社会問題小説・評論板

第6話 【犯人探し】 ( No.7 )
日時: 2010/10/29 19:57
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: wXN0Dq0s)

昨日と変わらないさわやかな風が、部室のカーテンを揺らす。
——しんと静まり返った部室に、秒針の音がやけに大きく響いていた。

「なんなの……これは……」

麗奈の絶望に満ちた声に返答を返す者はいない。
部室内に居るのは、麗奈だけなのだから当然だ。

震える手で、持っていた紙の裏面をもう一度確認する。
そこには、麗奈の整った文字で、
『街の絵コンクール出品作品 水瀬』とメモされていた。


(やっぱり、私の、なのね……
どうして、……いったい、誰がっ——)


「あれ、麗奈、来てたのか」

明るい亜美の声を聞いて、麗奈は我に返った。
何を考える暇もなく、咄嗟に絵を持った手を背中に隠す。
だがそれは、無駄に終わった。


ひゅう、と吹き込んだ風によって、紙がはらりと落ちたのだ。
それが亜美のもとへと飛んだのは、できすぎた偶然。
亜美がそれを拾い上げる。
だめ、そう叫んで麗奈が手を伸ばすが、間に合うはずもない。


「うわっ!な、なんだよ、これ!……おい、麗奈っ!」

亜美は軽いパニック状態に陥りながら、
事情をたずねようと麗奈に呼び掛ける。
それによって——麗奈の緊張の糸はぷつりと切れた。


「私が、ここに来た時、絵がなくて……
 棚の上にそれらしきものがあったから見たら、
 ……っ、う、うぐっ、……ああああああっ!」

「麗奈っ、落ちつけ、落ち着けって!」


号泣しながら崩れ落ちた麗奈を、亜美があわてて支える。
亜美は、麗奈がどれだけこの絵に情熱を注いでいたかを知っている。
だからこそ麗奈が涙を流すのは理解できたし、
こんなことをした姿の見えない犯人に、激しい怒りをおぼえた。


「……もしかしたら、犯人の証拠が残ってるかもしれない。
 麗奈、ごめん。悪いけど、ちょっと待ってて」


麗奈を優しく立たせてから、亜美は棚に手を伸ばした。
精一杯背伸びをして、棚の上の箱に手を突っ込む。
なにかを感じたのか、手に触れたそれをつかんで、目をむけた。


「……っ!嘘、だろ……!?」

唖然として、ふらりとよろける亜美。
彼女の手から、持っていたものがばらばらと床に転がる。
それを拾い上げた麗奈は、先刻よりもだいぶ落ち着いていた。



「——鈴香さんのものね、名前も書いてある。
 でも、犯人は……鈴香さんじゃないわ。
 鈴香さんはこんなことするような人じゃない」


赤く染まった、うるんだままの瞳でそれを見据える。
その瞳は、とても悲しげだった。


「あたしだって、そう思いたいよ!
 でもこれは、まぎれもなく鈴香のものなんだぜ!?」


「……鈴香さんが犯人だと仮定すると——
 わざわざ自分の絵具を使って、
 さらにそれをそのまま置きっぱなしにしていくのはおかしいわ」


「……ってことは、犯人はほかにいる、ってことなんだよな」


こくん、と麗奈がうなづく。
亜美はごくりと唾を飲み込んでから、眉間にしわをよせた。
そして悔しげに机を殴りつける。
麗奈には、それを咎める余裕もないようだ。

——2人の間に、気まずい沈黙が流れる。




『こんにちは〜』

その沈黙は、部室にやってきた1、2年生によって打ち破られた。
メンバーは、鈴香、美紀、優、沙由里、そして愛梨と真里子だ。
にこにこと明るい笑顔を浮かべていた彼女たちだったが、
不穏な空気を察したのか、その笑顔はすぐに不安げな表情に変わる。


「どうしたんですか……?」

口火を切ったのは、すべての黒幕である鈴香だ。
瞳の奥を見つめても、悪意が微塵も見えてこないのは
さすがの演技力といったところだろう。


「麗奈の絵がな、誰かに塗りつぶされたんだよ」

怒りのこもった声でそう言いながら、
真っ黒に塗りつぶされた麗奈の絵を見せる。
部員たちは唖然として、言葉を失った。
それに構うことなく、亜美は言葉を続ける。


「それと、鈴香のアクリルガッシュが転がってた。
 鈴香の仕業に見せかけるためにやったんだろう。

 ……ここは部室だ。
 鍵を手にすることができるのは、あたしたち部員と顧問だけ。
 顧問がこんなことするはずないんだから、
 ここの部員のだれかが、犯人ってことになる」


亜美がふぅ、と息を吐く。
長々と話したため、少々疲れているようだった。
だが、彼女の瞳に宿る憎悪は微塵も消えていない。

うつむいている麗奈と、
静かに怒っている亜美を見た部員たちの背中を、冷たいものが走り抜けた。