社会問題小説・評論板
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- 沈黙の後より -after episode-
- 日時: 2012/11/16 07:05
- 名前: 世界 ◆hdwFu0Q9Eg (ID: pUqzJmkp)
……ひとりの生徒の死によってそれは始まった。
教師として対応に追われる観岸は、生徒が自殺した原因を探るうちに、さまざまな問題へと巻き込まれていく。
やがて広がっていくそれは、彼らをどこへと向かわせているのか。
——死を持って、不幸という種はすべての人へと根付こうとしていた。
***
(仮タイトル)
虐める側か、虐められる側か、そんなのばっかりなのでちょっと指向を変えて。
皆さん的に言えば、バッドエンドから始まります。
当事者はすでに自殺しているところからです。
つまり、『その後』をえがくことになります。そして焦点は、『大人達』です
そして一部の人にとっては気持ちの良い話ではありません。
読む途中で気分が悪くなった人は戻るボタンを。
「社会問題系」ですが、何かを訴える気とかありません。あくまで物語の部類として選んだだけです。
目次
主要登場人物 >>1
(1) 無音の騒乱 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9
(2) 怒りが向く先
(3) 見えない理由
** 11/10 本文修正
- Re: 沈黙の後より -after episode- ( No.1 )
- 日時: 2012/11/10 19:42
- 名前: 世界 ◆hdwFu0Q9Eg (ID: pUqzJmkp)
主要登場人物 (わかりにくい人用)
--観岸 知也-- 教師 (みぎし ともや)
この小説の主人公。年齢は29歳。
同中学校で数学教師をしており、そのキャリアは数年。
今年に学年主任となっている。担任は三年一組。
--西木渡 恵里-- 教師 (にしきど えり)
三年二組の担任。担当は英語。
まだ赴任してから二年目であり、経験も浅い部分がある。
遠慮がちで控えめな性格は、あまり生徒に好かれるタイプではない。
--東-- 教師 (あずま)
三年二組の副担任で、観岸と共に少人数制の数学授業を担当。
観岸よりもいくつか年上だが、その年齢差を気にせずに年下にもフランク。
口ひげ先生とも言われ、生徒に親しまれている。
--間嶋-- 刑事 (まじま)
生徒自殺の調査担当主任として学校を訪れる刑事。
間延びするような言動が特徴的で、刑事独特の疑うような会話の仕方と相まって他人の反感を買いやすい。
--寺司-- 生徒主任 (てらし)
全校生徒を管理する生徒主任。
真面目で厳しい部分が多い。
--木条 知也--
自殺した生徒。三年二組。
どのような原因でそうなったのか。
--笹木 藤治郎-- 校長
--尾賀 小夜子-- 教頭
--薪本 美樹--
- Re: 沈黙の後より -after episode- ( No.2 )
- 日時: 2012/11/10 19:51
- 名前: 世界 ◆hdwFu0Q9Eg (ID: pUqzJmkp)
(1) 無音からの騒乱
大変なことになった——。そう彼が聞かされた時間は、まだ夜も明けきらない早朝のことだった。
振動の鳴り止まないマナーモードの携帯電話はしつこく、意識を朦朧とさせる彼をしばらく責め立てていた。昨晩も結局、片付けきらなかった仕事の大半を気合いで終わらせ、疲れ果てた状態で夕飯も食べることなくベッドへと身を投げ出した。とにかくこの時期は忙しかった。中学の教師という昔からの夢であった職業に就けたことに不満はなかったが、ここ最近はより仕事も増えて忙しくなっている。丁度、中間役職のような立場なのだが、おそらくこの立場が一番大変なのだろう。
2LDKのそう広くはない部屋は、彼一人が住むにはそう不便はなかったが、それでも無理やりたたき起こされた状態では、もはや数歩、部屋の中を移動するだけでも億劫であった。振動音はどこから響いているのかと昨晩の記憶をたぐり寄せながら、ベッドからようやく身体を起こし、目を開けずにベッド脇の電灯のスイッチを付けた。
薄暗く照らされる室内。ベッド脇の小さな机の上には、昨晩、答え合わせを終えたテスト問題の用紙と通勤用の鞄。そこに携帯電話もあった。折りたたみ式の古い、お気に入りのものだ。今時はこの形は古いと言われるが、それでも彼には慣れ親しんだ形であり、まして不便ということもなかった。
だが、それはプライベート用のものだ。今、おそらく鳴り響いているであろう学校から支給された携帯電話ではない。触れるまでもなく、彼を呼んでいるのはそれでは無いということがわかった。
ふと、考えが頭をよぎる。こんな夜中にわざわざ仕事用の電話に連絡をしてくるとは、よっぽどのことだ。まさか、仕事のミスか? そんな緊急にまで呼び出しをかけるような重要な仕事は……失敗したような覚えはない。
だが万が一を考えると、冷や汗がどっと吹き出してきた。急いで部屋の中を見渡し、ようやく、玄関先の靴箱の上に、点滅するそれを発見する。慌てて駆け寄り、画面を見るまでもなく急いで応答する。
「はい、観岸です」
「観岸先生、大変なことになりました」
「えっ?」
あまり聞き慣れない男の声に一瞬、観岸は戸惑った。同僚でも、仲の良い教師でもない。耳から携帯電話を離して画面を確認すると、そこには生徒主任である寺司の名前があった。
「寺司主任、こんな夜中にどうしましたか? 大変なこととは……?」
「状況がまとまっていないので詳しくは述べられませんが、簡単に言いますと……生徒がひとり、自殺しました」
「なっ——」
観岸は耳を疑い、もう一度、耳から携帯電話を遠ざけた。確かに寺司の名前がそこにはある。声も間違いなくその人だ。いたずら電話や、どっきりのような類いではない。
頭の中で、いろいろな生徒の名前が交錯して止まらなくなる。
「だ、誰です? 島地ですか? 山口? 中? 内柳……いや、彼に限ってそれはないか……だったら……」
「お、落ち着いてください。あなたのクラスではありませんよ」
そうか……。いや、何も落ち着けるわけはなかった。自分のクラスの生徒でなかったことは確かに観岸にとっては少しだけ胸をなで下ろすことだったが、こうして緊急に、三年生の主任を受け持つ観岸に連絡が行く以上、おそらく学年の誰かであるのは、間違いなかった。
「……それで、誰なんですか?」
「二組の、木条です」
木条……木条 悠斗だ。2年のときに、担任として受け持ったことのある生徒だ、なじみも深い。今年は違うクラスだったが……。問題もなく、いたって普通……普通すぎる子だったと言えるかもしれない。成績も中盤ほどで、さして運動神経が悪くもなく、少し面倒くさがりだが真面目なところもあり、友達も並にいたと記憶する。
それが……自殺したというのか。わずか15歳で自殺に走った? 観岸の中では、到底考えられないことだった。
「ど……どうすればいいですか?」
「早朝から警察の現場検証があります。観岸先生も、出来るだけ早くこちらへ来て下さるとありがたいです。学校は臨時休校とするので、連絡網を回す必要もありますから」
「わかりました、すぐに向かいます。……あの」
「どうしました?」
「なぜ木条は自殺を?」
「……わかりませんね」
それ以上の言葉を、寺司から聞くことはなかった。生徒主任とはいえ、寺司がすべての生徒の状況を把握しているかといえばそうではないし、ましてや顔すら覚えているかどうかも怪しい。仕方の無いことで責められないが、どこかよそよそしいその態度からは危機感というものが感じられなかった。
観岸は電話を切り——それから学校に着くまで、自分がどういった行動をしたのか、後から思い出すことが難しかった。とにかく一刻も早く、学校に着くことだけを考えた。
午前六時前。観岸は数十キロ車を運転して中学校の正門へと近づいていた。同時、すでにそこが異様な雰囲気にあることがはっきりとわかった。正門には大きなカメラを持った、マスコミと思われる人間が何人も迫っており、彼らが校内へと立ち入るのを警察官数人が妨げている。その様子を遠巻きに、通りかかった一般人が眺めていた。この様子を見ると、木条が自殺をしたのは、校内なのだろうか……。あるいは、すでに情報が回っていて、すでにそれをかぎつけてきたのか……。
正門に車を近づけると、警察官に阻まれる。同時に、見覚えのある顔の、警察官と一緒にいた少し年老いた学校管理人が近寄ってきた。
「おはようございます、観岸先生……申し訳ありませんが、教職員身分証明書の提示をお願いします。警察の方が、関係者以外の立ち入りを制限しているので」
言われて、財布から証明書を取り出して警察官に提示すると、ちょっとお借りしますと言って、正門付近の校内に止めてあったパトカーの中へと入っていった。その間、管理人に指示されて、車のウィンドウを閉めて待機する。……なるほど、ここぞとばかりにマスコミが大声を出しながら、車の周りを取り囲もうとしていた。べたべたと窓ガラスを触ることに苛立ちを覚えたが、とにかく今は無視しなければならない。巧みに誘導されたりして、下手なことを言うわけにはいかなかった。
警察官が戻ってきて、身分証を返却してもらうと同時、再び警察官がマスコミを押し下げて道を作ってくれた。観岸が軽く頭を下げると、警察官は満面の笑みを返してきた。状況を知らないのだろうか……とても複雑な気分になる。
車を定位置に止めて、少し離れた職員室まで急ぎ足で進む。途中、見慣れない黄色いテープが張られて通れないところもあり、少し迂回する必要があった。とても嫌な想像が頭を巡り、観岸の足は自然と早くなっていく。
職員室への廊下の角を曲がる。そこで見知った男の姿を見つける。
「——おう、観岸」
「東、状況は……」
職員室の前で佇んでいた東は、早足で近寄りながら声をあげる観岸を、口元の濃いひげをもぞもぞとさせながら、小さく指を立てて制した。そして職員室の中を指差して、両手で罰印を作る。
「……丁度、警察の人が中で事情を聞いているところだ。今は、俺たちは会議室の方でほとんど待機だと」
「そうか。……何か分かったことはあるか?」
「どこまでお前が知ってるのかわからないが、木条は頭を強く打ってほぼ即死だったらしい。飛び降りたのはこの特別校舎の四階で、ほら例の……老朽化で柵が外されていた場所だ。んで、警察は自殺の原因を探っていて、暫定的には原因を虐めによるものだと確定しそうだ」
「虐め……か」
観岸の脳裏に、木条の姿がよぎる。少なくとも自分が知っている彼は、そういったことをされるような子ではない。その様子も見当たらなかった。新年度に入ってから三ヶ月ほど経つが、その間に、そういった可能性が無いわけではないが……。
東は、観岸を会議室へと誘導した。会議室の中には、他にも同じ教職員が待機しており、それぞれが暗い面持ちで小さく会話をしたり、携帯電話で遠慮がちに会話をしていた。
「お前も、後で警察の人に事情を聞かれるだろう。悪いが、対応を頼む」
「俺も?」
「学年主任だし、二年前は木条の担任でもあったからな。仕方ない……」
そう気に病むな、と東は観岸の肩を叩いた。本当のところ、東の心も重たく、気を抜けば押しつぶれてしまいそうなほどに不安であったが、ここは率先して観岸の支えにならなければいけない……。それだけが、逆に東の心の芯を支えていた。
観岸は、とにかく状況を掴もうと、東に質問を投げかけようとした。それと同時に、会議室の扉が開いて、寺司が顔を見せる。
「観岸先生、おいでになりましたか。警察の方が少し、話をしたいと」
そう述べた寺司の表情は、普段にもまして硬く、また声もとげとげしいものがあった。
- Re: 沈黙の後より -after episode- ( No.3 )
- 日時: 2012/11/10 19:51
- 名前: 世界 ◆hdwFu0Q9Eg (ID: pUqzJmkp)
観岸が職員室へと足を踏み入れると、普段と違うその様子に戸惑わずにはいられなかった。複数の警察官が教職員よりも活発に歩き回りながらやりとりをしている。中にいたほとんどの教職員が、今も警察官に事情を聞かれているようだった。
その様子に、観岸は少し違和感を持った。現在はまだ、木条が自殺したという話だけしか聞いていないが、こんなにも警察官が動くものなのだろうか。
「観岸知也先生でしょうかねぇ?」
少し年配の、刑事らしき人に声を掛けられる。観岸は答える代わりに、教職員の身分証明書を見せた。満足げに、彼はうなずく。
「ありがとうございます、話が早くて助かりますよー。私は間嶋と申します。見ての通り刑事です。さて早々ですが……こちらへお願いできますかねぇ?」
「はい」
間嶋に誘導され、観岸は職員室横の応接間に通されることになった。その間、背後から間嶋の様子を観察していた観岸は、どこかくせ者のような感覚を、この間嶋から感じていた。刑事がどういったことをするのかよく知らないが、余計なことは答えないほうがいいかもしれない……。最近は冤罪などもよく問題になっている。強い意志を持って望まなければ。
ところで観岸さん、と間嶋は、応接間の扉前で立ち止まって、わずかに顔を観岸へと向けた。
「先生に少しだけ聞いておきたいのですがねぇ。二組の木条君、死因はなんだと思います?」
「死因? 自殺だと聞いていますが……」
「もう聞いていらっしゃるのですかぁ。いや、そうじゃないそうじゃない、私が聞きたいのは……その理由ですよ」
ふと、観岸は今の質問が何かを探っているような気がしてならなかった。こうして呼び出された原因など、すでに観岸が聞いているということはわかっているはず。その上で再度、このような形で聞くというのは……何を疑っているのだろうか。
とにかく、刑事の質問に答えなければならない。観岸は素直に言った。
「わかりません。まだ何も聞いていませんし」
「先生、二年前は木条君の担任だったそうですねぇ。何か、気になることはありませんでしたか?」
「いえ、特には……これといって何か問題のある子でもありませんでしたし」
「そうですかぁ……いや、失礼しました。それでは入りましょう」
嫌な表情だ、と心の中で観岸は悪態をついた。職業柄仕方ないのかもしれないが、まるで容疑者として扱われているような気分だ。また、間延びするような話し方も鼻につくものがある。
間嶋と共に、観岸は応接間へと入る。そこにはすでに先客がいた。この中学校の校長……笹木と、三年二組の担任である西木渡だった。笹木校長は、少し疲れた顔をしながらもしっかりとした姿勢で椅子に座っていたが……。
「西木渡……大丈夫か?」
普段の彼女からは考えられない様子だった。身体をぐったりと傾け、堅く握った両手は頭をかろうじて支えている。座っていなければ、今にも倒れるかもしれないほどに。
「お二方は少し休んでください。まだ拝見しなければならないことはありますが、まだ後ほどということで」
「わかりました」
笹木校長は、西木渡に手を貸して立ち上がらせる。西木渡の表情を垣間見た観岸は、少しショックを受けた。相当に心に来ているのだろう。
ふたりと交代するように、観岸は椅子へと座らされて、間嶋と、もうひとりそこにいた警官に話を聞かれることとなった。観岸のキャリアから始まり、木条の一年時の様子や成績、まわりの教師との関係など……とにかく、何か関連性がありそうなことから、まったく関係の無いことまで、質問は数十分にも及んだ。
早く状況を確認したい観岸は、とにかく間嶋に隙あるごとに質問を投げかけるが、すべて「後でまとまり次第お教えします」と切り替えされるばかりだった。心底、イライラがたまってきていることを自覚する観岸は、とにかく早く終わらせようと、間嶋の質問には出来る限り端的に答えていた。
虐めか、成績か、家庭問題か、受験へのストレスか……そんな問いかけるような言葉を、間嶋は観岸へと投げかけたが、すべて観岸が「わかりません」と答えると、何かを探るように間嶋はしばらく押し黙った。
いい加減に、観岸にも限度というものがあった。
「……まだ質問を続けるのですか?」
「もう少しですよぉ、もう少し。すみませんがご協力をお願いします。これも仕事ですので」
「スムーズに協力したいのは山々ですが、こちらにも忍耐というのがありまして」
「ううむ……それでは、少しだけあなたの疑問にお答えしましょう。先ほど、木条君の自殺の原因についてお聞きしましたが、こちらでは疑っているものがありまして……」
「なんですか?」
「自殺関与や、あるいは自殺強要の線が上がっておりましてねぇ。つまり言うと、虐めの問題ですね。よくあることですからね、この年頃の子ども達には。先ほど彼のご両親に聞いたときも、微かにその線を臭わせまして」
観岸は、何か返答する言葉が思いつかなかった。木条の両親がそういったことを訴えていると……。当然と言えば当然か。ご両親に原因が無ければ、最も考えられるのは学校でのトラブルなのだから。
「……それで、何か、そういった情報は出てきたんですか?」
「それが、まだそんなには。何より、担任である西木渡先生が何も話してくれなくて。いや、話せないと言ったほうがいいでしょうか。彼女は精神的に強いショックを受けているようで、今はまだ話せる状態ではないようですねぇ」
確かに先ほどの表情を見れば、西木渡が異常な状態であることはわかる。だが、彼女は何か知っているのだろうか。虐めや、それに関する何かを見たことがあるのだろうか。観岸が知る限りでは、西木渡がそういったことを気にしたことは無かった。
西木渡はまだ二年目で、キャリアも少なく若い。観岸と同じ学年の担任を、二年生、そして三年生と受け持ってきたところだった。生徒にも慣れ、また生徒も西木渡という人間を理解し始めた頃……。授業のやり方もまだぎこちないところはあるが、そう生徒からの評判も悪くなく、良い意味で真面目で、悪い意味で少し堅いところもあった。
中学生という難しい年頃を持つことから、確かにもう七年目にもなる観岸にも、まだまだ問題はあった。成績や喧嘩、生徒の不良行為や、虐め、不登校など、どんなに気を付けても無くならないことがある。それでもある程度、観岸は対応を考えたり、順応してきたりして、ようやく問題を解決できるようになってきた。
西木渡はどうか。彼女はまだまだ、生徒とのやりとりに慣れていない。時々だが、彼女のクラスの生徒が、何か問題を起こしているのも見たことはある。ただ、後で話を聞くと、何とかなったと西木渡は言うことが多かった。それを聞いて、観岸はあまり口を出さなかったのだが……。
手に持ったメモ帳に、もう片方の手に持ったペンでトントンと音を立てながら、間嶋は首をわずかに傾けて観岸に目を向ける。
「観岸先生……西木渡先生は、クラスの問題を上手く片付けていたと思いますか?」
「なかなか解決できない問題もありますから、すべてとは言えませんが。彼女なりに、何かしらきちんと対応はしていたと思います」
「そうですかぁ……まあ、後は西木渡先生に直接聞くしかありませんねぇ」
つまり、お前の話は何の回答にもなっていない……そう間嶋が言っているような気がしたが、観岸はこれ以上気にしないことにした。ここで何かを言ったところで、すべて予想にしか過ぎない。その予想が、後に西木渡を追い詰めるようなことになってはいけなかった。
ようやく質問もすべて終わったようで、観岸は「終わりですので、出ていいですよ」とそっけなく退室を言い渡される。つまり、それ以上は何も答えられないという間嶋の主張でもあった。
応接間から出た観岸は、腕時計に目を落とした。すでに朝の六時を超えていた。そろそろ、生徒側に連絡を回し始めなければならない。とにかく、今日はいずれにせよ休校の措置となるだろう。
- Re: 沈黙の後より -after episode- ( No.4 )
- 日時: 2012/11/10 19:52
- 名前: 世界 ◆hdwFu0Q9Eg (ID: pUqzJmkp)
職員室を抜けて、再び会議室へと戻った。東は、椅子に座って机に頭を伏せ続けている西木渡の横に立ち、じっと天井付近に備え付けられたテレビを眺めていた。テレビには朝のニュースが流れており、モザイクが掛かっている。しかしこの状況で見れば、確かにこの学校が映し出されているのがわかり、そしてレポーターが何かをしゃべっていた。音声が流れていないので何を言っているのかはわからないが、字幕がある程度、状況を説明していた。
切り替わるテロップ……『生徒飛び降り自殺……原因?』『ずさんな夜の学校管理、なぜ深夜に生徒が?』。すでにいろいろと、状況は変わっているようだった。わかっていないのはむしろ、観岸たち教職員側かもしれない。故に、当然ながら学校側の対応は『現在調査中であり、何も回答できることはない』とニュースでは発表されていた。
ここにはいない、笹木校長の姿もそこにはあった。冷静に対応しているように見えるが……これは、視聴者から見るとどうなのだろうか。観岸はそれでも、笹木校長にはある程度の信頼を持っているのだが……焦りが感じられない様子は、むしろ何も知らない世間からは非難を帯びる可能性もある。だからといって、どうしようもない……。
しばらくして、寺司生徒主任が会議室へとやってきて、観岸達に生徒自宅への連絡を行うようにと指示を出した。休校措置は当然ながら、状況の説明も行わなければならない。担任、副担任だけでなく、総手で連絡を回すことになった。連絡網で回すという方法はもちろんあるが、今は混乱を防ぐために、ひとつずつ学校側から連絡の措置を行うことにした。
職員室の各机へと教職員が戻り、それぞれ対応を始めた。出来ることがある……それが少しの間だけ、観岸達の混乱した思考を整理する時間にもなった。
「——中学の、担任の観岸です、おはようございます。緊急なのですが、本日の学校は休校となります……。はい、そうです、緊急の事で……」
中には自殺のことについてすでにニュースで知っている保護者もいて、観岸に強く質問を投げかけることもあった。今は木条の名前を出さず、他クラスの生徒のひとりが、と言うことが精一杯である。どこまでを人権的保護とすればいいのか難しく、観岸はひとつずつ言葉を選びながら対応していた。
途中、観岸は肩を叩かれて手を止めた。
「観岸、済まないが後を頼む。木条の親御さんのところへ行ってくる」
そう東は言って、力の無い西木渡を支えて立っていた。
「木条君の両親、どこにいるんだ?」
「今は病院だ……。いろいろ、動かなきゃいけない」
「わかった、一組への対応はこっちで引き継ごう」
「頼む……」
隣に立っていた警察官が促すように二人に声を掛ける。
「東先生、西木渡先生。こちらで病院へと送りながらお話を聞きたいと思います。どうぞこちらへ」
東は一組の副担任だ。西木渡と共に、一番辛い立場にある。彼がまだしっかりしてくれている分、まだマシだが……。この先、木条の両親に会ってどうなるか……想像は容易くはない。
二組への連絡を終え、残っている一組のリストを参照する。基本的に見知った名前ばかりだが、五組もあるとなると、やはりあまり記憶に無い生徒もいる。……木条のことをわかっているつもりになっていたかもしれない。そう観岸は今更にも感じていた。
あるひとりの、一組の生徒の自宅へと電話を掛けたときだった。
「二組の担任の、観岸です。緊急の連絡で、今日の学校は休校と——」
『——担任を出してください! どういうことなんです? なんでうちの子と同じクラスの子が、自殺なんてしたんですか? 事情をきちんと説明してください!』
「お、落ち着いてください——」
『どうしてあなたは落ち着いているの? 自分のクラスの子ではないから? 担任は何をしているの? 自殺なんかが起きるクラスに、私の子どもは居たんですか?』
当然、このような事態は考えられたのだが、実際に起きてみると、観岸はどう対応していいのかわからなくなった。
「ええと……担任は現在、対応に追われていまして……今はこちらも、きちんとしたことがわかっておらず……」
『そんなこと聞いてないの! それで、一体だれなんですか? どの子が自殺したんですか?」
「いや……」
いよいよ観岸の頭が混乱し出した時だった。受話器がぱっと手からすり抜ける。慌てて振り返ると、そこには受話器を耳に当てた寺司生徒主任がいた。
「お電話代わりました。生徒主任の寺司です。現在は状況を確認中でありお答えできることはありません。また後ほど、お電話をかけさせてもらい、事情を説明したいと思います。こちらも対応を急がねばなりませんから、これにて失礼いたします。では——」
少し強めに、寺司は受話器を置いた。電話が切れる直前、相手の方が何か言っていたようだが、それを寺司が気にする様子はなかった。
さすがに良いとはいえない対応に、観岸は疑念をそのままぶつける。
「ちょっと強引すぎませんか? 一応、学校としての対応は……」
「今はとにかく、余計なことは言わないことです。余計に相手を混乱させますし、ああいったタイプはこちらが弱めに出ると、永遠と自分の不安が消えるまで質問を繰り返しますよ。確かに強引かもしれませんが、今はこうするしかありません」
「……わかりました」
やり方にはあまり賛同できないが、自分の意志をしっかりと持つ寺司には頼れるものがあった。こんなとき、統制力のある存在というのは不可欠だ。気をつけなければいけないのは、そういった存在にばかり頼りすぎて、自分の考えを見失わないことだ。
忙しげに急ぎ足で去る寺司の後ろ姿に、軽く頭を下げながらそう観岸は思った。今はそれぞれが自分の考えで動き、それがまとまっていない……。頼れるのは自分の感性だけか。
作業をこなす間に、早くも一時間が経過していた。観岸はふと立ち上がって職員室の窓から外をわずかに覗く。すると、下の方に人だかりが見えた。正門はすでに閉じられ、外部からの来訪を完全にシャットアウトしている。そして幸いにも、正門からは少し離れており、また地形的にも高い位置にある職員室は、彼らの強い視線を受けずに済むが……。
少しずつ大きくなりつつある事態に、恐怖を抱き始めている教職員も多いように見える。職員室に耐えることのない呼び出し音は、少しずつだがここに居る全員の気力をそぎ始めていた。中には完全に業務をせず、頭を机へと伏せている職員もいる。
自分は関係ないと……思う人がいるのも、仕方ないだろう。観岸だって、自分の学年、自分に遠いところで起きたことだったならば、今頃は同じように思っているかもしれない。
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