社会問題小説・評論板

第6話 『裏切りの序章曲』 ( No.6 )
日時: 2010/07/19 23:51
名前: 霞夜 ◆MQOpFj.OVc (ID: 0ymtCtKT)
プロフ: http://www.kakiko.cc/novel/novel4/index.cgi?mode

教室内の生徒の数が増え始め、
騒がしくなってきた7時40分頃。
美鈴は別の友人と会話を楽しみ、
美春は手鏡を見ながら髪を整えていた。

美優は——まだ登校して来ていない。


「月歌」

相変わらずぼんやりとしている月歌に、
凛が声をかけてきた。
月歌は、浮かない顔をして凛を見つめる。
凛はその様子を見て苦笑すると、
多少強引に腕を引いて、屋上へと続く階段へと向かった。


「ちょ、ちょっと、凛!?」
「いいから、来て」


この学校の屋上は、立ち入り禁止になっている。
そのため、屋上へ続く階段に立ち寄るものはない。

つまり、ひとけのない場所を求める者には
とても好都合なのだ。


「よくわかったね、うちの目くばせの意味」

目的の場所に着くなり、凛はそう言った。
月歌は「まあね」とだけ返答し、手すりによりかかる。


「あと、もうひとつ。
 うちの態度に、なんで、って思ってたでしょ」

「……当然だよ。電話であんなこと言ってたのに。
 今日は完全に美鈴の味方なんだもん」

「はは、しょうがないって。
 うちの目くばせの意味がわかった月歌なら
 本当はわかってるんじゃないの?

 ……美鈴に合わせなきゃいけないってこと」


——ずばり、その通りだった。
結局月歌は、それを認めたくなかったのだ。
それを認めてしまえば、美鈴には逆らえないと、
つまり美鈴を『怖い人間』と認識してしまうことになるからである。


「ま、認めたくないよね。
 うちはこういう人間だからさ、別だけど。
 
 あーあ、それにしても……
 うちがもっと早く忠告してればよかったんだよね。
 『美優との付き合いはほどほどに』ってさ。
 ほんっとごめん。こう見えてさ、一応反省はしてるんだよ」


「……いいよ。凛は悪くない。
 私も、あんな態度とって……ごめんね。
 それと、聞きたいんだけどさ……」

「なに?」

「美鈴はどうして、私じゃなくて、
 美優の方に目をつけたのかな?」

「ああ、それは、ただの気まぐれでしょ。
 美鈴って、そういうヤツだから。」


月歌は唖然とした。
……気まぐれだというのなら、
自分が美優の立場になっていても
おかしくなかったのである。

それを考えて、少しほっとしながらも——
自分の保身を第一に考えている自身に気づいて
すぐに自己嫌悪に陥った。


「まあ、とにかく気を付けなよ。
 うちだって、本当はいじめなんてしたくないし。
 こうなった以上、せめて月歌だけは
 被害者になってほしくないから。
 シカト以外は普段通りに、ね」


凛も、月歌と同じだった。それを理解したのだろう、
月歌はもう、凛に対して怒りも憎悪も向けていない。
ただ、憂鬱そうにうなだれるているだけだ。


「じゃあ、行こう」

そう言いながら、凛が歩き出す。
月歌も手すりから体を離して、凛の後に続いた。

と、その途中。

「あれ、月歌と凛じゃん。おはよ☆
 こんなところでどうしたの?」

——振り向かずともわかる。
後ろにいるのは……美優だ。
美優は今朝あったことなどつゆ知らず、屈託のない笑顔を向けている。

月歌と凛が、同時に振り向く。
2人の表情は、凍りついていた。

「……行こ、月歌」
「う、うん」

2人は冷たい目で美優を見つめてから、すぐにまた歩き出す。
何が何だかわからないといった様子で、
美優は月歌の腕をつかんだ。

「ちょっ……な、どうしたの?ねえ?」
「……」

無言のまま、月歌はその手を振り払った。
何か言ったら、泣きだしてしまいそうだったからだ。
事情を知らない美優は、今度は凛の肩に手を置く。

「凛っ!」
「……美鈴に、聞いてみなよ。わかるから」

それだけ言って、凛は教室へと駆けて行く。
月歌もそれを追っていた。
2人はもう、振り返らない。

ぽかんとして立ち尽くしたまま、
美優は必死に自分の頭を整理していた。