社会問題小説・評論板

Re: 明日を生きる ( No.1 )
日時: 2015/05/24 09:58
名前: 橘ゆづ ◆1FiohFISAk (ID: mJV9X4jr)

(1)生きたいわけじゃない。逝けないわけじゃない。



 長い長い、入り組んだ螺旋階段をひたすら登り、屋上へと向かう。一つ、また一つと階段を登っていくと、かさりとポケットのなかの遺書が揺れる。
 嗚呼、わたしは。
 がたん、がたん、がたん。赤錆びた階段は登るとぼろぼろと錆びが落ちていく。きっと何分後かのわたしのように。
 今なら何も怖くない。死ぬのだって、全く怖くなかった。
 がたん、また一歩。ドキドキと心臓が体中に響くほど、大きくなっている。


 明日は、ニュースになってるかな。お母さんとお父さん、みんな、みんな、捕まるといいな。


 両親の顔を思い出すだけで、叩かれた頬がじんじんと痛む。体についたあちこちの傷がずきずきと痛む。
 いじめは自殺を引き起こすのだ。憎悪を、悪意を。
 対象となったわたしは見事にこの様だ。もう死ぬ。そろそろ死ぬ。

 がたん、がたん。
 誰もいないような廃墟だから、やけにわたしの歩く音が建物に響く。きっと、ここはたくさんの人に使われていたんだろう。
 錆びてはいるが、まだまだ使える。大切にされてきたんだろう。わたしとは大違いで、建物にさえも苛立つわたしにも苛立って。
 強く階段を蹴った。

 全てのことを、記憶を、いじめられた、虐待されたすべてを。
 わすれたくてわすれたくて。
 ただ一心に階段を駆けのぼる。
 いつの間にか、目の前が扉だった。
 忙しなくドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせ、冷静に扉を開いた。
 ぎぎい。鉄が錆びた音と、鈍い音。耳に障る嫌な音だ。
 嗚呼、はやくはやく。

 急かすように扉を開けると、前には揺れる黒髪があった。
 体を乗りだし、鉄の策に掴まって今にも飛び降りそうだ。まるで、わたしがしようとしていたことをしているみたいに。
 しばらく呆然と立ちすくみながら、その子の姿を見つめる。
 今どき珍しい、このおさげの黒髪には見覚えがあった。でも、ここじゃない。何処で会ったんだっけ。
 思考をめぐらせると、一つの結果にたどり着く。



 わたしだ。幼い頃の、世界は優しいと盲目的に思っていた、浅はかなわたし。
 昔、おばあちゃんの影響でおさげにしていた。

 なんでわたしが。
 かたかたと体が震えて、なぜか危険信号が頭に鳴り響いた。
 ワタシはわたしに気がついたのか、ふっと笑った。



『生きてね、』




 わかってしまえば、すとんと心のなかに堕ちてきた。
 嗚呼、そっか。
 生きたいと、思っていたんだ。

 こんなにも、救いようのない、これからも、希望のない、散々の人生なのに。
 わたしは、浅ましくも生きたいなんて。
 でも、生きたい。生きたい。生きたい。死にたくない。

 わたしは遺書を握りしめて、死のうと思っていた場所から投げ捨てた。
 いつの間にか、ワタシは消えている。


 生きたいわけじゃない、逝けないわけじゃない。


 でも、たしかに。わたしは、今、生きている。