社会問題小説・評論板
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- 青春未遂
- 日時: 2021/05/19 18:41
- 名前: たなか (ID: qMtgmwWz)
- プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904
そっと、涙を拭った。
夏休み。大学生の俺は、知り合いの高校生の家に行くことになった。不登校らしい。部活にも入っていないし友達もいないだろうから、と、その子の父親に夏休み中の子守りを任されたというわけだ。
なかなかに無愛想な子だった。酷く綺麗な顔はいつも俯き、敬語で話す。全く笑わないし、きっと感情が大きく動くこともないだろう。
そして、その子には左腕がなかった。そして左目も。いや、左目に関しては「なかった」ではなく「見えなかった」と言うべきか。何故かずっと左目に眼帯をつけていて、理由を聞くと「見えないんです」と返された。
その子の父親によると、中学生の時に酷いいじめを受けたんだとか。自分は海外に単身赴任中で、妻から何も聞いてなくて……と苦笑いしていた。息子がいじめられているのを知ったのは、その子が自殺未遂をした時らしい。その時に傷つけた左腕は切断、左目は失明した。
何度も会っているうちに、その子は少しずつ俺にタメ口を聞くようになった。と言っても親しくなったという感覚はなく、むしろ舐められている気がしていた。
ある日、その子は学校へ行った。夏休みに補習があるから来ないか、と担任の教師から電話があったらしい。もちろん普通の教室ではなく、別室が用意されている。
朝の8時頃に家を出たその子は、8時半頃に帰ってきた。過呼吸を起こして。
何気なくドアを開けた俺は驚いた。開いたドアのすぐ傍でその子がしゃがみ、苦しそうにしていたから。慌てて家の中に入れて落ち着かせる。その子は何度も何かを呟き、床に涙を落としていた。よく耳をすませて、何を言っているのか聞き取る。
「ごめんなさい」
確かにそう聞こえた。
完全に落ち着いてから話を聞いてみると、学校には行けなかったらしい。学校まで行くバスには乗ったものの、降りるバス停が近付くにつれて怖くなったんだと。
あぁ、駄目だ。
タメ口を聞かれ上手く波に乗っていた感情が沈み始める。
あぁ、駄目だ、駄目だ。
可哀想だなんて思うな。
同情なんてするな。
俺は
この子を殺さなきゃ。
数年前、俺が好きだった幼馴染が死んだ。
とある男子中学生の投身自殺に巻き込まれて。
その日も確か夏休みだった。家に電話がかかってきて、夏休み特有のテンションでそれに出て、一気に打ちのめされた。かけてきたのは幼馴染の母親だった。「自殺に巻き込まれて……」と、ただそれだけ聞こえた。
生き残った男子中学生が憎かった。自分の欲のままに飛び降りて、人殺して自分は生き残って、どんだけ恵まれてるんだよ、と思っていた。今思えばおかしな思考回路だが。
その日から俺は、復讐ばかり考えていた。
嬉しいことに男子中学生の苗字はかなり珍しく、市内でも数人しかいなかった。しかも自殺が起きたマンションにその苗字の家族が住んでいたのだ。朝刊配達のバイトをしていた俺はそれを知り、すぐさまそのマンションの近くに引っ越した。
色々と手を回しその一家に近付き、やっと巡ったチャンスなんだ。同情なんてしていられない。
自分が一人暮らしするアパートに帰り、スマホの電源を入れる。待受画面は、幼馴染と俺が写った、高校の体育祭の時の写真だった。2人で肩を並べて歩いている後ろ姿。友達に隠し撮りされた物だ。
高校の時から変わらない待受画面を眺める。俺より少し高い身長も、柔らかくてふわふわと風になびく短い髪も、全部好きだったんだ。
「……虎太郎……」
もういないそいつの名前を、久しぶりに呼ぶ。涙で目の前が歪んだ。
次の日、その子は精神が安定していないらしく、ずっと泣いていた。
昼ごはんを食べ終わっても、目に涙を浮かべている。俺はそっと涙を拭った。
そっと、涙を拭った。
そっと、その子の首に手をかけた。
「じゃあな」
