社会問題小説・評論板

第4話 【笑顔の仮面】 ( No.5 )
日時: 2010/10/17 21:03
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: 5ky72w0o)
プロフ: トリップを付けました。

窓から吹き込む風が、薄紅色のカーテンを揺らしている。
空は澄み切っていて、雲ひとつない。

心地よい温度になっている教室内で、
登校してきた生徒たちはそれぞれ談笑していた。
時おり、楽しげな笑い声が聞こえてくる。

沙由里がその輪から離れていることを確認して、
鈴香は沙由里のもとへ歩み寄った。
そして天使のような微笑を浮かべ、おはよう、とだけ言う。


「あ、おはよう、鈴香ちゃん」

「さゆちゃん、あのさ……
ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」

「ん?どうしたの?」


「今日提出する数学ノート、部室に置いてきちゃったの。
 探しに行きたいんだけど、
 先生に頼まれごとされてるから行けなくって……
 悪いんだけど、代わりに取ってきてくれない?」



もちろん、すべてでっちあげの嘘だ。
この嘘のために、昨夜、鈴香はノートを置いてきたのである。
それを信じて、沙由里は快くその頼みを引き受けた。



「ありがとう、本当……ごめんね」

「全然いいよ!困った時はお互いさま、だよ♪
 でも……そのノート、どこに置いたの?」

「それが、忘れちゃって……どこかに絶対あるから!」

「うん、わかった。行ってくるね」


ひらひらと手を振りながら、沙由里は駆けてゆく。
何も知らない彼女の無垢な姿を見て、
鈴香は少しだけ沙由里を憐れみ、心の中で嘲笑した。




………………………………………………

「うーん……机の上にはないし、床にも落ちてない……」

沙由里がノートを探し始めてから、2分ほどがたったが、
彼女はいまだ、ノートを見つけられずにいた。
だが、予鈴が鳴るまでまだ10分はあるため、なんら問題はない。



「ってことは、引き出しの中か」

呟きながら、ひとつひとつの机の引き出しを調べてゆく。
鈴香がノートを入れた机は、一番前——黒板側の席だ。
ところが、沙由里はその真逆、つまり棚側の机から探し始めたのだ。


——それが、命取りになるとは知らずに。


「あれ、沙由里先輩も探しものですか?」

しんと静まり返った部室内に、明るい声が響いた。
突然のことに驚いて顔を上げると、
そこには愛梨と真里子が立っていた。


「あ、愛梨ちゃんに真里子ちゃん、おはよう。
 実は、鈴香ちゃんに頼まれて、ノートを探してるんだ」

「鈴香先輩の、ですか……あたしは見てないです。
 真里子は、見てない?」

「ううん、私もわからない……」

「そっか、2人は何しに来たの?」

「あたしが筆箱をどこかに忘れちゃって、
 心当たりのある場所を探してるんです。
 真里子もついてきてくれてて……」

「それじゃあ、一緒に探さない?
 引き出しの中は、まだ見てないから。
 2列目からなんだけど……」


沙由里の提案に、2人は2つ返事で了承した。
これなら、お互いの探し物を見つけやすくなるからだろう。


3人で探し物を開始してから、数分後。
結局、愛梨の筆箱は発見できず、鈴香のノートだけが見つかった。
ごめんね、と謝る沙由里に、
愛梨たちは気にしないでください、と返して笑う。

3人が黒く塗りつぶされた麗奈の絵に気づくことはなかった。
なぜなら、棚の上に裏返して置かれていたからだ。
それに、棚の上なんて普段あまり目を向けない。
だから、この時点で騒ぎになることはなかった。



「あ、それじゃあ失礼しますね」
「……それではまた、部活動の方で」

「うん、またね」

1年生の教室は2階に、2年生の教室は3階にある。
ちなみに3年生の教室は4階だ。
1階は事務室や教務室、特別教室が多くある。

3人が別れた直後、ちょうど鈴香が階段を下りてきた。
タイミングの良さに多少驚きながら、沙由里は鈴香にノートを手渡す。
だが、鈴香は無言でノートを受け取ると、険しい表情で言った。


「あ、あの2人と会ったの?」

「え?うん。愛梨ちゃんの筆箱探してるんだって。
 皆で探そうって言ったんだけど、
 結局、筆箱は見つからなくて……悪いことしちゃったよ」


沙由里は、いつもとはまったく異なる鈴香のオーラにたじろいだ。
その様子に気づいたのか、鈴香ははっと顔をあげて謝る。

「ご、ごめんね。ちょっとあの2人に用があってさ。
 入れ違いになっちゃったから、あーあ、って思って」

「あ、そっか……じゃあ、追いかけた方が良くない?」

「うん、そうだね。ノート、ありがとう」


洞察力の鈍い沙由里でも、さすがに違和感に気がついた。
だが、彼女はどこまでもお人よしだった。
それゆえ、黙って鈴香を見送ってしまう。


(何かあったのかな……?)

疑問を抱えながら、沙由里は教室へと向かう。
沙由里は、気付かなかった。
——般若のごとく歪んだ、鈴香の形相に。