社会問題小説・評論板
- 第8話 【亜美と琴乃】 ( No.9 )
- 日時: 2010/11/07 14:56
- 名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: bHw0a2RH)
鈴香、美紀、優、愛梨、真里子は日々草を描いている。
麗奈は、街の絵コンクール出品のために、校舎を描いているようだ。
鈴香たちと一緒に日々草を描いていた沙由里だったが、
こんな状況になってしまっては、
一緒の場所に居ることなどできやしない。
沙由里は仕方なく、
題材を職員室の玄関前にあるクレマチスに変更した。
自分の好きな花でるがゆえに、
描きやすいだろうと判断した結果である。
「どうして……信じてくれないの……」
先刻の出来事を思い出して、鉛筆を動かす手が止まる。
唇をかみしめながら、一筋の涙を流した。
ぽたり、と雫が落ちて、花びらを構成している細い線が滲んだ。
一方その頃、真実を知らない亜美は、
先ほど居なかった琴乃に、今日起きた出来事の一部始終を説明していた。
その瞳には、相変わらず憎悪が宿っている。
「……で、結局あいつは認めなかったんだよ!
ふざけてるだろ?まったく、早いところ居なくなってほしいぜ!」
たしかに腹が立つね、と言いつつも、琴乃は疑念を抱いていた。
亜美の沙由里に対する愚痴はまだ続いている。
適当に相槌を打ちながら、琴乃は考えを巡らせた。
(沙由里ちゃんが、麗奈ちゃんを憎む理由なんてあるの?
あの子、麗奈ちゃんのことが大好きだったし……。
あの様子が、演技だとはとても思えない。
それに、証言をした3人が
嘘をついているということも考えられる。
沙由里ちゃんの主張を、
偽りだと笑って切り捨てるのは早いんじゃないかな……)
「……の、琴乃っ!」
とん、と肩に手を置かれて、琴乃はふと我に返った。
聞いてたのかよ、とふくれっ面をしている亜美に慌てて謝る。
亜美は、まあいいけどさ、とだけ言ってその場を流した。
「ねえ、亜美ちゃん」
「なんだ?」
「——本当に、沙由里ちゃんが犯人だって思ってる?」
「当たり前だろ!?証人が3人もいるんだぜ!」
琴乃の意味深な問いかけに、亜美は声を荒げて答えた。
琴乃はしばらく黙りこんでから、再び口を開く。
「……わたしには、沙由里ちゃんが犯人だとは思えない。
麗奈ちゃんを憎む理由が、ないよ。
あれだけ、麗奈ちゃんのことが好きだったみたいだし。
あの態度が、演技だとは思えないの。
それに、鈴香ちゃんたちが
嘘を言っている可能性だってあるんじゃ……」
「おいっ!」
琴乃がこれ以上言葉を紡ぐことはできなかった。
——亜美が、琴乃の胸倉をつかんだためである。
彼女は、どうも口より先に手が出るタイプらしい。
「あいつらが、嘘をつくわけないだろ!
琴乃は、あいつらを信じてないのかよ!?」
亜美は、優しくて気がきく鈴香のことを気に入っていた。
また、その鈴香と一緒に居る愛梨も、
その素直さや明るさを見て、同様に気に入っていた。
真里子のことはあまり知らないため、あまり考えてはいないが、
鈴香や愛梨が嘘つきだと言われるのは許せなかったのである。
「えっ……か、可能性があるってだけで……
だ、断定、したわけじゃ……ない、よ」
震えた声でそう言われて、亜美は手を離す。
ケホ、と琴乃がせき込んだ。
多少冷静になったのか、亜美は俯いて、ごめんと謝った。
「いいの。そうだよね。
……わたし、間違ってたよ。
可能性といっても、低いと思ってたし」
ああ、と短く答えると、亜美はもう口を開かなかった。
シャカシャカという、鉛筆の滑る音だけが響く。
琴乃も気まずさを感じつつ、自分の作業に戻った。
先ほどの琴乃の言葉は、もちろん嘘だ。
本音を言えば、琴乃が持っている疑念は消えていない。
亜美を怒らせるのは得策ではないと判断して、
あのような発言をしただけである。
(部活が終わったら、沙由里ちゃんに電話してみよう)
アルストロメリアの花を見つめながら、ぼんやりと考える。
心ここにあらずといった状態で描かれた鉛筆の線は、
ひどく薄い、頼りないものだった。