社会問題小説・評論板

第3話 【夜の校舎にて】 ( No.4 )
日時: 2010/10/17 22:13
名前: 血吹 (ID: 5ky72w0o)

午後7時。
学校にはもう誰も残っていない。
居るのは、鈴香ただひとりだけだ。


「あそこなら、鍵開いてるんだよね♪」

言いながら、校舎裏へとまわりこむ。
そして、1階にある美術部倉庫の前にたどり着いた。


美術部用の倉庫は、今現在は使われていない。
去年、使う道具がだいぶ少なくなり、
すべて部室に移動してしまったからである。

倉庫の方には、もう段ボールとゴミが積まれているだけだ。
ごちゃごちゃしていて侵入も難しいだろうという理由から、
見回りの用務員が気づかない限り、鍵は開けられたままだ。

……もともとこの学校は、
セキュリティ面の管理がずさんなのかもしれない。


乱雑に置かれた高めの植木鉢を
踏み台にして上がり、窓に手をかける。
からり、とわずかな音を立てて、窓は簡単に開いた。


「せーのっ……っと!」

窓枠に乗せた腕に力を込めて、一気に跳ねる。
そして、倉庫内へと倒れこむようにして侵入した。
——運動神経抜群でスリムな鈴香にとって、この程度は楽勝だ。


ダンボールが衝撃を吸収するため、痛みはあまりない。
鈴香はよろめきながら立ち上がると、
やはり鍵の掛かっていないドアを開け、倉庫を出る。そして部室のドアを開け、足を踏み入れた。
部室も2か月前に鍵が壊れて以降、そのままなのだ。


「助かるけど……もうちょっと管理しようよ」

誰に言うともなく呟いて、はあ、と溜息をつく。
あまりのずさんさに、鈴香さえも呆れたのだった。



制服についてしまった埃をはたき落して、
きょろきょろとあたりを見回す。
すると——おそらく乾かしていたのだろう、
色鉛筆画と同時進行で進めていた、未完成である麗奈の絵を発見した。

用心のために電気は付けず、月明かりで照らして絵を見つめる。
色の透き通り具合や混ざり具合から見て、おそらく水彩画だろう。
水彩絵具の特徴を存分に生かした、丁寧な絵だった。

裏には、『街の絵コンクール出品作品 水瀬』とメモされている。
鈴香はそれを見て、面白そうに笑った。



「先輩には、何の恨みもないけど……
 ちょっとだけ、協力してくださいね♪」


そう言って、棚から自分のアクリルガッシュを取り出す。
そして、黒のアクリルガッシュを麗奈の絵の上に絞り出した。
水にぬらした平筆で、すぐにそれを伸ばしてゆく。
力作であろう麗奈の素晴らしい絵は、黒の下に消えていった。


……数分ほどたって、麗奈の絵はほぼ全部が黒く塗りつぶされた。
四隅にかろうじて絵が残っている程度だ。
鈴香はやれやれ、と呟くと、すべてを棚の上に置いて、すっと立ち上がる。



「あとは、これだけか」

呟いて、手提げ袋から後日提出するノートを取り出した。
そして自分が使っていた机の引き出しに入れる。
その上に数枚のプリントを重ね、カモフラージュをした。
これで、彼女の下準備は完璧である。


明日にはきっと、大問題になるだろう。
鈴香は明日起きるであろう大騒ぎを想像して、
口元をいやらしく歪めながら、校舎を後にする。



友情崩壊まで、あとわずか。
その原因である張本人は、夜の闇へと溶けていった。