社会問題小説・評論板

第5話 『圧迫されて』 ( No.5 )
日時: 2010/07/19 22:44
名前: 霞夜 ◆MQOpFj.OVc (ID: 0ymtCtKT)
プロフ: http://www.kakiko.cc/novel/novel4/index.cgi?mode

——20分ほど走り続けて、
月歌はようやく教室前に到着した。
こんなに走ったのは
小学生時代のマラソン大会以来だな、と
ひとり苦笑しながら、ガラリとドアを開ける。

まだ集合時間まで10分あるにもかかわらず、
そこにはいつものメンバーが集合していた。


「みんなごめんね、走ってきたんだけど……」

少々驚いた様子の月歌に、
皆は「いいっていいって」と
軽い調子で返事を返した。



「よし、それじゃあみんな揃ったね!」


中心の席に居る美鈴が、楽しそうに笑う。
彼女の言葉に疑問を感じて、月歌は言った。

「え……美優がいないよ?」
「あはは、ゆうちゃんは今日、呼んでないんだよ」
「あ……そ、そっか……」

どこか邪悪なものを宿した目で
そう言いきった美春を見て、
背筋に悪寒が走った月歌は、
その答えに対する疑問をぶつけることができなかった。



「あ、月歌も座りなよ、こっちこっち」

そう言って手招きをしたのは、凛。
昨日の浮かない様子はどこへやら、
あっけらかんとした顔で笑っていた。

恐怖を感じながらも、月歌は促されるがままに
凛の隣の椅子に腰を下ろす。


「今日はね、美優のことで愚痴言いたかったんだ」

嫌な笑みを浮かべた美鈴が言う。
この場にいる全員、ある程度は予想できていただろう。
だが、戸惑いは捨て切れないようだった。


「え……」

「だってさぁ、いっつもいっつも
 月歌にベッタリって感じじゃん。
 月歌もさ、迷惑じゃない?」


突然話を振られて、月歌は硬直する。
口が、まるで言葉を忘れてしまったかのように動かない。
呆然とする月歌に、凛がちらりと目くばせをした。


——空気を読んで——


なぜかそう言われているような気がして、
月歌はとっさにうなづいた。


ふわり。


涼しい風が、月歌の顔にあたる。
そこではじめて、月歌は自身が
うっすらと汗をかいていることに気づいた。

……気まずい沈黙が流れる。
それを打ち破ったのは、美春の声だった。


「大変だよね、月歌も。
 ゆうちゃんってさ、わたし達のことは
 友達だと思ってるのかなあ?」

「まー、その気持ちはわかるよ。
 月歌以外、眼中にないって感じだしね」


そう言って、くすくす、と凛が笑う。
ぶるぶると震えだす体を必死に抑え込みながら、
月歌は、「そうかも」とだけつぶやいた。


「ねえ、じゃあさぁ」

美鈴の表情がぐにゃりと歪む。


「美優のやつ、その月歌が裏切ったら、
 ……どんな反応するのかな」


しん、と教室が静まり返る。
可愛らしい雀の声が、何処からか聞こえてきた。


「え、それは……」
「うん、面白いかも。ちょっとやってみたい」

まずいんじゃない、とは言えなかった。
凛の言葉に遮られてしまったからである。
うろたえる月歌を、美鈴は面白そうに見つめた。


「わたしも、ゆうちゃんのせいで
 月歌と話せなかったからさ、
 正直、ゆうちゃんのこと嫌いだったんだよね」

「うちもだよ」

「そうだよね。あたしもさ、
 ほんとは月歌ともっと親しくしたいのに、
 美優がいるから入って行きづらくって。


 ……だからさ、ちょっとだけ。
 そういうの、試してみたいな、って」


美鈴の言葉に、月歌の全身がぶわりと総毛立つ。


周囲がぐるぐると回っているような不快感をおぼえて、
月歌はふらふらと倒れそうになった。

——けれど、ここで倒れるわけにはいかない。

漠然とそう思って、月歌は改めて顔を上げる。
皆の目が、ぎらぎらと——
まるで獲物を狙う肉食獣のように光っていた。


(断ったら、きっと、みんな——私を嫌う)


どくん。
どくん。

月歌の心臓が波打つ。
いやだいやだ、ともう一人の自分が必死に訴える。

けれど……断ることなど、できない。


「あはは、いいよ!
 私もさ、ちょっと、美優のこと迷惑って思ってたし♪」


思ってもいない言葉を口にした月歌を見て、
3人はどこか満足げに微笑んだ。
なんとなくほっとして、月歌の体の力が抜ける。


「じゃあ、美優のことシカトしちゃお。
 まあでも、『どうしてもあたしたちと友達でいたい』っていう
 意思が見えれば、やめてあげてもいいけど」

邪悪に微笑む美鈴に、凛と美春が相槌を打つ。
月歌が『3人に対する協力の意思』を見せたことで、
彼女に対する『注目』の目は消えた。


(……友達でいたい、そう、思ってるよ。
 ただ、私も美優も付き合いが長いから、
 みんなより、ほんのちょっとだけ関係が深かった。

 でも、みんなのことをないがしろになんてしてない。
 みんなのこと、ちゃんと大切だと思ってる。

 私も美優も、それは同じなのに……)


月歌に、それを口に出す勇気はない。

月歌は、ただただ皆の笑い声を聞きながら、
ぼんやりと虚空を見つめていた。