社会問題小説・評論板
- 第9話 【伸びた魔の手】 ( No.12 )
- 日時: 2010/11/01 21:00
- 名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: UEhR5RB1)
空が緋色に染まるころ——。
部活動を終えた生徒たちが、続々と校門を出てゆく。
一人でのんびりと歩いている生徒もいれば、
大勢できゃあきゃあと騒ぎながら歩いている集団もいた。
鈴香も、後者だった。
いつもは、帰り道が同じ美紀と2人で帰っているが、
この日はある目的のために、もう2人ほど加えていた。
沙由里と同じ2年3組の生徒、柳沢花梨と森本水穂である。
「鈴香に美紀と一緒に帰れるなんて、
久しぶりだからマジ嬉しいよ☆」
そう言って笑う花梨に、うんうん、と水穂が同意する。
彼女達は、1年の頃に鈴香、美紀と同じクラスだった。
クラスが離れてから少々会話する機会は減ったものの、
今でも仲が良い親友同士である。
「2人に声をかけて正解だったよ」
——この日、4人が一緒に帰ることになったのは、
偶然ではなく、鈴香が花梨と水穂を待つことにしたが故の結果だ。
美紀に「久しぶりにあの2人を誘ってみよう」と持ちかけて、
数分ほど待っていたのである。
「あのさ、ちょっとグチっていい?」
唐突に美紀が口を開き、溜息をつく。
慣れてるよ、と水穂が短く返答した。
何の事だかわかっている鈴香は、しめた、とほくそ笑む。
(美紀が言い始めるなんて予想外だけど、ラッキー♪)
「わたしたちの部でね……」
鈴香の心の内などつゆ知らず、美紀は今回の出来事を語り始めた。
——沙由里が、麗奈の出品用の作品を黒く塗りつぶしたこと。
——その際、鈴香の仕業に見せかけようと、偽装をはたらいたこと。
——それを目撃した愛梨と真里子を脅したこと。
——結局、沙由里は自分の罪を認めなかったこと。
「なにそれ、ありえない!最低すぎでしょ!」
「それは、あたしも許せないな」
聞き終わった花梨と水穂は、だいぶご立腹らしい。
すべてが鈴香の策略だと知らないのだから、当然と言えば当然だ。
「私が、ノートのことを頼まなかったら
こんなことにはならなかったんだけど……」
そう言いながら、校門を抜けてゆく。
散り損ねていたらしい1枚の桜の花びらが、ふわりと地面に落ちた。
誰にも気づかれることのないそれは、ぐしゃりと誰かに踏みつけられる。
「それ、普通に考えて、鈴香は悪くないよ。
悪いのは橋本さんでしょ。本当、ひどいね」
「そうだよっ!あーもう、自殺でもしちゃえばいいのにっ」
ぶんぶんと鞄を振り回しながら怒る花梨を見て、
鈴香はさらに上機嫌になった。
それは、自分の思い通りに事が進んでいるからであろう。
——鈴香は最初、沙由里が部活動で虐げられ、
追い出されればそれで良かった。
しかし……この状況の中で、
鈴香は『いじめの楽しさ』に惹かれてしまった。
そして、自らの目的を『沙由里を美術部から追いだすこと』から、
『沙由里をとことん追い詰めること』に変えてしまったのである。
「花梨、何か企んでるでしょ?
さゆちゃんと同じクラスだからさ、心配だよ」
言葉とは裏腹に、軽い調子で苦笑する鈴香を見て、
追い詰めてやりたいの、と水穂が呟く。
鈴香は、それを咎めようとはしない。
それにより、美紀が水穂の提案に乗ってしまった。
「あーじゃあさ、今回のこと言いふらして、
沙由里をさ、孤立させちゃえば?
そうでもしなきゃ、怒りが収まんないでしょ」
「うちも大賛成っ!
そうと決まれば、さっそくこの話流そうよ♪」
言いながら、花梨が携帯電話を取り出す。
——どうやら、今回の話をメールで広めるつもりらしい。
恐ろしいほどの行動の早さに、3人は半ばあきれた。
「もう、花梨も水穂ちゃんも
やり方が乱暴なんだから……」
からかうような口調でそう言いながら、
鈴香は瞳をきらりと輝かせる。
たった一瞬の、悪意がこもったその輝きに気づく者はいない。
「いいじゃない、面白そうだし!」
美紀がそう言って意地悪な笑みを浮かべたところで、4人はお別れとなった。
ここからは、4人別々の方向に分かれるからである。
じゃあね、と手を振る花梨、水穂、美紀の笑顔は、どこまでも無邪気だ。
それは、自身の罪に気づかない愚かさゆえのことだろう。
それを理解しているのか理解していないのか、
鈴香は嘲るような視線でそれを見つめてから、くるりと背を向けた。