社会問題小説・評論板

第15話 【それぞれの演劇】Ⅱ ( No.20 )
日時: 2011/01/03 19:17
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: Lv/FtsvO)
プロフ: http://www.kakiko.cc/novel/novel4/index.cgi?mode

「あれ、真里子?」



彼女の行動は、偶然を装ってその場に姿を現すというものだった。
同時に、真里子がわずかに怯える。
雫も愛梨も、それを見逃さなかった。


「……あ、愛梨ちゃん。どうしたの?」

——普通にしてて。
愛梨の瞳から、その『命令』を受け取ったのだろう。
真里子は精一杯に明るくふるまっている。


「ああ、図書室に本を借りに行こうって誘いたくて……
 あっ!あの、先輩、すみません、邪魔しちゃって!」


彼女は、真里子に対する自然な返答をしながら、
先輩である雫に対する謝罪も忘れていない。


「……ああ、気にしないでいいわ。
 ……それと、聞かせてしまったかな? 私たちの会話」


雫は、どこか諦めたようなまなざしでそう言った。
ここでも、愛梨は自らを『良い子』に見せる演出を忘れない。


「ごっ……ごめんなさい!
 来たら、あたしの名前が出ていたから、つい立ち止ってしまって……
 本当にすみません! 
 こんな、盗み聞きなんかしてしまって……。 真里子も、ごめんね……」



——もっとも、そんな演出など、雫には通じていない。
雫は、いいのよ、とだけ言って、質問をぶつけた。
無論、嘘しか返ってこないことを承知の上でだ。



「……じゃあ、えっと……河野さんにも聞く。
 朝名さんとあなたの証言は、本当なの?」


「本当です」


……きっぱりと、愛梨は答えた。
そして、まっすぐに雫を見据える。



「……やっぱり、そうだよね。
 その瞳……嘘を言っているとは思えないもの。
 
 ごめん。
 正直に言うと、沙由里が友達だから……
 沙由里があんなことをしたって、信じたくなかったの」



——チャンスだ。
そう考えた愛梨の瞳が、一瞬、ぎらりと光る。
そして、悲しげな表情とともに、言葉を紡ぎだされた。



「その気持ちは、わかります。
 あたしだって……同じですから。
 けど、……本当なんです。
 
 ……真里子も、やっぱり信じたくないみたいで……
 動揺しちゃってるんです。
 それを、先輩は不審に感じたと思います。
 けれど、私たちは、嘘なんてついていません」


「……本当に、ごめんね。
 朝名さんと河野さんの気持ち、全然考えていなかった。
 
 私も……現実を受け入れる。だから、許してほしい」



そう言って、雫は頭を下げた。
慌てた様子で愛梨がそれを止め、気にしないでほしいということを伝える。
真里子はそれに同調しながらも、ひどく悲しげな様子だった。



「……それじゃあ……戻ろう。本当に、ごめんなさい」

「……お気に、なさらないでください」


再び謝った雫に、真里子が心底悲しげにそう言った。
瞳には、憐れみが浮かんでいる。
——『自分たちに騙されて謝っている雫』を、気の毒に思ったのであろう。


「そうですよ!気にしなくていいですって!
 あ、あたしたち、図書室に寄るので、ここで」


やっていることは同じであるにもかかわらず、
こちらにはなんの罪悪感もないようだ。
——晴れやかに、にっこりと笑っている。



「そう、ありがとう。 ……それじゃあね」



彼女の姿が見えなくなるのと同時に、2人の間に気まずい沈黙が流れた。
それを打ち破ろうと、真里子がおずおずと声をかける。


「あ……あの、愛梨ちゃん、ごめ……」

「ふざけんな」


じろりと睨まれて、真里子が情けない小さな悲鳴を漏らす。
それにかまわず、愛梨は一気にまくし立てた。



「あたし、嫌な予感がして、あんたらの後をつけたんだよ。
 ……見事に的中しちゃった。

 あんた、あたしと鈴香先輩を、裏切ろうとしてたよね!?
 居場所なくすって、言ったでしょ?
 裏切ってひとりぼっちになっていじめられる、それがあんたの望みなの!?」


「ち、ちが…… あ、あのっ……ごめん、許してっ……」


「そうだよね。 ひとりになんてなりたくないよね。
 だったら、あたしを裏切らないで!

 ……二度目は、ないから」


そう言って、愛梨は駆けだす。
真里子に、それを追う気力は残っていないようで、
ただただ、遠ざかる愛梨の背中を見つめているだけだ。


——静寂が、この場を支配している。
真里子は嗚咽を漏らしながら、しばらくその場で立ちつくしていた。