社会問題小説・評論板

第5話 【味方】 ( No.6 )
日時: 2010/10/17 22:20
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: 5ky72w0o)

誰もいない廊下を、鈴香は息を切らして走っていた。
トレードマークの白いカチューシャを片手で押えているため、
その走りはあまり速くない。

(もうっ……橋本となんか話してる場合じゃなかったのに!)

苛立ちながら、懸命に足を動かす。
通りすがりに見た理科室の時計の針は、8時7分をさしていた。
——予鈴が鳴るまで、あと3分しかない。

ホームルームなど、遅刻してしまって構わなかった。
そんなことより、こちらのほうがはるかに問題が大きいのだ。


「愛梨ちゃんっ!」

「えっ!?鈴香先輩、どうしたんで……」
「それどころじゃないの!真里子ちゃんは!?」
「え、えと、委員会の仕事で……」
「……っ。仕方ないな、愛梨ちゃんだけでいい、来て!」


ただならぬ鈴香の様子に、愛梨はかなり焦っていた。
当然のことだ。
鈴香のさらさらの美しい髪は乱れ、
カチューシャはずれて今にも落ちそうになっており、
白く美しい肌はじんわりと汗ばみ、
ほんわかとした可愛らしい笑みも浮かんでいない。


(ホームルームより、鈴香先輩の方が優先だよ!)

心の中で叫んで、人気のない倉庫へと走る鈴香についてゆく。


「ここなら、大丈夫ね……。」

倉庫には、すぐにたどり着いた。
2人で中に入ると、鈴香は素早くドアを閉める。
そして、半ば放心状態の愛梨に向き直り、尋ねた。


「沙由里と、部室で会ったの?」

「は、はい。鈴香先輩のノートを探していました」

「そう……まったく、計画が狂ったなぁ……」


そう言いながら頭を抱える鈴香だが、
いくらこうしていても何の解決にもならない。
わかっていても、どうすればよいのかわからなかった。

「あの」

そんな彼女を憐れに思ったのか、愛梨が口を開く。
うつむいていた鈴香が顔をあげるが、
その表情は相変わらず険しいままだ。


「計画って、なんなんですか。
 お願いです、教えてください。
 ……あたしは何があろうと、鈴香先輩の味方ですから」


凛としたその瞳からは、強い意志が感じ取れる。
おそらく愛梨は、一歩も引かないであろう。
鈴香は半ばやけになって、すべてを打ち明けることにした。


沙由里への憎悪。
今回の計画の全容。
昨晩から今日までの行動。


「で、あんたはそれでも味方でいるの?」

諦めたように笑って問いかける。
愛梨は瞳をきらりと輝かせて……言いきった。


「はい」

愛梨は、どこまでも鈴香が好きだった。
それはもちろん、恋愛感情とは違う。
だが……愛梨にとって鈴香は、
決して欠けてはならない大切な親友だったのである。



「……」

鈴香は予想外の答えにしばし唖然としていたが、
すぐにいつもの微笑みを浮かべて言った。
どうやら、多少なりとも余裕を取り戻したらしい。


「そう。でも……真里子ちゃんの方はどうするの?」

「大丈夫ですよ。
 あの子は、あたし以外の友達はわずかです。
 ……あたしを裏切るようなことは、できない」

「それじゃあ、
 ……愛梨ちゃんも真里子ちゃんも、
 沙由里とは会っていない。……こういうことでいいわね」

「ええ。私たちは、部室を訪れていない。
 沙由里先輩とは、会っていない」


予鈴が鳴った。
それを合図に、2人は倉庫を後にする。


「それじゃ、先輩……部活、楽しみですね☆」
「そうだね。それより、急ごう、怒られちゃう」
「はい!じゃあ、また!」

いつものように、2人は笑い合う。
2人の間には、ある共通の認識があった。


——いつもどおりに、平和な日常風景に溶け込もう——


黒く塗りつぶされた麗奈の絵が、悲しげにカサカサと音を立てていた。