社会問題小説・評論板

第12話 【始動】 ( No.15 )
日時: 2010/12/05 11:18
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: RFF.1uk6)

——翌日の朝。
教室に足を踏み入れた沙由里を、
クラスメートたちは冷たい視線で迎えた。


「……来たよ、花梨が言ってた、裏切り者」
「知ってる知ってる!最低だよね」
「水瀬先輩、絵が上手いってことで有名だし、ひがんでたんでだろ」
「人の作品を塗りつぶすとか、最低すぎるよな」


わずかに聞こえてくる悪口が、沙由里の心を深くえぐる。
この状況では、自らの無実を主張することさえできない。
沙由里は、絶望に身を震わせながらも、なんとか自席に向かう。



「……ぷっ」

にやにやと意地悪な笑みを浮かべた男子生徒——西野健太が、
沙由里の椅子を思い切り蹴飛ばした。
座ろうとしていた沙由里は、どすんと床に尻もちをつく。


「あははは、ダサーい」

花梨がそう言ったのを皮切りに、クラス中が笑いに包まれた。
沙由里は何も言い返せずに、ただ黙って蹴られた椅子を元に戻す。

そして鞄を開け——引き出しに筆箱を移そうとして、沙由里は絶句した。
——入れっぱなしにしていたノートが、すべて消えていたのだ。
瞬時にクラスメートたちの仕業であると理解し、
沙由里はおそるおそる周囲を見渡す。




「あはは、ひょっとしてこれを探してたの?」

そう言って笑った三つ編みの少女は、宮本泉。
彼女のまわりにいた香山絵里、川口莉子も、
同じようににやにやと嫌な笑顔を浮かべている。


「沙由里ちゃんのノートさぁ、デコってるよぉ」
「黒一色だけどね☆」
「メッセージつきだよー。全部終わったら返してあげる♪」



3人にそう言われて、咄嗟にノートに目を向ける。
最初に目に入ったのは、乱雑な絵。
おそらく沙由里であろう少女が、首をつっているという絵だった。

次に目に入ったのは、少女らしい文字で書かれた罵詈雑言。
『ゴミクズ』『ねたみ女』『最低』『死ね』……あげればきりがない。
これが、莉子の言った『メッセージ』なのだろう。


「や、やめて! 返してよっ」

慌てて沙由里が手を伸ばすが、その手がノートに届くことはなかった。
山下俊が、沙由里を突き飛ばしたためである。
床に体を打ちつけて、沙由里は小さくうめいた。


「おまえだって、水瀬先輩に同じことしたんだろ?
 因果応報ってやつだよ! ははははっ。ざまぁー!」


小さな子供のようにそう言ってはしゃぐ俊を見て、
クラスメートたちは再びげらげらと笑う。
その笑顔は、ひどく醜い。
それに気づくのは、正常な思考ができるまともな人間だけだ。
はたしてこの場に、それが何人いるのだろうか。


「……いよ」

「は?なんだよ」

「私っ……やってない、よ……」



こらえきれずに涙を流す沙由里に返ってくるのは、嘲笑だけだ。
そんな状況を多少哀れに思ったのかはわからないが、
泉たち3人は、ノートを沙由里に投げた。


——ホームルームの開始を告げるチャイムが響く。
クラスメートたちは、慌てて自席に戻って行った。


同じように自席につきながら、
これから自身を襲うであろう仕打ちを想像して、
沙由里は絶望に心を染め、頭を抱えた。