社会問題小説・評論板
- 第15話 【それぞれの演劇】Ⅰ ( No.19 )
- 日時: 2011/01/03 19:16
- 名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: Lv/FtsvO)
- プロフ: http://www.kakiko.cc/novel/novel4/index.cgi?mode
——時はさかのぼって、13時10分。
愛梨はベランダに立って、やや強めの風に身をさらしていた。
(……鈴香先輩、嬉しそうだったな。
ほんと、真里子が言うこと聞いてくれて助かったよ)
目を閉じて、あの日——真里子を説き伏せた時のことを思い出す。
——普段は嫌いな風の冷たささえも、今は心地良い。
それほど、彼女は上機嫌だった。
うっすらと笑みが浮かんでいるが、おそらく意識はしていないだろう。
——鈴香先輩もあたしも、もう後戻りできないの!
——だからってこんなの、ひどいよ。
——ふうん、ならいいよ……
——『真里子の居場所も、無くすから』——
……人は、とくに思春期の少女は、なによりも孤独を恐れる。
孤立して、居場所を失うことを恐れる。
気弱な真里子は、人一倍そうだった。
それゆえにこの言葉に縛られ、愛梨に従わざるをえなくなったのだ。
(ほんと、あの子って便利。
うじうじしててうっとうしいけど、友達になっといて良かった)
心の中で呟いて、何気なく後ろを振り返る。
——そして、愛梨は見た。
何事か話してから、どこかへ去ってゆく真里子と、見知らぬ上級生を。
「えっ……」
言い知れぬ胸騒ぎを感じて、愛梨は早足で廊下へと飛び出した。
上級生——雫と真里子が、廊下を歩いている。
背中を向けているため、2人の表情は見えない。
それが彼女には、なぜかもどかしく感じられた。
(……嫌な予感)
愛梨の予感は当たっている。
沙由里が来なかったために、雫はひとりで真里子を呼び出しに来ていたのだ。
それを本能で理解した愛梨は、こっそりと2人の後をつける。
…………
——雫と真里子は、工作室に入って行った。
工作室には低い仕切りがあるだけで、ドアはない。
そのため、中に入らずとも会話を聞くことは可能だ。
愛梨は壁際にぴったりと張り付いて、息をひそめる。
雫たちが愛梨に気づく様子はない。
「朝名さん、私ね、今回の……
水瀬先輩の絵が塗りつぶされたことについて聞きたいの」
「えっ……」
(なんでうろたえるのよっ……
自然体でごまかしてよ、使えないな、もう!)
壁にぴったりと張り付いているために、
2人の様子をうかがい知ることのできない愛梨にさえも、真里子の焦りは伝わっていた。
——真里子はもともと、正直な人間であるがゆえ、嘘をつくことが苦手なのである。
「……沙由里が、絵を塗りつぶした犯人だって話だけど……
朝名さん、あなたと河野さんがそれを証言したんだよね?」
「……はい」
「けれども、沙由里は自分が犯人であることを否定している。
あなたは……嘘をついていない?
……先ほどから、だいぶうろたえて、焦っているように見えるけど」
どくん、と、真里子の心臓が大きく波打つ。
真里子は心苦しさゆえに痛む胸に、手を添えた。
——言ってしまおうか。
——すべてを打ち明けて、沙由里先輩の無実を伝えようか。
そんな思いが、彼女の頭を支配した。
察しの良い雫は、それを理解しているのだろう。
黙って、真里子の言葉を待っている。
……理解していたのは、雫だけではない。
愛梨も、同じだった。
——このままではまずい——
愛梨の本能が、警鐘を鳴らしている。
こうなればもう、自分が出て行くしかない。
ほとんど直感で、愛梨は行動に出た。