみたいな子、よくいるんだよ。大まか、親御さんに旅に出るの反対されたのかな? 危ないからって、旅を反対する親御さんもそれなりにいるからね」
「はぁ……」
話を合わせるため、ことはは頷く。が、嘘であるためそれ以上は何も言えない。
口を閉ざしたことはを見て、アオキは言いたくないのだと勘違いしたのだろう。優しく微笑みかけた。
「チカちゃんが話したくないなら、無理に話す必要はないよ。ただ、旅に出たいならそれなりに準備してから来てほしかったな。イーブイのことも、イワークとかイシツブテとか言ってたし。チカちゃん、ポケモンのこともあまり詳しくないだろ」
「そうですね」
チカは赤面する。ピカチュウ以外のポケモンは名前と姿が一致しないし、ポケモンバトルの基本も忘れた。
「まあ、旅やポケモンの知識は旅をしていく内に分かるだろうし何とかなるか。トレーナーカードを作れば、お金も引き出せるからそれで服や旅の荷物を買えばいい。僕はね、子供の夢は応援してあげたいんだ」
(……何か旅する前提になってるんだけど)
旅に出たいとは一言も言ってないのだが、アオキはチカが旅に出たいと思っている前提で話を進めている。
否定しようと思えばできるが、チカには行く宛がない。
お金もないし、身寄りもない。しかしアオキの口ぶりだと、旅に出ればお金は貰えるらしい。無一文で放り出されるより遥かにマシ、とチカは判断し口を出さないことにした。
「さて、まずはトレーナーカードを作ろうか。うーん首から上の写真しか使わないからそこの鏡見て髪の毛、整えておいで」
そう言いながらアオキは、安物の黒いヘアゴム、プラ製のクシをことはに手渡してくる。少し離れた壁に鏡がかかっていた。
チカはそこの前に立って、手早く髪を梳かし、後ろで一つに纏める。
鏡を見れば写真に写っても大丈夫なくらいに髪は整った。いつもなら編み込みにするが、今日は時間がないので諦める。
髪を整え振り向くと、アオキがスマホを構えて待っていた。
「はい、じゃあ撮るよ」
シャッター音が流れ、写真の撮影は終わった。アオキはスマホを片手にどこかの部屋へ消えていった。
それから約三十分後。色々と荷物を抱えたアオキが部屋に戻ってくる。
「すごい荷物ですね」
「いやあ、初心者トレーナーには渡すものが多くてね」
持ってきた荷物をアオキはテーブルの上に置いた。
テーブルの上には色々な荷物が並んでいた。モンスターボール、四角い機械、丸い機械。モンスターボール以外はことはが見たことがない機械だ。
「渡すモノ、色々とあるからねぇ。えーと、まずこれ! トレーナーカード。生活費を毎月一定額下ろせるし、ジムに挑むのにも使うから無くさないでね」
「ありがとうございます」
手渡されたのは、掌に収まる程の小さなカードだった。左端にチカの顔写真が貼られ、名前、それから何かの番号らしき数字が書かれている。学校の生徒手帳のカードを思わせた。身分証明書の類であろうことは分かった。
「次はこれ! ポケモン図鑑。ポケモンに向けると、そのポケモンの情報を教えてくれる便利な機械さ。トレーナーカードと図鑑の説明はこの冊子に書いてあるから後で読んでねー。でこれはポケモンギア、縮めてポケギア。カードを読ませることで色々とアプリが増える便利な機械だよ。色は何色がいいかな?」
「えっとオレンジ色で……」
「じゃあこれで説明書はこれ。全部、この手提げ袋に入れておくよ」
「あ、ありがとうございます」
四角い機械——ポケモン図鑑、丸い機械——ポケギアを布製の袋に入れ、アオキはチカに手渡してくる。
無くすといけないと思い、ことははトレーナーカードも入れておいた。
「で、これが一番重要だね。キミの最初のポケモンになる子が、この中にいるんだ」
アオキは、チカの手にしっかりとモンスターボールを握らせた。
中にいるポケモンがチカの存在を感じたのか、モンスターボールが微かに揺れる。
「三匹から選ばないんですか?」
ゲーム開始後すぐ、オーキド博士は三匹のポケモンの中から最初のパートナーとなるポケモンを選ばせてくれた記憶があった。
「初心者用ポケモンのことか。まあ、普通初めてポケモンを持つ子はその三匹から選ぶものだから、そう言いたい気持ちは分かるよ。ここの初心者用ポケモン、チコリータとヒノアラシとワニノコがいると言えばいるけど、チカちゃんにはこの子が一番いい」
アオキがボールのボタンを押すと、ボールが開き光が溢れる。その光が晴れると見覚えのある白銀のイーブイがいた。
イーブイはチカを見つけるなり笑顔になり、彼女の左肩にまた飛び乗ってきた。勢いよく飛び乗られたせいでチカはバランスを崩し、咄嗟に近くの机に手を着く。
「あ、さっきのイーブイ?」
「早速図鑑を使ってみたらどうかな」
アオキの言葉通り、チカは鞄から図鑑を取り出し、イーブイに近づける。すると黒い画面に写真が現れ、女性の声が淡々と流れた。
『イーブイ しんかポケモン 進化のとき 姿と 能力が 変わることで きびしい 環境に 対応する 珍しい ポケモン』
「イーブイは、何種類のポケモンに進化するんでしだっけ?」
ゲームでポケモンには、進化と言って姿形が変わる現象が起きていた。
進化するとゲームではポケモンの能力値が上がっており、強くなっていた。その進化だが、普通ポケモンが進化する姿は一つだけである。
が、このイーブイは使う道具によって進化する姿が複数あった覚えがある。図鑑の説明通り、珍しいポケモンなのだ。
「今は八種類の進化系が確認されているよ」
「そ、そんなに……」
イーブイを見つめ、チカは絶句する。
子供心に数種類だけでもすごいと思っていたのに、ことはがプレイしていない間に八種類にまで増えたと言う。時の流れを感じると共に、言葉が出てこなかった。
「ところで、このイーブイ、図鑑と体色が違うだろ?」
「確かに……」
図鑑のイーブイは茶色だが、ことはの肩に乗るイーブイは白銀。明らかに色が違う。
「色違いと言って、体色が違う珍しいポケモンなんだ」
「こんな珍しい子を頂いて、大丈夫なんですか?」
このイーブイは、アオキの鞄に入っていた。間違いなく彼のポケモンであろう。珍しいポケモンを、簡単に貰ってしまうのも気が引ける。遠慮するチカに対し、アオキは大らかに笑ってみせた。
「大丈夫。さっきのバトルで、イーブイもキミを気に入ったみたいだし、どうかな?」
チカは本当にいいのか確認するように、肩のイーブイを見つめる。
イーブイは可愛い瞳で翡翠色の瞳をじっと見つめ返してきた。あなたがいい、と言いたげな意思の宿った瞳。慕われることを嬉しく思いながら、チカはイーブイに言った。
「そうですね、イーブイと一緒に頑張ってみたいと思います」
「ブイっ」
そう告げると、イーブイは嬉しそうに鳴いた。一緒に頑張ってくれるらしい。
「そのことが分かったなら、チカちゃんはトレーナーとして大丈夫だろうね。さあ、行っておいで」
「はい」
その言葉でチカは手提げ袋を持ち、アオキよりプレゼントされた赤のランニングシューズを履いた。そして、アオキ博士の研究所を出た。
これが、チカの長い旅の始まりである。
- Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.5 )
- 日時: 2020/04/14 22:00
- 名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
- プロフ: ワカクサタウン
アオキ博士の研究所を出たチカの夢と希望に満ちた旅が今、
「今すぐに旅するのは無理ね」
「ブイ?」
始まるはずがなかった。
博士がある程度荷物を揃えてくれたとは言え、ことはの荷物は布製の手提げ袋のみ。誰がどう見ても、長い旅に出られる格好ではないだろう。
次に取るべき行動を考え、チカは鞄から冊子——『初心者トレーナーガイドブック』と書かれている、を取り出してパラパラとページを捲る。
「まずは買い物が先ね。この冊子によると、トレーナーカード使えばコンビニでお金をおろせるらしいからおろしてお金を手に入れましょ、イーブイ」
「ブイ」
イーブイは何故かボールに戻ろうとしないので、こうして出しっぱなしにしてある。イーブイはチカの左肩を定位置と決めたらしく、ずっと居座っていた。今は左肩を器用に掴み、身を乗り出して冊子を見ている。図鑑によるとイーブイは6キロあるらしいが、肩に負担はない。
アニメの主人公だって、ピカチュウを肩や頭に乗せていたのだ。そんなに重いはずがない。いい加減か図鑑だ、とチカは思った。
(異世界に来ちゃったのかぁ……)
肩に乗る重さは異世界に来て、自分がここにいると言う証。実感がようやく沸いてきて、チカは大きな不安を感じていた。
お金はあるとは言え、旅は一人。つい昨日まで家族がいて、あれこれ支援してくれた生活とは訳が違う。上手くやっていけるか、不安は強い。
でも、とチカは我が物顔で自身の左肩を占領するイーブイの頭を撫でた。博士にも言われたが、チカは一人ではない。このイーブイがいる。生身のポケモン、というものは触れたことがないが。こうして慕って、付いてきてくれるのは素直に嬉しい。手から感じる温もりは、チカの不安で揺れる心を不思議と癒やしてくれた。不安も大きいが、イーブイとなら何とかなりそうな。そんな気もしてくる。
「イーブイ、よろしくね。私たち、今日から友達よ」
「ブイっー!」
正直なところを告げると、イーブイは嬉しそうに尻尾を振った。
ポケモンのトレーナーになると言うことは、元の世界で言う動物のご主人様になることに近いものを感じることは。家でも犬を飼っていたが、チカはご主人様だとか上下関係を持ち出すのを嫌っていた。強いて言うなら友達のような、そんな気軽な存在でいたいと願う。故にイーブイとの仲も、「友達」と表現した。
「まあ何すればいいか分からないけど、何とかなるよね」
不安を振り払うように、わざとチカは明るく言った。本当は不安で押し潰されそうだし、泣きたい気持ちである。しかし泣いたところで、何も変わらない。現に研究所前で突っ立っていても、何も変わっていない。行動するしかない。行動しなければ、何も変わらないのだ。
「さあ、行こうイーブイ!」
肩に乗るイーブイに声をかけ、ことはが一歩を踏み出した。その時。
「チルーっ!」
近くから鳴き声が聞こえた。明らかに人ではない。動物の鳴き声、ポケモンのモノだろうか。
ふと肩に乗るイーブイに目をやればピンと両耳を立て、ピクピクと動かしていた。辺りの様子を窺っているらしい。鳴き声からして、そう距離は離れていない。チカは慎重に辺りの様子を探りながら、歩き始めた。
ワカクサタウンは、何もない町だ。研究所の周りには原っぱが広がるばかりで、家や店の類はない。ポケモンの一匹や二匹、出てきそうな光景だ。
(あれは……)
しばらく探していると、黒い犬のようなポケモンが三体、何かを取り囲んでいる光景が目に飛び込んできた。近くにはトレーナー——アオキ曰く、ポケモンのご主人様、なのか。柄の悪そうな男がニタニタと笑いながら、鳥ポケモンを見下ろしていた。
「へ、弱っちいポケモンだな。ポチエナたちの経験値にもならないぜ」
「チ……ル……」
その黒いポケモンたちが取り囲んでいたのは、一匹の鳥ポケモンだ。小さめな体格、くちばし。雲のようなふわふわした翼が特徴だった。鳥ポケモンは瞳を潤ませ、身体をガタガタと震わせていた。あの犬のようなポケモンたちに襲われたのか、青い体や白い羽は汚れており、ところどころ傷もある。
「泣いても助けは来ないぞ」
「チルウゥ……」
涙声で鳥ポケモンは後退る。が、その先にはあの犬のようなポケモンが待ち構えていた。前を見ても、横を見てもあの犬のようなポケモンたちがいる。彼らは前傾姿勢を取っており、いつでも襲いかかる準備は出来ているのが遠目でも分かる。
「三体一って数の暴力じゃない。ひどいことするわね……」
言いながら、チカはまずポケモンたちの情報を知ろうとポケモン図鑑を取り出した。あの鳥ポケモンを助けに行きたい気持ちはあるが、どうすればよいか分からずことはは固まっていた。緊張でポケモン図鑑を持つ手が震える。
『チルット わたどりポケモン 自分も まわりも きれいでないと 落ち着かない 性格の ポケモン。汚れを見つけると 羽でふき取る』
あの鳥ポケモンは、チルットと言うらしい。
「で、あの犬たちは……」
『ポチエナ かみつきポケモン しつこい 性格の ポケモン。 目をつけた 獲物が ヘトヘトに 疲れるまで 追いかけ回す』
(チルットがポチエナ三体に囲まれているのね。一体何なのかしら?)
現状を把握したことはは、どうするべきか考えを巡らせる。
チルットを助けたいが、チカはトレーナーとしてど素人。イーブイ一匹で、ポチエナ三匹とやりあえる自信など皆無だ。
何があったかは分からないが、柄の悪そうな男の表情からチルットを追い詰めて楽しんでいるように見えた。——少なくとも、チルットがイジメられているのは間違いない。そのことを感じ取っているのか、肩のイーブイも牙を剥き出しにして怒りを顕にしていた。
こうなったら、ポケモンに慣れていそうな人を呼ぶしかない。例えばアオキ博士。
「お前もここまでだな。トレーナーはここにいない! トレーナーがいないポケモンなんぞ、指示待ち症候群で使い物にならねえ。ここで終わりだ。やれ、ポチエナ!」
アオキを呼ぼうとした時、三匹のポチエナの内、一匹がチルットに襲いかかる。抵抗する力はないのだろう、チルットはきつく目を閉じるだけでされるがままだ。
反射的にことははイーブイに指示を出していた。
「イーブイ、た、体当たり!」
- Re: 【ポケモン】忘却の姫君と異界の少女 ( No.6 )
- 日時: 2020/04/16 22:01
- 名前: ライラック ◆UaO7kZlnMA (ID: 66mBmKu6)
- プロフ: ワカクサタウン
チカの肩から飛び降りたイーブイは、ポチエナの一匹に向かい力いっぱい身体をぶつける。
思い切りイーブイの攻撃を受けたポチエナは仰向けになるように地面に倒れ、ぐったりとしていた。
突然の襲撃者にポチエナ二匹は牙を剥いてよってくるが、当のイーブイは涼しい顔でそれを受け止める。ポチエナたちを睨み返しながら、ゆっくりと後退しイーブイはチルットの前に立った。
ポケモンたちが睨み合う中、トレーナー同士も鋭い視線を向け合っていた。
「なんだ、お前は?」
「あなた、ポケモン一匹を三匹で寄ってたかっていじめるなんて! ひどいわ!」
邪魔された柄の悪そうな男は、心底不機嫌そうにチカを睨みつける。その眼力の鋭さにことははたじろぐが、勇気を振り絞り。男を怒鳴りつける。が、男は声を出して笑った。
「一匹で来るなんて良い度胸だな。ポチエナ! 二匹でイーブイに体当たりだ」
身を低くしていた一匹が、イーブイに襲いかかる。
「イーブイ、前!」
「気をとられやがったな。ポチエナ、体当たりだ!」
一匹のポチエナに気をとられているすきに、もう一匹のポチエナがイーブイに攻撃を仕掛けた。身体を力いっぱいぶつけてくる。気がつくのが遅れたイーブイは、もろに攻撃をくらった。
「イーブイ!」
「今度は横からの体当たりだ!」
地面に叩きつけられる寸前、イーブイは受け身を取って態勢を整える。そこを狙いポチエナたちが追撃してきたが、イーブイはぎりぎりのところで身を翻して避けた。攻撃の対象を失った二匹は激突し、痛そうにうめく。
二体の動きが止まっている間に、イーブイは二匹と距離をとる。そして、指示を仰ぐようにことはを振り返った。
(な、何をすれば……)
頭の中が真っ白になり、イーブイへの指示が出てこないことは。
相手のポチエナを倒すため、イーブイが攻撃しなければならない。
そのために指示を出すのが必要だと、頭では分かっている。が、ポチエナが二匹いるせいで頭が混乱しているのだ。先程の戦いでも一匹ですら緊張していたのに、相手が倍となり余計に頭が回らなくなっていた。
その様子を見ていた柄の悪そうな男はニヤリと笑った。
「ポチエナたち、そいつにトドメだ。一斉に攻撃しやがれ! 体当たり!」
痛みが回復したポチエナたちが、二匹でイーブイを取り囲む。そして、体当たりをくらわせようと身を低くした。その時。
「チ、チルー!」
いつの間にいたのか。
チルットが、小さなくちばしで、イーブイの正面にいたポチエナを思い切りつつく。ポチエナは痛みで飛び上がり、もう一匹のポチエナも突然のことに戸惑う。
「チルット?」
「くそ、イーブイが来て元気になりやがったな」
男が憎々しげに舌打ちをする。
チルットはポチエナの尻尾を何回もくちばしでつつく。
おかげでポチエナからイーブイの注意がそれ、倒すべき相手は一匹となった。今なら行ける、とチカはイーブイにようやく攻撃の命令を出す。
「イーブイ、真後ろのポチエナに思いっきり体当たり!」
チカの命を受けたイーブイは助走をつけ、その勢いでポチエナにぶつかる。犬のような悲鳴を上げながら、ポチエナは地面に倒れた。
「な、ななっ! くそ、瀕死状態、戦闘不能かよ……」
ポチエナは、目を回したまま動かない。瀕死状態、確かゲームだとポケモンの体力がゼロになり戦えない状態をさしていたはず。
ふとチルットに目をやれば、ゼェゼェと息をするチルットと地面に倒れたもう一匹のポチエナ。決着はついたらしい。
「ポチエナは倒したわ」
そうチカが告げると、男は三つのボールを無言で取り出す。
スイッチを押すとボールからはそれぞれ三つの光線が伸び、ポチエナに触れると彼らを包み込んだ。その光はモンスターボールへと戻っていき、後には何もない。
ポチエナたちを倒しチカは一安心、かと思いきや違った。
柄の悪そうな男がニヤニヤと笑っていたからだ。愉快で仕方ない、と言いたげな気持ち悪い笑みにことはは嫌なものを感じる。
「はは、俺のポチエナたちをよく倒したと褒めてやるが真打は最後に登場するもんさ! 来い、グラエナ!」