社会問題小説・評論板
- Re: あなたとわたしの世界観 ( No.1 )
- 日時: 2013/01/28 17:02
- 名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: n0YhO.Hu)
温暖化が進んでいるせいで今年は異常気象だ、って騒ぐだけあって今年は雪が多いと思う。
降り積もった雪に足を取られそうになりながら、吉野はそんなことを考えていた。
そこそこ高い山の上に造られた学校に通うためには、今歩いている、この凄く傾斜が激しい坂道を通らない訳にはいかないのだが、先日降った雪は一度融けた後に再び凍ってしまったらしく——つるつるとしたこの坂道で一度も転ばずに学校にたどり着く、ということは到底不可能に思えた。
それなのに、と小さく声に出してみる。
「どうして私はこの坂道を早足で歩く、なんて自殺行為をしちゃってんのよ」
表情こそすれ、彼女の頬には乾いた涙の跡が残っていた。
後方には、何やら暗く思い詰めたような表情の少女が一人。
勘の良い方なら薄々察しているだろうが、この二人は無関係ではない。
何故、吉野は泣いていたのだろうか。
何故、少女は思い詰めた表情をしているのだろうか。
今からほんの十分ほど時を遡った時——そこから話を始めよう。
*
彼女にとって私と一緒にいることは苦痛でしかないんだ、って気づいたのはいつだったけ。
小学校時代、入学当初からクラスメイトにいじめられていた私は、親友なんてできないんだと思っていた。
ただとにかく、親しくなった人に見捨てられるのが怖くて、友情なんて所詮こんなに脆いんだって思い知らされるのが怖くて、周りから外れてしまうのが怖くて——いつもクラスの中心にいる佐伯さん達にくっついていることにした。
生意気なことを言わなければ、私は見捨てられないって安心した。
特に目立とうとしなければ、目を付けられないんだって学んだ。
いじめられたって、歯向かおうとしなければそれ以上ひどくはならないんだって覚えた。
ただ毎日大人しく、目立たなく過ごすので精一杯で——気が付いたら、「私」はどこかに行ってしまっていた。
自分の個性が分からなくなった。
(このままじゃ私、消えちゃう……!!)
そんな心配をして、とにかく悩んでいたときにクラス替えがあって——志保ちゃん、吉野志保ちゃんと出会った。
彼女は何もかもが私とは正反対の子だった。成績は良いし、運動は出来るし、ルックスは最高。「完璧」という言葉が驚くほど似合う。
運動は出来ないし、勉強はしようとするだけで拒絶反応を起こしてしまう私なんかが、どうして彼女と仲良くなれたんだろう、って今でもふと疑問に思うことがある。
まあ、今となっては過去の話でしかないんだけど。
話をもとに戻すね。
だから私は志保ちゃんに
「……もうギブ!!」
って思い詰めたように言われても、さして驚きはしなかった。
その後、一言も喋らずに早足で立ち去られても、何時もは一緒に乗っていたスクールバスの座席に別々に乗ることになったときも、驚かなかった。
逆に納得できたのだと思う。
彼女は最近、私が傍に行くと迷惑そうな顔をしていたし——それは私だけ、という訳では無かったのだけれど——人間関係をかたっぱしからリセットさせようとしているように見えたから。
それなのに、どうして私の目は潤んでいるの。
友情が脆いものだって一番知っているのは私。志保ちゃんと仲良くなったときにも、それは頭の片隅に置いておいた。
いつ「クラスメイト」に戻っても良いように。私が傷ついてしまわないように。
それなのに、どうして私は泣いているんだろう。
ほら、志保ちゃんが前の方にいるのに。嗚咽が聞こえてしまえば、彼女に罪悪感を与えてしまうかもしれないのに。
こんな私と何年間も一緒にいさせてしまったんだから、そんな重荷を背負わせてしまったのだから——せめて最後ぐらいは、彼女のために。
ねえ、私の声は小さいけど、あなたに届くかな?
「志保ちゃん、今までありがとう」
それまでせわしなく動いていた志保ちゃんのあしが、ピタリと止まった。
やっぱり耳がいいんだね。
それじゃあ、これも聞いててくれるかな。
「お疲れさまでした」
彼女はこちらに振り返ろうとしたみたいだったけど、一瞬ののちにそれをやめ、今度は軽く走って行ってしまった。
俯きながら、ってことは志保ちゃんも泣いていたのかな。
やっぱり、ありがとうって言いたくなる。私なんかのために涙を流してくれたんでしょう。
それなら、私は少しくらい希望を持っていたっていいよね。
またいつか「親友」っていう肩書になれる日を待ってる。
だから、それまでは——ばいばい、吉野さん。