社会問題小説・評論板
- 第14話 【制裁の名のもとに】 ( No.18 )
- 日時: 2010/11/22 20:45
- 名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: OGmuT4jt)
——時計の針は、12時55分を指している。
給食を食べ終えた生徒たちは、それぞれ昼休みを満喫していた。
(やっと、行ける……)
休憩時間のたびに様々な嫌がらせを受けていた沙由里だったが、
雫と約束を交わした昼休みがやってくると、
その瞳に、わずかな光が宿ったようだ。
——だが、それはすぐに消えることとなる。
「橋本さぁん、ちょっと来てよ☆」
「いろいろさ、言いたいことがあんの」
花梨と水穂が、声をかけてきたのだ。
その後ろには、『不良だ』と噂されている島本佳奈もいる。
沙由里は思わず、びくんと肩を波打たせた。
「ほら、早く♪」
そう言って、佳奈が沙由里の右腕を掴んだ。
よく磨かれた長めの爪が、やや深く食い込む。
痛みに顔をゆがめる沙由里を見て、花梨と水穂はにやりとほくそ笑んだ。
「ちょっとさ、来てよ」
水穂もまた左腕を掴んで、有無を言わさずに引っ張る。
後ろには佳奈がいるため、逃げ道はない。
沙由里は、この3人に従うほかなかった。
(せめて、せめて雫ちゃんがいれば……!)
わずかな期待を胸に抱きながら、廊下を歩いてゆく。
周囲を見渡すが、雫の姿はない。
——憐れむような視線を投げかけてくる者。
——にやにやと意地悪な笑みを浮かべている者。
——興味しんしんと言った様子で見つめている者。
彼女たちを見送る人間は様々な表情を浮かべている。
しかし、誰一人として助けに入る者はいなかった。
……花梨、水穂、佳奈は、
ひと気のない講堂近くのトイレ前で足を止めた。
当然、抑えつけられている沙由里の足も止まる。
沙由里を引っ張りながら、花梨がドアを開いた。
すぐに全員が倉庫内に入り、最後尾にいた佳奈がドアを閉める。
閉鎖空間で追い詰められた沙由里は、もう震えることしかできない。
「ねぇ橋本、なんであたしらがあんたを呼んだと思う?」
花梨がおどけた口調でそう言って、けらけらと笑う。
もちろん、沙由里に危害を加えるためだ。
そのことは、沙由里自身が一番よく理解している。
——しかし、どう答えればよいのか分からないため、口を開けないのだ。
「わかんないんだ?
あれだけのことをしたくせにね。
うちらはね、“制裁”するためにあんたを呼んだのっ!」
やや声を荒げてから、佳奈が沙由里に蹴りを入れた。
突然のことに防御もできず、沙由里は床に倒れこむ。
花梨が、それをすかさず抑え込んだ。
「……じゃ、前話した通り、あれ使うから」
「りょーかい♪」
沙由里は嫌な予感を感じて懸命にもがくが、
花梨の力にはかなわない。
水穂はそれを見てにやにやと笑いながら、
置きっぱなしになっていた便器用のブラシを手に取る。
その脇では、佳奈が蛇口にホースを取りつけていた。
「やっ……おねがい、やめて……!!」
何をされるのかを理解して、沙由里はさらに激しくもがく。
うるさい、と一喝して、花梨が水穂の頭を床に押し付ける。
あまりの悔しさと痛みに、沙由里は涙を流した。
「じゃあ、はじめよっか」
そう言って、佳奈が蛇口を何度か捻る。
数秒とたたずに、ホースから勢いよく水が流れた。
すかさず水穂がホースを持ち、水の出口を沙由里の顔へと向けた。
「お、おねがいっ……やめ……っ!……」
勢いよく噴き出した水が、沙由里を苦しめる。
こんな状態では、呼吸をすることもままならない。
水を吸い込んでせき込む沙由里を、3人は楽しげに見つめていた。
「はい、こっちもどうぞ☆」
クスクスと笑いながら、佳奈が便器用ブラシを沙由里の髪に押し当てる。
沙由里は、必死に頭を左右に振ってもがいていた。
だが、そんな抵抗は何の意味も成さない。
容赦なく、ブラシがこすりつけられ、髪に絡みついてゆく。
——突然、キィ、とドアの開く音がした。
「誰っ!?」
一番初めに反応したのは、比較的勘の鋭い水穂。
彼女に続いて、佳奈と花梨もドアの方に視線を向ける。
それによって、沙由里はようやく水とブラシから解放された。
しんと静まり返ったトイレ内に、
ぽたぽたという水滴が落ちる音だけが響いている。
そんな状態が数秒ほど続いてから、ドアを開けた少女は口を開いた。
「あ……あの、ご、ごめ……覗くつもりは……」
おどおどとした彼女の態度に、多少余裕をもったのだろう。
花梨が、話し合おうと歩み寄った。
「……誰かに言ったり、しない……よね?」
「う、うん。誰にも言わない……」
予想だにしなかった出来事に驚いているせいか、
少女の声にはあまり抑揚がない。
しかし、迷いもまったくないようだった。
「——……ちゃん……」
沙由里が、少女の名を呼ぶ。
少女は、口を開かない。
「やっぱり、佐倉さんも怒ってるよね。当然か、あはは」
「——っ! だ、だってっ……あたし……」
「……それ、普通だと思うけど。別にいいんじゃない?」
水穂のその一言で、優のわずかな迷いは——消えたらしい。
それを理解したのだろう、誰からともなくこの場を出てゆく。
最後尾にいた佳奈が、沙由里に嘲笑を向けた。
……優の瞳に、それは映らない。
びしょ濡れの沙由里と、冷たい瞳をした優が、
お互いを視界にとらえて、見つめ合う。
——風に流されてきた雲が、青空を灰色で覆い始めていた。